(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上記補償電流テーブル記録手段には、予め速度条件を変更して無負荷運転を行ったときの上記磁束推定手段が出力する上記電流推定誤差が速度条件毎、或いは上記電力変換手段の基本波周波数条件毎に上記鉄損補償分電流として記録されていることを特徴とする請求項1に記載の誘導電動機の制御装置。
上記補償電流テーブル記録手段には、予め磁束条件を変更して無負荷運転を行ったときの上記磁束推定手段が出力する上記電流推定誤差が上記磁束条件に応じて上記鉄損補償分電流として記録されていることを特徴とする請求項1に記載の誘導電動機の制御装置。
上記速度条件を変更して無負荷運転を行う場合、磁束一定制御から弱め磁束制御に変化する変曲点となる速度条件、或いは上記電力変換手段の基本波周波数条件を含むものである、ことを特徴とする請求項2に記載の誘導電動機の制御装置。
通常の運転時に、上記補償電流テーブル記録手段から上記速度条件、或いは上記電力変換手段の基本波周波数条件に対応した上記鉄損補償分電流を出力し、上記電流指令値発生手段からの上記トルク分と磁束分の各電流指令値の内の少なくとも一方に上記鉄損補償分電流を加減算したものを上記電圧指令値発生手段に対して実際の上記電流指令値として与えることを特徴とする請求項2または請求項4に記載の誘導電動機の制御装置。
通常の運転時に、上記補償電流テーブル記録手段から上記磁束条件に対応した上記鉄損補償分電流を出力し、上記電流指令値発生手段からの上記トルク分と磁束分の各電流指令値の内の少なくとも一方に上記鉄損補償分電流を加減算したものを上記電圧指令値発生手段に対して実際の上記電流指令値として与えることを特徴とする請求項3に記載の誘導電動機の制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実施の形態1.
図1は、この発明の実施の形態1における誘導電動機の制御装置を示す構成図である。この実施の形態の誘導電動機の制御装置は、主回路手段1と、インバータ制御手段100を備える。
【0014】
ここでは、まず、主回路手段1の動作の概略を説明する。
三相交流電源等による電源手段11の出力電圧は、ダイオードコンバータ等によるコンバータ主回路12によって直流電圧に整流され、さらにフィルタコンデンサ13によって電圧脈動を除去してより安定した直流電圧に変換される。この直流電圧は、インバータ主回路14によって可変電圧可変周波数の交流電圧に変換され、誘導電動機2に供給される。なお、このインバータ主回路14が特許請求の範囲の電力変換手段に対応している。
【0015】
上記のインバータ主回路14による直流電圧から交流電圧への変換動作は、インバータ制御手段100から出力されるゲート信号によって、インバータ主回路14を構成する図示しない半導体スイッチング素子がスイッチング動作することによって実施される。以下、このインバータ制御手段100の構成と動作、ここでは、先ず一般的な鉄損補償を行わない場合について説明する。
【0016】
速度指令値発生手段101は、誘導電動機2の回転速度に対する速度指令値ωrefをトルク指令値発生手段102に出力する。トルク指令値発生手段102は、速度指令値ωrefに加えて、誘導電動機2の回転速度を検出する速度検出手段3が出力する速度信号ωrも入力され、速度指令値ωrefと速度信号ωrの差分情報に基づいた、いわゆるPI制御演算により、下記の式(1)のようにしてトルク指令値Trefを算出し、このトルク指令値Trefを電流指令値発生手段103に出力する。
【0018】
ここに、Kpsは速度制御比例ゲイン、Kisは速度制御積分ゲインである。
【0019】
なお、式(1)に基づいて得られるトルク指令値Trefは、別途、インバータや誘導電動機で許容可能なトルクの最大値にてリミット処理されて、電流指定値発生手段103に出力される。この最大値にリミットされた状態では、式(1)による速度制御機能が働かず、トルクのリミット値によるトルク指令値Trefにより制御されることになる。このように、最大加速時や最大減速時のときには、速度制御ではなくトルク制御状態となるため、下位のベクトル制御のトルク制御精度の高さが要求される。
【0020】
磁束指令値発生手段109は、速度指令値発生手段101からの速度指令値ωrefに応じて、誘導電動機2で発生すべき磁束の指令値Φr_refを発生し、この磁束指令値Φr_refを電流指令値発生手段103に出力する。すなわち、
図4(a)に示すように、ある速度ωr(あるいはインバータ周波数ω)よりも高速域では、その値ωrに反比例して磁束の大きさを絞る、いわゆる弱め磁束制御を行うことが一般的であり、そのため、磁束指令値発生手段109は、速度指令値発生手段101からの速度指令値ωrefに応じた磁束指令値Φr_refを発生する。なお、インバータ周波数ωは、インバータ主回路14の基本波周波数に相当する。
【0021】
電流指令値発生手段103は、後述の磁束推定手段107が演算出力する磁束推定値Φ^dr(ここで記号^は文字Φの真上にあるものとする。以下同様)、および磁束指令値発生手段109が発生する磁束指令値Φr_refの差分情報に基づいた、いわゆるPI制御演算により、下記の式(2)のようにして磁束分に相当する磁束分電流指令値io_refを算出する。
【0023】
ここに、Kpfは磁束制御比例ゲイン、Kifは磁束制御積分ゲインである。
【0024】
さらに、上記の電流指令値発生手段103は、トルク分に相当するトルク分電流指令値iT_refを、トルク指令値発生手段102からのトルク指令値Tref、磁束推定手段107からの磁束推定値Φ^dr、および誘導電動機2の回路定数に基づいて、下記の式(3)に基づいて算出する。
【0026】
ここに、
図5に示す誘導電動機の等価回路において、図中、Rsは一次抵抗、lsは一次漏れインダクタンス、lrは二次漏れインダクタンス、Rrは二次抵抗、sは滑り、Mは相互インダクタンス、Rmは鉄損抵抗であり、一次インダクタンスLsはLs=M+ls、二次インダクタンスLrはLr=M+lrであるとした場合、式(3)のpmは極対数、Mは上記の相互インダクタンス、Lrは二次インダクタンスである。
【0027】
一方、座標変換手段106は、電流検出手段15が検出した三相電流信号iu、iv、iwと、磁束推定手段107が算出したインバータ周波数ωを積分器110で積分して得られる推定磁束位相θとに基づいて、以下の式(4)に基づいて演算を行い、直流表現の磁束分電流idsとトルク分電流iqsに変換して出力する。
【0029】
電圧指令値発生手段104は、電流指令値発生手段103が出力した磁束分電流指令値io_ref、トルク分電流指令値iT_ref、および座標変換手段106により得られる磁束分電流idsとトルク分電流iqsに基づいて、d軸電圧指令vdsとq軸電圧指令vqsを算出してゲート信号生成手段105に出力する。
【0030】
ゲート信号生成手段105は、電圧指令値発生手段104が出力するd軸電圧指令vdsとq軸電圧指令vqsに対して、前述の積分器110で得られる推定磁束位相θを用いて以下の式(5)に基づく演算を行って三相電圧指令vu*、vv*、vw*を算出する。なお、このゲート信号生成手段105が特許請求の範囲における駆動信号生成手段に対応している。
【0032】
次いで、ゲート信号生成手段105は、電圧検出手段16により検出したインバータ主回路14の入力直流電圧Vdcを用いて、下記の式(6)により、三相電圧変調率au、av、awを算出する。
【0034】
最終的に三相電圧変調率au、av、awは、搬送波信号と比較されることでインバータ主回路14の各相のスイッチング素子を駆動するゲート信号に変換され、このゲート信号がインバータ主回路14に出力される。
【0035】
以上の説明は、例えば、「ACサーボシステムの理論と設計の実際」総合電子出版、1990年、に記載されているように、鉄損補償を行わない場合において、三相交流電流iu、iv、iwを、直流座標上の磁束分電流idとトルク分電流iqとして捉えてトルク制御を行うベクトル制御の概略である。
【0036】
次に、鉄損補償を行うための磁束推定手段107の動作と役割について説明する。
この磁束推定手段107は、電圧指令値発生手段104からのd軸とq軸の各電圧指令vds、vqs、座標変換手段106からの磁束分電流idsとトルク分電流iqs、および速度検出手段3からの速度信号ωrをそれぞれ入力し、基本的には、「抵抗変動にロバストな最適オブザーバを用いた誘導電動機のベクトル制御法」電学論D121巻8号905頁、平成13年、2001年(以下、非特許文献1という)に記載の下記の式(7)、(8)、(9)に基づく演算を行う。
【0040】
上記の各式(7)、(8)、(9)は、磁束推定を行う同一次元オブザーバと等価な、すべり周波数演算式となっている。上記の式(7)で算出されるインバータ周波数ωを積分器110にて積分処理した出力θが、推定された誘導電動機2の二次磁束の位相情報であり、この推定磁束位相θが既に述べたように、座標変換手段106の電流の座標変換処理、およびゲート信号生成手段105の電圧指令vds、vqsの座標変換処理の基準位相として用いられる。
【0041】
なお、式(7)、式(8)中のフィードバックゲインh11、h12、h21、h22、h31、h32、h41、h42を適切に設定することにより、磁束推定手段107で磁束推定演算する際に用いる誘導電動機2の回路定数、とりわけ抵抗値の熱による変動があっても、推定磁束位相θを精度良く推定演算することが可能であり、ベクトル制御によるトルク制御精度を改善することができる。
【0042】
次に、本願の最大の特徴である、鉄損補償分電流id_c、iq_cの取得方法と印加方法について説明する。
【0043】
磁束推定手段107は、前述の式(7)〜式(9)に基づいてインバータ周波数ω、磁束推定値Φ^dr、および電流推定誤差id_err、iq_errを生成し、その内、インバータ周波数ωと電流推定誤差id_err、iq_errを補償電流テーブル記録手段108aへ出力する。なお、電流推定誤差id_err、iq_errは、前述の式(4)および式(9)で得られる各値から下記の式(10)によって算出される。
【0045】
補償電流テーブル記録手段108aは、
図2に示すようなシーケンスに基づいて、誘導電動機2の出力機械に負荷が接続されていない無負荷運転を実施したときに磁束推定手段107で得られる電流推定誤差id_err、iq_errを記録する。以下、この電流推定誤差id_err、iq_errを記録する手順を「無負荷試験モード」と称する。
【0046】
この「無負荷試験モード」では、異なる速度条件毎に電流推定誤差id_err、iq_errを得るために、予め、条件番号iに対応した速度指令値ωref(i)を設定しておき、
図3(a)に示すように、条件番号iの順に各速度指令値ωref(i)が次第に大きくなるように設定して試験を実施する、あるいは、
図3(b)に示すように、条件番号iの順に各速度指令値ωref(i)が次第に小さくなるように設定して試験を実施する、または、
図3(c)に示すように、条件番号iの順に速度指令値ωref(i)が次第に大きくなるように設定し、最高速度に達した後は、条件番号iの順に速度指令値ωref(i)が次第に小さくなるように設定して試験を実施し、同じ速度条件で得られた2回の結果を平均化する。
【0047】
この場合、条件番号iに対応した速度指令値ωref(i)を速度指令値発生手段101に順次設定して無負荷運転を実施するが、このとき、無負荷での定常状態に移行して十分に過渡応答が整定した後に、磁束推定手段107で得られる電流推定誤差id_err、iq_errを補償電流テーブル記録手段108aに記録する。そして、条件番号iが最初のi=1からi=imaxまでの全ての速度指令値ωref(i)について無負荷運転で得られた電流推定誤差id_err、iq_errが補償電流テーブル記録手段108aに記録されると、「無負荷試験モード」を終了する。
【0048】
なお、この「無負荷試験モード」においても、
図4(a)に示したような弱め磁束制御に対応するため、速度指令値発生手段101から条件番号iに応じた速度指令値ωref(i)が設定されるたびに、磁束指令値発生手段109は、この速度指令値ωref(i)に応じた磁束指令値Φr_refを出力する。
【0049】
この「無負荷試験モード」で得られる電流推定誤差id_err、iq_errの一例を
図4(b)に示す。図中の各黒丸は、
図3に示したように速度指令値ωref(i)が設定される度に、速度検出手段3で得られる速度信号ωrに対応して磁束推定手段107で得られる電流推定誤差id_err、iq_errを示している。なお、誘導電動機2を無負荷運転した場合には、すべりを発生しないため、速度信号ωrの値とインバータ周波数ωは等しく、電流推定誤差id_err、iq_errはインバータ周波数ωに対する依存性とみなすことも可能である。
【0050】
図4(b)において、図中の各黒丸は、
図3に示したように各々の条件番号iに対応した速度指令値ωref(i)を設定した場合に得られる電流推定誤差id_err、iq_errであるため、速度信号ωrの値に対して電流推定誤差id_err、iq_errが離散的である。
【0051】
そこで、どのような速度指令値ωref(i)に対しても電流推定誤差id_err、iq_errが得られるように、補償電流テーブル記録手段108aへの実装形態としては、
図4(b)の破線で示すように、「無負荷試験モード」で得た各電流推定誤差id_err(i)、iq_err(i)について、符号変更をしながら記録していき、「無負荷試験モード」の完了時点で各電流推定誤差id_err、iq_errを補間して連続曲線となるように特性データに加工し、それを鉄損補償分電流id_c、iq_cとして補償電流テーブルを完成させる。
【0052】
こうして「無負荷運転モード」の下で補償電流テーブル記録手段108aに記録された鉄損補償分電流id_c、iq_cは、通常の運転時に、当該補償電流テーブル記録手段108aから磁束推定手段107で得られるインバータ周波数ω、或いは速度信号ωrに応じて読み出され、補償電流加算手段108bによって電流指令値発生手段103が出力する磁束分電流指令値io_ref、トルク分電流指令値iT_refにそれぞれ加算される。そして、これが鉄損補償後の実際の磁束分電流指令値id_refとトルク分電流指令値iq_refとして電圧指令値発生手段104に出力される。
【0053】
次に、このようにして補償電流テーブル記録手段108aに記録される鉄損補償分電流id_c、iq_cの物理的意味について説明する。
電流推定誤差id_err、iq_err(または鉄損補償分電流id_c、iq_c)は、前述の式(10)に示したように、磁束推定手段107が出力する電流推定誤差の情報である。磁束推定手段107の入力は、実際の電流情報に基づくd軸電流idsとq軸電流iqs、実際の印加電圧に相当するd軸電圧指令vdsとq軸電圧指令vqs、および実際の誘導電動機2の速度信号ωrである。
【0054】
磁束推定手段107が前述の式(7)〜式(10)に基づいて演算する電流推定誤差id_err、iq_errが生じる理由は、演算に用いた誘導電動機2の回路モデルと、実際の誘導電動機2との間にモデル化誤差があるために他ならない。このモデル化誤差の生じる原因として、次の(i)、(ii)、(iii)の3つの要因が挙げられる。
【0055】
(i)抵抗値の制御設定誤差(一次抵抗、二次抵抗の発熱要因による変動の影響)
(ii)インダクタンス値の制御設定誤差(磁束飽和による変動の影響も含む)
(iii)鉄損抵抗の存在
【0056】
ここで、磁束推定手段107は、前述の式(7)、(8)、(9)に基づく演算を行うが、これらに用いる誘導電動機2の回路定数としては、一般的には主だった定数である上記(i)の抵抗値情報と上記(ii)のインダクタンス情報のみを用いる。上記(iii)の鉄損抵抗等まで磁束推定演算に加えると、演算量が増加するため、より高性能の制御用マイコンが必要になったり、前述の背景技術の特許文献1に関して説明したように、定数の精度が要求されるので、事前調整や試験の労力が必要となるという課題がある。これに対して、この実施の形態1では、既に述べたように、補償電流テーブル記録手段108aに記憶される鉄損補償分電流id_c、iq_cは、「無負荷試験モード」により取得する。
【0057】
前述の
図5に示す誘導電動機の等価回路において、無負荷試験では、すべりsが零となり、二次側の抵抗値Rr/sが無限大、すなわち二次側回路に電流が流れていないことを意味する。したがって、上記(i)の内、二次抵抗Rrの設定誤差の感度は鉄損補償分電流id_c、iq_cには含まれない。また、極低速でない条件下では、磁束による誘起電圧に比して一次抵抗Rsでの電圧降下の量は十分小さいために無視できることから、同様に一次抵抗Rsの設定誤差の感度も低いと言える。
【0058】
よって、無負荷運転を実施して補償電流テーブル記録手段108aに記録される鉄損補償分電流id_c、iq_cは、(i)の抵抗変動の影響を廃した、(ii)、(iii)の影響を表す電流特性であると言える。(ii)、(iii)の設定誤差については、抵抗のように運転中の発熱で変動するという特性は殆どなく、一度試験で把握すれば常に再現使用可能となるものである。このように、無負荷運転を実施して補償電流テーブル記録手段108aに記録された鉄損補償分電流id_c、iq_cは、上記(ii)のインダクタンスの飽和による変動や、上記(iii)の鉄損抵抗の影響を表現している特性と言える。
【0059】
したがって、「無負荷試験モード」の下で補償電流テーブル記録手段108aに記録された鉄損補償分電流id_c、iq_cを、電流指令値発生手段103が出力する磁束分電流指令値io_refやトルク分電流指令値iT_refに加算することにより、上記(ii)、(iii)の要因によって発生している電流やトルクの制御モデル化の設定誤差を補償してトルク制御精度を高めることができる。
【0060】
なお、上記の電流推定誤差要因(ii)に関するインダクタンスの設定、特に磁束の大きさや飽和に伴う変動特性については、予め誘導電動機2単体での無負荷試験においてある程度は把握可能であり、磁束推定値Φ^drや磁束指令値Φr_refに応じたテーブル値を算出可能である。これを制御系に実装しておき、
図1の制御系(電流指令値発生手段103や磁束推定手段107)に用いるインダクタンスの設定値を、磁束推定値Φ^drや磁束指令値Φr_refに応じて逐次更新するようにしてもよい。このようにすれば、上記(ii)のインダクタンス値の設定誤差が少なくなり、「無負荷試験モード」の下で補償電流テーブル記録手段108aに記録される鉄損補償分電流id_c、iq_cの取得精度が更に向上し、誤差要因(iii)の鉄損の影響をより忠実に抽出できるようになり、トルク制御精度を一層向上させることが可能となる。
【0061】
さらに、このように上記(ii)のインダクタンス値の設定誤差が少なくなるようにすると、上記(iii)の鉄損損失による設定誤差の影響が支配的となるので、電流推定誤差としては、
図4(b)に示すように、d軸電流に関する電流推定誤差id_errより、q軸電流に関する電流推定誤差iq_errの方が大きくなる。これは、q軸電流がトルク分電流、すなわち仕事分電流であることと関係している。
図5の等価回路に示したように、鉄損抵抗Rmは、トルクに関係するR2/sの抵抗成分に並列の抵抗成分として表現され、トルク分電流が分流されて消費されてしまう部分と見なすことができる。すなわち、鉄損抵抗Rmを考慮しない誘導電動機2のモデル式をベースとした磁束推定手段107にとって、鉄損で消費される電流は、トルク分電流とほぼ同相の電流推定誤差として認識され、d軸に関する電流推定誤差id_errよりもq軸に関する電流推定誤差iq_errのほうが支配的となる。
【0062】
よって、磁束推定手段107で得られるd軸に関する電流推定誤差id_errをほぼ零とみなし、q軸に関する電流推定誤差iq_errにより得られる鉄損補償分電流iq_cのみを補償電流テーブル記録手段108aに記録し、補償電流加算手段108bではこの鉄損補償分電流iq_cを加算処理するような構成としてもよい。この場合でもトルク制御精度を維持しつつ、補償電流テーブル記録手段108aや補償電流加算手段108bの演算量や調整負荷を下げることが可能となる。
【0063】
また、上記の(ii)、(iii)の電流推定誤差要因は、インダクタンスや鉄損抵抗に関連するものであり、いずれも磁束の大きさに応じた特性を伴うものである。誘導電動機2の運転では、一般的に
図4(a)に示したように、磁束による誘起電圧がインバータ主回路14の出力限界を超えないよう、いわゆる弱め磁束制御を行う。
【0064】
したがって、「無負荷試験モード」において、電流推定誤差id_err、iq_errを精度良くサンプリングするためには、(a)一定磁束制御から弱め磁束制御に移行して速度指令値ωrefに対する磁束指令値Φ_refの変化率が大きくなる速度域では、
図3に示した条件番号iに対応した速度指令値ωref(i)の設定間隔を細かくし、また、(b)一定磁束制御から弱め磁束制御に切り替わるときの磁束指令値Φ_refの変曲点に対応した速度指令値ωrefが、「無負荷試験モード」の速度条件に必ず含まれるようにすることが望ましい。
【0065】
図6に、誘導電動機2のベクトル制御におけるトルク制御精度に関する概念図を示す。
図6(a)は、鉄損抵抗Rmを無視した従来のベクトル制御系におけるトルク制御の特性を示すもので、鉄損のモデル化誤差に起因し、鉄損で消費される電流を加味せず制御を行うため、トルク指令に対して理想上は破線で示す出力トルクとなるはずが、実際には実線で示すように、トルク指令に対して力行側でトルク不足、回生側でトルク過大となる方向に制御誤差が生じる。
【0066】
これに対し、
図6(b)は、この実施の形態1において、「無負荷試験モード」により得られた鉄損補償分電流id_c、iq_cを電流指令値io_erf、iT_erfに加算して補償した場合のトルク制御特性を示すもので、鉄損補償分電流id_c、iq_cにより、鉄損で消費される電流を補足しているため、トルク指令に対する理想上の破線で示す出力トルクに対して、実際の出力トルクは実線で示すようになり、従来に比べてトルク制御精度が向上する。
【0067】
以上のように、この実施の形態1では、補償電流テーブル記録手段108aに、「無負荷試験モード」により鉄損補償分電流id_c、iq_c、あるいはトルク分の鉄損補償分電流iq_cのみを予め記録しておき、通常の運転時に、電流指令値発生手段103からの磁束分電流指令値io_refやトルク分電流指令値iT_refに対して鉄損補償分電流id_c、iq_cを加算する、あるいはトルク分電流指令値iT_refに対してのみトルク分の鉄損補償分電流iq_cを加算するので、これにより、鉄損抵抗の存在やインダクタンスの飽和変動などの影響によるトルク制御精度の劣化を抑制することができる。
【0068】
また、この実施の形態1では、「無負荷試験モード」の下で補償電流テーブル記録手段108aに鉄損補償分電流id_c、iq_cを記録するという簡易な手順が必要なだけで、特許文献1記載の従来技術のように、トルク制御精度の劣化を抑制するために必要な鉄損抵抗の値を精度よく良く取得するための制御器側の定数調整試験工程などは不要であるので、余分な労力を削減できるという効果も得られる。
【0069】
実施の形態2.
図7はこの実施の形態2において鉄損補償用の電流推定誤差を得るための「無負荷試験モード」を実施する場合のシーケンス図、
図8はこの「無負荷試験モード」における磁束指令の設定例を示す説明図、
図9はこの「無負荷試験モード」における磁束指令の設定と、これに伴って得られる電流推定誤差および鉄損補償分電流の一例を示す特性図である。
【0070】
上記の実施の形態1では、磁束指令値発生手段109は、弱め磁束制御を行う上で、
図4(a)に示したように、速度指令値発生手段101からの速度指令値ωrefに応じて一意に決まる磁束指令値Φr_refを発生するが、この実施の形態2では、
図9(a)に示すように、磁束指令値Φr_refを速度指令値発生手段101からの速度指令値ωrefだけでなく、トルク指令の大きさに応じて変化する運転を行えるようにしたものである。
【0071】
従来、「鉄損を考慮した誘導電動機の高効率・高応答ベクトル制御法」,平成7年産業応用部門全国大会,p201−206(以下、非特許文献2という)に示されるように、誘導電動機2を高効率に制御する目的のため、トルク指令条件に応じて二次磁束指令値を変化させる手法が知られている。
【0072】
ここで、上記の非特許文献2のように、誘導電動機2を高効率運転するために、磁束指令値Φr_refがトルク指令の大きさに応じた依存性を持つようにする場合、実施の形態1で説明したように、誘導電動機2の実際のインダクタンスや鉄損抵抗の値は、磁束の大きさに応じて変動し、これに伴って磁束推定手段107で得られる電流推定誤差id_err、iq_errの大きさも変化する。
【0073】
そこで、この実施の形態2では、
図9(a)に示すように、誘導電動機2を高効率運転するために、磁束指令値Φr_refがトルク指令の大きさに応じた依存性を持つように、「無負荷試験モード」において、誘導電動機2の速度信号ωr(あるいはインバータ周波数ω)だけでなく、トルク指令の大きさに応じた磁束指令値Φr_refが設定されるようにすることで、磁束の大きさへの依存性を持つ電流推定誤差(ここではトルク分の電流推定誤差iq_err)を取得するようにしている。
【0074】
具体的には、
図7に示す「無負荷試験モード」のシーケンスでは、実施の形態1の無負荷試験モードのシーケンス(
図2、
図3)と同様、条件番号iに対応した速度指令値ωref(i)を設定するとともに、条件番号kに対応した磁束指令値Φr_ref(k)も同時に設定しておき、各条件i、kに対応した磁束指令値Φr_ref(k)と速度指令値ωref(i)の下で磁束推定手段107で得られるトルク分の電流推定誤差iq_errを取得し、離散的な電流推定誤差iq_errが連続曲線になるように補間したものを鉄損補償分電流iq_cとして補償電流テーブル記録手段108aに記録する。
【0075】
この場合の磁束条件の数k、およびそのときの磁束指令値Φr_ref(k)の与え方については、
図8(a)に示すように、条件番号kの順に各磁束指令値Φr_ref(k)が次第に大きくなるように設定して試験を実施する、あるいは、
図8(b)に示すように、条件番号kの順に各磁束指令値Φr_ref(k)が次第に小さくなるように設定して試験を実施する、または、
図8(c)に示すように、条件番号kの順に各磁束指令値Φr_ref(k)が次第に大きくなるように設定し、定格磁束に達した後は、条件番号kの順に磁束指令値Φr_ref(k)が次第に小さくなるように次設定して試験を実施し、同じ磁束条件で得られた2回の結果を平均化する。
【0076】
この実施の形態2において「無負荷試験モード」で得られるトルク分の電流推定誤差iq_errの一例を
図9(b)に示す。図中の各黒丸は、
図7に示すシーケンスに沿って各条件番号i、kに対応した磁束指令値Φr_ref(k)と速度指令値ωref(i)の下で電流推定誤差iq_errを取得した結果を、また、破線は離散的に得られた電流推定誤差iq_errを連続曲線になるように補間して得られた鉄損補償分電流iq_cを、それぞれ示している。
【0077】
なお、
図7に示したシーケンスに従えば、
図9(b)の符号a、b、c、d、…で示す順に電流推定誤差iq_errが得られるが、この方法に限らず、速度指令値ωrefに応じて弱め界磁制御となるように磁束指令値Φr_refが変化する条件を複数設定して、各条件ごとに電流推定誤差iq_errを順次取得するようにすることも可能である。
【0078】
こうして「無負荷運転モード」の下で補償電流テーブル記録手段108aに記録された鉄損補償分電流iq_cは、通常の運転時に、当該補償電流テーブル記録手段108aから磁束推定手段107等で得られるインバータ周波数ω或いは速度信号ωr、および磁束推定値Φ^dr或いは磁束指令値Φr_refに応じて読み出され、補償電流加算手段108bによって電流指令値発生手段103が出力する両電流指令値io_ref、iT_refの内、トルク分電流指令値iT_refに加算され、これが鉄損補償後の実際のトルク分電流指令値iq_refとして電圧指令値発生手段104に出力される。
【0079】
以上のように、この実施の形態2では、「無負荷試験モード」において、磁束指令値Φr_ref(k)と速度指令値ωref(i)とを切り替えた場合に得られたトルク分の鉄損補償分電流iq_cを補償電流テーブル記録手段108aに記録しておき、通常の運転時には、この鉄損補償分電流iq_cをトルク分電流指令値iT_refに対して加算するので、これにより、鉄損抵抗の存在やインダクタンスの飽和変動などの影響によるトルク制御精度の劣化を抑制することができる。また、実施の形態1と同様、トルク制御精度の劣化を抑制するために必要な制御器側の定数調整の試験工程を削減する効果が得られる。
【0080】
なお、この実施の形態2では、「無負荷試験モード」において、速度条件と磁束条件を切り替えた場合に得られたトルク分の鉄損補償分電流iq_cを補償電流テーブル記録手段108aに記録しておき、通常の運転時にはこの鉄損補償分電流iq_cをトルク分電流指令値iq_erfに加算する構成としたが、「無負荷試験モード」において、速度条件と磁束条件を変えて磁束分とトルク分の鉄損補償分電流id_c、iq_cの双方を補償電流テーブル記録手段108aに記録しておき、通常の運転時にはこの鉄損補償分電流id_ci、q_cを磁束分電流指令値io_erfとトルク分電流指令値iq_erfにそれぞれ加算する構成とすることも可能である。
【0081】
実施の形態3.
図10は、この実施の形態3における誘導電動機の制御装置の構成図であり、実施の形態1と対応もしくは相当する構成部分には同一の符号を付す。
【0082】
この実施の形態3における誘導電動機の制御装置の特徴は、実施の形態1、2の場合のような補償電流テーブル記録手段108aを設けず、その代わりに、誘導電動機2にサーミスタ等からなる抵抗温度検出手段4を設置し、この温度情報に基づいて磁束推定手段107が前述の式(7)、式(8)の演算を行う際に用いる抵抗値R1、R2を補正する構成にするとともに、補償電流減算手段108cが、磁束推定手段107が出力する電流推定誤差id_err、iq_errを常時減算する構成としていることである。その他の構成は、実施の形態1と同様である。以下、この実施の形態3の構成における動作について説明する。
【0083】
磁束推定手段107は、誘導電動機2の回路定数を用いて磁束推定演算を行うが、このときに得られる電流推定誤差id_err、iq_errは、実施の形態1において言及したように、(i)抵抗値の制御設定誤差、(ii)インダクタンス値の制御設定誤差、(iii)鉄損抵抗の存在、の各要因に応じて発生する。
【0084】
この3つの誤差要因(i)、(ii)、(iii)の内、(ii)、(iii)の影響は、主に誘導電動機2の磁束の依存性を有するが、トルク分電流の大きさや、電動機の発熱、温度変化に依存しない特徴を持つ。
【0085】
一方、(i)の誤差要因の影響は、トルク指令値(トルク分電流)と、抵抗値設定誤差の積に応じた依存性を持ちながら電流推定誤差id_err、iq_errに現れる。このため、実施の形態1、2では、「無負荷試験モード」、すなわちトルク指令やトルク分電流が零の条件下で抽出した電流推定誤差を取得してテーブル化しておき、通常の運転時にこれを重畳することで、(i)の誤差要因のトルク指令値(トルク分電流)および抵抗値設定誤差の影響を電流推定誤差から廃した構成とした。
【0086】
これに対して、この実施の形態3では、抵抗温度検出手段4による温度検出値を用いて、磁束推定手段107において、前述の式(7)、式(8)の演算を行う際に用いる設定抵抗値R1、R2を、例えば以下の式(11)のように補償して精度を維持することで、(i)の影響による電流推定値誤差id_err、iq_errの発生を回避する構成としている。
【0088】
この式(11)に基づく抵抗値の補償設定処理によって、(i)の影響を回避することができるので、「無負荷試験モード」で予め(i)の影響を回避した鉄損補償分電流id_c、iq_cを取得して補償電流テーブル記録手段108aに記録しておく必要がなくなり、常時、磁束推定手段107で得られる電流推定誤差id_err、iq_errを電流指令値発生手段103からの電流指令値io_ref、iT_refから減算する構成によって運転することが可能となる。このため、実施の形態1、2と比べて、「無負荷試験モード」を設ける必要がないので、制御系の事前調整作業の手間を廃することができる。
【0089】
なお、この式(11)の処理について、上記の説明ではサーミスタ等の抵抗温度検出手段4による温度検出値に基づく補正方法を示したが、これに限らず、例えば通電時間と周囲温度、および誘導電動機の熱伝搬モデルから推定演算で巻線温度推定値を取得して、この値を用いるようにしてもよい。
【0090】
また、上記抵抗値補正や、インダクタンス設定の高精度化により、電流推定誤差の発生要因を(iii)の鉄損抵抗の影響に限定できる場合には、実施の形態1、2で述べたように、q軸電流推定誤差iq_cが支配的となるため、補償電流減算手段108cで補償電流減算処理を行う際に、d軸の補償処理は省略してq軸電流推定誤差iq_cのみを用いてトルク分電流指令値iT_refを補償するようにしてもよい。
【0091】
以上のように、この実施の形態3では、磁束推定手段107が常時出力する2つの電流推定誤差id_err、iq_errを鉄損補償分電流として電流指令値発生手段103からの磁束分電流指令値io_refやトルク分電流指令値iT_refに対して減算する、あるいはq軸電流推定誤差iq_errのみを電流指令値発生手段103からのトルク分電流指令値iT_refに対して減算処理することにより、鉄損抵抗の存在やインダクタンスの飽和変動などの影響によるトルク制御精度の劣化を抑制することができる。また、実施の形態1、2の場合と同様、トルク制御精度の劣化を抑制するために必要な制御器側の定数調整の試験工程を削減することができるという効果が得られる。
【0092】
なお、この発明は、上記の実施の形態1〜3の構成のみに限定されるものではなく、この発明の趣旨を逸脱しない範囲において適宜、変形や省略することが可能であり、また、各実施の形態1〜3を適宜組み合わせることが可能である。