(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6035804
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】還元触媒
(51)【国際特許分類】
B01J 31/22 20060101AFI20161121BHJP
C01B 31/18 20060101ALI20161121BHJP
【FI】
B01J31/22 M
C01B31/18 A
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-65027(P2012-65027)
(22)【出願日】2012年3月22日
(65)【公開番号】特開2013-193056(P2013-193056A)
(43)【公開日】2013年9月30日
【審査請求日】2015年2月9日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊介
(72)【発明者】
【氏名】森川 健志
(72)【発明者】
【氏名】梶野 勉
【審査官】
安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−217632(JP,A)
【文献】
特開2006−063050(JP,A)
【文献】
特開2011−082144(JP,A)
【文献】
Jeannot HAWECKER,et al.,Electrocatalytic reduction of carbon dioxide mediated by Re(bipy)(CO)3Cl (bipy = 2,2'-bipyridine),Journal of the Chemical Society, Chemical Communications ,1984年,No.6,p.328-330
【文献】
A.G.M. Mostafa Hossain, et al.,Palladium and cobalt complexes of substituted quinoline,bipyridine and phenanthroline as catalysts for electrochemical reduction of carbon dioxide,Elecrtochimica Acta,1997年,vol.42,no.16,p.2577-2585
【文献】
Marc BOURREZ,[Mn(bipyridyl)(CO)3Br]: An Abundant Metal Carbonyl Complex as Efficient Electrocatalyst for CO2 Reduction,Angewandte Chemie International Edition,2011年,Volume 50, Issue 42,p.9903-9906
【文献】
Hitoshi ISHIDA, et al.,Electrochemical CO2 reduction catalyzed by [Ru(bpy)2(CO)2]2+ and [Ru(bpy)2(CO)Cl]+. THe effect of pH on the formation of CO and HCOO-,Organometallics,1987年,Vol.6, No.1,p.181-186
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00−38/74
C01B 31/18
CA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イリジウム(Ir)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)の少なくとも1つの中心金属と、2,2’−ビピリジン及びその誘導体、1,10’−フェナンスロリン及びその誘導体、2−フェニルピリジン及びその誘導体、ターピリジン及びその誘導体の少なくとも1つの配位子と、単座配位子と、が結合した金属錯体を含み、常温及び常圧の条件下において二酸化炭素を還元するために用いられることを特徴とする電気化学的反応用の還元触媒。
【請求項2】
請求項1に記載の還元触媒であって、
前記単座配位子は、溶媒配位子、ハロゲン配位子及びCO配位子の少なくとも1つであることを特徴とする還元触媒。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の還元触媒であって、
前記単座配位子は、MeCN、H2O、Cl、COの少なくとも1つを含むことを特徴とする還元触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学的に物質を還元する還元触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
大気中の二酸化炭素の増加による地球温暖化や石油や石炭等の工業原料の将来的な不足を解決するために、二酸化炭素を有効に利用しかつ削減することが可能なシステムの構築が望まれている。
【0003】
そこで、金属錯体を使って二酸化炭素を還元する技術が開発されている。例えば、ニッケルサイクラム錯体、レニウム錯体、ルテニウム錯体、マンガン錯体等を用いた電気化学的な二酸化炭素の還元に関する研究がなされている(非特許文献1〜8)。また、配位子−C=N−及びβ−ジケトナト部位を有する環状配位子化合物又はシッフ塩基性を有する配位子をもった錯体触媒による二酸化炭素を電気化学的に還元する技術が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−260364号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】E. Fujita, J. Haff, R. Sanzenbacher, H. Elias, Inorg. Chem. 1994, 33, 4627
【非特許文献2】J.-M. Saveant Chem. Rev. 2008, 108, 2348
【非特許文献3】J. Hawecker, J.-M. Lehn, R. Ziessel, J. Chem. Soc., Chem. Commun. 1984, 328
【非特許文献4】J. Hawecker, J.-M. Lehn, R. Ziessel, Helv. Chim. Acta. 1986,69, 1990.
【非特許文献5】H. Takeda, K. Koike, H. Inoue, O. Ishitani, J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2023.
【非特許文献6】H. Ishida, H. Tanaka, K. Tanaka, T. Tanaka, J. Chem. Soc. Chem. Commun. 1987, 131
【非特許文献7】K. Tanaka, Bull. Chem. Soc. Jpn. 1998, 71, 17
【非特許文献8】M. Bourrez, F. Molton, S. Chardon-Noblat, A. Deronzier Angew. Chem. 2011, 50, 9903
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、二酸化炭素を還元するための様々な金属錯体触媒が報告されているが、どのような金属錯体が二酸化炭素の還元に有効であるかの十分な知見はない。したがって、実用性の高い還元触媒を見出すことができていない。
【0007】
また、特許文献1に記載の触媒では、配位子側に二酸化炭素還元能を持たせたため、様々な中心金属の金属錯体に適用できる可能性がある。しかしながら、二酸化炭素の還元反応に必要な電圧が−1.7V(vs SCE)(二酸化炭素に直接電子を供与するには−2.0V(vs SCE))が必要であり、還元反応を発現させるための過電圧が十分に下げられていない。これは、二酸化炭素の還元には最低2つの電子の供与が必要であるが、配位子のみに電子を2つ送り込むために非常に高い電圧が必要となるからである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の1つの態様は、中心金属と、電子を蓄積できる配位子と、単座配位子と、が結合した金属錯体を含むことを特徴とする還元触媒である。
【0009】
ここで、前記電子を蓄積できる配位子は、キレート配位子であり、前記単座配位子は、溶媒配位子、ハロゲン配位子及びCO配位子の少なくとも1つであることが好適である。
【0010】
また、前記中心金属は、イリジウム(Ir
)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)の少なくとも1つを含むことが好適である。
【0011】
また、前記電子を蓄積できる配位子は、ジイミン配位子とすることが好適であり、例えば、2,2’−ビピリジン及びその誘導体、1,10’−フェナンスロリン及びその誘導体、2−フェニルピリジン及びその誘導体、ターピリジン及びその誘導体の少なくとも1つを含むことが好適である。
【0012】
また、前記単座配位子は、MeCN、H
2O、Cl、COの少なくとも1つを含むことが好適である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、低い過電圧によって電気化学的に物質を還元することが可能な還元触媒を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1(a)】実施例1における還元触媒の構造を示す図である。
【
図1(b)】実施例2における還元触媒の構造を示す図である。
【
図1(c)】実施例3における還元触媒の構造を示す図である。
【
図1(d)】実施例4における還元触媒の構造を示す図である。
【
図1(e)】実施例5における還元触媒の構造を示す図である。
【
図1(f)】実施例6における還元触媒の構造を示す図である。
【
図2(a)】比較例1における還元触媒の構造を示す図である。
【
図2(b)】比較例2における還元触媒の構造を示す図である。
【
図2(c)】比較例3における還元触媒の構造を示す図である。
【
図3(a)】実施例1における還元触媒の特性を示す図である。
【
図3(b)】実施例2における還元触媒の特性を示す図である。
【
図3(c)】実施例3における還元触媒の特性を示す図である。
【
図3(d)】実施例4における還元触媒の特性を示す図である。
【
図3(e)】実施例5における還元触媒の特性を示す図である。
【
図3(f)】実施例6における還元触媒の特性を示す図である。
【
図4(a)】比較例1における還元触媒の特性を示す図である。
【
図4(b)】比較例2における還元触媒の特性を示す図である。
【
図4(c)】比較例3における還元触媒の特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施の形態における還元触媒は、中心金属、キレート配位子及び単座配位子が結合した金属錯体を含んでなる。
【0016】
中心金属は、金属錯体の中心となる金属原子である。中心金属は、イリジウム(Ir
)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)の少なくとも1つを含むことが好適である。
【0017】
本実施の形態における還元触媒では、金属錯体の配位子の一部は最低空占有軌道を担い電子を蓄積できる配位子とする。このような配位子としてキレート配位子が挙げられる。キレート配位子は、ジイミン配位子とすることが好適であり、例えば、2,2’−ビピリジン及びその誘導体、1,10’−フェナンスロリン及びその誘導体、2−フェニルピリジン及びその誘導体、ターピリジン及びその誘導体とすることが好適である。
【0018】
また、本実施の形態における還元触媒では、金属錯体の配位子の一部は外れやすい配位子とする。このような配位子として単座配位子が挙げられる。単座配位子は、中心金属の状態によって異なり、共通性はないが、一般的にMeCNやH
2Oなどの溶媒配位子、ClやCOなどが挙げられる。溶媒配位子は、有機溶剤としてもよく、例えばアセ
トニトリル、アセトン、ジクロロメタン、ジメチルホルムアミド、水、メタノール、エタノール、ピリジンが挙げられる。
【0019】
このような構造を有する金属錯体は、低い過電圧によって電気化学的に物質を還元することが可能であり、特に二酸化炭素(CO
2)の還元に有効である。以下、本実施の形態における還元触媒の実施例及び比較例について説明する。
【0020】
<実施例1>
イリジウム錯体[Ir(ppy)(tpy)Cl]
+を1mg、電解質(NEt
4BF
4)を0.1M含むアセトニトリル溶液に溶解させた後、純水を全体量の5%添加し、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。実施例1で得られる金属錯体の構造を
図1(a)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図3(a)に示す。
【0021】
<実施例2>
イリジウム錯体[Ir(bpy)(tpy)Cl]
2+を1mg、電解質(NEt
4BF
4)を0.1M含むアセトニトリル溶液に溶解させた後、純水を全体量の5%添加し、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。実施例2で得られる金属錯体の構造を
図1(b)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図3(b)に示す。
【0022】
<実施例3>
クロム錯体[Cr(bpy)(CO)
4]を1mg、電解質(NEt
4BF
4)を0.1M含むアセトニトリル溶液に溶解させた後、純水を全体量の5%添加し、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。実施例3で得られる金属錯体の構造を
図1(c)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図3(c)に示す。
【0023】
<実施例4>
モリブデン錯体[Mo(bpy)(CO)
4]を1mg、電解質(NEt
4BF
4)を0.1M含むアセトニトリル溶液に溶解させた後、純水を全体量の5%添加し、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。実施例4で得られる金属錯体の構造を
図1(d)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図3(d)に示す。
【0024】
<実施例5>
マンガン錯体[Mn(bpy)(H
2O)
2Cl
2]を1mg、純水に溶解させた後、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。実施例5で得られる金属錯体の構造を
図1(e)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図3(e)に示す。
【0025】
<実施例6>
鉄錯体[Fe(bpy)(CO)
3]を1mg、純水に溶解させた後、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。実施例6で得られる金属錯体の構造を
図1(f)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図3(f)に示す。
【0026】
<比較例1>
電気化学的なCO
2還元能が報告されているレニウム錯体[Re(bpy)(CO)
3Cl]を1mg、電解質(NEt
4BF
4)を0.1M含むアセトニトリル溶液に溶解させた後、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。比較例1で得られる金属錯体の構造を
図2(a)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図4(a)に示す。
【0027】
<比較例2>
外れやすい配位子を有さないレニウム錯体[Re(bpy)(dppe)(CO)
2]を1mg、電解質(NEt
4BF
4)を0.1M含むアセトニトリル溶液に溶解させた後、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。比較例2で得られる金属錯体の構造を
図2(b)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図4(b)に示す。
【0028】
<比較例3>
電子を蓄積する配位子を有さないレニウム錯体[Re(dppe)(CO)
3Cl]を1mg、電解質(NEt
4BF
4)を0.1M含むアセトニトリル溶液に溶解させた後、20分ほどアルゴンガスを溶液中にバブリングして溶存ガスを除去した。その後、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。さらに、10分ほど二酸化炭素ガスを溶液中にバブリングしてから二酸化炭素ガス雰囲気下で同様の測定を行った。比較例3で得られる金属錯体の構造を
図2(c)に示す。また、アルゴンガス溶解後及び二酸化炭素ガス溶解後のサイクリックボルタンメトリー測定の結果を
図4(c)に示す。
【0029】
<測定方法>
電気化学測定には、電気化学アナライザー(BAS)を使用した。作用極にはグラッシーカーボン、対極には白金、参照極にはヨウ素電極又は銀/塩化銀電極(Ag/AgCl)を用いた三電極方式で測定を行った。
【0030】
サイクリックボルタンメトリー測定は、電極電位を直線的に掃引し、応答電流を測定する手法である。酸化・還元反応が進行し易いほど応答電流が大きくなる。また、印加した電位を横軸、応答電流値を縦軸とするグラフを描くと、酸化還元電位付近にピークを持つサイクリックボルタモグラムが得られる。
【0031】
<測定結果>
実施例1−6において、二酸化炭素(CO
2)雰囲気下において、触媒電流が観測された。また、還元に必要な過電圧は0.6〜1.0V程度低下した。
【0032】
一方で、レニウム錯体は二酸化炭素(CO
2)還元能を有することで最も有名な錯体触媒であり、比較例1において、確かに二酸化炭素(CO
2)雰囲気下で触媒電流が観測される。ところが、外れやすい単座配位子(Cl)を外れないdppe配位子におきかえると、触媒電流が観測されなくなった。また、1電子蓄積できるbpy配位子から、電子を蓄積できないdppe配位子に変更した比較例3においても同様であった。
【0033】
以上の結果から、中心金属と電子を蓄積できる配位子と外れやすい単座配位子とが結合した金属錯体を含む還元触媒とすることによって、電気化学的な二酸化炭素(CO
2)還元能を向上させることができる。