特許第6029962号(P6029962)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 一般財団法人ファインセラミックスセンターの特許一覧 ▶ 中部電力株式会社の特許一覧

特許6029962構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ
<>
  • 特許6029962-構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ 図000002
  • 特許6029962-構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ 図000003
  • 特許6029962-構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ 図000004
  • 特許6029962-構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ 図000005
  • 特許6029962-構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ 図000006
  • 特許6029962-構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ 図000007
  • 特許6029962-構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6029962
(24)【登録日】2016年10月28日
(45)【発行日】2016年11月24日
(54)【発明の名称】構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ
(51)【国際特許分類】
   G01B 11/16 20060101AFI20161114BHJP
   G01L 1/00 20060101ALI20161114BHJP
   C09K 11/64 20060101ALN20161114BHJP
【FI】
   G01B11/16 Z
   G01L1/00 B
   !C09K11/64CPM
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-270379(P2012-270379)
(22)【出願日】2012年12月11日
(65)【公開番号】特開2014-115220(P2014-115220A)
(43)【公開日】2014年6月26日
【審査請求日】2015年9月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000173522
【氏名又は名称】一般財団法人ファインセラミックスセンター
(73)【特許権者】
【識別番号】000213297
【氏名又は名称】中部電力株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000394
【氏名又は名称】特許業務法人岡田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥原 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】水田 安俊
(72)【発明者】
【氏名】南原 健一
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 泰孝
【審査官】 櫻井 仁
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−127992(JP,A)
【文献】 特開2002−194349(JP,A)
【文献】 特開2007−145991(JP,A)
【文献】 特開2007−284275(JP,A)
【文献】 特開2003−262558(JP,A)
【文献】 米国特許第06072568(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01B 11/00−11/30
G01L 1/00− 1/26
C09K 11/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物に、歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性に応じて発光波長の変動方向が異なる、Sr1-XAl24(X=0.02〜0.20)にCrを0.1〜3.0at%添加した酸化物系セラミックスを含む歪・応力センサを設置し、
前記歪・応力センサに励起光を照射して蛍光発光させ、該発光波長を波長計測手段によって計測し、前記構造物に歪・応力が作用していない状態における基準発光波長に対する発光波長変化量とその変化の方向を計測することで、構造物に生じた静的および動的な歪ないし応力の計測とその方向性の判定を行う、構造物の歪・応力計測方法。
【請求項2】
前記Crの添加量が0.5〜1.5at%である、請求項1に記載の歪・応力計測方法。
【請求項3】
前記歪・応力センサが、前記構造物に接着された、前記酸化物系セラミックスを焼結したバルク体からなる、請求項1または請求項2に記載の構造物の歪・応力計測方法。
【請求項4】
前記歪・応力センサは、前記構造物の表面に成膜された、前記酸化物系セラミックス粒子を含む薄膜である、請求項1または請求項2に記載の構造物の歪・応力計測方法。
【請求項5】
構造物に設置して該構造物に生じた引張及び圧縮方向の歪ないし応力を計測するための歪・応力センサであって、
歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性に応じて発光波長の変動方向が異なる、Sr1-XAl24(X=0.02〜0.20)にCrを0.1〜3.0at%添加した酸化物系セラミックスを含む、歪・応力センサ。
【請求項6】
前記Crの添加量が0.5〜1.5at%である、請求項5に記載の歪・応力センサ。
【請求項7】
前記酸化物系セラミックスを焼結したバルク体からなる、請求項5または請求項6に記載の構造物の歪・応力センサ。
【請求項8】
前記構造物の表面に成膜された前記酸化物系セラミックス粒子を含む薄膜からなる、請求項5または請求項6に記載の構造物の歪・応力センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光を利用して構造物に生じた歪ないし応力を計測検知できる非接触式の歪・応力計測技術に関する。具体的には、与えられた歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動する酸化物系セラミックスからなる蛍光材料を使用した歪・応力計測技術に関する。
【背景技術】
【0002】
構造物の安全利用には当該構造物に作用する物理量の把握が重要であり、従来から多岐にわたるモニタリング技術の開発が進められている。この構造物に作用する物理量を計測するセンサとして、変位、歪、力、加速度、又はトルクなど、様々な物理量を対象としたセンサが利用されている。これらのセンサの原理として、上記種々の物理量を歪に変換し、それを歪センサにより計測しているケースが多い。すなわち、歪・応力場を計測できる歪センサは、様々な物理量のモニタリングに応用できる基本的なデバイスとなり得る。
【0003】
歪・応力場を計測する歪センサとしては、歪ゲージや圧電フィルムなどの電気的な方式を採用したセンサや、光学的な手法として光ファイバセンサなどが開発されている。しかし、これら従来の歪センサに共通する課題として、歪センサと計測者との間には電気的・光学的な信号ライン(ケーブルや導線)が必要であり、いわゆる接触式(有線)の計測というのが前提となる。これでは、信号ラインの配設にコストを要するばかりか、計測場所や計測対象も制約されてしまう。そこで、動的な応力が作用することで発光する特性を有する応力発光材料を使用した、いわゆる非接触式(無線)の歪センサとして、特許文献1ないし特許文献3がある。特許文献1ないし特許文献3では、応力発光材料が応力の大きさに比例して発光の「強度」が増大するという特性を利用している。具体的には、応力発光材料を構造物に貼着するなどして付与し、当該応力発光材料からの発光強度を計測することで、歪・応力の発生、大きさ、分布などを計測できるとしている。応力発光材料は、応力の動的変化をエネルギー源として発光し、動的な歪・応力に応答して発光強度を変えるため、外部からの電気的・光学的エネルギー供給を必要としない、という点が長所として挙げられる。
【0004】
一方、発光「強度」ではなく、発光「波長」を計測することで構造物の変位を計測する非接触型の歪・応力センサとして、本出願人も特許文献4を提案している。特許文献4の歪・応力センサは、歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性に応じて発光波長の変動方向が異なる、MAl24(M=Sr、Ca又はBa)に発光中心イオンとしてEuを0.1〜3.0at%添加した酸化物系セラミックスからなる。
【0005】
また、特許文献5には、Cr3+イオンを含有するアルミナ結晶粒子をその組成物の1つとして分散してなる複合材からなる被測定物に生じている応力を測定する応力測定方法であって、上記被測定物自身からなる基準試料または上記複合材と同じ組成を有する基準試料を用意する試料準備ステップと、上記基準試料に応力を掛け、既知の応力が掛かっている部位に所定波長のレーザ光を照射して、上記基準試料に含まれる上記Cr3+イオンが発する蛍光のうち、絶対波数値14400cm-1付近に位置する蛍光ピークの絶対波数値を測定し、または所定絶対波数値に対する上記蛍光ピークの相対波数値を測定して、各応力値と上記蛍光ピークの絶対波数値または上記相対波数値との関係を求める関係測定ステップと、上記被測定物に上記所定波長のレーザ光を照射して、上記複合材に含まれる上記Cr3+イオンが発する上記蛍光のピークの絶対波数値を測定しまたは上記蛍光ピークの相対波数値を測定する実測ステップと、上記実測ステップで測定した上記蛍光ピークの絶対波数値または相対波数値から、上記関係測定ステップで求めた各応力値と蛍光ピークの絶対波数値または相対波数値との関係に基づいて、上記被測定物に生じている応力値を得る応力値取得ステップと、を含む応力測定方法が開示されている。
【0006】
また、非特許文献1には、与えられた応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光(フォトルミネッセンスPhotoluminescence)の波長が変動する酸化物系セラミックスからなる蛍光材料が開示されている。ここでの酸化物系セラミックスは、Al23中に発光中心イオンとしてCr3+が添加されている。この現象を応用した応力分布の解析技術として、非特許文献2がある。当該非特許文献2では、遮熱コーティングと金属基材の界面に生成するCr3+添加Al23の発光波長の変化により、応力を検出する方法が提案されている。
【0007】
また、非特許文献3には、与えられた静水圧(等方的な圧縮応力)の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動する酸化物系セラミックスからなる蛍光材料が開示されている。ここでの酸化物系セラミックスは、SrAl24やCaAl24中に発光中心イオンとしてEu2+が1%添加されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-85483号公報
【特許文献2】特開2005-307998号公報
【特許文献3】再表2006-85424号公報
【特許文献4】特開2011−127992号公報
【特許文献5】特開2005−147837号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. He, and D. R. Clarke, "Determination of the Piezospectroscopic Coefficients for Chromium-Doped Sapphire", J. Am, Ceram, Soc., 78 (5), 1347-1353 (1995)
【非特許文献2】川崎重工業株式会社, 「航空機エンジンのメンテナンスにおける蛍光分光による損傷測定技術の先導調査研究」独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 平成18年度成果報告書
【非特許文献3】C. E. Tyner and H. G. Drickamer, "Studies of Luminescence Efficiency of Eu2+ Activated Phosphors as a function of Temperature and High Pressure", J. Chem, Phys., 67 (9), 4116-4122 (1977)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1ないし特許文献3は、信号ラインが不要な非接触での歪・応力場のモニタリングを可能とする応力発光材料を使用した歪センサである。しかし、特許文献1ないし特許文献3では、応力発光材料の発光強度を計測することで動的な歪・応力の分布等を計測しているので、次のような問題がある。すなわち、応力発光材料における発光強度は、単純に応力や歪の大きさに依存するだけでなく、応力や歪の変化する速度にも大きく依存する。したがって、ある構造体に応力発光材料を付与して発光強度の分布が得られたとしても、それが歪・応力の大きさを反映した情報であるのか、それらの変化速度を反映したものであるのかの判定は不可能であり、対象物の何を診断しているのかを明らかとするのは難しい。また、応力発光材料によっては繰り返し応力によって発光強度が低下し、安定した特性を得るのが難しいものもある。さらに、応力や歪が変化しない場合には発光現象は止まってしまうため、そのままでは静的な歪・応力のセンシングは不可能である。これらの静的な歪・応力を診断するためには、初期の無応力状態から連続的なモニタリングを絶えず継続してその変化のデータを蓄積する必要があることから、コストの増大を招くなど大きな課題を抱える。
【0011】
これに対し特許文献4は、励起光を照射して発光させ、当該発光波長の変化を計測することで構造物の変位を計測しているので、上記のような問題はない。しかし、このような歪・応力センサにおいても、より歪感度の高いものが求められている。
【0012】
特許文献5、非特許文献1、および非特許文献2の技術も、蛍光材料そのものの発光波長が応力に応じて変化することを利用するため、上記のような問題点はない。すなわち、動的な歪・応力だけでなく静的な歪・応力に対しても発光波長の変化を検出可能であって、蛍光材料面全体が発光するため計測対象である構造物の表面からの発光を捉えればよい。しかしながら、このCr3+添加Al23における波長シフト量は、1GPaの圧縮応力に対して14429cm-3(波長693.19nm)から14426cm-3(波長693.05nm)への変化であり、応力感度(単位応力1GPaあたりの波長シフト量)は0.14nm/GPaとなる。Al23のヤング率を335GPaとすると1GPaに対する圧縮歪は0.3%となり、単位歪(1%)当たりの波長シフト量を歪感度と定義すると、Cr3+添加Al23における歪感度は0.47nm/%となる。このように、非特許文献1および非特許文献2に記載のCr3+添加Al23では、動的な歪・応力だけでなく静的な歪・応力に対する発光波長変化を検出可能という点で有意義であるが、その歪感度や応力感度が低いという課題を有する。これら歪感度や応力感度をより向上できれば、検出精度の向上、計測時間の短縮、さらには低コスト化など、様々なメリットが期待できる。
【0013】
非特許文献3の技術も、蛍光材料そのものの発光波長が静水圧(等方的な応力)に応じて変化することを利用するため、上記のような問題点はない。すなわち、静的な応力に対して発光波長の変化を検出可能である。しかしながら、この文献中では、静水圧下という等方的な圧縮応力に対する発光波長の応答性について記述されているのみである。一般的な構造物などの変形において、このような応力場が想定されることは少なく、1次元もしくは2次元方向の変形がほとんどであり、さらに、圧縮方向だけではなく引張方向に対する応答性も必須である。したがって、この文献に記載された材料系(SrAl24やCaAl24中に発光中心イオンとしてEu2+を添加)が、現実的に構造物の歪・応力センサとして利用できるとは判断できない。
【0014】
そこで、本発明は上記課題を解決するものであって、動的のみならず静的な歪ないし応力とその方向性(引張方向又は圧縮方向)とを任意のタイミングでより高感度に計測できる非接触式の歪・応力計測方法と、これに使用する歪・応力センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
そのための手段として、本発明は、構造物に与えられた歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性(引張歪・応力か圧縮歪・応力か)に応じて発光波長の変動方向が異なる蛍光材料、具体的にはSr1-XAl24(X=0.02〜0.20)にCrを0.1〜3.0at%(好ましくは0.5〜1.5at%)添加した酸化物系セラミックスを有効材料として含む歪・応力センサを設置し、任意のタイミングで前記歪・応力センサに励起光を照射して蛍光発光させ、このときの発光波長を波長計測手段によって計測し、予め計測しておいた前記構造物に歪・応力が作用していない状態における基準発光波長に対する発光波長変化量とその変化の方向(短波長側への変化か長波長側への変化か)を計測することで、構造物に生じた静的および動的な歪ないし応力の計測とその方向性(引張方向か圧縮方向か)の判定とを行う、構造物の歪・応力計測方法を提案できる。なお、Crの添加量とSrの欠損量(Xの値)との間には直接の関連性はない。
【0016】
Cr添加Sr1-XAl24からなる酸化物系セラミックス(蛍光材料)においては、発光中心イオンとなるCrの電子軌道間もしくは欠陥準位において励起された電子が遷移する際に発光現象を引き起こす。この発光現象において、Cr添加Sr1-XAl24の結晶構造に歪・応力が作用すると、配位子場が変化することで電子軌道間もしくは欠陥準位のエネルギー状態が変化し、これによって発光特性が変化するという原理を応用している。そして、蛍光材料に引張もしくは圧縮方向の歪・応力を与えた状態で、フォトルミネッセンス(励起光照射)によって電子の励起−再結合過程における発光現象である蛍光発光させることで、動的のみならず静止した歪・応力場においても歪・応力の分布に応じた発光波長が得られるというコンセプトである。
【0017】
前記歪・応力センサは、前記酸化物系セラミックスを焼結したバルク体として前記構造物の表面へ接着したり、前記酸化物系セラミックス粒子を含む薄膜として前記構造物の表面に成膜することもできる。なお、バルク体とは、例えば板状(薄片状)や塊状など、一定の厚みを有する立体形状のものであり、具体的な形状は特に制限されない。構造物に作用した応力は、歪・応力センサによって求めた歪量から、計測対象物である構造物のヤング率をもとに計測することができる。
【0018】
また、構造物に設置して該構造物に生じた歪ないし応力を計測するための歪・応力センサであって、歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性に応じて発光波長の変動方向が異なる、Sr1-XAl24(X=0.02〜0.20)にCrを0.1〜3.0at%(好ましくは0.5〜1.5at%)添加した酸化物系セラミックスを含む歪・応力センサも提案できる。当該歪・応力センサとしても、前記酸化物系セラミックスを焼結したバルク体として前記構造物へ接着したり、前記酸化物系セラミックス粒子を含む薄膜として前記構造物の表面に成膜することができる。

【発明の効果】
【0019】
本発明の歪・応力センサは、Cr添加Sr1-XAl24からなる蛍光材料である酸化物系セラミックスを含み、与えられた歪・応力の大きさに応じた基準発光波長に対する発光波長のシフト量が、従来のCr3+添加Al23や特許文献4のMAl24(M=Sr、Ca又はBa)にEuを添加した蛍光材料等を使用した歪・応力センサよりよりも大きい。したがって、この蛍光材料を使用した歪・応力センサによれば、従来の歪・応力センサに比べて歪感度及び応力感度が高く、構造物における高精度な歪ないし応力の計測が可能となる。また、計測時間の短縮や低コスト化にも有利である。また、本発明の歪・応力センサでは、引張・圧縮という歪・応力の印加方向によって発光波長シフトの方向を変えること、さらに等方的な応力でなくても1次元もしくは2次元的な歪・応力場に対しても応答性を示すことが初めて見出されており、実際の構造体における変形診断を可能としている。すなわち、構造物に生じた引張方向のみならず圧縮方向における静的および動的な歪ないし応力の計測を確実に計測できる。しかも、その方向性の判定、すなわち引張方向の歪・応力か圧縮方向の歪・応力かを判定することができる。
【0020】
本発明の構造物の歪・応力計測方法は、蛍光材料の発光現象を利用した非接触式の計測方法なので、診断対象が広範囲にわたる大型構造体における多点計測、高所や立入り管理区域などの危険箇所における計測、真空中での計測、高速回転体における計測など、接触式のセンサでは困難もしくは不可能な診断対象に対しても高精度な計測が可能となる。また、集光・発散できるという光の性質により、計測点のサイズを微小なミクロ領域から任意のセンシング領域を選定でき、2次元的な走査によって平面内における歪・応力分布診断の高精度化・高速化にも有効となる。
【0021】
そのうえで、励起光を照射した際の蛍光発光波長の変化(シフト)量によって歪ないし応力を計測するので、従来技術のような動的な歪・応力場だけではなく、静的な歪・応力場における歪ないし応力も計測できる。すなわち、応力が作用している瞬間のみならず、応力が作用した後においても歪ないし応力を計測できる。静的な歪・応力場における歪・応力による波長変化を計測するので、動的な歪・応力場のように歪・応力の変化速度の影響はなく、的確に歪ないし応力を計測できる。また、励起光を照射すればいつでも発光するので、動的な歪・応力のように常時観測している必要は無く、任意のタイミングで歪ないし応力を計測できる。また、本発明では蛍光材料の構造変化に基づく発光波長変化を検出するので、グレーティングを使用する場合に比べて、集光などによって空間分解能を狭くすることもでき、発光の検出方向にも制約を受けない。
【0022】
本発明の歪・応力センサを、酸化物系セラミックスを焼結したバルク体としておけば、歪・応力に対する感度が薄膜とした場合よりも良好となる。しかし、この場合、接着剤の耐熱性を考慮する必要がある。これに対し、歪・応力センサを構造物の表面へ成膜した薄膜としていれば、接着剤が不要となるので、接着剤の耐熱性を考慮する必要がなくなる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】歪・応力計測方法の機構を示す模式図である。
図2】歪・応力センサに励起光を照射して得られるPL発光スペクトルである。
図3】Cr添加量に応じたPL発光強度の変化を示すグラフである。
図4】Sr欠損量に応じたPL発光強度の変化を示すグラフである。
図5】引張歪を作用させる機構を示す模式図である。
図6】バルク体からなる歪・応力センサにおける引張歪の大きさとこれに伴う波長シフト量との関係を示すグラフである。
図7】薄膜からなる歪・応力センサにおける引張歪の大きさとこれに伴う波長シフト量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、与えられた歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性(引張方向又は圧縮方向)に応じて発光波長の変動方向が異なる酸化物系セラミックスからなる蛍光材料を歪・応力センサとして使用し、構造物に応力が作用した場合の動的又は静的な歪ないし応力を計測するものである。なお、以下の説明では、励起光照射による蛍光発光を、PL発光と称すことがある。
【0025】
本発明の歪・応力センサに使用する蛍光材料は、Cr添加Sr1-XAl24からなる酸化物系セラミックスである。ここで、Xの値(Srの欠損量)が0.00であって欠損がない場合には発光強度は極めて低く、Xの値を0.02〜0.20としてSr欠損を導入することで、発光強度を高めることができる。より高い発光強度を得るのに好ましいSr欠損量は0.02〜0.08の範囲であり、より好ましくは0.02〜0.06とする。一方、Crの添加割合は0.1〜3.0at%の範囲で添加する。この範囲を外れると、良好な発光強度や歪感度が得られない。より高い発光強度を得るのに好ましいCrの添加割合は0.5〜1.5at%であり、より好ましくは0.8〜1.0at%である。
【0026】
当該蛍光材料におけるPL発光は、発光中心イオン内の電子軌道間もしくは欠陥準位における励起−再結合過程によって発光現象が発現する。本発明の蛍光材料では、励起光照射によって赤色にPL発光する。そして、このような蛍光材料を歪・応力センサとして使用する場合、上記発光現象において、Sr1-XAl24の結晶構造に歪が作用することによって配位子場が変化することで発光中心イオンもしくは欠陥準位のエネルギー状態が変化し、これによって発光特性、すなわちPL発光波長が変動(シフト)する原理を応用している。
【0027】
このような酸化物系セラミックスを使用した歪・応力センサの一形態としては、セラミックスの原料(出発原料)を焼成した焼結体(バルク体)とすることができる。代表的には、セラミックスの原料粉末を混合・焼成する公知の固相反応法によって製造できる。具体的には、各種出発原料を混合し、各出発原料の融点未満の温度で焼成して焼結体を得ればよい。このとき、必要に応じて各出発原料を混合した状態で、焼成(本焼)温度より低い温度で仮焼し、該仮焼後の焼結体を粉砕・成型したうえで、焼成(本焼)することが好ましい。組成の均一化や緻密化を図ることができるからである。
【0028】
このとき、母材(Sr1-XAl24)中の酸素欠損量や添加Crの酸化状態がPL発光波長のシフト量だけでなく発光強度にも影響し、大気中で焼成するとPL発光強度が弱くなる傾向がある。したがって、焼成プロセスでは酸化を防ぐために無酸素雰囲気で行う。無酸素雰囲気としては、Arガスなどの不活性ガスや窒素ガス雰囲気とすればよい。
【0029】
酸化物系セラミックスのバルク体からなる歪・応力センサの形状は、構造物に設置できる形状であれば特に限定されないが、薄片状(例えば厚み0.1〜5mm程度)とすることが好ましい。薄片状であれば、構造物に生じた歪への追従性が良好であると共に、施工性も良い。または、一定の厚みを有する立体形状とすることもできる。薄片状の歪・応力センサは、直接薄片状に焼結するほか、ある程度の厚みを有するバルク体を切断、切削、又は研削等の後加工によって薄片状とすることもできる。バルク体からなる歪・応力センサは、構造物の表面に接着することで設置することができる。このとき、構造物の任意の部位に凹みを設けて歪・応力センサを埋め込むように設置したり、構造物における二点の間に挟まれるように設置することもできる。構造物によって挟持されるように設置した場合は、圧縮応力の計測に適している。
【0030】
また、歪・応力センサの他の形態としては、構造物の表面に薄膜として成膜することもできる。具体的には、上記酸化物系セラミックスからなる粉体を混合分散したフリットを構造物の表面へ塗布、噴霧、または印刷し、焼付けして構造物表面でフリットを融解させることで酸化物系セラミックスを含む薄膜を成膜することで設置できる。ここでのフリットとしては、ガラスフリットを使用できる。焼付け温度は、フリットの融点以上、酸化物系セラミックス粒子の融点未満の温度で行う。具体的には、400〜800℃程度で行えばよい。
【0031】
このようにして設置した歪・応力センサによって、構造物に生じた歪ないし応力の計測方法について説明する。図1に示すように、構造物1に設置した歪・応力センサ10に励起光11を照射すると、当該歪・応力センサ10が蛍光発光するので、その蛍光発光12の発光波長を図外の波長計測手段によって計測する。照射する励起光11には、発光波長よりも高エネルギー(短波長)の光を使用する。Cr添加Sr1-XAl24の場合には、波長250〜600nm程度の励起光が挙げられる。波長計測手段としては、光の波長を計測できるものであれば特に限定されず、公知の機器を使用できる。代表的には、分光器が挙げられる。
【0032】
これを前提として、先ずは、構造物1に歪が生じていない状態における基準発光波長を予め計測しておく。基準発光波長は、歪・応力センサ10を構造物1に設置した直後、又は構造物1に設置する前に計測しておけばよい。そして、歪・応力センサ10を構造物1へ設置した後、任意のタイミング(任意の時間経過後)で蛍光発光12の波長を計測したとき、構造物1に歪が生じていれば、蛍光発光12の波長は基準発光波長とは異なる波長となっている。そこで、基準発光波長に対する発光波長変化(シフト量)を計測することで、構造物1に生じた歪を計測することができる。このとき、歪の方向性、すなわち引張方歪か圧縮歪かによって、発光波長変化の方向性が逆(短波長側へのシフトか長波長側へのシフトか)になるので、当該発光波長変化の方向性によって引張方向の歪か圧縮方向の歪かを判定することもできる。もちろん、構造物1に歪が生じていなければ、発光波長の変動は無い。また、歪と応力はヤング率を比例定数として比例関係にあるため、計測された歪値から応力を求めることもできる。同時に、引張応力か圧縮応力かも判定できる。基準発光波長は、波長計測手段に連結された情報処理装置に記憶しておき、基準発光波長と発光波長との対比も当該情報処理装置によって行うと効率的である。
【0033】
計測対象としては、応力が作用し得る構造物であれば特に限定されず、大型の構造物から小型の構造部位まで、種々の構造体が含まれる。特に、本発明の歪・応力計測方法は非接触式の計測方法なので、ダムやトンネルなどの診断範囲が広範囲にわたる大型構造体における多点計測、電波塔や送電塔などの鉄塔、高層ビル、発電所構造物など、高所や立入り管理区域などの危険箇所における計測、タービンやモータなど高速回転体における計測、真空中など密閉空間における計測など、接触式のセンサでは困難もしくは不可能な計測に好適である。
【実施例】
【0034】
(バルク体試験1)
先ず、バルク体からなる歪・応力センサについて、Cr添加量に応じた性能を評価した。歪・応力センサ用の試料としては、Sr1-XAl24においてX=0.02として、Cr添加割合を0.1、0.5、1.0、5.0at%とした4種類を合成した。
【0035】
Cr添加Sr1-XAl24の合成プロセスを示す。出発原料としてSrCO3(99.9%、高純度化学製)と、α−Al23(99.99%>、高純度化学製)と、Cr23(99.9%>、高純度化学製)との各粉体を、それぞれの化学量論組成に合致するよう秤量し、エタノールを分散媒体としてZrO2ボールとともにPET容器にて1時間混合した。混合後のスラリーに対して、130℃雰囲気中にてエタノールを飛散させて混合粉を抽出し、乳鉢にて粉砕しつつメッシュサイズ250μmのふるいにて整粒した。その後、直径30mmφ×厚み5mmtの形状に350kgf/mm2の圧力にて一軸プレス成形した。この成形体を昇温速度200℃/hにて900℃まで加熱して1時間保持させて仮焼し、炉冷速度にて降温させた。仮焼後の焼結体を再度乳鉢にて粉砕しメッシュサイズ250μmのふるいにて整粒してから、エタノールを分散媒体としてZrO2ボールおよびZrO2ポットミルにて24時間粉砕処理した。この粉砕後のスラリーを同じく130℃雰囲気中にてエタノールを飛散させて混合粉を抽出し、乳鉢にて粉砕しつつメッシュサイズ250μmのふるいにて整粒した。その後、直径20mmφ×厚み2mmtに500kgf/mm2の圧力にて一軸プレス成形した。この成形体の焼成(本焼)は、昇温速度を200℃/hとして1400℃まで加熱し、その温度を12時間保持してから、炉冷速度にて降温させるプロセスとした。焼成雰囲気はAr不活性雰囲気中とした。最後に、得られた焼結体を厚み0.5mmtの薄片状に加工して、酸化物系セラミックスを焼結したバルク体からなる歪・応力センサとした。これらの歪・応力センサを、模擬構造物としてのステンレス板(長さ150mmL×幅25mmW×厚み2mmt)に接着した。
【0036】
得られた各歪・応力センサについて、蛍光特性評価システム(堀場製作所製、Fluorolog)によりPL発光スペクトルを観測した。励起光を250〜620nmの波長範囲として変化させ、それぞれの励起光にて得られるPL発光を650〜850nmの波長範囲にて観測した。代表的なPL発光スペクトルとして、1.0at%のCrを添加したSr0.98Al24の発光スペクトルを図2に示す。これらの結果より、励起波長350nm、発光波長770nmにおける発光強度を図3にグラフ化して示した。この図3の結果から、1.0at%Cr添加Sr1-XAl24における発光強度が最も高かった。
【0037】
(バルク体試験2)
次に、Cr添加割合を1.0at%に固定し、Cr添加Sr1-XAl24におけるSr欠損量(Xの値)を、X=0.02、0.05、0.2としてバルク体試験1と同様に合成した3種類の歪・応力センサについて、それぞれPL発光スペクトルを観測した。それらの発光強度を比較するために、励起波長350nm、発光波長770nmにおける発光強度を図4にグラフ化して示した。この図4の結果から、X=0.05としたCr添加Sr1-XAl24において最も発光強度が強かった。
【0038】
さらに、このSr欠損量を変えたCr添加Sr1-XAl24それぞれについて引張変形を与えるために、油圧式材料強度試験装置(MTS製、858)の上下動する油圧シリンダーに引張用のグリップアタッチメントを取り付け、その間に各試験片をセットして、図5に示すように引張変形を与えた。なお、符号1は模擬構造物としてのステンレス板、符号10は歪・応力センサ、符号100は試験片である。この油圧シリンダーの上下動を0.01mmステップで稼動させ、各試験片に定量的な引張歪を与えることができる。
【0039】
発光波長を計測する分光器には、CCDリニアイメージセンサにより200〜950nmの波長を一度に分光検出可能な分光器(浜松ホトニクス製、C10027−1)を採用した。各試験片に照射する励起光源としては、365nmに発光波長をもつUV−LED光源(浜松ホトニクス製、L9610)を使用した。
【0040】
また、比較例1として、1.0at%Eu添加SrAl24からなる酸化物系セラミックスからなる歪・応力センサについても、同様に試験した。このEu添加Sr1-XAl24の合成プロセスでは、出発原料としてSrCO3(99.9%、高純度化学製)と、α−Al23(99.99%>、高純度化学製)と、Eu23(99.95%>、関東化学製)との各粉体を、それぞれの化学量論組成に合致するよう秤量し、その後はCr添加Sr1-XAl24と同様のプロセスによって製造した。ただし、Eu添加SrAl24成形体の焼成(本焼)は、昇温速度を200℃/hとして1300℃までの加熱とし、焼成雰囲気は4%H2+Ar還元雰囲気中とした。
【0041】
これにより得られた引張歪に応じたPL発光スペクトルの波長をエネルギーに変換してガウス分布を仮定したフィッティングを行い、ガウス分布の中心波長としてピーク位置の波長を同定した。そのピーク波長のシフト量(縦軸)と引張歪の大きさ(横軸)との関係をまとめた結果を図6に示す。
【0042】
図6の結果の傾きから、Sr欠損量x=0.02における単位歪(1%歪)あたりの波長変化(歪感度)は9.07nm/%(18.8meV/%)、x=0.05では7.89nm/%(16.4meV/%)、x=0.20では2.85nm/%(6.0meV/%)、比較例1としてのEu添加Sr1-XAl24では−2.29nm/%(−10.6meV/%)と見積もることができ、Cr添加Sr1-XAl24は比較例1よりも高い歪感度を有していることが確認された。この引張歪の増加に伴うPL発光スペクトルの変化にはヒステリシスのような履歴もなく、このPL発光スペクトルの時間変化を連続計測することで動的な歪に対する応答性を評価することも可能である。
【0043】
(薄膜試験)
次に、構造物へ成膜により設置した形態の歪・応力センサについても評価した。ここでの組成としては、上記バルク体試験2の結果を参考に、1.0at%Cr添加Sr0.95Al24とした。一方、比較例2として、上記比較例1と同様に1.0at%Eu添加SrAl24とした。
【0044】
成膜の方法として、バルク体試験2におけるバルク体を粉砕した粉末をガラスフリットと混合し、その混合粉を構造物表面へ塗布して焼き付けるプロセスとした。まず、Cr添加Sr0.95Al24もしくはEu添加SrAl24の焼結体を粉砕した粉体を用意し、ガラスフリット(日本フリット(株)製JYM0005M:推奨焼成温度650〜900℃)に対して重量比で7:3の割合で混合した。さらに、この混合粉をビヒクル(テルピネオールに対してPVB 7wt%添加)中に分散させて、自動乳鉢で約20分間混練することで印刷用ペーストとし、SUS430(100×20×0.5mm)基材の中央に直径9mmの円としてスクリーン印刷した。ビヒクルの割合はガラスフリットに対して200wt%(2倍)とした。その印刷膜を120℃にて乾燥した。Cr添加Sr0.95Al24の印刷膜については雰囲気をAr中として、比較例2としてのEu添加SrAl24の印刷膜については雰囲気をAr+4%H2中として、それぞれ900℃(昇温350℃/h、降温は炉冷)にて2時間焼き付けた。
【0045】
得られたCr添加Sr0.95Al24印刷膜及び比較例2の歪・応力センサに、バルク体試験2と同様に引張変形を与え、バルク体試験2と同様にして求めたピーク波長のシフト量(縦軸)と引張歪の大きさ(横軸)との関係をまとめた結果を図7に示す。図7の結果の傾きから、Cr添加Sr0.95Al24印刷膜における単位歪(1%歪)あたりの波長変化(歪感度)は2.11nm/%(4.4meV/%)、比較例2は−0.82nm/%(−3.8meV/%)と見積もることができ、Cr添加Sr0.95Al24印刷膜は比較例2よりも高い歪感度を有していることが確認された。
【符号の説明】
【0046】
1 構造物
10 歪・応力センサ
11 励起光
12 蛍光発光
100 試験片

図1
図3
図4
図5
図6
図7
図2