特許第6036005号(P6036005)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6036005エンジン燃焼室部材の断熱構造体及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6036005
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】エンジン燃焼室部材の断熱構造体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/10 20060101AFI20161121BHJP
   F02B 77/11 20060101ALI20161121BHJP
   F16L 59/06 20060101ALI20161121BHJP
   F02F 3/00 20060101ALI20161121BHJP
   F02F 1/00 20060101ALI20161121BHJP
   F02F 3/26 20060101ALI20161121BHJP
   F02F 1/24 20060101ALI20161121BHJP
【FI】
   F02F3/10 B
   F02B77/11 A
   F16L59/06
   F02F3/00 G
   F02F1/00 G
   F02F1/00 C
   F02F1/00 D
   F02F3/00 302C
   F02F3/26 D
   F02F1/24 L
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-184364(P2012-184364)
(22)【出願日】2012年8月23日
(65)【公開番号】特開2014-40818(P2014-40818A)
(43)【公開日】2014年3月6日
【審査請求日】2015年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】桂 大詞
(72)【発明者】
【氏名】角島 信司
(72)【発明者】
【氏名】南場 智
(72)【発明者】
【氏名】坂手 宣夫
(72)【発明者】
【氏名】山根 貴和
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼見 明秀
【審査官】 堀内 亮吾
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−208009(JP,A)
【文献】 米国特許第04312106(US,A)
【文献】 特開2004−068886(JP,A)
【文献】 特開2009−052625(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/069703(WO,A1)
【文献】 特開2011−163493(JP,A)
【文献】 特開2004−044468(JP,A)
【文献】 特開平02−078752(JP,A)
【文献】 特開昭58−192949(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 1/00−1/24
F02F 3/00−3/26
F02B 77/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体であって、
前記断熱層は、シリコーン系樹脂と中空状粒子とを含み、
前記中空状粒子の表面は、前記シリコーン系樹脂と共有結合可能な有機化合物により処理されており、
前記シリコーン系樹脂と前記中空状粒子とは、前記共有結合可能な有機化合物により結合されおり、
前記断熱層は、フルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンを含む
ことを特徴とするエンジン燃焼室部材の断熱構造体。
【請求項2】
前記有機化合物は、シラン化合物であることを特徴とする請求項1に記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体。
【請求項3】
前記シリコーン系樹脂の主鎖のアルコキシル基と前記シラン化合物のアルキル基との反応、前記シリコーン系樹脂の主鎖のアルキル基と前記シラン化合物のアルコキシル基との反応、及び前記シリコーン系樹脂の主鎖のアルコキシル基と前記シラン化合物のアルコキシル基との反応のうちの少なくとも1つにより形成された共有結合によって、前記シリコーン系樹脂と前記中空状粒子とが間接的に結合していることを特徴とする請求項2に記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体。
【請求項4】
前記部品の基材表面と前記断熱層との間には、化成処理層及びアルマイト処理層の少なくとも1つが設けられていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体。
【請求項5】
前記断熱層の表面にSiO層が形成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体。
【請求項6】
前記断熱層の表面にめっき層が形成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体。
【請求項7】
エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体の製造方法であって、
中空状粒子の表面をシリコーン系樹脂と共有結合可能な有機化合物により処理する工程と、
前記シリコーン系樹脂と前記中空状粒子とを混合してなる断熱材を得る工程と、
前記断熱材をエンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に形成して、前記シリコーン系樹脂と前記有機化合物とが共有結合している断熱層を得る工程と
を備え、
前記断熱層は、フルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンを含む
ことを特徴とするエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法。
【請求項8】
前記有機化合物としてシラン化合物を用いることを特徴とする請求項に記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法。
【請求項9】
前記シリコーン系樹脂の主鎖のアルコキシル基と前記シラン化合物のアルキル基との反応、前記シリコーン系樹脂の主鎖のアルキル基と前記シラン化合物のアルコキシル基との反応、及び前記シリコーン系樹脂の主鎖のアルコキシル基と前記シラン化合物のアルコキシル基との反応のうちの少なくとも1つにより、共有結合を形成することを特徴とする請求項に記載のエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1980年代に、エンジンの熱効率を高める方法として、エンジン燃焼室に臨む部分に断熱層を設けることが提案され(例えば、特許文献1を参照。)、その後も、セラミックス焼結体からなる断熱層、又は低熱伝導性を有するジルコニア(ZrO)粒子を含む溶射層からなる断熱層が提案されている。
【0003】
しかしながら、セラミックス焼結体を用いると、熱応力及び熱衝撃によるクラックの発生、並びに割れの発生といった問題が生じる。このため、特に、ピストンの頂面、シリンダライナの内周面及びシリンダヘッドの下面等の比較的に大きい面積を有する部分に、セラミックス焼結体からなる断熱層が適用されたものは実用に至っていない。
【0004】
一方、溶射層自体は、シリンダライナ及びロータリーエンジンのトロコイド面に採用された実績があるが、それは耐摩耗性の向上を目的としたものであり、耐熱性の向上を目的としたものではない。溶射層を断熱層とするためには、上記のようにZrOを主体とする低熱伝導材料を溶射することが好ましいが、ジルコニア系の層は、サーメット系の層よりも粒子間の密着性が劣るため、熱応力又は繰り返しの応力による疲労等によってクラックが生じやすいという問題がある。
【0005】
このような問題を解決するために、例えば、特許文献2では、粒子状の第1の断熱材と、膜状の第2の断熱材と、補強用繊維材とを含む断熱薄膜が提案されている。特許文献2では、第2の断熱材は、第1の断熱材を接着する機能を担うことが記載され、上記粒子状の第1の断熱材として、中空のセラミックビーズ、中空のガラスビーズ、シリカ(二酸化珪素、SiO)を主成分とする微細多孔構造の断熱材、及びシリカエアロゲル等が例示されている。また、上記膜状の第2の断熱材として、ジルコニア(ZrO)、シリコン、チタン、ジルコニウム等のセラミックス、炭素及び酸素を主成分とするセラミックス、並びに高強度且つ高耐熱性のセラミックス繊維等が例示されている。また、第2の断熱材は母材に対してコーティング又は接合することが記載されている。
【0006】
その他に、特許文献3には、中空部を含むSiOセラミックス層が記載されている。具体的に、その中空部は、無機化合物により表面が被覆された球状樹脂を含む層を形成した後に、その層を加熱して球状樹脂を焼き飛ばすことにより形成された中空状の無機化合物粒子により構成されている。また、特許文献3では、このSiOセラミックス層を加熱することによって、上記の各粒子内の樹脂を熱分解させてガス化すると共に、有機珪素化合物の熱分解により発生するガスを膜内から抜くことでガスの残存による膜強度の低下を防いでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第89/03930号パンフレット
【特許文献2】特開2009−243352号公報
【特許文献3】特開2010−070792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献2には、第2の断熱材を母材にコーティング又は接合するとの記載があるのみで、その断熱薄膜を得る方法について詳細には述べられていない。第2の断熱材としてセラミックス材が用いられていることに鑑みれば、その断熱用薄膜はセラミックス焼結体に類すると推測される。また、特許文献2は、燃焼圧力等による変形及びクラックの発生を効果的に抑制することについては開示していない。
【0009】
一方、特許文献3のSiOセラミックス層の薄膜は、エンジン燃焼室の基材がアルミニウム合金である場合、それらの熱膨張率が大きく異なるため、薄膜にクラック及び剥離等が生じるおそれがある。また、ガス抜きされた部分は、表面と連通状態となっているため、燃料の浸み込みが生じる等の問題がある。
【0010】
そこで、断熱層全体をSiOセラミックス層とするのではなく、アルミニウム合金との熱膨張率の差が小さい材料として、中空状粒子を含むシリコーン樹脂を主体とすることが考えられる。しかしながら、一般に、シリコーン樹脂は低硬度であるため、エンジン燃焼室の壁面をシリコーン樹脂で被覆すると、圧縮行程から燃焼時までの圧力により断熱層が変形してしまうおそれがある。断熱層が変形すると、圧縮比が変わることためエンジン性能に大きな影響が生じる。さらに、特許文献3の薄膜は、中空状の無機化合物粒子がSiO2等によって物理的に覆われているだけの構造であるため、それらの結合力は弱く、その界面に隙間が生じるおそれがある。このような隙間は、長期に渡り、圧力変動のサイクル等に晒されることにより、クラックが生じる原因ともなり得る。
【0011】
本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、断熱層にエンジン部品の基材との熱膨張率の差が小さい材料を用いてクラック及び剥離の発生を防ぐと共に、断熱層の強度を高めることにより燃焼圧力等による変形を防ぎ、さらに、燃料の浸み込みを防ぐことにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記の目的を達成するために、本発明は、エンジン燃焼室部材の断熱構造体に用いる断熱層の材料としてシリコーン系樹脂と中空状粒子を用い、これらを互いに結合できるようにした。
【0013】
具体的に、本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体では、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成されており、断熱層は、シリコーン系樹脂と中空状粒子とを含み、中空状粒子の表面は、シリコーン系樹脂と共有結合可能な有機化合物により処理されており、シリコーン系樹脂と中空状粒子とは、前記共有結合可能な有機化合物により結合されており、前記断熱層は、フルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンを含む
【0014】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体によると、シリコーン系樹脂により断熱層が構成されているため、例えばアルミニウム合金からなるエンジン燃焼室部材に当該断熱層を設けた場合、それぞれの熱膨張率の差を小さくすることができる。このため、それらの熱膨張率の差に起因して断熱層に剥離及びクラック等が生じることを防ぐことができる。また、当該断熱層は、中空状粒子を含むため、その熱伝導率をより低減することができる。さらに、中空状粒子の表面は、シリコーン系樹脂と共有結合可能な有機化合物により処理されているため、シリコーン系樹脂と当該有機化合物とが共有結合することにより、シリコーン系樹脂と中空状粒子とが間接的に結合される。その結果、中空状粒子とシリコーン系樹脂との結合が強固になることにより、強度が高い断熱層を得ることができるため、断熱層が燃焼圧力等により変形することを防ぎ、さらに、断熱層への燃料の浸み込みを防ぐ。また、断熱層が、撥油性及び耐油性を有するフルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンを含むため、断熱層の耐燃料性を向上することができる。
【0015】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体において、有機化合物として、シラン化合物を用いることができる。
【0016】
このとき、シリコーン系樹脂のアルコキシル基とシラン化合物のアルキル基との反応、シリコーン系樹脂の主鎖のアルキル基とシラン化合物のアルコキシル基との反応、及びシリコーン系樹脂の主鎖のアルコキシル基とシラン化合物のアルコキシル基との反応のうちの少なくとも1つにより形成された共有結合によって、シリコーン系樹脂と中空状粒子とを間接的に結合していてもよい。
【0017】
このようにすると、上記の通り、中空状粒子とシリコーン系樹脂との結合が強固になるため、より強度が高い断熱層を得ることができる。
【0018】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体において、部品の基材表面と前記断熱層との間には、化成処理層及びアルマイト処理層の少なくとも1つが設けられていることが好ましい。
【0019】
このようにすると、エンジン燃焼室部品の基材表面と断熱層との密着性を向上することができる。
【0020】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体は、断熱層の表面にSiO層が形成されていてもよい。
【0021】
また、この他に、断熱層の表面にめっき層が形成されていてもよい。
【0022】
それらによると、断熱層における燃料と接する表面が、SiO層又はめっき層により保護されるため、断熱層の耐燃料性を向上することができる。
【0023】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法は、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体の製造方法を対象とし、中空状粒子の表面をシリコーン系樹脂と共有結合可能な有機化合物により処理する工程と、シリコーン系樹脂と中空状粒子とを混合してなる断熱材を得る工程と、断熱材をエンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に形成して、シリコーン系樹脂と有機化合物とが共有結合している断熱層を得る工程とを備え、前記断熱層は、フルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンを含んでいる。
【0024】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法によると、シリコーン系樹脂を用いて断熱層を作製するため、例えばアルミニウム合金からなるエンジン燃焼室部材に当該断熱層を設けた場合、それぞれの熱膨張率の差を小さくすることができる。このため、それらの熱膨張率の差に起因して断熱層に剥離及びクラック等が生じることを防ぐことができる。また、当該断熱層は、中空状粒子を含むため、その熱伝導率をより低減することができる。さらに、中空状粒子の表面を、シリコーン系樹脂と共有結合可能な有機化合物により処理しているため、シリコーン系樹脂と当該有機化合物とが共有結合することにより、シリコーン系樹脂と中空状粒子とが間接的に結合される。その結果、中空状粒子とシリコーン系樹脂との結合が強固になるため、より強度が高い断熱層を得ることができる。また、断熱層が、撥油性及び耐油性を有するフルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンを含むため、断熱層の耐燃料性を向上することができる。
【0025】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体の製造方法では、有機化合物としてシラン化合物を用いることが好ましい。
【0026】
このようにすると、シラン化合物は、シリコーン系樹脂と共有結合可能であるため、中空状粒子とシリコーン系樹脂との結合を強固にでき、より強度が高い断熱層を得ることができる。
【0027】
この場合、シリコーン系樹脂の主鎖のアルコキシル基とシラン化合物のアルキル基との反応、シリコーン系樹脂の主鎖のアルキル基とシラン化合物のアルコキシル基との反応、及びシリコーン系樹脂の主鎖のアルコキシル基とシラン化合物のアルコキシル基との反応のうちの少なくとも1つにより共有結合を形成して、断熱層を得ることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体及びその製造方法によると、断熱層がエンジン部品の基材との熱膨張率の差が小さい材料で構成されるため、それらの熱膨張率差に起因するクラック及び剥離の発生を防止できる。また、断熱層内の中空状粒子とシリコーン系樹脂とを結合できるため、強度が高い断熱層を得ることができて、燃焼圧力等による変形が生じることを防止できると共に、断熱層にクラック及び剥離が発生することを防ぎ、さらに燃料の浸み込みをも防ぐことができる。また、断熱層が、撥油性及び耐油性を有するフルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンを含むため、断熱層の耐燃料性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明の実施形態に係るエンジン構造を示す断面図である。
図2】本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものでない。
【0031】
本実施形態は、エンジン燃焼室部材の断熱構造体を図1に示すエンジンに採用したものである。
【0032】
<エンジンの特徴>
図1において、符号1はピストン、符号2はシリンダブロック、符号3はシリンダヘッド、符号4はシリンダヘッド3の吸気ポート5を開閉する吸気バルブ、符号6は排気ポート7を開閉する排気バルブ、符号8は燃料噴射弁である。エンジンの燃焼室は、ピストン1の頂面、シリンダブロック2、シリンダヘッド3、吸排気バルブ4,6のバルブヘッド面(燃焼室に臨む面)で形成される。ピストン1の頂面には、キャビティ9が形成されている。なお、点火プラグの図示は省略している。
【0033】
ところで、エンジンの熱効率は、理論的に幾何学的圧縮比を高めるほど、また、作動ガスの空気過剰率を大きくするほど、高くなることが知られている。しかし、実際には、圧縮比を大きくするほど、また、空気過剰率を大きくするほど、冷却損失が大きくなるため、圧縮比及び空気過剰率の増大による熱効率の改善は頭打ちになる。
【0034】
すなわち、冷却損失は、作動ガスからエンジン燃焼室壁への熱伝達率、その伝熱面積、及びガス温と壁温との温度差に依存する。このため、エンジン燃焼室において、エンジン部品の金属製母材よりも熱伝導率が低い材料からなる断熱層が用いられた断熱構造体が構成されている。
【0035】
<断熱構造体>
そこで、以下では、本実施形態に係る断熱構造体について説明する。
【0036】
本実施形態に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体は、エンジン燃焼室を構成する部品であるピストンの頂面等に断熱層が形成されて構成されるものである。このようなエンジン燃焼室部材の断熱構造体について図2を参照しながら説明する。
【0037】
図2に示すように、エンジン燃焼室を構成するピストン1の頂面、及びピストン1の外周面におけるピストンリング溝10よりも頂面側に、シリコーン樹脂を含む断熱層11が形成されている。また、断熱層11は、その熱伝導率を低減するために、中空状粒子12を含んでいる。このような断熱層11が設けられていることにより、エンジン燃焼室における冷却損失を低減でき、エンジン性能を向上できる。
【0038】
なお、断熱層11が形成された部位において、断熱層11とピストン1の基材表面との間には、化成処理層13が形成されていてもよい。化成処理層13は、例えばピストン1の基材表面にジルコン酸化成処理等を行うことにより形成できる。また、ピストン1の材料にアルミニウムが用いられている場合、化成処理層13の代わりに、ピストン1の基材表面をアルマイト処理することによって、アルマイト処理層を形成してもよい。これらの層を形成することにより、ピストン1の基材表面に対する断熱層11の密着性を向上できる。なお、化成処理層とアルマイト処理層との両方を形成しても構わない。
【0039】
図2では、エンジン燃焼室部材をピストン1として説明したが、当然にこれに限られず、シリンダヘッド等の他のエンジン燃焼室を構成する部材に断熱層11を設けてもよい。
【0040】
次に、本実施形態に係る断熱構造体に用いられる断熱層の材料等について説明する。
【0041】
本実施形態に係る断熱層は、シリコーン系樹脂と中空状粒子とを含み、中空状粒子の表面は、シリコーン系樹脂と共有結合可能な有機化合物により処理されており、シリコーン系樹脂と中空状粒子とが間接的に結合していることに特徴がある。
本実施形態において、シリコーン系樹脂とは、下記の[化1]及び[化2]に示すポリシロキサン及びポリカルボシラン等を主成分として構成される高分子化合物を含む樹脂をいう。
【0042】
【化1】
【0043】
【化2】
【0044】
[化1]及び[化2]に示す化学式において、R及びRは、例えば水素原子、アルキル基、ヒドロキシル基、アルコキシル基、アクリロイル基、グリシジル基、ビニル基、ハロゲン原子、アリール基、有機チタン化合物又は有機ジルコン化合物の群から1種以上選択できる。
【0045】
また、本実施形態に係る断熱層は、フルオロアルキル基を含む鎖状シロキサンを含。すなわち上記のR又はRとしてフルオロアルキル基を選択することもできる。断熱層が撥油性及び耐油性を有するフルオロアルキル基を含むことにより、断熱層の耐燃料性を向上できる。
【0046】
本実施形態の断熱層に用いられる中空状粒子は、その熱伝導率をより低減するために含まれており、無機酸化物の中空状粒子を用いることが好ましい。無機酸化物の中空状粒子として、例えばジルコニア含有酸化物、シリカ含有酸化物及びアルミナ等を材料に用いることができる。具体的に、中空状粒子としては、アルミナバブル、フライアッシュバルーン、シラスバルーン、シリカバルーン、エアロゲルバルーン等のセラミック系中空状粒子、その他の無機系中空状粒子を用いることができる。なお、各々の材質及び粒径は[表1]の通りである。
【0047】
【表1】
【0048】
例えば、フライアッシュバルーンの化学組成は、SiO;40.1〜74.4%、Al;15.7〜35.2%、Fe;1.4〜17.5%、MgO;0.2〜7.4%、CaO;0.3〜10.1%(以上は質量%)である。シラスバルーンの化学組成は、SiO;75〜77%、Al;12〜14%、Fe;1〜2%、NaO;3〜4%、KO;2〜4%、IgLoss;2〜5%(以上は質量%)である。
【0049】
本実施形態では、上記のような中空状粒子の表面は、上記シリコーン樹脂と共有結合可能な有機化合物により処理されている。そのような有機化合物は、中空状粒子の表面に存在するSi若しくはAl等の金属原子又は−OH基と結合できる官能基等を有し、例えばヒドロキシル基、アルコキシル基又はハロゲン原子を有している。さらに、その有機化合物は、シリコーン樹脂と共有結合可能であるために、アルキル基又はアルコキシル基を有していることが好ましいが、これらに限られない。
【0050】
本実施形態において、上記のような有機化合物は、特に、シラン化合物であることが好ましい。本実施形態のシラン化合物は、中空状粒子の表面に結合でき、シリコーン系樹脂と共有結合できる珪素化合物であり、XSiA(4−a−b)で示される化合物である。
【0051】
ここで、Rは、例えばヒドロキシル基、アルコキシル基又はハロゲン原子である。なお、シラン化合物と中空状粒子の表面との結合は、シラン化合物のRと中空状粒子の表面に存在するSi若しくはAl等の金属原子又は−OH基とが反応することにより起こる。このため、中空状粒子のRは、それらと反応が可能な官能基等であれば上記のものに限られない。また、Aは、例えば水素原子、アルキル基、ヒドロキシル基、アルコキシル基又はハロゲン原子であり、Xは、例えばアクリロイル基、アルケニル基、カルボキシル基、スルホ基、アミノ基又はアリール基である。なお、a及びbはa+bが1〜3の整数であることを満たし、且つ、aは0〜2であり、bは1〜3の整数であることを満たす。
【0052】
このようなシラン化合物は、例えばそのアルキル基が上記シリコーン系樹脂の主鎖のアルコキシル基(上記R又はR)と縮合反応して共有結合することにより、中空状粒子とシリコーン系樹脂とを間接的に結合できる。当然に、これに限られず、例えばシラン化合物のアルコキシル基とシリコーン系樹脂の主鎖のアルキル基(上記R又はR)とが縮合反応して共有結合していてもよく、また、それぞれのアルコキシル基同士が加水分解及び縮合反応して共有結合していてもよい。すなわち、シラン化合物とシリコーン系樹脂とが共有結合して、中空状粒子とシリコーン系樹脂とが間接的に結合された形態であればよい。
【0053】
このようにすることで、より強度が高い断熱層を得ることができ、その結果、燃焼圧力等による変形が生じることを防止できると共に、断熱層にクラック及び剥離が発生することを防ぎ、さらに燃料の浸み込みをも防ぐことができる。
【0054】
本実施形態の断熱層は、その表面にSiO層が形成されていてもよい。SiO層は、断熱層の表面に新たにSiOを含む材料を塗布又は溶射することにより形成されてもよく、断熱層の表面を加熱して断熱層に含まれるSiを積極的に酸化することにより形成されてもよい。このように断熱層の表面にSiO層を形成することにより、極めて厳しい熱及び圧力環境に晒される断熱層の表面の硬度、耐熱性及び耐燃料性を向上できる。
【0055】
また、この他に断熱層の表面にめっき層が形成されていてもよい。このめっき層も上記のSiO層と同様の目的で形成され、例えばNiからなるめっき層を形成できる。なお、このとき、シリコーン系樹脂に直接にめっき層を形成することは、通常できないため、めっき層の核材(触媒金属)を担持することが可能なように、シリコーン系樹脂表面を加熱してSiOを生成する必要がある。触媒金属としては、例えばPd−Sn錯体を用いることができる。
【実施例】
【0056】
以下に、本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体について詳細に説明するための実施例を示す。本実施例では、断熱層をシリコーン系樹脂と、中空状粒子であるスーパーバルーン732C(昭和化学工業社製)をシラン化合物処理したものとを用いて生成した。これに対して、比較例として、シラン化合物処理をしていないスーパーバルーン732Cを用いて断熱層を形成した。
【0057】
以下に、実施例及び比較例の断熱層の製造方法について説明し、また、[表2]にそれらの組成を示す。なお、シリコーン系樹脂及び中空状粒子は、塗料固形分中(溶剤を除く)の重量比を示している。
【0058】
【表2】
【0059】
参考例1)
まず、攪拌機、温度計及び冷却管を備えた反応容器に、70重量部のイソプロパノール、30重量部の中空状粒子(昭和化学工業社製、スーパーバルーン732C)、及びシラン化合物として7重量部の3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(東レ・ダウコーニング・シリコーン社製、SZ−6030)を入れて、撹拌しながら徐々に加熱した。その反応溶液の温度が68℃に到達した後、さらに5時間加熱をした。その後、撹拌を続けながら減圧濃縮することにより、中空状粒子の表面にシラン化合物処理をした。
【0060】
次に、攪拌機、温度計及び冷却管を備えた反応容器に、ポリチタノカルボシラン(47.4重量%)とポリシロキサン化合物であるメチルフェニルポリシロキサン(52.6重量%)との混合物の濃度が45.7重量%のキシレン/1−ブタノール溶液(チラノワニス:宇部興産社製、VN−100)70.0gを入れ、さらに、7.5gの1−ブタノール、及び上記の通りに得られた中空状粒子(スーパーバルーン732C:昭和化学工業社製)の固形分32.0gを入れて、室温で24時間撹拌することによってそれらを均一分散させた。これにより実施例1に係る断熱材である塗料を得た。
【0061】
次に、平面のサイズが40mm×40mmで、厚みが3mmのアルミニウム板をシンナーにより脱脂した後、320番のサンドペーパーを用いて一方向に向かって塗装する面のの全面を5回研磨することによって、その表面を洗浄化した。この後に、上記の塗料をスプレー(アネスト岩田社製、W−101)を用いて、アルミニウム板の洗浄化した側の面の全面に塗装した。塗装されたアルミニウム板を室温で3分間静置した後、再度、上記塗料を用いて塗装した。この塗装をさらに2回繰り返した。塗装が完了したアルミニウム板を30分間静置した。
【0062】
その後、熱風乾燥機(ヤマト科学社製、DK−400)を用いて、アルミニウム板の塗装面を、80℃で10分間乾燥した。続いて、同一の熱風乾燥機を用いて、アルミニウム板の塗装面を、180℃で30分間処理して塗装を定着及び硬化した。以上により、アルミニウム板の表面に実施例1に係る断熱層を形成できた。なお、該断熱層の膜厚は0.15mmであった。
【0063】
参考例2)
参考例2は、上記参考例1と比較して、断熱層自体の組成は同一であり、塗装されるアルミニウム板の塗装面にアルマイト処理を施したことのみが異なる。このため、ここではアルマイト処理についてのみ説明し、他の工程の説明は省略する。
【0064】
アルマイト処理として、被処理材であるアルミニウム板を、溶存アルミニウム濃度が5g/L以下の15%(w/v)硫酸水溶液の電解浴に入れ、浴温が20℃〜25℃、電流密度が60A/m〜130A/m、浴電圧が16V、処理時間が2分間の条件で処理した。アルマイト処理後の酸化皮膜の厚さは、1.5μmであった。
【0065】
参考例3)
参考例3は、上記参考例1と比較して、断熱層自体の組成は同一であり、塗装されるアルミニウム板の塗装面にジルコン酸化成処理を施したことのみが異なる。このため、ここではこの化成処理についてのみ説明し、他の工程の説明は省略する。
【0066】
まず、硝酸ジルコニウム(日本軽金属社製)、フッ化水素(和光純薬社製)、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業社製、KBM−603)、ビス(2−ヒロドキシエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン(GELEST社製、SIB1140.0)を用いて、ジルコニウム濃度が500ppm、フッ素濃度が420ppm、固形分としてアミノ基を含むアルコキシシラン濃度が200ppm、水酸基を含有するアルコキシシラン濃度が50ppmでである化成処理剤を調製した。水酸化ナトリウム水溶液を用いて、その化成処理剤のpHを2.8に調整した。化成処理剤の温度を40℃に調整した後、その中に被処理剤であるアルミニウム板を60秒間浸漬した。これにより化成処理がなされたアルミニウム板に対して、水道水で30秒間スプレー水洗処理を行った。続いて、イオン交換水により、そのアルミニウム板に10秒間のスプレー水洗処理を行った。
【0067】
(実施例4)
実施例4は、参考例1と比較して、シリコーン系樹脂にフルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンを加える点で異なる。このため、ここでは、参考例1と異なる工程についてのみ説明し、参考例1と同一の工程の説明は省略する。
【0068】
まず、参考例1と同一の方法により、シラン化合物処理された中空状粒子を得た。
【0069】
次に、攪拌機、温度計及び冷却管を備えた反応容器に、ポリチタノカルボシラン(47.4重量%)とメチルフェニルポリシロキサン(52.6重量%)との混合物の濃度が45.7重量%のキシレン/1−ブタノール溶液(チラノワニス:宇部興産社製、VN−100)70.0gを入れ、さらに、7.5gの1−ブタノール、及び上記の通りに得られた中空状粒子(スーパーバルーン732C:昭和化学工業社製)の固形分32.0gを入れと共に、フルオロアルキル基を有する鎖状シロキサンとしてトリフルオロプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業社製)を1.7g入れて、室温で24時間撹拌することによってそれらを均一分散させた。これにより実施例4に係る断熱材である塗料を得た。その後のアルミニウム板への塗装は、実施例1と同様である。なお、実施例4で得られた断熱層の厚みは0.16mmであった。
【0070】
(比較例1)
比較例1では、上記の参考例1〜3及び実施例4と異なり、中空状粒子にシラン化合物処理を行っていない。
【0071】
具体的に、攪拌機、温度計及び冷却管を備えた反応容器に、ポリチタノカルボシラン(47.4重量%)とメチルフェニルポリシロキサン(52.6重量%)との混合物の濃度が45.7重量%のキシレン/1−ブタノール溶液(チラノワニス:宇部興産社製、VN−100)70.0gの中に、7.5gの1−ブタノール及び32.0gのシラン化合物処理を行っていない中空状粒子(スーパーバルーン732C:昭和化学工業社製)を入れて、室温で24時間撹拌することによってそれらを均一分散させた。これにより比較例1に係る断熱材である塗料を得た。その後のアルミニウム板への塗装は、実施例1と同様である。なお、比較例1で得られた断熱層の厚みは0.14mmであった。
【0072】
以上のようにして得られた参考例1〜3、実施例4及び比較例1の断熱層について、初期外観と耐油性を評価した。
【0073】
具体的に、初期外観として、背景色はJIS Z 8721に規定するN5程度の無彩色とし、蛍光灯以外の光源のすりガラス透過光又は拡散昼光を用い、有効面に300lx以上の均一な照度を与え、約0.5m隔ててそれぞれの断熱層の外観を目視にて観察し、素地露出、膨れ、はがれ、割れ、透け、はじき、ピンホール及びゆずはだの有無を評価した。その結果、上記の[表2]に示すように、いずれの断熱層も欠陥は認められなかった。
【0074】
また、耐油性試験として、各断熱層を室温の合成ガソリンに60分間浸漬した後に、それぞれの膜厚の変化及び溶解の有無を測定した。その結果、上記の[表2]に示すように、参考例1〜3及び実施例4の断熱層では、それらの膜厚の変化及び溶解が見られなかった。一方、比較例1の断熱層では、その膜厚の変化及び溶解が認められた。これらの結果から、断熱層において、中空状粒子にシラン化合物処理を行い、中空状粒子とシリコーン系樹脂とを結合することにより、耐油性を向上できることが示唆された。
【符号の説明】
【0075】
1 ピストン
2 シリンダブロック
3 シリンダヘッド
4 吸気バルブ
5 吸気ポート
6 排気バルブ
7 排気ポート
8 燃料噴射弁
9 キャビティ
10 ピストンリング溝
11 断熱層
12 中空状粒子
13 化成処理層
図1
図2