(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
燃料を蓄圧保持する蓄圧容器(42)と、前記燃料を噴射孔(11b)から噴射する燃料噴射弁(10)と、前記蓄圧容器から前記噴射孔まで前記燃料を流通させる燃料通路(42b、11a)と、前記燃料通路内の燃料圧力を検出する燃圧センサ(20)と、を備える燃料噴射システムに適用される燃料噴射状態推定装置(30)であって、
前記燃料噴射弁による前記燃料の噴射時に前記燃圧センサにより検出される前記燃料圧力に基づいて、前記燃料圧力の変化を表す第1波形を取得する第1波形取得部と、
予め作成されたモデルに基づいて、前記燃料噴射弁による前記燃料の噴射時に前記蓄圧容器から前記燃料通路を通じて前記燃料噴射弁へ供給される燃料によって発生する供給脈動の波形を演算する演算部と、
前記演算部により演算される前記供給脈動の波形を前記第1波形から除去した第2波形を取得する第2波形取得部と、
前記第2波形取得部により取得される前記第2波形に基づいて、前記燃料の噴射状態を推定する推定部と、
前記第1波形取得部により取得される前記第1波形のうち、燃料圧力が最小となる点の出現時期に基づいて、前記モデルにおける前記供給脈動の波形が前記第1波形に重畳開始する時期を更新する更新部と、
を備えることを特徴とする燃料噴射状態推定装置。
前記更新部は、前記第1波形取得部により取得される前記第1波形のうち、燃料圧力が最小となる点から燃料圧力が上昇する部分の傾きに基づいて、前記モデルにおける前記供給脈動の波形のうち上昇部分の傾きを更新する請求項1に記載の燃料噴射状態推定装置。
前記更新部は、前記第1波形取得部により取得される前記第1波形のうち、燃料圧力が最小となる点から燃料圧力が上昇して一定となるまでの上昇量に基づいて、前記モデルにおける前記供給脈動の波形の上昇量を更新する請求項1〜3のいずれか1項に記載の燃料噴射状態推定装置。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、車載ディーゼルエンジンのコモンレール式燃料噴射システムに適用した一実施形態について、図面を参照しつつ説明する。ディーゼルエンジン(内燃機関)は、4つの気筒#1〜#4を備えており、気筒内に高圧燃料を噴射して圧縮自着火燃焼させる。
【0013】
図1は、燃料噴射システムの概略を示す模式図である。まず、燃料噴射弁10を含むエンジンの燃料噴射システムについて説明する。
【0014】
燃料タンク40内の燃料は、燃料ポンプ41によりコモンレール42(蓄圧容器)に圧送されて蓄圧保持される。コモンレール42には、各燃料配管42bを介して、各気筒の燃料噴射弁10(#1〜#4)が接続されている。コモンレール42内の燃料は、各吐出口42aから各燃料配管42bを通じて、燃料噴射弁10(#1〜#4)へ分配供給される。複数の燃料噴射弁10(#1〜#4)は、所定の順序で燃料の噴射を行う。本実施形態では、#1→#3→#4→#2の順番で繰り返し噴射することを想定している。
【0015】
なお、燃料ポンプ41にはプランジャポンプが用いられており、プランジャの往復動に同期して燃料が圧送される。そして、燃料ポンプ41は、エンジン出力を駆動源としてクランク軸により駆動され、#1→#3→#4→#2の順番で噴射される期間中に、決められた回数だけ燃料を圧送する。
【0016】
燃料噴射弁10は、以下に説明するボデー11、ニードル形状の弁体12及び電動アクチュエータ13等を備えている。ボデー11は、内部に高圧通路11aを形成するとともに、燃料を噴射する噴射孔11bを形成している。弁体12は、ボデー11内に収容されて噴射孔11bを開閉する。なお、上記燃料配管42b及び高圧通路11aによって、コモンレール42から噴射孔11bまで燃料を流通させる燃料通路が構成されている。
【0017】
ボデー11内には弁体12に背圧を付与する背圧室11cが形成されており、高圧通路11a及び低圧通路11dは背圧室11cと接続されている。電動アクチュエータ13は、高圧通路11a及び低圧通路11dと背圧室11cとの連通状態を切り換えるように、制御弁14を作動させる。電動アクチュエータ13の駆動は、ECU30により制御される。
【0018】
背圧室11cが低圧通路11dと連通するよう制御弁14を作動させると、背圧室11c内の燃料圧力は低下して弁体12はリフトアップ(開弁作動)し、噴射孔11bが開かれる。その結果、コモンレール42から高圧通路11aへ供給された高圧燃料は、噴射孔11bから燃焼室へ噴射される。一方、背圧室11cが高圧通路11aと連通するよう制御弁14を作動させると、背圧室11c内の燃料圧力は上昇して弁体12はリフトダウン(閉弁作動)し、噴射孔11bが閉じられて燃料噴射が停止される。
【0019】
燃圧センサ20は、以下に説明するステム21(起歪体)及び圧力センサ素子22等を備えている。ステム21はボデー11に取り付けられており、ステム21に形成されたダイヤフラム部21aが高圧通路11aを流通する高圧燃料の圧力を受けて弾性変形する。圧力センサ素子22はダイヤフラム部21aに取り付けられており、ダイヤフラム部21aで生じた弾性変形量に応じて圧力検出信号をECU30へ出力する。燃圧センサ20は、全ての燃料噴射弁10に搭載されている。
【0020】
ECU30(電子制御装置)は、CPU、ROM、RAM、記憶装置、及び入出力インターフェイス等を備える周知のマイクロコンピュータである。ECU30は、車両のアクセルペダルの操作量やエンジン負荷、エンジン回転速度NE等に基づき目標噴射状態(噴射段数、噴射開始時期、噴射終了時期、噴射量等)を算出する。例えば、エンジン負荷及びエンジン回転速度に対応する最適噴射状態を、噴射状態マップにして記憶させておく。そして、現状のエンジン負荷及びエンジン回転速度に基づき、噴射状態マップを参照して目標噴射状態を算出する。
【0021】
そして、算出した目標噴射状態に基づき噴射指令信号(
図2(a)参照)を設定する。例えば、目標噴射状態に対応する噴射指令信号を指令マップにして記憶させておき、算出した目標噴射状態に基づき、指令マップを参照して噴射指令信号を設定する。以上により、エンジン負荷及びエンジン回転速度に応じた噴射指令信号が設定され、ECU30から燃料噴射弁10へ出力される。
【0022】
ここで、噴射孔11bの磨耗等、燃料噴射弁10の経年劣化に起因して、噴射指令信号に対する実際の噴射状態は変化していく。そこで、後に詳述するように燃圧センサ20により検出された燃料圧力のセンサ波形(第1波形)に基づき燃料の噴射率波形を演算して噴射状態を推定する。推定した噴射状態と噴射指令信号(パルスオン時期t1、パルスオフ時期t2及びパルスオン期間Tq)との相関関係を学習し、その学習結果に基づき、指令マップに記憶された噴射指令信号を補正する。これにより、実噴射状態が目標噴射状態に一致するよう、燃料噴射状態を高精度で制御できる。
【0023】
次に、燃料噴射中の燃料噴射弁10に搭載された燃圧センサ20により検出されたセンサ波形(
図2(c)参照)と、その燃料噴射弁10にかかる燃料噴射率の変化を表した噴射率波形(
図2(b)参照)との相関について説明する。
【0024】
図2(a)は、燃料噴射弁10のアクチュエータ13へECU30から出力される噴射指令信号を示しており、この指令信号のパルスオンによりアクチュエータ13が通電作動して噴射孔11bが開弁する。すなわち、噴射指令信号のパルスオン時期t1により噴射開始が指令され、パルスオフ時期t2により噴射終了が指令される。よって、指令信号のパルスオン期間(噴射指令期間Tq)により噴射孔11bの開弁時間を制御することで、噴射量Qが制御される。
【0025】
図2(b)は、上記噴射指令に伴って、噴射孔11bから噴射される燃料の噴射率の変化(噴射率波形)を示す。
図2(c)は、燃料噴射中の燃料噴射弁10に設けられた燃圧センサ20により検出された燃料圧力の変化(第1波形)を示す。
【0026】
圧力波形と噴射率波形とは以下に説明する相関があるため、検出された圧力波形から噴射率波形を推定(検出)することができる。まず、
図2(a)に示すように噴射開始指令がなされたt1時点の後、噴射率がR1の時点で上昇を開始して噴射が開始される。一方、検出圧力は、R1の時点で噴射率が上昇を開始してから遅れ時間C1が経過した時点で、変化点P1にて下降を開始する。その後、R2の時点で噴射率が最大噴射率に到達したことに伴い、検出圧力の下降は変化点P2にて停止する。次に、R3の時点で噴射率が下降を開始してから遅れ時間C3が経過した時点で、検出圧力は変化点P3にて上昇を開始する。その後、R4の時点で噴射率がゼロになり実際の噴射が終了したことに伴い、検出圧力の上昇は変化点P5にて停止する。
【0027】
以上説明したように、圧力波形と噴射率波形とは相関が高い。そして、噴射率波形には、噴射開始時期(R1出現時期)や、噴射終了時期(R4出現時期)、噴射量(
図2(b)中の網点部分の面積)が表されているので、圧力波形から噴射率波形を推定することで噴射状態を推定できる。
【0028】
ただし、燃圧センサ20により検出されたセンサ波形は噴射状態をそのまま反映している訳ではなく、以下に説明する供給脈動の波形がセンサ波形に重畳しているため、この供給脈動の波形成分をセンサ波形から除去する補正を実施して、その補正後のセンサ波形(第2波形)に基づき噴射状態を推定することが要求される。
【0029】
図3は、コモンレール42の吐出口42aから、燃料配管42b及び燃料噴射弁10の高圧通路11aを通じて噴射孔11bに至るまでの燃料通路を模式化した図である。以下、「噴射脈動」及び「供給脈動」の発生メカニズム等について
図3を用いて説明する。
【0030】
まず、噴射孔11bからの燃料噴射が開始されると、高圧通路11aのうち噴射孔11bの近傍部分では、燃圧低下の脈動(噴射脈動Ma)が発生する(
図3(a)参照)。その後、発生した噴射脈動Maは、高圧通路11a内をコモンレール42へ向けて伝播していく(
図3(b)参照)。そして、燃圧センサ20のダイヤフラム部21aに噴射脈動Maが到達した
図3(c)の時点で、センサ波形は下降を開始する(すなわち変化点P1が現れる)。
【0031】
その後、コモンレール42の吐出口42aに噴射脈動Maが到達した
図3(d)の時点で、コモンレール42内の高圧燃料が吐出口42aから燃料配管42bへ供給されることとなる。このように燃料供給が開始されると、燃料配管42b内のうち吐出口42aの近傍部分では、燃圧上昇の脈動(供給脈動Mb)が発生する(
図3(e)参照)。その後、発生した供給脈動Mbは、高圧通路11a内を噴射孔11bへ向けて伝播していく(
図3(f)参照)。そして、燃圧センサ20のダイヤフラム部21aに供給脈動Mbが到達した
図3(g)の時点で、センサ波形は上昇を開始する(すなわち変化点P2が現れる)。
【0032】
その後、高圧通路11a内のうち燃圧センサ20近傍部分において、コモンレール42から供給される燃料の流量と、噴射孔11bから噴射される燃料の流量とが釣り合った時点(
図2(c)に示す変化点P2a時点)で、センサ波形の上昇は停止して一定の値(平衡圧)に維持される。
【0033】
要するに、センサ波形には噴射脈動Maによる波形成分に、供給脈動Mbによる波形成分(
図2(c)中の変化点P2〜P2aの部分)が重畳していると言える。なお、センサ波形のうち変化点P2時点までの部分は、供給脈動Mbが未だ燃圧センサ20に伝播していないため、噴射脈動Maのみを表した波形であって供給脈動Mbが重畳していないと言える。
【0034】
そこで本実施形態では、供給脈動Mbの波形成分を予め作成されたモデルに基づいて演算し(
図5(b)参照)、演算したモデル波形Wmをセンサ波形Wから差し引いて除去する補正を実施する。そして、その補正後のセンサ波形W’(第2波形)に基づき噴射状態を推定している。
【0035】
次に、上記補正の手順、及び補正後のセンサ波形W’から噴射率波形を推定する手順の一例を、
図4のフローチャートを用いて説明する。なお、
図4に示す一連の処理は、ECU30(燃料噴射状態推定装置)によって、燃料の噴射を1回実施する毎に実行される。
【0036】
まず、
図4に示すステップS10において、1回の燃料噴射期間中に噴射気筒の燃圧センサ20から所定のサンプリング周期で出力された複数の検出値(センサ波形W)を取得する。なお、
図5(a)中の実線はセンサ波形Wを示し、点線は供給脈動波形Waを示す。続くステップS20では、供給脈動波形Waのモデル波形Wm(
図5(b)参照)を演算する。この演算手法については後に詳述する。続くステップS30では、供給脈動波形Waのモデル波形Wmを学習値により補正する。この補正手法(更新手法)については後に詳述する。
【0037】
続くステップS40では、演算したモデル波形Wmをセンサ波形Wから差し引いて、供給脈動波形Waが除去されたセンサ波形W’を演算する(W’=W−Wm)。
図5(c)中の点線は、補正前のセンサ波形W(第1波形)を示し、実線は、補正後のセンサ波形W’(第2波形)を示す。
【0038】
続くステップS50では、補正後のセンサ波形W’のうち、弁体12の開弁作動開始に伴い圧力下降していく部分である下降波形W(P1-P2)(P1〜P2の部分の波形)の近似直線Laを演算する(
図2(c)参照)。次のステップS60では、補正後のセンサ波形W’のうち、弁体12の閉弁作動開始に伴い圧力上昇していく部分である上昇波形W(P3-P5)(P3〜P5の部分の波形)の近似直線Lb(モデル化した上昇波形)を演算する(
図2(c)参照)。これらの近似直線La,Lbは、例えば下降波形W(P1-P2)又は上昇波形W(P3-P5)を構成する複数の検出値を最小二乗法により直線近似して算出してもよいし、下降波形W(P1-P2)のうち微分値が最小となる点での接線を直線モデルとして算出してもよいし、上昇波形W(P3-P5)のうち微分値が最大となる点での接線を直線モデルとして算出してもよい。
【0039】
次に、ステップS70において、補正後のセンサ波形W’のうち圧力下降を開始する直前(変化点P1の直前)の圧力(基準圧Pbase)を算出し、この基準圧Pbaseに基づき、以降の処理で用いる基準直線Lc,Ld(
図2(c)参照)を算出する。なお、噴射指令信号の出力開始(パルスオン時期t1)から変化点P1が現れるまでの期間における圧力の平均値を、前記基準圧Pbaseとして算出すればよく、例えば、噴射指令信号の出力開始から所定時間が経過するまでの圧力平均値を基準圧Pbaseとして算出すればよい。基準直線Lcには基準圧Pbaseと同じ値が採用されている。基準直線Ldには、基準圧Pbaseよりも所定量だけ圧力低下させた値が採用されている。この所定量は、変化点P1での圧力から変化点P2での圧力への圧力下降量ΔP(P1-P2)が大きいほど、或いは噴射指令信号のパルスオン期間(噴射指令期間Tq)が長いほど大きい値に設定される。
【0040】
続くステップS80では、基準直線Lcと近似直線Laとの交点を算出する(
図2(c)参照)。この交点が示す時期は変化点P1の出現時期と殆ど一致する。したがって、基準直線Lcと近似直線Laとの交点が示す時期は噴射開始時期R1との相関が高いため、この交点に基づき噴射開始時期R1を算出する。続くステップS90では、基準直線Ldと近似直線Lbとの交点を算出する。この交点が示す時期は噴射終了時期R4との相関が高いため、この交点に基づき噴射終了時期R4を算出する(
図2(c)参照)。
【0041】
続くステップS100では、噴射率が上昇する部分の傾きRα(
図2(b)参照)と近似直線Laの傾きとは相関性が高いことに着目し、近似直線Laの傾きに基づき噴射率波形の上昇の傾きRαを算出する。また、噴射率が下降する部分の傾きRβ(
図2(b)参照)と近似直線Lbの傾きとは相関性が高いことに着目し、近似直線Lbの傾きに基づき噴射率波形の下降の傾きRβを算出する。続くステップS110では、変化点P1での圧力から変化点P2での圧力への圧力下降量ΔP(P1-P2)と最大噴射率Rh(
図2(b)参照)とは相関性が高いことに着目し、圧力下降量ΔP(P1-P2)に基づき最大噴射率Rhを算出する。
【0042】
以上による
図4の処理によれば、噴射開始時期R1、噴射終了時期R4、噴射率上昇の傾きRα、噴射率下降の傾きRβ、及び最大噴射率Rhが算出される。よって、
図2(b)に例示される噴射率波形を推定することができる。なお、ステップS10の処理が第1波形取得部としての処理に相当し、ステップS20の処理が演算部としての処理に相当し、ステップS30の処理が更新部としての処理に相当し、ステップS40の処理が第2波形取得部としての処理に相当し、ステップS50〜S110の処理が推定部としての処理に相当する。
【0043】
次に、上記ステップS20において、供給脈動波形Waのモデル波形Wm(
図5(b)参照)を演算する手法を説明する。
【0044】
図5(a)に示すように、実際の供給脈動波形Waは、ta時点までは圧力ゼロであり、重畳を開始するta時点から徐々に圧力上昇し、tb時点でその圧力上昇が停止して一定の圧力になる。したがって、重畳開始するta時点、ta時点からtb時点までの圧力上昇の傾きPγ、及び圧力上昇量ΔPが推定できれば、供給脈動波形Waのモデル波形Wm(
図5(b)参照)を規定できると言える。本実施形態では、これらの重畳開始時期ta、傾きPγ、上昇量ΔPを以下の手法により算出することで、モデル波形Wmを演算している。
【0045】
供給脈動波形Waの傾きPγ(上昇速度)は、下降波形W(P1-P2)の傾きPα(下降速度)と相関がある。両傾きPγ,Pαは比例関係にあり、下降波形W(P1-P2)の下降速度が速いほど、供給脈動波形Waの上昇速度が速くなる。この比例関係の式を予め試験して取得しておき、検出したセンサ波形Wから下降波形W(P1-P2)の傾きPαを演算し、演算した傾きPαを比例関係の式に代入して供給脈動波形Waの傾きPγを算出する。なお、下降波形W(P1-P2)の傾きPαは、先述した近似直線La(
図2(c)参照)の傾きをそのまま用いればよい。
【0046】
次に、重畳開始時期taの算出手法を説明する。先ず、下降開始時期Tstaから重畳開始時期taまでに要する時間(供給脈動伝播時間Ta)を演算する。詳しくは、燃圧センサ20の位置(正確にはダイヤフラム部21aの位置)から吐出口42aまでの経路長L、及び噴射脈動Ma及び供給脈動Mbの伝播速度a(音速)に基づいて、供給脈動伝播時間Taを演算する。伝播速度aは、その時の燃料圧力に応じて変化するため、例えば先述した基準圧Pbaseに基づき伝播速度aを算出すればよい。経路長Lは設計値、aは基準圧Pbaseに基づき算出可能である。供給脈動伝播時間Taは、経路長Lの2倍を伝播速度aで割って算出する(Ta=2L/a)。Tstaはセンサ波形Wから算出可能である。そして、このように演算した供給脈動伝播時間Taを下降開始時期Tstaに加算すれば、重畳開始時期taを算出できる(ta=Tsta+Ta)。
【0047】
次に、圧力上昇量ΔPの算出手法を説明する。下降開始時期Tstaでの圧力及び重畳開始時期taでの圧力をセンサ波形Wから検出し、これらの圧力に基づいて圧力上昇量ΔPを演算する(詳細は特許文献1参照)。
【0048】
図6は、上述の如く供給脈動波形Waのモデル波形Wmを演算する手順の一例を示すフローチャートであり、
図4中のステップS20のサブルーチン処理である。ここで、下降波形W(P1-P2)の傾きPαとモデル波形Wmの傾きPγとの相関を示す相関式、基準圧Pbaseと供給脈動伝播時間Taとの関係を示すマップ、圧力上昇量ΔPを演算する式が、予めメモリに記憶されている。
【0049】
まず、
図6のステップS21において、下降波形のW(P1-P2)の傾きPαをセンサ波形Wから検出し、メモリに記憶された相関式に、検出した傾きPαを代入して、モデル波形Wmの上昇の傾きPγを演算する。
【0050】
続くステップS22では、基準圧Pbaseに基づき、供給脈動伝播時間Taとの関係を示すマップを参照して供給脈動伝播時間Taを算出する。続くステップS23では、センサ波形Wから検出した下降開始時期Tstaに、ステップS22で算出した供給脈動伝播時間Taを加算することで、重畳開始時期taを算出する。
【0051】
続くステップS24では、センサ波形Wから検出される下降開始時期Tstaでの圧力及び重畳開始時期taでの圧力の値に基づいて、圧力上昇量ΔPを算出する。続くステップS25では、ステップS21,S23,S24で算出した傾きPγ、重畳開始時期ta及び上昇量ΔPに基づき、
図5(b)に例示される供給脈動波形Waのモデル波形Wmを規定(演算)する。
【0052】
ここで、コモンレール42及び燃料配管42bの製造ばらつきや特性の経時変化等により、実際の供給脈動波形Waとモデル波形Wm(モデルに基づき演算した供給脈動波形)とがずれるおそれがある。その場合、モデル波形Wmをセンサ波形Wから差し引いたセンサ波形W’が、燃料噴射状態を正確に反映しなくなるため、燃料噴射状態を推定する精度が低下するおそれがある。この点、本実施形態では、供給脈動波形のモデル波形Wmと実際の供給脈動波形Waとのずれ量を算出し、このずれ量に基づいてモデル波形Wmを更新する。
【0053】
詳しくは、燃料噴射弁10による燃料の噴射中は、燃料配管42b及び高圧通路11a内を流通する燃料が噴射孔11bによって絞られ、一定流量の燃料が噴射孔11bから噴射される状態となる。このため、仮に供給脈動波形Waがセンサ波形Wに重畳しないとすると、センサ波形Wは最小値に到達した後にその最小値で一定期間維持されると考えられる(
図5(c)の除去補正後のセンサ波形W’参照)。これに対して、実際のセンサ波形Wが最小値に到達した後に、最小値で一定期間維持されず上昇しているのは(
図5(a)のセンサ波形W参照)、供給脈動波形Waがセンサ波形W’に重畳したことによると考えられる。
【0054】
こうした考察から、本願発明者は、センサ波形Wのうち燃料圧力が最小となる変化点P2の出現時期は、供給脈動波形Waがセンサ波形Wに重畳開始する時期taと略一致することを見出した(
図5(a)参照)。また、本願発明者は、センサ波形Wのうち、燃料圧力が最小となる変化点P2から燃料圧力が上昇する部分(変化点P2から変化点P2aまでの部分)の傾きは、供給脈動波形Waのうち上昇部分の傾きに略一致することを見出した。さらに、本願発明者は、センサ波形Wのうち燃料圧力が最小となる変化点P2から燃料圧力が上昇して一定となる変化点P2aまでの上昇量ΔPは、供給脈動波形Waの上昇量ΔPと略一致することを見出した。
【0055】
本実施形態では、供給脈動波形のモデル波形Wmと実際の供給脈動波形Waとのずれ量を表す学習値により、モデル波形Wmを補正する。
図7は、モデル波形Wmを補正する手順を示すフローチャートであり、
図4中のステップS30のサブルーチン処理である。
【0056】
まず、
図7のステップS31において、センサ波形Wのうち、燃料圧力が最小となる点から燃料圧力が上昇する部分の傾きに基づいて、供給脈動波形Waの上昇の傾きPγを算出する。詳しくは、
図5(a)において、センサ波形Wのうち変化点P2から変化点P2aまでの近似直線を最小二乗法により算出し、この近似直線の傾きを供給脈動波形Waの傾きPγとして算出する。なお、上昇波形W(P2-P2a)において微分値の最大値を、供給脈動波形Waの傾きPγとして算出してもよい。
【0057】
続くステップS32では、
図6に示した処理により演算したモデル波形Wmの傾きPγと、上記ステップS31で算出した実際の傾きPγとの差分量を算出する。
【0058】
続く、ステップS33において、センサ波形Wのうち、燃料圧力が最小となる点の出現時期に基づいて、供給脈動波形Waがセンサ波形Wに重畳開始する時期taを算出する。詳しくは、
図5(a)において、センサ波形Wにおける変化点P2の出現時期を、センサ波形Wへの供給脈動波形Waの重畳開始時期taとして算出する。
【0059】
続くステップS34では、
図6に示した処理により演算したモデル波形Wmの重畳開始時期taと、上記ステップS33で算出した実際の重畳開始時期taとの差分量を算出する。
【0060】
続くステップS35では、センサ波形Wのうち、燃料圧力が最小となる点から燃料圧力が上昇して一定となるまでの上昇量に基づいて、供給脈動波形Waの上昇量ΔPを算出する。詳しくは、
図5(a)において、センサ波形Wのうち変化点P2から変化点P2aまでの上昇量ΔPを、供給脈動波形Waの上昇量ΔPとして算出する。
【0061】
続くステップS36では、
図6に示した処理により演算したモデル波形Wmの上昇量ΔPと、上記ステップS35で算出した実際の上昇量ΔPとの差分量を算出する。
【0062】
続くステップS37では、ステップS32,S34,S36で算出した各差分量を、傾きPγ,重畳開始時期ta,上昇量ΔPの各学習値としてメモリに記憶させる。
【0063】
続くステップS38では、ステップS37でメモリに記憶させた各学習値に基づいて、モデル波形Wmを補正する。詳しくは、モデル波形Wmの傾きPγ,重畳開始時期ta,上昇量ΔPに、それぞれの学習値を加算して、補正後のモデル波形Wmを算出する(モデル波形Wmを更新する)。
【0064】
なお、ステップS31〜S38の処理が、更新部としての処理に相当する。
【0065】
以上詳述した本実施形態は、以下の利点を有する。
【0066】
・供給脈動波形Waを反映するセンサ波形Wに基づいてモデル波形Wmが更新される。このため、実際の供給脈動波形Waに合わせてモデル波形Wmを更新することができる。さらに、本願発明者は、センサ波形Wのうち、燃料圧力が最小となる変化点P2から燃料圧力が上昇して一定となる変化点P2aまでの所定部分に、実際の供給脈動波形Waが直接的に反映されることを見出した。この点、センサ波形Wのうち特にこの所定部分に基づいてモデル波形Wmが補正(更新)されるため、供給脈動波形Waのモデル波形Wmを演算する精度を向上させることができる。その結果、コモンレール42、燃料配管42b、及び高圧通路11aの製造ばらつきや特性の経時変化等が生じたとしても、燃料噴射状態の推定精度が低下することを抑制することができる。
【0067】
・本願発明者は、センサ波形Wのうち燃料圧力が最小となる変化点P2の出現時期は、供給脈動波形Waがセンサ波形Wに重畳開始する時期taと略一致することを見出した。この点、センサ波形Wのうち燃料圧力が最小となる変化点P2の出現時期に基づいて、モデル波形Wmがセンサ波形Wに重畳開始する時期taが補正(更新)されるため、モデル波形Wmを演算する精度を向上させることができる。
【0068】
・本願発明者は、センサ波形Wのうち、燃料圧力が最小となる変化点P2から燃料圧力が上昇する部分の傾きは、供給脈動波形Waのうち上昇部分の傾きに略一致することを見出した。この点、センサ波形Wのうち、燃料圧力が最小となる変化点P2から燃料圧力が上昇する部分の傾きに基づいて、モデル波形Wmのうち上昇部分の傾きPγが補正(更新)されるため、モデル波形Wmを演算する精度を向上させることができる。
【0069】
・本願発明者は、センサ波形Wのうち燃料圧力が最小となる変化点P2から燃料圧力が上昇して一定となる変化点P2aまでの上昇量は、供給脈動波形Waの上昇量ΔPと略一致することを見出した。この点、センサ波形Wのうち、燃料圧力が最小となる変化点P2から燃料圧力が上昇して一定となる変化点P2aまでの上昇量に基づいて、モデル波形Wmの上昇量ΔPが補正(更新)されるため、モデル波形Wmを演算する精度を向上させることができる。
【0070】
・モデル波形Wmを更新する量が学習値として記憶され、この学習値に基づいてモデル波形Wmが補正される。したがって、実際の供給脈動波形Waに合わせてモデル波形Wmを補正するのみならず、補正前のモデル波形Wm(基準となるモデル波形Wm)からのずれ量を学習値として把握することができる。
【0071】
なお、上記実施形態に限定されず、以下のように変更して実施してもよい。
【0072】
・上記実施形態では、供給脈動波形Waの重畳開始時期ta、傾きPγ、上昇量ΔPを演算してモデル波形Wmを規定しているが、予め複数のパターンのモデルを記憶させておき、下降波形W(P1-P2)(例えば下降開始時期Tstaや傾きPα等)に基づき複数パターンのモデルから最適モデルを選択するようにしてもよい。
【0073】
・上記実施形態では、燃圧センサ20を燃料噴射弁10に搭載しているが、燃圧センサはコモンレール42の吐出口42aから噴射孔11bに至るまでの燃料経路内の燃圧を検出するよう配置された燃圧センサであればよい。よって、例えば燃料配管42bに燃圧センサを搭載してもよい。
【0074】
・上記実施形態では、
図7のステップS32,S34,S36で算出した各差分量を、傾きPγ,重畳開始時期ta,上昇量ΔPの各学習値としてメモリに記憶させ、モデル波形Wmの傾きPγ,重畳開始時期ta,上昇量ΔPに、それぞれの学習値を加算して、補正後のモデル波形Wmを算出した。しかしながら、これに代えて
図7のステップS32,S34,S36において、モデル波形Wmに対する傾きPγ,重畳開始時期ta,及び上昇量ΔPのそれぞれの比を各学習値としてメモリに記憶させ、モデル波形Wmの傾きPγ,重畳開始時期ta,上昇量ΔPに、それぞれの学習値を乗算して、補正後のモデル波形Wmを算出してもよい。
【0075】
・上記実施形態では、モデル波形Wmを更新する量を学習値として記憶し、この学習値に基づいてモデル波形Wmを補正した。しかしながら、各学習値が反映されるようにモデル波形Wmを更新した上で、この更新されたモデル波形Wmに基づいて供給脈動波形Waを演算するようにしてもよい。
【0076】
・上記実施形態では、
図6に示す手順によりモデル波形Wmを演算した。しかしながら、
図7に示す手順により、基準となる燃料噴射システム(マスタ燃料噴射弁等)について傾きPγ、重畳開始時期ta、及び上昇量ΔPを算出し、これらに基づいて基準となるモデル波形Wmを作成することもできる。
【0077】
・ディーゼルエンジンに限らず、デリバリパイプを備える直噴ガソリンエンジンに、本実施形態の噴射状態推定装置を適用することもできる。