(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
さらに、ワイヤ全質量当たり、F化合物のF換算値とNa化合物およびNa酸化物のNa換算値とK化合物およびK酸化物のK換算値との合計が0.70質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
さらに、ワイヤ全質量当たり、NbおよびVのうちどちらか一方もしくは両方の合計が0.040質量%以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
現状、横向溶接用ワイヤとしてはチタニア系全姿勢用フラックス入りワイヤ(以下、適宜、全姿勢用FCWという)が広く適用されている。全姿勢用FCWを用いて横向溶接を行う場合、(1)作業能率向上を狙い溶接電流を増加、溶接速度を低下させると、溶接ビード垂れが生じビード外観および形状を損ねる、(2)スラグ量が多いために狭開先内でのスラグ剥離性が極めて悪く、完全に剥離しきれなかったスラグが溶接金属中に取り込まれ、溶接欠陥を誘発する、という課題があった。
【0005】
ここで、特許文献1のフラックス入りワイヤで規定する成分系のスラグがチタニア系のスラグよりも融点が高いことから、横向溶接における課題(ビード垂れ、スラグ剥離難等)を解決できるものとも考えられる。しかし、特許文献1に記載の成分系のみでは、横向溶接においては、スラグ巻き込みに起因する融合不良や、溶接金属の機械性能の改善に余地があった。
【0006】
また、従来のフラックス入りワイヤにおいては、高融点を呈するスラグ形成剤を積極添加した場合に、溶滴移行が乱れスパッタ発生量が増加する傾向と溶接金属の機械的性質が劣化する傾向が見られる。
そのため、フラックス入りワイヤに要求される、スパッタ発生量の低減やアークの安定性などの溶接作業性を損なわず、また、溶接金属の機械的性質を損なわずに、溶接ビード垂れを抑制し、かつスラグ巻込みといった溶接欠陥を抑制することができるフラックス入りワイヤの開発が望まれている。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、スパッタ発生量を低減し、アークの安定性、および溶接金属の機械的性質を損なわずに、溶接ビード垂れを抑制し、かつスラグ巻込みといった溶接欠陥を抑制することができるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意検討した結果、以下の事項を見出した。
フラックス入りワイヤにおいては、スラグの成分系をTiO
2系ではなくZrO
2系にすることでスラグの融点が高くなる。フラックス入りワイヤは、スラグの融点を高くすることにより、溶接入熱を過大にした場合でも溶融金属が固まる過程で生じる溶接ビード垂れを抑制することができるだけでなく、剥離性を向上させることができる。さらにスラグ量を増加させて溶接ビード垂れを抑制していた従来ワイヤと比べて、スラグ量を低減することが可能となり、スラグ巻込みといった溶接欠陥を極めて少なくすることができる。
【0009】
しかし、高融点タイプのスラグの成分系は、アークの安定性が悪くスパッタ発生量の増加および機械的性質の劣化を招いていた。チタニア系フラックス入りワイヤはアークの安定性に優れスパッタ発生量が少なく良好な溶接作業性が得られる。それはスラグの主成分となるTiO
2がアークを安定化させる働きがあるためである。
本発明の骨子である高融点タイプのスラグの成分系にアークを安定させる目的でTiO
2のみを添加すると、スラグの主成分となるZrO
2との融点の違いから溶接後のスラグ包被が不均一となり、特に横向溶接においてはスラグ巻込みを誘発し、課題を解決するには至らなかった。
そこで本発明で規定する成分のうち、TiO
2と、TiおよびZrO
2とのバランスを調整することで双方の長所を活かしたフラックス入りワイヤを開発することができた。
【0010】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ(以下、適宜、フラックス入りワイヤあるいは、単にワイヤという)は、鋼製外皮内にフラックスを充填してなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量当たり、
TiO
2:0.2〜0.9質量%、
Ti:0.005〜
0.015質量%、
C:0.01〜0.05質量%、
Mn:1.5〜4.0質量%、
Zr化合物およびZr酸化物のZr換算値と金属Zrとの合計:0.5〜2.0質量%、
Si化合物およびSi酸化物のSi換算値と金属Siとの合計:0.5〜2.0質量%、
B化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計:0.002〜0.010質量%、
0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr]):0.005〜0.040(ただし、[Zr]はZr化合物およびZr酸化物のZr換算値と金属Zrとの合計)、
[B]/[Mn]:0.001〜0.005(ただし、[B]はB化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計)、
であ
り、残部がFeおよび不可避的不純物であることを特徴とする。
【0011】
かかる構成によれば、フラックス入りワイヤは、スラグの成分系をチタニア系のスラグよりも高融点のスラグとなるZrO
2系とすることで、高電流時(もしくは低溶接速度時)における溶接ビード垂れが抑制され、かつスラグ巻込みといった溶接欠陥が限りなくゼロに近づく。また、フラックス入りワイヤは、所定の成分を所定量含有することで、アークの安定、ヒュームやスパッタの発生の抑制、機械的性質の向上、ビード表面の光沢が得られるなどの作用を奏する。
【0012】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、さらに、ワイヤ全質量当たり、F化合物のF換算値とNa化合物およびNa酸化物のNa換算値とK化合物およびK酸化物のK換算値との合計が0.70質量%以下であることが好ましい。
【0013】
かかる構成によれば、フラックス入りワイヤは、F、Na、Kを所定量含有することで、スパッタ発生量を増加させずに、アークがさらに安定する。
【0014】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、さらに、ワイヤ全質量当たり、NbおよびVのうちどちらか一方もしくは両方の合計が0.040質量%以下であることが好ましい。
かかる構成によれば、溶接継手の溶接金属において機械性能が劣化することがない。
【0015】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、前記Mnが2.0〜3.0質量%であることが好ましい。
かかる構成によれば、フラックス入りワイヤは、Mnによる脱酸剤としての作用がより向上する。
【0016】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、フラックスの充填率が10〜30質量%であることが好ましい。
かかる構成によれば、フラックス入りワイヤは、フラックスの作用がより発揮されやすくなる。
【0017】
本発明に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、横向溶接に用いることが好ましい。
フラックス入りワイヤは、横向溶接において、スパッタ発生量の低減し、アークの安定性、および溶接金属の機械的性質を損なわずに、溶接ビード垂れを抑制し、かつスラグ巻込みといった溶接欠陥を抑制することができる。
本発明のフラックス入りイヤは、特に横向溶接用として適したものであるが、横向溶接に限定されるものではなく、水平すみ肉溶接や、下向溶接などに用いることもできる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るフラックス入りワイヤによれば、溶接ビード垂れを抑制し、かつスラグ巻込みといった溶接欠陥を抑制することができる。また、スパッタ発生量を低減することができ、かつアークの安定性を損なうことがない。さらに、溶接金属の機械的性質を損なうことがなく、また、溶接金属の耐割れ性が向上する。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
≪フラックス入りワイヤ≫
本発明のフラックス入りワイヤは、鋼製外皮内にフラックスを充填してなるものである。そして、ワイヤ全質量当たり、TiO
2、Ti、C、Mn、「Zr化合物およびZr酸化物のZr換算値と金属Zrとの合計」、「Si化合物およびSi酸化物のSi換算値と金属Siとの合計」、「B化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計」、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」(ただし、[Zr]はZr化合物およびZr酸化物のZr換算値と金属Zrとの合計)、「[B]/[Mn]」(ただし、[B]はB化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計)を規定したものである。
【0020】
フラックス入りワイヤは、さらに、ワイヤ全質量当たり、F化合物のF換算値とNa化合物およびNa酸化物のNa換算値とK化合物およびK酸化物のK換算値との合計を所定量含有してもよい。
また、フラックス入りワイヤは、さらに、ワイヤ全質量当たり、NbおよびVのどちらか一方もしくは両方の合計を所定量以下に抑えることが好ましい。
【0021】
ここで、Ti,Mn,B,Nb,Vは金属としてのものである。すなわち、例えばTiであれば金属Tiであり、「金属Ti」とは、「純金属Ti」および「合金Ti」のうちの一種以上を意味する。他の元素も同様である。すなわち、金属としてのものとは、酸化物、化合物ではないということを意味する。
また、「酸化物」とは、「単一酸化物」および「複合酸化物」のうちの一種以上を意味する。「単一酸化物」とは、例えば、ZrならばZr単独の酸化物(ZrO
2)をいい、「複合酸化物」とは、これらの単一酸化物が複数種類集合したものと、例えば、Zr,Si,Bといった複数の金属成分を含む酸化物との双方をいう。なお、「化合物」についても同様である。
また、「Zr化合物およびZr酸化物のZr換算値」とは、「Zr化合物」および「Zr酸化物」の合計を「金属Zr」に換算した値である。他の元素についても同様である。
さらに、[Ti]、[TiO
2]、[Mn]は、それぞれ溶接金属中のTi、TiO
2、B、Mnの含有量(質量%)を示す。また、[Zr]は「Zr化合物およびZr酸化物のZr換算値と金属Zrとの合計」を示し、[B]は「B化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計」を示す。
【0022】
以下、ワイヤの成分限定理由について説明する。
<TiO
2:0.2〜0.9質量%>
TiO
2はアークを安定させると共に、ヒュームおよびスパッタの発生を低減することができる。TiO
2量が0.2質量%未満では、アーク安定化の効果が得られず、ヒューム発生量およびスパッタ発生量が増加する。一方、0.9質量%を超えると、スラグの凝固温度が低くなりスラグ包被に不均一が生じ、剥離性の劣化、スラグ巻込みといった溶接欠陥を生じ易くなる。したがって、TiO
2量は0.2〜0.9質量%とする。TiO
2量は、スラグ包被をより均一にする観点から、0.7質量%以下であることが好ましい。
【0023】
<Ti:0.005〜0.040質量%>
Tiはアークを安定にする働きがあり、その大部分が溶接金属中に歩留るため、スラグ包被を不均一にすることなく、溶滴移行をスムーズにする。Ti量が0.005質量%未満では、アーク安定の効果が明確ではない。一方、0.040質量%を超えると、一部の酸化されたTiがTiO
2としてスラグに移行し、スラグ包被が不均一となる。したがって、Ti量は0.005〜0.040質量%とする。Ti量は、スラグ包被をより均一にする観点から、0.015質量%以下であることが好ましい。
【0024】
<C:0.01〜0.05質量%>
Cは、酸化されてCO、CO
2ガスを発生することで溶滴の爆発を伴う。C量を0.05質量%以下とすることでスパッタの飛散やヒューム発生量を抑制する狙いがある。またCは良好な機械性能を得るために必要な元素であり下限を0.01質量%とする。したがって、C量は0.01〜0.05質量%とする。
【0025】
<Mn:1.5〜4.0質量%>
Mnは脱酸剤として溶接金属中の酸素をスラグとして除去し機械的性質を向上させる働きがある。Mn量が1.5質量%未満ではその働きが小さい。一方、4.0質量%を超えると、溶接金属の強度が高強度化し靭性を低下させる。したがって、Mn量は1.5〜4.0質量%とする。Mn量は、機械的性質をより向上させる観点から、2.0質量%以上であることが好ましく、また、靭性を向上させる観点から、3.0質量%以下であることが好ましい。
【0026】
<Zr化合物およびZr酸化物のZr換算値と金属Zrとの合計:0.5〜2.0質量%>
ZrO
2は高融点スラグの主成分となるため添加が必須である。溶接ビード垂れを抑制するだけの効果を得るためには、ワイヤに添加するZr量、すなわち、Zr化合物およびZr酸化物のZr換算値と金属Zrとの合計(Zr合計量)を0.5質量%以上とする必要がある。しかし溶接金属中のZrは機械的性質を劣化させるため、上限値を2.0質量%とする。また、Zrは、金属又は合金の形態で添加されると、脱酸作用により溶接金属中の酸素と反応してZrO
2を形成し、ZrO
2と同様の効果を発揮する。Zr酸化物、Zr化合物についてもZrO
2と同様の効果を発揮する。したがって、Zr合計量は0.5〜2.0質量%とする。Zr合計量は、溶接ビード垂れをより抑制する観点から、1.0質量%以上であることが好ましく、また、機械的性質を向上させる観点から、1.5質量%以下であることが好ましい。
【0027】
<Si化合物およびSi酸化物のSi換算値と金属Siとの合計:0.5〜2.0質量%>
SiO
2は、ZrO
2と同様に本発明におけるフラックスの主成分であり、スラグ形成剤として作用するため添加が必須である。SiO
2は光沢あるビード外観を得るのに有効な成分である。Si量、すなわち、Si化合物およびSi酸化物のSi換算値と金属Siとの合計(Si合計量)が0.5質量%未満ではビード表面の光沢が得られない。一方、2.0質量%を超えるとスラグ包被に不均一が生じる。また、Siは、金属又は合金の形態で添加されると、脱酸作用により溶接金属中の酸素と反応してSiO
2を形成し、SiO
2と同様の効果を発揮する。Si酸化物、Si化合物についてもSiO
2と同様の効果を発揮する。したがって、Si合計量は0.5〜2.0質量%とする。Si合計量は、ビード表面の光沢を得る効果をより発揮させる観点から、0.7質量%以上であることが好ましく、また、スラグ包被をより均一にする観点から、1.0質量%以下であることが好ましい。
【0028】
<B化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計:0.002〜0.010質量%>
Bは溶接金属の凝固過程において核となり組織を微細化する働きがある。B量、すなわち、B化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計(B合計量)が0.002質量%未満では、機械的性質の向上が得られない。一方、0.010質量%を超えると、耐高温割れ性の劣化など機械的性質以外の諸性能が劣化する傾向がある。したがって、B合計量は0.002〜0.010質量%とする。B合計量は、機械的性質以外の諸性能を向上させる観点から、0.008質量%以下であることが好ましい。なお、Bは酸化物形態および化合物形態であっても同様の効果を発揮する。
【0029】
<「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])(ただし、[Zr]はZr化合物およびZr酸化物のZr換算値と金属Zrとの合計)」:0.005〜0.040>
TiO
2とZrO
2は融点の差が大きく、溶接後のビード垂れ、スラグ剥離性を大きく左右する。Tiはアーク安定化のために添加は必須であるが、過剰な添加はTiが酸化されZrO
2とのバランスを乱し、スラグ包被が不均一となる。なお、Zr酸化物、Zr化合物についてもZrO
2と同様である。したがって、[TiO
2]、[Zr]、および[Ti]の含有量の関係を上記のように規定した。上記の関係の値が0.005未満では、アークの安定性が得られないだけでなく、溶接ビードが垂れ気味となる。一方、0.040を超えると、スラグ包被が不均一となり、スラグ巻き込みといった融合不良を生じやすくなるだけではなく、スラグが早く固まることにより溶接ビード表面に凹凸を生じる。したがって、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」は0.005〜0.040とする。「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」は、アークの安定性をより向上させる観点から、また溶接ビード形状をより良好にする観点から、0.008以上であることが好ましい。また、スラグ包被をより均一にする観点から、また溶接ビード形状をより良好にする観点から、0.020以下であることが好ましい。
【0030】
<「[B]/[Mn](ただし、[B]はB化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計)」:0.001〜0.005>
横向継手の溶接入熱量(0.9〜1.5kJ/mm)にて良好な機械性能を得るには、溶接金属中のB量と脱酸剤となるMn量の関係が重要である。「[B]/[Mn]」、すなわち、B化合物およびB酸化物のB換算値と金属Bとの合計(B合計量)と、Mnとの関係の値が0.001未満ではBの核生成による組織の微細化が十分ではない。一方、0.005を超えるとMnによる脱酸効果が得られない。したがって、「[B]/[Mn]」は0.001〜0.005とする。「[B]/[Mn]」は、脱酸効果をより発揮させる観点から、0.003以下であることが好ましい。
【0031】
<F化合物のF換算値とNa化合物およびNa酸化物のNa換算値とK化合物およびK酸化物のK換算値との合計:0.70質量%以下>
F、Na、Kはアーク安定剤として添加される成分である。これらの合計量が0.70質量%を超えるとスパッタ発生量が増加する傾向がある。したがって、これらを含有する場合には、F、Na、Kの合計量は0.70質量%以下とする。F、Na、Kの合計量は、スパッタ発生量をより低減させる観点から、0.20質量%以下であることが好ましい。なお、下限値については特に規定されるものではなく、0質量%であってもよいが、添加する場合はその効果を得るため、0.10質量%以上とすることが好ましい。
【0032】
<NbおよびVのうちどちらか一方もしくは両方の合計:0.040質量%以下>
NbおよびVは溶接金属中でNbC、VCを形成し溶接金属の機械性能を劣化させる。そのため、溶接継手の溶接金属において良好な機械性能を得るためには上限を設ける必要がある。NbおよびVのうちどちらか一方もしくは両方の合計(NbとVの合計量)が0.040質量%を超えると溶接金属の機械性能が劣化する。したがって、これらを含有する場合には、NbとVの合計量は0.040質量%以下とする。なお、Nb、Vは不可避的に混入されるため特に下限値は設定しない。NbとVの合計量は、機械性能をより向上させる観点から、好ましくは0.004質量%以下である。
【0033】
<フラックスの充填率:10〜30質量%>
フラックス充填率(ワイヤ全質量に対するフラックスの質量)は特に規定されるものではないが、フラックス入りワイヤの生産時の安定性の観点から10〜30質量%であることが好ましい。
【0034】
<残部:Feおよび不可避的不純物>
フラックス入りワイヤ全体としての残部は、Feおよび不可避的不純物である。Fe量は80〜95質量%とすることができる。
<Fe:80〜95質量%>
Feは溶着金属量を増加させる効果を有し、溶接施工効率を上昇させる。また、他のフラックス原料と混ざり合い、フラックスの流動性を良好にし、フラックス充填率の変動を抑制する。Feが80質量%未満では上記の効果が得られない。一方、上限については前述の種々のフラックス成分を添加できる量であればよく、例えば95質量%とすることができる。したがってFe量は80〜95質量%とすることができる。なお、Fe源としては、鋼製外皮以外にフラックスでは鉄粉およびFe系合金等がある。
【0035】
そして、前記したワイヤ成分の他、ワイヤ成分としてフラックス中に、Ca、Li等を脱酸等の微調整剤として、また、Cu、Co、Nを溶接金属のさらなる硬化剤として、少量含有させることもできる。これらの元素は、本発明の目的には影響を及ぼさない。また、フラックス中には上記の元素以外のアルカリ金属化合物を微量に含む。
また、不可避的不純物として、前記したNb、Vの他、例えば、Ni、Mo、Cr等を各々、Ni:0.1質量%未満、Mo:0.01質量%未満、Cr:0.30質量%未満を含有してもよい。ただし、これらの成分、数値に限定されるものではない。
【0036】
<その他>
フラックス入りワイヤの製造方法としては、帯鋼の長さ方向にフラックスを散布してから包み込むように円形断面に成形し伸線する方法や、太径の鋼管にフラックスを充填して伸線する方法がある。しかしながら、いずれの方法でも本発明には影響しないため、いずれの方法で製造しても良い。さらにシームが有るものと無いものがあるが、これもいずれでも良い。外皮の成分については何ら規定する必要はないが、コスト面と伸線性の面から軟鋼または低合金鋼の材質を用いるのが一般的である。また、表面に銅めっきを施す場合もあるが、めっきの有無は問わない。
【実施例】
【0037】
以下、本発明の効果を説明するために、本発明の範囲に入る実施例と、本発明の範囲から外れる比較例とを比較して説明する。
【0038】
表1、2に示すワイヤ成分を有するフラックス入りワイヤを用いて、表3に示す条件にて溶接を実施した。また、フープ成分(外皮成分)の一例を表4に示す。表1、2のワイヤ成分において、本発明の範囲を満たさないものについては数値に下線を引いて示す。
なお、フラックス入りワイヤに含有される各成分の量は、Cは燃焼−赤外線吸収法で、Ti、Si、Zr、Mn、B、Nb、VはICP発光分光分析方法で、NaおよびKは原子吸光分析方法で、Fは中和滴定法で、それぞれ測定した。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
【表3】
【0042】
【表4】
【0043】
そして、以下の評価を行った。
<融合不良(スラグ巻き含む)>
融合不良については、X線透過試験(JIS Z 3104に準拠)により溶接金属内部の融合不良(スラグ巻き含む)を調査することにより評価した。
融合不良発生数(個/500mm
L(長さ))が0個のものを合格、1個以上のものを不合格とした。
【0044】
<ビード外観>
ビード外観については、官能にて評価した。
ビード垂れがなく、ビードの重ね目が良好なものを「○」、溶接後のビード形状が垂れ気味なものを「△」、ビード垂れが顕著で横向溶接が行えないものを「×」とした。
【0045】
<溶接作業性(アーク安定性およびスパッタ発生量)>
溶接作業性については、溶接時に官能にて評価した。
溶滴移行がスムーズでスパッタ発生量が少ないものを「○」、アークがやや不安定でスパッタ発生量も多いものを「△」、アークが不安定でスパッタ発生量が多い(商品として実用性がない)ものを「×」とした。
【0046】
<機械的性質>
機械的性質については、JIS Z 3111に準拠し溶着金属から試験片を作製し、引張試験、衝撃試験を実施することにより評価した。具体的には、引張強度、0℃吸収エネルギー(靭性)を測定した。
引張試験片はタイプIA0号、衝撃試験片はVノッチ試験片である。
判定基準は、引張強度540MPa以上640MPa以下且つ衝撃値80J以上で特に良好なものを「◎」、引張強度540MPa以上640MPa以下且つ衝撃値47J以上のものを「○」、引張強度540MPa以上640MPa以下もしくは衝撃値47J以上のものを「△」、前記範囲(「△」の範囲)を共に満足しないものを「×」とした。
【0047】
<耐割れ性>
耐割れ性については、油圧式C形高速冶具による突合せ溶接割れ試験を実施(JIS 3155に準拠)することにより評価した。具体的には、以下の溶接条件で溶接した際における割れ発生率にて評価した。
(溶接条件)
[供試鋼板]JIS G3106 SM400B、25mm
t(厚さ)×(150+150)mm
w(幅)×500mm
L(長さ)
[開先形状]40°V開先、ルートギャップ4mm
[裏当て材]セラミックタイプ
[溶接方法]半自動溶接
[溶接姿勢]下向
[電流−電圧]240A−28V
割れ発生率=割れ合計長さ/(溶接長−クレータ長さ)×100
割れ発生率が10%以下のものを合格、10%を超えるものを不合格とした。
【0048】
(総合評価)
融合不良発生数がゼロで、ビード外観、溶接作業性が「○」、割れ発生率が10%以下のもので、特に機械的性質に優れるものを「◎」とした。
融合不良発生数がゼロで、ビード外観、溶接作業性が「○」、割れ発生率が10%以下のものを「○」とした。
上記以外のうち割れ発生率が10%以下のものを「△」とし、10%以上のものを「×」とした。
これらの結果を表5に示す。
【0049】
【表5】
【0050】
表5に示すように、No.6〜22は、本発明の範囲を満たすため、
または参考例のため、各評価において良好な結果を得られた。なお、No.20およびNo.21については「F+Na+K」を添加しておらず、その他の実施例
および参考例と比較して溶接作業性が若干劣るものの、問題ない性能が得られた。
一方、No.1〜5、23〜31は、本発明の範囲を満たさないため、良好な結果が得られなかった。
【0051】
No.1は、TiO
2、Mn、B合計値が上限値を超え、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Si合計値が下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質、耐割れ性に劣った。
No.2は、TiO
2、Mn、B合計値が上限値を超え、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Zr合計値、Si合計値が下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質、耐割れ性に劣った。
【0052】
No.3は、TiO
2、Mnが上限値を超え、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Si合計値、B合計値、「[B]/[Mn]」が下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質に劣った。
No.4は、TiO
2、Ti、Zr合計値、B合計値、「[B]/[Mn]」、「F、Na、Kの合計値」が上限値を超え、C、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Mn、Si合計値が下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質、耐割れ性に劣った。
No.5は、TiO
2、Zr合計値、B合計値、「[B]/[Mn]」、「F、Na、Kの合計値」が上限値を超え、C、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Mn、Si合計値が下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質、耐割れ性に劣った。
【0053】
No.23は、TiO
2、Ti、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Si合計値、「[B]/[Mn]」が上限値を超え、C、Mnが下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、機械的性質に劣った。
No.24は、TiO
2、Ti、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Si合計値、「F、Na、Kの合計値」が上限値を超え、Mnが下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質に劣った。
No.25は、TiO
2、Ti、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Si合計値、「F、Na、Kの合計値」が上限値を超え、Mn、B合計値が下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質に劣った。
【0054】
No.26は、TiO
2、Ti、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Si合計値が上限値を超え、Mn、B合計値が下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、機械的性質に劣った。
No.27は、Ti、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Zr合計値、Si合計値が上限値を超え、TiO
2、Mnが下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質に劣った。
【0055】
No.28は、Ti、C、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Zr合計値、Si合計値、B合計値、「[B]/[Mn]」が上限値を超え、TiO
2、Mnが下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質、耐割れ性に劣った。
No.29は、Ti、C、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、「Nb、Vの合計値」、Zr合計値、Si合計値、B合計値、「[B]/[Mn]」が上限値を超え、TiO
2、Mnが下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質、耐割れ性に劣った。
【0056】
No.30は、Ti、C、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、「Nb、Vの合計値」、Zr合計値、Si合計値、B合計値、「[B]/[Mn]」が上限値を超え、TiO
2、Mnが下限未満のため、融合不良となり、また、ビード外観、溶接作業性、機械的性質、耐割れ性に劣った。
No.31は、Ti、「0.74・[Ti]/([TiO
2]・[Zr])」、Mn、B合計値、「[B]/[Mn]」が下限未満のため、ビード外観、溶接作業性、機械的性質に劣った。
【0057】
なお、No.31のサンプルは、特許文献1に記載された従来のフラックス入りワイヤを想定したものである。本実施例で示すように、この従来のフラックス入りワイヤは、前記の評価において一定の水準を満たさないものである。従って、本実施例によって、本発明に係る溶接金属が従来のフラックス入りワイヤと比較して、優れていることが客観的に明らかとなった。
【0058】
以上、本発明について実施の形態および実施例を示して詳細に説明したが、本発明の趣旨は前記した内容に限定されることなく、その権利範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈しなければならない。なお、本発明の内容は、前記した記載に基づいて広く改変・変更等することが可能であることはいうまでもない。