【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成23年度独立行政法人医薬基盤研究所基礎研究推進事業、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性を判定する方法であって、患者から単離した試料における請求項2に記載のポリヌクレオチドの存在または非存在を検出する工程を含み、前記ポリヌクレオチドの存在が検出されれば、前記患者における前記RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性が高いと判定される方法。
請求項3に記載の方法によりRETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性を判定するための薬剤であって、少なくとも15塩基の鎖長を有する下記(a)〜(c)に記載のいずれかであるポリヌクレオチドを含む薬剤
(a)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするプローブ及びRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするプローブからなる群から選択される少なくとも一つのプローブであるポリヌクレオチド
(b)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドとの融合点にハイブリダイズするプローブであるポリヌクレオチド
(c)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドとの融合点を挟み込むように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】野生型KIF5B及びRETタンパク質の構造(
図1上部の「KIF5B」及び「RET」)、肺腺がん患者において同定した4つのKIF5B−RET融合バリアント(
図1下部の「1〜4」)、及び各々のバリアントにおける切断点(
図1上部の「KIF5B」及び「RET」に付されている線(1、2、3、4、1−3)を示す概略図である。なお、
図1中「TM」は膜貫通ドメインを示す。
【
図2】肺腺がん患者(症例:BR0020)におけるKIF5B−RET融合転写産物を示す概略図である。なお、
図2の上部はペアエンドリード解析の結果を示し、下部はジャンクションリード解析の結果を示す。また、各核酸(A、T、G、C)は各々図中に示した対応する色にて識別されている。
【
図3】各肺腺がん患者におけるKIF5B−RET融合(
図3の上部)、RETキナーゼドメイン(エクソン12−13、
図3の中部)、グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH、内部標準、
図3の下部)をRT−PCRにより検出した結果を示す電気泳動の写真である。なお
図3中、「T」は各肺腺がん患者の肺腺がん組織の結果を示し、「N」は各肺腺がん患者の非がん肺組織の結果を示す(
図5においても同様)。また、BR0019はKIF5B−RET融合陰性肺腺がんの症例であり、BR0020、BR1001、BR1002、BR0030、BR1003及びBR1004はKIF5B−RET融合陽性肺腺がんの症例である(
図5においても同様)。さらに「NTC」は鋳型DNAなしの陰性対照の結果を示す。
【
図4】KIF5B−RET融合転写産物のcDNAをサンガーシークエンシングにより分析した結果を示す電気泳動図である。なお、KIF5B−RET−F1プライマー及びKIF5B−RET−R1プライマーを用いて増幅したRT−PCR産物を、KIF5B−RET−F1(BR0020、BR1001、BR1002及びBR0030)プライマー並びにKIF5B−F−orf2438(BR1003及びBR1004)プライマーを用いて、ダイレクトシークエンシングした。
【
図5】各肺腺がん患者におけるKIF5B−RET融合をゲノムPCRにより検出した結果を示す電気泳動の写真である。
図5中、KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合点(切断点結合部)を含むDNA断片の増幅に用いたプライマーの位置を写真の下に示す。また「int」はイントロンを示し、「ex」はエクソンを示す。さらに、BR0030及びBR1004の非がん肺組織に見られた非特異バンドをアステリスクで示す。
【
図6】KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合点を含むゲノム断片をサンガーシークエンシングにより分析した結果を示す電気泳動図である。なお、PCR産物はダイレクトシークエンシングにより分析し、各々のサンプルの増幅及びシークエンシングには、下記プライマーを用いた。BR0020:KIF5B−int15−F1/KIF5B−RET−R1及びRET−int11−R0.5、BR1001:KIF5B−int15−F1/KIF5B−RET−R1及びRET−int11−R1、BR1002:KIF5B−int15−F2/RET−int11−R3及びKIF5B−int15−F3.5、BR0030:KIF5B−ex16−F1/KIF5B−RET−R1及びKIF5B−ex16−F1、BR1003:KIF5B−ex23−F1/KIF5B−RET−R1及びKIF5B−ex23−F1 また、融合点における重複ヌクレオチドはBR1002及びBR0030に付した囲みで示し、KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合点における挿入(insertion)ヌクレオチドはBR1001及びBR1003に付した囲みで示す。
【
図7】KIF5B−RET融合点を含むゲノム断片をサンガーシークエンシングにより分析した結果(特にRETエクソン7−RETイントロン7を含む349bpのゲノム断片が切断点結合部に挿入されていること)を示す電気泳動図である。なお、KIF5B−ex24−F1プライマー及びRET−int7−R1プライマーを用いて増幅したPCR産物を、RET−int7−R2プライマーを用いてダイレクトシークエンシングした。
【
図8】KIF5B遺伝子とRET遺伝子とが融合している6症例のうちの2症例(BR0020及びBR1001)における、染色体10番のゲノムコピー数を調べた結果を示す概略図である。なお、コピー数はCNAGプログラム分析により推定した(
図9においても同じ)。また図中、リファレンスゲノム上のKIF5B遺伝子及びRET遺伝子の位置及び方向は矢印によって示す(
図9においても同じ)。
【
図9】KIF5B遺伝子とRET遺伝子とが融合している6症例のうちの2症例(BR0012及びBR0005)における、染色体10番のゲノムコピー数を調べた結果を示す概略図である。
【
図10】KIF5B−RET融合に関与する推定染色体再構成(バリアント1)を示す概略図である。
【
図11】蛍光標識したDNAプローブを用いて施行したin situ ハイブリダイゼーションにより検出されたBR0020症例でのKIF5B−RET融合を生じる染色体逆位を示す顕微鏡写真(観察倍率:400倍)である。当該症例においては、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域よりも5’側の上流領域にハイブリダイズするプローブ(5’RET、図中赤色の蛍光スポット)と、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域および該コード領域よりも3’側の下流領域にハイブリダイズするプローブ(3’RET、図中緑色の蛍光スポット)とのシグナルの分離(split、図中矢印にて指し示されている箇所)が検出された。また、
図11の下部に各プローブ群がハイブリダイズするゲノム上の位置を示す。
【
図12】へマトキシリン−エオジン染色したKIF5B−RET融合陽性肺腺がん(BR1004)における代表的な組織構造を示す顕微鏡写真(観察倍率:50倍)である。なお、この肺腺がん細胞において、クララ(Clara)細胞又はII型肺上皮細胞分化が認められた。また、これらの腫瘍細胞は肥厚した肺胞隔壁に沿って、腫瘍辺縁部に伸長していた(左側のスライド)。さらに、その中央部において乳頭状の増殖も認められた(右側のスライド)。
【
図13】甲状腺転写因子−1(TTF−1)に対する免疫染色を行ったKIF5B−RET融合陽性肺腺がん(BR1004)における代表的な組織構造を示す顕微鏡写真(観察倍率:50倍)である。なお、この肺腺がん細胞において、TTF−1の核におけるびまん性の強い発現が観察された。
【
図14】U133Aプラス2.0マイクアレイ分析によって、肺腺がん(ADC)及び非がん肺組織(N)におけるRETの発現レベルを評価した結果を示すプロット図である。なお、RETの発現レベルは、211421_s_atプローブ(ret proto−oncogene(multiple endocrine neoplasia and medullary thyroid carcinoma 1,Hirschsprung disease))を用いて評価した。また
図14中、「+」はKIF5B−RET融合陽性肺腺がんを評価した結果を示し、「−」はKIF5B−RET融合陰性肺腺がんを評価した結果を示す。さらに、
図14中のP値は、発現レベルの差をU検定によって評価して得られた値である。
【
図15】KIF5B−RET融合陽性の肺腺がん腫瘍サンプル(BR1004)におけるRETタンパク質の免疫組織学的染色の結果を示す顕微鏡写真(観察倍率:50倍)である。なお、この肺腺がん腫瘍サンプルにおいて、RET蛋白質は腺がん細胞の細胞質に顆粒状に発現していることが認められた。
【
図16】RET融合は認められないが、RET遺伝子の発現レベルが高い2症例における、染色体10番のゲノムコピー数を調べた結果を示す概略図である。なお、コピー数はCNAGプログラム分析により推定した。また図中、KIF5B遺伝子及びRET遺伝子の位置及び方向は矢印によって示す。
【
図17】肺腺がん及び非がん肺組織由来のシークエンスリードの分布をRET子転写産物(NM_020975.4)に沿って示した結果を示す図である。なお、KIF5B−RET融合陽性サンプル BR0020由来のシークエンスリードは融合点の下流に殆ど位置していた。一方、融合は確認されていないが、RET遺伝子の発現が認められる6サンプル(
図17中、アスタリスクによってマークしたサンプル)においては、RET転写産物全体にわたってシークエンスリードは分布しており、また変異は検出されなかった。なお
図17中「RET発現」には、オリゴヌクレオチドマイクロアレイによって評価したRETの発現レベルを示す。
【
図18】USAコホート由来の肺腺がん症例において、RT−PCRにより、KIF5B−RET融合転写産物(バリアント1、
図18の上部)及びGAPDH(内部標準、
図18の下部)を検出した結果を示す電気泳動の写真である。なお
図18中、「T」は前記コホートの肺腺がん組織の結果を示し、「N」は前記コホートの非がん肺組織の結果を示す。「USA1580」はUSAコホ―ト由来の肺腺がん症例を示す。
【
図19】USAコホ―ト由来の肺腺がん症例におけるKIF5B−RET融合転写産物(バリアント1)のcDNAをサンガーシークエンシングにより分析した結果を示す電気泳動図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<KIF5B−RET融合ポリペプチド及び該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド>
後述の実施例において示す通り、KIF5Bタンパク質とRETタンパク質との融合例が肺腺がんにおいて初めて明らかになった。したがって、本発明は、KIF5Bタンパク質のN末端部分と、RETタンパク質のC末端部分とが融合しているポリペプチド(以下、「KIF5B−RET融合ポリペプチド」とも称する)を提供する。また、本発明は、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(以下、「KIF5B−RET融合ポリヌクレオチド」とも称する)を提供する。
【0015】
本発明にかかる「KIF5B(キネシンファミリーメンバー5B、KINESIN FAMILY MEMBER 5B)タンパク質」は、KNS1(キネシン1,KINESIN1)タンパク質、UKHC(キネシン,重鎖,ユビキタス、KINESIN,HEAVY CHAIN,UBIQUITOUS)タンパク質又はKINHタンパク質とも称されるタンパク質であり、ヒトにおいては10p11.2に座乗している遺伝子にコードされているタンパク質である。本発明において、「KIF5Bタンパク質」は、ヒト由来のものであれば、典型的には配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である。さらに、本発明において、「KIF5Bタンパク質のN末端部分」とは、典型的には、前記KIF5Bタンパク質のN末端側にあるモーター領域とコイルドコイルドメインの一部又は全部とを含むものである(
図1 参照)。
【0016】
本発明にかかる「RET(トランスフェクション中の再構成、REARRANGED DURING TRANSFECTION)タンパク質」は、RETチロシンキナーゼタンパク質又はRET受容体型チロシンキナーゼタンパク質とも称され、ヒトにおいて10q11.2に座乗している遺伝子にコードされているタンパク質である。本発明において、「RETタンパク質」は、ヒト由来のものであれば、典型的には配列番号:4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である。さらに、本発明において、「RETタンパク質のC末端部分」とは、典型的には、前記RETタンパク質のC末端側にあるキナーゼドメインを含むものである(
図1 参照)。
【0017】
また、本発明の「KIF5Bタンパク質のN末端部分と、RETタンパク質のC末端部分とが融合しているポリペプチド」としては、後述の実施例において示す通り、10p11.2と10q11.2との領域間の逆位により生じた融合遺伝子がコードするポリペプチドであればよいが、典型的には、前記KIF5Bタンパク質のN末端側にあるモーター領域とコイルドコイルドメインの一部又は全部とを含むポリペプチドと前記RETタンパク質のC末端側にあるキナーゼドメインを含むポリペプチドとが融合しているポリペプチドであり、例えば、配列番号:6、8、10又は12に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0018】
本発明にかかる「KIF5Bタンパク質」、「RETタンパク質」、および「KIF5B−RET融合ポリペプチド」のアミノ酸配列は、自然界において(すなわち、非人工的に)変異しうる。また、人為的にアミノ酸に変異を導入することもできる。従って、このような変異体も本発明に含まれる。
【0019】
KIF5B−RET融合ポリペプチドの変異体としては、配列番号:6、8、10又は12に記載のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。ここで「複数」とは、通常、50アミノ酸以内、好ましくは30アミノ酸以内、より好ましくは10アミノ酸以内、特に好ましくは数個のアミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、3アミノ酸以内、2アミノ酸以内、1アミノ酸)である。
【0020】
また、KIF5B−RET融合ポリペプチドの変異体としては、配列番号:5、7、9又は11に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAがコードするポリペプチドが挙げられる。高ストリンジェンシーなハイブリダイズの条件として、例えば、0.2xSSC、65℃という条件が挙げられ、低ストリンジェンシーなハイブリダイズの条件として、例えば、2.0xSSC、50℃という条件が挙げられる。
【0021】
さらに、KIF5B−RET融合ポリペプチドの変異体としては、配列番号:6、8、10又は12に記載のアミノ酸配列と80%以上(例えば、85%、90%、95%、97%、99%以上)の相同性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドが挙げられる。配列の相同性は、BLASTX又はBLASTP(アミノ酸レベル)のプログラム(Altschul et al.J.Mol.Biol.,215:403−410,1990)を利用して決定することができる。該プログラムは、KarlinおよびAltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,87:2264−2268,1990,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:5873−5877,1993)に基づいている。BLASTX等によってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res.25:3389−3402,1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
【0022】
本発明の「KIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド」には、当該ポリペプチドをコードするmRNA、当該ポリペプチドをコードするcDNA、当該ポリペプチドをコードするゲノムDNA等が含まれる。本発明のKIF5B−RETポリペプチドをコードするcDNAの典型例は、配列番号:5、7、9又は11に記載のDNA配列からなるポリヌクレオチドである。
【0023】
なお、本発明のポリヌクレオチドは、当業者であれば、KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合遺伝子を保持する肺腺がん等から調製したcDNAのライブラリーライブラリーまたはゲノムDNAのライブラリーから公知のハイブリダイゼーション技術を利用して抽出することができる。また、前記肺腺がん等から調製したmRNA、cDNAまたはゲノムDNAを鋳型として公知の遺伝子増幅技術(PCR) を利用することにより増幅し、調製することもできる。さらに、天然型KIF5B遺伝子と天然型RET遺伝子とのcDNAを材料とし、PCR、制限酵素処理、部位特異的変異誘発(site−directed mutagenesis)法(Kramer,W.&Fritz,HJ.,Methods Enzymol,1987,154,350.)等の公知の遺伝子増幅技術や組換え技術を利用して調製することもできる。
【0024】
さらに、このようにして調製したポリヌクレオチドを適当な発現ベクターに挿入し、該ベクターを無細胞タンパク質合成系(例えば、網状赤血球抽出液、小麦胚芽抽出液)に導入してインキュベーションすることにより、また該ベクターを適当な細胞(例えば、大腸菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞)に導入し、得られた形質転換体を培養することにより、本発明のポリペプチドを調製することができる。
【0025】
<RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性を判定する方法>
後述の実施例において示す通り、KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合はがんにおける責任変異であり、該融合によってRETチロシンキナーゼタンパク質の発現の亢進、ひいてはRETチロシンキナーゼタンパク質の恒常活性化が生じ、がんの悪性化等に寄与していることが明らかになった。そのため、このような融合が検出されるがん患者においては、RETチロシンキナーゼ阻害剤による治療が有効である蓋然性が高い。
【0026】
従って、本発明は、RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性を判定する方法であって、患者から単離した試料におけるKIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの存在または非存在を検出する工程を含み、前記ポリヌクレオチドの存在が検出されれば、前記患者における前記RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性が高いと判定される方法を提供する。
【0027】
本発明において「患者」とは、がんに罹患しているヒトのみならず、がんに罹患していると疑いのあるヒトであってもよい。本発明の方法を適用する対象となる「がん」としては、KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合遺伝子の発現が認められるがんであれば特に制限はない。好ましくは肺がんであり、さらに好ましくは非小細胞肺がんであり、特に好ましくは肺腺がんである。
【0028】
本発明において「試料」とは、生体試料(例えば、細胞、組織、臓器、体液(血液、リンパ液等)、消化液、喀痰、肺胞・気管支洗浄液、尿、便)のみならず、これらの生体試料から得られる核酸抽出物(ゲノムDNA抽出物、mRNA抽出物、mRNA抽出物から調製されたcDNA調製物やcRNA調製物等)やタンパク質抽出物も含む。また、前記試料は、ホルマリン固定処理、アルコール固定処理、凍結処理又はパラフィン包埋処理が施してあるものでもよい。
【0029】
さらに、ゲノムDNA、mRNA、cDNA又はタンパク質は、当業者であれば、前記試料の種類及び状態等を考慮し、それに適した公知の手法を選択して調製することが可能である。
【0030】
本発明においてがん治療の有効性を評価する対象となる「RETチロシンキナーゼ阻害剤」としては、RETチロシンキナーゼの機能を直接的に又は間接的に抑制できる物質であれば特に制限はない。RETチロシンキナーゼを阻害しうる限り、他のチロシンキナーゼを阻害する物質であってもよい。本発明に適用し得る公知のRETチロシンキナーゼ阻害剤としては、例えば、4−(4−ブロモ−2−フルオロアニリノ)−6−メトキシ−7−(1−メチルピペリジン−4−イルメトキシ)キナゾリン(一般名:バンデタニブ(Vandetanib);VEGFR、EGFR及びRETを標的とする化合物)、4−[4−[3−[4−クロロ‐3−(トリフルオロメチル)フェニル]ウレイド]フェノキシ]−N−メチルピリジン−2−カルボアミド(一般名:ソラフェニブ(Sorafenib);BRAF及びRET等を標的とする化合物)、N−[2−(ジエチルアミノ)エチル]−5−[(Z)−(5−フルオロ−2−オキソ−1,2−ジヒドロ−3H−インドール−3−イリデン)メチル]−2,4−ジメチル−1H−ピロール−3−カルボキシアミド モノ[(2S)−2−ヒドロキシサクシネート](一般名:スニチニブ(Sunitinib);PDGFR、VEGFR、RET等を標的とする化合物)、N−(3,3−ジメチルインドリン−6−イル)−2−(ピリジン−4−イルメチルアミノ)ニコチンアミド(一般名:モテサニブ(Motesanib);PDGFR、VEGFR、RET等を標的とする化合物)、XL184/カボザンチニブ(XL184/Cabozantinib;VEGFR、MET、RET等を標的とする化合物)が挙げられる。
【0031】
本発明において「KIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの存在または非存在の検出」は、前記融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAや前記ゲノムDNAからの転写産物を対象として直接的に行うことができるが、前記転写産物からの翻訳産物(前記融合ポリペプチド)を対象として間接的に行うこともできる。
【0032】
また、前記融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAは、10p11.2と10q11.2との領域間の逆位によって形成されるものであるから、「KIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの存在または非存在の検出」においては、この逆位という現象を検出してもよい。かかる逆位の検出においては、例えば、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域よりも5’側の上流領域と、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域および該コード領域よりも3’側の下流領域との分離を検出してもよく、また、RET遺伝子のカドヘリンリピートのコード領域および該領域よりも5’側の上流領域と、RET遺伝子の膜貫通ドメインのコード領域および該コード領域よりも3’側の下流領域との分離を検出してもよく、さらに、KIF5B遺伝子のコイルドコイルドメインの一部または全部のコード領域および該コード領域よりも5’側の上流領域と、KIF5B遺伝子のコイルドコイルドメインのコード領域よりも3’側の下流領域との分離を検出してもよい。
【0033】
本発明における「KIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの存在または非存在の検出」には、公知の手法を用いることができる。「前記融合ポリペプチドをコードするゲノムDNA」を対象とする場合においては、例えば、蛍光等を用いたin situハイブリダイゼーション(ISH)、ゲノムPCR法、ダイレクトシークエンシング、サザンブロッティング、ゲノムマイクロアレイ解析を用いることができる。また、「前記ゲノムDNAからの転写産物」を対象とする場合においては、例えば、RT−PCR法、ダイレクトシークエンシング、ノーザンブロッティング、ドットブロット法、cDNAマイクロアレイ解析を用いることができる。
【0034】
治療又は診断の過程で得られる生体試料(生検サンプル等)は、ホルマリン固定されていることが多いが、この場合は、検出対象であるゲノムDNAがホルマリン固定下においても安定しており、検出感度が高いという観点から、in situハイブリダイゼーションを用いることが好適である。
【0035】
in situハイブリダイゼーションにおいては、前記生体試料に、少なくとも15塩基の鎖長を有する下記(a)または(b)に記載のポリヌクレオチドをハイブリダイズさせることにより、KIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAを検出することができる。
(a)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするプローブ及びRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするプローブからなる群から選択される少なくとも一つのプローブであるポリヌクレオチド
(b)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドとの融合点にハイブリダイズするプローブであるポリヌクレオチド。
【0036】
本発明にかかるKIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、ヒト由来のものであれば、典型的にはGenbankアクセッション番号 NT_008705.16で特定されるゲノムの配列のうち32237938〜32285371番目のDNA配列からなる遺伝子である。
【0037】
また、本発明にかかるRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、ヒト由来のものであれば、典型的にはGenbankアクセッション番号 NT_033985.7で特定されるゲノムの配列のうち1217582〜1270862番目のDNA配列からなる遺伝子である。
【0038】
しかしながら、遺伝子のDNA配列は、その変異等により、自然界において(すなわち、非人工的に)変異しうる。従って、このような天然の変異体も本発明の対象になりうる(以下、同様)。
【0039】
本発明の(a)に記載のポリヌクレオチドは、該ポリヌクレオチドの標的塩基配列である、KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドまたはRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズすることにより、前記生体試料におけるKIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAの存在を検出できるものであればよいが、好ましくは、下記(a1)〜(a4)に記載のポリヌクレオチドである。
(a1) KIF5B遺伝子のコイルドコイルドメインの一部または全部のコード領域および該コード領域よりも5’側の上流領域にハイブリダイズするポリヌクレオチド(以下、「5’KIF5Bプローブ1」とも称する)と、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域および該コード領域よりも3’側の下流領域にハイブリダイズするポリヌクレオチド(以下、「3’RETプローブ1」とも称する)との組み合わせ
(a2) RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域よりも5’側の上流領域にハイブリダイズするポリヌクレオチド(以下、「5’RETプローブ1」とも称する)と、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域および該コード領域よりも3’側の下流領域にハイブリダイズするポリヌクレオチド(3’RETプローブ1)との組み合わせ
(a3) RET遺伝子のカドヘリンリピートのコード領域および該領域よりも5’側の上流領域にハイブリダイズするポリヌクレオチド(以下、「5’RETプローブ2」とも称する)と、RET遺伝子の膜貫通ドメインのコード領域および該コード領域よりも3’側の下流領域にハイブリダイズするポリヌクレオチド(以下、「3’RETプローブ2」とも称する)との組み合わせ
(a4) KIF5B遺伝子のコイルドコイルドメインの一部または全部のコード領域および該コード領域よりも5’側の上流領域にハイブリダイズするポリヌクレオチド(5’KIF5Bプローブ1)と、KIF5B遺伝子のコイルドコイルドメインのコード領域よりも3’側の下流領域にハイブリダイズするポリヌクレオチド(以下、「3’KIF5Bプローブ1」とも称する)との組み合わせ。
【0040】
本発明において、in situハイブリダイゼーションに用いられる前記(a1)に記載のポリヌクレオチドがハイブリダイズする領域(標的塩基配列)としては、標的塩基配列に対する特異性及び検出の感度の観点から、KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合点から1000000塩基以内の領域であることが好ましく、また、in situハイブリダイゼーションに用いられる前記(a2)〜(a4)に記載のポリヌクレオチドがハイブリダイズする領域としては、同観点から、KIF5B遺伝子またはRET遺伝子における切断点から1000000塩基以内の領域であることが好ましい。
【0041】
また、本発明において、in situハイブリダイゼーションに用いられる前記(b)に記載のポリヌクレオチドは、該ポリヌクレオチドの標的塩基配列である、KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドとの融合点にハイブリダイズすることにより、前記生体試料におけるKIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAの存在を検出できるものであればよいが、典型例としては、配列番号:5、7、9又は11に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドをコードするゲノムDNAにハイブリダイズするポリヌクレオチド、例えば、
図6および7に記載のKIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合点にハイブリダイズするポリヌクレオチドである。
【0042】
また、本発明において、in situハイブリダイゼーションに用いられる前記(a)または(b)に記載のポリヌクレオチドは、標的塩基配列に対する特異性及び検出の感度の観点から、前記標的塩基配列全体をカバーすることのできる、複数種のポリヌクレオチドからなる集団であることが好ましい。かかる場合、該集団を構成するポリヌクレオチドの長さは少なくとも15塩基であるが、100〜1000塩基であることが好ましい。
【0043】
in situハイブリダイゼーションに用いられる前記(a)または(b)に記載のポリヌクレオチドは、検出のため、蛍光色素等によって標識されていることが好ましい。かかる蛍光色素としては、例えば、DEAC、FITC、R6G、TexRed、Cy5が挙げられるが、これらに制限されない。また、蛍光色素以外にDAB等の色素(chromogen)や酵素的金属沈着に基づく銀等によって、前記ポリヌクレオチドを標識してもよい。
【0044】
in situハイブリダイゼーションにおいて、5’KIF1Bプローブ1と3’RETプローブ1とを用いる場合、5’RETプローブ1と3’RETプローブ1とを用いる場合、5’RETプローブ2と3’RETプローブ2とを用いる場合、5’KIF1Bプローブ1と3’KIF1Bプローブ1とを用いる場合、これらプローブは互いに異なる色素にて標識されていることが好ましい。そして、このように異なる色素にて標識したプローブの組み合わせを用いてin situハイブリダイゼーションを行った場合、5’KIF1Bプローブ1の標識が発するシグナル(例えば、蛍光)と3’RETプローブ1の標識が発するシグナルとの重なりが観察された際にKIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAを検出できたと判定することができる。一方、5’RETプローブ1の標識が発するシグナルと3’RETプローブ1の標識が発するシグナルとの分離、5’RETプローブ2の標識が発するシグナルと3’RETプローブ2の標識が発するシグナルとの分離または5’KIF1Bプローブ1の標識が発するシグナルと3’KIF1Bプローブ1の標識が発するシグナルとの分離が観察された際にKIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAを検出できたと判定することができる。
【0045】
なお、ポリヌクレオチドの標識は、公知の手法により行うことができる。例えば、ニックトランスレーション法やランダムプライム法により、蛍光色素等によって標識された基質塩基をポリヌクレオチドに取り込ませ、該ポリヌクレオチドを標識することができる。
【0046】
in situハイブリダイゼーションにおいて、前記(a)または(b)に記載のポリヌクレオチドと前記生体試料とをハイブリダイズさせる際の条件は、当該ポリヌクレオチドの長さ等の諸要因により変動し得るが、高ストリンジェンシーなハイブリダイズの条件として、例えば、0.2xSSC、65℃という条件が挙げられ、低ストリンジェンシーなハイブリダイズの条件として、例えば、2.0xSSC、50℃という条件が挙げられる。なお、当業者であれば、塩濃度(SSCの希釈率等)と温度の他、例えば、界面活性剤(NP−40等)の濃度、ホルムアミドの濃度、pH等の諸条件を適宜選択することで、前記条件と同様のストリンジェントなハイブリダイゼーションの条件を実現することができる。
【0047】
前記(a)または(b)に記載のポリヌクレオチドを用いて、KIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAを検出する方法としては、前記in situハイブリダイゼーション以外に、サザンブロッティング、ノーザンブロッティング及びドットブロッティングが挙げられる。これら方法においては、前記生体試料から得られる核酸抽出物を転写したメンブレンに、前記(a)または(b)に記載のポリヌクレオチドをハイブリダイズさせることにより、前記融合遺伝子を検出する。前記(a)のポリヌクレオチドを用いた場合、KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするポリヌクレオチドとが、メンブレンにおいて展開された同一のバンドを認識した場合に、KIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAを検出することができたと判定することができる。
【0048】
前記(b)のポリヌクレオチドを用いてKIF5B−RET融合ポリペプチドをコードするゲノムDNAを検出する方法としては、さらに、ゲノムマイクロアレイ解析やDNAマイクロアレイ解析が挙げられる。これら方法においては、前記(b)のポリヌクレオチドを基板に固定したアレイを作製し、当該アレイ上のポリヌクレオチドに前記生体試料を接触させることにより、当該ゲノムDNAを検出する。
【0049】
PCRやシークエンシングにおいては、前記生体試料から調製したDNA(ゲノムDNA、cDNA)やRNAを鋳型としてKIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの一部又は全部を特異的に増幅するために、下記(c)のポリヌクレオチドを用いることができる。
(c)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドとの融合点を挟み込むように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド
「一対のプライマーであるポリヌクレオチド」は、標的となる前記融合ポリヌクレオチド等の塩基配列において、片方のプライマーがKIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズし、他方のプライマーがRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするプライマーセットである。これらポリヌクレオチドの長さは、通常15〜100塩基であり、好ましくは17〜30塩基である。
【0050】
また、本発明の(c)に記載のポリヌクレオチドは、PCR法による検出の精度や感度の観点から、KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドとの融合点から5000塩基内の前記融合ポリヌクレオチドの塩基配列と相補的な配列であることが好ましい。
【0051】
「一対のプライマーであるポリヌクレオチド」は、標的となるKIF5B−RET融合ポリヌクレオチド等の塩基配列に基づき、公知の手法により適宜設計することができる。公知の手法としては、例えば、Primer Express ソフトウェア(登録商標、ABI社製)を利用する方法が挙げられる。
【0052】
「一対のプライマーであるポリヌクレオチド」の好適な例としては、KIF5B−RET−F1、KIF5B−int15−F1、KIF5B−int15−F2、KIF5B−ex16−F1、KIF5B−ex23−F1、KIF5B−ex24−F1、KIF5B−F−orf2438及びKIF5B−int15−F3.5からなる群から選択される1のプライマーと、KIF5B−RET−R1、RET−int11−R3、RET−int7−R1、RET−int11−R0.5、RET−int11−R1、RET−int7−R2及びRET−R−orf2364からなる群から選択される1のプライマーとからなるプライマーセットが挙げられ、より好ましくは、KIF5B−RET−F1及びKIF5B−RET−R1、KIF5B−int15−F1及びKIF5B−RET−R1、KIF5B−int15−F2及びRET−int11−R3、KIF5B−ex16−F1及びKIF5B−RET−R1、KIF5B−ex23−F1及びKIF5B−RET−R1、KIF5B−ex24−F1プライマー及びRET−int7−R1プライマーが挙げられる。なお、これらのプライマーの配列並びにハイブリダイズする遺伝子の位置については、後述の表1及び配列表を参照のこと。
【0053】
本発明において、KIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの翻訳産物を検出する方法としては、例えば、免疫染色法、ウェスタンブロッティング法、ELISA法、フローサイトメトリー法、免疫沈降法、抗体アレイ解析が挙げられる。これら方法においては、KIF5B−RET融合ポリペプチドに結合する抗体が用いられる。かかる抗体としては、例えば、KIF5Bタンパク質とRETタンパク質との融合点を含むポリペプチドに特異的な抗体(以下、「融合点特異的抗体」とも称する)、RETタンパク質の前記融合点よりC末端側の領域からなるポリペプチドに結合する抗体(以下、「RET−C末抗体」とも称する)、KIF5Bタンパク質の前記融合点よりN末端側の領域からなるポリペプチドに結合する抗体(以下、「KIF5B−N末抗体」とも称する)が挙げられる。ここで、「融合点特異的抗体」とは、前記融合点を含むポリペプチドに特異的に結合するが、野生型(正常型)KIF5Bタンパク質及び野生型(正常型)RETタンパク質のいずれにも結合しない抗体を意味する。
【0054】
KIF5B−RET融合ポリペプチドは、前記融合点特異的抗体により、また、前記RET−C末抗体と前記KIF5B−N末抗体との組み合わせにより検出することができる。ただし、例えば、正常肺細胞ではRETタンパク質の発現は殆ど検出されないため、免疫染色法において、RET−C末抗体を単独で用いた場合でも、肺腺がん組織におけるKIF5B−RET融合ポリペプチドの存在を検出することができる。
【0055】
「KIF5B−RET融合ポリペプチドに結合する抗体」は、当業者であれば適宜公知の手法を選択して調製することができる。かかる公知の手法としては、前記RETタンパク質のC末端部分からなるポリペプチド、KIF5B-RET融合ポリペプチド、前記KIF5Bタンパク質のN末端部分からなるポリペプチド等を免疫動物に接種し、該動物の免疫系を活性化させた後、該動物の血清(ポリクローナル抗体)を回収する方法や、ハイブリドーマ法、組換えDNA法、ファージディスプレイ法等のモノクローナル抗体の作製方法が挙げられる。標識物質を結合させた抗体を用いれば、当該標識を検出することにより、標的蛋白質を直接検出することが可能である。標識物質としては、抗体に結合することができ、検出可能なものであれば特に制限されることはなく、例えば、ペルオキシダーゼ、β−D−ガラクトシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミンイソチオシアネート(RITC)、アルカリホスファターゼ、ビオチン、及び放射性物質などが挙げられる。さらに、標識物質を結合させた抗体を用いて標的蛋白質を直接検出する方法以外に、標識物質を結合させた二次抗体、プロテインGまたはプロテインA等を用いて標的蛋白質を間接的に検出する方法を利用することもできる。
【0056】
上記の方法により、患者から単離した試料において、KIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの存在が検出された場合、当該患者は、RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性が高いと判定され、一方、KIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの存在が検出されなかった場合は、当該患者は、RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性が低いと判定される。
【0057】
<RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性を判定するための薬剤>
上記の通り、少なくとも15塩基の鎖長を有する、下記(a)〜(c)に記載のいずれかであるポリヌクレオチドは、KIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの存在または非存在の検出に好適に用いることができる。
(a)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするプローブ及びRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドにハイブリダイズするプローブからなる群から選択される少なくとも一つのプローブであるポリヌクレオチド
(b)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドとの融合点にハイブリダイズするプローブであるポリヌクレオチド
(c)KIF5Bタンパク質をコードするポリヌクレオチドとRETタンパク質をコードするポリヌクレオチドとの融合点を挟み込むように設計された一対のプライマーであるポリヌクレオチド。
【0058】
従って、本発明は、これらポリヌクレオチドを含む、RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性を判定するための薬剤をも提供するものである。
【0059】
これらポリヌクレオチドは、標的遺伝子の特定の塩基配列に相補的な塩基配列を有する。ここで「相補的」とは、ハイブリダイズする限り、完全に相補的でなくともよい。これらポリヌクレオチドは、該特定の塩基配列に対して、通常、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは100%の相同性を有する。
【0060】
なお、(a)〜(c)のポリヌクレオチドは、DNAであってもRNAであってもよく、またその一部又は全部において、PNA(polyamide nucleic acid、ペプチド核酸)、LNA(登録商標、locked nucleic acid、Bridged Nucleic Acid、架橋化核酸)、ENA(登録商標、2’−O,4’−C−Ethylene−bridged nucleic acids)、GNA(Glycerol nucleic acid、グリセロール核酸)、TNA(Threose nucleic acid、トレオ―ス核酸)等の人工核酸によって、ヌクレオチドが置換されているものであってもよい。
【0061】
また、上記の通り、KIF5B−RET融合ポリペプチドに結合する抗体は、KIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの翻訳産物の検出に好適に用いることができる。従って、本発明は、当該抗体を含む、RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性を判定するための薬剤をも提供するものである。
【0062】
本発明の薬剤においては、有効成分としての前記物質(ポリヌクレオチド、抗体)に加え、薬理学上許容される他の成分を含むことができる。このような他の成分としては、例えば、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、安定剤、防腐剤、生理食塩などが挙げられる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、ジエチリン亜硫酸塩、アスコルビン酸等を用いることができる。防腐剤としてはアジ化ナトリウム、塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等を用いることができる。
【0063】
また、ポリヌクレオチドや抗体を含む標品に加えて、ポリヌクレオチドや抗体に付加した標識の検出に必要な基質、陽性対照(例えば、KIF5B−RET融合ポリヌクレオチド、KIF5B−RET融合ポリペプチド、またはこれらを保持する細胞等)や陰性対照、in situハイブリダイゼーション等において用いられる対比染色用試薬(DAPI等)、抗体の検出に必要な分子(例えば、二次抗体、プロテインG、プロテインA)、試料の希釈や洗浄に用いる緩衝液等の標品を組み合わせ、本発明の方法に用いるためのキットとすることもできる。当該キットには、当該キットの使用説明書を含めることができる。本発明は、上記本発明の方法に用いるためのキットをも提供するものである。
【0064】
<がんを治療する方法、がんの治療剤>
上記の通り、本発明の方法によりKIF5B−RET融合ポリヌクレオチドの存在を検出された患者は、RETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性が高いと考えられる。このため、がん患者のうち、KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合遺伝子を保持する患者に選択的に、RETチロシンキナーゼ阻害剤を投与することにより、効率的にがんの治療を行うことが可能である。従って、本発明は、がんを治療する方法であって、上記本発明の方法によりRETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性が高いと判定された患者に、前記RETチロシンキナーゼ阻害剤を投与する工程を含む方法を提供するものである。
【0065】
また、本発明は、RETチロシンキナーゼ阻害剤を有効成分とするがんの治療剤であって、上記本発明の方法によりRETチロシンキナーゼ阻害剤によるがん治療の有効性が高いと判定された患者に投与される治療剤を提供するものである。
【0066】
「RETチロシンキナーゼ阻害剤」としては、上記の通り、RETチロシンキナーゼの機能を直接的に又は間接的に抑制できる物質であれば特に制限はない。RETチロシンキナーゼを阻害しうる限り、他のチロシンキナーゼを阻害する物質であってもよい。本発明に適用し得る公知のRETチロシンキナーゼ阻害剤としては、例えば、4−(4−ブロモ−2−フルオロアニリノ)−6−メトキシ−7−(1−メチルピペリジン−4−イルメトキシ)キナゾリン(一般名:バンデタニブ(Vandetanib);VEGFR、EGFR及びRETを標的とする化合物)、4−[4−[3−[4−クロロ‐3−(トリフルオロメチル)フェニル]ウレイド]フェノキシ]−N−メチルピリジン−2−カルボアミド(一般名:ソラフェニブ(Sorafenib);BRAF及びRET等を標的とする化合物)、N−[2−(ジエチルアミノ)エチル]−5−[(Z)−(5−フルオロ−2−オキソ−1,2−ジヒドロ−3H−インドール−3−イリデン)メチル]−2,4−ジメチル−1H−ピロール−3−カルボキシアミド モノ[(2S)−2−ヒドロキシサクシネート](一般名:スニチニブ(Sunitinib);PDGFR、VEGFR、RET等を標的とする化合物)、N−(3,3−ジメチルインドリン−6−イル)−2−(ピリジン−4−イルメチルアミノ)ニコチンアミド(一般名:モテサニブ(Motesanib);PDGFR、VEGFR、RET等を標的とする化合物)、XL184/カボザンチニブ(XL184/Cabozantinib;VEGFR、MET、RET等を標的とする化合物)が挙げられる。
【0067】
患者へのRETチロシンキナーゼ阻害剤の投与方法は、当該阻害剤の種類やがんの種類などに応じて適宜選択されるが、例えば、経口、静脈内、腹腔内、経皮、筋肉内、気管内(エアゾール)、直腸内、膣内等の投与形態を採用することができる。
【実施例】
【0068】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0069】
<サンプル>
日本人コホートは1997年から2008年に国立がん研究センター中央病院で外科的切除を受けた319例の肺腺がん患者からなる。USA(UMD)コホートは1987年から2009年にボルチモア大都市圏(Metropolitan Baltimore)地区の病院でリクルートされた。また、全ての腫瘍は悪性腫瘍のTNM分類に従い病理学的に診断された。
【0070】
トータルRNAは、大まかに切り分けて凍結した組織サンプルから製造者のインストラクションに従いトリゾール試薬を用いて抽出し、モデル2100 バイオアナライザー(model 2100 bioanalyzer、アジレント・テクノロジー社製)を用いて質の検定を行った。結果、全てのサンプルが6を超えるRIN(RNA integrity number)値を示した。また、組織サンプルからは、QIAamp DNAミニキット(登録商標、キアゲン社製)を用いてゲノムDNAも抽出した。なお、この研究は、本研究に係る組織の倫理審査員会の承認を得て進められた。
【0071】
<RNAシークエンシング>
RNAシークエンシングのためのcDNAライブラリーは製造者の標準プロトコールに従い、mRNA−Seqサンプル調製キット(イルミナ社製)を用いて調製した。簡潔に説明すると、2μgのトータルRNAからpoly−A(+)RNAを精製し、フラグメンテーション緩衝液で94℃、5分加熱することで断片化した後、2本鎖cDNA合成に用いた。得られた2本鎖cDNAをPEアダプターDNAにライゲ―ションした後、250〜300bp(挿入DNAサイズ:150〜200bp)のフラクションをゲル精製し、15サイクルのPCRで増幅した。そして、このように生成したライブラリーをゲノムアナライザーIIxシークエンサー(GAIIx、イルミナ社製)を用いた50−bpペアエンドシークエンスに供した。
【0072】
<融合転写産物の検出>
融合転写産物の検出は、Totoki Yら、Nat Genet.、2011年5月、43巻、5号、464〜469ページに記載の方法を改変して行った。簡潔に説明すると、まず最初に、同じ塩基配列のペアエンドリードを、これらはPCR増幅過程で生成したものと考えられることから除去した。次いで、BOWTIEプログラム(バージョン0.12.5)を用いて、ペアエンドリードをRefSeqデータベース(File:human.rna.fna from ftp://ftp.ncbi.nih.gov/refseq,Date:Sep20,2010)に登録されているヒトRNA配列に対して2塩基以下のミスマッチを許す条件でマップした。そして、適正な間隔と向きで同一RNA配列にマップされる“適正な”リードペアを除去した。次いで、複数のゲノム座位にヒットするリードを除去した後に、リードの“クラスター”を構築した。
【0073】
次に、融合転写産物を示唆する“ペアクラスター”を以下の解析条件により選出した。
(I)最大の挿入配列長に該当する距離内に整列されるリードからなる“クラスター”を順方向、逆方向それぞれのアライメントから構築する(二つのリードはその終点が最大の挿入配列長に該当する距離より離れていなければ同一のクラスターに位置させる)。
(II)最も左又は右に位置するリード間の距離が挿入配列長よりも大きければ捨てる。
(III)片方の配列が“順方向クラスター”、もう片方の配列が“逆方向クラスター”に位置するならば、そのペアエンドリードを選出する(この“順方向クラスター”と“逆方向クラスター”とを合わせて“ペアクラスター”と呼ぶ)。
(IV) 少なくとも一方のペアエンドリードが基準ヒトRNA配列に完全一致するペアクラスターを選出する。
(V) 塩基の多様性によって誤って選ばれた遺伝子ペアを除去する。この目的のため、BLASTNプログラムを用いて、ペアクラスターに含まれるペアエンドリードをヒト基準RNA配列に対して整列した。次に、一方の端の配列がペアクラスターに整列され、もう片方が適正な距離と向きで同一のRNA配列に整列された場合、その遺伝子ペアを除外した。カットオフ値として、予測値1000を用いた。
【0074】
そして、一つの肺腺がんサンプルにおいて20を超えるペアエンドリードが得られ、3例の非がん肺組織のいずれにも表れなかった遺伝子ペアをピックアップした。一つの遺伝子領域内、もしくは隣接した遺伝子領域にマップされたペアクラスターはそれらがRefSeqデータベースに未登録の選択的スプライシング・リードスルー転写産物の可能性があるので、更なる解析から外した。融合境界点をまたぐジャンクションリードをMapSplice(バージョン1.14.1)ソフトウエアを用いて探索した。この際、それぞれの遺伝子に対するリードクラスター領域と隣接する300bpの領域からなるゲノムDNA配列二つをつなぎ合わせて一つのDNA配列を作り、このDNAに対してMapSpliceソフトウエアを用いてジャンクションリードを探索した。
【0075】
<RT−PCR、ゲノムPCR、サンガーシークエンシング>
トータルRNA(500ng)をスーパースクリプトIII逆転写酵素(登録商標、インビトロジェン社製)を用いて逆転写した。そして、得られたcDNA(10ngのトータルRNAに相当)もしくは10ngのゲノムDNAをKAPA Taq DNAポリメラーゼ(KAPAバイオシステムス社製)を用いたPCR増幅に供した。反応は次の条件のもとサーマルサイクラー内で行った:95℃30秒、60℃30秒、72℃2分を40サイクル、その後72℃10分最終伸長反応。また、グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)をコードする遺伝子をcDNA合成の効率の評価のため増幅した。さらに、PCR産物はBigDyeターミネーターキットとABI 3130xl DNAシークエンサー(アプライドバイオシステムス社製)とを用いて、両方向に塩基配列を直接決定した。なお、本研究で用いたプライマーを表1に示す。
【0076】
【表1】
【0077】
<EGFR、KRAS、ALK変異の解析>
全ての肺腺がん組織のゲノムDNAにおける、EGFR及びKRAS遺伝子の体細胞変異については、「Takano,T.ら、J Clin Oncol.、2005年、23巻、6829〜6837ページ」に記載の高解像度融解(high−resolution melting、HRM)法を用いて解析した。また、同じ組織に由来するトータルRNAについて、multiplex逆転写PCR法を用いてALK/EML4又はALK/KIF5B融合転写産物の発現を調べた。
【0078】
<ゲノムコピー数解析>
肺腺がんのゲノムコピー数は、本発明者による過去の報告(Iwakawa,R.ら、「MYC Amplification as a Prognostic Marker of Early Stage Lung Adenocarcinoma Identified by Whole Genome Copy Number Analysis」、Clin Cancer Res.、2010年12月10日オンライン)に記載したように、ジーンチップ ヒトマッピング250−K SNPアレイ(GeneChip Human Mapping 250−K SNP arrays、登録商標、アフィメトリクス社製)とアフィメトリクス社製ジーンチップマッピングアレイ用コピー数アナライザー(CNAG)ソフトウエア(Nannya,Y.ら、Cancer Res.、2005年、65巻、6071〜6079ページ 参照)とを用いて決定した。
【0079】
<マイクロアレー解析とデータ処理>
全部で、228例を発現プロファイル解析に供した。トータルRNA(100ng)を5×メガスクリプトT7キットでラベルし、アフィメトリクス U133 プラス 2.0 アレイで解析した。得られたデータはMAS5アルゴリズムで正規化し、54,4675プローブの平均発現レベルをそれぞれのサンプルで1000になるようにした。
【0080】
<免疫組織化学解析>
パラフィンブロックを4μm厚にて薄切し、シランコーティングスライドに発付した。次いで、薄切切片をキシレン・アルコール系列で脱パラフィン・親水化し、スライドを3%過酸化水素水で20分処理することで内因性ペルオキシダーゼをブロックし、次に脱イオン水で2〜3分洗浄した。抗原賦活化はtargeted retrieval溶液を用いて95度の温浴を40分行った。スライドを洗浄後、5%正常動物血清で10分反応させ、非特異反応をブロッキングし、一次抗体としてRET(1:250希釈、3454_1クローン)及びTTF1(1:100希釈、8G7G3/1クローン)を用い、室温にて1時間インキュベーションした。検出はTTF1に対してはEnvision−Plusシステムを用いて、RETに対してはEnVision−FLEX処理後にLINKER試薬を追加して、各々検出した。洗浄後、発色は3,3’−ジアミノベンジジン溶液を用いて5分間反応させ、流水洗浄後にヘマトキシリンによるカウンター染色で可視化した。なお、TTF1に対しては腫瘍細胞における10%を超える核染色、RETに対しては細胞質染色を陽性と判断した。
【0081】
<蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)>
まず1日目に、免疫染色同様、薄切切片を脱パラフィン・親水化後風乾を行った。風乾後、常温の0.2N塩酸に20分間静置し、さらに常温の精製水に3分間静置し、その後、常温の洗浄緩衝液(2×SSC Wash Buffer)にて3分間静置した。次いで、85℃の前処理液(Pretreatment Solution)に30分間静置し、その後洗浄緩衝液(2×SSC Wash Buffer)にて2回洗浄を行った。次いで、37℃のプロテアーゼ溶液に60分間静置し、酵素処理を行い、2×SSC Wash Bufferにて2回洗浄行った。
次いで、常温の10%中性緩衝ホルマリンに10分間静置して再固定を行い、常温の洗浄緩衝液(2×SSC Wash Buffer)にて2回洗浄行った。そして、アルコール系列で脱水後風乾させた。
【0082】
KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合遺伝子の検出には、KIF5B遺伝子とRET遺伝子との融合遺伝子の形成によって生じる、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域よりも5’側の上流領域と、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域および該コード領域よりも3’側の下流領域との分離(split)を検出できるように設計された下記プローブのセットを用いた。
5’RETプローブ1:BACクローンDNA(GSP1506F09) をカバーする100〜1000塩基の鎖を有する、TexRedで標識されたプローブ群(株式会社GSP研究所製)
3’RETプローブ1:FITCで標識されたBACクローンDNA(GSP1877H08、GSP1018G02、GSP1070C12、GSP0369G08又はGSP0075D03)をカバーする100〜1000塩基の鎖を有する、TexRedで標識されたプローブ群(株式会社GSP研究所製)。
【0083】
なお、これらプローブの標識はニックトランスレーション法にて行った。また、これらプローブ群がハイブリダイズするゲノム上の位置を
図11の下部に示す。
【0084】
そして、前記ホルマリン固定した薄切切片に前記DNAプローブ混合液を10μl添加し、カバーガラスを乗せ、ペーパーボンドでシールした。次いで、ハイブリダイザー(製品名:Thermo Brite(登録商標)、アボットジャパン社製)を用いて、75℃にて5分間インキュベートした後、さらに37℃にて72時間〜96時間インキュベートすることにより、ハイブリダイゼーションを行った。
【0085】
インキュベート後に、ペーパーボンドを取り除き、常温のポストハイブリダイゼーション洗浄緩衝液(2xSSC/0.3%NP−40 pH7〜7.5)にカバーガラスの乗った標本を入れ、5分放置した後、カバーガラスを剥がした。次いで、72±1℃に加温したポストハイブリダイゼーション洗浄緩衝液(2xSSC/0.3%NP−40 pH7〜7.5)に標本を入れ、30秒〜1分静置した。
【0086】
次いで、アルミ箔で遮光でした2×SSC Wash Bufferを入れた常温のコプリンジャーに標本を移した。そして、DAPI 10μlをスライドガラスに添加することにより対比染色を行い、カバーガラスをのせ、マニキュアにてカバーガラスを固定化した。
【0087】
判定は蛍光顕微鏡下で行い、腫瘍50細胞にて、赤色のRET由来のシグナル及び緑色のセントロメア10由来のシグナルにおける融合、分離及び単独シグナルをそれぞれカウントした。
【0088】
(実施例1)
先ず、治療標的となりうる新規キメラ融合転写産物を同定するため、30例の肺腺がんと3例の付随非がん肺組織の全トランスクリプトームシークエンシング(RNAシークエンシング、Meyerson,M.ら、Nat Rev Genet、2010年、11巻、685〜696ページ)を行った。なお、これら30例の肺腺がんは、EML4−ALK融合を有する2例、EGFR変異を有する2例、KRAS変異を有する2例、そして、EGFR/KRAS/ALK変異を有しない24例であった(表2 参照)。
【0089】
【表2】
【0090】
そして、前記RNAシークエンシングで得られた2×10
7以上のペアエンドリードを解析し、逆転写(RT)−PCR産物のサンガーシークエンシングを行った。得られた結果を表2、
図1及び
図2に示す。
【0091】
表2に示した結果から明らかなように、EML4−ALKの2例を含む7つの融合転写産物が同定され、これらの中で、染色体10p11.2に存在するKIF5B遺伝子と染色体10q11.2に存在するRET遺伝子の融合が症例BR0020において検出された(
図1のKIF5B−RETバリアント1、
図2 参照)。
【0092】
なお、RET遺伝子については、KIF5B以外の他の遺伝子との融合が甲状腺乳頭癌におけるdriver変異(責任変異)であることが示されている(Mani,R.S.ら、Nat Rev Genet、2010年、11巻、819〜829ページ、及びWells,S.A.,Jr.ら、Clin Cancer Res、2009年、15巻、7119〜7123ページ 参照)。しかしながら、肺腺がんを含めたがんとKIF5B−RET融合転写産物との関係は知られていなかったため、この融合遺伝子について着目して更なる解析を進めた。
【0093】
(実施例2)
次に、全トランスクリプトームシークエンシングを行った30例を含む319例の日本の肺腺がんを対象としたRT−PCRスクリーニングとPCR産物のサンガーシークエンシングとを行った。得られた結果を表3、
図3及び
図4に示す。
【0094】
【表3】
【0095】
表3、
図3及び
図4に示す通り、2.0%(6/319)の症例において、KIF5B−RET融合転写産物を発現していることが明らかになった。また、4つのvariantが同定され、そのすべてがin−frameであることも明らかになった。さらに、これらの融合転写産物にコードされる蛋白質は、KIF5BのコイルドコイルドメインとRETのキナーゼドメインを有していることも明らかになった(
図1 参照)。なお、このKIF5Bのコイルドコイルドメインは、KIF5Bのホモダイマー形成において機能することが知られているため(Hirokawa,N.、Nat Rev Mol Cell Biol、2009年、10巻、682〜696ページ)、PTC−RETやKIF5B−ALK融合と同様に、KIF5B−RET蛋白質はKIF5Bのコイルドコイルドメインを介してホモダイマーを形成し、RETのキナーゼ機能の恒常的な活性化をもたらすことが想定される。
【0096】
また、KIF5B−RET融合は、他の主要なタイプの肺がん(0/205扁平上皮がん、0/20小細胞がん)や40例の肺腺がんを含む90の肺がん細胞株では検出されなかった。なお、これらの肺がん細胞株については、Blanco,R.ら、Hum Mutat、2009年、30巻、1199〜1206ページを参照のこと。
【0097】
(実施例3)
次に、6例のRET融合陽性例のゲノムPCR解析を行った。得られた結果を
図5〜10に示す。
【0098】
図5〜7に示す通り、ヒト染色体10p11.2のKIF5Bイントロン15,16,24と染色体10q11.2のRETイントロン7,11とが体細胞レベルにて融合していることが明らかになった。
【0099】
また、これらの結果から、さらに
図8及び9に示す通り、両座位でゲノムコピー数の変化が生じていないことから、
図10に示すような第10染色体のセントロメア領域で長腕と短腕の間で染色体逆位が生じたことを示していることも明らかになった。
【0100】
また、RET融合陽性例のゲノムにおける切断点周辺のDNA配列は、有意な相同性を示していなかった。さらに、症例BR0020では、切断点はヌクレオチドの重なりや挿入なしに結合しているのに対し、他の症例においては、挿入(BR1001及びBR1003)や重なり(BR1002及びBR0030)が生じていることが明らかになった(
図6 参照)。また、症例BR1004では、349bpのDNA断片の挿入を伴う結合が見出された(
図7 参照)。
【0101】
従って、これらの結果はヒトがんで見出されている他の多くの染色体転座例(Mani,R.S.ら、Nat Rev Genet、2010年、11巻、819〜829ページ 参照)と合致しているため、KIF5B−RET融合は、非相同末端結合を介した誤ったDNA2本鎖切断の修復により形成されたことを示唆している。
【0102】
(実施例4)
次に、RET融合陽性例(BR0020)の蛍光in situ ハイブリダイゼーション解析を行った。得られた結果を
図11に示す。
図11に示した結果から明らかなように、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域よりも5’側の上流領域にハイブリダイズするプローブ(5’RETプローブ1)と、RET遺伝子のキナーゼドメインのコード領域および該コード領域よりも3’側の下流領域にハイブリダイズするプローブ(3’RETプローブ1)を用いた場合、プローブシグナルの分離(split)が検出された。
【0103】
(実施例5)
次に、KIF5B−RET融合を持つ全6例の肺腺がんにおける他の公知の変異(EGFR、KRAS及びALK変異、非特許文献1、5及び7 参照)の有無を調べた。得られた結果を表4に示す。また、KIF5B−RET融合を持つ全6例の肺腺がんの病理学的所見についても観察した。得られた結果を
図11及び12に示す。なお、表4および5に記載の「ADC」は「腺がん」であることを示す。
【0104】
【表4】
【0105】
表4に示した結果から明らかなように、前記全6例のいずれも、EGFR、KRAS、ALK変異が陰性、つまりtriple negative症例であり、RET融合と他のがん遺伝子変化とは相互排他的な関係にあった。なお、全ての症例において、肺腺がんのマーカーである甲状腺転写因子−1(TTF1)は陽性であった。
【0106】
従って、この結果から、KIF5B−RET融合が責任変異であり、triple negative肺腺がんの5.5%(6/109)の原因となることが示唆された。
【0107】
また、
図12及び
図13に示す通り、KIF5B−RET融合陽性腫瘍は乳頭状あるいは肺胞上皮置換性の増殖形態を示し、高・中程度の分化度を示していることが明らかになった。
【0108】
(実施例6)
次に、KIF5B−RET融合陽性肺腺がんにおけるRETの発現レベルを調べた。得られた結果を
図3、
図14、
図15及び表4に示す。
【0109】
図3及び
図14に示す通り、KIF5B−RET融合陽性肺腺がんは融合陰性肺腺がんや非がん肺組織よりも高いRET発現レベルを示した(
図3 参照)。また、6例の融合陽性例を含めた228例の遺伝子発現データによっても、RET発現レベルのその傾向は確かめられた(
図14 参照)。
【0110】
さらに
図15に示した結果から明らかなように、RET蛋白質のC末端領域に対する抗体を用いた免疫組織化学解析では、検索した融合陽性例の腫瘍細胞の細胞質内にRET陽性の染色像が見られた(
図15及び表4 参照)。一方、非がん肺細胞やいくつかの融合陰性例の腫瘍細胞では、そのような染色像は見られなかった。
【0111】
なお、KIF5B−RET融合のない肺腺がんの一部(22%,48/222)においても、非がん肺組織よりも高いレベルのRET遺伝子の発現がみられた。6例のそのような症例(表5 参照)については、RNAシークエンシングにて解析したが、KIF5B以外の遺伝子へのRET遺伝子の融合やRET遺伝子の体細胞変異、RET座位のコピー数増加は見出されなかった(
図16及び17 参照)。
【0112】
【表5】
【0113】
(実施例7)
肺腺がんにおけるがん遺伝子変異の分布は民族によって異なることが示されている。アジア人では非アジア人よりもEGFR変異の頻度が高く(50% vs 10%)、KRAS変異では逆の傾向にある(10% vs 30%)。その一方、ALK融合においては同等であること(5%)が知られている(非特許文献6、及びShigematsu,H.ら、J Natl Cancer Inst、2005年、97巻、339〜346ページ 参照)。そこで、非アジア人におけるKIF5B−RET融合の分布を知るため、USAコホート由来の腺がん症例(表3 参照)におけるKIF5B−RET融合の頻度を調べた。得られた結果を
図18及び19に示す。
【0114】
図18及び19に示した結果から明らかなように、バリアント1転写産物はUSA症例において1/80(1.3%)検出され、その1例はコケージャンであった。この症例は、前記の日本人症例と同様EGFR、KRAS、ALK変異が陰性、つまりトリプルネガティブ(triple negative)症例であり、前記3変異とKIF5B−RET融合とは相互排他的な関係にあることが明らかになった。
【0115】
従って、KIF5B−RET融合はアジア人、非アジア人共に肺腺がんの1〜3%に生じていることが明らかになった。なお、1例のRET融合をもつ非アジア人症例は喫煙者であるが、6例の日本人融合陽性症例は非喫煙者であり、KIF5B−RET融合陽性症例における喫煙による影響は不明である。