【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、酸素含有雰囲気中で近紫外ナノ秒パルスレーザを母材金属からなる被処理部へ照射することにより、酸素を含有した微細な結晶組織が内部深くまでほぼ均一的に存在した高深度な改質部を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0008】
《金属部材》
(1)本発明の金属部材は、母材金属からなる基部と、該基部の少なくとも一部に形成された改質部と、を備える金属部材であって、前記改質部は、組織全体を100原子%(以下「%」という。)としたときに0.1〜50%の酸素(O)を含むと共に平均結晶粒径が1μm以下である酸素含有微細組織が、該改質部の最表面から少なくとも5μm以上の深さまでほぼ均一的に存在することを特徴とする。
【0009】
(2)本発明の金属部材は、母材金属(基材)からなる基部とその少なくとも一部に形成された改質部とからなる。この改質部は高深度で均一的(または均質的)な酸素含有微細組織からなる。この点で本発明の金属部材は、従来のように非常に浅く(薄く)て不均一な傾斜した酸化層を有する金属部材と大きく異なっている。具体的にいうと、従来の酸化層は、拡散処理により形成されるため、最表層付近に酸素が集中的に存在し、内部へ向かうほど酸素が急減する酸素分布を示す。これに対して本発明に係る改質部は、最表面近傍の浅い部分(浅部)のみならず、内部の深い部分(深部)でも十分な酸素が存在する酸素分布を示す。しかも本発明に係る改質部は、酸素を含有した組織が微細であると共に、浅層部から深層部にかけてほぼ均一的(または均質的)となっている。この結果、従来の酸化層とは異なり、本発明に係る改質部は厳しい環境下でも優れた特性(耐摩耗性、耐食性等)を長期的に安定して発揮し得る。
【0010】
(3)ところで、このような本発明に係る改質部を具体的に表現することは容易ではない。敢えて表現すれば、上述したように、酸素の含有量を指標する酸素濃度と組織の微細度を指標する結晶粒サイズ(平均結晶粒径)とにより特定される酸素含有微細組織、およびその存在範囲を指標する深さによって本発明に係る改質部を特定することになる。
【0011】
このような本発明に係る構成要素を具体的に説明すると、酸素含有微細組織の酸素濃度(原子%)は、電子線マイクロアナライザー(EPMA)の解析結果に基づき特定される。酸素含有微細組織の平均結晶粒径は次のように特定される。先ず、改質部の断面組織を電子顕微鏡(TEM)で観察し、認められる粒子の断面形状を楕円と仮定して、その長軸と短軸の平均値を一つの結晶粒径とする。次に、観察している組織断面中から無作為に抽出した5点について算出した結晶粒径の単純平均(相加平均)を本明細書でいう平均結晶粒径とする。さらに、酸素含有微細組織の存在する深さ(改質部の厚さ)は、電子顕微鏡で観察した断面組織に基づき、上述した酸素含有微細組織が検出される最大範囲を、改質部の最表面から内部側へ測定した距離(深さ)により特定される。
【0012】
なお、この酸素含有微細組織がほぼ均一的に存在するとは、上述した酸素濃度や平均結晶粒径が、改質部の表面側から内部にかけて、多少の変動があるとしても、実質的に大きく変化したり傾斜したりしていない状態をいう。敢えて厳密に定義するなら、改質部の最表面から上記深さの10%相当する位置(浅部:d1、s1)に対して90%に相当する位置(深部:d2、s2)における酸素濃度の変化率(100*|d1−d2|/d1)または平均結晶粒径の変化率(100*|s1−s2|/s1)が70%以内さらには50%以内とするとよい。
【0013】
酸素含有微細組織の酸素濃度は0.1〜50%、0.3〜40%、1〜30%、2〜20%さらには3〜15%であると好ましい。酸素濃度が過小では所望する硬質な組織が得られず、酸素濃度が過大では靱性の低下等を招いて好ましくない。なお、ここでいう酸素濃度は、測定対象である酸素含有微細組織全体を100%としたときに、その組織内に含まれるOの総量である。酸素含有微細組織内のOは母材金属を構成する各種の構成元素と化合物(酸化物)を形成したり、その母材金属内に固溶している。
【0014】
なお、本発明では、酸素含有微細組織の具体的な組織構造を問わないが、本発明者の研究に依れば、酸素含有微細組織が、酸素が母材金属に固溶してなる固溶相と酸素が母材金属の構成元素と結合してなる酸化物相とが混在した混相からなるときに、本発明の金属部材は優れた特性(耐摩耗性等)を発揮し得ることがわかっている。
【0015】
酸素含有微細組織の平均結晶粒径は、1μm以下、0.7μm(700nm)以下さらには0.5μm(500nm)以下であると好ましい。この平均結晶粒径の下限値は問わないが、敢えていうと、例えば、50nm以上または100nm以上とできる。
【0016】
酸素含有微細組織の深さ(改質部の厚さ)は、5μm以上、10μm以上さらには20以上あれば、十分に安定した耐摩耗性、耐食性等が発揮され得る。その深さの上限値は問わないが、敢えていうと、500μm以下または200μm以下とできる。この程度の深さ(厚さ)があれば、金属部材の表面が摩耗したり、研磨されたりした場合でも、改質部が十分に残存する。
【0017】
《金属部材の製造方法》
(1)本発明は上述した金属部材のみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、母材金属からなり酸素含有雰囲気下にある被処理部
へエネルギービームを相対移動させつつ照射することにより、該被処理部でアブレーションを生じさせると共に
少なくとも該被処理
部にプラズマ化した酸素を生成させる照射工程を備え、上述した金属部材が得られることを特徴とする金属部材の製造方法でもよい。
【0018】
(2)本発明の製造方法により上述した金属部材(特に改質部)が得られる理由は必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。高エネルギービームが母材金属からなる被処理部へ適切に照射されると、その被処理部ではアブレーションが生じ得る。このアブレーションにより、被処理部を構成する原子等が、気化、蒸発、蒸散、飛散等して放出される。こうして放出された粒子(適宜「放出粒子」という。)は、原子、分子、イオン、電子、光子、ラジカル、クラスター等の様々な形態をとり得る。このような放出粒子が被処理部の近傍にある雰囲気ガス(酸素等)に何らかの影響を与える。そして放出粒子と活性な酸素(単に「活性酸素」という。)の混合状態からなる反応場が、アブレーションを生じた被処理部(適宜「アブレーション部」という。)またはその近傍に生成され得る。
【0019】
高エネルギービームの照射域が被処理部上を移動することにより、上記の現象が次々とほぼ連続的に生じ、被処理部およびその近傍は、反応場を生成する放出粒子および活性酸素が多数存在した状態となる。
【0020】
活性酸素は、アブレーション部またはその近傍へ浸入して酸化物または酸素固溶体を形成するか、または放出粒子と結合してアブレーション部へ充填等されていく。このような現象が繰り返されることにより、内部深くまで酸素が十分に導入された微細な組織つまり酸素含有微細組織が形成されたと考えられる。
【0021】
本発明の製造方法では、従来の酸化方法とは異なり、改質部の形成にアブレーションを利用しているため、母材金属からなる基部自体や改質部の周囲に殆ど熱的影響を及ばない。従って本発明の製造方法によれば、組織の粗大化、変形、表面粗さの悪化等をほとんど生じさせることなく、上述した改質部が形成される。
【0022】
また本発明の製造方法では、上述したようなアブレーションを利用するため、母材金属の種類にほとんど依存せずに、短時間内に深い改質部の形成が可能である。このため母材金属の種類が限定されることも長時間の酸化処理等を行う必要もないので、高性能な金属部材を効率的に生産可能となる。
【0023】
本発明の製造方法では、高エネルギー(収束)ビームを用いているため、従来の酸化方法では困難であった局所的な改質も可能となる。例えば、耐摩耗性や耐食性等が問題となる特定の狭領域にだけ、mm単位幅またはμm単位幅の改質部を形成することも可能である。
【0024】
形成される改質部の形態は、高エネルギービームの照射域の軌跡により定まり、その可動域に制限はない。このため本発明の製造方法によれば、広狭を問わず所望する形態の改質部を自由に形成し得る。従って本発明に係る被処理部は、平面に限らず種々の曲面でもよいし、曲線状(直線状を含む)でも点状(斑点状等の多数点状を含む)でもよい。さらに、高エネルギービームが到達する限り、被処理部は、窪んだ形状でも、奥まったところにあっても、アンダーカット的な形態でもよい。
【0025】
(3)ところで、本発明に係る改質部は、高エネルギービームの照射域の軌跡上に形成されるため、その改質部とその改質部以外の非改質部とを並存させた表面テクスチャを基部の表面側に形成することも容易である。表面テクスチャの形態は、金属部材の仕様等に応じて適宜選択され、例えば、改質部と非改質部が交互に配置されたストライプ状や格子状、さらにはディンプル状等でもよい。なお、本明細書では適宜、表面テクスチャを有する金属部材の表面層を単に表面テクスチャ層ともいう。
【0026】
また、改質部を有する金属部材の表面部は、二次元的に変化した形態に留まらず、三次元的に変化した形態でもよい。高エネルギービームの出力密度、ビーム径、焦点、酸素含有雰囲気等を調整することにより、改質部の幅のみならず、その深さ等も形成位置に応じて変化させ得る。
【0027】
(4)本発明に係る「被処理部」は、高エネルギービームの照射が可能な部分である限り、外表面側でも内表面側でもよい。また「高エネルギービーム」は、光線または電子線であって、母材金属をアブレーションするのに十分なエネルギーと、照射部周辺をプラズマ化させる強電界とを併せもつビームである。具体的には、レーザ、電子ビーム等である。
【0028】
「酸素含有雰囲気」は、酸化源となる酸素が分子レベルまたは原子レベルで存在し、アブレーションにより活性酸素が発生し得る雰囲気である。具体的には、酸素ガスのみからなる酸素ガス雰囲気、酸素ガスと不活性ガス等からなる混合ガス雰囲気(大気雰囲気も含む)、酸素の化合物を含む化合物ガス雰囲気等である。
【0029】
(5)本発明は、上述した製造方法により得られる金属部材としても把握できる。この際、製造方法に関する要素のみならず、本明細書で説明する改質部や酸素含有微細組織等に関する要素も随時、その金属部材の構成要素となり得る。
【0030】
《その他》
特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。