(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の細胞遊走試験用装置(以下、「本発明の装置」という)の一実施形態について説明する。
【0018】
第一の実施形態は、
図1に示すように、その表面に線状導電性領域bを有する基材cを備え、
線状導電性領域bは、その両端を含む領域が第1の細胞接着阻害性領域11であり、第1の細胞接着阻害性領域11の間が第1の細胞接着性領域13であり、線状導電性領域bの周囲が第2の細胞接着阻害性領域12であり、
線状導電性領域bは薬剤供給部14に接触しており、
薬剤供給部14は、線状導電性領域bの両端において濃度が異なるように基材表面に薬剤の濃度勾配を提供することが可能であり、
第1の細胞接着阻害性領域11は、線状導電性領域bへの電圧印加によって、第2の細胞接着性領域に変化することが可能である形態である。
【0019】
第二の実施形態は、
図2に示すように、その表面に線状導電性領域bを有する基材cを備え、
線状導電性領域bは、その両端を含む領域が第1の細胞接着阻害性領域21であり、第1の細胞接着阻害性領域21の間が第1の細胞接着性領域23であり、線状導電性領域bの周囲が第2の細胞接着阻害性領域22であり、
線状導電性領域bは第1の薬剤供給部24および第2の薬剤供給部24’に接触しており、
第1の薬剤供給部24および第2の薬剤供給部24’は、線状導電性領域bの両端において濃度が異なるように基材表面に薬剤の濃度勾配を提供することが可能であり、
第1の薬剤供給部24および第2の薬剤供給部24’は、線状導電性領域b上の第1の細胞接着性領域23を挟んで対向して配置されており、
第1の細胞接着阻害性領域21は、線状導電性領域bへの電圧印加によって、第2の細胞接着性領域に変化することが可能である形態である。
【0020】
(細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域)
本発明において、第1の細胞接着性領域と第2の細胞接着性領域を単に細胞接着性領域と称する場合がある。
【0021】
本発明において、細胞接着性とは、細胞が接着すること、または細胞が接着しやすいことを意味する。細胞接着阻害性とは、細胞が接着しにくいことまたは細胞が接着しないことを意味する。従って、細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域が形成されている基材表面に細胞を播くと、細胞接着性領域には細胞が接着するが、細胞接着阻害性領域には細胞が接着しない。
【0022】
細胞接着性は、接着しようとする細胞によって異なる場合もあるため、細胞接着性とは、ある種の細胞に対して細胞接着性であることを意味する。従って、細胞遊走試験用装置上には、複数種の細胞に対する複数の細胞接着性領域が存在する場合、すなわち細胞接着性が異なる細胞接着性領域が2水準以上存在する場合もある。
【0023】
(導電性領域および基材)
本発明の装置は導電性領域をその表面に形成させるための基材を含む。
本発明の装置に用いられる基材としては、導電性領域を形成可能な材料で形成されたものであれば特に制限されない。基材は絶縁性材料を含むものであることが好ましい。具体的には、ガラス、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト、感光性ガラス、セラミック、シリコン、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。基材は透明性の材料を含むものであることが好ましい。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状、ならびに表面に凹凸が形成された形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1〜1000μm、好ましくは1〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。
【0024】
基材上に導電性領域を形成する場合、公知のパターニング技術を利用できる。公知のパターニング技術としては、例えば、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法、フレキソ印刷法およびコンタクトプリンティング法等の各種印刷法による方法、各種リソグラフィー法を用いる方法、ならびにインクジェット法による方法、他に微細な溝を彫刻等する立体整形の手法等が挙げられる。具体的には、基材、例えばガラス基材に、導電性材料、例えば金属膜または金属酸化物膜を成膜し、これをフォトリソグラフィー技術等の公知の技術を用いてパターニングすることにより、導電性領域を形成することができる。
【0025】
基材上への導電性材料の成膜は、公知の方法で行うことができる。例えば、マイクロ波プラズマCVD(Chemical vapor deposit)法、ECRCVD(Electric cyclotron resonance chemical vapor deposit)法、ICP(Inductive coupled plasma)法、直流スパッタリング法、ECR(Electric cyclotron resonance)、スパッタリング法、イオン化蒸着法、アーク式蒸着法、レーザー蒸着法、EB(Electron beam)蒸着法、抵抗加熱蒸着法等が挙げられる。成膜は、塗布により実施してもよい。スピンコートや各種の印刷方式も使用できる。
【0026】
導電性領域を構成する導電性材料の膜として、金属膜または金属酸化物膜、金属微粒子や金属ナノファイバーが絶縁体に分散された膜、導電性の有機材料からなる膜等が挙げられる。金属酸化物としては、ITO(酸化インジウム錫)、IZO(酸化インジウム亜鉛)等が挙げられ、金属微粒子としては、銀、金、銅等の微粒子、金属ナノファイバーとしてはカーボンナノチューブ、導電性の有機材料としては、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)等が挙げられる。
【0027】
導電性材料の膜としては特に制限されないが、透明な膜であることが好ましく、例えば、ITO膜、IZO膜、導電性高分子のポリエチレンジオキシチオフェン膜等が挙げられる。また、電圧印加後も透明な膜であることが好ましい。本発明においては、ITO膜をスパッタリング法により成膜して、その後パターニングすることにより、導電性領域を形成することが好ましい。透明な膜は、細胞の観察において有利である。
【0028】
導電性材料の膜の厚さは、通常、単分子膜〜100μm程度であり、好ましくは2nm〜1μm、より好ましくは5nm〜500nmである。
【0029】
本発明の装置が備える基材は、その表面に線状導電性領域を有する。そして、線状導電性領域には、第1の細胞接着阻害性領域および第1の細胞接着性領域が形成され、線状導電性領域の周囲には第2の細胞接着阻害性領域が形成されている。本発明の装置は、線状導電性領域への電圧印加によって、第1の細胞接着阻害性領域が第2の細胞接着性領域に変化するため、基材表面の線状導電性領域部分が細胞の遊走路となる。よって、導電性領域が線状であることにより、第1の細胞接着阻害性領域に接着させた細胞が遊走する方向を制御することができ、定量的に細胞遊走試験を行うことができる。
【0030】
線状導電性領域は複数存在することが好ましく、その本数は、特に制限されないが、通常2〜1536本、好ましくは4〜384本、より好ましくは12〜96本である。このような本数とすることにより、ハイスループットスクリーニングで一般的に用いられている96、384、1536マイクロプレートと同等の検体数の評価が可能であり、データの相関が取りやすい。線状導電性領域は、直線状で互いに略平行であることが細胞遊走を定量的に観察する観点から好ましいが、これに限定されず、曲線でもよい。これら複数の線状導電性領域は電気的に接続して、1つの導電性領域を形成していることが好ましい。それにより、複数の線状導電性領域に一度にかつ同時に電圧を印加でき、簡便かつ正確な定量的観察が可能になる。
【0031】
上記のような導電性領域のパターニングは、具体的には、成膜した金属膜または金属酸化物膜に、レジスト塗布、フォトマスクを介した露光、現像およびエッチングを行って実施することができる。
【0032】
(細胞接着阻害性領域)
細胞接着阻害性領域は、好ましくは、炭素酸素結合を有する有機化合物により形成される親水性膜により形成される。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を有する有機化合物を主原料とする薄膜であり、酸化される前は細胞接着阻害性を有し、酸化および/または分解された後は細胞接着性を有しているものであれば特に限定されない。また、細胞接着阻害性領域は、細胞非接着性あり、かつ表面に親水性膜が形成されないレジスト部により形成されていてもよい。このようなレジスト部の材料としては、例えばSU−8(MicroChem)を挙げることができる。レジスト部の形成方法は、特に制限されないが、例えば、スピンコートや各種印刷技術による塗布成膜により形成することができる。また、レジスト部の厚さは特に制限されないが、1〜100μmであることが好ましい。
【0033】
本発明において炭素酸素結合とは、炭素と酸素との間に形成される結合を意味し、単結合に限らず二重結合であってもよい。炭素酸素結合としてはC−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合が挙げられる。
【0034】
主原料としては、水溶性高分子、水溶性オリゴマー、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、これらが相互に物理的または化学的に架橋し、基材または導電性領域と物理的または化学的に結合することにより親水性薄膜となる。
【0035】
具体的な水溶性高分子材料としては、ポリアルキレングリコールおよびその誘導体、ポリアクリル酸およびその誘導体、ポリメタクリル酸およびその誘導体、ポリアクリルアミドおよびその誘導体、ポリビニルアルコールおよびその誘導体、双性イオン型高分子、多糖類、等を挙げることができる。分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−ビニル−2−ピロリドン)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体、デキストラン、およびヘパリンが挙げられるがこれらには限定されない。
【0036】
具体的な水溶性オリゴマー材料や水溶性低分子化合物としては、アルキレングリコールオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、メタクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、アクリルアミドオリゴマーおよびその誘導体、酢酸ビニルオリゴマーの鹸化物およびその誘導体、双性イオンモノマーからなるオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸およびその誘導体、メタクリル酸およびその誘導体、アクリルアミドおよびその誘導体、双性イオン化合物、水溶性シランカップリング剤、水溶性チオール化合物等を挙げることができる。より具体的には、エチレングリコールオリゴマー、(N−イソプロピルアクリルアミド)オリゴマー、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンオリゴマー、低分子量デキストラン、低分子量ヘパリン、オリゴエチレングリコールチオール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、2−〔メトキシ(ポリエチレンオキシ)−プロピルトリメトキシシラン、およびトリエチレングリコール−ターミネーティッド−チオールが挙げられるがこれらには限定されない。
【0037】
親水性膜は、処理前は高い細胞接着阻害性を有し、酸化処理および/または分解処理後は細胞接着性を示すものであることが望ましい。
【0038】
親水性膜の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、細胞の接着において、基材の表面の親水性薄膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。
【0039】
基材または導電性領域表面への親水性膜の形成方法としては、基材または導電性領域へ親水性有機化合物を直接吸着させる方法、基材または導電性領域へ親水性有機化合物を直接コーティングする方法、基材または導電性領域へ親水性有機化合物をコーティングした後に架橋処理を施す方法、基材または導電性領域への密着性を高めるために多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、基材または導電性領域との密着性を高めるために基材または導電性領域上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法、基材または導電性領域表面に重合開始点を形成し、次いで親水性ポリマーブラシを重合する方法等を挙げることができる。
【0040】
上記成膜方法のうち特に好ましい方法としては、多段階式に親水性薄膜を形成させる方法、ならびに、基材または導電性領域との密着性を高めるために基材または導電性領域上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法を挙げることができる。これらの方法を用いると、親水性有機化合物の基材または導電性領域への密着性を高めることが容易だからである。本明細書では「結合層」という用語を用いる。結合層とは、多段階式に親水性有機化合物の薄膜を形成する場合には最表面の親水性薄膜層と基材との間に存在する層を意味し、基材または導電性領域表面に下地層を設け当該下地層の上に親水性薄膜層を形成する場合には当該下地層を意味する。結合層は、結合部分(リンカー)を有する材料を含む層であることが好ましい。リンカーとリンカーに結合させる材料の末端の官能基の組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれがリンカーであってもよい。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、基材または導電性領域上にリンカーを有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を例にとると、エポキシシランを付加した基材の表面の水接触角が典型的には45°以上、望ましくは47°以上であれば、次に酸触媒存在下エチレングリコール系材料等を付加することによって十分な細胞接着阻害性を有する基材を作ることができる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角を指す。
【0041】
(親水性膜の酸化処理および/または分解処理による第1の細胞接着性領域の形成)
本発明では、第1の細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした領域により形成される。
【0042】
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
【0043】
本発明において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解等が挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。
【0044】
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水等)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
【0045】
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理および/または分解処理」という用語を使用する。
【0046】
酸化処理および/または分解処理の方法としては、親水性膜を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法等が挙げられる。本発明では、導電性領域上に第1の細胞接着性領域を形成することから、親水性膜をパターン状に部分的に酸化処理および/または分解処理する。部分的に酸化処理および/または分解処理する場合は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりするとよい。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。
【0047】
紫外線照射処理の場合は、波長185nmや254nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172nmの紫外線を出すエキシマランプ等のVUV領域からUV−C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。光触媒処理する場合は、波長365nm以下の紫外線を出す光源を用いることが好ましく、波長254nm以下の紫外線を出す光源を用いることがより好ましい。光触媒としては、酸化チタン光触媒、金属イオンや金属コロイドで活性化された酸化チタン光触媒を用いるのが好ましい。酸化剤としては、有機酸や無機酸を特に制限なく用いることができるが、高濃度の酸は取り扱いが難しいので、10%以下の濃度に希釈して用いるとよい。最適な紫外線処理時間、光触媒処理時間、酸化剤処理時間は、用いる光源の紫外線強度、光触媒の活性、酸化剤の酸化力や濃度等の諸条件に応じて適宜決定することができる。
【0048】
第1の細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜により形成されていてもよい。この態様では、第1の細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域とは、ともに炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている。2つの領域は前記有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。第1の細胞接着性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。一方、細胞接着阻害性領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できない程度に高い。
【0049】
親水性有機化合物の密度を制御する方法としては、親水性有機化合物の薄膜と基材または導電性領域表面との間に結合層を設け、当該結合層の親水性有機化合物との結合力を調整する方法が挙げられる。ここで「結合層」とは上記で定義した通りであり、上記で説明した好ましい材料から構成され得る。結合層の結合力は、結合層におけるリンカーを有する材料の密度が高いほど強くなり、同密度が低いほど弱くなる。結合層におけるリンカーを有する材料の密度は、上述の通り、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。
【0050】
本発明のこの態様では、第1の細胞接着性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は低い。第1の細胞接着性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には、10°〜43°、望ましくは15°〜40°である。このような結合層を形成する方法としては、リンカーを有する材料の被膜(結合層)を基材または導電性領域表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理および/または分解処理する方法が挙げられる。結合層表面を酸化処理および/または分解処理する方法としては、結合層表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法等が挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理および/または分解処理してもよいし、部分的に処理してもよい。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いることにより行うことができる。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。諸条件等についても、親水性膜の酸化処理および/または分解処理により第1の細胞接着性領域を形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、第1の細胞接着性領域が形成できる。
【0051】
本発明のこの態様では、細胞接着阻害性領域の結合層における、リンカーを有する材料の密度は高い。細胞接着阻害性領域における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、リンカーを有する材料の被膜を基材または導電性領域表面に形成することにより得られる。結合層表面を部分的に酸化処理および/または分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着阻害性領域が形成できる。
【0052】
(細胞接着性領域と細胞接着阻害性領域との比較)
細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着性領域の炭素量が、細胞接着阻害性領域の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0053】
また、細胞接着性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞接着阻害性領域(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害性領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0054】
(親水性薄膜の評価方法)
本発明の親水性薄膜(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法等を用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本発明におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
【0055】
本発明において親水性薄膜の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本発明において親水性薄膜の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。具体的な測定は、特開2007−312736に記載されるとおりに実施できる。
【0056】
(本発明の装置の製造方法)
本発明の装置は、例えば、基材表面に線状導電性領域を形成する工程、基材表面に炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜を形成する工程、および線状導電性領域上に第1の細胞接着性領域が形成されるように、親水性膜を酸化処理および/または分解処理して細胞接着性に改変させる工程を含む方法により製造できる。
【0057】
(導電性領域への電圧印加による第2の細胞接着性領域の形成)
本発明では、第2の細胞接着性領域は、導電性領域に電圧を印加して細胞接着阻害性領域に形成された親水性膜を分解し、剥離して細胞接着性とすることにより形成される。ここで、分解とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。本発明では、導電性領域に電圧を印加することにより、例えば結合層に存在する結合部分(リンカー)が切断され、親水性膜を構成する有機化合物の少なくとも一部が分解または除去されるものと考えられる。
【0058】
本発明の装置によれば、導電性領域への電圧印加により第1の細胞接着性領域に接着した細胞の遊走を開始するタイミングを制御することができるため、定量的に細胞遊走試験を行うことができる。また従来のスクラッチアッセイと比較して、より再現性の高い細胞遊走試験を行うことができる。
【0059】
導電性領域に印加する電圧は、正電圧であることが好ましい。正電圧を印加することにより、細胞接着阻害性領域を効果的に細胞接着性領域に改変できるとともに、特に導電性領域がITO膜からなる場合に黒変するのを防止することができ、細胞遊走の観察を良好に実施できる。
【0060】
印加する電圧は、当業者であれば適宜決定することができるが、通常1〜10V、好ましくは2〜5Vであり、印加する時間は、通常0.5〜60分間、好ましくは1〜10分間である。
【0061】
印加する電圧は、電極が接している溶媒の種類や、電極の材質、電極の形状によって、適切な値が変わるが、通常、細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変可能な電圧以上で、細胞に悪影響を与えない程度に低い電圧を加えるのがよい。
【0062】
電圧は、基材平面内の導電性領域間(例えば、ITOとITO間)に印加してもよいし、基材平面内に、Pt等の対抗電極を設けて導電性領域と対向電極の間(例えば、ITOとPt間)に印加してもよい。また、電圧を精密に制御するため、基材平面内にAg/AgCl等の参照電極を設けてもよい。上記の対抗電極や参照電極は、基材平面内でなくてもよい(培養液に電極を浸漬する形態でもよい)。
【0063】
第2の細胞接着性領域は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して得られる第1の細胞接着性領域とは、詳細な表面性状が異なる場合がある。
【0064】
(パターンの形状と薬剤供給部)
本発明の装置が備える基材は、その表面に線状導電性領域とを有し、線状導電性領域には、その両端を含む領域に第1の細胞接着阻害性領域が形成されており、第1の細胞接着阻害性領域の間に第1の細胞接着性領域が形成され、線状導電性領域の周囲には第2の細胞接着阻害性領域が形成されている。そして、線状導電性領域は薬剤供給部に接触しており、該薬剤供給部は、線状導電性領域の両端において濃度が異なるように基材表面に薬剤の濃度勾配を提供することが可能であるように配置されている。ここで、線状導電性領域が薬剤供給部に接触するとは、電圧印加後に線状導電性領域上に形成される細胞遊走路に薬剤供給部の薬剤が拡散可能であることを意味する。上記のようなパターン形状および薬剤供給部を設けることにより、薬剤の一部が第1の細胞接着性領域に接着した細胞に到達するように薬剤の濃度勾配が基材表面に形成され、第1の細胞接着阻害性領域に接着された細胞は、薬剤の濃度勾配を感知して細胞遊走路(第2の細胞接着性領域)上を正負のいずれの方向にも遊走することが可能となる。具体的には、
図3に示すような第1の細胞接着性領域32に接着した細胞Aの薬剤供給部31に供給された薬剤に対する正の走化性、すなわち薬剤の濃度が高くなる方向への遊走と、
図4に示すような第1の細胞接着性領域42に接着した細胞Aの薬剤供給部41に供給された薬剤に対する負の走化性、すなわち薬剤の濃度が低くなる方向への遊走との両方について試験することが可能となる。また、
図5に示すように、第1の薬剤供給部51と第2の薬剤供給部51’が存在する場合には、第1の薬剤供給部51と第2の薬剤供給部51’の一方に高濃度の薬剤を導入し、他方に低濃度の薬剤または水を供給して基材表面に濃度勾配を形成させて、正負の走化性について試験を行うことができる。細胞遊走路全体で濃度勾配を形成させることにより、予期することができない、細胞の逆方向への遊走を防ぐことができるようになるため、再現性および定量性の向上が期待できる。また、第1の薬剤供給部51と第2の薬剤供給部51’に異なる薬剤を導入することにより、薬剤の促進剤または阻害剤としての強弱を判断することができる。
【0065】
本発明の装置を用いて細胞遊走試験を行う際、薬剤供給部から細胞を含む試料を導入してもよい。
【0066】
(細胞)
本発明の装置に播種する細胞としては、血球系細胞やリンパ系細胞などの浮遊細胞でもよいし接着性細胞でもよいが、本発明は、接着性を有する細胞に対して好適に使用される。また遊走する性質を有する細胞に対して好適に使用される。そのような細胞としては、例えば、肝がん細胞、グリオーマ細胞、結腸癌細胞、腎がん細胞、膵がん細胞、前立腺がん細胞、大腸がん細胞、乳癌細胞、肺がん細胞、卵巣がん細胞などのがん細胞、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞などの内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞などの表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞などの上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞や心筋細胞などの筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞などの神経細胞、軟骨細胞、骨細胞などが挙げられる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。さらにこれら細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞などの多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞などの単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであってもよい。また、細胞は単一種を培養してもよいし二種以上の細胞を共培養してもよい。
【0067】
目的の細胞を含む培養試料は、予め、生体組織を細かくして液体中に分散させる分散処理や、生体組織中の目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理などを行っておくことが好ましい。
【0068】
本発明の装置への細胞の播種に先だって、目的とする細胞を含む培養試料を、予め、各種の培養方法で予備培養して、目的とする細胞を増やすことが好ましい。予備培養には、単層培養、コートディシュ培養、ゲル上培養などの通常の培養方法が採用できる。予備培養において、細胞を支持体表面に接着させて培養する方法の一つに、いわゆる単層培養法として既に知られている手段がある。具体的には、例えば、培養容器に培養試料と培養液を収容して一定の環境条件に維持しておくことにより、特定の生細胞のみが、培養容器などの支持体表面に接着した状態で増殖する。使用する装置や処理条件などは、通常の単層培養法などに準じて行う。細胞が接着して増殖する支持体表面の材料として、ポリリシン、ポリエチレンイミン、コラーゲンおよびゼラチン等の細胞の接着や増殖が良好に行われる材料を選択したり、ガラスシャーレ、プラスチックシャーレ、スライドガラス、カバーガラス、プラスチックシートおよびプラスチックフィルム等の支持体表面に、細胞の接着や増殖が良好に行われる化学物質、いわゆる細胞接着因子を塗布しておくことも行われる。
【0069】
予備培養後に、培養容器中の培養液を除去することで、培養試料中の支持体表面に接着しない塊状や線維状の不純物等の不要成分が除去され、支持体表面に接着した生細胞のみを回収できる。支持体表面に接着した生細胞の回収には、EDTA−トリプシン処理などの手段が適用できる。
【0070】
上記のように予備培養した細胞を、培養液中の本発明の装置上に播種する。細胞の播種方法や播種量については特に制限はなく、例えば、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術(1999年)」266〜270頁等に記載されている方法が使用できる。細胞遊走試験用装置上で増殖させる必要がない程度に十分な量で、細胞が単層で接着するように播種することが好ましい。通常、培養液1ml当り10
4〜10
6個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましい。
【0071】
本発明の装置に播種した細胞を培養液中で培養することにより、細胞を第1の細胞接着性領域に接着させることが好ましい。培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地およびRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。また、Gibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。
【0072】
細胞を培養する時間は、培養時の細胞操作の有無などに左右されるが、通常6〜96時間、好ましくは12〜72時間である。培養する温度は、通常37℃である。CO
2細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO
2濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。培養した後、本発明の装置を洗浄することにより、接着していない細胞が洗い流され、第1の細胞接着性領域にのみ細胞を接着させることができる。
【0073】
(薬剤)
本発明の細胞遊走試験用装置を用いて、様々な薬剤に対する細胞の遊走を解析することができる。本発明において試験の対象となる薬剤は特に制限されず、例えば、天然または人為的に合成された各種ペプチド、タンパク質(酵素又は抗体を含む)、核酸(ポリヌクレオチド(DNA若しくはRNA)、オリゴヌクレオチド(siRNA、shRNAまたはデコイオリゴなど)、またはペプチド核酸(PNA)など)、有機化合物、無機化合物、低分子化合物、およびその他の高分子化合物などが挙げられる。具体的には、ウシ胎児血清(FBS)、上皮細胞増殖因子(EGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、Latrunculin B、サイトカラシンなどが挙げられる。
【0074】
また、薬剤と細胞の組み合わせとしては、例えば、マウス線維芽細胞(SWISS−3T3)と線維芽細胞増殖因子(FGF)、ウシ血管内皮細胞とFBS、ウシ血管内皮細胞とLatrunculinB、イヌ腎臓由来上皮細胞(MDCK)と上皮細胞増殖因子、HeLa細胞とFBSなどが挙げられる。
【0075】
(細胞遊走試験)
本発明の細胞遊走試験方法は、
(a)本発明の装置の基材上に細胞を播種して、第1の細胞接着性領域に細胞を接着させる工程、
(b)線状導電性領域に電圧を印加することによって第1の細胞接着阻害性領域を第2の細胞接着性領域に改変する工程、
(c)薬剤供給部に薬剤を供給して、基材表面に薬剤の濃度勾配を形成する工程、および
(d)第1の細胞接着性領域に接着した細胞の第2の細胞接着性領域における遊走を観察する工程
を含む。
【0076】
工程(a)において、上記したように、細胞を基材上に細胞を播種した後培養を行ってもよい。特にその場合には、工程(a)の後、目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理を行うことができる。例えば、電圧印加後に基材表面を洗浄することにより、目的の細胞以外の細胞等や接着していない細胞を洗い流し、目的の細胞や接着した細胞のみを基材上に残すことが好ましい。このような分離処理により、細胞の遊走に影響を与えうる物質を除去することができ、よって、より定量的に細胞遊走解析試験を行うことができる。
【0077】
上記工程(b)および(c)は、いずれを先に行ってもよい。すなわち、薬剤を供給してから電圧を印加し、線状導電性領域上の細胞接着阻害性領域を細胞接着性領域に改変して、形成された細胞遊走路への細胞遊走を開始させてもよいし、電圧印加により細胞遊走路を形成してから薬剤を供給してもよい。好ましくは電圧印加後に薬剤供給を実施する。電圧印加後に薬剤供給を実施することにより、薬剤が電荷を持っている分子である場合に薬剤分子が基材表面に吸着して濃度勾配の再現性が下がるのを回避できる。また、浮遊した細胞接着阻害性物質が薬剤と反応して薬剤の性能が落ちるのを回避できる。そのため、電圧印加後に細胞接着阻害性物質が浮遊した培地を取り除き、培地交換を行った後、薬剤を添加することが望ましい。一方、薬剤供給後に電圧印加を実施した場合、遊走開始のタイミングを正確に制御できるという点で有利である。
【0078】
工程(d)について、細胞の移動の観察には、細胞が移動する速度の計測、ならびに遊走方向、遊走時の細胞形態、および細胞同士のコネクション等の観察が含まれる。
以下、本発明の実施形態について、図を参照することにより説明する。
【0079】
第一の実施形態
図1に本発明の装置の第一の実施形態が示されている。
【0080】
第一の実施形態に係る装置10は、その表面に線状導電性領域bを有する基材cを備え、
線状導電性領域bは、その両端を含む領域が第1の細胞接着阻害性領域11であり、第1の細胞接着阻害性領域11の間が第1の細胞接着性領域13であり、線状導電性領域bの周囲が第2の細胞接着阻害性領域12であり、
線状導電性領域bは薬剤供給部14に接触しており、
薬剤供給部14は、線状導電性領域bの両端において濃度が異なるように基材表面に薬剤の濃度勾配を提供することが可能であり、
第1の細胞接着阻害性領域11は、線状導電性領域bへの電圧印加によって、第2の細胞接着性領域に変化することが可能である。
【0081】
ここで、第1の細胞接着阻害性領域11は線状導電性領域b上の親水性膜aが形成されている領域に対応し、第1の細胞接着性領域13は導電性領域bが表面に表出している領域に対応し、第2の細胞接着阻害性領域12は基材c上の親水性膜aが形成されている領域に対応する。また、第2の細胞接着性領域は電圧印加前の第1の細胞接着阻害性領域11に対応する。
【0082】
本実施形態において、導電性領域は、複数の線状導電性領域b(櫛歯部)と各線状導電性領域bを支持する基部b’とからなる櫛形にパターニングされていることが好ましい(
図1a参照)。その場合、導電性領域が形成する櫛歯部の幅(基部から櫛歯部が延びる方向(櫛歯部の長さ方向)と直交する側の幅w)は、好ましくは0.1〜500μmであり、細胞遊走を観察するためには、好ましくは5〜500μm、より好ましくは10〜200μmである。櫛歯部の幅が狭すぎると、櫛歯部の長さ方向の電気抵抗が高くなり、一定の電圧をかけた際に櫛歯部の長さ方向に電圧降下が生じやすく、電位の制御が困難になる。電圧降下の程度は、用いる導電性材料の導電率により変わるため、櫛歯部の幅の下限も導電性材料の導電率に応じて適宜決められるが、一般的には5μm以上が好ましい。基材上の導電性領域の幅を5μm以下のように狭くする場合には、基材上に幅の広い電極を設け、該電極の表面の一部を絶縁膜で被覆し、5μm以下の所望の幅の領域だけを露出させて、該領域を導電性領域とすることにより、抵抗値が高く電圧降下を起こす問題を解決することができる。また、櫛歯部の幅が測定対象の細胞の大きさよりも狭いと、櫛歯部上に細胞が接着しにくくなる。従って、細胞遊走を観察する際の櫛歯部の幅は、測定対象の細胞の大きさによって適宜決められるが、一般的には10μm以上が好ましい。櫛歯部の幅が広いと、顕微鏡で観察する際に視野に入る櫛歯部の本数が少なくなり、統計的な処理をする際に不利になる。一般的には、顕微鏡の視野は数mm以下であるため、視野内に少なくとも1本の櫛歯部が入るためには、櫛歯部の幅は500μm以下が好ましい。また、櫛歯部の幅が適度に狭いと、測定対象の細胞の遊走方向が制限されるため、一定時間経過後の遊走距離が長くなり測定に有利になる効果もある。櫛歯部間の間隔は、好ましくは10〜1000μm、より好ましくは50〜500μmである。櫛歯部間の間隔が狭すぎると、櫛歯部間の絶縁性領域上の細胞接着阻害性領域を乗り越えて、隣り合った櫛歯部間で細胞が遊走しやすくなるため、細胞の遊走方向を制限しにくくなる。従って、一般的には10μm以上、より好ましくは50μm以上の櫛歯部間の間隔だと好ましい。櫛歯部間の間隔が広すぎると、顕微鏡で観察する際に視野に入る櫛歯部の本数が少なくなり、統計的な処理をする際に不利になる。一般的には、顕微鏡の視野は数mm以下であるため、櫛歯部の幅は1000μm以下が好ましい。櫛歯部と櫛歯部が互いにかみあった2つの櫛形のパターンが特に好ましい(
図6a)。そのようなパターンは、細胞遊走試験において電圧を印加した場合に、電流が効果的に流れるため好ましい。
【0083】
本実施形態の装置10は、薬剤供給部14から細胞を含む試料を導入してもよいが、細胞を含む試料を導入するための細胞導入部15を備えることが好ましい。薬剤供給部14または細胞導入部15から導入された細胞は、細胞接着阻害性領域11および12には接着することなく、一定期間経過後に第1の細胞接着性領域13に誘導され、接着する。このことは、細胞導入時に細胞が細胞接着阻害性領域11および12に散らばったとしても、最終的に所定のパターンに細胞を配置することが可能である点で有利である。よって、基材表面上の細胞接着性領域および細胞接着阻害性領域のパターン形状に対する細胞導入部15の配置は特に制限されないが、効率よく短時間で細胞を第1の細胞接着性領域13に接着させるために、第1の細胞接着性領域13の上部に細胞導入部15を設けることが好ましい(
図1b参照)。
【0084】
本実施形態において、第1の細胞接着性領域13は、線状導電性領域bの中央に形成されており、かつ薬剤供給部14は線状導電性領域の端部に近い位置に配置されていることが好ましい。これにより、薬剤スクリーニングにおいて、薬剤が促進剤であるか、または阻害剤であるかが未知である場合等、細胞の正負の走化性について同等に細胞遊走試験を行うことができる。
【0085】
本実施形態の装置10は、蓋部材dを備えていてもよく、薬剤供給部14および細胞導入部15が該蓋部材dに形成されていてもよい。その場合、蓋部材dと基材表面との間に形成される細胞が遊走する空間(以下、細胞遊走空間16という)と薬剤供給部14および細胞導入部15とは一体となって流路を形成している。
【0086】
蓋部材dの材料は、細胞遊走空間16に濃度勾配を形成することが可能な材料から構成されるものであれば特に制限されないが、観察しやすい点で、透明性のものが好ましい。このような材料としては、例えば、ガラスやポリスチレン(PS)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、シクロオレフィンポリマー(COP)、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、PMMA等の樹脂が好ましく、これらに細胞非接着の処理を施したものが特に好ましい。
【0087】
薬剤供給部14から薬剤を供給することにより細胞遊走空間16において濃度勾配を形成した後、一定の濃度勾配を長時間維持するために、薬剤供給部14の供給口および細胞導入部15の導入口は流路を密閉することが可能な構造を有することが好ましい。
【0088】
細胞遊走空間16は、細胞遊走路である線状導電性領域b上に形成されており、複数の線状導電性領域b上に一体に形成されていてもよいし(
図1c)、各線状導電性領域bを含むように複数形成されていてもよい(
図1d)。細胞遊走空間16が複数形成されている場合、各細胞遊走空間16が、1個の供給口を備える薬剤供給部14と一体となって流路を形成していてもよく、あるいは、薬剤供給部14が複数の供給口を備えている場合には(図示せず)、薬剤供給部の各供給口とそれぞれ一体となって複数の流路を形成していてもよい。前者の場合、複数の細胞遊走空間16に1回の薬剤供給で同一の濃度勾配を形成させることができるため、簡便、かつより定量的に遊走試験を解析することができる。後者の場合、1個の装置で異なる薬剤について試験を行うことができ、特に
図1に示すように線状導電性領域bが電気的に導通されている場合には、電圧印加により同時に細胞遊走を開始させることができるため、異なる薬剤について、リアルタイムで細胞遊走の速度を比較することができる。
細胞遊走空間16の形状は、直方体、正方形等が挙げられる。
【0089】
本実施形態において、基材cや蓋部材dの寸法は特に制限されないが、例えば、基材cの寸法は、
図1eのX方向が20〜30mm、Y方向が25〜75mmとすることができる。蓋部材dの寸法は、X方向が18〜28mm、Y方向が23〜73mm、Z方向が10〜30mmとすることができる。また細胞遊走空間16の寸法は、
図1cのように複数の線状導電性領域b上に一体に形成されている場合、X方向が16〜26mm、Y方向が21〜71mm、Z方向が0.05〜2mmとすることができ、
図1dのように各線状導電性領域bを含むように複数形成されている場合、X方向が16〜26mm、Y方向が1.2μm〜0.2mm(線状導電性領域よりやや広い幅)、Z方向が0.05〜2mmとすることができる。
【0090】
本実施形態において、基材表面に形成させる濃度勾配は、より定量的に解析を行う観点から、線状導電性領域bに沿って直線的な勾配であることが好ましい。
【0091】
基材表面おける濃度勾配の方向は、線状導電性領域bの両端において濃度が異なるように基材表面に提供される限り特に制限されないが、より簡便かつ定量的に解析を行う観点から、細胞遊走路である線状導電性領域bに平行(
図1dのX方向)に形成され、かつ線状導電性領域bに垂直な方向(
図1dのY方向)には濃度勾配がないことが好ましい。
【0092】
図2に本発明の装置の第二の実施形態が示されている。この実施形態における、装置の形状等の諸条件は、この節において特に規定していない限り、上記実施形態について述べた諸条件と同様である。
【0093】
第二の実施形態に係る装置20は、その表面に線状導電性領域bを有する基材cを備え、
線状導電性領域bは、その両端を含む領域が第1の細胞接着阻害性領域21であり、第1の細胞接着阻害性領域21の間が第1の細胞接着性領域23であり、線状導電性領域bの周囲が第2の細胞接着阻害性領域22であり、
線状導電性領域bは第1の薬剤供給部24および第2の薬剤供給部24’に接触しており、
第1の薬剤供給部24および第2の薬剤供給部24’は、線状導電性領域bの両端において濃度が異なるように基材表面に薬剤の濃度勾配を提供することが可能であり、
第1の薬剤供給部24および第2の薬剤供給部24’は、線状導電性領域b上の第1の第1の細胞接着性領域23を挟んで対向して配置されており、
第1の細胞接着阻害性領域21は、線状導電性領域bへの電圧印加によって、第2の細胞接着性領域に変化することが可能である。
【0094】
本実施形態によれば、第1の薬剤供給部24および第2の薬剤供給部24’の一方に高濃度の薬剤を導入し、他方に低濃度の薬剤または水を供給して基材表面に濃度勾配を形成させて、正負の走化性について試験を行うことができる。さらに、本実施形態によれば、第1の薬剤供給部24および第2の薬剤供給部24’に異なる薬剤を供給し、基材表面にそれぞれの濃度勾配を形成させて、正負の走化性について試験を行うことができる。例えば、両薬剤が促進剤である場合、第1の薬剤供給部24から供給した薬剤のほうが促進剤としての作用が強い場合には、細胞は細胞遊走路上を第1の薬剤供給部24が配置される方向に遊走し、第2の薬剤供給部24’に供給した薬剤のほうが促進剤としての作用が強い場合には、細胞は細胞遊走路上を第2の薬剤供給部24’が配置される方向に遊走する。このように、2種の薬剤が同時に存在する条件下での当該薬剤の促進剤または阻害剤としての作用の強弱を比較解析することができる。
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されない。
【実施例】
【0095】
[ITOの成膜]
ガラス基板(コーニング社製)を用意し、スパッタリングによりガラス基材上に1500Åの厚さにITO(酸化インジウム錫)を成膜した。フォトリソグラフィにより、幅10μm、長さ5mmの遊走路がピッチ30μmで90本並ぶようにパターニングした。
【0096】
[PEGコーティング]
パターニングされたITO成膜ガラス基材上にあらかじめ加水分解されたエポキシシラン(GE東芝シリコーン製)をスピンコーティングで塗布した後、80℃で15分加熱し、純水で洗浄することによりシラン化合物を成膜した。このとき、ITO成膜ガラス基材の接触角は、40〜55°であった。同基材上に触媒量の硫酸を添加したポリエチレングリコール(PEG)としてPEG400(シグマ・アルドリッチ)を浸漬法にて塗布し、100℃で1時間加熱し、純水で洗浄することによりPEGをコーティングした。この基材の接触角は27〜35°程度であった。
【0097】
[フォトリソグラフィ条件]
PEGがコーティングされた基材上に、幅1000μmのライン状の開口部を有するパターンが形成されているフォトマスクを、ライン状の開口部が遊走路と直行するように配置し、プロキシミティ露光によりVUV(波長172nm)を照射してライン状の開口部にあたるPEGを分解した。
【0098】
[ディッシュ化条件]
上記のように作製した基材と、底面に18mmφの穴が空いている35mmφのポリスチレン製ディッシュとを接着剤にて接合させ、1日以上放置することで出ガスを抜き、ディッシュ化した。以上のようにしてディッシュを5つ作製した。
【0099】
[培養条件]
作製されたディッシュそれぞれに2.0×10
5細胞/cm
2となるようにマウス線維芽細胞を播種し、DMEM 10%FBS溶液中で24時間培養した。
【0100】
[電圧印加条件]
細胞がライン状のパターンに接着していることを確認した後、導電性領域を正極、それに対向する側の導電性領域を負極につなぎ、2.0Vで1分間電圧を印加し、PEGを脱離した。
【0101】
[薬剤添加条件]
電圧印加後、各ディッシュの培地を取り除き、薬剤としてFBSの濃度が培地中0%、0.1%、1%、10%、20%のものを調整し、ディッシュごとに各濃度の培地に交換した。
【0102】
[遊走観察]
CCDカメラにて5分間に一度細胞を撮影し、遊走路上における細胞の遊走方向の観察及び進行距離の定量化をした。電圧印加24時間後に撮影した。