【実施例】
【0043】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0044】
<実施例1>
i)感温性カチオン性ホモポリマーの光重合による合成
2−(N,N−ジメチルアミノエチル)メタクリレート7.0gを50mL容の透明軟質ガラス製のバイアル瓶へ加えてマグネットスタラーで混合し、高純度窒素ガスで10分間パージした後に、丸型ブラック蛍光灯で紫外線を21時間照射した。約5時間で増粘し、15時間で固化した。光照射物をクロロホルムへ溶解して回収し、n−ヘキサンで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/n−ヘキサン系で6回再沈殿を繰り返して精製し、n−ヘキサンを蒸散させた後に少量のベンゼンへ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて感温性カチオン性ホモポリマーを得た。
【0045】
ポリエチレングリコールを標準物質とした数平均分子量は、GPCにより120,000(Mw/Mn=2.4)と測定された。続いて、
1H−NMR(in CD
3OD)の測定結果は、δ0.8−1.2ppm(br,3H,−CH
2−CH
3−),δ1.6−2.0ppm(br,2H,−CH
2−CH
3−),δ2.2−2.4ppm(br,6H,N−CH
3),δ2.5−2.7ppm(br,2H,CH
2−N),δ4.0−4.2ppm(br,2H,O−CH
2)となった。
【0046】
ii)曇点の測定
i)で合成した感温性カチオン性ホモポリマー(以下、単に「ポリマー」と称す。)の3重量%(以下、「%」は「重量%」を示す。)水溶液(以下、単に「ポリマー溶液」と称す。)を調製し、660nmでの吸光度の温度依存性を20℃〜40℃の間で測定した。なお、このii)での測定は、40℃で懸濁させたポリマーの水溶液を毎分1℃の速度で20℃まで降温させて行き、溶液が透明となった時の温度を曇点とした。その結果、32℃付近に曇点を有することが分かった。
【0047】
iii)Tris999添加効果の測定例I
2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(和光純薬製、Tris999、以下「Tris」と記載する。)の顆粒をii)で調製したポリマー溶液と混合し、水を加えて終濃度を1mM〜1000mMの範囲に調整した。ポリマーの終濃度は0.01%〜2.5%の範囲で調整した。
【0048】
室温において、Trisの顆粒をポリマー溶液へ混合した瞬間にポリマー溶液は懸濁を開始し、ポリマー濃度0.5%以上では溶液全体がゲル化し、ポリマー濃度0.2%未満では凝集したポリマー塊が水と相分離して沈殿した。Tris顆粒の濃度としては10mM未満では凝集したポリマー塊が水と相分離して沈殿し、100mM以上では溶液全体がゲル化した。ポリマー側鎖と2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール分子が定量的に架橋性の結合を起すことによりポリマー材料が凝集しやすくなっているものと考えられる。ポリマー塊が凝集相分離した系、ゲル化した系ともに冷蔵庫中へ移すと速やかに溶解して無色透明な水溶液となり、室温へ戻すと応答性良くポリマー塊が凝集相分離した系かゲル化した系へ戻り、繰り返しこの操作を行なっても応答性に変化はなく可逆的に相転移する現象が起こることが確認された。
【0049】
上記ii)と同様にして曇点を測定した結果を表1に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
iv)Tris添加効果の測定例II
上記i)で合成したポリマーとTrisを水に溶解し、終濃度をポリマー0.1%、Trisはポリマーとの重量比で0、0.5、1.0、2.0、4.0又は8.0となるように調整した。なお、0はTrisを添加しなかったものである。
【0052】
各水溶液2mLを10mm×10mm角石英セル(厚み1mm)へ入れ、37℃の水浴で加温して白濁させた。
【0053】
25℃の恒温室に設置した吸光度計に各セルをセットし、波長600nmの光透過率の経時変化を測定した。結果を
図1に示す。
【0054】
図1の通り、Trisの添加量が多くなるほど白濁液が透明になるまでの時間が長くなる。これは、Trisの添加量が多くなるほど、ポリマー材料が凝集し易くなるためであると考えられる。
上記iii)の実験は、曇点以上の温度環境で凝集させたポリマー溶液が速やかに透明になる時の温度を測定した評価系であり、このiv)の実験は、凝集させたポリマーを25℃に維持した際に溶解するまでの時間を測定した評価系であり、いずれの場合も『曇点』と呼んで良いと考えられるが、測定方法によって差異が生じることが分かる。
【0055】
v)Tris添加効果の測定例III
上記i)で合成したポリマーとTrisを水に溶解し、終濃度をポリマー0.1%、Trisはポリマーとの重量比で0、0.5、1.0、2.0、4.0又は8.0となるように調整した。なお、0はTrisを添加しなかったものである。
【0056】
各水溶液2mLを10mm×10mm角石英セル(厚み1mm)へ入れた。
【0057】
20℃の恒温室に設置した吸光度計に各セルをセットし、40分経過後、波長600nmの光透過率を測定した。
【0058】
また、温度を21℃、22℃、・・・又は37℃(1℃刻み)としたこと以外は上記と同じ測定を行った。結果を表2に示す。
なお、上記iv)の実験の結果から、水溶液の温度を一定に維持した場合、約30〜40分後にポリマーの状態が安定化することが分かっているため、このv)の実験での測定値が外的因子の影響を受けにくい『曇点』であると言える。
【0059】
【表2】
【0060】
表2の通り、このポリマーの曇点は32℃であり、Trisを添加することにより曇点が低下すること、Trisの添加量と曇点低下量との間には緩い相関があることが認められた。
【0061】
vi)Tris添加効果の測定例IV
上記i)で合成したポリマーとTrisを重水に溶解し、終濃度をポリマー0.1%、Trisはポリマーとの重量比で0.65、1.3、2.6又は5.8となるように調整した。
【0062】
各Tris/ポリマー溶液について、4℃、25℃又は37℃の各温度でNMRを測定し、ポリマー側鎖の−N(CH
3)
2の
1H積分値とTris中の−CH
2−の
1H積分値との比を算出し、結果を
図2に示した。
【0063】
図2より明らかなように、ポリマー側鎖の−N(CH
3)
2の
1Hの積分値とTris中の−CH
2−の
1Hの積分値の比は、4℃では配合比通りとなっているが、25℃ではTris添加量が多い領域で理論値からはずれてゆき、37℃ではポリマー側鎖のピークは検出されない。これは、疎水凝集によるミセル形成によって遮蔽された結果であると考えられる。
【0064】
vii)Tris添加効果の測定例V
上記i)で合成したポリマーとTrisを水に溶解し、終濃度をポリマー0.1%、Trisはポリマーとの重量比で0、0.5、1.0、2.0、4.0又は8.0となるように調整した。なお、0はTrisを添加しなかったものである。
【0065】
各Tris/ポリマー溶液について、それぞれ40℃で凝固させたものを瞬時に25℃まで冷却して維持した際の微分DSC曲線を測定し、結果を
図3に示した。
図3より、Tris配合量の増大に伴い、吸熱が起こる(疎水凝集体が溶解する)までの時間に遅延が生じることが分かる。
【0066】
以上の実験の通り、3つの原理の異なる測定、即ち、
測定例II:水中凝集による光透過性(濁り)
測定例IV:水中での疎水凝集による磁場遮蔽
測定例V:再溶解時の熱エネルギー変化
の測定結果から、Trisを配合することによって、Tris/ポリマー組成物の熱的応答性が変化することが確認された。
この結果から、本発明によれば、Tris配合によって、25℃での操作中にポリマーのコーティング層が溶出してしまうことを防ぎ、温度感応的に形成された凝集層の目的を十分に発揮できるという効果が得られることが分かる。
【0067】
viii)体表面(室温)へ滴下したポリマー
ラット背部皮膚の一部を切開して表皮を切除して露出させた。
【0068】
2.5%ポリマー溶液(100mM Trisと、視認しやすくする目的で少量転換したエオシン色素を含む)を冷蔵庫から出して速やかに露出部位へ滴下した。体表面温度はほとんど室温であったが、液垂れすることなく、滴下部位で硬化した。さらに室温で保管した生理食塩水で洗浄したが、硬化したポリマーは流出することなく滴下部位へ留まった。室温でも水溶液とならずにゲル化状態を維持することが確認された。
【0069】
ix)止血剤としての使用
ウサギ腹部動脈を露出させ、枝血管を切除して出血させた。上記iv)で調製したポリマーを出血部位へ滴下すると、ポリマーは出血部位でゲル化して固着した。さらにポリマーが僅かに帯電している陽電荷の効果で血液の凝集が起こり出血を止めることができた。
【0070】
<比較例1>
上記i)で合成したポリマーの2.5%水溶液へ、(A)何も加えないか、(B)100mMTris緩衝溶液(等モル塩酸塩)を加えること以外は上記viii)と同様の実験を行うと、A,Bいずれの材料も体表面へ固着することなく液垂れして流出し、生理食塩水の洗浄で、完全に除去された。曇点が体表面の温度(室温に近い)以上であり、疎水性の凝集(ゲル化)が起こらないためである。