(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6030822
(24)【登録日】2016年10月28日
(45)【発行日】2016年11月24日
(54)【発明の名称】斜板式コンプレッサの斜板および斜板式コンプレッサ
(51)【国際特許分類】
F04B 27/12 20060101AFI20161114BHJP
【FI】
F04B27/12 A
F04B27/12 E
【請求項の数】14
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2011-171144(P2011-171144)
(22)【出願日】2011年8月4日
(65)【公開番号】特開2012-92822(P2012-92822A)
(43)【公開日】2012年5月17日
【審査請求日】2014年3月20日
(31)【優先権主張番号】特願2010-217647(P2010-217647)
(32)【優先日】2010年9月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(72)【発明者】
【氏名】谷川 直成
(72)【発明者】
【氏名】沖 芳郎
(72)【発明者】
【氏名】宗田 法和
【審査官】
所村 陽一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−209727(JP,A)
【文献】
国際公開第02/075172(WO,A1)
【文献】
特公昭52−005950(JP,B2)
【文献】
特開2009−062935(JP,A)
【文献】
特開2006−226180(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 27/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板にシューを摺動させ、このシューを介して前記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサの斜板であって、
前記斜板は、耐キャビテーション性を備えた斜板であり、基材が円盤状鋼板からなり、中間層を有さず前記シューと摺動する摺動面に、マトリックス樹脂に少なくともフッ素樹脂と黒鉛とを含む樹脂被膜が基材鋼板に直接形成されており、
前記樹脂被膜は、前記マトリックス樹脂100重量部に対して前記フッ素樹脂を25〜70重量部、前記黒鉛を1〜20重量部含み、該樹脂被膜の引張せん断接着強さが25MPa以上であることを特徴とする斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項2】
前記マトリックス樹脂が、ポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項1記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項3】
前記フッ素樹脂がポリテトラフルオロエチレン樹脂であり、前記黒鉛が固定炭素97.5%以上の黒鉛であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項4】
前記黒鉛が、固定炭素98.5%以上の人造黒鉛であることを特徴とする請求項3記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項5】
前記斜板の基材が、SAPH440からなることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項6】
前記樹脂被膜の表面は、平面度15μm以下、平行度15μm以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項7】
前記樹脂被膜の表面粗さは、0.1〜1.0μmRaであることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項8】
前記斜板は、前記シューと摺動する摺動面に、オイルポケットを有することを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項9】
前記オイルポケットが、斑点状または筋状の凹部であることを特徴とする請求項8記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項10】
前記斑点状または筋状の凹部が、平行な直線状、格子状、渦巻状、放射状または円状であることを特徴とする請求項9記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項11】
前記オイルポケットを除く前記シューとの摺動面の平面部の面積を、摺動面全体の10〜95%としたことを特徴とする請求項8、請求項9または請求項10記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項12】
前記オイルポケットの深さが、0.1mm〜1mmであることを特徴とする請求項8ないし請求項11のいずれか一項記載の斜板式コンプレッサの斜板。
【請求項13】
冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板にシューを摺動させ、このシューを介して前記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサであって、
前記斜板が、請求項1ないし請求項12のいずれか一項記載の斜板であることを特徴とする斜板式コンプレッサ。
【請求項14】
前記冷媒が、炭酸ガスであることを特徴とする請求項13記載の斜板式コンプレッサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエアコンディショナなどに用いられる斜板式コンプレッサの斜板および斜板式コンプレッサに関する。
【背景技術】
【0002】
斜板式コンプレッサは、冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板にシューを摺動させ、このシューを介して斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させるものである。このような斜板式コンプレッサには、両頭形のピストンを用いて冷媒を両側で圧縮、膨張させる両斜板タイプのものと、片頭形のピストンを用いて冷媒を片側のみで圧縮、膨張させる片斜板タイプのものとがある。また、シューは斜板の片側面のみで摺動するものと、斜板の両側面で摺動するものとがある。
【0003】
これらの斜板式コンプレッサでは、運転初期において、冷媒が存在するハウジング内へ潤滑油が到達する前に金属製の斜板とシューが摺動する場合があるので、これらの摺動部が潤滑油のないドライ潤滑状態となり、焼付きが発生しやすい。
【0004】
この焼付きを防止する手段としては、例えば、シューが摺動する金属製斜板の摺動面に、銅系またはアルミニウム系の金属材料を溶射し、この金属溶射層に鉛系めっき、錫系めっき、鉛−錫系めっき、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFE樹脂と記す)系被覆、二硫化モリブデン被覆または二硫化モリブデン・黒鉛混合被覆を施したものが提案されている(特許文献1参照)。また、斜板の摺動面に、アルミニウムの溶射膜を介して、二硫化モリブデンやPTFE樹脂などの固体潤滑剤と、土状黒鉛などの移着量調整剤とポリアミドイミド(以下、PAI樹脂と記す)などのバインダからなる潤滑用被膜を形成したものが提案されている(特許文献2参照)。その他、10〜40vol%のPTFE樹脂をPAI樹脂などの熱硬化樹脂で固めた摺動層を備えたものなどが提案されている(特許文献3参照)。
【0005】
斜板の金属基材と樹脂潤滑被膜の間に銅系、アルミニウム系の溶射層を形成する目的は、樹脂潤滑被膜が焼付いた場合においても、樹脂潤滑被膜が剥がれないようにするためである。銅系、アルミニウム系の軟質金属を使用することで、樹脂潤滑被膜が摩耗したとしても、シューと金属基材が直接摺動しないようにして、取り返しの付かない焼付きの発生を防止している。
【0006】
また、近年開発が行なわれている炭酸ガスを冷媒に用いる斜板式コンプレッサでは、コンプレッサ内の圧力が8〜10MPaにも達するため、斜板とシューとの摺動圧力もこれまでより高くなり、斜板の摺動部にはこれまで以上に焼付きが発生しやすくなるという問題がある。
【0007】
溶射層を形成しなくても耐焼付き性に優れ、炭酸ガスを冷媒に用いる斜板式コンプレッサにも耐用可能なものとして、圧延された鋼板を円盤状にプレス加工した斜板基板の両表面を、研磨加工してシューが摺動する摺動面とし、この摺動面にフッ素樹脂が40〜50重量%配合された低摩擦樹脂被覆層を形成した斜板式コンプレッサの斜板が提案されている(特許文献4参照)。
【0008】
また、シューが摺動する斜板の摺動面に、斑点状または筋状の凹部を形成することで、凹部に潤滑油を保持して摺動面の摩擦摩耗特性を改善して、炭酸ガスを冷媒に用いる斜板式コンプレッサにも耐用可能なものとした斜板式コンプレッサの斜板が提案されている(特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平08−199327号公報
【特許文献2】特開2002−089437号公報
【特許文献3】特開2003−138287号公報
【特許文献4】特開2009−209727号公報
【特許文献5】特開2008−133815号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のように、潤滑膜のアンカー効果のために、基板の表面に中間層として銅系またはアルミニウム系材料からなる溶射層を形成することは、コストアップや斜板の平面精度を低下させるという問題がある。
【0011】
また、自家用自動車のエアコンディショナ(エアコン)用として搭載される斜板式コンプレッサにおいては、さらなる省エネ化、軽量コンパクト化を求められており、シューの小径化によって斜板に局所的にシューが当接し、焼き付きを発生させるという問題がある。
【0012】
また、電気系自動車への対応もあり、電動化に伴う低摩擦化も強く要望されるものの、低摩擦特性、耐摩耗特性、斜板などに形成する被膜の密着強度のバランスを満足する斜板が得られていないという問題がある。
【0013】
更には、近年において、軽量コンパクト化により、斜板が小型化し、より高速高負荷仕様へと変更されてきている。斜板が高面圧、高速で摺動する場合、潤滑油中にキャビテーション(発生した気泡の破裂による衝撃性)が発生し易い環境となるため、摺動被膜が壊食しないようキャビテーションに対して耐性を有するものでなければならない。
【0014】
本発明はこれらの問題に対処するためになされたものであり、摺接するシューの片当たりによる極圧下での条件や潤滑油が枯渇するような条件での耐焼き付き性に優れ、かつ、高面圧・高速で潤滑油存在下においてキャビテーションによる被膜の壊食を防止でき、低摩擦特性、耐摩耗特性、被膜の密着強度、耐キャビテーション性、および経済性をバランスよく満足できる斜板式コンプレッサの斜板およびこれを備えた斜板式コンプレッサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の斜板式コンプレッサの斜板は、冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板にシューを摺動させ、このシューを介して上記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサの斜板であって、上記斜板は、
耐キャビテーション性を備えた斜板であり、基材が円盤状鋼板からなり、中間層を有さず上記シューと摺動する摺動面に、マトリックス樹脂に少なくともフッ素樹脂と黒鉛とを含む樹脂被膜が
基材鋼板に直接形成されており、上記樹脂被膜は、上記マトリックス樹脂100重量部に対して上記フッ素樹脂を25〜70重量部、上記黒鉛を1〜20重量部含み、該樹脂被膜の引張せん断接着強さ(JIS K6850準拠)が25MPa以上であることを特徴とする。
【0016】
上記マトリックス樹脂が、PAI樹脂であることを特徴とする。また、上記フッ素樹脂がPTFE樹脂であり、上記黒鉛が固定炭素97.5%以上の黒鉛であることを特徴とする。また、上記黒鉛が、固定炭素98.5%以上の人造黒鉛であることを特徴とする。
【0017】
上記斜板の基材は、上記樹脂被膜直下の下地となる部分にショットブラスト処理が施されていることを特徴とする。また、上記斜板の基材が、SAPH440からなることを特徴とする。
【0018】
上記斜板の基材は、圧延された鋼板を円盤状にプレス加工した円盤状鋼板からなり、この円盤状鋼板の両表面を研磨加工して、さらに上記ショットブラスト処理が施されていることを特徴とする。また、上記研磨加工が、両頭研磨機によってなされていることを特徴とする。
【0019】
上記樹脂被膜の表面が、両頭研磨機によって研磨加工されていることを特徴とする。
【0020】
上記研磨加工は、上記円盤状鋼板の軸中心を保持したまま回転させ、摺動面となる上面、下面を同時に砥石にて研磨するドライブ式両頭研磨法であることを特徴とする。
【0021】
上記研磨加工された樹脂被膜の表面は、平面度15μm以下、平行度15μm以下であることを特徴とする。なお、平面度、平行度は、JIS B0182で定義されるものである。
【0022】
上記研磨加工された樹脂被膜の表面粗さは、0.1〜1.0μmRaであることを特徴とする。なお、表面粗さRaは、JIS B0601で定義されるものである。
【0023】
上記斜板は、上記シューと摺動する摺動面に、オイルポケットを有することを特徴とする。また、上記オイルポケットが、斑点状または筋状の凹部であることを特徴とする。また、上記斑点状または筋状の凹部が、平行な直線状、格子状、渦巻状、放射状または円状であることを特徴とする。
【0024】
上記オイルポケットを除く上記シューとの摺動面の平面部の面積を、摺動面全体の10〜95%としたことを特徴とする。また、上記オイルポケットの深さが、0.1mm〜1mmであることを特徴とする。
【0025】
本発明の斜板式コンプレッサは、冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板にシューを摺動させ、このシューを介して上記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサであって、上記斜板として本発明の斜板を用いることを特徴とする。また、上記冷媒が、炭酸ガスであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明の斜板式コンプレッサの斜板は、シューと摺動する摺動面に、マトリックス樹脂に少なくともフッ素樹脂と黒鉛とを含む樹脂被膜が形成されており、該樹脂被膜は、マトリックス樹脂100重量部に対してフッ素樹脂を25〜70重量部、黒鉛を1〜20重量部含み、該樹脂被膜の引張せん断接着強さが25MPa以上であるので、樹脂被膜の低摩擦特性と耐摩耗特性に優れ、かつ、該樹脂被膜の引張せん断接着強さが高く、斜板基材との被膜の密着強度も高くなる。このため、斜板が受ける面圧が10MPa以上の斜板式コンプレッサにも樹脂被膜が剥がれることなく使用に耐用できる。さらに、耐キャビテーション性に優れ、潤滑油存在下でのキャビテーションによる樹脂被膜の壊食を防止できる。
【0027】
上記マトリックス樹脂がPAI樹脂であるので、耐熱性、耐摩耗特性および斜板基材との密着性に優れる。また、上記フッ素樹脂がPTFE樹脂であり、上記黒鉛が固定炭素97.5%以上の黒鉛であるので、入手が容易であるとともに比較的安価であり、斜板のコストダウンに繋がる。特に、上記黒鉛が、固定炭素98.5%以上の人造黒鉛であるので、潤滑特性に優れる。
【0028】
上記斜板の基材は、樹脂被膜直下の下地となる部分にショットブラスト処理が施されているので、金属溶射層などの中間層を設けなくとも樹脂被膜との密着強度に優れる。また、上記斜板の基材がSAPH440からなるので、プレス加工が可能であり、斜板の製造が簡略化可能となり、コストダウンに繋がる。
【0029】
上記斜板の基材は、圧延された鋼板を円盤状にプレス加工した円盤状鋼板からなり、この円盤状鋼板の両表面を研磨加工して、さらに上記ショットブラスト処理が施されているので、斜板基材を精度よく加工することができる。これにより、後工程(研磨工程)、組み立て工程での精度を確保することができ、斜板の仕上がり精度に好適に影響する。また、上記研磨加工が、両頭研磨機によってなされているので、斜板基材の両面の平行度を精度よく加工することができる。これにより、斜板の仕上がり精度に好適に影響する。以上のような研磨加工により、斜板の基材表面の平面精度が良好になるため、斜板両面の樹脂被膜の膜厚不同が少なく、樹脂被膜の研磨工程においても、被膜厚みのバラツキを制御しやすくなる。
【0030】
上記樹脂被膜の表面が、両頭研磨機によって研磨加工(仕上げ加工)されているので、斜板摺動面の両面の平行度を精度よく加工することができる。また、研磨加工された上記樹脂被膜の表面粗さが、0.1〜1.0μmRaであるので、シューと摺動する樹脂被膜摺動面における真実接触面積が大きくなり、実面圧を下げることができる。そのため、焼き付きを防止することができる。
【0031】
上記斜板は、シューと摺動する摺動面に、オイルポケットを有するので、希薄潤滑時における潤滑作用を補うことができる。また、オイルポケットを除くシューとの摺動面の平面部の面積を、摺動面全体の10〜95%とするので、潤滑油量不足となることを防止できる。また、オイルポケットの深さが、0.1mm〜1mmであるので、潤滑油の保持効果に優れる。
【0032】
本発明の斜板式コンプレッサは、上述した斜板を備えたものであるので、小径のシューが局所的に当接した状態となる場合や、表面が特殊加工していないSUJ2などの安価なシューを使用した場合、潤滑油が枯渇するような場合でも、耐焼き付き性に優れ、斜板の焼き付きに起因したトラブルを回避可能であり、安心、長寿命な斜板式コンプレッサとなる。また、高面圧仕様にも使用可能であるため、炭酸ガスあるいはHFC1234yfを冷媒に用いたものに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本発明の斜板式コンプレッサの一例を示す縦断面図である。
【
図4】オイルポケットを設けた斜板を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明の斜板式コンプレッサの一実施例を図面に基づき説明する。
図1は、本発明の斜板式コンプレッサの一例を示す縦断面図である。
図1に示す斜板式コンプレッサは、炭酸ガスを冷媒に用いるものであり、冷媒が存在するハウジング1内で、回転軸2に直接固定するように斜めに取り付けた斜板3の回転運動を、斜板3の両側面で摺動するシュー4を介して両頭形ピストン5の往復運動に変換し、ハウジング1の周方向に等間隔で形成されたシリンダボア6内の各ピストン5の両側で、冷媒を圧縮、膨張させる両斜板タイプのものである。高速で回転駆動される回転軸2は、ラジアル方向を針状ころ軸受7で支持され、スラスト方向をスラスト針状ころ軸受8で支持されている。
【0035】
斜板3は、連結部材を介して間接的に回転軸2に固定される態様でもよい。また、斜めではなく直角に取り付けられる態様であってもよい。本発明の斜板式コンプレッサの斜板の主な特徴は、シューとの摺動面に所定の樹脂被膜を形成する点にあるので、これらいずれの態様の斜板式コンプレッサについても適用可能である。
【0036】
各ピストン5には斜板3の外周部を跨ぐように凹部5aが形成され、この凹部5aの軸方向対向面に形成された球面座9に、半球状のシュー4が着座されており、ピストン5を斜板3の回転に対して相対移動自在に支持する。これによって、斜板3の回転運動からピストン5の往復運動への変換が円滑に行われる。また、必要に応じて、シュー4の表面は、ニッケルめっきなどの摺動特性改善のための加工が施されていてもよい。
【0037】
斜板3の基材3aの材質としては、特に限定されないが、SAPH440とすることで、プレス加工が可能で斜板の製造が簡略化可能となり、コストダウンに繋がるため好ましい。
【0038】
斜板3の基材3aは、圧延された鋼板を円盤状にプレス加工した円盤状鋼板からなり、この円盤状鋼板の両表面を研磨加工してシュー4が摺動する摺動面にしている。研磨加工は、両頭研磨機を用いて行なうことで、斜板基材の両面の平行度を精度よく加工することができる。両頭研磨機を用いた研磨加工法としては、例えば、円盤状鋼板の軸中心を保持したまま回転させ、摺動面となる上面、下面を同時に砥石にて研磨するドライブ式両頭研磨法が採用できる。これらの研磨加工により、斜板の基材表面の平面精度が良好になるため、斜板両面の樹脂被膜の膜厚不同が少なく、樹脂被膜の研磨工程においても、被膜厚みのバラツキを制御しやすくなる。
【0039】
これらの研磨加工に加えて、さらに、斜板3の基材3aにおいて、樹脂被膜直下の下地となる部分にショットブラスト処理を施すことが好ましい。これにより、金属溶射層などの中間層を設けなくとも樹脂被膜との密着強度に優れ、剥がれも少なくなる。また、溶射層を形成しないことで、コストダウンに繋がり、斜板の平面精度の低下も防止できる。
【0040】
図2および
図3に示すように、斜板3の基材3aにおけるシュー4との摺動面、すなわち、基材3aの両側面の表面には、マトリックス樹脂に少なくともフッ素樹脂と黒鉛とを含む樹脂被膜10が形成されている。本発明では、この樹脂被膜10が、マトリックス樹脂100重量部に対してフッ素樹脂を25〜70重量部、黒鉛を1〜20重量部含み、該樹脂被膜の引張せん断接着強さ(JIS K6850準拠)が25MPa以上(好ましくは30MPa以上)であることを特徴としている。斜板3にこのような樹脂被膜を形成することで、斜板が受ける面圧が10MPa以上の場合でも樹脂被膜が剥がれることなく使用でき、低摩擦特性、耐摩耗特性、被膜の密着強度、および、潤滑油存在下での耐キャビテーション性をバランスよく満足させることができる。
【0041】
マトリックス樹脂としては、斜板の使用時に熱劣化することのない耐熱性を有し、フッ素樹脂を結着させ、樹脂被膜を斜板基材に強固に密着させることのできる耐熱性樹脂であれば使用できる。マトリックス樹脂としては、例えば、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、PAI樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂などが挙げられる。これらの中でも、耐熱性、耐摩耗特性および斜板基材との密着性に優れることから、PAI樹脂を用いることが好ましい。
【0042】
PAI樹脂は、高分子主鎖内にイミド結合とアミド結合とを有する樹脂である。PAI樹脂の中でも、イミド結合、アミド結合が芳香族基を介して結合している芳香族系PAI樹脂が好ましい。芳香族系PAI樹脂であると、下地である斜板基材との結着性に優れ、かつ得られる樹脂被膜の耐熱性が特に優れる。ここで、芳香族系PAI樹脂のイミド結合は、ポリアミド酸などの前駆体であっても、また閉環したイミド環であってもよく、さらにはそれらが混在している状態であってもよい。
【0043】
このような芳香族系PAI樹脂は、芳香族第一級ジアミン、例えばジフェニルメタンジアミンと芳香族三塩基酸無水物、例えばトリメリット酸無水物のモノまたはジアシルハライド誘導体から製造されるPAI樹脂、芳香族三塩基酸無水物と芳香族ジイソシアネート化合物、例えばジフェニルメタンジイソシアネートとから製造されるPAI樹脂などがある。さらに、アミド結合に比べてイミド結合の比率を大きくしたPAI樹脂として、芳香族、脂肪族または脂環族ジイソシアネート化合物と芳香族四塩基酸二無水物および芳香族三塩基酸無水物とから製造されるPAI樹脂などがあり、いずれのPAI樹脂であっても使用することができる。
【0044】
フッ素樹脂としては、低摩擦で非粘着性を樹脂被膜に付与でき、かつ斜板の使用温度雰囲気に耐える耐熱性を有するものであれば使用できる。フッ素樹脂としては、例えば、PTFE樹脂、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル(PFA)共重合体樹脂、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン(FEP)共重合体樹脂、テトラフルオロエチレン−エチレン(ETFE)共重合体樹脂などが挙げられる。これらの中でも、PTFE樹脂の粉末を用いることが好ましい。PTFE樹脂は、約340〜380℃の溶融粘度が約10
10〜10
11Pa・sと高く、融点を越えても流動し難く、フッ素樹脂の中では最も耐熱性に優れ、低温下でも優れた性質を示し、摩擦摩耗特性にも優れる。
【0045】
PTFE樹脂としては、−(CF
2−CF
2)n−で表される一般のPTFE樹脂を用いることができ、また、一般のPTFE樹脂にパーフルオロアルキルエーテル基(−C
pF
2p−O−)(pは1−4の整数)あるいはポリフルオロアルキル基(H(CF
2)
q−)(qは1−20の整数)などを導入した変性PTFE樹脂も使用できる。これらのPTFE樹脂および変性PTFE樹脂は、一般的なモールディングパウダーを得る懸濁重合法、ファインパウダーを得る乳化重合法のいずれを採用して得られたものでもよい。
【0046】
PTFE樹脂粉末の平均粒子径(レーザー解析法による測定値)は、特に限定されるものではないが、樹脂被膜の表面平滑性を維持するため、30μm以下とすることが好ましい。
【0047】
PTFE樹脂粉末としては、PTFE樹脂をその融点以上で加熱焼成したものを使用できる。また、加熱焼成した粉末に、さらにγ線または電子線などを照射した粉末も使用できる。これらのPTFE樹脂粉末は、加熱焼成等されていないPTFE樹脂(モールディングパウダー、ファインパウダー)と比較して、樹脂被膜を形成する樹脂塗料中での均一分散性に優れ、形成された樹脂被膜の耐摩耗特性が優れる。
【0048】
上記PTFE樹脂などのフッ素樹脂は、樹脂被膜においてマトリックス樹脂100重量部に対して25〜70重量部配合される。フッ素樹脂の配合量が25重量部未満であると、低摩擦特性が劣化し、発熱による摩耗促進が発生するおそれがある。また、コーティング時の作業性も悪化する。一方、フッ素樹脂の配合量が70重量部をこえると低摩擦特性は優れるが、被膜強度および耐摩耗特性が劣化し、摺接するシューが片当たりした場合の極圧下においては異常摩耗のおそれがある。特に、フッ素樹脂の配合量を40〜50重量部にした場合、引張せん断接着強さは35MPaをこえ、摺接するシューの片あたりによる極圧下条件などへの安全率が十二分に確保できる。なお、マトリックス樹脂100重量部に対して、フッ素樹脂の配合量が70重量部をこえるとは、樹脂被膜中に占めるフッ素樹脂の含有量に換算すると約40重量%をこえるような場合である。
【0049】
黒鉛は固体潤滑剤として優れた特性を有することは周知であり、斜板の固体潤滑剤としても使用されている。黒鉛は、天然黒鉛と人造黒鉛に大別される。また、形状としては、りん片状、粒状、球状などがあるが、いずれも使用できる。人造黒鉛は製造工程中にできるカーボランダムのため潤滑性能を阻害されることと、黒鉛化の十分に進んだ黒鉛を造ることが難しいため一般的には潤滑剤には適していないとされている。天然黒鉛は完全に黒鉛化されたものが産出されるため、非常に高い潤滑特性を有しており固体潤滑剤として適している。しかし、不純物を多く含み、この不純物が潤滑性を低下させるため、不純物を除去しなければならないが、完全に除去することは困難である。
【0050】
黒鉛としては、固定炭素97.5%以上の黒鉛の使用が好ましく、さらには、固定炭素98.5%以上の人造黒鉛が好ましい。このような黒鉛は、潤滑油とのなじみ性が高く、表面に潤滑油が付着していなくても黒鉛中に微量に含浸された潤滑油によって潤滑性が維持される。
【0051】
上記黒鉛は、摩擦摩耗特性を改質する目的で、樹脂被膜においてマトリックス樹脂100重量部に対して1〜20重量部配合される。黒鉛の配合量が1重量部未満であると黒鉛を配合した場合の摩擦摩耗特性の改質効果が認められない。一方、黒鉛の配合量が20重量部をこえると被膜の密着性を損ない、剥がれの原因となる。なお、マトリックス樹脂に対するフッ素樹脂や黒鉛などの添加剤の総量が15重量部より少ないと樹脂被膜にムラが発生し、所要の寸法精度を得ることが難しくなる。
【0052】
樹脂被膜は、上記マトリックス樹脂、フッ素樹脂、黒鉛の他に、本発明の斜板の必要特性を著しく低下させない範囲であれば他の添加剤を含んでも構わないが、樹脂被膜の引張せん断接着強さ、低摩擦特性、耐摩耗特性、耐キャビテーション性を最もバランスよく得ることができるのは、実質的にマトリックス樹脂とフッ素樹脂と黒鉛との3成分によって形成される場合である。
【0053】
また、樹脂被膜において、マトリックス樹脂をPAI樹脂とし、フッ素樹脂をPTFE樹脂とし、黒鉛を固定炭素97.5%以上の黒鉛とすることで、それぞれの入手が容易であるとともに比較的安価であり、斜板のコストダウンに繋がる。
【0054】
コンプレッサの軽量化、小型化に伴い斜板自身も小型化し、高出力を維持すべく高速高荷重での仕様特性が求められる。潤滑油中での高速高荷重運転ではキャビテーションが発生し易いため、キャビテーションによる壊食が生じないよう樹脂被膜には耐キャビテーション性が求められる。耐キャビテーション性を保つためには、マトリックス樹脂であるPAI樹脂などの配合比率を、固体潤滑剤に対して高める必要がある。フッ素樹脂の配合量が70重量部をこえると、バインダの役割を担うマトリックス樹脂の配合比率が小さくなり、キャビテーション耐性が十分でない。また、マトリックス樹脂100重量部に対してフッ素樹脂や黒鉛などの添加剤の総量が90重量部をこえると、キャビテーションによる被膜壊食が生じやすいが、それ以下であることで耐キャビテーション性は確保され望ましい。
【0055】
本発明の樹脂被膜は、樹脂塗料をスプレーコーティングすることで形成する。また、ロールコートなども可能である。樹脂塗料は固形分であるマトリックス樹脂、フッ素樹脂および黒鉛を、上述の配合割合で、溶剤類に分散または溶解させることにより得られる。溶剤類としては、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、酢酸メチル、酢酸エチルなどのエステル類、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、メチルクロロホルム、トリクロロエチレン、トリクロロトリフルオロエタンなどの有機ハロゲン化化合物類、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、メチルイソピロリドン(MIP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAC)などの非プロトン系極性溶剤類などを使用することができる。これらの溶剤類は、単独または混合物として使用することができる。
【0056】
上記樹脂塗料を基材にスプレーコーティングなどにより塗布、焼成することで硬化・密着された樹脂被膜は、焼成後の厚さで20μm〜50μmの膜厚とする。この膜厚20μm〜50μmの樹脂被膜を、両頭研磨機によって8μm〜30μmの膜厚に加工し、最終の仕上げ精度、平面度15μm以下、平行度15μm以下とすることができる。樹脂被膜が、両頭研磨機によって研磨加工(仕上げ加工)されているので、斜板摺動面の両面の平行度を精度よく加工することができる。また、下地となる斜板基材の精度も優れるため、樹脂被膜の均膜性が確保され、潤滑油による安定した境界潤滑状態を実現し、潤滑油が枯渇した際にも、境界潤滑状態で摩擦摩耗特性を安定化させることができる。
【0057】
上記樹脂被膜の表面粗さは、研磨砥石の番手により変えることが可能で、0.1〜1.0μmRaが好ましい。表面粗さが、0.1μmRa未満では摺動面への潤滑油の供給が不足し、1.0μmRaをこえると摺動面での真実接触面積が低下により、局部的に高面圧となり、焼き付くおそれがあるからである。さらに好ましくは、表面粗さ0.2〜0.8μmRaである。
【0058】
斜板3は、シュー4と摺動する摺動面に、希薄潤滑時における潤滑作用を補うため、オイルポケットを有することが好ましい。オイルポケットの態様としては、斑点状または筋状の凹部が挙げられる。斑点状または筋状の凹部としては、平行な直線状、格子状、渦巻状、放射状または円状などが挙げられる。オイルポケットは、基材製造時に形成することが望ましく、プレス後に旋削加工などで設けることができる。本発明の斜板では、
図4に示すような、斜板の円中心と同心円状の0.5mm〜8mm幅の凹部(円周溝)11とすることが好ましい。この場合、円周溝の位置は、摺接するシューの中央部に合致させることが好ましい。また、オイルポケットの深さは、0.1mm〜1mmとすることが好ましい。
【0059】
オイルポケットを除くシューとの摺動面の平面部の面積は、摺動面全体の10〜95%(面接触率)とすることが好ましい。また、面接触率は30〜80%とすることがより好ましい。面接触率が10%未満では、平面部がシューとの接触面圧で塑性変形するおそれがあり、95%をこえるとオイルポケットに保持される潤滑油の量が不足し、オイルポケットを形成する効果が薄くなる。
【0060】
オイルポケットの最も好ましい態様は、0.5mm〜8mm幅で深さ0.1mm〜1mmの同心円状の円周溝であり、シューとのすべり面接触率を30〜70%に調整したオイルポケットである。
【0061】
本発明の斜板式コンプレッサは、以上のような斜板を備えたものであるので、小径のシューが局所的に当接した状態となる場合や、表面が特殊加工していないSUJ2などの安価なシューを使用した場合や、潤滑油が枯渇するような場合でも、耐焼き付き性に優れる。また、高面圧・高速で潤滑油存在下においてキャビテーションによる被膜の壊食を防止できる。さらに、コストダウンが図れる。
【実施例】
【0062】
実施例1〜実施例8
SAPH440鋼板をプレス加工によって円盤状に成形した後、旋盤にて厚み6.5mm×φ90mmの粗加工を行った。その後、両頭研磨機(砥石:#80)で、平面度:5μm以下、平行度:5μm以下、厚み6.36mmとなるように両面を研磨した。次に、円板基材の研磨面にショットブラスト(Rz5.0μm狙い)を行い、表面粗度を高めた。さらに、固形分として表1の配合の樹脂塗料を、スプレーコート法で円板基材のショットブラストされた両面に焼成後30μmとなるように塗布し、240℃で焼成後に両頭研磨機(砥石:樹脂用#400)にて両面を研磨して最終仕上げ加工(平面度:15μm以下、平行度:15μm以下、厚み6.40mm、表面粗さ0.6〜0.7Raμm)を行ない試験片を得た。なお、実施例4、5については基材を旋盤で機械加工する際に円中心から同心円状に所定の円状溝を設けた(
図4参照)。円周溝の位置は摺接するシューの中央部に合致させた。
【0063】
樹脂塗料の固形分は以下のとおりである。樹脂塗料は、PAI樹脂をN−メチルピロリドンに分散させたPAI樹脂ワニスを用い、これにPTFE樹脂と黒鉛粉末を配合して希釈して調整した。
(a)PTFE:PTFE樹脂(平均粒子径10μm、加熱焼成材)
(b)PAI:ガラス転移温度245℃品
(c)黒鉛粉末:人造黒鉛(平均粒子径10μm)
【0064】
実施例9〜12
実施例1と同方法で基材を加工した。次に該基材について、表1の実施例3と同一配合の樹脂塗料をスプレーコート法でそれぞれの両面に焼成後30μmとなるように塗布した。焼成後に平面研磨機にて研磨して最終仕上げ加工(平面度:15μm以下、平行度:15μm以下、厚み6.40mm)を行ない試験片を得た。その際、4種類の砥石(樹脂用#2000、#600、#230、#120)にて表面粗さの異なる試験片を作製した。
【0065】
比較例1〜比較例5
実施例1と同方法で比較例の基材を加工した。次に該基材について、表2の配合の樹脂塗料をスプレーコート法でそれぞれの両面に焼成後30μmとなるように塗布した。焼成後に平面研磨機(砥石:樹脂用#400)にて研磨して最終仕上げ加工(平面度:15μm以下、平行度:15μm以下、厚み6.40mm、表面粗さ0.6〜0.7Raμm)を行ない試験片を得た。なお、表1および表2に示す「樹脂被膜の表面粗さ」は、各試験片の研磨表面の5箇所での測定値の平均値を示す。
【0066】
<摩擦摩耗試験>
実施例と比較例の各試験片に対して、3つの鋼製シュー(SUJ2,φ13mm(有効すべり部位))を摺動させるスラスト型試験機(3シュー・オン・タイプ)を用いた摩擦摩耗試験を行い、60分後の摩擦係数を測定した。試験条件は以下の通りである。
荷重 :400N
摺動速度:32m/min
潤滑条件:乾式
試験時間:60分間
【0067】
<限界面圧試験>
摩擦摩耗試験と同じスラスト型試験機(3シュー・オン・タイプ)を用いて限界面圧を確認した。試験条件は以下のとおりである。急激な摩擦係数の変動、局部も含めた下地露出が発生した面圧の1つ手前の面圧を限界面圧(MPa)として定義した。摺接するシューの片あたりによる極圧下状態への耐力として判断する。
面圧 :8MPaから1時間毎に1MPaを付与
摺動速度:25m/sec
潤滑条件:冷凍機油中(100℃、循環あり)
【0068】
<引張せん断試験>
被膜強度を測定するため、実施例と比較例の各試験片のすべり面を表面処理剤(テトラH)にて表面処理し、SPCC鋼材(SS400、15×45×2mm)とエポキシ系2液接着剤を用いて接着した。接着条件は、試験片を0.5MPaで固定し、そのまま電気炉内に入れ、110℃×45分間放置して硬化させた。接着面積は2cm
2である。得られた各試験片について引張り試験機(島津製作所製オートグラフ)で5mm/分の速度で金属板を引っぱり、引張せん断接着強さ(MPa)を測定した。なお、表中の剥離部位における「素材破壊」とは、樹脂被膜自体が破壊されたものであり、「界面剥離」とは、樹脂被膜と斜板基材との界面で剥離したものである。
【0069】
<耐キャビテーション試験>
キャビテーション試験・対向式にて耐キャビテーション性を評価した。試験条件は下記のとおりである。表面に樹脂被膜を形成した平面板を水中にセットし、すぐ上方に振動子をセットし、振動子を超音波振動させることで故意的にキャビテーションを発生させ、樹脂被膜を攻撃して耐久性を評価した。試験後の樹脂被膜の状態を目視および針触型の形状測定器で確認し、変色等影響のない程度の微小な壊食があったものを「○」、深さ10μm未満の壊食があったものを「△」、深さ10μm以上の壊食があったものを「×」としてそれぞれ記録した。
振動数 :18kHz
試験時間:10min
試験環境:水中(常温)
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
各実施例は、いずれも試験初期から60分後までの摩擦係数が安定しており、限界面圧(摩耗特性)、被膜の密着強度、耐キャビテーション性のバランスも確保されている。特に、溝を設けた実施例4、5は摩擦軽減が確認され、より全体のバランスが取れている。また、研磨後の表面粗さを0.1〜1.0μmRaとした実施例1〜10は、表面粗さが0.1μmRa未満である実施例11、および表面粗さが1.0μmRaをこえる実施例12よりも、限界面圧(摩耗特性)が高いことが分かる。
【0073】
一方、比較例1は、樹脂被膜にムラが生じていたため、耐キャビテーション性以外の各試験は未実施である。比較例2、3は、摩擦係数は小さく優れているが、限界面圧が10MPaに達しなかった。また、黒鉛をまったく含まない比較例4および黒鉛が多すぎる比較例5では、いずれの場合も限界面圧が劣った。
【0074】
以上の結果より、本発明に係る斜板は、低摩擦特性、耐摩耗特性、被膜の密着強度、耐キャビテーション性のバランスが充分であり、摺接するシューの片あたりなどの極圧化での耐摩耗特性、冷凍機油が枯渇するような条件での耐焼付き性に優れたものであることが分かった。さらに、コンプレッサ内の圧力が10MPaにも達する炭酸ガスを冷媒に用いる斜板式コンプレッサに使用しても、十分に耐用可能であることが分かった。また、摺接するシューが摺動する斜板の摺動面に、オイルポケットを形成することで、さらなる低摩擦化を実現できることが分かった。これにより、本発明の斜板は、従来品よりも経済的(低コスト)であるとともに、斜板式コンプレッサの運転において、摺接するシューの片あたりなどの極圧化条件、および冷凍機油が枯渇したような条件でも安定した境界潤滑状態を得る有効な対策であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の斜板式コンプレッサの斜板は、低摩擦特性、耐摩耗特性、被膜の密着強度、耐キャビテーション性、および経済性をバランスよく満足できるので、炭酸ガスなどを冷媒とし、高速高負荷仕様である近年の斜板式コンプレッサにも好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0076】
1 ハウジング
2 回転軸
3 斜板
3a 基材
4 シュー
5 ピストン
5a 凹部
6 シリンダボア
7 針状ころ軸受
8 スラスト針状ころ軸受
9 球面座
10 樹脂被膜
11 凹部(円周溝)