(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
蒸気タービンプラントを起動するための操作端への操作量の時系列の計画カーブである操作量マスターカーブと前記操作量に関連づけられた運転状態についての状態量の時系列の計画カーブである状態量マスターカーブとを記憶するデータベースと、
前記起動を開始すると、前記蒸気タービンプラントの前記状態量の計測器から状態量計測値を取得し、前記状態量マスターカーブから前記状態量計測値に対応する状態量計画値を取得し、取得された前記状態量計画値および前記状態量計測値に基づいてその偏差である状態量偏差を算出する状態量取得手段と、
前記状態量取得手段から前記状態量偏差を受理した場合、前記状態量偏差と所定の変換値とに基づき、前記状態量に関連づけられた前記操作量の補正量を操作補正量として算出し、前記操作量マスターカーブから操作量計画値を取得し、取得した前記操作量計画値および算出された前記操作補正量に基づいて前記操作端への操作量を決定する操作量決定手段と、を含んでなる制御装置を有し、
前記制御装置は、
前記操作量決定手段が、算出した前記操作補正量を取得し、
前記状態量取得手段が、算出した前記状態量偏差を取得し、
取得した前記操作補正量および前記状態量偏差に基づいて、前記変換値を求め、
求めた前記変換値に基づき、前記操作量マスターカーブを補正し、
起動毎に補正された前記操作量マスターカーブを、前記データベースに起動条件データとともに記憶し、
次回以降の起動において、
今回起動時の現起動条件と前記データベースに記憶されている起動条件データとの類似度を判定し、前記類似度が高い起動条件データに該当する前記操作量マスターカーブを用いる
ことを特徴とする蒸気タービン起動制御システム。
蒸気タービンプラントの起動を開始すると、前記蒸気タービンプラントの運転状態を監視する状態量の計測器から取得したひとつ以上の状態量計測値に基づき、前記状態量計測値より直接計測していない他の状態量を計算し、状態量計算値として出力する状態量計算手段と、
前記状態量計算値に基づき、前記蒸気タービンプラントを起動するためのひとつ以上の操作端への操作量に対応する操作量計画値を計算する操作量計算手段と、
前記蒸気タービンプラントの運転状態についての状態量の時系列の計画カーブである状態量マスターカーブを記憶するデータベースと、
前記起動を開始すると、前記蒸気タービンプラントの前記状態量の計測器から状態量計測値を取得し、前記状態量マスターカーブから前記状態量計測値に対応する状態量計画値を取得し、取得された前記状態量計画値および前記状態量計測値に基づいてその偏差である状態量偏差を算出する状態量取得手段と、
前記状態量取得手段から前記状態量偏差を取得した場合、前記状態量偏差と所定の変換値とに基づき、前記状態量に関連づけられた前記操作量の補正量を操作補正量として算出し、前記操作量計算手段から前記操作量計画値を取得し、取得した前記操作量計画値および算出された前記操作補正量に基づいて前記操作端への操作量を決定する操作量決定手段と、を含んでなる制御装置を有する
ことを特徴とする蒸気タービン起動制御システム。
【背景技術】
【0002】
蒸気タービンプラントの起動は、従来、主として時間軸に沿って予め定められたスケジュールに従って制御されるものが多かった。これに対して、近年では、蒸気タービンプラントには、より短時間での起動や負荷変化が求められるようになっている。これは、今後世界的なエネルギー需要の増加が見込まれる一方で、化石燃料には枯渇や温暖化などの懸念があり、この結果、風力発電や太陽光発電に代表される再生可能エネルギーの系統電力への接続が増加しつつあるためである。これら再生エネルギーによる発電量の変動を吸収して系統電力を安定化する役割が、蒸気タービンを構成要素に含む火力プラントに求められている。また、蒸気ランキンサイクルなどの蒸気タービンを構成に含む再生可能エネルギープラントにおいても、自然エネルギーの熱源量変動に見合う急速なプラント立ち上げや負荷追従運転のために、蒸気タービンの高速な起動や負荷変化が求められている。
【0003】
蒸気タービン起動時の特性として、蒸気温度の上昇ないし蒸気流量の増加により、蒸気と蒸気タービンロータ間の熱伝達率が上昇し、この結果、蒸気タービンロータの表面温度がロータ内部と比較して急速に上昇し、ロータ半径方向の温度勾配が大きくなり熱応力が増大することがある。過大な熱応力は蒸気タービンロータの寿命を縮めるため、熱応力(以降、「熱応力」とは蒸気タービンロータにかかる熱応力を指すものとする。)が予め決定した制限値内に収まるよう、蒸気タービンを起動制御する必要がある。
【0004】
また、蒸気タービンの起動時には、蒸気タービンロータ、および蒸気タービンロータを収納するケーシングは、高温の蒸気にさらされることにより加熱され、熱膨張により特にタービン軸方向に伸びる(これを熱伸びと呼ぶ。)。この際に、蒸気タービンロータとケーシングは構造と熱容量が異なるため、蒸気タービンロータの熱伸びとケーシングの熱伸びに差が生じる。これを熱伸び差と呼ぶ。熱伸び差が大きくなると、蒸気タービンロータの回転部とケーシングの静止部が接触し損傷するため、予め決定した制限値内に熱伸び差が収まるよう、蒸気タービンを起動制御する必要がある。
【0005】
このような熱応力や熱伸び差、あるいはその他プラント運転時の制限条件の指標となる物理量(以下、これらを総称して状態量と記す。)が、制限値内に収まるように制御する方法として、特許文献1―5に示すような様々な方法が提案されている。
【0006】
特許文献1では、所定の予測期間の熱応力を予測する予測手段と、予測熱応力を規定値以下に抑えると共に、プラント運転条件の一部を満足させ、かつプラント起動時間が最小となる操作量の最適推移パターンを算出する最適パターン演算手段と、最適推移パターンで考慮した以外の運転上の制約条件を満足させるように最適推移パターンを修正するパターン修正手段と、修正パターンにおける現時刻の値を状態量の設定値として設定し、これに対応する測定値をこの設定値と比較して両者の偏差が解消するように操作量を調整してタービン制御装置に与える操作量調整手段を備える例が開示されている。前記操作量調整手段は、プラント状態量の予測値に対する実際のプラント起動時の測定値の偏差について、これが解消するように操作量を調整する役割を果たしている。操作量の調整方法としては、フィードバック制御により、蒸気タービンの昇速率、負荷上昇率を調節したり、あるいは蒸気流量を直接制御したり、回転数や負荷の設定値を変更したりする。このようにして、プラントを実際に起動時のボイラー条件が予測時と違うことによる変化や、予測値と実際の値の不確実性の影響を低減し、起動制御精度を向上させることが図られている。
【0007】
特許文献2では、現在時刻から未来に亘る予測期間の熱応力を予測計算し、予測熱応力を制限値内に抑えながら蒸気タービンを高速起動する制御技術について、具体的な計算手順が開示されている。
【0008】
特許文献3では、所定の予測期間にわたって熱応力と熱伸び差を予測し、その予測結果に基づいてこれらの値を制限値以内に抑えるように制御する方法が開示されている。
【0009】
特許文献4では、プロセスの運転目標の設定手段と、該目標の設定手段からの信号を受けて制御量を出力する制御手段と、該制御手段からの信号に基づいて運転された該プロセスの前記運転目標に対応する運転特性を評価する評価手段と、該評価手段によって得られた評価値に基づき、修正ルールの中から運転方策を抽出して前記制御手段の修正量を決定する修正手段と、該修正手段で得られた修正量と前記運転目標との関係を記憶する記憶手段を備える方法が開示されている。
【0010】
特許文献5では、制御対象が蒸気タービンでなくボイラーであるものの、蒸気温度・蒸気圧力・熱応力といった状態量を計測・算出もしくは推定する手段と、起動特性の運転制限条件に対する差および起動前に作成された起動スケジュールとの差を監視するスケジュール誤差監視手段と、これらの差が所定値以上になった場合に起動スケジュールを修正するスケジュール最適化手段を備える方法が開示されている。起動スケジュールの修正方法としては、スケジュール誤差・昇温率・熱応力のそれぞれの余裕値を評価し、各余裕値の組み合わせに応じて、昇温率と昇圧率の操作量を修正する。修正量の計算はファジイ推論によって決定している。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
[実施形態1]
図1は、実施形態1に係る蒸気タービン起動制御システムを示す構成図である。
図1の下段に、起動制御の対象となる蒸気タービン12を示した。蒸気タービン12の駆動源である蒸気の発生を目的として、熱媒体1を熱源装置4に投入する。熱媒体1の投入経路には、熱媒体1の流量調節弁2と流量を計測する流量計3が備えられている。熱媒体1は熱源装置4に投入され、熱源装置4は化学的あるいは物理的操作により、熱媒体1に保有される熱量を熱媒体5に移動せしめ、該熱媒体5を蒸気発生の熱源として送出する。熱媒体5は蒸気発生設備6に投入され、その保有熱量は給水7に伝熱管8を介して伝えられる。伝熱管8で発生した主蒸気9は、主蒸気流量加減弁10で流量を調節される。余剰の蒸気は、主蒸気バイパス弁11の系統へ流出する。主蒸気流量加減弁10の下流で、主蒸気は蒸気タービン12に投入されてタービンを駆動し、発電機13で電気を発生せしめる。
【0026】
これらの装置を制御するため、制御装置14が設置されている。制御装置14は、状態量取得手段50、操作量決定手段60、MCDB220(マスタカーブデータベース、請求項のデータベースに相当)を含んで構成されている。
【0027】
状態量取得手段50は、蒸気タービンシステムの状態を示す計測値、例えば、熱媒体1の流量計3、主蒸気圧力計15、主蒸気温度計16、蒸気タービン熱伸び差計17などで計測された値(計測値)を、入力手段18により状態量取得値として受信する。ここで、状態取得値とは、実際に計測された値だけでなく、計測された値に基づいて計算された値や、推定された値をも含む。また、計測値は、図中に配線を示した例以外にも、計測して取り扱い可能であるものをもちろん含み、そのような例として、蒸気タービン車室のメタル温度、代表的には内外壁温度差、あるいは熱源装置4がガスタービンの場合においては大気温度や圧力・湿度などがある。
【0028】
状態量取得手段50は、MCDB220から入力手段18で取得された計測値に対応する、起動開始からの時刻に対する状態量の計画値データを時系列で持つ状態量マスターカーブ20(状態量MC)を、MCDB220から取得する。そして、状態量取得手段50は、タイマー19の発信する起動開始からの時間に対応する時刻における状態量計画値21を取得する。ここで、計測値が複数ある場合、対応して状態量マスターカーブ20も複数取得され、複数の状態量計画値21が発信される。そして、状態量取得手段50内の状態量偏差計算器22は、現時刻での状態量計画値21と、入力手段18からの計測値(例えば、計測値3)との偏差である状態量偏差23を計算し発信する。
【0029】
操作量決定手段60には、状態量偏差23から、操作量補正値である操作補正量を計算する関数または演算ブロック26,27(第1の演算手段)が設置されている。この関数または演算ブロック26,27は、状態量偏差23を縮小する、すなわち現実の状態量を、制御時間毎に状態量計画値21に追従させる様に、操作量を補正する操作補正量を計算する。
【0030】
操作量決定手段60は、MCDB220から操作量マスターカーブ28(操作量MC)を取得する。操作量マスターカーブ28には、装置の操作量、例えば熱媒体1の流量調節弁2の開度、あるいは主蒸気流量加減弁10の開度など、本来、起動計画に従う時系列の操作計画値が定義されている。
【0031】
ここで、現実の状態量が状態量計画値21と偏差がある場合、操作量計画値29に対し、状態量偏差23を縮小するように関数または演算ブロック26,27で計算された操作補正値を用いて補正がかけられる。補正の方法は、乗算ブロック30(第2の演算手段)で係数倍する方法、あるいは加算ブロック31(第2の演算手段)でバイアスをかける方法などがある。なお、操作量マスターカーブ28などは操作される操作端に合わせて、複数個取りうることは言うまでもない。
【0032】
操作量決定手段60は、補正された補正操作量32を、関数または演算回路34に出力する。また、操作量決定手段60は、補正された補正操作量33を、関数または演算回路35に出力する。
【0033】
操作量の演算結果を受け取った関数または演算回路34は、熱媒体1の流量調節弁2に対する指令信号を生成して出力し、関数または演算回路35は、主蒸気流量加減弁10に対する指令信号を生成して出力し、このようにしてプラントの熱媒体1の流量調節弁2と主蒸気流量加減弁10を動作させる。
【0034】
図2は、操作量マスターカーブと状態量マスターカーブの関係を示す説明図である。
図2を参照して、本実施形態に示した蒸気タービン起動制御システムにおける、制御方法の詳細を説明する。本発明の蒸気タービン起動制御システムにおいて、制御の主たる計画となるのは状態量マスターカーブ20(状態量MC)である。この状態量マスターカーブ20は、過去の実績、あるいはシミュレーションにより、要求される時刻に、要求される発電量(システム負荷)に到達する状態量変化として準備されており、かつ、蒸気タービン12の熱応力あるいは熱伸び差など、機器の安全性に関わる状態量を制限値以内に抑制できる状態量変化として準備されている。現実の状態量計測値が、状態量マスターカーブ20の現時刻における計画値から偏差を発生した場合、この偏差を縮小し、現実の状態量を状態量マスターカーブ20に追従させることが、本発明の最も優先されるべき目的機能となっている。
【0035】
この目的機能のため、操作量の計画値は、状態量偏差を縮小するために随時補正される。操作量の計画値、あるいは操作量マスターカーブ28(操作量MC)は、補正操作量を計算するための計算起点に過ぎず、状態量偏差の縮小が最優先される。現実の状態量が状態量マスターカーブ20に追従すれば、状態量マスターカーブ20の前提である、要求時刻に要求発電量に到達し、かつ、蒸気タービン12の熱応力、熱伸び差など機器安全にかかわる状態量は制限値内に抑制される効果が、自明に得られる。
【0036】
次に本実施形態の考え方についてさらに説明する。
操作量マスターカーブ28および状態量マスターカーブ20と、実起動時のプラントデータとの関係から、発明者らは以下の着想を得た。すなわち、状態量偏差23が最小になるように操作量を修正して、起動用の操作量マスターカーブ28を補正できれば、起動時の制御性向上が期待できる。
【0037】
しかし、これを実現するには、プラント内部の現象の因果関係を、通常の物理現象の数式モデルとは逆方向から演算できる必要がある。本図の例で説明すると、物理側に従った順方向の演算では、操作量マスターカーブ28に何らかの補正または偏差が加わった操作量を入力として、プラント内部の物理現象をモデル化した演算が実行され、その結果、状態量計測値に相当する計算出力が得られる。
【0038】
これに対して、逆方向の演算では、状態量計測値に基づいて、そのときの実際の操作量を推定する必要がある。このような問題は一般に逆問題と呼ばれ、とりわけプラントのように多入力多出力かつ、入力と出力の項目数が一致しないことが多い場合は、数学的にも解が一意に求まらず、数値計算で妥当な解を得るには高度な知識と経験が必要になる。
【0039】
そこで、発明者らは以下の(1)―(4)のように問題をさらに詳細に検討し、この問題に対する解決策を考案した。
【0040】
(1)逆問題に関する分析
プラントなどの多入力多出力システムは、一般に入力に対する出力の応答の関係を逆にして、出力に対する入力の応答を計算できるように変換することは困難な場合が多い。理由は主として、1)入出力の応答が非線形な領域が多いことと、2)異なるスケールの様々な物理量が混在しているためである。
【0041】
これに対して、本発明が対象にしようとする操作量偏差と状態量偏差23は、ともに、マスターカーブという基準に対する偏差を表しており、ゼロ(0)を中心に正負の方向に変動幅が一定の範囲に限定されている。このため、例えば、最小値−1から最大値+1の範囲に正規化するなどして異なる変数のスケールを揃えやすい。このような性質を考慮すると、操作量偏差と状態量偏差23の関係は線形とみなせる余地がある。
【0042】
なお、操作量偏差とは、実際のプラントの起動においては、様々な要因によってプラントの実操作量の推移が計画値とは多少異なるものとなる。この差異を本実施形態では操作量偏差あるいは操作補正量と呼ぶ。この二つの名称は、計画値と実績値の差異が生じる理由によって使い分けるものとし、この差異が、主として制御上の意図によらない、運転条件の変動などに起因する場合は、操作量偏差と呼び、一方で、制御動作に基づいて生じた、能動的な操作量変化を表す場合は、操作補正量と呼ぶものとする。操作量の例としては、熱源装置4の負荷率、主蒸気流量加減弁10の開度などがあるが、これらに限るものではなく、当該プラントに対する任意の操作端の操作量がこれに該当する。
【0043】
(2)偏差を生じる要因の分析
図11は、操作量・状態量のマスターカーブに対する偏差が生じる要因の分析結果を示す説明図である。操作量・状態量のマスターカーブに対する偏差が生じる要因を分析した結果、
図11に示すように、偏差を生じる要因はすべて、加算性または乗算性のいずれか、あるいは両方の特性をもつと推定された。ここで、加算性あるいは乗算性とは、ある要因によって計画値と実績値で偏差が生じた場合に、実績値に基づいて計画値を補正するとすれば、加算か乗算のどちらの補正方法が大略適しているかを表している。
【0044】
図11の内容を個別に説明する。
・参照番号1:「操作量・状態量の各マスターカーブ作成の基になる特性モデルの誤差」は、プラント起動計画に際して援用される、プラントの操作量入力に対する状態量出力の応答関係の計算モデル(物理式、シミュレーションなど)と、実機プラントとの違いによって生じる差異を表す。これには、1)操作量入力値の変化に対応する、状態量出力値の変化の応答性がずれている場合と、2)操作量入力値の変化によらず、状態量出力値が常に一定方向にずれている場合がある。1)の場合の補正には応答の変化幅に一定の係数を掛けるなどの乗算が適しており、2)の場合の補正は一定値を加えるなどの加算が適している。
【0045】
・参照番号2:「プラント・機器の個体差」は、製造公差やセンサの調整の違いによって、取得される機器の計測値が常に一定方向にずれるような場合を表す。このようなずれに対しては、加算性の補正が適する。
【0046】
・参照番号3:「保守・劣化の影響」は、性能の経年低下や、保守による性能回復といった要因による偏差を表している。このような偏差は、運転条件の差異を補正して標準的な運転条件にそろえると、計測値が一定傾向にずれることが大半であるため、加算性の補正が適する。
【0047】
・参照番号4:「初期暖機状態の差異(一定の傾向が常に再現する場合)」は、起動開始時にプラントがどれだけ温まっていたか、保温や暖機の状態の差異によって起動過程で持続的に一定の幅で生じるような偏差を表している。このような場合は、基準となる初期温度がずれていることが多く、加算性の補正が適する。
【0048】
・参照番号5:「初期暖機状態の差異(ずれの傾向が毎回異なる場合)」は、同じように起動開始時のプラントの温まり具合が異なるが、このずれが毎回異なるような場合を表す。このような場合、プラント停止後の経過時間や、起動前の保温状態・暖機の程度、といった(広義の)運転条件のばらつきが原因であることが多い。補正方法としては、一定の傾向がないことから加算性の補正は適さず、例えば、暖気時間の標準値からのずれに応じて定数をかけて補正するなど乗算性の補正が適する。
【0049】
・参照番号6:「大気温度など環境条件の変動(起動する毎に異なる場合)」は、典型的には、蒸気タービン12を構成要素にもつコンバインドサイクル火力プラントにおけるガスタービンの吸気温度がこれに該当する。ガスタービンの出力や効率は大気温度によって大きく変化する特性があり、この結果コンバインドサイクルプラントの蒸気タービン12に供給される蒸気の条件が変化する。このような偏差には、大気温度の予め定められた標準値に対する偏差に応じて一定数をかけるなどの乗算性の補正が適している。
【0050】
・参照番号7:「大気温度など環境条件の変動(起動中の変化が大)」は、参照番号6と同様に、コンバインドサイクルプラントのガスタービンの吸気温度が該当するが、参照番号6の場合と異なるのは、起動過程においても吸気温度が変化し続けることによって動的に生じる偏差を表している。このような偏差に対しては、参照番号6と同様に予め定められた標準温度に対する偏差に応じて定数をかける乗算性の補正が適している。補正をさらに高精度に実施する為には、標準的な気温上昇パターンなどを設定し、これに応じて補正すると有効である。
【0051】
これら参照番号1−7の分析結果を纏めて整理すると以下のようになる。参照番号1−4の項目は、主として特性モデルの実機との違いによるものが多く、補正方法は加算性のものが適している。参照番号5−7の項目は、主として運転条件の差異に起因する偏差が中心的で、補正方法は乗算性のものが適している。
【0052】
(3)偏差の要因分析に基づくモデル化方針
前述の(1)の分析結果から、操作量偏差と状態量偏差23の関係は、線形とみなす余地があり、さらに(2)の分析結果から、偏差を生じさせる各要因に対する補正方法は、運転条件の変動に対しては乗算、特性モデルと実機の違いに対して加算、といった組み合わせによってある程度まで実現可能と見込まれる。
【0053】
ただし、多入力多出力の応答系では、入力項目数と出力項目数が必ずしも同一でない場合が大半である。このような場合には、入力に対する出力の応答について、行列を用いて数学的に計算可能なように表現することができても、応答を表す行列に対して逆行列が存在しないため、応答関係を逆向きに、出力に対する入力の関係に変換することはできない。例えば、特異値分解などの手法により擬似的逆行列を求めることは可能ではあるが、このようにして計算したモデルの精度や安定性を保証するために、専門知識と経験が必要となる。
【0054】
このような困難さを回避するために、本発明のアルゴリズムでは、プロセスの入出力の応答関係をはじめから逆方向にして、出力に対する入力の関係として表す。すなわち、例えば、入力Xに対する出力Yの応答の係数は、従来の一般的な方法では単純化して表すとY/Xで表されるのに対して、本発明の方式では係数をX/Yというように表す。
【0055】
このような応答関係の表し方を、操作量偏差を仮にスカラーΔxとし、状態量偏差23をスカラーΔyとし、両者の関係に適用すると、状態量偏差Δyに見合う操作量偏差Δxを求めるための応答の係数(スカラーaとする)は、a=Δx/Δyと表される。この係数aは、状態量偏差Δyに乗じられることによって、これに相当する操作量偏差Δx(あるいは操作補正量Δx)を求めるために用いることができる。この点で、係数aは前述した運転条件の変動に対応する乗算性の補正に相当する。一方、前述した、特性モデルと実機の違いに対応する加算性の補正については、ある定数(例えば、スカラーc)を加算することとして表すことができる。
【0056】
従って、これら二つの補正を合成して、状態量偏差Δyに対応する操作補正量Δxを計算する式を、Δx=aΔy+cと近似的に表すことができる。また、この式は、プラントの実際の運転データに基づいて、操作量偏差Δxと状態量偏差Δyの関係を特定する係数aと切片cを求めるためにも用いることができる。
【0057】
(4)計算モデル化
前述(3)の方針を一般化し、状態量偏差23に対応する操作量偏差(あるいは操作補正量)の応答関係を、後記する式(1a)、式(1b)に示すように計算モデル化した。式(1a)は、状態量偏差Δyと、操作量偏差(または操作補正量)Δxについて、これらの項目が複数ある場合に拡張して、それぞれ、状態量偏差ベクトルΔY、操作量偏差(または操作補正量)ベクトルΔXとして表した場合のモデル式を表している。(なお、本発明の説明において、小文字の変数はスカラー、大文字の変数はベクトルを表す)。
【0058】
状態量偏差23と操作量偏差(あるいは操作補正量)の項目数が複数に拡張されたことに対応して、前述(3)でスカラーaとして示した乗算補正の係数は、行列Aに拡張されている。これを以降、変換行列と呼ぶ。同様に前述(3)でスカラーcとして示した加算補正の定数は、ベクトルCに拡張されている。これを以降は、オフセットベクトルと呼ぶ。変換行列Aの行と列の要素の並びの関係を
図3を用いて説明する。
【0059】
図3は、操作量決定手段で用いられる変換行列を示す説明図である。変換行列Aは、行数が操作補正量の要素数で、列数が状態量偏差23の要素数である。例えば、第i行j列の要素a_ij (ここで記号_は、後続の記号が下付添字であること示す)は、状態量偏差23の第j番目の要素 Δy_j に対する、操作補正量(操作量偏差)の第i番目の要素 Δx_i の応答関係の係数を表し、これらの関係は Δx_i = Σ_j ( a_ij Δy_j ) + c_i となっている。なお、iは操作補正量の項目番号であり、jは状態量偏差23の項目番号である。
【0060】
ここで、a_ijは、プラント運転の時間経過によらず一定とみなすのが本願発明の特徴である。これは、時間進行の刻み幅Δtに応じて、操作補正量の第i番目の要素 Δx_i、状態量偏差23の第j番目の要素 Δy_jが変化しても、両者の比a_ijは概ね一定とみなしていること、すなわち、蒸気タービン12の運転特性に基づいてΔx_iとΔy_jの線形性を仮定していることによる。
【0061】
本計算モデルにおいて、状態量偏差ベクトルΔYに含まれる要素は、互いに独立性が高く、依存性が低い変数が組み合わせされていることが望ましい。好適な組み合わせの簡単な例としては、ロータ熱応力、車室とロータの熱伸び差、車室内外壁温度差、あるいはこのうちの前2者だけの組み合わせが考えられる。このように互いに独立な変数を組み合わせる必要があるのは、もし相互依存性の高い変数が組み合わせに含まれていると、行列計算における多重共線性が強くなり、モデル式の計算の精度や安定性が低下するためである。
【0062】
このように複数の項目を同時に扱えるように拡張することにより、このモデル式ではプラント挙動が計画値とずれる要因となる様々な要因、すなわち前述の
図11で列挙した各種要因の影響を織り込んだ上で、プラント状態量の偏差を削減するようなプラント操作量の補正量を計算することができる。
【0063】
さらに、本計算モデルでは前記(3)で述べたように入出力の応答関係を敢えて逆方向から定義して変換係数として表したことにより、操作量補正ベクトルの要素、すなわちプラントを操作するための変数の組み合わせの選択の自由度が、順方向に応答をモデル化した場合よりも向上する。この結果、より多くの操作量を組み合わせて制御することが可能になり、制御性が向上することが期待できる。
【0064】
変数組み合わせの自由度が向上する理由は、従来の一般的な入出力の順方向の応答関係を用いて、操作量補正ベクトルΔXと状態量偏差ベクトルΔYの関係を計算モデル化すると、
ΔY=PΔX+Q
となり(ここで、ΔX,ΔYおよびQはいずれも縦ベクトルで、Pは応答を表す行列、Qはオフセットを表すものとする。)、この行列演算においては右辺で行列と乗算がなされるΔXの要素には互いに独立性の高い組み合わせが求められ、反対に従属性の高いものが含まれると多重共線性の問題が生じるためである。
【0065】
本実施形態の計算モデルを次式に示す。
【数1】
【0066】
前記問題に対し、式(1a)に示す計算モデルでは、操作量補正ベクトルΔXは左辺の出力側であり、行列演算の入力側(独立変数である必要がある)にならないため、多重共線性の問題を生じず、変数組み合わせの制約を無くすことができる。
【0067】
なお、本実施形態の計算モデルの式(1a)は、簡略化してオフセットベクトルCを除き、式(1b)のようにしてもよい。このようにすると、先に
図11の参照番号5−7で示したような乗算性の補正、すなわち、運転条件変動に起因するずれの応答性に的を絞って効果的に補正することができる。
【0068】
[実施形態2]
実施形態2では、蒸気タービン起動制御システムの状態量として、直接計測した値ではなく、間接的に計算された状態量を用いるシステムの例を説明する。
【0069】
図4は、実施形態2に係る蒸気タービン起動制御システムを示す構成図である。
図1に示す蒸気タービン起動制御システムのうち、
図4において、既に説明した
図1に示された同一の符号を付された構成と、同一の機能を有する部分については、説明を省略する。
【0070】
図4に示す状態量取得手段50Aでは、複数の入力手段18から入力された計測値に基づき、状態量演算ブロック51(状態量演算手段)において、直接は計測できない状態量を計算する。例えば、蒸気タービン12のある部位における熱応力、あるいは蒸気タービン12を構成する単一部品内、複数部品間の熱伸びの差などの状態値を、主蒸気温度、流量などの計測データから、演算することができる。状態量演算ブロック51からは、状態量計算値52が発信される。
【0071】
一方、制御装置内の状態量マスターカーブ20(状態量MC)は、状態量計算値52に対応した状態量の時系列データとして、MCDB220(データベース)から読み込まれ設置されている。タイマー19より発信された現時刻における状態量計画値21と状態量計算値52との偏差を、状態量偏差計算器22で計算し、状態量偏差23を発信する。この状態量偏差23から操作量の補正値を計算する。操作量を補正する構成は、実施形態1と同一である。
【0072】
本実施形態を適用すれば、直接計測できない状態量、機器の安全に重要な状態量などを、計画値、すなわち状態量MCに追従させることが可能である。それ故、実施形態2に係る蒸気タービン起動制御システムによれば、要求時刻に要求発電量に到達し、かつ、蒸気タービン12の熱応力、熱伸び差など機器安全にかかわる状態量は制限値内に抑制される効果が、より確実に得られる。
【0073】
[実施形態3]
実施形態3では、蒸気タービン起動制御システムの操作量計画値として、予め準備された計画値ではなく、逐次に操作量計画値が決定されるシステムの例を説明する。
【0074】
図5は、実施形態3に係る蒸気タービン起動制御システムの例を示す構成図である。
図5に示す操作量決定手段60Aが、
図1に示す操作量決定手段60と異なる。
図5に示す状態量取得手段50は、
図1に示す状態量取得手段50と同様である。
図5の蒸気タービン起動制御システムのうち、既に説明した
図1、
図4に示された同一の符号を付された構成と、同一の機能を有する部分については、説明を省略する。
【0075】
実施形態3に係る操作量決定手段60Aでは、操作量計画値にあたる補正前の操作量値は、状態量計測値から決定される。蒸気タービンシステムで計測された計測値が、制御装置14内に設置された状態量計算手段36での演算に用いられる。状態量計算手段36としては、1個または複数の状態量から操作量の決定に関わる計算値を発信する手段、あるいは、1個または複数の状態量から直接計測できない状態値を計算し発信する手段、あるいは、1個または複数の状態量から将来における状態量を予測計算し発信する手段、が取りうる。状態量計算手段36から発信された状態量計算値に基づき、操作量決定手段37(操作量計算手段)で現状取るべき操作量計画値が計算、発信される。この操作量計画値を状態量偏差23に基づき補正する構成は、実施形態1と同様である。
【0076】
本実施形態のように状態量計算手段36からの情報に基づき操作量決定手段37で操作量計画値を決定する構成は、古典的なカスケード構成によるフィードバック制御、あるいは、近年見られる予測制御において同様である。本実施形態は、これらの既存の制御手法に本発明の制御システムを組み合わせた構成である。すなわち、既存の発電プラントに設置された、既存の技術による制御装置にも、本実施形態の制御システムを追加できる。このため、実施形態3に係る蒸気タービン起動制御システムによれば、要求時刻に要求発電量に到達し、かつ、蒸気タービン12の熱応力、熱伸び差など機器安全にかかわる状態量は制限値内に抑制される効果が得られる。
【0077】
[実施形態4]
実施形態4では、蒸気タービン起動制御システムを、ガスタービンコンバインドサイクルに適用した例を説明する。
【0078】
図6は、実施形態4に係る蒸気タービン起動制御システムの例を示す構成図である。
図6の蒸気タービン起動制御システムのうち、既に説明した
図1、
図4、
図5に示された同一の符号を付された構成と、同一の機能を有する部分については、説明を省略する。
【0079】
実施形態4では、制御対象の装置としてガスタービンと蒸気タービン12を発電に使用するガスタービンコンバインドサイクルとする構成をとる。燃料38は、燃料流量調節弁39、燃料流量計40を介して、燃焼器41に投入される。一方、空気42は圧縮機43で高圧空気とされ、燃焼器41に投入される。燃焼器41は、燃料を高圧空気により燃焼し、発生した高温高圧の燃焼ガスをガスタービン44に投入する。ガスタービン44は燃焼ガスにより回転し、発電機45を駆動し、電気を発生する。ガスタービン44から排気されたガスタービン排気46は、廃熱を再利用するため廃熱回収ボイラー47(HRSG)に投入される。ガスタービン排気46の持つ熱により、給水7を伝熱管8において加熱し、主蒸気9を発生させ、蒸気タービン12を駆動し発電する。
【0080】
実施形態4の構成では、主蒸気温度計16で計測された主蒸気温度値を、入力手段18を介して制御装置14に入力し、燃料流量調節弁39の操作量補正に利用することで、本発明の制御システムが適用されている。本実施形態に示したように、蒸気タービン起動制御システムは、蒸気タービン12に直接かかわる機器の操作量制御のみならず、熱源の機器の操作量、すなわち本実施形態のガスタービン燃料流量の操作量補正にも使用でき、より正確かつ柔軟な制御が可能となる。このため、実施形態4に係る蒸気タービン起動制御システムによれば、要求時刻に要求発電量に到達し、かつ、蒸気タービン12の熱応力、熱伸び差など機器安全にかかわる状態量は制限値内に抑制される効果が得られる。
【0081】
[実施形態5]
実施形態5では、本発明の蒸気タービン起動制御システムを、ボイラーに適用した例を説明する。
【0082】
図7は、実施形態5に係る蒸気タービン起動制御システムの例を示す図である。
図7の蒸気タービン起動制御システムのうち、既に説明した
図1、
図4、
図5、
図6に示された同一の符号を付された構成と、同一の機能を有する部分については、説明を省略する。
【0083】
実施形態5では、制御対象の装置としてボイラー48と蒸気タービン12を組み合わせた構成をとる。燃料38を燃焼器41で燃焼し、燃焼ガスの熱により主蒸気9を発生する。本実施形態の構成では、主蒸気温度計16で計測された蒸気温度値を、入力手段18を介して制御装置14に入力し、燃料流量調節弁39の操作量補正に利用することで、本発明の制御システムが適用されている。
【0084】
実施形態4および実施形態5で示したように、本実施形態の蒸気タービン起動制御システムは、蒸気タービン12を使用する各種装置に適用可能である。
【0085】
[実施形態6]
実施形態6に係る蒸気タービン起動制御システムにおいて、操作補正量を計算する関数または演算回路のパラメータを時系列に記憶し、次回以降の起動制御に利用するシステムの例を説明する。
【0086】
図8は、実施形態6に係る操作量マスターカーブの補正を示す処理フロー図である。ここで、操作量マスターカーブ28(操作量MC)の補正とは、
図9に示すように、予め定められた操作量マスターカーブ28に対して、実際の運転結果に基づいて、補正した操作量マスターカーブ28mを生成することである。この手順を以下に説明する。
【0087】
操作量マスターカーブの補正を示す処理には、プラント特性データを取得するステップS80Aと、操作量マスターカーブを補正するステップS80Bに分けられる。ステップS80Aは、ステップS81〜S85から構成され、ステップS80Bは、ステップS86〜S89から構成される。
【0088】
制御装置14は、起動の開始信号などで、蒸気タービン12の起動の開始を検知すると(ステップS81,True)、ステップS82に進む。制御装置14が、蒸気タービン12の起動の開始を検知できない場合(ステップS81,False)、ステップS81に戻る。制御装置14は、MCDB220から、変換行列AおよびオフセットベクトルCを読み込み(ステップS82)、プラント起動実測データから操作補正量ΔXと、状態量偏差ΔYを取得する(ステップS83)。具体的には、プラントを起動した際の操作補正量ΔXの時間にそった変化と、これに対応する状態量偏差ΔYの時間にそった変化が取得される。
【0089】
操作補正量ΔXのデータは、操作量決定手段60(
図1参照)から受けた情報に基づいて取得される。その手順として、操作量決定手段60から受け取った情報には、操作量マスターカーブと、これに対する補正量またはプラント運転時の実際の操作量の値(まとめて操作量実績値と呼ぶ。)が含まれている。この操作量マスターカーブと実績値の差が、制御装置14の内部に備えられた操作補正量計算器(図示せず)で計算されて取得される。
【0090】
状態量偏差ΔYのデータは、状態量取得手段50(
図1参照)から受けた情報に基づいて取得される。その手順として、状態量取得手段50から受け取った情報には、状態量マスターカーブと、これに対するプラント運転時の実際の状態の実測値または計算値または推定値(まとめて状態量実績値と呼ぶ。)が含まれている。この状態量マスターカーブと実績値の差が、制御装置14の内部に備えられた状態量偏差計算器22で計算されて取得される。
【0091】
ステップS83においては、操作補正量ΔX、状態量偏差ΔYは項目数だけあるベクトルで(例えば、操作補正量ΔXはM項目、状態量偏差ΔYはN項目)、起動全体に沿って時間の分割数がτ個であったとすると、操作補正量ΔXはM×τ個、状態量偏差ΔYはN×τ個の要素データが制御装置14によって、取得される。具体的には、起動開始から起動完了時間までの時間が60分とし、所定時間として1分毎とすると、操作補正量ΔXはM×60個、状態量偏差ΔYはN×60個の要素データが取得される。
【0092】
制御装置14は、起動の終了信号などで、蒸気タービン12の起動の終了を検知すると(ステップS84,True)、ステップS85に進む。制御装置14が、蒸気タービン12の起動の終了を検知できない場合(ステップS84,False)、ステップS83に戻る。
【0093】
続く、ステップS85では、ステップS83で取得された操作補正量ΔXと状態量偏差ΔYの値に基づき、計算モデルの式(1a)の変換行列AおよびオフセットベクトルCの値が制御装置14によって、計算される。
【0094】
次に、操作量マスターカーブを補正するステップS80Bでは、ステップS85で得られた変換行列AおよびオフセットベクトルCの値と、実際のプラント運転時のデータに基づいて、操作量マスターカーブが補正される。その手順について説明する。
【0095】
制御装置14は、プラント実測データから起動過程に沿った状態量偏差ΔYを取得する(ステップS86)。具体的には、ステップS86では、プラント起動時に状態量取得手段50(
図1参照)で取得された状態量の情報に基づいて、起動時の時間にそった状態量偏差が状態量偏差計算器22で計算される。ここでの状態量偏差ΔYは、大気温度のような運転条件の計画値とのずれを含む。
【0096】
続くステップS87では、制御装置14は、ステップS86で得られた状態量偏差ΔYに基づき、前述のモデル計算の式(1a)または式(1b)を用いて、操作補正量であるΔXを計算する。続く、ステップS88では、制御装置14は、ステップS87で得られた操作補正量28dの時間にそった値を、今回補正しようとする既存の操作量マスターカーブに時間にそって加算し、操作量マスターカーブ(X_mc)を補正する。最後に、ステップS89において、制御装置14は、補正された操作量マスターカーブ28m(
図9参照)をMCDB220に書き込む。
【0097】
なお、ステップS80Bは常にステップS80Aとセットになって実行されるわけでなく、ステップS80Aによって得られた変換行列AおよびオフセットベクトルCがあれば、どのタイミングで実施されてもよい。典型的には、プラントが新設で運転開始後の初期の期間においては、プラントを起動するたびに、起動完了後のタイミングで実施すると、プラントの計画時点と実際の設備の差異を効果的に補正することができる。あるいは、プラント運転開始後に一定期間が経過し、起動するたびに得られる変換行列AおよびオフセットベクトルCの値の変化が少なく、変更の必要性が低い状況においては、実行回数を減らすことによりプラントの起動を実際の運転環境に応じて安定的に最適化できる。
【0098】
実施形態6では、既に計算された操作補正量ベクトル、あるいは、変換行列により、現有の操作量MCを補正、更新した時系列データを、新たな操作量MCとして記憶する。次回以降の蒸気タービン起動において、新たな操作量MCから操作量計画値を発信すれば、状態量MCと実際の状態量の偏差は、当然前回の起動過程より縮小される。起動時ごとに随時、操作量MCを更新することにより、実際の状態量が状態量MCに追従する精度は向上していく。
【0099】
したがって、実施形態6に係る蒸気タービン起動制御システムによれば、より正確な制御により、要求時刻に要求発電量に到達し、かつ、蒸気タービンの熱応力、熱伸び差など機器安全にかかわる状態量は制限値内に抑制される効果が得られる。
【0100】
本実施形態では、操作量MCを起動毎に更新する例を示したが、操作補正量、あるいは変換行列を記憶領域に保持し、次回以降の起動における操作量補正に使用する構成も、もちろん取りうる。
【0101】
[実施形態7]
実施形態7では、本実施形態の蒸気タービン起動制御システムにおいて、操作補正量を計算する関数または演算回路のパラメータを時系列に記憶し、次回以降の起動制御に利用するシステムの別の例を説明する。
【0102】
図10は、実施形態7に係るマスターカーブDBへのアクセス形態を示す構成図である。実施形態6では操作量MCを随時更新する構成例を示したが、実施形態7では毎回起動時の操作量MCを個別に記憶領域に保持し、その操作量MCに対応する起動時の起動条件データ、例えば外気温、起動前の停止時間、燃料性状などを同時に記憶領域に保持する構成をとる。ある起動時に、その時点の現起動条件と最も近い起動条件データを持つ操作量MCを使用することにより、さらに正確な制御を実施し、要求時刻に要求発電量に到達し、かつ、蒸気タービン12の熱応力、熱伸び差など機器安全にかかわる状態量は制限値内に抑制される効果が、さらに精度良く実現できる。
【0103】
マスターカーブの登録は以下のようにしてなされる。制御装置14は、起動毎に、起動毎に生成した補正されたマスターカーブである補正マスターカーブ211(補正MC)および起動毎の起動条件212が関連付けられて、登録I/F(インターフェイス)221を介して、カスターカーブDB(データベース)であるMCDB220に転送されて保持される。
【0104】
マスターカーブの利用は以下のようにしてなされる。制御装置14は、プラントが起動しようとされる際、あるいはプラントの起動が計画されようとする際に、プラントの起動条件231の情報が、取得I/F(インターフェイス)222を介して受け取りされる。
【0105】
起動条件231の情報とは、例えば、初期メタル温度(蒸気タービン車室の計測点の温度やロータ温度の指標となる計測点での計測温度)、停止後経過時間、蒸気温度、予定あるいは目標とされる起動時間の長さ、大気温度、燃料性状などがある。
【0106】
これら起動条件231の情報は、当該制御装置14に備えられた各種入力手段で取得される。例えば、初期メタル温度や、蒸気温度、大気温度のような情報は当該プラントの計測情報を受け取る状態量取得手段50から取得される。停止後経過時間は当該制御装置14に備えられたクロックないしタイマー19による時間情報に基づいて取得される。予定あるいは目標とされる起動時間の長さは、当該制御装置14に備えられた運転計画の設定回路(図では省略、公知の運転計画制御技術にもとづき実装されている)で指定された値を取得する。
【0107】
取得I/F222では、この起動条件231の情報に対して類似度が高いマスターカーブをMCDB220から抽出し、当該起動用のマスターカーブ232の情報として出力する。ここでMCDB220からのマスターカーブ抽出は、起動条件231と、MCDB220に保持されたマスターカーブの情報に含まれる同様の起動条件情報との類似度(例えば、温度差の小ささ、停止後経過時間の差異の小ささ)に基づいて、もっとも近い事例が抽出される。あるいは、類似度の接近した複数の事例から、起動時間にそったマスターカーブの値が、重み付け平均されて、抽出結果として出力されてもよい。このような類似度に基づく抽出は公知の多変量解析や信号処理技術を用いて実装可能である。
【0108】
このようにしてマスターカーブが補正されて登録あるいは利用されることにより、本発明の蒸気タービン起動制御システムでは、プラントが起動を重ねるに応じて、プラント起動計画と実際のプラント起動時の挙動の差が小さくなり、起動制御の精度が向上する。この結果、プラント運転上の制約を満たしつつ、指定された時間で起動する精度が向上する。
【0109】
本実施形態の蒸気タービン起動制御システムは、まず始めに、要求される時間内で要求された負荷に到達する起動、負荷上昇計画に基づき、操作量の時系列計画線(例えば、操作量マスターカーブ28(操作量MC))とともに、計測できる状態量、あるいは計測状態量から演算可能な状態量の時系列計画線(例えば、状態量マスターカーブ20(状態量MC))を制御装置14内に設定する。状態量MCは、起動の全過程における蒸気タービン12の熱応力、熱伸び差が、制限値以内に抑制される様に計画される。次に、現時点における状態量計測値あるいは計測値から演算した状態量と、状態量MCの差を計算する。次に、実際の状態量と状態量MCの差を縮小あるいはゼロとする、すなわち実際の状態量が状態量MCに追従する方向に、操作量を補正する演算回路を持たせることができる。
【0110】
本実施形態の蒸気タービン起動制御システムは、予測制御システムと置換して設置することも可能である。あるいは、環境の変化による状態量MCの誤差を防止するため、予測制御など他の制御方法と同時に使用することも可能である。
【0111】
また、本実施形態の蒸気タービン起動制御システムは、複数の状態量MCを持ち、計測される複数の状態量を追従させる方法も可能である。あるいは、または同時に、複数の操作量MCを持ち、複数の操作端を、状態量が状態量MCに追従するよう補正した操作量で運転することも可能である。
【0112】
また、ある起動過程で発信された操作補正量を時系列で記憶領域に保持し、次回以降の起動時における操作量MCに反映し、操作量計画値として使用することも可能である。