特許第6033991号(P6033991)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6033991-ロールの製造方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6033991
(24)【登録日】2016年11月4日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】ロールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/10 20160101AFI20161121BHJP
   C23C 4/06 20160101ALI20161121BHJP
   C23C 4/02 20060101ALI20161121BHJP
   B21B 39/00 20060101ALN20161121BHJP
【FI】
   C23C4/10
   C23C4/06
   C23C4/02
   !B21B39/00 F
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-526371(P2016-526371)
(86)(22)【出願日】2016年2月18日
(86)【国際出願番号】JP2016054701
【審査請求日】2016年5月16日
(31)【優先権主張番号】特願2015-189755(P2015-189755)
(32)【優先日】2015年9月28日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000176626
【氏名又は名称】三島光産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090697
【弁理士】
【氏名又は名称】中前 富士男
(72)【発明者】
【氏名】森園 浩郁
(72)【発明者】
【氏名】梅山 祐登
(72)【発明者】
【氏名】山口 能宏
【審査官】 伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭61−250160(JP,A)
【文献】 特開2005−105362(JP,A)
【文献】 特開昭59−126772(JP,A)
【文献】 特開2001−049419(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00− 4/18
B21B 27/00−35/14,
39/00−41/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールの製造方法において、
前記ロール本体の表面をブラスト処理する第1工程と、
前記ブラスト処理された前記ロール本体の表面に、溶射基材aを70〜95質量%、ブレンド材としてのニッケル粉末を5〜30質量%含み、しかも、前記溶射基材aが、炭化クロムを10〜30質量%、ニッケルを5〜15質量%含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである、被覆材を溶射する第2工程と、
前記溶射処理された前記ロール本体の表面をショットブラスト処理して、表面粗度Raを1〜15μmの範囲とする溶射皮膜を形成する第3工程とを有し、該第3工程のショットブラスト処理に、アルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材を使用し、該投射材の粒度範囲が38〜425μmの範囲にあることを特徴とするロールの製造方法。
【請求項2】
ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールの製造方法において、
前記ロール本体の表面をブラスト処理する第1工程と、
前記ブラスト処理された前記ロール本体の表面に、溶射基材aを70〜95質量%、ブレンド材としてのニッケルクロム粉末を5〜30質量%含み、しかも、前記溶射基材aが、炭化クロムを10〜30質量%、ニッケルを5〜15質量%含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである、被覆材を溶射する第2工程と、
前記溶射処理された前記ロール本体の表面をショットブラスト処理して、表面粗度Raを1〜15μmの範囲とする溶射皮膜を形成する第3工程とを有し、該第3工程のショットブラスト処理に、アルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材を使用し、該投射材の粒度範囲が38〜425μmの範囲にあることを特徴とするロールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、鋼板等の搬送に適したロールの製造方法に関する。
なお、ここで、ロールには、鋼板等の搬送に適した搬送用ロールの他、鋼板、紙、合成樹脂シート等のラインに使用される例えば、アダマイトロール、アロイキャストスチールロール、アロイチルドロール、アンチフルーチングロール、アンチトラッキングロール、アブリケーターロール、アズユーロール、バックアップロール、バスケットロール、ベンディングロール、ビリーロール、ブロックロール、ブレークダウンロール、ブライドルロール、ビルドアップロール、ケージロール、キャリヤーロール、キャストスチールロール、センターリングロール、チルドロール、コーティングロール、コンポジットロール、コンダクターロール、クレードルロール、クラウンロール、ダムロール、ダンサーロール、デフレクターロール、デリバリーロール、ディスクロール、ドライブロール、ドリブンロール、アースロール、エンボシングロール、エントリーロール、エグジットロール、ファブリケーテッドロール、フィニッシングロール、フラップブラシロール、フォージドスチールロール、フォーミングロール、グレンロール、グラインディングロール、ガイドロール、ガッターロール、ハースロール、ヘリンボーンロール、ホールドダウンボール、ホローロール、ホリゾンタルロール、アイドルロール、インターメディエイトロール、インターメディエイトミルロール、カリバーロール、ラテラルアジャストロール、レベリングロール、リフトロール、ライニングロール、ルーパーロール、マグネットロール、マッシャーロール、メジャリングロール、メータリングロール、モーターロール、オイリングロール、パスラインロール、ピックアップロール、ピンチロール、プラネタリーロール、プリンターロール、プリングロール、レダクションロール、ローリングロール、ラフィングミルロール、スクラッピングロール、シールロール、シンクロール、スキューロール、スキンパスロール、スナバーロール、ソリッドロール、スクイズロール、スチールロール、ステアリングロール、ストレイトニングロール、サブマージングロール、サポートロール、テーブルロール、テークアップロール、テーパーロール、テンションロール、スレッディングロール、タッチロール、トランスファーロール、ターニングロール、アンフォールディングロール、バーチカルロール、ワイパーロール、ワークロール、ラッパーロール、リンガーロールと称されるものが含まれる。更に、ロールとして表面に金属めっき又は金属被覆したCFRP(カーボン繊維強化プラスチック)等であってもよい。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、鋼板等の搬送においては、金属製のロール本体の表面に高硬質クロムめっきが施されたロールが使用されていた(例えば、特許文献1参照)。しかし、この搬送用ロールでは、十分な耐摩耗性が得られず、ロールの長寿命化を図ることができなかった。
そこで、ロール本体の表面に、めっきよりも耐摩耗性を良好にできるサーメット溶射を行うことで、ロールの耐摩耗性を向上させ、長寿命化を図っていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−241146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記したロールは、耐摩耗性を改善できるものの、この改善によって搬送する鋼板の表面に疵(傷)を発生させてしまうという問題があった。
【0005】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、従来よりも長寿命化が図れると共に、ロールに接する対象物への疵の発生を抑制、更には防止可能なロールの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
1の発明に係るロールは、ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールにおいて、
ブラスト処理がなされた前記ロール本体の表面に、ショットブラストによって表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とした耐摩耗性及び防疵性を備えた溶射皮膜が形成され、
前記溶射皮膜は、溶射基材aを70〜95質量%と、ブレンド材としてのニッケル粉末を5〜30質量%とを含み、
しかも、前記溶射基材aは、炭化クロムを10〜30質量%と、ニッケルを5〜15質量%とを含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである。
【0007】
2の発明に係るロールは、ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールにおいて、
ブラスト処理がなされた前記ロール本体の表面に、ショットブラストによって表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とした耐摩耗性及び防疵性を備えた溶射皮膜が形成され、
前記溶射皮膜は、溶射基材aを70〜95質量%と、ブレンド材としてのニッケルクロム粉末を5〜30質量%とを含み、
しかも、前記溶射基材aは、炭化クロムを10〜30質量%と、ニッケルを5〜15質量%とを含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである。
【0008】
3の発明に係るロールは、ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールにおいて、
ブラスト処理がなされた前記ロール本体の表面に、ショットブラストによって表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とした耐摩耗性及び防疵性を備えた溶射皮膜が形成され、
前記溶射皮膜は、コバルトを5〜25質量%含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである溶射基材bを有する。
【0009】
4の発明に係るロールは、ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールにおいて、
ブラスト処理がなされた前記ロール本体の表面に、ショットブラストによって表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とした耐摩耗性及び防疵性を備えた溶射皮膜が形成され、
前記溶射皮膜は、コバルトとクロムを合計で5〜25質量%含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである溶射基材cを有する。
【0010】
第1〜第4の発明に係るロールにおいて、前記ショットブラストには、アルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材が使用され、該投射材の粒度範囲が38〜425μmの範囲にあることが好ましい。
【0011】
前記目的に沿う第1の発明に係るロールの製造方法は、ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールの製造方法において、
前記ロール本体の表面をブラスト処理する第1工程と、
前記ブラスト処理された前記ロール本体の表面に、溶射基材aを70〜95質量%、ブレンド材としてのニッケル粉末を5〜30質量%含み、しかも、前記溶射基材aが、炭化クロムを10〜30質量%、ニッケルを5〜15質量%含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである、被覆材を溶射する第2工程と、
前記溶射処理された前記ロール本体の表面をショットブラスト処理して、表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とする溶射皮膜を形成する第3工程とを有し、該第3工程のショットブラスト処理に、アルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材を使用し、該投射材の粒度範囲が38〜425μmの範囲にある。
【0012】
前記目的に沿う第2の発明に係るロールの製造方法は、ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールの製造方法において、
前記ロール本体の表面をブラスト処理する第1工程と、
前記ブラスト処理された前記ロール本体の表面に、溶射基材aを70〜95質量%、ブレンド材としてのニッケルクロム粉末を5〜30質量%含み、しかも、前記溶射基材aが、炭化クロムを10〜30質量%、ニッケルを5〜15質量%含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである、被覆材を溶射する第2工程と、
前記溶射処理された前記ロール本体の表面をショットブラスト処理して、表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とする溶射皮膜を形成する第3工程とを有し、該第3工程のショットブラスト処理に、アルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材を使用し、該投射材の粒度範囲が38〜425μmの範囲にある。
【0013】
3の発明に係るロールの製造方法は、ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールの製造方法において、
前記ロール本体の表面をブラスト処理する第1工程と、
前記ブラスト処理された前記ロール本体の表面に、コバルトを5〜25質量%含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである、溶射基材bを溶射する第2工程と、
前記溶射処理された前記ロール本体の表面をショットブラスト処理して、表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とする溶射皮膜を形成する第3工程とを有する。
【0014】
4の発明に係るロールの製造方法は、ロール本体と、該ロール本体の両側に突出する支持軸とを有するロールの製造方法において、
前記ロール本体の表面をブラスト処理する第1工程と、
前記ブラスト処理された前記ロール本体の表面に、コバルトとクロムを合計で5〜25質量%含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである、溶射基材cを溶射する第2工程と、
前記溶射処理された前記ロール本体の表面をショットブラスト処理して、表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とする溶射皮膜を形成する第3工程とを有する。
【0015】
3、第4の発明に係るロールの製造方法において、前記ショットブラスト処理には、アルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材が使用され、該投射材の粒度範囲が38〜425μmの範囲にあることが好ましい。
以上の発明においては、ロール本体は金属製であることが好ましいが、例えば、CFRP等の非金属製であっても本発明は適用される。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るロールの製造方法は、ブラスト処理がなされたロール本体の表面に、ショットブラストによって表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とした、上記した各組成の溶射皮膜を形成するので、耐摩耗性の向上によって従来よりも長寿命化が図れると共に、ロールに接する対象物に疵が発生することを抑制、更には防止できる。
【0017】
なお、ショットブラスト処理に、アルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材を使用し、この投射材の粒度範囲を38〜425μmの範囲にする場合、溶射皮膜の表面粗度Raを、上記した1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲に容易に調整できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施例に係るロールの製造方法で製造されたロールの斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施例につき説明し、本発明の理解に供する。
図1に示すように、本発明の一実施例に係るロールの製造方法で製造されたロール(以下、単にロールともいう)10は、例えば、金属製のロール本体11と、このロール本体11の軸方向両側に突出する支持軸12、13とを有するものであり、耐摩耗性の向上によって従来よりも長寿命化が図れると共に、鋼板(ロールに接する対象物、ここでは搬送物の一例)に疵が発生することを抑制、更には防止可能なものである。以下、詳しく説明する。
【0020】
ロール10は、冷間圧延設備に設置され、鋼板を搬送するものである。なお、ロールの使用用途は、鋼板の搬送に限定されるものではなく、例えば、他の金属板(例えば、非鉄板)や条鋼等、更には、樹脂製の板材(フィルムも含む)や棒材等の搬送に使用してもよいし、前述した搬送用以外のロールであってもよい。
ロール10は、ロール本体11(胴部)の軸方向の長さが、例えば、1000〜1700mm程度、直径が、例えば、200〜700mm程度、支持軸12、13も含めた軸方向の全長が、例えば、1500〜2500mm程度、のものである。なお、ロールの寸法は、使用用途によって種々変更可能であり、特に限定されるものではない。
【0021】
ロール本体11は、中空状のものであるが、中実状のものでもよい。
また、ロール本体11への支持軸12、13の取付けは、焼きばめによって行っているが、これに限定されるものではなく、ロール本体と支持軸とを一体的に金属塊から削り出すこともできる。
ロール本体11を構成する金属としては、耐摩耗性を備えた軸受鋼(記号:SUJ)等の鋼材を使用できるが、使用用途によって種々変更可能であり、例えば、高硬度鋼や低炭素鋼等を使用することもでき、また、Al(アルミニウム)やAl合金、Cu(銅)やCu合金等を使用することもでき、場合によっては、表面に金属被覆加工等を行ったCFRPロールであってもよい。
【0022】
ロール本体11の表面には、ブラスト処理(粗面化処理)がなされている。
このブラスト処理は、ロール本体11と、その表面に形成される溶射皮膜14との密着性を高めるために行う処理であり、例えば、塊状の金属や砂等を用いたサンドブラストにより実施できる。
なお、ブラスト処理によるロール本体11の表面粗度Raは、特に限定されるものではなく、ロール本体11と溶射皮膜14との密着性を考慮して、適宜設定できる。
【0023】
ブラスト処理がなされたロール本体11の表面には、表面粗度Raが1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲にある溶射皮膜14が形成されている。
この溶射皮膜14の厚み(膜厚)は、特に限定しないが、例えば、20〜100μmの範囲で、密に(充填率が90%以上、更には95%以上)形成されていることが好ましい。
ここで、溶射皮膜の厚みが20μm未満の場合、溶射皮膜の厚みが薄過ぎて、ロールの長寿命化が図れないおそれがある。一方、溶射皮膜の厚みが100μmを超える場合、溶射皮膜が厚過ぎて、溶射皮膜がロール本体の表面から剥がれ易くなる。
従って、形成する溶射皮膜14の厚みは、20〜100μmとすることが好ましいが、下限を40μm、更には60μm、上限を80μmとするのが、更に好ましい。
【0024】
溶射皮膜14(溶射皮膜A〜D)の成分組成は、以下の(1)〜(4)に示す通りである。
(1)溶射皮膜Aは、溶射基材aを70〜95質量%と、ブレンド材としてのニッケル粉末(Ni粉末)を5〜30質量%とを含み、しかも、溶射基材aは、炭化クロム(Cr)を10〜30質量%と、ニッケル(Ni)を5〜15質量%とを含み、残部が炭化タングステン(WC)である。
(2)溶射皮膜Bは、溶射基材aを70〜95質量%と、ブレンド材としてのニッケルクロム粉末(Ni−Cr粉末)を5〜30質量%とを含み、しかも、溶射基材aは、炭化クロム(Cr)を10〜30質量%と、ニッケル(Ni)を5〜15質量%とを含み、残部が炭化タングステン(WC)である。
(3)溶射皮膜Cは、コバルト(Co)を5〜25質量%含み、残部が炭化タングステン(WC)である溶射基材bを有する。
(4)溶射皮膜Dは、コバルト(Co)とクロム(Cr)を合計で5〜25質量%含み、残部が炭化タングステン(WC)である溶射基材cを有する。
【0025】
まず、上記した(1)の溶射皮膜Aについて説明する。
溶射皮膜Aは、粒状の溶射基材a、Ni粉末、及び、不可避的不純物からなり、70〜95質量%の量の溶射基材aと、この量に対応した30〜5質量%の量のNi粉末とを混合し、この混合した被覆材(溶射粒子)を、ロール本体11の表面に溶射することで形成される。なお、被覆材中の溶射基材aとNi粉末の各量が、上記した割合を満足すれば、他の元素が含まれてもよい。
上記した溶射皮膜Aは、粒状の溶射基材aの粒界に、Niが存在するため、溶射皮膜の脆さを低減でき、靱性の向上が図れる。
【0026】
即ち、被覆材中のNi粉末の量が5質量%未満の場合、溶射基材aの粒界に存在するNiの量が少な過ぎて、靱性の改善効果が得られなくなる。一方、被覆材中のNi粉末の量が30質量%を超える場合、溶射皮膜中に含まれる溶射基材aの量が少な過ぎて、溶射皮膜の耐摩耗性の低下を招く。なお、Niは、溶射基材aの全ての粒界に存在することが好ましいが、部分的であってもよい。
従って、被覆材中のNi粉末の量を5〜30質量%としたが、下限を8質量%、更には10質量%、上限を25質量%、更には20質量%とすることが好ましい。
【0027】
溶射基材aは、前記したように、Crを10〜30質量%(好ましくは、下限を13質量%、更には15質量%、上限を27質量%、更には25質量%)と、Niを5〜15質量%(好ましくは、下限を6質量%、上限を12質量%、更には9質量%)とを含み、残部WCで構成されている。なお、WCは、溶射基材aから、CrとNiを除いた残部のうち、その95質量%以上含まれていればよく、例えば、鉄(Fe)等の不可避的不純物が含まれてもよい。
溶射基材aを、上記した構成にすることで、従来使用されていたロール、即ち高硬質クロムめっきが施されたロールと比較して、長寿命化が図れる。
【0028】
次に、上記した(2)の溶射皮膜Bについて説明する。
なお、(2)の溶射皮膜Bは、上記した(1)の溶射皮膜Aとは、ブレンド材の種類のみが異なるため、ブレンド材について説明する。
溶射皮膜Bは、溶射皮膜Aを構成するNiと同様、粒状の溶射基材aの粒界に、Ni−Crが存在することで、溶射皮膜の脆さを低減でき、靱性の向上が図れる。このため、被覆材(溶射粒子)中のNi−Cr粉末の配合割合も、溶射皮膜AのNi粉末と同様(5〜30質量%:好ましくは、下限を8質量%、更には10質量%、上限を25質量%、更には20質量%)である。
【0029】
続いて、上記した(3)の溶射皮膜Cについて説明する。
溶射皮膜Cは、粒状の溶射基材b、及び、不可避的不純物からなり、この溶射基材b(溶射粒子)を、ロール本体11の表面に溶射することで形成される。
この溶射基材bは、前記したように、Coを5〜25質量%(好ましくは、下限を7質量%、更には9質量%、上限を20質量%、更には15質量%)と、WCとからなる。なお、WCは、溶射基材bからCoを除いた残部のうち、その95質量%以上含まれていればよく、例えば、鉄(Fe)等の不可避的不純物が含まれてもよい。
【0030】
溶射基材bを、上記した構成にすることで、前記した高硬質クロムめっきが施されたロールと比較して、長寿命化が図れる。
なお、溶射皮膜Cには、上記した溶射皮膜Aや溶射皮膜Bのように、ブレンド材は含まれておらず(粒状の溶射基材bの粒界に、NiやNi−Crが存在せず)、溶射皮膜Aや溶射皮膜Bと比較して、溶射皮膜の脆さに起因して寿命が短くなるが、前記した高硬質クロムめっきが施されたロールよりも、長寿命化が図れる。
【0031】
最後に、上記した(4)の溶射皮膜Dについて説明する。
溶射皮膜Dは、粒状の溶射基材c、及び、不可避的不純物からなり、この溶射基材c(溶射粒子)を、ロール本体11の表面に溶射することで形成される。
この溶射基材cは、前記したように、CoとCrを合計で5〜25質量%(好ましくは、下限を8質量%、更には10質量%、上限を20質量%、更には15質量%)と、WCとからなる。ここで、Coを4〜15質量%(好ましくは、下限を8質量%、上限を10.5質量%)、Crを1〜10質量%(好ましくは、下限を2質量%、上限を4.5質量%)とするのがよい。
【0032】
なお、WCは、溶射基材cからCoとCrを除いた残部のうち、その95質量%以上含まれていればよく、例えば、鉄(Fe)等の不可避的不純物が含まれてもよい。
溶射基材cを、上記した構成にすることで、前記した高硬質クロムめっきが施されたロールと比較して、長寿命化が図れる。
なお、溶射皮膜Dも、上記した溶射皮膜Cのように、ブレンド材は含まれていないが、前記した高硬質クロムめっきが施されたロールよりも、長寿命化が図れる。
【0033】
以上に示した溶射皮膜A〜Dのいずれかからなる溶射皮膜14は、火炎溶射機で溶射粒子を溶射して形成される。
この火炎溶射機は、溶射粒子の速度を600m/秒(好ましくは700m/秒)以上にする高速火炎溶射機であるが、通常使用されている火炎溶射機を使用することもできる。なお、高速火炎溶射機を用いた場合には、溶射皮膜14のロール本体11への密着力を更に高めることもできる。
上記した理由により、溶射粒子の速度の上限については規定していないが、現実的には、例えば、1000m/秒程度である。
【0034】
溶射皮膜14の表面粗度Raは、1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲である。なお、表面粗度Raは、JIS B 0601(1994)における算術平均粗さで規定する。
ここで、溶射皮膜の表面粗度Raが2.5μm未満の場合、特に1μm未満の場合、溶射皮膜に形成された凹凸が小さ過ぎるため、ロールの使用の際に短期間で凹凸がなくなり(鋼板に対するグリップ力がなくなり)、ロールの長寿命化が図れない。一方、溶射皮膜の表面粗度Raが8μmを超える場合、特に15μmを超える場合、溶射皮膜に形成された凹凸が大き過ぎるため、鋼板に疵を発生させるおそれがある。
従って、溶射皮膜14の表面粗度Raは、1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲としたが、下限を3.0μm、上限を7μmとすることが好ましい。
【0035】
なお、上記した溶射皮膜14の表面粗度Raは、溶射粒子が溶射された(溶射処理された)ロール本体11の表面をショットブラスト処理することで得られる。
このショットブラスト処理は、耐摩耗性と防疵性(搬送物への疵の発生を防止)を備えた溶射皮膜14を形成するための処理であり、この処理には、アルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材が使用され、この投射材の粒度範囲が38〜425μmの範囲にあることが好ましい。
ここで、投射材にガラスビーズ(例えば、SiOを主成分とする球状のガラス粒子:硬度モース5.5)を使用する場合の投射条件と、これによって形成される表面粗度Raについて、具体的に説明する。
【0036】
粒度範囲が38〜150μm(呼び番号:100〜320)のガラスビーズを、ブラスト圧力:約0.1〜0.6MPa(1〜6kg/cm)で、溶射処理されたロール本体に投射することで、表面粗度Raを3.5±0.5μmに調整できる。この表面粗度Raは、粒度範囲が63〜125μm(呼び番号:120〜150)のガラスビーズを使用し、ブラスト圧力を約0.1〜0.3MPa(1〜3kg/cm)にすることで、より確実に実現できる。
また、粒度範囲が125〜425μm(呼び番号:46〜90)のガラスビーズを、ブラスト圧力:約0.1〜0.6MPaで、溶射処理されたロール本体に投射することで、表面粗度Raを6.0±1.0μmに調整できる。なお、この表面粗度Raは、粒度範囲が150〜300μm(呼び番号:60〜80)のガラスビーズを使用し、ブラスト圧力を約0.3〜0.6MPaにすることで、より確実に実現できる。
【0037】
続いて、本発明の一実施例に係るロールの製造方法について、図1を参照しながら説明する。
まず、ロール本体11を準備する。
このロール本体11の表面に、ブラスト処理する。
ここで、ブラスト処理は、前記した、例えば、塊状の金属や砂等を用いたサンドブラストにより実施できる(以上、第1工程)。
【0038】
ブラスト処理されたロール本体11の表面に、溶射粒子を溶射する。
ここで、溶射粒子には、前記した溶射皮膜Aや溶射皮膜Bを形成するための溶射基材aとブレンド材からなる被覆材、溶射皮膜Cを形成するための溶射基材b、また、溶射皮膜Dを形成するための溶射基材cを使用できる。なお、溶射粒子の粒度は、例えば、50〜70μm程度である。
これらの溶射粒子は、ロールの使用用途に応じて適宜選択する。
これにより、ロール本体11の表面が溶射処理される(以上、第2工程)。
【0039】
溶射処理されたロール本体11の表面をショットブラスト処理する。
ここで、ショットブラスト処理には、前記したアルミナ、スチール、又は、ガラスビーズを含む投射材を使用でき、しかも、この投射材の粒度範囲が38〜425μmの範囲にあるのが好ましい。
これにより、表面粗度Raを1〜15μm(より好ましくは、2.5〜8μm)の範囲とした溶射皮膜14が形成できる(以上、第3工程)。
【0040】
得られたロール本体11の表面に、必要に応じてピークカット処理(突出部分の除去)を行い、このロール本体11の両側に、支持軸12、13を取付けることで、ロール10として使用できる。なお、支持軸12、13を予めロール本体11に取付けた状態で、上記したブラスト処理、溶射粒子の溶射、及び、ショットブラスト処理を行うこともできる。
このブラスト処理、溶射粒子の溶射、及び、ショットブラスト処理は、ロール本体11を、その軸心を中心として回転させながら行うことが好ましいが、これに限定されるものではない。
【実験例】
【0041】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実験例について説明する。
ここでは、ロールとして、金属製のロール本体(胴部)の軸方向の長さが1500mm程度、直径が500mm程度、支持軸も含めた軸方向の全長が2300mm程度で、ロール本体の表面に種々の溶射皮膜を形成したものを使用し、これを冷間圧延設備に設置して鋼板を搬送し、ロールの寿命を調査した。なお、従来例1、2として、高硬質クロムめっきが施されたロールを用いた。
この溶射皮膜の成分組成と試験結果を、表1、表2にそれぞれ示す。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
表1は、溶射皮膜(従来例1においては高硬質クロムめっき)の表面粗度Raを3.5±0.5μmに設定した場合の結果であり、表2は、溶射皮膜(従来例2においては高硬質クロムめっき)の表面粗度Raを6.0±1.0μmに設定した場合の結果である。この表1、表2に記載の実験例1、5、実験例2、6、実験例3、7、実験例4、8の各溶射皮膜は、それぞれ同一の成分組成であり、前記した溶射皮膜A〜Dの代表例である。
なお、表1に記載の「寿命の延長度合」とは、実験例1〜4の「ロール寿命」を従来例1の「ロール寿命」で除した指数である(表2も同様)。
【0045】
表1の実験例1〜4に示すように、表面粗度Raを3.5±0.5μmに設定した溶射皮膜が形成されたロールを使用することで、従来例1の高硬質クロムめっきが施されたロールと比較して、ロールの寿命を2.8倍以上にできることを確認できた。この結果は、表2においても同様であった(ロールの寿命は3.0倍以上)。
特に、実験例1、2のように、ブレンド材としてNi粉末やNi−Cr粉末を用いることで、実験例3、4のように、ブレンド材を用いない場合と比較して、ロールの更なる長寿命化を図れることが分かった。この結果は、表2においても同様であった。
なお、実験例1〜4、5〜8のいずれも、鋼板の疵の発生はなかった。
【0046】
以上のことから、本発明のロールの製造方法を用いることで、従来よりも長寿命化が図れると共に、搬送物(特に、鋼板)の疵の発生を抑制、更には防止できることを確認できた。
【0047】
以上、本発明を、実施例を参照して説明してきたが、本発明は何ら上記した実施例に記載の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施例や変形例も含むものである。例えば、前記したそれぞれの実施例や変形例の一部又は全部を組合せて本発明のロールの製造方法を構成する場合も本発明の権利範囲に含まれる。
また、前記実施例においては、ロール本体の表面の溶射処理に火炎溶射機を用いた場合について説明したが、ロール本体の表面に溶射処理を行うことができれば、これに限定されるものではなく、密着性と緻密性の観点から、例えば、HVOF(High Velocity Oxigen Fuel)の溶射ガンや、D−Gun(Detonation Gun)、プラズマ溶射等を用いることもできる。
そして、前記実施例においては、ブラスト処理がなされたロール本体の表面に、溶射粒子を直接溶射した場合について説明したが、これに限定されるものではなく、ロール本体の表面に、例えば、下地めっき層(例えば、Ni、Co、若しくは、Feの単体又は合金)を介して、溶射粒子を溶射することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
ブラスト処理がなされたロール本体の表面に、ショットブラストによって表面粗度Raを1〜15μmの範囲とした耐摩耗性及び防疵性を備えた各組成の溶射皮膜を形成するので、ロール本体に溶射被膜が強固に付着し、耐磨耗性が向上し、ロールに接する対象物への疵の発生が抑制でき、搬送用ロール等各種のロールに適用でき、長寿命化を図ることができる。
【符号の説明】
【0049】
10:ロール、11:ロール本体、12、13:支持軸、14:溶射皮膜
【要約】
ロール10は、両側に支持軸12、13が設けられたロール本体11を有し、ブラスト処理されたロール本体11の表面に、ショットブラストによって表面粗度Raを1〜15μmの範囲とした耐摩耗性及び防疵性を備えた溶射皮膜14が形成され、溶射皮膜14は、溶射基材aを70〜95質量%と、ブレンド材としてのニッケル粉末を5〜30質量%を含み、この溶射基材aは、炭化クロムを10〜30質量%と、ニッケルを5〜15質量%を含み、残部のうちの95質量%以上が炭化タングステンである。製造方法は、ロール本体11の表面をブラスト処理する第1工程と、この表面に被覆材を溶射する第2工程と、この表面をショットブラスト処理して表面粗度Raを1〜15μmとする第3工程を有する。
図1