(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
原油や天然ガスは、湿潤な硫化水素を含む。このような環境をサワー環境という。ラインパイプは、油井やガス井から生産された原油や天然ガスを搬送する。したがって、ラインパイプはサワー環境で使用される。このようなサワー環境で使用されるラインパイプでは、硫化水素に起因した水素脆化が問題となる。
【0003】
水素脆化には、硫化水素割れと、水素誘起割れ(Hydrogen Induced Cracking:以下、HICと称する)とがある。硫化水素割れは、静的な外部応力下で鋼材に生じる。HICは、外部応力のない状態で鋼材に生じる。ラインパイプは油井管よりも静的な外部応力が掛からない。そのため、ラインパイプでは特に耐HIC性が要求される。
【0004】
一般的に、鋼の強度が高くなるほど、HICが発生しやすくなることが知られている。
【0005】
ラインパイプ用の鋼材の耐HIC性を高める技術は、特開昭54−110119号公報(特許文献1)、特公昭58−18967号公報(特許文献2)、特開昭52−111815号公報(特許文献3)、特開昭61−60866号公報(特許文献4)、特開2004−176172号公報(特許文献5)及び特開2004−143593号公報(特許文献6)に提案されている。
【0006】
特許文献1に開示されたラインパイプ用鋼は、Ca及びCeを含有して、鋼中のMnSを球状化する。これにより、ラインパイプ用鋼の耐HIC性が高まる、と特許文献1には記載されている。
【0007】
特許文献2に開示されたラインパイプ用鋼は、Cu、及びNiを必須元素として含有し、さらに、Ca/S≧2.0を満足する化学組成を有する。これにより、ラインパイプ用鋼の耐HIC性が高まる、と特許文献2には記載されている。
【0008】
特許文献3に開示されたラインパイプ用鋼材では、Mn、P及びS等の偏析しやすい元素の含有量が低減され、さらに、Cu、Ni、Cr及びMo等の合金元素が含有される。これにより、鋼中への水素の侵入が抑制され、ラインパイプ用鋼材の耐HIC性が高まる、と特許文献3には記載されている。
【0009】
特許文献4に開示されたラインパイプ用鋼材は、Niと、Cr及び/又はMoとを含有する。これにより、鋼中への水素の侵入が抑制され、ラインパイプ用鋼材の耐HIC性が高まる、と特許文献4には記載されている。
【0010】
特許文献5及び6に開示された鋼は、Mo、Vを必須元素として含有し、ベイナイト及びマルテンサイトの焼入れ組織の粒界にフェライトを析出させ、結晶粒界の脆化を抑制する。これにより、降伏強度が483MPa以上で、優れた耐HIC性が得られる、と特許文献5及び6には記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を詳しく説明する。
【0020】
本発明者らは、低強度の継目無鋼管におけるHICの発生について調査及び検討し、次の知見を得た。
【0021】
(1)HICは次のメカニズムで発生する。鋼中の粗大介在物の周囲に水素が集積し、HICの起点が形成される。起点の水素圧力が高まることにより材料が降伏すると、亀裂が生成される。亀裂先端には、転位と水素とがさらに集積する。これによりHICが発生する。
【0022】
低強度の継目無鋼管では特に、HICの一種であるブリスタが発生しやすい。ブリスタは鋼材の表面近傍に発生し、鋼材の軸方向に延びる膨れ(割れ)である。後述のCAR試験により得られた割れ面積率CARが0%であっても、ブリスタが存在する場合がある。従来の高強度(400MPaよりも高い強度)の継目無鋼管では、ブリスタが発生しても、強度が高いため、輸送される流体のリーク等につながらない。そのため、ブリスタは特に問題にならない。
【0023】
しかしながら、低強度の継目無鋼管の場合、肉厚方向に並ぶ複数のブリスタが連結して大きな割れ(HIC)が生成する場合がある。したがって、低強度の継目無鋼管では、ブリスタの発生も抑制される方が好ましい。
【0024】
一般的に低強度の継目無鋼管では、製管後そのまま放冷して製造される。この場合、継目無鋼管の組織はフェライト及びパーライトの二相組織となる。そして、降伏強度の低いフェライトの割合が多いため、フェライトが降伏してHICが発生しやすい。
【0025】
そこで、本実施形態の継目無鋼管は、低強度であるにも関わらず、焼入れ及び焼戻しを実施する。これにより、鋼中のフェライトの面積率(以下、フェライト率という)が50%以下になる。そして、フェライトの代わりに、焼戻しベイナイト及び/又は焼戻しマルテンサイトが形成される。ベイナイト及びマルテンサイトの強度はフェライトよりも高いため、水素圧力による降伏が抑制される。そのため、HIC(ブリスタを含む)の発生が抑制される。
【0026】
(2)本実施形態ではさらに、組織中でのパーライトの面積率(以下、パーライト率という)を5%未満にする。パーライト率が高い場合、HICが発生しやすくなる。その理由として次の事項が考えられる。腐食反応による水素イオンが鋼材表面に吸着し、原子状の水素として鋼内部に侵入する。鋼中に浸入した水素は、パーライト相を構成する炭化物のまわりに拡散・集積する。炭化物のまわりに集積した水素の内圧により、内部割れを生じる。そのため、局所的にパーライト相を有する鋼の耐HIC性は低い。パーライト率を低下すれば、耐水素脆化特性が向上する。特に、パーライト率が5%未満であれば、低強度であっても優れた耐HIC性が得られる。
【0027】
(3)HICは上述のとおり、介在物を起点として発生しやすい。したがって、鋼中の粗大な介在物数は少ない方が好ましい。本実施形態の化学組成の場合、粒径が50μm以上の介在物(以下、粗大介在物という)の個数(粗大介在物数)Nが15個/100mm
2以下であれば、HIC(ブリスタを含む)の発生が抑制される。
【0028】
以上の知見に基づいて本実施形態の継目無鋼管は完成した。以下、本実施形態の継目無鋼管について詳述する。
【0029】
[化学組成]
本実施形態による継目無鋼管は、以下の化学組成を有する。
【0030】
C:0.01〜0.20%
炭素(C)は、焼入れ性を高めて鋼の強度を高める。C含有量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、本実施形態の継目無鋼管はラインパイプとして、円周溶接により、他の継目無鋼管と接続される。したがって、C含有量が高すぎれば、円周溶接の熱影響部(HAZ)が硬化して耐SSC性が低下する。さらに、C含有量が高すぎれば、ラインパイプ用鋼材における溶接部の靱性が低下する。したがって、C含有量は0.01〜0.20%である。C含有量の好ましい下限は0.01%よりも高く、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。C含有量の好ましい上限は0.20%未満であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0031】
Si:0.05〜0.50%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Si含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、溶接熱影響部の靱性が低下する。Si含有量が高すぎればさらに、フェライトが過剰に生成される。そのため、耐HIC性が低下する。したがって、Si含有量は0.05〜0.50%である。Si含有量の好ましい下限は0.05%よりも高く、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.16%である。Si含有量の好ましい上限は0.50%未満であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0032】
Mn:0.3〜2.0%
マンガン(Mn)は鋼の焼入れ性を高めて鋼の強度を高める。Mnはさらに、鋼の靱性を高める。Mn含有量が低すぎれば、この効果は得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、Mn偏析による鋼の硬化、及び、MnSの形成により、HICが発生しやすくなる。したがって、Mn含有量は0.3〜2.0%である。Mn含有量の好ましい下限は0.3%よりも高く、さらに好ましくは、0.5%である。Mn含有量の好ましい上限は2.0%未満であり、さらに好ましくは1.6%である。
【0033】
P:0.02%以下
燐(P)は不純物である。Pは、偏析して鋼中に硬化組織を形成する。継目無鋼管の場合、硬化組織が鋼管内面近傍に形成されやすく、HICが発生しやすくなる。そのため、P含有量はなるべく低い方が好ましい。したがって、P含有量は0.02%以下である。好ましいP含有量は0.02%未満である。
【0034】
S:0.01%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、MnSを形成する。MnSはHICの起点となる。したがって、S含有量は低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の低減はコストが掛かる。本実施形態の継目無鋼管では製造コストを抑えるため、S含有量を0.01%以下にすればよい。本実施形態の継目無鋼管では、S含有量が0.003%よりも高く含有されていても、後述の組織を有していれば、優れた耐HIC性を示す。
【0035】
Cr:0.02〜0.2%
クロム(Cr)は鋼の焼入れ性を高めて鋼を強化する。Cr含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、フェライトが過剰に生成して耐HIC性が低下する。Cr含有量が高すぎればさらに、鋼中において局部に硬化組織が発生したり、鋼の表面の不均一な腐食の原因となったりする。したがって、Cr含有量は0.02〜0.2%である。Cr含有量の好ましい下限は0.02%よりも高く、さらに好ましくは0.05%である。Cr含有量の好ましい上限は0.2%未満である。
【0036】
sol.Al:0.001〜0.100%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎれば、脱酸不足となり、鋼片に表面疵等が発生して硬質の劣化を招く。一方、Al含有量が高すぎれば、鋳片に割れ等が発生する。したがって、Al含有量は0.001〜0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.001%よりも高い。Al含有量の好ましい上限は0.100%未満であり、さらに好ましくは0.07%である。本明細書において、Al含有量は、酸可溶Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0037】
O:0.0050%以下
酸素(O)は不純物である。Oは粗大な酸化物、又は酸化物のクラスタを形成して鋼の靱性及び耐HIC性を低下する。そのため、O含有量はなるべく低い方が好ましい。したがって、O含有量は0.0050%以下である。好ましいO含有量は0.0030%以下である。
【0038】
N:0.0100%以下
窒素(N)は不純物である。Nは粗大な窒化物を形成して鋼の靱性及び耐SSC性を低下する。そのため、N含有量は低い方が好ましい。したがって、N含有量は0.0100%以下である。好ましいN含有量は0.006%以下である。
【0039】
本実施形態の継目無鋼管の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、又は、製造過程の環境等から混入する元素をいう。本実施形態では、Mo、V、Cu及びNiは不純物である。これらの合金元素を用いなくても、本実施形態の継目無鋼管は、優れた耐HIC性を示す。
【0040】
[選択元素について]
本実施形態の継目無鋼管はさらに、Caを含有してもよい。
【0041】
Ca:0〜0.0050%
カルシウム(Ca)は選択元素である。Caは、鋳込み時のタンディッシュノズルの詰まりを抑制する。Caはさらに、MnSの形態を制御して鋼の耐食性を高める。Ca含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Ca含有量が高すぎれば、介在物がクラスタを形成し、鋼の靱性及び耐HIC性が低下する。したがって、Ca含有量は0〜0.0050%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0005%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0050%未満である。
【0042】
本実施形態の継目無鋼管はさらに、Ti及びNbからなる群から選択された1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼を細粒化する。
【0043】
Ti:0〜0.012%
チタン(Ti)は選択元素である。TiはNbと同様に、C及びNと結合して炭窒化物を形成し、ピンニング効果により鋼を細粒化する。細粒化により粒界が増加するため、ブリスタ等のHICの割れの進展が粒界により阻止される。そのため、耐HIC性が高まる。しかしながら、Ti含有量が高すぎれば、TiNが粗大化する。この場合、粗大なTiNがHICの起点となり、耐HIC性が低下する。したがって、Ti含有量は0〜0.012%である。Ti含有量の好ましい下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。Ti含有量の好ましい上限は0.010%以下である。
【0044】
Nb:0〜0.012%
ニオブ(Nb)は、フェライトに固溶して鋼の強度を高める。Nbはさらに、C及びNと結合して炭窒化物を形成し、ピンニング効果により鋼を細粒化する。一方、Nb含有量が高すぎれば、粗大なNb炭窒化物が形成される。粗大なNb炭窒化物はHICの起点となる。したがって、Nb含有量は0〜0.012%である。Nb含有量の好ましい下限は0.002%である。Nb含有量の好ましい上限は0.010%以下である。
【0045】
[組織]
本実施形態の継目無鋼管の組織は、面積率で、10〜50%のフェライトと、0〜5%未満のパーライトとを含有し、残部は焼戻しベイナイト及び/又は焼戻しマルテンサイトからなる。
【0046】
ここで、フェライトの面積率(フェライト率)及びパーライトの面積率(パーライト率)は、次の方法で求める。継目無鋼管の軸方向に垂直な断面において、外面、肉厚中央、内面にて160μm×120μmの観察領域を各1視野選択する。各観察領域を含むサンプルを採取する。各サンプルの観察領域を含む面(観察面という)を研磨する。ナイタル腐食液を用いて、研磨された観察面をエッチングする。光学顕微鏡(観察視野:160μm×120μm、観察倍率500倍)を用いて、観察面内の観察領域におけるフェライトとパーライトとを特定する。特定されたフェライトの面積率(%)と、パーライトの面積率(%)とを、点算法により測定する。測定されたフェライトの面積率及びパーライトの面積率の平均を、それぞれ、継目無鋼管のフェライト率(%)、パーライト率(%)と定義する。
【0047】
本実施形態の継目無鋼管の組織では、フェライト率が50%以下であり、フェライト以外の他の相として、焼戻しベイナイト及び/又は焼き戻しマルテンサイトが形成される。そのため、強度の低いフェライトの降伏に起因したHICが発生するのを抑制することができる。上記組織において、パーライトは含まれなくても良い。つまり、パーライト率は0%であってもよい。
【0048】
さらに、上述のとおり、割れが生じやすいパーライトの面積率が0〜5%未満であるため、HICが発生しにくく、優れた耐HIC性が得られる。さらに、フェライト率が10%以上であるため、結晶粒界の脆化が抑制される。そのため、鋼に微小な破壊が発生しても、その亀裂の伸展が抑制され、優れた耐HIC性が得られる。
【0049】
[粗大介在物数]
本実施形態の継目無鋼管ではさらに、鋼中の介在物のうち、50μm以上の粒径を有する介在物(粗大介在物)の個数が15個/100mm
2以下である。
【0050】
上述のとおり、HICの発生起点となるフェライト及びパーライトの面積率が抑制されても、粗大介在物が鋼中に多数残存すれば、粗大介在物の界面を起点としてHIC(ブリスタを含む)が発生する場合がある。したがって、粗大介在物の個数は少ない方が好ましい。
【0051】
本実施形態の継目無鋼管では、粗大介在物数Nが15個/100mm
2以下であれば、粗大介在物と起点としたHICが発生しにくい。
【0052】
介在物の粒径及び個数は、次の方法で測定される。継目無鋼管の軸方向に平行な任意の断面において、サンプルを採取する。サンプルは、肉厚中央を含み面積が100mm
2の観察領域を含む。観察領域を含む面(観察面)を鏡面研磨する。研磨された各サンプルの観察面の観察領域内の介在物(硫化物系介在物(MnS等)、酸化物系介在物(Al
2O
3等)及び炭窒化物の介在物)を光学顕微鏡により特定する。具体的には、観察領域において、光学顕微鏡のコントラスト及び形状に基づいて、酸化物系介在物、硫化物系介在物、及び炭窒化物の介在物を特定する。
【0053】
特定された各介在物(酸化物系介在物、硫化物系介在物、及び、炭窒化物の介在物)の粒径を測定する。本明細書において粒径とは、介在物と母相との界面上の異なる2点を結ぶ直線のうち最大のもの(μm)を意味する。ただし、クラスタ状の粒子群は一つの介在物とみなして粒径を決定する。より詳しくは、3つ以上の粒子群において、
図1に示すように、各粒子の中心軸を規定する。隣り合う粒子の中心軸方向における最短距離を間隔d(μm)と定義する。さらに、隣接する粒子の、中心軸間の距離を、中心間距離s(μm)と定義する。間隔dが40μm以下、中心間距離sが10μm以下で存在する場合、これら粒子群を一つの介在物とみなす。上記クラスタ状の粒子群を一つの介在物とみなす判断手法は、JIS G0555(2003)5.2.3と同じである。粒径が50μm以上の介在物を粗大介在物として特定する。
【0054】
各観察領域において、粗大介在物の総数をカウントする。そして、全ての観察領域における粗大介在物の総数TNを求める。求めた総数TNに基づいて、次の式(A)を利用して、100mm
2あたりの、粗大介在物数N(個/100mm
2)を求める。
N=TN/観察領域の総面積 (A)
【0055】
[製造方法]
本実施形態によるサワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管の製造方法の一例を説明する。
【0056】
上述の化学組成の鋼を溶製し、周知の方法で精錬する。続いて、溶鋼を連続鋳造法により連続鋳造材(スラブ、ブルーム又はビレット)にする。
【0057】
[連続鋳造工程]
連続鋳造時において、冷却速度は速い方が好ましい。また、タンディッシュヒータを採用する等して、鋳込み温度を制御して大型介在物の浮上分離の促進を図ることが好ましい。これらによって、粗大介在物数Nを15個/100m
2以下に制御できる。
【0058】
具体的には、タンディッシュ内の溶鋼保持温度を1540℃以上にする。この場合、タンディッシュ中で粗大介在物が凝集して浮上し、鋼から除去される。また、1500℃から1200℃の温度域の冷却速度を50℃/分以上として、介在物が粗大化するのを防止して、均一に微細分散させる。
【0059】
[製管工程]
連続鋳造材がスラブ又はブルームの場合、連続鋳造材を熱間加工してビレットを製造する。たとえば、スラブやブルームを分塊圧延して、ビレットを製造する。
【0060】
続いて、ビレットを熱間製管して継目無鋼管を製造する。具体的には、ビレットを加熱炉で加熱する。加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して継目無鋼管を製造する。具体的には、マンネスマン法に基づく穿孔圧延を実施して素管を製造する。製造された素管に対してさらに、マンドレルミル、レデューサ、サイジングミル等により延伸圧延及び定径圧延を実施して継目無鋼管を製造する。
【0061】
製管された継目無鋼管に対して、次の条件で焼入れ処理及び焼戻し処理を実施する。
【0062】
[焼入れ処理]
本実施形態では、焼入れ処理により、組織中のフェライト率及びパーライト率を低減し、ベイナイト及び/又はマルテンサイトを生成する。焼入れ温度は、A
1点以上とし、冷却速度は5℃/sec以上とする。
【0063】
焼入れ温度がA
1点以上である場合、焼入れ温度における鋼の組織はフェライトとオーステナイトとの2相からなる。本実施形態の継目無鋼管では、二相域となる温度域から上記冷却速度で焼入れを行えば足りる。この場合であっても、HICの発生要因となるフェライト及びパーライトを有効に抑制することができる。
【0064】
熱間加工された継目無鋼管をそのまま焼入れする場合、焼入れ温度の下限はA
r1点である。一方、熱間加工された継目無鋼管をいったん冷却した後、焼入れ温度まで加熱して焼入れする場合、又は、熱間加工された継目無鋼管を補熱炉にいれて焼入れ温度まで加熱する場合、焼入れ温度の下限はA
c1点である。
【0065】
好ましくは、焼入れ温度の下限はA
3点である。具体的には、熱間加工後の継目無鋼管をそのまま焼入れする場合、好ましい焼入れ温度の下限はA
r3点である。熱間加工後の継目無鋼管をいったん冷却した後、焼入れ温度まで加熱して焼入れする場合、又は、熱間加工後の継目無鋼管を補熱炉に装入して焼入れ温度まで加熱して焼入れする場合、好ましい焼入れ温度の下限はA
c3点である。この場合、焼入れ温度での鋼の組織はオーステナイト単相になるため、フェライト及びパーライトの生成をさらに抑制することができ、降伏強度を高めることができる。
【0066】
好ましい焼入れ温度の上限は980℃であり、さらに好ましくは950℃である。この場合、結晶粒が粗大化し靱性が著しく悪化するのを抑制できる。そのため、鋼の靱性が高まる。
【0067】
[焼戻し処理]
本実施形態では、焼戻し処理における焼戻し温度をA
c1点以下とする。さらに、焼戻し処理時においてパーライトが生成されるのを抑制するために、次の式(1)で定義される焼戻しパラメータPLを19500未満とする。
PL=(T+273)×(21.3−5.8×C+log(t)) (1)
式(1)中のTには、焼戻し温度(℃)が代入され、Cには、継目無鋼管の炭素含有量(%)が代入される。tには、焼戻し温度T(℃)での保持時間(均熱時間、単位はhr)が代入される。
【0068】
焼戻しパラメータPLが19500以上である場合、鋼中のベイナイト及びマルテンサイトの一部がオーステナイトとなる。そのため、均熱後の冷却時において、オーステナイトからパーライトが生成される。その結果、鋼中のパーライトの面積率が5%以上になる。
【0069】
焼戻しパラメータPLが19500未満であれば、焼戻し処理時においてパーライトが生成されるのを抑制することができる。そのため、本実施形態の継目無鋼管の組織において、パーライト率を5%未満とすることができる。
【0070】
以上の製造条件により製造された本実施形態の継目無鋼管は、低強度であっても優れた耐HIC性を有する。
【実施例】
【0071】
表1に示す鋼A〜鋼Zを溶製した。
【0072】
【表1】
【0073】
表1中の「−」は実質的に「0」%(不純物レベル)であったことを示す。表1を参照して、鋼A〜鋼Zの化学組成はいずれも、本実施形態の継目無鋼管の化学組成の範囲内であった。
【0074】
各溶鋼を用いて、連続鋳造法により表2に示す複数のビレットを製造した。
【0075】
【表2】
【0076】
連続鋳造時のタンディッシュ内の溶鋼の温度は、表2(「タンディッシュ温度」欄参照)に記載のとおりであった。なお、連続鋳造において、鋼温度が1500℃〜1200℃の温度域での冷却速度は、いずれの番号も50℃/分以上であった。製造されたビレットを用いて継目無鋼管を製造した。具体的には、ビレットを1100℃に加熱した後、穿孔機(ピアサ)を用いて素管を製造した。その後、マンドレルミルにより延伸圧延を実施し、レデューサにより定径圧延を実施して、表2に示す外径及び肉厚を有する番号1〜40の継目無鋼管を製造した。
【0077】
製造された各番号の継目無鋼管に対して、必要に応じて、表2に示す熱処理(焼準処理、焼入れ及び焼戻し処理)を実施した。表2中の番号に対応する「ノルマ」欄に温度(℃)が記載されている場合、その番号の継目無鋼管に対して表2の「N温度」に記載された焼準温度で焼準処理(ノルマライズ処理)が実施されたことを示す。表2中の「焼入れ」欄及び「焼戻し」欄に数値が記載されている場合、対応する番号の継目無鋼管において、焼入れ欄の「Q温度」に記載された焼入れ温度(℃)で焼入れが実施され、焼戻し欄の「T温度」に記載された焼戻し温度(℃)で、「T時間」に記載された均熱時間(min)保持して焼戻しを実施したことを意味する。なお、焼入れを実施した場合の冷却速度はいずれも5℃/sec以上であった。「PL」欄には、対応する番号での焼戻しパラメータPLが記載されている。なお、焼入れが実施された場合、焼入れ時の冷却速度はいずれも、5℃/sec以上であった。
【0078】
「ノルマ」欄、「焼入れ」欄及び「焼戻し」欄に「−」が記載されている場合、対応する熱処理が実施されなかったことを意味する。「ノルマ」欄、「焼入れ」欄及び「焼戻し」欄の全てに「−」が記載されている場合、対応する番号の継目無鋼管は製管後熱処理せずに常温まで冷却された(つまり、圧延まま材である)ことを意味する。
【0079】
以上の条件で製造された継目無鋼管に対して、次の試験を実施した。
【0080】
[組織観察試験]
上述の試験方法により、光学顕微鏡にて各番号の継目無鋼管の組織(フェライト、パーライト、ベイナイト及び/又はマルテンサイト)を特定した。さらに、点算法により、フェライト率(%)、パーライト率(%)を求めた。
【0081】
[粗大介在物数測定試験]
上述の測定方法により、各番号の継目無鋼管の粗大介在物数Nを求めた。
【0082】
[降伏強度試験]
各番号の継目無鋼管の各々から、外径6.35mm、長さ25.4mmの平行部を有する丸棒引張試験片を採取した。平行部は継目無鋼管の軸方向に平行であった。採取された丸棒引張試験片を用いて、常温(25℃)で引張試験を行い、降伏強度YS(全伸び0.5%)(MPa)を求めた。
【0083】
[CAR評価試験]
各番号の継目無鋼管から試験片(厚さ12〜30mm、幅20mm、長さ100mm)を最外面から1mm以下、最内面から1mm以下を除く全肉厚位置から採取した。試験片は、継目無鋼管の外面及び内面に相当する一対の表面を有した。
【0084】
採取された試験片を用いて、NACE(National Association of Corrosion Engineers)Internationalにより規定されるNACE TM0284−2011に準拠したHIC試験を行った。初期pHが2.7で5wt%NaCl+0.5wt%CH
3COOHを含有し、H
2S分圧が1barの気体で飽和させた、25℃の酢酸水溶液を試験液として準備した。準備された試験液に試験片を96時間浸漬した。
【0085】
試験後の各試験片に発生したHICの面積を超音波探傷法により測定し、式(B)より割れ面積率CAR(%)を求めた。なお、式(B)中の試験片の面積は20mm×100mmとした。標準測定条件として、AスコープでB1エコーが80%以上得られる音圧とした場合であって、反射エコーが20%以上の場合にHICと認定した。
割れ面積率CAR=試験片に発生したHICの面積/試験片の面積 (B)
【0086】
さらに、次の方法により、試験後の試験片に発生したブリスタ個数(個/20cm
2)をカウントした。試験後の試験片の表面(継目無鋼管の内面及び外面に相当する20mm幅×100mm長さの2面)を目視で観察した。そして、上記表面に発生したブリスタの総数をカウントし、ブリスタ個数(個/20cm
2)を求めた。
【0087】
[試験結果]
表2を参照して、番号1〜10、22、23、29、30、38及び39では、化学組成が適切であり、焼入れ及び焼戻しが実施された。さらに、鋳込み時のタンディッシュ温度、焼入れ温度、焼戻し温度も適切であり、焼戻しパラメータPLも適切であった。そのため、降伏強度は400MPa未満であり、組織中のフェライト率及びパーライト率は適切であった。さらに、粗大介在物数Nも15個/100mm
2以下であった。その結果、割れ面積率CARはいずれも0%であり、ブリスタ個数も0個/20cm
2であった。したがって、これらの番号では、優れた耐HIC性が得られた。
【0088】
なお、番号38では、焼入れ温度が二相域であったが、組織中のフェライト率及びパーライト率は適切であった。そのため、割れ面積率CARは0%であり、ブリスタ個数は0個/20cm
2であった。
【0089】
一方、試験番号11〜16、20、21、28、34、36、及び37では、化学組成は適切であったものの、焼入れ焼戻しが実施されず、製管後そのまま常温まで放冷された。そのため、組織内のパーライト率が5%以上となった。そのため、割れ面積率CARはいずれも0.2%以上と高く、HICの発生が確認された。さらに、ブリスタ個数も5個/20cm
2以上であった。
【0090】
なお、番号11及び36では、タンディッシュ温度が1540℃未満と低すぎた。そのため、粗大介在物数Nが15個/100mm
2を超えた。
【0091】
試験番号17〜19、27及び35では、化学組成は適切であったものの、焼入れ焼戻しが実施されず、製管後、焼準処理が実施された。そのため、組織内のパーライト率が5%以上となった。そのため、割れ面積率CARはいずれも0.2%以上と高かった。さらに、ブリスタ個数が5個/20cm
2以上であった。
【0092】
なお、番号35では、タンディッシュ温度が1540℃未満と低すぎた。そのため、粗大介在物数Nが15個/100mm
2を超えた。
【0093】
試験番号24〜26、31〜33では、化学組成が適切であり、焼入れ焼戻し処理が実施されたものの、焼戻しパラメータPLが19500以上であった。そのため、組織は、フェライトと、ベイナイト及び/又はマルテンサイトとを含有するものの、パーライト比率が5%以上となった。その結果、割れ面積率は0.2%以上であり、ブリスタ個数が5個/20cm
2以上であった。
【0094】
試験番号40では、化学組成が適切であり、焼入れ焼戻し処理が実施され、焼戻しパラメータPLが19500未満であったものの、タンディッシュ温度が1540℃未満と低すぎた。そのため、粗大介在物数Nが15個/100mm
2を超えた。そのため、割れ面積率CARは0%であったものの、ブリスタ個数が5個/20cm
2以上であり、耐HIC性が低かった。
【0095】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。