(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記組成式におけるCoの20原子%以下がNi、V、Cr、Mn、Al、Ga、Nb、Ta、およびWからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素で置換されている、請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の永久磁石。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、実施形態の永久磁石について詳述する。実施形態の永久磁石は、
組成式:R(Fe
pM
qCu
rCo
1−p−q−r)
z…(1)
(式中、Rは希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素、MはZr、TiおよびHfから選ばれる少なくとも1種の元素、pは0.3≦p≦0.4を満足する数(原子比)、qは0.01≦q≦0.05を満足する数(原子比)、rは0.01≦r≦0.1を満足する数(原子比)、およびzは7≦r≦8.5を満足する数(原子比)である)
で表される組成を有する。
【0009】
組成式(1)において、元素Rとしてはイットリウム(Y)を含む希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素が使用される。元素Rはいずれも永久磁石に大きな磁気異方性をもたらし、高い保磁力を付与するものである。元素Rとしては、サマリウム(Sm)、セリウム(Ce)、ネオジム(Nd)、およびプラセオジム(Pr)から選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましく、特にSmを使用することが望ましい。元素Rの50原子%以上をSmとすることで、永久磁石の保磁力等を再現性よく高めることができる。さらに、元素Rの70原子%以上がSmであることが望ましい。
【0010】
元素Rは、それ以外の元素(Fe、M、Cu、Co)との原子比が1:7〜1:8.5の範囲、すなわちz値として7〜8.5の範囲となるように含有される。元素Rに対するそれ以外の元素の比率が7未満(z値が7未満)であると、飽和磁化の低下が著しくなる。元素Rに対するそれ以外の元素の比率が8.5を超える(z値が8.5を超える)と、多量のα−Fe相が析出して十分な保磁力が得られない。z値は7.2〜8.0がより好ましく、さらに好ましくは7.3〜7.8である。
【0011】
鉄(Fe)は、主として永久磁石の磁化を担う元素である。Feを多量に含有させることによって、永久磁石の飽和磁化を高めることができる。ただし、Feをあまり過剰に含有させると、α−Fe相が析出したり、後述する所望の2相分離組織が得られにくくなるため、保磁力が低下する。元素R以外の元素(Fe、M、Cu、Co)の総量に対するFeの比率は30〜40原子%の範囲である。すなわち、Feの含有量p(原子比)は0.3〜0.4の範囲である。Feの含有量pは0.3〜0.37がより好ましく、さらに好ましくは0.31〜0.35である。
【0012】
元素Mとしては、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、およびハフニウム(Hf)から選ばれる少なくとも1種の元素が用いられる。元素Mを含有させることによって、高Fe濃度を有する組成で良好な保磁力が発現する。元素R以外の元素(Fe、M、Cu、Co)の総量に対する元素Mの比率は1〜5原子%の範囲である。すなわち、元素Mの含有量q(原子比)は0.01〜0.05の範囲である。元素Mの含有量qを0.01以上とすることで、Fe濃度を高めることができ、さらにそのような組成を有する永久磁石に良好な保磁力が発現する。元素Mの含有量qが0.05を超えると、元素Mがリッチな異相が生成しやすくなり、磁化および保磁力が共に低下する。元素Mの含有量qは0.01〜0.03がより好ましく、さらに好ましくは0.015〜0.025である。
【0013】
元素MはTi、Zr、Hfのいずれであってもよいが、少なくともZrを含むことが好ましい。特に、元素Mの50原子%以上をZrとすることによって、永久磁石の保磁力を高める効果をさらに向上させることができる。元素Mの中でHfはとりわけ高価であるため、Hfを使用する場合においても、その使用量は少なくすることが好ましい。Hfの含有量は元素Mの20原子%未満とすることが好ましい。
【0014】
銅(Cu)は、永久磁石に高い保磁力を発現させるための元素である。元素R以外の元素(Fe、M、Cu、Co)の総量に対するCuの比率は1〜10原子%の範囲である。すなわち、Cuの含有量r(原子比)は0.01〜0.1の範囲である。Cuの含有量rが0.01未満であると、高い保磁力を得ることが困難になる。Cuの含有量rが0.1を超えると、磁化の低下が著しくなる。Cuの含有量rは0.02〜0.08がより好ましく、さらに好ましくは0.04〜0.06である。
【0015】
コバルト(Co)は、永久磁石の磁化を担うと共に、高い保磁力を発現させるために必要な元素である。さらに、Coを多く含有させるとキュリー温度が高くなり、永久磁石の熱安定性が向上する。Coの含有量が少なすぎると、これらの効果を十分に得ることができない。ただし、Coの含有量が過剰になると、相対的にFeの含有割合が下がって磁化が低下する。従って、Coの含有量は元素R、元素M、およびCuの含有量を考慮した上で、Feの含有量pが上記した範囲を満足するように設定される。
【0016】
Coの一部は、ニッケル(Ni)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、ガリウム(Ga)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、およびタングステン(W)から選ばれる少なくとも1種の元素Aで置換してもよい。これらの置換元素Aは磁気特性、例えば保磁力の向上に寄与する。ただし、元素AによるCoの過剰な置換は磁化の低下を招くおそれがあるため、元素Aによる置換量はCoの20原子%以下であることが好ましい。
【0017】
実施形態の永久磁石は、組成式(1)で表される組成を有する焼結体からなる焼結磁石であることが好ましい。焼結磁石(焼結体)は、Th
2Zn
17型結晶相を含む領域を主相としている。焼結磁石の主相とは、焼結体の断面等を走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)で観察した際に、観察像(SEM像)内で面積比率が最も大きい相である。焼結磁石の主相は、溶体化処理により形成したTbCu
7型結晶相(1−7相/高温相)を前駆体とし、これに時効処理を施して形成した相分離組織を有していることが好ましい。
【0018】
実施形態の永久磁石を構成する組織は、Th
2Zn
17型結晶相(2−17相)を有するセル相と、CaCu
5型結晶相(1−5相)等を有するセル壁相とを備えている。セル壁相は、2−17相からなるセル相を取り囲むように存在する。セル相(2−17相)を区切るように形成されたセル壁相(1−5相)の磁壁エネルギーは、セル相(2−17相)の磁壁エネルギーに比べて大きく、この磁壁エネルギーの差が磁壁移動の障壁となる。つまり、セル壁相(1−5相)が磁壁のピンニングサイトとして働くことによって、磁壁ピニング型の保磁力が発現すると考えられている。セル壁相の構成相としては、代表的には1−5相が挙げられるが、これに限定されるものではない。後述するように、セル壁相はセル相に比べてCuリッチな組成を有していればよい。
【0019】
このような観点から、Sm−Co系磁石の保磁力の向上には、セル相とセル壁相との磁壁エネルギーの差を増大させることが有効であると考えられている。磁壁エネルギーの差を増大させるためには、セル相とセル壁相との間にCu濃度差を生じさせることが有効である。従来のSm−Co系磁石においても、セル壁相内のCu濃度は20原子%程度まで高められている。しかしながら、組成式(1)におけるFeの含有量pが0.3以上というように、Fe濃度が高い組成を有するSm−Co系磁石では、必ずしも十分な保磁力は得られていない。さらに、高Fe濃度の組成を有するSm−Co系磁石においては、ヒステリシスループの角型性(角型比)も悪化する傾向にある。
【0020】
そこで、実施形態の永久磁石においては、セル壁相の平均磁化を0.2T(テスラ)以下としている。このようなセル壁相の平均磁化は、例えばセル壁相内に磁性が弱い領域を形成することにより実現することができる。平均磁化が0.2T以下のセル壁相によれば、セル壁相の磁壁ピンニングサイトとして機能を高めることができる。従って、Feの含有量pが0.3以上の組成を有するSm−Co系磁石の保磁力を向上させることが可能となる。さらに、Sm−Co系磁石の角型比も向上させることができる。すなわち、セル壁相内に磁性が弱い領域が存在すると、隣接するセル相間の交換結合が分断される。従って、セル相(2−17相)の単磁区構造が維持されるため、Sm−Co系磁石の角型比が向上する。このような磁区構造は保磁力の向上にも寄与する。
【0021】
セル壁相の磁壁ピンニングサイトとしての機能を高めると共に、セル壁相に隣接するセル相間の交換結合を分断する機能を付与するためには、セル壁相の平均磁化を0.2T以下とする必要がある。セル壁相の平均磁化が0.2Tを超えると、従来のSm−Co系磁石におけるセル壁相と同等の機能しか得ることができず、高Fe濃度の組成を有するSm−Co系磁石の保磁力や角型比を高めることができない。セル壁相の平均磁化は0.15T以下であることが好ましく、さらに0.12T以下であることがより好ましい。セル壁相の平均磁化は以下のようにして測定される。
【0022】
数nmオーダーの微小領域の磁性を評価する技術は、近年目覚ましい進展がある。微小領域の磁性評価技術としては、例えばスピン偏極走査型電子顕微鏡(Spin−Polarized Scannig Electron Microscopy:スピンSEM)、スピン編極走査トンネル顕微鏡(Spin−Polarized Scannig Tanneling Microscopy:スピンSTM)、軟X線磁気円二色性分光(Soft X−ray Magnetic Circular Dichroism:XMCD)等が挙げられる。このような磁性評価技術を使用することによって、例えば幅が数nm〜10nm程度のセル壁相の磁化を測定することができる。
【0023】
スピンSEMは、磁性材料に電子線を照射した際に放出される2次電子のスピンをX、Y、Z方向の3成分に分解して検出する走査型電子顕微鏡である。スピンSEMは、試料の深さ方向にも分解された状態でスピン情報を検出でき、深さ方向にも1nm程度の高い分解能を有している。スピンSTMは、磁性薄膜をコーティングした探針を試料表面上で走査しながら、探針−試料間に流れるスピンに依存したトンネル電流を制御して検出する装置である。トンネル電流は、探針最先端部の原子1個と表面との間で流れ、探針−試料間の距離に極めて敏感であるため、試料表面を原子レベルの分解能(〜0.1nm)で観察することができる。また、検出深度が数nmという軟X線共鳴吸収の磁気円二色性を利用して、微小領域の磁性を解明する研究も盛んに行われている。
【0024】
上述した磁性評価技術を適用することによって、セル壁相中の1nm程度の微小領域の磁気モーメントを評価することできる。セル壁相の磁化測定は、1つのセル壁相に対して異なる5〜10か所の位置で実施する。5〜10か所の位置での測定結果を平均することによって、セル壁相の磁化の平均値を求める。このようなセル壁相の磁化測定を同一試料内の任意の20点について実施し、これら各点での測定値から最大値と最小値を除いた測定値の平均値を求め、この平均値をセル壁相の平均磁化とする。セル壁相の磁化測定は、焼結体の内部に対して行う。具体的には、以下に通りである。
【0025】
最大の面積を有する面における最長の辺の中央部において、辺に垂直(曲線の場合は中央部の接線と垂直)に切断した断面の表面部と内部とで測定を行う。測定箇所は、上記断面において各辺の1/2の位置を始点として、辺に対し垂直に内側に向けて端部まで引いた基準線1と、各角部の中央を始点として角部の内角の角度の1/2の位置で内側に向けて端部まで引いた基準線2とを設け、これら基準線1、2の始点から基準線の長さの1%の位置を表面部、40%の位置を内部と定義する。角部が面取り等で曲率を有する場合、隣り合う辺を延長した交点を辺の端部(角部の中央)とする。この場合、測定箇所は交点からではなく、基準線と接した部分からの位置とする。測定箇所を以上のようにすることによって、例えば断面が四角形の場合、基準線は基準線1および基準線2でそれぞれ4本の合計8本となり、測定箇所は表面部および内部でそれぞれ8箇所となる。このように規定される焼結体内部の観察面を研磨して平滑にした後に観察を行う。
【0026】
平均磁化が0.2T以下のセル壁相を有する組織は、上述したようにセル壁相内に磁性が弱い領域を形成することにより得ることができる。例えば、セル壁相を構成する1−5相は、従来から単一状態で磁性を有することが知られている。このような1−5相からなるセル壁相の磁化は、Cu濃度を高めることにより低下し、Cu濃度を50原子%程度まで増加させることによりほぼ消失する。後に詳述するように、例えば溶体化処理後に急冷すると共に、時効処理中の等温処理を低温で長時間実施し、さらに等温処理後の冷却速度を遅くすることで、セル壁相内にCu濃度が40原子%以上の領域を形成することができる。これによって、平均磁化が0.2T以下のセル壁相を実現することが可能になる。
【0027】
Cu濃度が40原子%以上の領域は、セル相とセル壁相との間でCuの相互拡散を十分に進行させることによって、例えばセル壁相のCuの中央付近に形成される。セル壁相内のCu濃度分布は、例えば3次元アトムプローブ(3 Dimensional Atom Probe:3DAP)を用いて測定することができる。3DAPによるセル壁相内の元素濃度の測定は、以下に示す手順にしたがって実施する。試料をダイシングにより薄片化し、そこからFocused Ion Beam(FIB)にてピックアップ・アトムプローブ(AP)用針状試料を作製する。2−17相の原子面(0003)の面間隔(およそ0.4nm)を基準にして、原子マップを作製する。
【0028】
このようにして作製したアトムプローブデータについて、Cuのみのプロファイルを作成し、Cuが濃化された箇所を特定する。このCuがリッチな部位がセル壁相にあたる。セル壁相に対して垂直方向にCuの濃度プロファイルを解析する。濃度プロファイルの解析範囲は、10×10×10nmあるいは5×5×10nmとすることが好ましい。各元素の濃度プロファイルの一例を
図1に示す。
図1は後述する実施例1の焼結磁石の濃度プロファイルである。このような濃度プロファイルからセル壁相内のCu濃度を特定する。CuプロファイルからCu濃度が最も高い値を求める。Cuの最大濃度に基づいてセル壁相内にCu濃度が40原子%以上の領域が存在するか否かを判定する。3DAPによる測定は、前述した磁化測定と同様に焼結体の内部に対して行うことが好ましい。
【0029】
この実施形態の永久磁石は、例えば以下のようにして作製される。まず、所定量の元素を含む合金粉末を作製する。合金粉末は、アーク溶解法や高周波溶解法による溶湯を鋳造して得られた合金インゴットを粉砕したり、ストリップキャスト法でフレーク状の合金薄帯を作製した後に粉砕することにより調製される。合金粉末の他の調製方法としては、メカニカルアロイング法、メカニカルグラインディング法、ガスアトマイズ法、還元拡散法等が挙げられる。合金粉末の平均粒径は2〜5μmの範囲であることが好ましく、また粒径が2〜10μmの範囲の粒子の体積割合が80%以上であることが好ましい。このような合金粉末または粉砕前の合金に対して、必要に応じて熱処理を施して均質化してもよい。粉砕はジェットミルやボールミル等を用いて実施される。粉砕は合金粉末の酸化を防止するために、不活性ガス雰囲気中や有機溶媒中で行うことが好ましい。
【0030】
次に、電磁石等の中に設置した金型内に合金粉末を充填し、磁場を印加しながら加圧成型する。これによって、結晶軸を配向させた圧縮成形体を作製する。圧縮成形体を適切な条件下で焼結することによって、高密度を有する焼結体を得ることができる。圧縮成形体の焼結工程は、不活性ガス雰囲気や真空雰囲気中で実施される。焼結工程は真空雰囲気中での焼成と不活性ガス雰囲気中での焼成を組合せて実施してもよい。焼結温度は1110〜1200℃の範囲であることが好ましい。焼結温度による保持時間(焼結時間)は2〜20時間の範囲であることが好ましい。焼結温度が1110℃未満であると焼結体の密度が不十分となり、1200℃を超えるとSm等の希土類元素が蒸発して組成ずれが生じやすくなる。焼結温度は1150℃以上がより好ましく、さらに好ましくは1160℃以上である。焼結温度は1190℃以下がより好ましい。
【0031】
得られた焼結体に溶体化処理および時効処理を施して結晶組織を制御する。溶体化処理工程は焼結工程から連続して実施してもよい。溶体化処理工程は、相分離組織の前駆体である1−7相を安定して得るために、1100〜1180℃の範囲の温度で6〜28時間保持することにより実施することが好ましい。1100℃未満の温度および1180℃を超える温度では、溶体化処理後の試料中の1−7相の割合が小さく、良好な磁気特性が得られない。溶体化処理温度は1120〜1170℃の範囲であることがより好ましく、さらに好ましくは1130℃〜1170℃の範囲である。溶体化処理は酸化防止のために、真空中やArガス等の不活性雰囲気中で行うことが好ましい。
【0032】
溶体化処理工程においては、上述した温度で一定時間保持した後に急冷することが好ましい。この急冷は準安定相である1−7相を室温でも維持するために実施する。長時間の焼結や溶体化処理を行うと、1−7相が安定化しにくくなる場合がある。この際、冷却速度を溶体化処理温度から200℃低下するまでの速度で定義した場合に、溶体化処理後の冷却速度は−170℃/min以上とすることによって、1−7相が安定化しやすくなり、保磁力を発現させやすくなる。冷却速度は−240℃/min以上であることがより好ましく、−500℃/min以上であることがさらに好ましい。
【0033】
溶体化処理後の冷却速度が−170℃/min未満の場合、冷却中にCe
2Ni
7型結晶相(2−7相)が生成される場合がある。2−7相は磁化や保磁力を低下させる要因となるだけでなく、Cuが濃化されていることが多い。Cuが2−7相に濃化されると主相中のCu濃度が低下し、時効処理によるセル相とセル壁相への相分離が起きにくくなる。さらに、主相中のCu濃度が低下することで、セル相とセル壁相との間でCuの相互拡散が生じたとしても、セル壁相内のCuの最大濃度を十分に高めることができない。この場合、セル壁相の磁化を十分に弱めることができないおそれがある。
【0034】
次に、溶体化処理後の焼結体に時効処理を施す。時効処理は結晶組織を制御して磁石の保磁力や角型比を高める処理である。時効処理は、所定の温度で一定時間保持した後に徐冷することにより実施される。この際、時効処理中の等温処理を低温で長時間実施すると共に、等温処理後の徐冷処理における冷却速度を遅くすることによって、平均磁化が0.2T以下のセル壁相を有する組織が得られやすくなる。時効処理における等温処理は、700〜850℃の温度で55〜120時間保持することにより実施することが好ましい。等温処理後の徐冷処理は400〜650℃の温度まで−0.2〜−1℃/minの範囲の冷却速度で徐冷し、引き続いて室温まで冷却することが好ましい。
【0035】
時効処理中の等温処理温度が850℃を超えると、均質なセル相とセル壁相との混合組織を得ることができないと共に、セル壁相へのCuの濃化を十分に進行させることができない。等温処理時間が55時間未満である場合も同様であり、セル壁相にCuを十分に濃化させることができない。このため、セル壁相の磁化を十分に弱めることができない。等温処理時間が120時間を超えると、セル壁相の厚さが厚くなることでセル相の体積分率が減少して磁気特性が低下する。時効処理における等温処理は、700〜800℃の温度で60〜120時間保持することがより好ましい。等温処理時間は80時間以上であることがさらに好ましい。時効処理の徐冷処理における冷却速度が−1℃/minを超える場合にも、セル壁相へのCuの濃化を十分に進行させることができない。冷却速度は−0.2〜−0.5℃/minの範囲であることがさらに好ましい。
【0036】
時効処理は二段階の熱処理により実施してもよい。すなわち、上記した等温処理を一段目の熱処理とし、400〜650℃の温度まで徐冷した後に、引き続いて400〜650℃の温度で一定時間保持することにより二段目の熱処理を行う。二段目の熱処理後は、炉冷により室温まで冷却する。このような二段階の熱処理を実施することによって、保磁力がさらに向上する。二段目の熱処理温度による保持時間は1〜6時間とすることが好ましい。時効処理は二段階の熱処理に限らず、より多段階の熱処理としてもよく、さらに多段の冷却を実施することも有効である。さらに、時効処理の前処理として、時効処理よりも低い温度でかつ短時間の予備的な時効処理を施すことも有効である。時効処理は酸化防止のために、真空中やArガス等の不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。
【0037】
この実施形態の永久磁石は、各種モータや発電機に使用することができる。また、可変磁束モータや可変磁束発電機の固定磁石や可変磁石として使用することも可能である。この実施形態の永久磁石を用いることによって、各種のモータや発電機が構成される。この実施形態の永久磁石を可変磁束モータに適用する場合、可変磁束モータの構成やドライブシステムには、特開2008−29148号公報や特開2008−43172号公報に開示されている技術を適用することができる。
【0038】
次に、実施形態のモータと発電機について、図面を参照して説明する。
図2は実施形態による永久磁石モータを示している。
図2に示す永久磁石モータ1において、ステータ(固定子)2内にはロータ(回転子)3が配置されている。ロータ3の鉄心4中には、実施形態の永久磁石5が配置されている。実施形態の永久磁石の特性等に基づいて、永久磁石モータ1の高効率化、小型化、低コスト化等を図ることができる。
【0039】
図3は実施形態による可変磁束モータを示している。
図3に示す可変磁束モータ11において、ステータ(固定子)12内にはロータ(回転子)13が配置されている。ロータ13の鉄心14中には、実施形態の永久磁石が固定磁石15および可変磁石16として配置されている。可変磁石16の磁束密度(磁束量)は可変することが可能とされている。可変磁石16はその磁化方向がQ軸方向と直交するため、Q軸電流の影響を受けず、D軸電流により磁化することができる。ロータ13には磁化巻線(図示せず)が設けられている。この磁化巻線に磁化回路から電流を流すことによって、その磁界が直接に可変磁石16に作用する構造となっている。
【0040】
実施形態の永久磁石によれば、固定磁石15に好適な保磁力を得ることができる。実施形態の永久磁石を可変磁石16に適用する場合には、前述した製造方法の各種条件(時効処理条件等)を変更することによって、例えば保磁力を100〜500kA/mの範囲に制御すればよい。なお、
図3に示す可変磁束モータ11においては、固定磁石15および可変磁石16のいずれにも実施形態の永久磁石を用いることができるが、いずれか一方の磁石に実施形態の永久磁石を用いてもよい。可変磁束モータ11は、大きなトルクを小さい装置サイズで出力可能であるため、モータの高出力・小型化が求められるハイブリッド車や電気自動車等のモータに好適である。
【0041】
図4は実施形態による発電機を示している。
図4に示す発電機21は、実施形態の永久磁石を用いたステータ(固定子)22を備えている。ステータ(固定子)22の内側に配置されたロータ(回転子)23は、発電機21の一端に設けられたタービン24とシャフト25を介して接続されている。タービン24は、例えば外部から供給される流体により回転する。なお、流体により回転するタービン24に代えて、自動車の回生エネルギー等の動的な回転を伝達することによって、シャフト25を回転させることも可能である。ステータ22とロータ23には、各種公知の構成を採用することができる。
【0042】
シャフト25はロータ23に対してタービン24とは反対側に配置された整流子(図示せず)と接触しており、ロータ23の回転により発生した起電力が発電機21の出力として相分離母線および主変圧器(図示せず)を介して、系統電圧に昇圧されて送電される。発電機21は、通常の発電機および可変磁束発電機のいずれであってもよい。なお、ロータ23にはタービン24からの静電気や発電に伴う軸電流による帯電が発生する。このため、発電機21はロータ23の帯電を放電させるためのブラシ26を備えている。
【実施例】
【0043】
次に、実施例とその評価結果について述べる。
【0044】
(実施例1)
各原料を所定の比率で秤量して混合し、Arガス雰囲気中で高周波溶解した後に鋳造して合金インゴットを作製した。合金インゴットを粗粉砕し、さらにジェットミルで微粉砕して合金粉末を調製した。合金粉末を磁界中でプレス成型して圧縮成形体を作製した。合金粉末の圧縮成形体を焼成炉内に配置し、Ar雰囲気中にて1190℃まで昇温し、その温度で3時間保持することにより焼結を行った。引き続いて、1140℃で10時間保持することにより溶体化処理を実施した後、990℃まで−250℃/minの冷却速度で急冷し、さらに室温まで冷却した。
【0045】
続いて、溶体化処理後の焼結体を800℃まで昇温し、その温度で60時間保持することにより時効処理を実施した。時効処理を行った焼結体を450℃まで−0.3℃/minの冷却速度で徐冷し、その温度で3時間保持した後に室温まで炉冷することによって、目的とする焼結磁石を得た。焼結磁石の組成は表1に示す通りである。磁石の組成分析は、ICP(Inductively Coupled Plasma)法により実施した。表2に焼結磁石の製造条件を示す。
【0046】
なお、ICP法による組成分析は、以下の手順により行った。まず、記述の測定箇所から採取した試料を乳鉢で粉砕し、この粉砕試料を一定量はかり取り、石英製ビーカに入れる。混酸(硝酸と塩酸を含む)を入れ、ホットプレート上で140℃程度に加熱し、試料を完全に溶解させる。放冷した後、PFA製メスフラスコに移して定容し、試料溶液とする。このような試料溶液に対して、ICP発光分光分析装置を用いて検量線法により含有成分の定量を行う。ICP発光分光分析装置は、エスアイアイ・ナノテクノロジー社製のSPS4000(商品名)を用いた。
【0047】
前述した方法にしたがって、得られた焼結磁石のセル壁相内のCu濃度分布を測定した。その結果を
図1に示す。さらに、焼結磁石の保磁力、残留磁化(Br)、最大エネルギー積((BH)
max)をB−Hトレーサで測定した。保磁力および残留磁化の測定結果を表3に示す。また、残留磁化(Br)と最大エネルギー積((BH)
max)の測定結果から、下記の式に基づいて角型比を求めた。その結果を表3に併せて示す。
角型比=(BH)
max)/(Br
2/4)
【0048】
図1から明らかなように、セル壁相内にCuが偏析していることが分かる。さらに、セル壁相の中央部付近(中心部から±0.5nm程度の領域)の平均Cu濃度は48原子%に達していることが確認された。その部分の磁化をスピンSTMで測定したところ、0.15Tであった。セル壁相内の磁化測定を他の4か所で実施し、合計5か所の測定値を平均した。さらに、そのような磁化測定を任意の20点について実施し、それらの測定値(平均値)から最大値と最小値を除いて平均値を求めたところ、実施例1の焼結磁石におけるセル壁相の平均磁化は0.17Tであった。実施例1の焼結磁石の保磁力は1450kA/m、残留磁化は1.225T、角型比は90.7%であった。
【0049】
(実施例2、3)
実施例1と同一条件で、表1に示す組成を有する焼結磁石を作製した。得られた焼結磁石のセル壁相内のCu濃度分布、保磁力、残留磁化、角型比を実施例1と同様にして測定および評価した。これらの測定結果を表3に示す。また、セル壁相内のCu濃度分布の測定結果から、実施例2、3の焼結磁石は実施例1と同様に、セル壁相の中央部付近にCu濃度が40原子%を超える領域を有していることが確認された。
【0050】
(実施例4)
各原料を所定の比率で秤量して混合し、Arガス雰囲気中で高周波溶解した後に鋳造して合金インゴットを作製した。合金インゴットを粗粉砕し、さらにジェットミルで微粉砕して合金粉末を調製した。合金粉末を磁界中でプレス成型して圧縮成形体を作製した。合金粉末の圧縮成形体を焼成炉内に配置し、Ar雰囲気中にて1180℃まで昇温し、その温度で5時間保持することにより焼結を行った。引き続いて、1130℃で12時間保持することにより溶体化処理を実施した後、980℃まで−300℃/minの冷却速度で急冷し、さらに室温まで冷却した。
【0051】
続いて、溶体化処理後の焼結体を790℃まで昇温し、その温度で80時間保持することにより時効処理を実施した。時効処理を行った焼結体を480℃まで−0.2℃/minの冷却速度で徐冷し、その温度で2時間保持した後に室温まで炉冷することによって、目的とする焼結磁石を得た。得られた焼結磁石の組成、セル壁相内のCu濃度分布、保磁力、残留磁化、角型比を、実施例1と同様にして測定および評価した。これらの測定結果を表3に示す。また、セル壁相内のCu濃度分布の測定結果から、実施例4の焼結磁石は実施例1と同様に、セル壁相の中央部付近にCu濃度が40原子%を超える領域を有していることが確認された。
【0052】
(実施例5、6)
実施例4と同一条件で、表1に示す組成を有する焼結磁石を作製した。得られた焼結磁石の組成、セル壁相内のCu濃度分布、保磁力、残留磁化、角型比を、実施例1と同様にして測定および評価した。これらの測定結果を表3に示す。また、セル壁相内のCu濃度分布の測定結果から、実施例5、6の焼結磁石は実施例1と同様に、セル壁相の中央部付近にCu濃度が40原子%を超える領域を有していることが確認された。
【0053】
(比較例1〜3)
表1に示す組成となるように、各原料を所定の比率で秤量して混合した原料混合物を用いて、実施例1と同様にして合金粉末を調製した。合金粉末を磁界中でプレス成型して圧縮成形体を作製した後、表2に示す条件で焼結工程、溶体化処理工程、および時効処理工程を実施して焼結磁石を作製した。得られた焼結磁石の組成、セル壁相内のCu濃度分布、保磁力、残留磁化、角型比を、実施例1と同様にして測定および評価した。これらの測定結果を表3に示す。セル壁相内のCu濃度分布の測定結果から、比較例1〜3の焼結磁石ではセル壁相内の最大Cu濃度が40原子%に達していないことが確認された。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
【表3】
【0057】
表3から明らかなように、実施例1〜6の焼結磁石はいずれもセル壁相の磁化が弱められており、その結果として高保磁力および高角型比を有していることが分かる。実施例1〜6の焼結磁石は高Fe濃度に基づいて磁化も大きいことが分かる。比較例1〜3の焼結磁石はセル壁相の磁化が大きいために角型比が低く、また保磁力も低いことが分かる。
【0058】
なお、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施し得るものであり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。