(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
鋼製品には、脱酸生成物やスラグなどを起源とする酸化物系非金属介在物、鋼中の硫黄がマンガンなどと反応して析出・生成する硫化物系非金属介在物、鋼中の窒素がアルミニウムなどと反応して析出・生成する窒化物系非金属介在物など、種々の非金属介在物が存在する。ここでは、酸化物系非金属介在物、硫化物系非金属介在物、窒化物系非金属介在物などをまとめて非金属介在物と呼ぶ。
【0003】
鋼中に存在する非金属介在物は鋼製品の特性を劣化させる。例えば、石油輸送用や天然ガス輸送用のラインパイプ材として使用されるUOE鋼管や電気抵抗溶接鋼管においては、サワーガスの作用により非金属介在物、特に、高延伸性で圧延時に変形する硫化物系非金属介在物を起点として水素誘起割れ(「HIC;Hydrogen Induced Cracking」ともいう)が発生する。
【0004】
そこで、耐水素誘起割れ特性が要求される鋼製品では、水素誘起割れの原因となる、高延伸性の硫化物系非金属介在物であるマンガン−サルファイド(MnS)の生成を防止するために、溶鋼中にカルシウム(Ca)を添加し、鋼中の硫化物系非金属介在物を非延伸性であるカルシウム−サルファイド(CaS)に形態制御することが行われている。
【0005】
溶鋼にカルシウムを添加することで、カルシウムは、酸素との親和力が強いことから脱酸生成物であるアルミナ(Al
2O
3)とも反応し、CaO−Al
2O
3系非金属介在物が生成される。溶鋼にカルシウムを添加する際、カルシウムが不足すると鋼中の硫黄と反応しきれずMnSを生成してしまい、カルシウムが過剰であると、高CaO濃度のCaO−Al
2O
3系非金属介在物が生成し、それぞれが耐水素誘起割れ特性の悪化の原因となる。そのため、鋼材の耐水素誘起割れ特性の向上には、溶鋼中の非金属介在物が適正な組成に形態制御されるように、カルシウムを添加することが必要となる。
【0006】
こうした知見に基づき、溶鋼組成のみならず、非金属介在物組成を制御するための方法が報告されている。
【0007】
例えば、特許文献1には、耐水素誘起割れ特性の向上や連続鋳造機のタンディッシュノズルの閉塞防止を目的として、電解抽出法による鋼中のカルシウム系非金属介在物の分析方法が提案されている。特許文献1によれば、耐水素誘起割れ特性への影響が大きいCaO濃度の高い非金属介在物を、電解時に溶損させることなく確実に抽出することができるとしている。
【0008】
また、特許文献2には、一次精錬終了後の溶鋼に対して二次精錬を行い、更に、二次精錬終了後の溶鋼に、溶鋼中の酸素濃度に応じてカルシウムを添加し、非金属介在物の形態制御を行うことによって、耐水素誘起割れ特性及び耐硫化物応力割れ特性に優れた高強度・高耐食性油井管用鋼材を溶製する方法が提案されており、特許文献3には、鋼中の非金属介在物の主成分をカルシウム、アルミニウム、酸素及び硫黄とし、非金属介在物中のCaO含有率が30〜80%、非金属介在物中のCaS含有率が25質量%以下、且つ、鋼中の窒素含有率と非金属介在物中のCaO含有率との比を所定の範囲内とする、耐水素誘起割れ特性に優れた鋼管用鋼が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
一般的な耐水素誘起割れ特性の評価法として知られるNACE(National Association of Corrosion Engineers)に規定される評価法は、試験溶液に試験片を96時間浸漬することが必要であり、鋳造直後に鋳片から切り出した試料を用いて評価試験しても、試験結果が得られるのは鋳造から4日以上経過した後となる。熱間圧延後や造管後の鋼材から切り出した試料を用いて評価試験する場合には、更に時間を要する。そのため、実際の製造工程では、耐水素誘起割れ試験の結果が得られてから次の製造工程に進む、或いは、見込みで工程を進めておくことが行われており、何れの場合も、耐水素誘起割れ試験結果が不合格の場合には、製造したものを不合格品として処分するしかなく、生産性の面から課題があった。
【0011】
そのため、できるだけ早い段階で耐水素誘起割れ特性を予測する方法が望まれていた。この予測方法としては、水素誘起割れの起点となる非金属介在物の組成及びその分布と耐水素誘起割れ特性とを関連付けることが有効と考えられる。
【0012】
この観点から、上記従来技術を検証すれば、上記従来技術には以下の問題がある。
【0013】
即ち、特許文献1は、抽出された全非金属介在物の平均組成を定量する方法であり、本発明者らの調査の結果、この方法では、粗大な非金属介在物の情報の影響が大きくなり過ぎる傾向にあり、耐水素誘起割れ特性を評価する方法としては充分な精度が得られないことがわかった。
【0014】
また、特許文献2及び特許文献3には、電子顕微鏡を用いて非金属介在物を検査することが記述されているのみで、電子顕微鏡を用いて非金属介在物を検査する際の具体的な定量方法についての記載がない。
【0015】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、カルシウムの添加された溶鋼から採取した試料、カルシウムの添加された溶鋼を連続鋳造によって製造した鋳片、この鋳片を圧延して得た圧延鋼材、或いは、この圧延鋼材を造管して得た鋼管での耐水素誘起割れ特性を、これらでの非金属介在物の組成及び分布状態から迅速に推定することのできる、カルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性の推定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するべく、カルシウム添加鋼の非金属介在物の存在状態を詳細に調査した。その結果、粒径が1μm程度以上の非金属介在物を対象とし、その組成及び分布状態を統計的に調べることにより、カルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を精度良く推定できることを知見した。
【0017】
具体的には、多くの非金属介在物を対象とした測定・評価に好適に利用することのできる粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡(SEM;Scanning Electron Microscope)を使用し、この走査型電子顕微鏡に備えられているEDS(エネルギー分散型X線分析装置;Energy Dispersive X-ray Spectrometer)を用いて、カルシウム添加鋼中の非金属介在物の組成及びサイズを調査した。そして、1μm程度以上の大きさを有する非金属介在物を測定対象として個々の組成を調べ、非金属介在物のCaOとAl
2O
3との比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が、1.0ないし10.0の範囲で選択した任意の値以上である非金属介在物の個数を調べることで、カルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性の迅速な評価ができることを知見した。これは、カルシウム添加鋼において、カルシウムが過剰になると、高CaO濃度のCaO−Al
2O
3系非金属介在物が生成し、これが耐水素誘起割れ特性の悪化の原因となることに基づいている。
【0018】
本発明は上記知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1]鋼中の非金属介在物の組成及び分布状態からカルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を推定する方法であって、
カルシウムの添加された溶鋼から採取された試料の鏡面研磨面、または、カルシウム添加鋼の鋳片、圧延鋼材若しくは圧延鋼材を造管した鋼管の鏡面研磨面の20mm
2以上を測定対象領域として走査型電子顕微鏡で観察し、所定の大きさ以上の非金属介在物を検出し、検出された各非金属介在物をEDS(エネルギー分散型X線分析装置)によって組成分析する工程と、
EDSによる組成分析結果に基づき、下記の(1)式、(2)式、(3)式によって個々の非金属介在物のCaO分率(質量%)を算出する工程と、
EDSによる組成分析結果に基づき、下記の(4)式によって個々の非金属介在物のAl
2O
3分率(質量%)を算出する工程と、
(1)式〜(3)式によって算出されるCaO分率と(4)式によって算出されるAl
2O
3分率とから、個々の非金属介在物のCaOとAl
2O
3との比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))を求める工程と、
比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0ないし10.0の範囲で選択した任意の値以上である非金属介在物の粒子数を計数する工程と、
予め求めた、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0ないし10.0の範囲で選択した任意の値以上である非金属介在物の単位面積あたりの粒子数と、耐水素誘起割れ特性との関係式を用いて、耐水素誘起割れ特性を推定する工程と、
を有することを特徴とする、カルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性の推定方法。
MnSとしてのS分率(質量%)=[Mn]×[S原子量]/[Mn原子量]…(1)
CaSとしてのCa分率(質量%)=([S]-[MnSとしてのS分率])×[Ca原子量]/[S原子量]…(2)
CaO分率(質量%)=([Ca]-[CaSとしてのCa分率])×[CaO原子量]/[Ca原子量]…(3)
Al
2O
3分率(質量%)=[Al]×[Al
2O
3原子量]/[2×Al原子量]…(4)
但し、(1)式における[Mn]は、EDSによる非金属介在物中のマンガン分析値(質量%)、(2)式における[S]は、EDSによる非金属介在物中の硫黄分析値(質量%)、(3)式における[Ca]は、EDSによる非金属介在物中のカルシウム分析値(質量%)、(4)式における[Al]は、EDSによる非金属介在物中のアルミニウム分析値(質量%)である。
[2]粒径が1μm以上の非金属介在物をEDSによる組成分析の対象とすることを特徴とする、上記[1]に記載のカルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性の推定方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、鋼中の非金属介在物の組成分析結果に基づく比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が閾値以上の非金属介在物粒子数と、耐水素誘起割れ特性との相関関係から、耐水素誘起割れ特性を推定するので、従来に比較して迅速にカルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を評価することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
カルシウム添加鋼においては、カルシウムの添加が過剰になると、高CaO濃度のCaO−Al
2O
3系非金属介在物が生成し、これが水素誘起割れの起点となる。そこで、本発明では、鋼中に存在する非金属介在物のなかで、非金属介在物のCaOとAl
2O
3との比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0ないし10.0の範囲で選択した任意の値以上となる非金属介在物の分布状態からカルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を推定する。
【0023】
従って、本発明では、鋼中に存在する数多くの非金属介在物粒子のそれぞれの組成を調査することが必要となる。また、鋼中の非金属介在物は偏在することもある。このような場合には、粗大な非金属介在物のみに捉われず、粒径が1μm程度以上の小さな非金属介在物をも含めて統計精度が得られるのに充分な数の非金属介在物粒子を調査対象とすることが重要となる。また、同時に、耐水素誘起割れ特性を評価するのに充分な披検面積を確保することが必要となる。
【0024】
これらを考慮すると、本発明においては、多くの非金属介在物を対象とした測定・評価に好適である、粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡を使用して鋼中の非金属介在物を調査することが最適である。この場合、非金属介在物の組成を定量分析することが必要であるので、EDSが備えられた走査型電子顕微鏡であることが最適である。EDSが備えられた、粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡を用いれば、比較的広い領域を測定対象とすることができ、数千個〜数万個という非金属介在物粒子の組成を自動的に調査することができる。検査対象試験片の前処理や走査型電子顕微鏡での観察・EDS分析の方法は、一般的な方法で構わない。
【0025】
対象とする非金属介在物の大きさは、測定領域や結果判明に必要とされる時間にも影響されるが、今回の調査では、およそ粒径1μm程度以上が適切であることが確認された。余り小さい粒子を対象にすると、観察倍率を高くしなければならないことに加え、試料表面状態の僅かな違いを反映した非金属介在物以外の情報も抽出してしまう可能性があり、大幅な時間の増大や評価精度の劣化に繋がる。
【0026】
逆に、例えば粒径10μm以上を対象とした場合には、測定対象となる粒子数が少なくなり過ぎることから、全体的な非金属介在物組成を反映しない可能性がある。また、走査型電子顕微鏡のEDS組成分析では、加速電圧が15kV程度であっても、せいぜい表層から1μm程度の深さの情報しか得られないので、粒径10μm以上を対象とした場合には、例えば中心部と周囲部とで組成が異なる複合非金属介在物では、中心部の組成を評価できない可能性がある。つまり、対象とする非金属介在物の大きさを大きくし過ぎると、非金属介在物の組成を正確に把握できなくなる虞がある。
【0027】
測定面積が広いほど、測定対象粒子数が増えて評価精度は向上するが、測定に要する時間が長くなる。今回の調査結果では、およそ20mm
2以上の鏡面研磨面を測定領域とすることで再現性の良い結果が得られた。実際には、必要とされる耐水素誘起割れ特性の推定精度や処理数などを考慮し、最適な条件を決定することが好ましい。
【0028】
カルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を決定するのに重要な非金属介在物中の元素は、硫黄(S)、酸素(O)、カルシウム(Ca)、アルミニウム(Al)、マンガン(Mn)などであり、EDSによる非金属介在物の組成分析では、酸素を除き、これら元素について定量分析した。
【0029】
尚、本発明者らは、カルシウム添加鋼に含有される非金属介在物においては、マンガンはMnSとして存在し、カルシウムはCaS及びCaOとして存在し、アルミニウムはAl
2O
3として存在することを確認している。従って、この知見に基づく化学量論比を適用した計算方法により、EDSによる非金属介在物の組成分析結果を解析し、個々の非金属介在物中のCaOとAl
2O
3との比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))を求める。
【0030】
具体的には、以下のようにして個々の非金属介在物中のCaOとAl
2O
3との比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))を求める。
【0031】
先ず、EDSによる非金属介在物の組成分析結果に基づき、下記の(1)式、(2)式、(3)式を順に計算して、個々の非金属介在物のCaO分率(質量%)を算出する。
MnSとしてのS分率(質量%)=[Mn]×[S原子量]/[Mn原子量]…(1)
CaSとしてのCa分率(質量%)=([S]-[MnSとしてのS分率])×[Ca原子量]/[S原子量]…(2)
CaO分率(質量%)=([Ca]-[CaSとしてのCa分率])×[CaO原子量]/[Ca原子量]…(3)
但し、(1)式における[Mn]は、EDSによる非金属介在物中のマンガン分析値(質量%)、(2)式における[S]は、EDSによる非金属介在物中の硫黄分析値(質量%)、(3)式における[Ca]は、EDSによる非金属介在物中のカルシウム分析値(質量%)である。
【0032】
また、EDSによる非金属介在物の組成分析結果に基づき、下記の(4)式によって個々の非金属介在物のAl
2O
3分率(質量%)を算出する。
Al
2O
3分率(質量%)=[Al]×[Al
2O
3原子量]/[2×Al原子量]…(4)
但し、(4)式における[Al]は、EDSによる非金属介在物中のアルミニウム分析値(質量%)である。
【0033】
次いで、(1)式〜(3)式によって算出されるCaO分率と(4)式によって算出されるAl
2O
3分率とから、個々の非金属介在物のCaOとAl
2O
3との比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))を求める。
【0034】
そして、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0ないし10.0の範囲で選択した任意の値以上である非金属介在物の粒子数を計数し、
計数した非金属介在物の粒子数を測定対象領域の面積で割って、単位面積あたりの粒子数へと変換した上で、予め求めておいた、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0ないし10.0の範囲で選択した任意の値以上である非金属介在物の単位面積あたりの粒子数と、耐水素誘起割れ特性との関係式を用いて、測定対象のカルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を推定する。
【0035】
本発明において、非金属介在物のCaOとAl
2O
3との比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0以上である非金属介在物を計数対象としているが、これは、以下の理由に基づく。
【0036】
CaO−Al
2O
3の2元状態図において、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0の近傍に、融点を約1455℃とする12CaO・7Al
2O
3(CaO=48.5質量%、Al
2O
3=51.5質量%、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))=0.94)の低融点化合物が存在する。この化合物が溶鋼中に形成された場合には、溶鋼中では液体状態であることから、溶鋼からの浮上分離が促進されてカルシウム添加鋼の清浄性は向上する。清浄性が向上することから、耐水素誘起割れ特性が向上する。
【0037】
一方、生成される非金属介在物の比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が2.0(2元状態図でCaO=66.7質量%、Al
2O
3=33.3質量%)以上になると、生成される非金属介在物の融点は急激に上昇し、溶鋼中に固体で存在することから溶鋼からの浮上分離は滞り、清浄性が低下して耐水素誘起割れ特性は劣化する。
【0038】
即ち、生成される非金属介在物のCaOとAl
2O
3との比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0を境として、非金属介在物の溶鋼での浮上・分離の挙動が大きく異なり、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0以上の浮上性の悪い非金属介在物を把握することで、カルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を推定することができることによる。
【0039】
但し、実際に得られるEDSによる組成分析結果は装置性能や分析条件などにも依存することから、同一条件での比較において耐水素誘起割れ特性と最も相関の高い比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))を閾値として設定することが好ましい。尚、10.0を超える比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))を閾値とすることは必要でない。
【0040】
予め幾つかの種類の試料を対象として、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が1.0ないし10.0の範囲で選択した任意の値以上である非金属介在物の単位面積あたりの粒子数と、耐水素誘起割れ特性との関係式を求めておくことで、それ以降は、非金属介在物の生成状況の評価を行うことによって、迅速に耐水素誘起割れ特性を予測することが可能となる。上記の測定条件であれば、24時間で約10個前後の試験片を測定することが可能であり、極めて迅速に耐耐水素誘起割れ特性を推定可能となる。
【0041】
尚、本発明の目的は耐水素誘起割れ特性を迅速に把握することであり、この目的のためには、本発明における検査対象試料としては、連続鋳造機で製造された鋳片から採取した試料を対象とすることが好ましい。但し、鋳片を圧延して得た圧延鋼材やこの圧延鋼材を造管した鋼管から採取した試料を対象とすることも可能である。また、溶鋼から採取された試料であっても検査対象試料とすることができる。
【0042】
本発明者らの調査結果では、連続鋳造機のタンディッシュ内溶鋼から採取した試料と、その溶鋼を連続鋳造した鋳片から採取した試料とで、非金属介在物の生成状況に大きな違いは見られなかった。尚、鋳片から採取した試料では、耐水素誘起割れ特性に及ぼす採取位置による影響が認められた。これは、連続鋳造鋳片では非金属介在物の分布が均一でないことによる。本発明を適用する場合には、連続鋳造鋳片の最も非金属介在物の多い位置を検査対象とすることが好ましい。また、カルシウム添加量の適正量の把握など、1チャージ毎の評価を行う場合には、溶鋼から採取した試料を検査対象とすることが好ましい。溶鋼から採取した試料の方が代表性の高い場合もある。
【0043】
本発明において、今回の調査結果では、非金属介在物の大きさを考慮せず、非金属介在物における比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))の閾値以上の個数を判定基準としているが、この判定方法に、更に、非金属介在物の大きさによって影響度を高くするなどの重みを加えて評価することも可能である。
【0044】
以上説明したように、本発明によれば、鋼中の非金属介在物の組成分析結果に基づく比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が閾値以上の非金属介在物粒子数と、耐水素誘起割れ特性との相関関係から、耐水素誘起割れ特性を推定するので、従来に比較して迅速にカルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を評価することが可能となる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明する。
【0046】
調査対象として実機で製造したカルシウム添加鋼の連続鋳造鋳片から切り出した試料を用いた。鋳片の各位置から試験用の試料を切り出した後に2分割し、一方はNACEに規定される水素誘起割れ試験用とし、他方は本発明による非金属介在物調査用試料とした。水素誘起割れ試験は、NACEに規定される方法に準拠して行った。水素誘起割れ試験(以下、「HIC試験」とも記す)の具体的な方法は、pH(水素イオン指数)が約3の硫化水素を飽和させた、5%NaClと0.5%CH
3COOHとの水溶液(通常のNACE溶液)中に試験片を96時間浸漬した後、超音波探傷により試験片全面の割れの有無を調査し、割れ面積率(CAR)を求めた。
【0047】
一方、本発明による非金属介在物の調査では、試料表面を鏡面研磨した後に、EDSが備えられた、粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡を用いて調査した。各試料とも、横10mm×縦10mmの領域中に存在する1μm以上の非金属介在物を調査の対象とし、各非金属介在物の大きさ・元素組成を調査した。その後、EDS組成分析結果に基づき、(1)式〜(4)式によって各非金属介在物中の比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))を算出した。
【0048】
図1に、HIC試験においてCARが異なる3種類の試料(試料A、B、C)における比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))の分布例を示す。
図1では横軸に比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))を、縦軸に累積個数を示している。
図1に示すように、HIC試験でCARの大きい試料ほど、非金属介在物の組成はCaOが富化される傾向であることが認められる。
【0049】
これは、溶鋼の精錬段階において、溶鋼中に存在するAl
2O
3量に対して、カルシウムの添加量が多すぎたために、適切な非金属介在物組成が得られず、耐水素誘起割れ特性が劣化したものと考えられる。実際に、HIC試験を行った試験片の破面(割れ面)にはCaO濃度の高い非金属介在物が観察されたことから、上記推定が妥当であることが確認されている。
【0050】
EDSの調査結果に基づき、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が10.0以上となる非金属介在物の個数を計数し、この個数と、HIC試験によって測定されたCARとの関係を調査した。
図2に調査結果を示す。
図2の横軸は、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が10.0以上となる非金属介在物の単位面積あたりの個数である。
図2に示すように、両者の間には良好な相関が見られ、鋼中の非金属介在物の生成状況から水素誘起割れ試験の結果を推定できることがわかった。
【0051】
また、
図2の相関から、比((質量%CaO)/(質量%Al
2O
3))が10.0以上となる非金属介在物の単位面積あたりの個数と、HIC試験でのCARとの回帰式を求めておき、新たに製造したカルシウム添加鋼の鋳片について、鋳片中の非金属介在物を上記の走査型電子顕微鏡で測定し、この測定結果に上記回帰式を適用してCARを推定した。また、新たに製造したカルシウム添加鋼について、HIC試験を行った。
【0052】
回帰式によるCARの推定結果と、実際の水素誘起割れ試験でのCARの測定結果とを表1に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
表1からも明らかなように、本発明を適用して、鋼中の非金属介在物の調査結果から推定したCARと、実際の水素誘起割れ試験でのCARとは良く一致しており、本発明を適用することで、カルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を精度良く推定できることが確認された。