特許第6032469号(P6032469)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6032469発信源推定方法およびそれを利用した発信源推定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6032469
(24)【登録日】2016年11月4日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】発信源推定方法およびそれを利用した発信源推定装置
(51)【国際特許分類】
   G01S 5/02 20100101AFI20161121BHJP
   H04W 64/00 20090101ALI20161121BHJP
【FI】
   G01S5/02 Z
   H04W64/00 130
【請求項の数】5
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2012-155032(P2012-155032)
(22)【出願日】2012年7月10日
(65)【公開番号】特開2014-16291(P2014-16291A)
(43)【公開日】2014年1月30日
【審査請求日】2015年3月26日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成24年2月29日 電子情報通信学会発行の「電子情報通信学会技術研究報告」(2012年3月7日〜9日)平成24年3月9日 電子情報通信学会ソフトウェア無線研究会での発表 平成24年2月24日 http://www.titech.ac.jp/ 平成24年2月24日 http://www.titech.ac.jp/pr/news/year_12.html 平成24年2月24日 http://www.titech.ac.jp/file/press_20120224.pdf
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】314012087
【氏名又は名称】株式会社光電製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】阪口 啓
(72)【発明者】
【氏名】佐野 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】荒田 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】林 大介
(72)【発明者】
【氏名】山口 敏浩
【審査官】 深田 高義
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−179946(JP,A)
【文献】 特開2009−175096(JP,A)
【文献】 特開2006−308588(JP,A)
【文献】 特開2005−098958(JP,A)
【文献】 特開平11−352207(JP,A)
【文献】 特開平05−288823(JP,A)
【文献】 渡邊将博、外6名,“分散スペクトラムモニターを実現するための複数センサを用いた未知発信源推定法”,電子情報通信学会技術研究報告,2011年10月19日,Vol.111,No.261,p.127-134
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 5/02
H04W 64/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
離散的な複数の候補位置のいずれかの近傍に配置された発信源から送信された送信信号が、互いに異なった既知位置に配置された複数のセンサのそれぞれにおいて受信されており、前記複数のセンサのそれぞれから受信信号を取得する取得部と、
前記取得部において取得した受信信号に対してセンサ間における相互相関を導出するとともに、相互相関の絶対値の平均として予期される期待値を導出する第1導出部と、
前記第1導出部において導出した期待値から減算すべきレプリカであって、かつ発信源の送信電力が1の電力スペクトルである規格化フィルタの候補から作成したレプリカ送信信号の自己相関と、候補位置および伝搬学習プロセスで取得した2つのセンサ間の伝送路特性の相互相関とを畳み込んでから、絶対値を計算した後に、平均として予期される期待値として導出されるレプリカと、前記第1導出部において導出した期待値との誤差を導出する第2導出部と、
前記第2導出部における候補位置を変更しながら、前記第2導出部に対して処理を繰り返し実行させることによって導出された複数の誤差から、最小の誤差を選択する選択部と、
前記選択部において選択した誤差に対応した候補位置を、発信源が設置された位置として出力する出力部とを備え、
前記第2導出部において使用されるレプリカは、各候補位置に対して、予め取得されていることを特徴とする発信源推定装置。
【請求項2】
前記第2導出部において使用されるひとつのレプリカは、ひとつの候補位置の近傍における複数の既知位置のそれぞれからセンサまでの伝送路特性を平均することによって生成されていることを特徴とする請求項1に記載の発信源推定装置。
【請求項3】
前記第2導出部において使用されるひとつのレプリカは、既知発信源の各移動位置のそれぞれからセンサまでの伝送路特性を平均することによって生成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の発信源推定装置。
【請求項4】
前記取得部は、センサに複数のアンテナが備えられている場合、アンテナごとの受信信号を取得し、
前記第1導出部は、異なったセンサに備えられたアンテナ間において、相互相関の絶対値の平均として予期される期待値を導出するとともに、同一のセンサに備えられたアンテナ間における受信信号の相互相関の期待値も導出し、
前記第2導出部は、異なったセンサに備えられたアンテナ間に対する期待値とレプリカから誤差を導出するとともに、同一のセンサに備えられたアンテナ間における期待値とレプリカからも誤差を導出することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の発信源推定装置。
【請求項5】
離散的な複数の候補位置のいずれかの近傍に配置された発信源から送信された送信信号が、互いに異なった既知位置に配置された複数のセンサのそれぞれにおいて受信されており、前記複数のセンサのそれぞれから受信信号を取得するステップと、
取得した受信信号に対してセンサ間における相互相関を導出するとともに、相互相関の絶対値の平均として予期される期待値を導出するステップと、
導出した期待値から減算すべきレプリカであって、かつ発信源の送信電力が1の電力スペクトルである規格化フィルタの候補から作成したレプリカ送信信号の自己相関と、候補位置および伝搬学習プロセスで取得した2つのセンサ間の伝送路特性の相互相関とを畳み込んでから、絶対値を計算した後に、平均として予期される期待値として導出されるレプリカと、導出した期待値との誤差を導出するステップと、
候補位置を変更しながら、前記誤差を導出するステップに対して処理を繰り返し実行させることによって導出された複数の誤差から、最小の誤差を選択するステップと、
選択した誤差に対応した候補位置を、発信源が設置された位置として出力するステップとを備え、
前記誤差を導出するステップにおいて使用されるレプリカは、各候補位置に対して、予め取得されていることを特徴とする発信源推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発信源推定技術に関し、未知の発信源を推定する発信源推定方法およびそれを利用した発信源推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯端末の小型高性能化にともない、入学試験等公正が期待される場での携帯端末の不正使用への懸念が広まっている。まず、携帯端末を利用できなくする最も簡単な方法として電波を遮断する方法が考えられる。この手法では試験会場に電波吸収体を包み込むよう敷き詰めることで電波を遮断することが考えられ、現在の技術ですでに実現可能である。しかし、電波吸収体の価格が比較的高く、試験のたびにすべての試験会場を電波吸収体で覆う必要があるため、コストと手間の点で現実的でない。続いて、妨害電波を出すことで通信そのものを行えなくする方法が考えられる。しかしこれも電波吸収体と同様に手間の点で現実的でないほか、関係ない携帯端末の通信を妨害してしまうなど運用・法律上の問題が考えられる。
【0003】
このような直接的に通信を妨害する手法には実用上さまざまな問題が想定され現実的でない。そこでこれらの問題を解決する方法として、携帯端末の送信電波を検出することで通信が行われたことを検出し、不正行為防止に役立てる受動的アプローチが考えられる。このアプローチの簡便な実装方法として、携帯端末による通信が試験会場内で行われたかどうかを検出するものが挙げられる。このシステムでは、センサを用いて携帯端末の通信帯域ごとに受信電力を監視し、試験会場内で携帯端末が使われたかどうかを判定する。この手法では、前述の通信妨害で問題となるコストや運用の手間を解消できる。しかし、試験会場内で携帯端末による通信が行われたかどうかの判定だけでは不正を行なっていないほかの受験者が不利益を被る可能性が高く、不正行為防止のためには不十分である。
【0004】
そこで、試験会場内で不正行為をした携帯端末の位置を特定するシステムが考えられる。このシステムでは、試験会場のような屋内環境で推定対象が高密度に配置していることから、1m程度の位置推定精度が求められる。このような屋内環境における高精度位置推定は近年非常に注目を集めており、研究も盛んに行われている。既存の位置推定手法では、代表的なものとして受信信号電力強度(Received Signal Strength Indicator: RSSI)(例えば、非特許文献1参照)、電波到来時間差(Time Difference of Arrival: TDOA)(例えば、非特許文献2参照)、電波到来角(Direction of Arrival: DOA)(例えば、非特許文献3参照)、位置指紋を用いた位置推定手法がある。
【0005】
RSSIは計測が容易であり、既存のハードウエアでも追加ハードウエアを用いずに利用できることから現在最も利用されている屋内位置推定手法である。この手法では、携帯端末と受信センサの間の距離伝搬損を利用して携帯端末センサ間の距離を求め、少なくとも3つのセンサからの推定距離の組合せにより幾何的に位置推定を行う。しかし、受信電力は雑音やフェージングの影響を大きく受けるため、RSSIによる位置推定は比較的精度が低いことが知られている。TDOAでは、センサ間での電波到来時間差からRSSIと同様に携帯端末センサ間距離を算出し、少なくとも3つのセンサから推定距離の組合せにより幾何的に位置推定を行う。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】N. Patwari etc、「Relative Location Estimation in Wireless Sensor Networks」、IEEE Trans. Signal Processing、Aug. 2003、51、8、p.2137−2148
【非特許文献2】Z. Merhi, M. Elgamel and M. Bayoumi、「A Lightweight Collaborative Fault Tolerant Target Localization System for Wireless Sensor Networks」、IEEE Trans. Mobile Computing、Dec 2009、8、12、p.1690−1704
【非特許文献3】C.-C. Lim, Y. Wan, B.-P. Ng, and C.-M. S. See、「A realtime indoor WiFi localization system using smart antenna」、IEEE Trans. Consum. Electron.、May. 2007、53、2、p.618−622
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
TDOAでは、RSSIに比べて雑音耐性が高く、より高精度な位置推定が可能であるといわれているが、屋内のマルチパス環境の影響により正確に電波到来時間を捉えることが難しいため、屋内環境においてはこれも位置推定精度が劣化する。DOAは、ひとつのセンサに複数のアンテナを搭載したアレーアンテナを用いることにより、アンテナ間の受信信号位相差から電波到来角を推定し、少なくとも2 つのセンサからの推定方向の交点によって位置推定を行う手法である。DOAはMUSIC法など巧みな計算手法により雑音耐性が強いことが知られているが、屋内のマルチパス環境の影響をTDOA同様受けるほか、角度分解能を向上させるためには多数のアンテナを持つ大規模なセンサが必要であるため屋内のアプリケーションには不向きである。このように、既存の位置推定手法では、屋内環境のマルチパス環境が推定精度を劣化させるため、不正行為検出のための位置推定としては精度が不十分である。
【0008】
これに対し、このマルチパスを含めた伝搬路応答が位置の関数であることを利用した位置推定手法が位置指紋方式である。位置指紋方式は文字通り、それぞれの推定位置に関して固有であるマルチパス環境を位置の指紋として採取し、その指紋と推定対象の信号の類似性により位置を推定する手法である。この指紋としてマルチパスのDOA情報を用いたものなどがあり、指紋を採取した位置に推定対象端末が存在する場合には高精度な推定が可能となっている。しかし、この位置推定手法では位置指紋を取得した位置上に端末がない場合、正確な推定が難しくなることから、位置指紋を高密度に事前に計測しておくことが必要とされており実用上困難である。
【0009】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、処理量の増加を抑制しながら、推定精度の悪化も抑制する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の発信源推定装置は、離散的な複数の候補位置のいずれかの近傍に配置された発信源から送信された送信信号が、互いに異なった既知位置に配置された複数のセンサのそれぞれにおいて受信されており、複数のセンサのそれぞれから受信信号を取得する取得部と、取得部において取得した受信信号に対してセンサ間における相互相関を導出するとともに、相互相関の絶対値の期待値を導出する第1導出部と、第1導出部において導出した期待値に対するレプリカであって、かつ候補位置に対するレプリカと、第1導出部において導出した期待値との誤差を導出する第2導出部と、第2導出部における候補位置を変更しながら、第2導出部に対して処理を繰り返し実行させることによって導出された複数の誤差から、ひとつの誤差を選択する選択部と、選択部において選択した誤差に対応した候補位置を、発信源が設置された位置として出力する出力部とを備える。第2導出部において使用されるレプリカは、各候補位置に対して、予め取得されている。
【0011】
この態様によると、離散的な複数の候補位置のそれぞれに対するレプリカをもとに、発信源の位置を推定するので、処理量の増加を抑制しながら、推定精度の悪化も抑制できる。
【0012】
本発明の別の態様は、発信源推定方法である。この方法は、離散的な複数の候補位置のいずれかの近傍に配置された発信源から送信された送信信号が、互いに異なった既知位置に配置された複数のセンサのそれぞれにおいて受信されており、複数のセンサのそれぞれから受信信号を取得するステップと、取得した受信信号に対してセンサ間における相互相関を導出するとともに、相互相関の絶対値の期待値を導出するステップと、導出した期待値に対するレプリカであって、かつ候補位置に対するレプリカと、導出した期待値との誤差を導出するステップと、候補位置を変更しながら、誤差を導出するステップに対して処理を繰り返し実行させることによって導出された複数の誤差から、ひとつの誤差を選択するステップと、選択した誤差に対応した候補位置を、発信源が設置された位置として出力するステップとを備える。誤差を導出するステップにおいて使用されるレプリカは、各候補位置に対して、予め取得されている。
【0013】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を方法、装置、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、処理量の増加を抑制しながら、推定精度の悪化も抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の前提技術となるDSMシステムの構成を示す図である。
図2図1のDSMシステムの処理手順を示す図である。
図3図1のDSMシステムによる周波数利用状況マッピングを示す図である。
図4】本発明の実施例に係る屋内環境における位置推定と特徴量のイメージを示す図である。
図5】本発明の実施例に係る検出システムの処理手順を示す図である。
図6図5の検出システムに対する屋内実験の緒元を示す図である。
図7図5の検出システムに対する実験環境を示す図である。
図8図5の検出システムにおいて使用されるLTEのリソースブロックを示す図である。
図9図5の検出システムにおいて使用されるLTEの基準信号によるアンテナ間相互相関を示す図である。
図10図5の検出システムと旧来手法との比較を示す図である。
図11図5の検出システムの平均誤差範囲を示す図である。
図12】本発明の実施例に係る発信源推定装置の構成を示す図である。
図13図13(a)−(b)は、本発明の変形例において使用されるプレス機の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明を具体的に説明する前に、まず概要を述べる。本発明の実施例は、複数センサを用いた屋内環境での簡便でかつ高精度な位置推定を実行する発信源推定装置に関する。アンテナ間の相互相関は、各アンテナにおける伝搬路応答の情報を持つので、発信源推定装置は、受信電力強度(RSSI)・電波到来時間差(TDOA)・電波到来角(DOA)すべての情報を利用した位置指紋法に基づく位置推定を実行する。しかし、位置指紋法では空間相関の局所性を利用することから高精度位置推定を行うには多くの位置指紋を採取する必要がある。そこで本実施例では、日常的に使用している携帯端末の送信信号を用いて位置指紋を統計的に学習し、学習した統計量を用いることで相互相関を利用した位置推定を行う。さらに入学試験等公正が期待される場での携帯端末を用いた不正行為を検出・特定するに十分な精度があることを実験によって検証する。そのため、簡易に導入可能でありながら不正行為検出に耐えうる位置推定精度が実現できることが屋内実験によって示される。
【0017】
なお、本実施例の前提技術として、不法無線局や未知発信源の位置推定だけでなく、分散スペクトラムモニター(Distributed Spectrum Monitor, DSM)も説明する。分散スペクトラムモニターによって、既存システムも含めて、電波利用が希薄な周波数およびそのエリア(ホワイトスペース)の特定や、効率的にエナジーハーベスティングが可能な電波利用が盛んな周波数およびそのエリア(チャージングスペース)の特定も同時になされる。その結果、より高効率な周波数資源の活用が実現される
【0018】
以下では、前提技術として、1.DSMの概要、2.DSMにおける複数センサを用いた未知発信源の推定手法、3.DSMを実現するための送信電力推定を説明する。これらに続いて、4.検出システム、5.実験環境、6.統計的学習、7.推定手法、8.実験結果、9.装置構成、10.変形例の順番で本実施例を説明する。なお、2.では、(i)単一アンテナ、(ii)複数アンテナを用いた場合に分けて説明し、6.統計的学習では、6.1基準信号系列の自己相関、6.2LTEの基準信号系列を説明する。
【0019】
1.DSMの概要
図1は、本発明の実施例に係るDSMシステム100の構成を示す。DSMシステム100は、フュージョンセンタ10、センサ12と総称される第1センサ12a、第2センサ12b、第3センサ12c、未知送信源14と総称される第1未知送信源14a、第2未知送信源14bを含む。ここでは、3つのセンサ12が示されているが、センサ12の数はこれに限定されない。第1未知送信源14aあるいは第2未知送信源14bから送信された信号は、複数のセンサ12のそれぞれにおいて受信される。未知送信源14が設置されている位置、信号の送信電力は未知である。各センサ12は、受信信号をフュージョンセンタ10に出力する。フュージョンセンタ10は、各センサ12からの受信電力をもとに、未知送信源14が設置されている位置、信号の送信電力を推定する。推定の具体的な処理は後述する。
【0020】
図2は、DSMシステム100の処理手順を示す。DSMシステム100は、前述のフュージョンセンタ10、センサ12に加えて既知情報データベース16も含む。また、DSMシステム100は、伝搬路学習プロセス、未知送信源推定プロセス、そしてスペクトラムマップ作成プロセスの3つからなる。以下では、各プロセスにおける具体的な処理を順を追って説明する。
【0021】
まず、伝搬路学習プロセスでは、未知発信源推定に必要な、実際の環境における任意位置からセンサ12間の伝搬路情報とその計算量の学習・取得を行う。しかしながら、任意位置すべてに既知発信源を設置し伝搬路推定を行うのは現実的に考えると非常に難しい。そこで地形データや建物データを用いてレイトレースシミュレーションによって、任意位置からセンサ12までの伝搬路およびその統計量をモデリングする。しかしながら、実際の環境では人や車などの移動物や、事前データに存在しない障害物の存在などによってシミュレートした伝搬路とは異なる場合がある。そこでセルラシステムなどを既知発信源として活用して、既知位置からセンサ12までの伝搬路を実際に測定し、その統計量を取得する。これを用いて先ほどのシミュレートした任意位置からの伝搬路を繰り返し補正し、実際の環境における任意位置とセンサ12間の伝搬路情報およびその統計量を取得する。
【0022】
次に、未知発信源推定プロセスでは、伝搬路学習プロセスで取得した伝搬路情報の統計量、未知送信源14の送信信号パターン候補データベース、および未知送信源14からの受信信号を用いて未知送信源14の情報の推定を行う。各センサ12もしくはアンテナ間における伝搬路情報の統計量から作成した相互相関と、送信信号の自己相関の畳み込み積分が、各センサ12もしくはアンテナにおける受信信号の相互相関に等しくなるという特徴を用いて未知発信源を推定する。
【0023】
最後に、スペクトラムマップ作成プロセスでは、推定した未知送信源14の情報と、予め所有している既知発信源の情報を用いてスペクトラムマップの作成を行う。図3は、DSMシステム100による周波数利用状況マッピングを示す。任意の位置や周波数における、受信電力を地形データ上にマッピングし、十分な電力を受けることのできるチャージングスペース202や利用されていない周波数領域ホワイトスペース200を発見する。
【0024】
2.DSMにおける複数センサを用いた未知発信源の推定手法
ここでは広帯域信号を想定し、伝搬路は伝搬遅延プロファイルが指数分布にしたがうマルチパスである統計モデルを用いる。また、各パスはレイリー分布にしたがい無相関である。なお、簡単のため未知送信源14はひとつであるとし、最初のプロセスである伝搬路学習プロセスは学習済みであると仮定する。
【0025】
(i)単一アンテナの場合
i番目の(i=1,・・・,M)センサ12が任意の位置から受ける受信信号は、広帯域信号および伝搬環境が時々刻々と変化する場合、未知送信源14の位置ψにおける動的伝搬チャネルと未知送信源14の送信信号を用いて以下のように表される。
【数1】
ここでtとτは信号系列上の時間および遅延時間を表しており、
【数2】
は伝搬路の変動を表す時間である。gは未知発信源の送信電力が1の電力スペクトル(以下、「規格化フィルタ」という)の形であり送信フィルタおよび変調方式に依存する。pは未知発信源の送信電力である。また、
【数3】
は未知発信源の送信信号、
【数4】
は未知発信源の位置ψからi番目のセンサ12までの伝搬路応答、
【数5】
は分散σの白色ガウス雑音である。
【0026】
式(1)で表現されるi番目のセンサ12の受信信号とj番目のセンサ12の受信信号の時間tに関する相互相関は、Δtをi番目のセンサ12およびj番目のセンサ12で観測される信号の伝搬遅延差分(TDOA)を表すものとして以下のように計算できる。ただし、本来i=jは自己相関と呼ぶが以下では簡略化のために相互相関と表記する。また、式の簡潔化のためにψ、g、pの記載を省略し、Rx[A,B]を関数AとBのxに対する相関と置く。
【数6】
【0027】
ただし、Dijはi=jのとき1、
【数7】
のとき0である。
【数8】
は統計的処理であるため
【数9】
に依存しない。ここで、
【数10】
と置けば、式(2)はさらに以下のように変形できる。
【数11】
【0028】
【数12】
はそれぞれ未知発信源の送信信号の時間に関する自己相関および未知発信源からi番目のセンサ12までの伝搬路とj番目のセンサ12までの伝搬路の相互相関を表している。すなわち各センサ12における未知発信源からの受信信号同士の相互相関は、未知発信源から各センサ12までの伝搬路同士の相互相関と、送信信号の自己相関との畳み込み積分で表すことができる。このとき送信信号の自己相関は、未知発信源の送信電力および規格化フィルタの形によって形状が決定する。また、伝搬路応答同士の相互相関は、
【数13】
のときにピーク値を持つことからi番目のセンサ12までの伝搬遅延およびj番目のセンサ12までの伝搬遅延の差分の情報を持つ関数となり、その形状はそれぞれのセンサまでの伝搬路の環境によって決定される。ここで、
【数14】

【数15】
に関して変化するため期待値を取る必要がある。
【0029】
しかし、伝搬路応答の位相は一様分布するため、動的な環境で式(2)の期待値を取ると相互相関の値は0となり、位置に関する情報を抽出することができない。そのため、式(2)の絶対値を取ることで位相情報を棄却する。この処理によって
【数16】
に関して変化するのはi番目のセンサ12とj番目のセンサ12のそれぞれのチャネルの振幅に限られる。よって式(2)について絶対値を取り、
【数17】
に対する期待値を取ると以下のように表される。なお、Ex[・]をxに対する期待値と置く。
【数18】
【0030】
伝搬路応答の振幅は確率的に変動するため、式(4)からRSSIとTDOA情報抽出が可能であることを示している。すなわち伝搬路の相互相関にはTDOAとRSSIの位置によって決定される2つの情報が含まれていることを示している。よって式(1)に示されるように受信信号は位置、送信電力および規格化フィルタにも依存するため、式(3)で表される相互相関および式(4)で示した絶対値の期待値を各センサの受信信号から作成し、さらに受信信号をセンサ中の最大平均受信電力によって規格化すると、以下の式で書き表すことができる。
【数19】
【0031】
ここで、推定候補の場所から相互相関のレプリカを作成し、そのレプリカと
【数20】
の値の差分が最小となる場所を推定値とする。具体的に、位置候補ψ、規格化フィルタ候補gおよび伝搬学習プロセスで取得した伝搬路情報の統計量から作成したレプリカは式(3)から以下のように表される。
【数21】
【0032】
【数22】
は推定規格化フィルタ候補gから作成したレプリカ送信信号
【数23】
の自己相関
【数24】
と、推定候補位置ψおよび伝搬路の学習プロセスで取得した動的伝搬路応答の統計量から作成したi番目のセンサ12およびj番目のセンサ12の伝搬路応答
【数25】
の相互相関
【数26】
を畳み込み、絶対値を取った後に
【数27】
に対する期待値を取ったものである。
【0033】
よって、式(5)、式(8)を用いて、未知発信源の位置および規格化フィルタを以下の最尤推定法によって推定できる。
【数28】
式(9)において未知発信源の位置および規格化フィルタの2つのパラメータを変化させ、実際の受信信号から作成した
【数29】
と推定値のレプリカから作成した
【数30】
の差の二乗和が最小となったものがそれら2つのパラメータの推定値となる。また、真値同士の相互相関を引いた値は雑音となる。
【0034】
(ii)複数アンテナの場合
i番目のセンサ12の第kアンテナ(k=1,・・・,N)が任意の位置から受ける受信信号のレプリカは、広帯域信号、線形アレーアンテナおよび伝搬環境が時々刻々と動的に変化することを想定した場合、未知発信源の位置ψにおける動的伝搬路応答と未知発信源の送信信号を用いて以下のように表される。
【数31】
【0035】
ここでdは第1素子のアンテナを基準点としたときの、基準点から第k素子の位置までの距離であり、λは到来波の波長を、θ(τ)は到来角度を表す。このとき同一センサ間の相互相関と異なるセンサにおけるアンテナ間の相互相関では期待値を取った場合の振る舞いが異なる。なお、以下では単一アンテナの場合と同様に式の簡潔のためにψ、g、pの記載を省略する。
【0036】
(ii−1)同一センサにおけるアンテナ間の相互相関
i番目のセンサ12に関して同一センサ間における第kアンテナと第lアンテナの相互相関は以下のように表される。
【数32】
ただし
【数33】
である。したがって、
【数34】
のときに相互相関のピークが現れることを示しており、
【数35】
に関する変化が相互相関に与える影響は、伝搬路応答の振幅と到来角度であるといえる。
【0037】
式(12)の相互相関において
【数36】
に関する期待値を取ると以下のように表される。
【数37】
【0038】
よって、
【数38】
のときは値が0となり、
【数39】
のときは以下の式で表される。
【数40】
式(14)から
【数41】
は同一センサの異なるアンテナ間における相互相関は動的な伝搬路応答において、その変化に対して期待値を取ったとしてもRSSI、DOAの情報を抽出することが可能であることを示している。
【0039】
(ii−2)異なるセンサにおけるアンテナ間の相互相関
i番目のセンサ12の第kアンテナとj番目のセンサ12の第lアンテナとの相互相関は以下のように表される。
【数42】
【0040】
よって、
【数43】
の変化が相互相関に与える影響は、伝搬路応答の振幅および位相と到来角度であるといえる。一般に動的伝搬路応答の位相は一様分布するため、式(15)の期待値を取ると位置に関する情報を抽出することができない。そこで単一アンテナのときと同様に式(15)について絶対値を取る。この処理によって
【数44】
に関して変化するのはi番目のセンサ12およびj番目のセンサ12のチャネルの振幅に限られる。よって式(15)の絶対値について、
【数45】
に対する期待値を取ると以下のように表される。
【数46】
【0041】
一般に、動的な伝搬路応答では振幅の確率分布は任意の形となるため、式(16)はRSSIとTDOA情報の抽出が可能であることを示している。以上から複数アンテナを用いた場合、伝搬路の相互相関にはRSSI、TDOA、DOAの位置によって決定される3つの情報が含まれていることを示した。よって、式(10)に示されるように受信信号は位置、送信電力および規格化フィルタにも依存するため、式(12)、式(15)で表される相互相関および式(13)、式(16)に示した絶対値の期待値を各センサの受信信号から作成し、さらに受信信号をセンサにおける最大平均受信電力によって規格化すると、以下の式に書き表すことができる。
【数47】
【0042】
また、位置候補ψ、規格化フィルタ候補gおよび伝搬学習プロセスで取得した伝搬路情報の統計量から作成したレプリカは式(3)から以下のように表される。
【数48】
【数49】
は推定規格化フィルタ候補gから作成したレプリカ送信信号
【数50】
の自己相関
【数51】
と、推定候補位置ψおよび伝搬路の学習プロセスで取得した動的伝搬路応答の統計量から作成したi番目のセンサ12の第kアンテナおよびj番目のセンサ12の第lアンテナの伝搬路応答
【数52】
の相互相関を畳み込み、
【数53】
に対する期待値を取ったものである。
【0043】
また、
【数54】
は畳み込みに対して絶対値を取った後に
【数55】
に対する期待値を取ったものである。よって、式(17)、式(18)、式(21)を用いて、未知発信源の位置および規格化フィルタを以下の最尤推定法によって推定できる。
【数56】
式(22)において未知発信源の位置および規格化フィルタの2つのパラメータを変化させ、実際の受信信号から作成した
【数57】
とレプリカから作成した
【数58】
との差の二乗和が最小となったものがそれら2つのパラメータの推定値となる。また、真値同士の相互相関を引いた値は雑音となる。
【0044】
3.DSMを実現するための送信電力推定
式(9)および式(22)を用いることで未知発信源の位置推定を行うことができるが、DSMのスペクトラムマップ作成のためには未知発信源の送信電力も知る必要がある。そこで、未知発信源の位置推定後に学習した伝搬路情報およびRSSIを用いることで、以下の最尤推定法から未知発信源の送信電力Ptxを推定する。
【数59】
【0045】
ただし、
【数60】
であり、平均受信電力を表している。また、Ptx,0は未知発信源の真の送信電力であり、
【数61】
は未知発信源の推定送信電力および学習した伝搬路情報から作成した推定平均受信電力である。式(23)において未知発信源の送信電力をパラメータとして変化させ、実際の平均受信電力との差の和が最小となったものが送信電力パラメータの推定値となる。
【0046】
4.検出システム
図4は、本発明の実施例に係る屋内環境における位置推定と特徴量のイメージを示す。屋内環境として、教室が想定され、教室には、第1センサ12a、第2センサ12b、第3センサ12cが設置される。また、教室には、携帯端末302を携帯した人がいる。また、図4では、各センサ12において、携帯端末302から出力された信号による伝搬路応答、遅延時間も示される。
【0047】
図5は、本発明の実施例に係る検出システム300の処理手順を示す。検出システム300は、例えば、不正行為検出システムであり、図5は、不正行為検出システムの目指す全体像と、位置指紋の学習から位置推定を行うまでのフローチャートを示す。図5に示した通り、検出システム300は、信号発信源である携帯端末302、それを受信する複数のセンサ12からなるセンサ群、位置指紋を実空間にマッピングするカメラ、そして位置指紋と実空間を紐づけて保存し、統計化や特徴量抽出を行うデータベースが含まれた発信源推定装置50の4つの要素で成り立っている。
【0048】
学習プロセスでは、日常的に使用されている携帯端末302から発信される信号を複数のセンサ12で受信し、位置指紋を作成する。位置指紋は離散的に配置されている席ごとの特徴量であるが、これだけでは実空間上の位置と関係を持たないため、カメラや、すでに実空間に紐づけて学習されている位置指紋を用いて、実空間上の位置の情報と紐付けることで位置の関数とする必要がある。発信源推定装置50は、このようにして位置情報を紐付けられた位置指紋を、位置の関数としてデータベースに記録する。さらにデータベースでは、位置指紋を記録する機能だけではなく、蓄積された位置指紋を統計的に処理することで、特徴量を強調するなど、より効率的な学習を行う。
【0049】
推定プロセスでは、まずはじめに、受信された信号が試験会場内から発信されたものであるかどうか受信電力から判断する。受信電力が十分に大きければ、試験会場内から通信が行われたと判断し、位置推定を行う。推定プロセスでは、学習プロセスと同様に、発信源推定装置50が、携帯端末302から発信される信号を複数センサで受信して位置指紋を作成し、位置の関数として学習された位置指紋と比較を行い、最も近い位置指紋が紐付けられた席を位置推定結果として出力する。
【0050】
5.実験環境
検出システム300の実証を行うために、携帯端末302として、LTE(Long Term Evolution)端末を用いた位置推定の実験を行った。図6は、検出システム300に対する屋内実験の緒元を示し、図7は、検出システム300に対する実験環境を示す。実験環境は、10.8m×16.85mの教室であり、部屋の四隅にアンテナ1本のセンサを配置した。これらは、第1アンテナ60aから第4アンテナ60dと示される。部屋の中央に3本の円形アレーアンテナ(間隔0.45λ)のセンサを配置した。これらは、第5アンテナ60eから第7アンテナ60gと示される。
【0051】
測定間隔は試験などが行われると想定し、横方向1.2m、縦方向0.78mの2席間隔、合計114席で測定を行った。また、教室の環境は変動しないが、不正行為をする端末自身は一定の位置に定まらない準静的な環境を想定するために、各席の測定は、送信端末を2cmごとに動かし、合計10点の測定を行った。このとき各測定点では2点ずつ測定し、席ごとに合計20サンプルの測定を行っている。このような環境の中で本実験ではLTE端末から送信される信号を受信し、各席における伝搬路情報を位置指紋情報として得ることを考える。なお、今回はカメラを用いた位置情報の紐づけは行わず、学習対象となる席は既知のものとしている。また、今回センサ間の時間同期は校正済みであり、実証実験のためにLTE端末は1台である。さらに、今後の説明のために席番号を左上の席から右へ1、2、3と定義する。
【0052】
6.統計的学習
本実験で用いる統計的学習は、複数センサのアンテナ間受信信号相互相関が伝搬路応答の情報を含む性質を利用する。これは、既存の位置指紋法では伝搬路応答に含まれるRSSI、TDOA、DOAの中で、一部の情報を用いた位置推定が一般であるが、ここでは伝搬路応答の情報すべてを利用することができる。本実施例では、このアンテナ間の受信信号相互相関を位置指紋とし、さらに、アンテナ間の受信信号相互相関の性質から、既知の基準信号系列を用いた手法を提案する。
【0053】
6.1基準信号系列の自己相関
アンテナ間の受信信号相互相関には、伝搬路応答のほか、送信信号の自己相関の情報が畳み込まれている。送信信号の自己相関は位置推定に関する情報が含まれていないため、位置に関係なく変動が少ないものが望ましい。しかし、送信信号の変調方式は常に一定とは限らないため、送信信号の自己相関の形状は時々刻々と変化する。そこで、無線通信システムの基準信号系列を用いることを考える。この系列は情報量を運ばずに、シンボル同期や伝搬路品質の推定を行うための系列であり、系列パターンは一般に既知である。
【0054】
基準信号系列には通常PN系列などの擬似雑音行列が用いられており、自己相関が遅延時間τ=0でのみ高い値を示すことが知られている。そのため、既知の基準信号系列のアンテナ間受信信号相互相関を位置指紋とすることにより、送信信号の自己相関が一定な、伝搬路応答のみに依存する位置指紋を得ることが可能となり、より高精度な位置推定が行えると考えられる。本実施例では実際に、既知の基準信号系列を用いた受信信号相互相関による位置指紋の取得を行った。
【0055】
6.2LTEの基準信号系列
実験環境の項で述べた通り、LTEを通信システムとした携帯端末302で実験を行ったため、ここでLTEの上りリンクの仕様について簡単に述べ、本実施例で用いるLTEの基準信号系列について説明する。LTEの上りリンクのはSC−FDMAと呼ばれるOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)の一種である通信方式を採用しており、多数のサブキャリアによる通信が行われる。
【0056】
図8は、検出システム300において使用されるLTEのリソースブロックを示す。これは、LTEの周波数とシンボル時間の設計を示す。横方向が時間を表しており、縦方向が周波数リソースを表している。LTEでは最小のリソース単位として、1msのタイムスロットが14または12のシンボルで構成されており、180KHzのリソースブロックが15KHzのサブキャリア12本で構成されている。このような通信チャネルのほかに、シンボル同期を行うDRS(Demodurate ReferenceSignal)と伝搬路品質を推定するためのSRS(SoundingReference Signal)がある。
【0057】
本実施例では、伝搬路推定用のSRSを利用した。SRSは伝搬路推定のための基準信号系列であり、その目的から広帯域信号(6−110RB)となっており、通信中は定期的(2、5、10、20、40、80、160、320msごと)に送信される。そのため、比較的頻繁に広帯域の基準信号系列を得られるといえる。SRSの帯域幅と送信間隔はオペレータ依存であるが、本実施例では、SRSの帯域幅として3.6MHz=20RBを使用した。
【0058】
SRSの時間信号は、以下の式で定義されるZadoff−Chu系列(ZC系列)のDFTとなっている。
【数62】
【数63】
【数64】
【数65】
ここで、sSRS(kΔt)はSRSの離散時間信号、kは時間インデックス、Δtはサンプル時間、nはサブキャリアインデックス、uはZC系列のグループ番号、vはグループのシーケンス番号、αはユーザー間直交化パラメタ、NZCはZC系列の系列長、
【数66】
はサブキャリア数である。
【0059】
ZC系列のDFTもまたZC系列であることが知られており、ZC系列のDFT、すなわちSRSの時間信号の自己相関は遅延時間τ=0でのみ高いピーク値を持つ。図9は、検出システム300において使用されるLTEの基準信号によるアンテナ間相互相関を示す。これは、ZC系列を用いたSRSのアンテナ間受信信号相互相関に関するイメージである。このようにして、送信信号の自己相関を排除した、帯域制限された伝搬路応答の情報を含む位置指紋が取得できる。屋内実験では、このSRSを受信することで、各離散位置にある席の位置指紋を取得する。
【0060】
このように取得された位置指紋に対して、統計的処理を行うことで位置指紋を統計的に学習することが可能となり、既存の位置指紋法の問題であった、膨大な指紋取得点数の問題を解決することができる。屋内実験では、席ごとに蓄積した20のデータに対し、19を学習用、1を推定用とすることで学習量を処理した。学習用の19データに対しては、相互相関の遅延時間方向の値についてKL変換を行うことで、特徴量を抽出し時限削減を適当に行った。
【0061】
7.推定手法
位置推定では、前節で得られた位置指紋のデータベースに対し、推定用の位置指紋が最も近い席を探索する問題となる。位置指紋の形状をパターンとして見たとき、さまざまなパターンマッチング手法が適応可能であると考えられる。屋内実験では、事前に学習用位置指紋からKL変換基底とその変換後の位置指紋特徴量を取得しているため、推定用位置指紋を席ごとのKL変換基底で変換し、変換後のベクトルについて最尤推定を行うアプローチをとった。
【0062】
8.実験結果
実験諸元は前述の通りであり、TDOA、RSSI、本実施例すべてで20サンプルを用いて20回位置推定を行い、席ごとの位置推定結果の平均距離誤差について評価した。本実施例では、20のサンプルから順番に推定サンプルをひとつずつ取り出して、席ごとに20回の位置推定を行った。図10は、検出システム300と旧来手法との比較を示す。ここでは、横軸が図7に示した席番号、縦軸が席ごとの平均距離誤差であり、TDOA、RSSI、本実施例のすべての席の推定距離誤差平均はそれぞれ3.94m、3.02m、0.42mとなっている。これらから、本実施例が大幅に推定精度を改善しているといえる。
【0063】
図11は、検出システム300の平均誤差範囲を示す。これは、本実施例について、その誤差を円で可視化したものである。これから、本実施例の誤りは高々隣席までであり、検出システム300の求める位置推定精度としては十分であることがわかる。
【0064】
9.装置構成
図12は、本発明の実施例に係る発信源推定装置50の構成を示す図である。フュージョンセンタ10は、取得部70、第1導出部72、記憶部74、第2導出部76、選択部78、出力部80を含む。まず、(i)単一アンテナの場合について説明する。取得部70は、離散的な複数の候補位置のいずれかの近傍に配置された携帯端末302から送信された送信信号が、互いに異なった既知位置に配置された複数のセンサ12のそれぞれにおいて受信されており、複数のセンサ12のそれぞれから受信信号を取得する。ここで、離散的な複数の候補位置は、図7に示した各席に相当する。受信信号は、式(1)のように示される。
【0065】
第1導出部72は、取得部70において取得した受信信号に対してセンサ12間における相互相関を導出するとともに、相互相関の絶対値の期待値を導出する。第1導出部72での処理は、式(5)から式(7)に相当する。特に、相互相関の絶対値の期待値は、式(5)に相当する。
【0066】
記憶部74は、第1導出部72において導出した期待値に対するレプリカを予め記憶する。このようなレプリカは、各候補位置に対して、予め取得されている。前述のごとく、レプリカを導出するために、ひとつの候補位置に含まれた各測定点では2点ずつ測定しているので、候補位置ごとに合計20サンプルの測定を行っている。つまり、ひとつのレプリカは、ひとつの候補位置の近傍における複数の測定点のそれぞれからの受信信号を反映させて生成されている。具体的に説明すると、レプリカは、式(8)のように示されており、測定点からの受信信号をもとに導出されたレプリカを、複数の測定点にわたって平均することによって、ひとつの候補位置に対するレプリカが導出される。
【0067】
第2導出部76は、記憶部74に記憶したレプリカと、第1導出部72において導出した期待値との誤差を導出する。選択部78は、第2導出部76における候補位置を変更したレプリカを使用しながら、第2導出部76に対して処理を繰り返し実行させることによって導出された複数の誤差から、ひとつの誤差を選択する。この処理は、式(9)において、最小値を選択することに相当する。出力部80は、選択部78において選択した誤差に対応した候補位置を、携帯端末302が存在する座席の位置として出力する。
【0068】
次に、(ii)複数アンテナの場合について説明する。取得部70は、センサ12に複数のアンテナ60が備えられている場合、アンテナ60ごとの受信信号を取得する。受信信号は、式(10)、式(11)のように示される。第1導出部72は、異なったセンサ12に備えられたアンテナ60間において、相互相関の絶対値の期待値を導出する。相互相関の絶対値の期待値は、式(18)に相当する。また、第1導出部72は、同一のセンサ12に備えられたアンテナ60間における受信信号の相互相関の期待値も導出する。相互相関の期待値は、式(17)に相当する。
【0069】
第2導出部76は、異なったセンサ12に備えられたアンテナ60間に対する期待値とレプリカから誤差を導出するとともに、同一のセンサ12に備えられたアンテナ60間における期待値とレプリカからも誤差を導出する。前者は、式(22)の右辺の第2項に相当し、後者は、式(22)の右辺の第1項に相当する。
【0070】
この構成は、ハードウエア的には、任意のコンピュータのCPU、メモリ、その他のLSIで実現でき、ソフトウエア的にはメモリにロードされたプログラムなどによって実現されるが、ここではそれらの連携によって実現される機能ブロックを描いている。したがって、これらの機能ブロックがハードウエアのみ、ソフトウエアのみ、またはそれらの組合せによっていろいろな形で実現できることは、当業者には理解されるところである。
【0071】
10.変形例
実施例では、教室で試験が行なわれている状況を想定し、そのような状況に検出システムを適用している。その際、検出システムによって、教室に持ち込まれている携帯端末を特定することによって、試験における不正行為が抑制される。一方、変形例では、工場でプレス機等が動作している状況を想定し、そのような状況に検出システムを適用している。その際、検出システムによって、工場内の携帯端末を特定することによって、工場内に存在する作業員が認識される。試験が行なわれている教室では、人が動作することによって伝搬環境が変動する。一方、工場では、人が動作することによって伝搬環境が変動するとともに、プレス機等の動作によっても伝搬環境が変動する。そのため、工場での伝搬環境の変動は、教室での伝搬環境の変動よりも大きくなる傾向にある。
【0072】
図13(a)−(b)は、本発明の変形例において使用されるプレス機230の構成を示す図である。これは、工場に設置されている機械の一例であり、機械はこれに限定されない。プレス機230は、フレーム210、ボルスタ212、スライド214、コネクティングロッド216、クランクシャフト218、スライドギブ220、フライホイル/クラッチ222を含む。
【0073】
フレーム210は、加圧力を受ける。ボルスタ212には、金型が固定される。スライド214には、金型が取り付けられ動作する。コネクティングロッド216は、クランクシャフト218とスライド214を連結しエネルギーを伝える。クランクシャフト218は、回転運動をコネクティングロッド216を介し直線運動に変換する。スライドギブ220は、スライド214の動きを拘束する。フライホイル/クラッチ222は、フライホイルでエネルギーを蓄えクラッチの断続によりスライド214を作動させる。
【0074】
このような構成によって、プレス機230はモータの回転をクランクシャフト218に伝え、コネクティングロッド216を介しスライドギブ220に拘束されたスライド214を上下させる。スライド214は往復運動(一般的には上下)をしそれに対し固定されたボルスタ212がある。ボルスタ212はベッド上に固定されフレーム210、タイロッド等によりスライド駆動機構部と連結され加圧力を受ける構造になる。
【0075】
図13(a)では、スライド214が上下運動の上の位置に配置され、図13(b)では、スライド214が上下運動の下の位置に配置されている。スライド214の位置が異なることによって、伝搬環境が異なる。プレス機230の動作によって、図13(a)の状態と図13(b)の状態とが反復的に繰り返される。その結果、伝搬環境が変動する。
【0076】
変形例に係る検出システム300は、図5と同様のタイプであり、変形例に係る発信源推定装置50は、図12と同様のタイプである。ここでは、差異を中心に説明する。記憶部74に記憶されたひとつのレプリカは、物体の各移動位置のそれぞれに応じた受信信号を反映させて生成されている。つまり、これまでのように候補位置の近傍に複数の測定点を設定して、各測定点でのレプリカが生成されているだけではなく、ひとつの測定点においても、図13(a)の状態でのレプリカと図13(b)の状態でのレプリカとが生成されている。ひとつの候補位置のレプリカは、これらのレプリカが平均されることによって生成されている。
【0077】
本発明の実施例によれば、離散的な複数の候補位置のそれぞれに対するレプリカをもとに、携帯端末の位置を推定するので、推定すべき位置の候補を限定できる。また、推定すべき位置の候補が限定されるので、処理量の増加を抑制できる。また、レプリカは予め取得されているので、処理量の増加を抑制できる。また、推定すべき位置の候補を座席に対応づけるので、処理量の増加を抑制しながら、推定精度の悪化も抑制できる。また、ひとつのレプリカは、ひとつの候補位置の近傍における複数の位置のそれぞれからの受信信号を反映させて生成されているので、携帯端末の位置がずれることによる影響を低減できる。また、ひとつのレプリカは、機械の動作位置を反映させるように生成されているので、機械の動作による影響を低減できる。また、処理量の増加が抑制されるので、コストを低減できる。
【0078】
以上、本発明を実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素の組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【符号の説明】
【0079】
10 フュージョンセンタ、 12 センサ、 14 未知送信源、 16 既知情報データベース、 50 発信源推定装置、 60 アンテナ、 70 取得部、 72 第1導出部、 74 記憶部、 76 第2導出部、 78 選択部、 80 出力部、 100 DSMシステム、 300 検出システム、 302 携帯端末。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図12
図13
図11