特許第6032389号(P6032389)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6032389
(24)【登録日】2016年11月4日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】摩擦材料
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/14 20060101AFI20161121BHJP
   F16D 69/02 20060101ALI20161121BHJP
【FI】
   C09K3/14 520G
   F16D69/02
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-551339(P2016-551339)
(86)(22)【出願日】2016年4月1日
(86)【国際出願番号】JP2016060904
【審査請求日】2016年8月10日
(31)【優先権主張番号】特願2015-75722(P2015-75722)
(32)【優先日】2015年4月2日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】亀井 満夫
【審査官】 澤村 茂実
(56)【参考文献】
【文献】 特開平8−283701(JP,A)
【文献】 特開昭63−30617(JP,A)
【文献】 特公昭50−20932(JP,B1)
【文献】 国際公開第2013/125717(WO,A1)
【文献】 特開2012−111891(JP,A)
【文献】 特開2012−111892(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 3/14
F16D 69/00−69/04
B22F 1/00− 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属、合金、金属化合物および金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種のマトリックス40質量%以上80質量%以下と、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、MgおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物、窒化物、酸化物および硫化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の固体粒子5質量%以上30質量%以下と、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素およびフッ化カルシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の潤滑剤5質量%以上40質量%以下と、を含む摩擦材料であって、
前記マトリックスは、元素として、前記マトリックスの全体量に対して、20質量%以上50質量%以下のFeと、0.05質量%以上5.0質量%以下のPと、40質量%以上75質量%以下のNiとを少なくとも含み、
前記マトリックスの全体量に対する、元素としてのCuの含有量が15質量%以下である、摩擦材料。
【請求項2】
前記マトリックスにおける、元素としてのNiの含有量に対する元素としてのFeとPとの含有量の比[(Fe+P)/Ni]が、0.2以上1.2以下である、請求項1に記載の摩擦材料。
【請求項3】
元素としての前記Cuの含有量が、前記マトリックスの全体量に対して、10質量%以下である、請求項1または2に記載の摩擦材料。
【請求項4】
前記マトリックスは、元素として、0.5質量%以上3質量%以下のSiと、0.5質量%以上15質量%以下のMnとをさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の摩擦材料。
【請求項5】
前記固体粒子は、酸化アルミニウム、ジルコニア、シリカ、ジルコンサンド、ルチルサンド、酸化マグネシウムおよび炭化タングステンからなる群より選ばれる少なくとも1種からなる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の摩擦材料。
【請求項6】
前記摩擦材料は、タルク、マイカ、炭酸カルシウムおよびコークスからなる群より選ばれる少なくとも1種の摩擦調整剤を1質量%以上20質量%以下含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の摩擦材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クラッチおよびブレーキの小型化および軽量化の要求から、摩擦係数の高い摩擦材料が求められている。摩擦係数が高い摩擦材料としては、金属成分として銅を含む摩擦材料が知られている。その従来技術として、マトリックス内に含まれるCuを主成分とし、さらにSn、Zn、Ni、FeおよびCoから選ばれる1種以上を添加した摩擦材料がある(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−86359号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、銅を主成分とする摩擦材料は、延性が高い。そのため、そのような摩擦材料を用いたブレーキ等の部材による制動又はクラッチ等の部材によるエンジン駆動伝達の断続を繰り返した場合や、その制動又は断続時間が長い場合には、摩擦熱が発生して高温になることにより、摩擦材料の塑性流動を引き起こしやすい。塑性流動を生じると、摩擦材料の摩擦係数が低下するという問題がある。そのような問題を解決するために、低温で焼結する工程を経て摩擦材料を製造することにより、摩擦材料の塑性流動の発生を抑制することが知られている。しかしながら、低温で焼結して得られた摩擦材料はその焼結性が低下するため、摩擦材料からなる部材(以下、「摩擦部材」ともいう。)との焼結による接合を意図した部材、例えば摩擦部材を保持する金属製の裏板、との密着性が低下するという問題がある。
【0005】
また、近年、銅を主成分とする摩擦材料は、上記の制動や断続時の摩耗により摩擦部材から脱落等した銅が河川や海に流入し、環境汚染に繋がると指摘されている。
【0006】
本発明は、上記のような背景事情に鑑みてなされたものであり、環境への負荷が少ない原料粉末を用いた摩擦材料であって、その摩擦材料からなる摩擦部材との焼結による接合を意図した部材との密着性に優れ、且つ、摩擦係数の高い摩擦材料を提供することを目的の一つとする。また、本発明は、高温になった場合においても摩擦係数の高い摩擦材料を提供することを目的の別の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、摩擦材料について種々の検討を行った。その結果、本発明者は、摩擦材料におけるマトリックスの組成を工夫することにより、金属製の裏板のような摩擦部材との焼結による接合を意図した部材と優れた密着性を有し、且つ、摩擦材料が高温になった場合、例えば上記の制動や断続時、においても、摩擦係数が高い摩擦材料を得ることができることを明らかにし、本発明に至った。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)金属、合金、金属化合物および金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種のマトリックス40質量%以上80質量%以下と、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、MgおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物、窒化物、酸化物および硫化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の固体粒子5質量%以上30質量%以下と、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素およびフッ化カルシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の潤滑剤5質量%以上40質量%以下と、を含む摩擦材料であって、前記マトリックスは、元素として、前記マトリックスの全体量に対して、20質量%以上50質量%以下のFeと、0.05質量%以上5.0質量%以下のPと、40質量%以上75質量%以下のNiとを少なくとも含み、前記マトリックスの全体量に対する、元素としてのCuの含有量が15質量%以下である、摩擦材料。
(2)前記マトリックスにおける、元素としてのNiの含有量に対する元素としてのFeとPとの含有量の比[(Fe+P)/Ni]が、0.2以上1.2以下である、(1)の摩擦材料。
(3)元素としての前記Cuの含有量が、前記マトリックスの全体量に対して、10質量%以下である、(1)または(2)の摩擦材料。
(4)前記マトリックスは、元素として、0.5質量%以上3質量%以下のSiと、0.5質量%以上15質量%以下のMnとをさらに含む、(1)〜(3)のいずれかの摩擦材料。
(5)前記固体粒子は、酸化アルミニウム、ジルコニア、シリカ、ジルコンサンド、ルチルサンド、酸化マグネシウムおよび炭化タングステンからなる群より選ばれる少なくとも1種からなる、(1)〜(4)のいずれかの摩擦材料。
(6)前記摩擦材料は、タルク、マイカ、炭酸カルシウムおよびコークスからなる群より選ばれる少なくとも1種の摩擦調整剤を1質量%以上20質量%以下含む、(1)〜(5)のいずれかの摩擦材料。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、環境への負荷が少ない原料粉末を用いた摩擦材料であって、その摩擦材料からなる摩擦部材との焼結による接合を意図した部材との密着性に優れ、且つ、摩擦係数の高い摩擦材料を提供することができる。また、本発明は、高温になった場合においても摩擦係数の高い摩擦材料を提供することができる。
【0010】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。本実施形態の摩擦材料は、マトリックスと、固体粒子(以下、「硬質粒子」という。)と、潤滑剤とを含む。
【0011】
本実施形態のマトリックスは、金属、合金、金属化合物および金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種である。本実施形態の摩擦材料は、そのマトリックスを、摩擦材料の全体量に対して、40質量%以上80質量%以下含む。本実施形態のマトリックスが、40質量%以上であると、上記の制動や断続時に、硬質粒子および潤滑剤が脱落するのを防ぐことができ、その耐摩耗性の低下を抑制できる。また、その摩擦材料からなる摩擦部材との焼結による接合を意図した部材(以下、「接合相手部材」という。例えば摩擦部材を保持する裏板。)との密着性を高めることもできる。一方、本実施形態のマトリックスが、80質量%以下であると、摩擦材料が緻密になりすぎるのを防止でき、摩擦係数を高めることができる。
【0012】
本実施形態のマトリックスは、少なくとも元素としてFe、PおよびNiを含む。マトリックスがFeを含むと、摩擦材料の摩擦特性が向上する。マトリックスがPを含むと、摩擦材料の焼結性が向上する。マトリックスがNiを含むと、摩擦材料の機械的強度が向上する。マトリックスは、マトリックスの全体量に対して、元素としてFeを20質量%以上50質量%以下、Pを0.05質量%以上5.0質量%以下、Niを40質量%以上75質量%以下含む。これにより、摩擦材料はその摩擦特性および機械的強度に優れる。マトリックスの全体量に対して、元素としてのFeの含有量が、20質量%以上であると、摩擦材料が適度に疎になって摩擦係数が高くなる。元素としてのFeの含有量が、50質量%以下であると、焼結性が向上して摩擦材料の機械的強度を高めることができる。マトリックスの全体量に対して、元素としてのPの含有量が、0.05質量%以上であると、焼結性が低下して摩擦材料の機械的強度が低下するのを防ぐことができる。元素としてのPの含有量が、5.0質量%以下であると、焼結中に液相が摩擦材料から浸み出し、摩擦材料が大きく変形するのを防ぐ。マトリックス全体における、Niが、40質量%未満であると、摩擦材料の強度が低下し、Niが、75質量%を超えると、摩擦材料が緻密になるため、摩擦係数が低下する。同様の観点から、マトリックスの全体量に対して、元素としてのFeの含有量が、20質量%以上40質量%以下であると好ましく、25質量%以上35質量%以下であるとより好ましく、元素としてのPの含有量が、0.1質量%以上2質量%以下であると好ましく、0.15質量%以上1質量%以下であるとより好ましく、元素としてのNiの含有量が、45質量%以上65質量%以下であると好ましく、45質量%以上55質量%以下であるとより好ましい。
【0013】
本実施形態のマトリックスは、元素としてのCuの含有量が、マトリックスの全体量に対して、15質量%以下である。Cuの含有量が15質量%以下であると、摩擦材料の温度が高くなっても、摩擦係数が低下し難くなる。これは、摩擦材料の延性が小さくなり、上記の制動時や断続時に発生する熱によっても、塑性流動を生じ難いためである。その中でも、Cuの含有量が、10質量%以下であると好ましく、5質量%以下であるとさらに好ましい。
【0014】
マトリックスにおける、元素としてのNiの含有量に対する元素としてのFeとPとの含有量の比[Fe+P/Ni]が、0.2以上1.2以下であると、好ましい。このNiの含有量に対するFeとPとの含有量の比が、0.2以上であると、摩擦係数が高くなる傾向にあり、1.2以下であると、摩擦材料の機械的強度が向上する傾向にある。同様の観点から、比[Fe+P/Ni]は、0.5以上1以下であるとより好ましく、0.5以上0.8以下であるとさらに好ましい。
【0015】
本実施形態のマトリックスは、さらに元素として、SiとMnとを含む。マトリックスが、そのマトリックスの全体量に対して、元素としてSiを0.5質量%以上3質量%以下、Mnを0.5質量%以上15質量%以下含むと、Feが酸化被膜を形成するのを防ぐことができるため、好ましい。酸化被膜が形成されると、耐摩耗性が低下することがある。マトリックスの全体量に対する、Siの含有量が、0.5質量%以上であると、酸化被膜の形成を抑制する効果をより有効且つ確実に得ることができるため、好ましい。また、摩擦材料における気孔の寸法が大きくなることにより、摩擦係数がさらに高まる傾向にある。一方、マトリックスの全体量に対する、Siの含有量が、3質量%以下であると、接合相手部材(例えば、摩擦部材を保持する裏板)との密着性がさらに高くなることにより、それらの間の剥離をより抑制できる傾向にある。マトリックスの全体量に対する、Mnの含有量が、0.5質量%以上であると、酸化被膜の形成を抑制する効果がさらに向上することにより、摩擦係数が高まる傾向にあり、Mnの含有量が、15質量%以下であると、未反応のMnの介在をより抑制することにより、摩擦材料の密着性の低下を一層防ぐことができる傾向にある。同様の観点から、マトリックスの全体量に対して、元素としてのSiの含有量は1質量%以上3質量%以下であるとより好ましく、2質量%以上3質量%以下であるとさらに好ましく、Mnの含有量は3質量%以上10質量%以下であるとより好ましく、5質量%以上8質量%以下であるとさらに好ましい。
【0016】
本実施形態摩擦材料は、硬質粒子として、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、MgおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物、窒化物、酸化物および硫化物からなる群より選ばれる少なくとも1種を、摩擦材料の全体量に対して5質量%以上30質量%以下含むと、高い摩擦係数を有し、且つ、耐摩耗性に優れる。摩擦材料の全体量に対して、硬質粒子の含有量が15質量%以上であると、耐摩耗性が高まる。一方、硬質粒子の含有量が70質量%以下であると、相対的にマトリックスまたは潤滑剤が増加するため、摩擦材料の機械的強度が高くなり、上述の制動時や断続時に鳴きやジャダーが生じるのを抑制することができる。同様の観点から、摩擦材料の全体量に対して、上記硬質粒子の含有量は、10質量%以上25質量%以下であると好ましく、10質量%以上20質量%以下であるとより好ましい。また、硬質粒子は、Ti、Zr、W、Al、MgおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物、窒化物、酸化物および硫化物からなる群より選ばれる少なくとも1種であると好ましく、それらの元素の炭化物および酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種であるとより好ましい。
【0017】
本実施形態の硬質粒子として、例えば、酸化アルミニウム(Al)、ジルコニア(ZrO)、シリカ(SiO)、ジルコンサンド(ZrSiO)、ルチルサンド(TiO)、酸化マグネシウム(MgO)および炭化タングステン(WC)を挙げることができる。その中でも、酸化アルミニウム、ジルコンサンドおよびシリカが、耐摩耗性に一層優れるため、好ましい。
【0018】
本実施形態の摩擦材料は、潤滑剤として、黒鉛(C)、二硫化モリブデン(MoS)、二硫化タングステン(WS)、窒化ホウ素(BN)、およびフッ化カルシウム(CaF)からなる群より選ばれる少なくとも1種を、摩擦材料の全体量に対して5質量%以上40質量%以下含むと好ましい。これにより、上記の制動時や断続時に生じる鳴きやジャダーを抑制することができる。摩擦材料の全体量に対して、潤滑剤の含有量が5質量%以上であると、鳴きやジャダーを抑制することができ、潤滑剤の含有量が40質量%以下であると、摩擦係数を高めることができる。同様の観点から、潤滑剤の含有量は、10質量%以上30質量%以下であるとより好ましく、15質量%以上25質量%以下であるとさらに好ましい。
【0019】
本実施形態の摩擦材料は、摩擦調整剤を、摩擦材料の全体量に対して、1質量%以上20質量%以下含むと、上記の制動中や断続時の摩擦係数や摩擦材料の機械的強度を、より有効かつ確実に調整することができるため、好ましい。同様の観点から、摩擦調整剤の含有量は、3質量%以上15質量%以下であるとより好ましく、3質量%以上10質量%以下であるとさらに好ましい。
【0020】
本実施形態の摩擦調整剤は、タルク(MgSi10(OH))、マイカ、炭酸カルシウム(CaCO)およびコークス(C)からなる群より選ばれる少なくとも1種を含むと、上記の制動中や断続時の摩擦係数や摩擦材料の機械的強度を、さらに有効かつ確実に調整することができるため、好ましい。
【0021】
なお、本実施形態の摩擦材料における組成の割合、マトリックスにおける各元素の割合については、以下のようにして求めることができる。摩擦材料の表面を研磨し、その研磨面の組織を走査電子顕微鏡(SEM)に付属するエネルギー分散型X線分析装置(EDS)または波長分散型X線分析装置(WDS)などで測定することができる。SEMにて摩擦材料の組織を50倍〜2000倍に拡大し、EDSにて摩擦材料の組成の割合を求めることができる。また、SEMにて摩擦材料の組織を3000倍〜10000倍に拡大し、硬質粒子や潤滑剤を含まないようにして、EDSにてマトリックスにおける各元素の割合を求めることができる。
【0022】
次に、本実施形態の摩擦材料の製造方法について、具体例を用いて説明する。本実施形態の摩擦材料の製造方法は、当該摩擦材料の構成を達成し得る限り特に制限されるものではない。
【0023】
例えば、本実施形態の摩擦材料の製造方法は、
工程(A):マトリックスを構成する金属粉末40質量%以上80質量%以下と、硬質粒子粉末5質量%以上30質量%以下と、潤滑剤粉末5質量%以上40質量%以下と、任意成分として摩擦調整剤粉末1質量%以上20質量%以下とを配合(ただし、これらの合計は100質量%である)する工程と、
工程(B):配合した原料粉末を混合し、混合物を準備する混合工程と、
工程(C):得られた混合物を所定の摩擦材料の形状に成形して成形体を得る成形工程と、
工程(D):前記工程(C)で得られた成形体と、その成形体を保持する接合相手部材(例えば、金属製の裏板)とを重ねて焼結する焼結工程と、
工程(E):上記工程(D)を経た焼結体の表面を所定の寸法に研磨する研磨工程とを含む。上記金属粉末に代えて、合金粉末、金属化合物粉末、または金属間化合物粉末を用いてもよい。
【0024】
なお、工程(A)において使用される原料粉末の平均粒径は、米国材料試験協会(ASTM)規格B330に記載のフィッシャー法(Fisher Sub-Sieve Sizer(FSSS))により測定されるものである。
【0025】
本実施形態の摩擦材料の製造方法の各工程は、以下の意義を有する。
工程(A)では本実施形態の摩擦材料の原料粉末として、マトリックスを構成する金属粉末40質量%以上80質量%以下と、硬質粒子粉末5質量%以上30質量%以下と、潤滑剤粉末5質量%以上40質量%以下と、必要に応じて、摩擦調整剤粉末1質量%以上20質量%以下とを配合することにより、各組成を調整することができる。上記金属粉末に代えて、合金粉末、金属化合物粉末、または金属間化合物粉末を用いてもよい。
【0026】
このとき、例えば、マトリックスの全体量に対して、平均粒径5〜150μmのFe粉末を20質量%以上50質量%以下、平均粒径0.5〜45μmのP粉末を0.05質量%以上5.0質量%以下、平均粒径0.5〜5.0μmのNi粉末を40質量%以上75質量%以下となるように配合してもよい。マトリックスにおける、元素としてのNiの含有量に対する元素としてのFeとPとの含有量の比[(Fe+P)/Ni]を0.2以上1.2以下にするには、各元素の原料となる物質の配合組成を調整すればよい。
【0027】
本実施形態の摩擦材料の製造に使用される金属粉末におけるFe成分として、カルボニル鉄粉法およびアトマイズ(噴霧)法のいずれか一方または両方により製造されたFe元素を85質量%以上含有する鉄基金属粉末を用いると、摩擦材料の機械的強度が一層向上するので、さらに好ましい。
【0028】
カルボニル鉄粉法により製造された鉄基金属粉末として、具体的には、Fe元素(100質量%)からなるカルボニル鉄粉末を挙げることができる。また、上記アトマイズ法により製造された鉄基金属粉末として、具体的には、0.3〜15質量%のP元素と、残部のFe元素とからなるリン含有鉄粉末を挙げることができる。その中でも、0.5〜10.0質量%のP元素と、残部のFe元素とからなるリン含有鉄粉末がさらに好ましい。
【0029】
本実施形態の摩擦材料の製造に使用される金属粉末のCu成分としては、例えば、Cuからなる金属粉末を使用するとよい。
【0030】
また、本実施形態の摩擦材料の製造に使用される金属粉末のSi成分およびMn成分としては、例えば、Siからなる金属粉末、およびMnからなる金属粉末を使用するとよい。その他のSi成分としては、例えば、Siとその他の金属元素とからなるシリコン基金属粉末(Siの含有量は通常80質量%以上である。)を使用してもよい。なお、本発明において、Siは金属に包含されるものとする。
【0031】
例えば、Si元素を80質量%以上含有するシリコン基金属粉末として、具体的には、Si元素からなる金属シリコン粉末、80質量%以上のSi元素と残部のFe元素とからなるフェロシリコン粉末を挙げることができる。
【0032】
工程(B)では、各原料粉末の平均粒径を調整したり、所定の配合組成の混合粉末を均一に混合させることができる。
【0033】
工程(C)では、得られた混合物を所定の摩擦材料の形状に成形することができる。
【0034】
工程(D)では、工程(C)を経て得られた成形体と、接合相手部材、例えば成形体を保持するための金属製の裏板、とを重ねて焼結することにより、成形体の焼結と、成形体と接合相手部材との接着という2つの効果が得られる。好ましくは、750〜1100℃の範囲の温度で0.5〜2時間という条件で焼結することにより、成形体は緻密化し、機械的強度が高まる。また、成形体と接合相手部材との密着性が高まる。焼結時にArガスの雰囲気とし、成形体に対して0.1〜5MPaの圧力を加えると、摩擦材料の耐摩耗性が向上するため、好ましい。
【0035】
工程(E)では、工程(D)を経て得られた焼結体を研磨することにより、焼結体の寸法を調整することができる。
【0036】
本実施形態の摩擦材料は、工作機械、建設機械、農業機械、自動車、二輪車、鉄道、航空機および船舶などの、各種機械の回転または移動を任意に制御する手段、いわゆるクラッチまたはブレーキのような成形部材の材料として用いることができる。本実施形態の摩擦材料は、環境への負荷が少ない原料粉末を用いることができるので、環境への負荷が少ない。さらに、本実施形態の摩擦材料は、焼結性に優れているため、金属製の裏板のような接合相手部材との密着性に優れ、高い摩擦係数を有する。また、本実施形態の摩擦材料は、上記の制動時または断続時に摩擦材料が高温になった場合においても、高い摩擦係数を有する。より具体的には、本実施形態の摩擦材料は、従来の銅を主成分とする摩擦材料と同等またはそれ以上の、高い摩擦係数を有している。
【実施例】
【0037】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。市販されている、各原料粉末を用意した。各原料粉末の平均粒径を表1に示す。なお、原料粉末の平均粒径は、米国材料試験協会(ASTM)規格B330に記載のフィッシャー法(Fisher Sub-Sieve Sizer(FSSS))により測定されたものである。
【0038】
【表1】
【0039】
用意した原料粉末を表2および表3に示す配合組成になるように秤量して、それらを混合器により、混合した。得られた混合物をブレーキパッドの形状に成形した。得られた成形体と、鋼板の表面に銅めっきを施した裏板とを重ね合わせ、表4に示す焼結温度、焼結圧力にて、加圧焼結した。このとき、Ar雰囲気にて1時間保持して焼結した。
【0040】
【表2】
【0041】
【表3】
【0042】
【表4】
【0043】
焼結して得られた摩擦材料を、研磨することにより、寸法を調整し、ブレーキ形状の摩擦材料(摩擦部材)である試料を得た。
【0044】
得られた試料のマトリックスの組成をEDXで測定した。その結果を表5および表6に示す。
【0045】
【表5】
【0046】
【表6】
【0047】
得られた試料(試験片)を用いて、以下の摩擦試験を行った。その結果を表7に示す。
【0048】
[摩擦試験]
試験装置:慣性式摩擦試験機
慣性モーメント:12.25kgm
速度:42m/s
面圧:980kPa
試験片形状:25mm×25mm×10mm
ブレーキ開始温度:350℃
【0049】
【表7】
【0050】
表7より、発明品の摩擦係数は、いずれの試料も0.58以上であり、比較品よりも高い摩擦係数を有することが分かる。
【0051】
得られた試料を用いて、以下のせん断試験により、摩擦材料と裏板との間のせん断強さを測定した。その結果を表8に示す。
【0052】
[せん断試験]
せん断強さは、日本工業規格「自動車部品―ブレーキシューアッセンブリ及びディスクブレーキパッド―せん断試験方法」(JISD4422)に準拠する方法で測定した。せん断試験は、常温(23℃)および300℃の温度で行った。
【0053】
【表8】
【0054】
表8より、発明品のせん断強さは、常温および300℃において、いずれの試料も7MPa以上であることが分かる。また、発明品のせん断強さは、概して比較品よりも高く、摩擦材料と裏板との密着性に優れることが分かる。
【0055】
得られた試料を用いて、以下の摩耗試験を行った。その結果を表9に示す。
【0056】
[摩耗試験]
試験装置: 慣性式摩擦試験機
慣性モーメント:12.25kgm
速度:42m/s
面圧:2000kPa
試験片形状:25mm×25mm×10mm
ブレーキ開始温度:100℃以下
【0057】
【表9】
【0058】
表9より、発明品の摩耗量は、いずれの試料も0.45mm以下であり、比較品よりも概して摩耗量が小さく、耐摩耗性に優れることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の摩擦材料は、環境への負荷が少ない原料粉末を使用するので、摩擦材料自体も環境への負荷が少ない。また、本発明の摩擦材料は、それを用いた摩擦部材を保持するための裏板のような接合相手部材との密着性に優れ、高い摩擦係数を有する。さらに、本発明の摩擦材料は、上記の制動時や断続時に摩擦材料が高温になった場合においても、高い摩擦係数を有する。よって、そのような技術分野で産業上の利用可能性が高い。
【要約】
本発明の摩擦材料は、金属、合金、金属化合物および金属間化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種のマトリックス40質量%以上80質量%以下と、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、MgおよびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物、窒化物、酸化物および硫化物からなる群より選ばれる少なくとも1種の固体粒子5質量%以上30質量%以下と、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素およびフッ化カルシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の潤滑剤5質量%以上40質量%以下と、を含み、マトリックスは、元素として、マトリックスの全体量に対して、20質量%以上50質量%以下のFeと、0.05質量%以上5.0質量%以下のPと、40質量%以上75質量%以下のNiとを少なくとも含み、マトリックスの全体量に対する、元素としてのCuの含有量が15質量%以下である。