(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6032494
(24)【登録日】2016年11月4日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】構造物の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステム
(51)【国際特許分類】
G01H 1/00 20060101AFI20161121BHJP
G01M 7/02 20060101ALI20161121BHJP
【FI】
G01H1/00 E
G01M7/00 A
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-128315(P2013-128315)
(22)【出願日】2013年6月19日
(65)【公開番号】特開2015-4526(P2015-4526A)
(43)【公開日】2015年1月8日
【審査請求日】2015年11月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 詔男
(74)【代理人】
【識別番号】100146835
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 義文
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(72)【発明者】
【氏名】白石 理人
【審査官】
山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−264235(JP,A)
【文献】
特開平11−044615(JP,A)
【文献】
特開2008−134182(JP,A)
【文献】
特開2003−322585(JP,A)
【文献】
特開2012−083172(JP,A)
【文献】
米国特許第05327358(US,A)
【文献】
特開2009−008562(JP,A)
【文献】
特開2012−168008(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H 1/00 − 17/00
G01M 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の損傷を検出する方法であって、
前記構造物の構造フレームを形成する複数の構造部材の接合部に振動センサを設置し、
前記接合部と該接合部を構成する複数の構造部材を部分構造として分割し、
前記接合部に接合した各構造部材の一端部の反対側の他端部が接合する他の接合部に設置した振動センサの検出情報を入力、前記接合部の振動センサを出力として、各部分構造の動特性の入出力関係をシステム同定し、
時刻的に前後の前記部分構造のシステムを比較し、
前記部分構造を構成する前記構造部材の損傷の有無及び損傷の程度を検出するようにしたことを特徴とする構造物の損傷検出方法。
【請求項2】
請求項1記載の構造物の損傷検出方法において、
複数の前記部分構造のシステム同士を比較することを特徴とする構造物の損傷検出方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の構造物の損傷検出方法において、
前記振動センサによって、前記接合部の水平の互いに直交するX方向とY方向の2成分と、上下のZ方向の1成分と、前記X方向と前記Y方向と前記Z方向の各軸を中心とする回転3成分の計6成分の振動を検出することを特徴とする構造物の損傷検出方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の構造物の損傷検出方法において、
前記構造物の構造フレームの全ての前記接合部に前記振動センサを設置することを特徴とする構造物の損傷検出方法。
【請求項5】
構造物の構造フレームを形成する複数の構造部材の接合部に設置されるとともに、複数の接合部にそれぞれ設置される複数の振動センサと、
前記接合部と該接合部を構成する複数の構造部材を部分構造として分割するとともに複数の部分構造を複数の部分構造群に区分し、該部分構造群毎に設けられて前記振動センサからの情報を収録し演算処理する複数の分割データ収録処理装置と、
前記複数の分割データ収録処理装置の処理結果を集めて比較処理するメインデータ収録処理装置とを備えており、
前記分割データ収録処理装置は、前記接合部に接合した各構造部材の一端部の反対側の他端部が接合する他の接合部に設置した振動センサの検出情報を入力、前記接合部の振動センサを出力として、各部分構造の動特性の入出力関係をシステム同定し、
時刻的に前後の前記部分構造のシステムを比較し、
前記メインデータ収録処理装置は、前記分割データ収録処理装置で得られた複数の前記部分構造のシステム同士を比較するように構成されていることを特徴とする構造ヘルスモニタリングシステム。
【請求項6】
請求項5記載の構造ヘルスモニタリングシステムにおいて、
前記構造物が多層構造の建物であり、
各階層の構造部材の接合部にそれぞれ振動センサが設置され、
一の階層と該一の階層の上下の上階層と下階層の3つの階層の前記複数の部分構造が一つの前記部分構造群として区分され、
最下階層及び最上階層を除く全ての階層が前記一の階層として設定されていることを特徴とする構造ヘルスモニタリングシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
建築・土木構造物にセンサを設置し、このセンサからの情報に基づいて構造物(建物)の損傷の度合いを把握し、構造物の損傷検知や健全性評価を行う構造ヘルスモニタリングが注目されている。特に、オフィスビルやマンション等の多層構造の建物においては、地震が発生した際に、その被災状況を早期に且つ精度よく確認、把握、判定することが求められる。
【0003】
また、振動センサを用いて対象構造物の振動特性の変化から損傷(劣化による損傷を含む)を検出する手法は、変形や歪み等を計測するセンサを利用して損傷を直接的に検出する手法と比較し、センサ設置位置が損傷個所と同一である必要がない点で優れている。このため、対象の構造物が大きく、事前に損傷が発生する場所を予測・特定することが困難な建築・土木構造物に好適な損傷検出手法と言える。
【0004】
例えば
図3に示すように、建物1の階層毎に多数のセンサ2を設置すれば、地震時の建物1の各階(層)の応答、さらに建物1の全体の応答を精度よく把握することができる(例えば、特許文献1参照)。この場合には、多数のセンサ2をそれぞれケーブル(配線)3で一つのデータ収録処理装置4に接続し、各センサ2の検出情報(データ)を一カ所に集約して詳細な分析を行うようにしている。そして、このように建物1の階層毎に設置した多数のセンサ2で地震時の応答や変位などを検出し、建物1の各階の応答や変位などを詳細に分析することで、損傷が発生した場所を特定することができる。
【0005】
一方、例えば
図4に示すように、建物1の限られた階にセンサ2を設置し、地震時に、この限られた階の少ないセンサ2で取得した情報から建物1の各階、建物1の全体の応答を推定し、建物全体系の振動特性の変化から損傷検出を行う手法も提案されている。
【0006】
また、非特許文献1には、地震観測データとARXモデルを用い、観測されていない階の応答を近似的に推定する方法が開示されている。この方法では、まず、建物の設計モデル解析モデルのモード形と同定された観測階(センサ設置階)の刺激関数から各階の刺激関数を振動モードごとに決定する。次に、刺激関数と同定された極から、各階の変位応答を出力とするARXモデルの留数を求め、さらに、各階変位を出力とするARXモデルの外生入力パラメータを求めるようにしている。これにより、層間変位や層間変形角を求めることができ、地震による被災状況を把握し、建物の耐震性能評価を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−44615号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】池田芳樹、「ARXモデルに基づく減衰配置と地震観測されていない階の応答の近似的推定」、日本地震工学会大会梗概集、p.166−167、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記従来の少ないセンサで取得した情報から地震時の構造物の応答(建物の各階、建物全体の応答)を推定し、構造物全体系の振動特性の変化から損傷検出を行う手法においては、構造物内の損傷の有無、程度の判断を行うことは可能であるが、局所的な損傷の位置の推定を行うことは困難である。そして、損傷は構造物の一部分のみに局所的に生じることが多く、構造物全体の振動特性の変化が微小になるケースが多いため、上記従来の少ないセンサで情報取得を行う手法では、局所的な損傷の位置を精度よく推定することができないという問題があった。
なお、モード形状などから損傷位置を推定することも考えられるが、あくまで間接的な推定となり、やはり損傷の位置を精度よく特定することは難しい。
【0010】
これに対し、建物の階層毎に(構造物に)多数のセンサを設置する手法では、地震時の建物の各階の応答、さらに建物全体の応答を精度よく把握することができるが、一般的なアナログタイプのセンサを利用した場合、センサとデータ収録処理装置間にセンサ個数分の本数のケーブル配線が必要で、その取り回しが非常に複雑になる。
【0011】
また、データの収録チャンネル数(センサ数)が多数となるため、センサ間で時刻同期をとってデータ収録をすることが難しく、時刻同期をとることを前提とした損傷検出手法の適用が困難になる。すなわち、データの時刻同期が図れないことで、解析の精度の低下、信頼性の低下を招くおそれがある。
【0012】
さらに、一カ所のデータ収録処理装置に集まるデータ量は膨大で、その一括処理に要する計算負荷が非常に大きくなる。
【0013】
本発明は、上記事情に鑑み、構造物に多数のセンサを設置し、精度よく且つケーブル本数を少なくするなどして効率的に、構造物の損傷の有無、程度を検出し、損傷の位置を推定することを可能にする構造物の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達するために、この発明は以下の手段を提供している。
【0015】
本発明の構造物の損傷検出方法は、構造物の損傷を検出する方法であって、前記構造物の構造フレームを形成する複数の構造部材の接合部に振動センサを設置し、前記接合部と該接合部を構成する複数の構造部材を部分構造として分割し、前記接合部に接合した各構造部材の一端部の反対側の他端部が接合する他の接合部に設置した振動センサの検出情報を入力、前記接合部の振動センサを出力として、各部分構造の動特性の入出力関係をシステム同定し、時刻的に前後の前記部分構造のシステムを比較し、前記部分構造を構成する前記構造部材の損傷の有無及び損傷の程度を検出するようにしたことを特徴とする。
【0016】
本発明の構造モニタリングシステムは、構造物の構造フレームを形成する複数の構造部材の接合部に設置されるとともに、複数の接合部にそれぞれ設置される複数の振動センサと、前記接合部と該接合部を構成する複数の構造部材を部分構造として分割するとともに複数の部分構造を複数の部分構造群に区分し、該部分構造群毎に設けられて前記振動センサからの情報を収録し演算処理する複数の分割データ収録処理装置と、前記複数の分割データ収録処理装置の処理結果を集めて比較処理するメインデータ収録処理装置とを備えており、前記分割データ収録処理装置は、前記接合部に接合した各構造部材の一端部の反対側の他端部が接合する他の接合部に設置した振動センサの検出情報を入力、前記接合部の振動センサを出力として、各部分構造の動特性の入出力関係をシステム同定し、時刻的に前後の前記部分構造のシステムを比較し、前記メインデータ収録処理装置は、前記分割データ収録処理装置で得られた複数の前記部分構造のシステム同士を比較するように構成されていることを特徴とする。
【0017】
ここで、本発明において、振動センサの設置位置は、振動センサによる計測値によって接合部の変位、速度、加速度を表すことが可能な範囲であればよく、厳密に複数の構造部材の接合部の位置だけでなく、本発明における「複数の構造部材の接合部に振動センサを設置する」とは、接合部の近傍に振動センサを設置することを含む。
【0018】
これらの発明においては、構造物の構造フレームを形成する例えば梁や柱等の複数の構造部材の接合部に振動センサを設置し、接合部とこの接合部を構成する複数の構造部材を部分構造として分割し、各構造部材の他端部が接合する他の接合部に設置した振動センサの検出情報を入力、接合部の振動センサを出力として、各部分構造の動特性の入出力関係をシステム同定し、地震の前後など、時刻的に前後の部分構造のシステムを比較することによって、部分構造を構成する構造部材の損傷の有無及び損傷の程度を検出することができる。
【0019】
そして、複数の接合部に対応した複数の部分構造に対してそれぞれ、システムの比較を行うことで、構造物の構造フレームのどの部分構造で損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0020】
また、上記のように複数の接合部に対応した複数の部分構造に対してそれぞれ、システムの比較を行って、各部分構造の損傷の有無、損傷の程度を検出する処理装置(分割データ収録処理装置)と、分割データ収録処理装置で得られた複数の部分構造のシステム同士を比較してどの構造部材に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定するメインデータ収録処理装置とを分けることができる。
【0021】
これにより、多数の振動センサを構造物に設けるようにした場合であっても、複数の振動センサからの情報を処理する分割データ収録処理装置を複数設け、これらの分割データ収録処理装置からの出力情報をメインデータ収録処理装置で一つにまとめて処理することができ、構造物に多数のセンサを設置した場合であっても、ケーブル本数を少なくすることが可能になる。
【0022】
よって、構造物に多数のセンサを設置し、精度よく且つケーブル本数を少なくするなどして効率的に、構造物の損傷の有無、程度を検出し、損傷の位置を推定することが可能になる。
【0023】
また、本発明の構造物の損傷検出方法においては、複数の前記部分構造のシステム同士を比較することが望ましい。
【0024】
この発明においては、複数の部分構造のシステム同士を比較することで、より精度良く、どの構造部材に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0025】
さらに、本発明の構造物の損傷検出方法においては、前記振動センサによって、前記接合部の水平の互いに直交するX方向とY方向の2成分と、上下のZ方向の1成分と、前記X方向と前記Y方向と前記Z方向の各軸を中心とする回転3成分の計6成分の振動を検出することがより望ましい。
【0026】
この発明においては、振動センサによって水平2成分、上下1成分、回転3成分の計6成分の振動(変位、速度、加速度など)を計測することによって、構造部材の劣化に対しても、地震に伴う損傷に対しても、さらに精度よく、どの部分構造、構造部材に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0027】
また、本発明の構造物の損傷検出方法においては、前記構造物の構造フレームの全ての前記接合部に前記振動センサを設置することがさらに望ましい。
【0028】
この発明においては、構造物の構造フレームの全ての接合部に振動センサを設けることで、さらに確実に、精度よく、どの部分構造、構造部材に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0029】
また、本発明の構造ヘルスモニタリングシステムにおいては、前記構造物が多層構造の建物であり、各階層の構造部材の接合部にそれぞれ振動センサが設置され、一の階層と該一の階層の上下の上階層と下階層の3つの階層の前記複数の部分構造が一つの前記部分構造群として区分され、最下階層及び最上階層を除く全ての階層が前記一の階層として設定されていることが望ましい。
【0030】
この発明においては、構造物がオフィスビルやマンションなどの多層構造の建物であり、梁と柱の構造部材の接合部に振動センサを設置し、一の階層とこの一の階層の上下の上階層と下階層の3つの階層の複数の部分構造を一つの部分構造群として区分し、これら部分構造群の振動センサからの出力情報を部分構造群毎に設けられた複数の分割データ収録処理装置で処理することができる。
【0031】
そして、各分割データ収録処理装置で各部分構造群の一の階層の複数の部分構造に対してそれぞれ、システムの比較を行い、構造物の構造フレームのどの部分構造で損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0032】
また、複数の部分構造群のそれぞれの一の階層の複数の部分構造のシステムをメインデータ収録処理装置でまとめ、各階層のシステム同士を比較することで、どの構造部材に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を確実に特定することができる。
【0033】
よって、構造物に多数のセンサを設置し、より精度よく且つケーブル本数を少なくするなどしてより効率的に、構造物の損傷の有無、程度を検出し、損傷の位置を推定することが可能になる。
【発明の効果】
【0034】
本発明の構造物の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステムにおいては、構造物内に局所的に生じた損傷位置の特定が可能になり、従来と比較し局所的な損傷に対する感度を著しく高めることができ、より高精度で、信頼性の高い健全性評価、耐震性評価、劣化度評価を行うことが可能になる。
【0035】
また、一般的なアナログタイプのセンサを利用した場合には、任意の位置にセンサを設置することができ、データ収録処理装置1台当たりのセンサ台数を少なくし、ケーブル本数も少なくすることができる。これにより、確実に複数のセンサで時刻同期をとったデータ収録を容易に行うことができ、さらに高精度で、信頼性の高い健全性評価、耐震性評価、劣化度評価を行うことが可能になる。
【0036】
また、任意の位置にセンサを設置することができることから、予め、例えば損傷・劣化しやすい部位、損傷・劣化が疑われる部位等の構造物の任意の部分のみを対象とすることができる。
【0037】
さらに、データ処理を複数の処理装置で分散的に行えるため、個々の処理装置における計算負荷を低くすることが可能になり、比較的低性能の計算機等を用いてデータ収録処理装置を構成することが可能になる。これにより、高精度で、信頼性の高い健全性評価、耐震性評価、劣化度評価を実現しつつ、構造ヘルスモニタリングシステムの低コスト化を図ることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【
図1】本発明の一実施形態に係る構造モニタリングシステムを示す図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る構造モニタリングシステムを用いた構造物の損傷検出方法による検出結果を示す図である。
【
図3】建物に多数のセンサを設置した従来の構造モニタリングシステムを示す図である。
【
図4】建物に少数のセンサを設置した従来の構造モニタリングシステムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、
図1及び
図2を参照し、本発明の一実施形態に係る構造物の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステムについて説明する。
【0040】
本実施形態の構造物の損傷検出方法は、構造ヘルスモニタリングシステムを用いてオフィスビルやマンション等の多層構造の建物の健全性を確認、把握し、建物の損傷(劣化を含む)の位置を特定ための方法に関するものである。なお、本発明に係る構造物の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステムは、多層構造の建物だけでなく、土木構造物など、あらゆる構造物に適用可能である。
【0041】
はじめに、
図1に示すように、本実施形態の構造ヘルスモニタリングシステムAは、建物1の構造フレームを形成する複数の梁や柱の構造部材5の接合部6に設置されるとともに、複数の接合部6にそれぞれ設置される複数の振動センサ2と、接合部6とこの接合部6を構成する複数の構造部材5を部分構造7として分割するとともに複数の部分構造7を複数の部分構造群10に区分し、この部分構造群10毎に設けられて振動センサ2からの情報を収録演算処理する複数の分割データ収録処理装置8と、複数の分割データ収録処理装置8の処理結果を集めて比較処理するメインデータ収録処理装置9とを備えて構成されている。
【0042】
多数の振動センサ2が各階(観測層)毎に設けられ、これらセンサ2によって建物1の振動(変位、速度、加速度など)が検知される。また、建物1の各階の多数の振動センサ2が構造フレームの全ての接合部梁柱接合部)6に設置されている。なお、本実施形態において梁柱接合部6に振動センサ2を設置するとは接合部6の近傍の梁と柱の構造部材5に振動センサ2を設置することを示す。
【0043】
さらに、振動センサ2は、接合部6の水平の互いに直交するX方向とY方向の2成分と、上下のZ方向の1成分と、X方向とY方向とZ方向の各軸を中心とする回転3成分の計6成分の振動(変位、速度、加速度など)を検出する。なお、本発明の構造ヘルスモニタリングシステムは、必ずしも6成分の振動を検出することに限定しなくてもよく、6成分より少ない成分の振動を検出して構成するようにしてもよい。
【0044】
また、本実施形態の構造ヘルスモニタリングシステムAでは、建物1の一の階層とこの一の階層の上下の上階層と下階層の3つの階層の複数の部分構造7が一つの部分構造群10として区分され、最下階層及び最上階層を除く全ての階層が一の階層として設定されている。
【0045】
すなわち、本実施形態では、1つの分割データ収録処理装置8が3つの階層の部分構造群10の複数の接合部6に設置された全ての振動センサ2とケーブル3で接続され、この1つの分割データ収録処理装置8で3階層分の振動センサ2からの情報が取得される。さらに、1つの分割データ収録処理装置8が接続して設けられた一の階層の直上の上階層と、直下の下階層もそれぞれ、他の分割データ収録処理装置8が3つの階層の一の階層として接続され、前記1つの分割データ収録処理装置8と他の分割データ収録処理装置8が情報を取得する階層がラップするように複数の分割データ収録処理装置8が設けられている(ひいては部分構造群10が設定されている)。
【0046】
さらに、本実施形態の構造ヘルスモニタリングシステムAでは、複数の分割データ収録処理装置8がケーブル3によって1つのメインデータ収録処理装置9に接続され、複数の分割データ収録処理装置8で処理した出力情報がメインデータ収録処理装置9に集約され、このメインデータ収録処理装置9で収録、演算、解析される。
【0047】
そして、上記構成からなる本実施形態の構造ヘルスモニタリングシステムAを用いて建物(構造物)1の損傷を検出する際には、各階に多数配置した振動センサ2で取得した情報(データ)を建物1内に分散配置した分割データ収録処理装置8内で分散処理する。
【0048】
具体的に、
図1に示すように、まず、構造フレームの全接合部6に振動センサ2を設置するとともに複数の分割データ収録処理装置8を設置し、分散配置された各分割データ収録処理装置8で観測階層(一の階層)とその上下階層の3階層部分のセンサ2の信号(情報、データ)を収録し、これら3階層分のセンサ2のデータを、時刻同期をとって計測する。
【0049】
次に、建物1内の全ての梁柱接合部6に対し、1つの梁柱接合部6、及びこの梁柱接合部6と直接接続された柱・梁などの構造部材を仮想的な部分構造7として構造物全体系から切り離す。そして、各分割データ収録処理装置8によって、部分構造7を入出力を持つシステムと見なし、梁柱接合部6のセンサ2で観測されたデータを出力(構造部材5の一端部を接続した接合部6を出力)、接続された構造部材5の反対側端部(他端部)のセンサ2の応答データを入力として、各部分構造7の入出力関係をシステム同定する。これは柱と梁の各構造部材5が直角に接続された一般的な構造フレームの場合、最大6センサ×6成分(6軸)=36入力、1センサ×6成分(6軸)=6出力の多入力、多出力のシステム同定問題として取り扱うことができる。
【0050】
次に、各分割データ収録処理装置8によって、各同定したシステムの比較を行い、部分構造7内の損傷を検出する。このとき、大地震後の健全性診断を目的とする場合には、地震前後のデータ(時刻的に前後のデータ)からそれぞれ同定したシステムを比較し、システムに変化が認められる場合に、その地震で損傷が生じたと判断する。
【0051】
また、経年劣化の診断を目的とする場合には、基準とする時点のデータと対象時点のデータを比較し、すなわち、時刻的に前後のデータを比較し、同定したシステムの変化が認められる場合に、劣化が生じていると判断し、また、劣化の進行度合いを確認する。
【0052】
ここで、同定したシステムを比較する方法としては、例えば、時間領域でシステムの入出力関係を表すARXモデルを用いた場合において、システムを構成するAR係数の比較、AR係数から求めた固有振動数等の動特性の比較、地震前のデータから同定したシステムに地震前後のデータを入力した際の残差の比較などが挙げられる。
【0053】
そして、本実施形態の建物(構造物)1の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステムAでは、各分割データ収録処理装置8によって検出した各部分構造7の損傷検出結果を、各分割データ収録処理装置8にケーブル接続したメインデータ収録処理装置9の一カ所に集約し、このメインデータ収録処理装置9で重ね合せることによって、すなわち、各分割データ収録処理装置8で得られた複数の部分構造7のシステム同士を比較することによって、建物内部のどの箇所でどの程度の損傷・劣化が生じたかを特定する。
【0054】
例えば、
図1(「集中処理:損傷検出結果の集約」)に示すように、隣接配置(連続配置)された部分構造(a)、部分構造(b)、部分構造(c)の損傷検出結果をメインデータ収録処理装置9で対比し、検出結果がパラメータに変化ありの部分構造(a)、部分構造(b)、検出結果がパラメータに変化なしの部分構造(c)の位置関係から、部分構造(a)と部分構造(b)の両構造の構成要素である梁部材5に損傷が生じていると特定することができる。
【0055】
また、
図2に示すように、全ての部分構造7の損傷検出結果から損傷の程度に応じてマッピングを行って損傷指標として表し、建物1のどの階層のどの構造部材5に損傷が生じているのかを特定することができる。
【0056】
よって、検出結果がパラメータに変化ありの全ての部分構造に対し、その周辺の部分構造との関係を上記のように対比することで、確実に損傷が生じている部位を特定することが可能になる。
【0057】
したがって、本実施形態の構造物の損傷検出方法及び構造モニタリングシステムにおいては、構造物(建物)1の構造フレームを形成する梁や柱等の複数の構造部材5の接合部6に振動センサ2を設置し、接合部6とこの接合部6を構成する複数の構造部材5を部分構造7として分割し、各構造部材5の他端部が接合する他の接合部6に設置した振動センサ2の検出情報を入力、接合部6の振動センサ2を出力として、各部分構造7の動特性の入出力関係をシステム同定し、地震の前後など、時刻的に前後の部分構造7のシステムを比較することによって、部分構造7を構成する構造部材5の損傷の有無及び損傷の程度を検出することができる。
【0058】
そして、複数の接合部6に対応した複数の部分構造7に対してそれぞれ、システムの比較を行うことで、構造物1の構造フレームのどの部分構造7で損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0059】
また、上記のように複数の接合部6に対応した複数の部分構造7に対してそれぞれ、システムの比較を行って、各部分構造7の損傷の有無、損傷の程度を検出する処理装置(分割データ収録処理装置)8と、分割データ収録処理装置8で得られた複数の部分構造7のシステム同士を比較してどの構造部材5に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定するメインデータ収録処理装置9とを分けることができる。
【0060】
これにより、多数の振動センサ2を構造物1に設けるようにした場合であっても、複数の振動センサ2からの情報を処理する分割データ収録処理装置8を複数設け、これらの分割データ収録処理装置8からの出力情報をメインデータ収録処理装置9で一つにまとめて処理することができ、構造物1に多数のセンサ2を設置した場合であっても、ケーブル本数を少なくすることが可能になる。
【0061】
よって、構造物に多数のセンサ2を設置し、精度よく且つケーブル本数を少なくするなどして効率的に、構造物1の損傷の有無、程度を検出し、損傷の位置を推定することが可能になる。
【0062】
すなわち、本実施形態の構造物の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステムAにおいては、構造物1内に局所的に生じた損傷位置の特定が可能になり、従来と比較し局所的な損傷に対する感度を著しく高めることができ、より高精度で、信頼性の高い健全性評価、耐震性評価、劣化度評価を行うことが可能になる。
【0063】
また、一般的なアナログタイプのセンサを利用した場合には、任意の位置にセンサ2を設置することができ、データ収録処理装置1台当たりのセンサ台数を少なくし、ケーブル本数も少なくすることができる。これにより、確実に複数のセンサ2で時刻同期をとったデータ収録を容易に行うことができ、さらに高精度で、信頼性の高い健全性評価、耐震性評価、劣化度評価を行うことが可能になる。
【0064】
また、任意の位置にセンサ2を設置することができることから、予め、例えば損傷・劣化しやすい部位、損傷・劣化が疑われる部位等の構造物の任意の部分のみを対象とすることができる。
【0065】
さらに、データ処理を複数の処理装置で分散的に行えるため、個々の処理装置8、9における計算負荷を低くすることが可能になり、比較的低性能の計算機等を用いてデータ収録処理装置8、9を構成することが可能になる。これにより、高精度で、信頼性の高い健全性評価、耐震性評価、劣化度評価を実現しつつ、システムの低コスト化を図ることが可能になる。
【0066】
また、本実施形態の構造物の損傷検出方法及び構造モニタリングシステムにおいては、複数の部分構造7のシステム同士を比較することで、より精度良く、どの構造部材5に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0067】
さらに、振動センサ2によって水平2成分、上下1成分、回転3成分の計6成分の振動(変位、速度、加速度など)を計測することによって、構造部材5の劣化に対しても、地震に伴う損傷に対しても、さらに精度よく、どの部分構造7、構造部材5に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0068】
また、構造物1の構造フレームの全ての接合部6に振動センサ2を設けることで、さらに確実に、精度よく、どの部分構造7、構造部材5に損傷が発生しているのか、その損傷の程度を特定することが可能になる。
【0069】
以上、本発明に係る建物の構造物の損傷検出方法及び構造ヘルスモニタリングシステムの一実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0070】
1 構造物(建物)
2 振動センサ
3 ケーブル(配線)
4 従来のデータ収録処理装置
5 構造部材(梁、柱)
6 接合部
7 部分構造
8 分割データ収録処理装置
9 メインデータ収録処理装置
10 部分構造群
A 構造ヘルスモニタリングシステム