【実施例】
【0028】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0029】
[実施例1]
i)感温性カチオン性ホモポリマーの光重合による合成
2−(N,N−ジメチルアミノエチル)メタクリレート7.0gを50mL容の透明軟質ガラス製のバイアル瓶へ加えてマグネットスタラーで混合し、高純度窒素ガスで10分間パージした後に、丸型ブラック蛍光灯で紫外線を21時間照射した。約5時間で増粘し、15時間で固化した。光照射物をクロロホルムへ溶解して回収し、n−ヘキサンで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/n−ヘキサン系で6回再沈殿を繰り返して精製し、n−ヘキサンを蒸散させた後に少量のベンゼンへ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて感温性カチオン性ホモポリマーを得た。
【0030】
ポリエチレングリコールを標準物質とした数平均分子量は、GPCにより120,000(Mw/Mn=2.4)と測定された。続いて、
1H−NMR(in CD
3OD)の測定結果は、δ0.8−1.2ppm(br,3H,−CH
2−CH
3−),δ1.6−2.0ppm(br,2H,−CH
2−CH
3−),δ2.2−2.4ppm(br,6H,N−CH
3),δ2.5−2.7ppm(br,2H,CH
2−N),δ4.0−4.2ppm(br,2H,O−CH
2)となった。
【0031】
ii)核酸複合体の形成とTrisによる解離
ホタルルシフェラーゼをコードするDNA(プロメガ社、pGL3コントロール)を生理食塩水へ溶解し、終濃度を0.033μg/μLに調整した。i)で合成したカチオン性ポリマー51.2μgを60μLの生理食塩水へ溶解した。2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(Tris999(和光純薬)。以下、Trisということがある。)を0μg、16μg、32μg、64μg、96μg、128μg又は160μgを60μLの生理食塩水へ溶解して6種類の濃度溶液を調製した。調製したカチオン性ポリマー溶液30μL及びTris溶液30μLを混合し攪拌し、ポリマー・Tris溶液を調製した。
【0032】
ここへDNA溶液を90μLずつ加えて混合した(すべての溶液でC/A比は16でポリマー:Trisの混合比が重量比で1:0、1:1、1:2、1:4、1:6、1:8、1:10となる)。動的光散乱測定装置(シスメックス社、ゼーターサイザーNANO)を使用して核酸複合体の粒子径を測定すると、ポリマー:Trisの混合比が1:0〜1:2の溶液では185nm〜200nm程度で形成されるのに対して、混合比1:4では、核酸複合体、核酸単体、ポリマー単体のピークが混在して確認され(不安定で正確な測定は不能)、1:6では完全に核酸複合体のピークが消失した。
【0033】
アガロースゲルを使用したゲル・レターデーション実験でも、ポリマー:Trisの混合比が1:0〜1:2の溶液では核酸複合体が構造維持されていることを示す結果が得られ(核酸複合体のバンドがスポット位置から泳動せず、かつ、DNA単体のバンドも検出されていない)、混合比1:4ではDNAが核酸複合体から解離して泳動している様子が示された(
図1)。
【0034】
以上の検討から、ポリマー(上記カチオン性ホモポリマー):Trisの混合比が1:4を超えてTris過剰となった際に核酸複合体は解離してDNAをデコンデンス(リリース)することが分かった。一方で、ポリマー:Trisの混合比が1:2以下の場合は通常の核酸複合体の構造を維持していることが示された。
【0035】
また、核酸複合体中のDNAやRNAを分析する際に、従来は複合体のデコンデンス処理(核酸複合体を解離させてDNAやRNAを単体で遊離させること)にヘパリンやデキストラン硫酸などアニオン性ポリマーと複合体をインキュベートする方法が公知であり当業者に広く利用されているが、本発明においては低分子量のカチオン性化合物である2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオールを加えるだけで複合体のデコンデンスが可能となることが分かった。
【0036】
iii)核酸導入実験1
Trisを核酸複合体へ加えることによる核酸導入効果を確認するために次の実験を行った。
【0037】
ホタルルシフェラーゼをコードするDNA(プロメガ社、pGL3コントロール)を生理食塩水へ溶解し、終濃度を0.033μg/μLに調整した。i)で合成したカチオン性ポリマー51.2μg又は25.6μgを60μLの生理食塩水へ溶解した。Tris999(和光純薬)を0μg、51.2μg又は25.6μgを60μLの生理食塩水へ溶解した。調製したカチオン性ポリマー溶液30μL及びTris999溶液30μLを混合し攪拌し、ポリマー・Tris溶液を調製した。ここへDNA溶液を90μLずつ加えて混合した(C/A比は16又は8でポリマー:Trisの混合比は1:0又は1:1となる)。なお、後述の通り、このTris溶液を添加しない比較例も、これらと並行して行った。
【0038】
24Well培養皿へ細胞密度5×10
4個/mLへ調整したCOS−1細胞の完全培地浮遊液(DMEM+10%FCS溶液)を1mLずつ播種し、24時間培養した。
【0039】
24時間後、培地交換を行い、各Wellへ調製した核酸複合体溶液を25μLずつ添加して緩やかに混和し、さらに48時間培養を続けた。
【0040】
培養48時間後に培地を除去し、PBSで2回洗浄後に各Wellに細胞溶解剤200μLを加え、4℃で30分間放置し、超遠心処理で不溶物を沈殿させて上澄を遺伝子導入活性評価用の試料とした。遺伝子導入活性の評価はルシフェラーゼアッセイで行った。ホタルルシフェラーゼ活性はプロメガ社のルシフェラーゼアッセイキットを使用し、規格化はタンパク濃度で行い、タンパク定量はBioRad社のBradford試薬で行った。
【0041】
その結果は、
図2に示す通り、Trisを混合することにより、遺伝子導入活性(発現効率)が5倍〜10倍と飛躍的に向上することが確認された。
【0042】
なお、
図2中の■Tris+はこの実験結果を示すものであり、□Tris−は、Tirs溶液を添加しないこと以外は同一条件にて行った対照実験(比較例)である。後述の
図3も同様である。
【0043】
iv)核酸導入実験2
Trisを混合するタイミングを次のように上記核酸導入実験1と変えた他は同様の実験を行った。
【0044】
ホタルルシフェラーゼをコードするDNA(プロメガ社、pGL3コントロール)を生理食塩水へ溶解し、終濃度を0.033μg/μLに調整した。i)で合成したカチオン性ポリマー25.6μg又は12.8μgを60μLの生理食塩水へ溶解した。
カチオン性ポリマー溶液60μLへDNA溶液90μLを混合して核酸複合体を形成させた(C/A比は16又は8となる)。
【0045】
上記核酸導入実験1と同じTris溶液を25.6μg又は12.8μgを60μLの生理食塩水へ溶解した。なお、Tris溶液を添加しない比較例もこれらと並行して行った。
【0046】
24Well培養皿へ細胞密度1.5×10
5個/mLへ調整したHela細胞の完全培地浮遊液(DMEM+10%FCS溶液)を1mLずつ播種し、24時間培養した。
【0047】
24時間後、培地交換を行い、各Wellへ調製した核酸複合体溶液を25μLずつ添加して緩やかに混和し、3時間培養し、3時間後にTris溶液を各Wellへ60μLずつ混合(Trisとカチオン性ポリマーの重量比は1:0又は1:1となる)してさらに45時間培養を続けた。
【0048】
45時間後は上記核酸導入実験1と同じ手法で細胞破砕液を調製し、ルシフェラーゼ活性を測定した。結果を
図3に示す。
【0049】
図3の通り、この核酸導入実験2によっても、Hela細胞に取り込まれた核酸複合体へTirsを加えることで細胞内でもTrisの作用が発現されて導入活性と同様に飛躍的に向上することが確認された。
【0050】
[実施例2]
i)6分岐型イニファターの合成
1,2,3,4,5,6−ヘキサキスブロモメチルベンゼン5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミル酸ナトリウム30.0gをエタノール300mL中へ加え、遮光下で室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過回収し、3リットルのメタノールへ投入して10分間攪拌して濾過した。この操作を計4回繰り返した。沈殿物をクロロホルム200mLへ溶解し、100mLのメタノールを加えて50℃に加温し、冷蔵庫中で12時間保管して再結晶させ、結晶を濾別後に大量のメタノールで洗浄した。結晶を室温で減圧乾燥して、白色の1,2,3,4,5,6,−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。
1H-NMR(in chloroform-d
1):δ1.26-1.31ppm(m,36H,-CH
2-CH
3),δ3.71-3.73ppm(q,12H,-N-CH
2-),・δ3.99-4.01ppm(q,12H,-N-CH
2-),δ4.57ppm(s,12H,Ar-CH
2).
【0051】
ii)6分岐型スター型N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミドの重合(25kDa)
暗室で6DCを20mLのクロロホルムへ溶解し、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミドを混合して全量をクロロホルムで50mLとした。終濃度はそれぞれ1.0Mと5mM(as DC functional Group)とした。反応容器へ移し、高純度窒素ガスを10分間パージ(流量:2リットル/分)した。密栓して激しく攪拌しながら光照射した。光照射は市販の丸管形部ラックライト蛍光灯(東芝製)を使用して行なった。300分照射後に溶液をエバポレーターで濃縮後、n−ヘキサン/エーテル=50/50(V/V)で再沈殿した。精製は再沈殿を6回繰り返し、室温で1時間真空乾燥後、水へ溶解して48時間凍結乾燥した。GPC:Mn=25,000(Mw/Mn=1.40)
【0052】
iii)核酸導入実験3
上記ii)で合成した6分岐型スター型カチオン性ポリマー(Mn=25kDa)を核酸導入に使用した。核酸導入剤中の単位重量あたりの陽電荷数はカチオン性ポリマーのモノマー単位の分子量から計算して求めた。DNA中の単位重量あたりの陰電荷数は配列MAPによる塩基対数と核酸塩基の平均的分子量660とから計算した。
【0053】
6分岐型スター型カチオン性ポリマー(Mn=25kDa)は0.8μg〜12.8μgを60μLの生理食塩水へ溶解し、DNA(上記と同じもの)は3μgを90μLのTris生理食塩水溶液として調製した。
【0054】
Trisの量は6分岐型スター型カチオン性ポリマー(Mn=25kDa)との重量比で1:1又は6:1(Tris:ポリマー)となるように調整した。定法に従って核酸複合体を調製した。核酸複合体溶液の濃度は各Wellに25μLを添加することで0.5μgのDNAが各Wellへ投与されるように調整した。C/A比はポリマーの濃度によって0.5、1、2、4、8となるように調整してある。
【0055】
24Well培養皿へ細胞密度1.5×10
5個/mLへ調整したラット皮下脂肪由来接着性細胞の完全培地浮遊液(DMEM+10%FCS溶液)を1mLずつ播種し、24時間培養した。24時間後に上記の核酸複合体組成物を加え、48時間の追加培養を行った。48時間後、iii)と同様の手法でルシフェラーゼ活性を測定した。結果を
図4に示す。
【0056】
なお、Trisを添加しないこと以外は同一条件で行ったブランク実験(比較例)の結果を
図4にBlとして示した。
【0057】
図4の通り、初代細胞(ラット皮下脂肪由来の接着性細胞)でも核酸複合体へTrisを混合することで導入活性の飛躍的な向上が確認された。Tris:ポリマーの混合比に関しては、1:1でも6:1でも効果が確認できた。C/A比はBlの最適条件がCA=4であるものの、それよりも高めのCA=8で高い活性が確認された。核酸複合体の安定のために多くのポリマーが必要となった、つまり、Trisが複合体の解離に機能している可能性が伺える。また、物理化学的な評価では、Trisとポリマーの混合比が1:1では核酸複合体への影響は確認されなかったが、遺伝子導入活性の実験ではこの混合比でも十分な効果が確認されている。Trisが核酸複合体へ何らかの作用をしていることが示唆された。
【0058】
iv)核酸導入実験4
核酸導入剤として6分岐型スター型カチオン性ポリマー(Mn=25kDa)の代わりに市販の遺伝子導入剤Lipofectamine2000、Superfect、Dharmafect、又はGene Juiceを使用する以外はiii)の実験と同様の手法で遺伝子導入活性に対するTrisの影響を評価した。
【0059】
その結果、すべての遺伝子導入剤でTrisを混合することで遺伝子導入活性は数倍〜10倍に向上することが確認された。
【0060】
この実験で使用した遺伝子導入剤はカチオン性高分子以外にカチオン性脂質もあり、核酸複合体の構造や表面電位、親水疎水性のバランスなどが相違するが、いずれのタイプの導入剤でも本発明のTrisによる導入活性の向上が達成できることが分かった。