特許第6036316号(P6036316)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6036316
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】金属部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20161121BHJP
   C22C 14/00 20060101ALN20161121BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20161121BHJP
【FI】
   C23C26/00 H
   !C22C14/00 Z
   !C22C38/00 301N
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-4099(P2013-4099)
(22)【出願日】2013年1月11日
(65)【公開番号】特開2014-133940(P2014-133940A)
(43)【公開日】2014年7月24日
【審査請求日】2015年10月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】石川 裕幸
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 新太郎
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−280562(JP,A)
【文献】 特開2008−095130(JP,A)
【文献】 特開2007−238969(JP,A)
【文献】 特開2005−200730(JP,A)
【文献】 特開2005−002801(JP,A)
【文献】 特開2002−256335(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00−30/00
C23C 8/00−12/02
C21D 9/00− 9/44
C21D 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材金属からなる基部と、
該基部の少なくとも一部に形成された改質部と、
を備える金属部材であって、
前記改質部は、組織全体を100原子%(以下「%」という。)としたときに0.1〜50%の酸素(O)を含むと共に平均結晶粒径が1μm以下である酸素含有微細組織が、該改質部の最表面から少なくとも5μm以上の深さまでほぼ均一的に存在することを特徴とする金属部材。
【請求項2】
前記酸素含有微細組織は、酸素が前記母材金属に固溶してなる固溶相と酸素が該母材金属の構成元素と結合してなる酸化物相とが混在した混相からなる請求項1に記載の金属部材。
【請求項3】
前記母材金属は、チタン(Ti)またはチタン合金であり、
前記酸化物相は、TixO(x≧1)からなる請求項2に記載の金属部材。
【請求項4】
前記母材金属は、鉄(Fe)または鉄合金であり、
前記酸化物相は、FeOからなる請求項2に記載の金属部材。
【請求項5】
前記改質部と該改質部以外の非改質部とが並存した表面テクスチャを有する請求項1〜4のいずれかに記載の金属部材。
【請求項6】
前記改質部を少なくとも摺動面の一部とする摺動部材である請求項1〜5のいずれかに記載の金属部材。
【請求項7】
母材金属からなり酸素含有雰囲気下にある被処理部へエネルギービームを相対移動させつつ照射することにより、該被処理部でアブレーションを生じさせると共に少なくとも該被処理部にプラズマ化した酸素を生成させる照射工程を備え、
請求項1〜6のいずれかに記載の金属部材が得られることを特徴とする金属部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素含有微細組織からなる改質部を有する金属部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属部材の強度、靱性、耐摩耗性、耐食性等の特性向上を図るため、種々の表面改質処理がなされる。このような表面改質処理の一つに酸化処理がある。例えば、金属部材が鉄鋼材からなる場合なら、その表面に酸化鉄の一種であるFeの酸化層を形成する「黒染め」と呼ばれる周知の酸化処理がなされる。このような酸化層は、例えば、アルカリ性処理液中で鉄鋼材を煮沸するアルカリ法や過熱水蒸気に鉄鋼材を曝す水蒸気法などにより形成される。もっとも、この酸化層は、いずれの場合も厚さが高々数μm程度に過ぎず、十分な耐摩耗性や耐食性等を発揮するものではない。
【0003】
また金属部材がチタン材またはチタン合金材(これらを適宜「チタン系材」という。)からなる場合なら、その表面に酸化チタンの一種であるTiOの酸化層を形成する酸化処理がなされる。これに関連する記載が、例えば下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO02/008623
【特許文献2】WO97/036018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の特許文献にある酸化層(硬化層)はいずれも、チタン系材の表面から内部へ酸素が拡散する拡散処理により形成されており、表面側で酸素濃度が非常に高く内部側へいくほど酸素濃度が低い傾斜層となっている。しかも、その最表層は低靱性なために、実際の製品等では研磨等による除去されることが多い。その結果、特性改善に有効な酸化層は、現実的には相当薄いものとなる。また、高温な酸化雰囲気中で酸化層を形成すると、基材の組織や特性等が劣化するおそれも高い。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来の酸化層とは形態が全く異なる新たな酸素含有微細組織からなる改質部を有する金属部材と、その製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、酸素含有雰囲気中で近紫外ナノ秒パルスレーザを母材金属からなる被処理部へ照射することにより、酸素を含有した微細な結晶組織が内部深くまでほぼ均一的に存在した高深度な改質部を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0008】
《金属部材》
(1)本発明の金属部材は、母材金属からなる基部と、該基部の少なくとも一部に形成された改質部と、を備える金属部材であって、前記改質部は、組織全体を100原子%(以下「%」という。)としたときに0.1〜50%の酸素(O)を含むと共に平均結晶粒径が1μm以下である酸素含有微細組織が、該改質部の最表面から少なくとも5μm以上の深さまでほぼ均一的に存在することを特徴とする。
【0009】
(2)本発明の金属部材は、母材金属(基材)からなる基部とその少なくとも一部に形成された改質部とからなる。この改質部は高深度で均一的(または均質的)な酸素含有微細組織からなる。この点で本発明の金属部材は、従来のように非常に浅く(薄く)て不均一な傾斜した酸化層を有する金属部材と大きく異なっている。具体的にいうと、従来の酸化層は、拡散処理により形成されるため、最表層付近に酸素が集中的に存在し、内部へ向かうほど酸素が急減する酸素分布を示す。これに対して本発明に係る改質部は、最表面近傍の浅い部分(浅部)のみならず、内部の深い部分(深部)でも十分な酸素が存在する酸素分布を示す。しかも本発明に係る改質部は、酸素を含有した組織が微細であると共に、浅層部から深層部にかけてほぼ均一的(または均質的)となっている。この結果、従来の酸化層とは異なり、本発明に係る改質部は厳しい環境下でも優れた特性(耐摩耗性、耐食性等)を長期的に安定して発揮し得る。
【0010】
(3)ところで、このような本発明に係る改質部を具体的に表現することは容易ではない。敢えて表現すれば、上述したように、酸素の含有量を指標する酸素濃度と組織の微細度を指標する結晶粒サイズ(平均結晶粒径)とにより特定される酸素含有微細組織、およびその存在範囲を指標する深さによって本発明に係る改質部を特定することになる。
【0011】
このような本発明に係る構成要素を具体的に説明すると、酸素含有微細組織の酸素濃度(原子%)は、電子線マイクロアナライザー(EPMA)の解析結果に基づき特定される。酸素含有微細組織の平均結晶粒径は次のように特定される。先ず、改質部の断面組織を電子顕微鏡(TEM)で観察し、認められる粒子の断面形状を楕円と仮定して、その長軸と短軸の平均値を一つの結晶粒径とする。次に、観察している組織断面中から無作為に抽出した5点について算出した結晶粒径の単純平均(相加平均)を本明細書でいう平均結晶粒径とする。さらに、酸素含有微細組織の存在する深さ(改質部の厚さ)は、電子顕微鏡で観察した断面組織に基づき、上述した酸素含有微細組織が検出される最大範囲を、改質部の最表面から内部側へ測定した距離(深さ)により特定される。
【0012】
なお、この酸素含有微細組織がほぼ均一的に存在するとは、上述した酸素濃度や平均結晶粒径が、改質部の表面側から内部にかけて、多少の変動があるとしても、実質的に大きく変化したり傾斜したりしていない状態をいう。敢えて厳密に定義するなら、改質部の最表面から上記深さの10%相当する位置(浅部:d1、s1)に対して90%に相当する位置(深部:d2、s2)における酸素濃度の変化率(100*|d1−d2|/d1)または平均結晶粒径の変化率(100*|s1−s2|/s1)が70%以内さらには50%以内とするとよい。
【0013】
酸素含有微細組織の酸素濃度は0.1〜50%、0.3〜40%、1〜30%、2〜20%さらには3〜15%であると好ましい。酸素濃度が過小では所望する硬質な組織が得られず、酸素濃度が過大では靱性の低下等を招いて好ましくない。なお、ここでいう酸素濃度は、測定対象である酸素含有微細組織全体を100%としたときに、その組織内に含まれるOの総量である。酸素含有微細組織内のOは母材金属を構成する各種の構成元素と化合物(酸化物)を形成したり、その母材金属内に固溶している。
【0014】
なお、本発明では、酸素含有微細組織の具体的な組織構造を問わないが、本発明者の研究に依れば、酸素含有微細組織が、酸素が母材金属に固溶してなる固溶相と酸素が母材金属の構成元素と結合してなる酸化物相とが混在した混相からなるときに、本発明の金属部材は優れた特性(耐摩耗性等)を発揮し得ることがわかっている。
【0015】
酸素含有微細組織の平均結晶粒径は、1μm以下、0.7μm(700nm)以下さらには0.5μm(500nm)以下であると好ましい。この平均結晶粒径の下限値は問わないが、敢えていうと、例えば、50nm以上または100nm以上とできる。
【0016】
酸素含有微細組織の深さ(改質部の厚さ)は、5μm以上、10μm以上さらには20以上あれば、十分に安定した耐摩耗性、耐食性等が発揮され得る。その深さの上限値は問わないが、敢えていうと、500μm以下または200μm以下とできる。この程度の深さ(厚さ)があれば、金属部材の表面が摩耗したり、研磨されたりした場合でも、改質部が十分に残存する。
【0017】
《金属部材の製造方法》
(1)本発明は上述した金属部材のみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、母材金属からなり酸素含有雰囲気下にある被処理部へエネルギービームを相対移動させつつ照射することにより、該被処理部でアブレーションを生じさせると共に少なくとも該被処理部にプラズマ化した酸素を生成させる照射工程を備え、上述した金属部材が得られることを特徴とする金属部材の製造方法でもよい。
【0018】
(2)本発明の製造方法により上述した金属部材(特に改質部)が得られる理由は必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。高エネルギービームが母材金属からなる被処理部へ適切に照射されると、その被処理部ではアブレーションが生じ得る。このアブレーションにより、被処理部を構成する原子等が、気化、蒸発、蒸散、飛散等して放出される。こうして放出された粒子(適宜「放出粒子」という。)は、原子、分子、イオン、電子、光子、ラジカル、クラスター等の様々な形態をとり得る。このような放出粒子が被処理部の近傍にある雰囲気ガス(酸素等)に何らかの影響を与える。そして放出粒子と活性な酸素(単に「活性酸素」という。)の混合状態からなる反応場が、アブレーションを生じた被処理部(適宜「アブレーション部」という。)またはその近傍に生成され得る。
【0019】
高エネルギービームの照射域が被処理部上を移動することにより、上記の現象が次々とほぼ連続的に生じ、被処理部およびその近傍は、反応場を生成する放出粒子および活性酸素が多数存在した状態となる。
【0020】
活性酸素は、アブレーション部またはその近傍へ浸入して酸化物または酸素固溶体を形成するか、または放出粒子と結合してアブレーション部へ充填等されていく。このような現象が繰り返されることにより、内部深くまで酸素が十分に導入された微細な組織つまり酸素含有微細組織が形成されたと考えられる。
【0021】
本発明の製造方法では、従来の酸化方法とは異なり、改質部の形成にアブレーションを利用しているため、母材金属からなる基部自体や改質部の周囲に殆ど熱的影響を及ばない。従って本発明の製造方法によれば、組織の粗大化、変形、表面粗さの悪化等をほとんど生じさせることなく、上述した改質部が形成される。
【0022】
また本発明の製造方法では、上述したようなアブレーションを利用するため、母材金属の種類にほとんど依存せずに、短時間内に深い改質部の形成が可能である。このため母材金属の種類が限定されることも長時間の酸化処理等を行う必要もないので、高性能な金属部材を効率的に生産可能となる。
【0023】
本発明の製造方法では、高エネルギー(収束)ビームを用いているため、従来の酸化方法では困難であった局所的な改質も可能となる。例えば、耐摩耗性や耐食性等が問題となる特定の狭領域にだけ、mm単位幅またはμm単位幅の改質部を形成することも可能である。
【0024】
形成される改質部の形態は、高エネルギービームの照射域の軌跡により定まり、その可動域に制限はない。このため本発明の製造方法によれば、広狭を問わず所望する形態の改質部を自由に形成し得る。従って本発明に係る被処理部は、平面に限らず種々の曲面でもよいし、曲線状(直線状を含む)でも点状(斑点状等の多数点状を含む)でもよい。さらに、高エネルギービームが到達する限り、被処理部は、窪んだ形状でも、奥まったところにあっても、アンダーカット的な形態でもよい。
【0025】
(3)ところで、本発明に係る改質部は、高エネルギービームの照射域の軌跡上に形成されるため、その改質部とその改質部以外の非改質部とを並存させた表面テクスチャを基部の表面側に形成することも容易である。表面テクスチャの形態は、金属部材の仕様等に応じて適宜選択され、例えば、改質部と非改質部が交互に配置されたストライプ状や格子状、さらにはディンプル状等でもよい。なお、本明細書では適宜、表面テクスチャを有する金属部材の表面層を単に表面テクスチャ層ともいう。
【0026】
また、改質部を有する金属部材の表面部は、二次元的に変化した形態に留まらず、三次元的に変化した形態でもよい。高エネルギービームの出力密度、ビーム径、焦点、酸素含有雰囲気等を調整することにより、改質部の幅のみならず、その深さ等も形成位置に応じて変化させ得る。
【0027】
(4)本発明に係る「被処理部」は、高エネルギービームの照射が可能な部分である限り、外表面側でも内表面側でもよい。また「高エネルギービーム」は、光線または電子線であって、母材金属をアブレーションするのに十分なエネルギーと、照射部周辺をプラズマ化させる強電界とを併せもつビームである。具体的には、レーザ、電子ビーム等である。
【0028】
「酸素含有雰囲気」は、酸化源となる酸素が分子レベルまたは原子レベルで存在し、アブレーションにより活性酸素が発生し得る雰囲気である。具体的には、酸素ガスのみからなる酸素ガス雰囲気、酸素ガスと不活性ガス等からなる混合ガス雰囲気(大気雰囲気も含む)、酸素の化合物を含む化合物ガス雰囲気等である。
【0029】
(5)本発明は、上述した製造方法により得られる金属部材としても把握できる。この際、製造方法に関する要素のみならず、本明細書で説明する改質部や酸素含有微細組織等に関する要素も随時、その金属部材の構成要素となり得る。
【0030】
《その他》
特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1A】処理後の鉄鋼基材(S45C)の表面部をEPMA分析した元素マッピング像である。
図1B】処理後のチタン合金基材(Ti−6Al−4V)の表面部をEPMA分析した元素マッピング像である。
図2】改質部の深さ方向の硬さ分布を示すグラフである。
図3A】鉄鋼基材に係る改質部のX線回折パターンを示すグラフである。
図3B】チタン合金基材に係る改質部のX線回折パターンを示すグラフである。
図4】チタン合金基材に係る改質部の組織を示すTEM像である。
図5】処理前後における断面硬さの変化を示す棒グラフである。
図6】処理前後における摩耗深さの変化を示す棒グラフである。
図7】押付荷重と摩耗深さの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本明細書で説明する内容は、本発明の金属部材のみならず、その製造方法にも該当し得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を付加し得る。この際、製造方法に関する構成要素は、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成要素ともなり得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0033】
《金属部材》
(1)母材金属
本発明に係る母材金属は、導入されたOが酸化物または酸素固溶体を形成して、母材金属の特性(硬さ等)を改善し得るものであれば、純金属でも合金でもよく、その種類や成分組成を問わない。なお、導入されたOが酸化物または酸素固溶体を形成することを、本明細書では適宜、便宜的に「酸化」ともいう。
【0034】
母材金属は、例えば、Tiを主成分(50質量%以上)とするチタン系材やFeを主成分(50質量%以上)とする鉄系材等である。本発明の製造方法によれば、高温環境下に曝されることなく改質部を形成し得るため、高温処理を前提とした従来の酸化方法では用いることができなかった母材金属も本発明の対象となる。
【0035】
母材金属は、特に純チタンまたはチタン合金であると好ましい。チタン合金は、α型チタン合金でも、β型チタン合金でも、α−β型チタン合金でもよい。また母材金属は、純鉄でも、鉄合金(炭素鋼や種々の合金元素を含む特殊鋼からなる鉄鋼材を含む)でもよい。
【0036】
(2)改質部(酸素含有微細組織)
本発明に係る改質部は酸素含有微細組織からなる。酸素含有微細組織の具体的な形態は母材金属の種類や酸素濃度等に依るが、母材金属の酸素固溶体、または母材金属中若しくは酸素固溶体中に酸化物相が分散した複合組織であると好ましい。
【0037】
酸化物相の組成は母材金属の組成により異なる。母材金属がチタンまたはチタン合金である場合、大気中等で一般的に生成される酸化チタン(TiO)とは異なるTixO(x≧1)からなる酸化物相が生成され得る。ここでxは1以上の整数であればよいが、敢えていえば3または6である。なお、チタン系材からなる母材金属は、比較的多くのOを固溶し、その固溶量は、例えば、酸素含有微細組織全体を100原子%としたときに1〜15原子%さらには3〜12原子%程度にもなる。
【0038】
母材金属が鉄系材である場合、FeOからなる酸化物相が生成され得る。このFeOはウスタイトと呼ばれる酸化鉄(II)であり、従来の黒染め(黒さび)皮膜を構成する酸化鉄(II、III)/Feとは明らかに異なる。母材金属が鉄系材である場合の固溶量は、例えば、酸素含有微細組織全体を100原子%としたときに0.1〜1.5原子%さらには0.3〜1原子%程度になる。
【0039】
ちなみに、酸素含有微細組織中の全酸素濃度は前述した通りであるが、母材金属がチタン系材であるときの全酸素濃度は1〜50原子%さらには3〜25原子%であり、母材金属が鉄系材であるときの全酸素濃度は0.1〜50原子%さらには0.3〜20原子%であると好ましい。
【0040】
《金属部材の製造方法》
(1)高エネルギービーム
高エネルギービームは、母材金属の被処理部でアブレーションを生じさせ、アブレーション部の周囲にある雰囲気ガスから活性酸素が生成される限り、その種類を問わない。高エネルギービームは、例えば、パルスレーザ、電子ビーム等である。
【0041】
アブレーションを発生させるには、母材金属の被処理部へ、高いエネルギーを瞬時に付与する必要がある。つまり、アブレーションの閾値を超える高いエネルギー密度(フルエンス)をもつ高エネルギービームを、母材金属の被処理部へ照射する必要がある。このような高エネルギービームとして、短パルス幅のパルスレーザが好適である。
【0042】
レーザ発振装置の出力や発振周波数等が一定なら、パルス幅が短いほど、フルエンスの高いレーザ光を被処理部へ照射できる。またパルス幅が短いと、その照射域外への熱拡散が抑制され、アブレーションの促進と共に母材金属への熱的影響の抑制を図れる。具体的にいうと、パルスレーザのパルス幅は、例えば、10ps〜100nsさらには1〜50nsであると好ましい。パルス幅が過大ではアブレーションに必要なフルエンスが得難くなり、パルス幅が過小(例えば多光子吸収が生じる150fs程度)ではレーザ光によるエネルギーの付与形態が変化して、本発明に係る酸化に必要な反応場(酸化反応場)が形成されない可能性がある。
【0043】
パルスレーザの出力密度(適宜「レーザフルエンス」または単に「フルエンス」という。)でいえば、例えば、0.3MW/cm〜30GW/cmさらには3MW/cm〜3GW/cmであると好ましい。フルエンスは改質部深さに影響し、フルエンスが過小では十分な深さの改質部が得難くなり、フルエンスが過大では母材金属への熱的影響が大きくなり好ましくない。ちなみに、フルエンスはレーザ出力をレーザスポット面積で除して求まる。
【0044】
またパルスレーザは波長が短いほど、母材金属によるレーザ光の吸収率が高くなり、アブレーションの促進と非アブレーション部の変質抑制等が図られる。またパルスレーザの波長を適切に調整することにより、十分な改質部深さをもつ改質部の形成が容易となる。このようなパルスレーザの波長は、赤外域より短く、さらには可視域よりも短い紫外域(近紫外域を含む)内にあると好ましい。具体的にいうと、パルスレーザの波長は、700nm以下、550nm以下さらには380nm以下であると好ましい。またパルスレーザの波長は、190nm以上さらには320nm以上であると好ましい。パルスレーザの波長が過小では、雰囲気ガスによるレーザの吸収が発生して好ましくない。
【0045】
このようなパルスレーザの具体例として、例えば、F(波長157nm)、ArF(波長193nm)、KrF(波長248nm)、XeCl(波長308nm)、XeF(波長351nm)等のエキシマ(励起二量体)を利用したエキシマレーザ、短波長を発振できるYAGレーザなどがある。
【0046】
(2)照射工程
照射工程は、所望する改質部の形態に応じて、高エネルギービームを母材金属の表面部へ照射しつつ、その照射域を移動させる工程である。
【0047】
高エネルギービームとしてパルスレーザを用いる場合、隣接して発振する各パルス光の照射域を部分的に重畳(オーバーラップ)させると、連続した改質部が安定的に形成され易くなる。パルス波の照射域を重畳させる割合(パルスラップ率)は、パルスレーザの発振周波数、被処理部に対する相対移動速度(適宜「走査速度」という。)、被処理部の最表面における照射域の大きさ(またはパルスレーザの焦点位置)等により調整される。パルスレーザの特性にも依るため、パルスラップ率は、例えば10〜90%さらには20〜80%であると好ましい。パルスラップ率が過小では改質部の形成が困難となり除去加工となり易い。パルスラップ率が過大では酸化処理の効率化や改質部の均質化を図り難い。
【0048】
このパルスラップ率は、(r/d)×100(%)(d:ビーム径、r:隣接するパルス波の重なり径)により算出される。ここでビーム径(d)は、レーザ軸に対する直交面上で測定される、ビーム強度がピーク強度値の1/eレベルとなるときの幅(直径)である。また隣接するパルス波の重なり径(r)は、d−R(R:隣接するビーム間の中心間距離)である。
【0049】
パルスラップ率に基づいて発振周波数、走査速度、焦点位置等は調整されるが、一例をあげると次の通りである。発振周波数は、例えば、1〜100kHzさらには10〜50kHzであると好ましい。発振周波数が過小では走査速度も低くせざるを得ず、処理の効率化を図れない。発振周波数が過大になると、一般的にレーザフルエンスが低下し、均質的な改質部の形成が困難となる。
【0050】
走査速度は、例えば、0.1〜100mm/sさらには1〜10mm/sであると好ましい。走査速度が過小では処理の効率化を図れず、走査速度が過大になると、相関する発振周波数が過大な場合と同様に、均質的な改質部の形成が困難となる。
【0051】
パルスレーザの焦点位置により、各パルス光の照射範囲が変化する。焦点位置は、母材金属の被処理部の最表面にあっても、その最表面からずれたところにあってもよい。もっとも、焦点位置がパルスレーザの照射部(被処理部の最表面部)から外れるほど、照射部におけるフルエンスは低下し、その照射部近傍における処理の安定性や改質部深さ等に影響する。この傾向は、レーザを集光させて照射部に微細なスポット径を形成している場合ほど顕著である。
【0052】
(3)雰囲気
照射工程を行う雰囲気は、既述したように、高エネルギービームを照射した際に、アブレーションにより活性酸素が発生し得る酸素含有雰囲気であればよい。このような雰囲気は、高エネルギービームの種類に応じて適宜選択される。
【0053】
照射工程は、チャンバー等の密閉雰囲気内で行っても良いが、開放雰囲気内で行ってもよい。高エネルギービームとしてレーザを用いれば、開放雰囲気である常温常圧の大気雰囲気中でも可能である。もっとも、不純物の介在等を回避するために、被処理部へ特定ガスを流入させつつ行うと好ましい。例えば、被処理部の上方または側方から酸素ガス等を吹き付けるとよい。ガスの吹付方向を調整することにより、アブレーションに伴い生じるデブリの抑制等も図られ得る。例えば、その吹付方向を高エネルギービームの光軸と同軸とすることにより、酸素含有雰囲気の制御性が増し、改質部の均質性が向上し得る。
【0054】
《用途》
本発明の金属部材は、その用途を問わない。本発明に係る改質部を有する表面部(表面層)は、高強度、高靱性であり、また表面粗さも良好なため、種々の優れた特性(耐摩耗性、耐食性、電気的特性等)を安定的に発揮し得る。例えば、自動車部品等の耐摩耗性部材、ターボチャージャー・タービン等の耐食部材、半導体絶縁・放熱基板等の電気機器用部材などに本発明の金属部材は好適である。
【実施例】
【0055】
《試料の製作》
(1)母材金属
市販されている鉄鋼基材(JIS S45C、これを適宜単に「S45C」と表す。)と、市販されているα−β型のチタン合金基材(Ti−6質量%Al−4質量%V、これを適宜単に「Ti−6Al−4V」と表す。)とをそれぞれ用意した。各基材のサイズは15.7×6.5×10.0mmとした。
【0056】
(2)酸化処理(照射工程)
先ず高エネルギービームとして、近紫外線領域の波長をもつパルス幅がナノ秒レベルのパルスレーザ(このレーザを単に「近紫外ナノレーザ」という。)を準備した。このレーザを用いて、各基材の被処理部へ酸素含有ガスを吹き付けつつ照射した。具体的には、波長:355nm、パルス幅:<20ns、発振周波数:20kHz、出力:1.2W、出力密度:300MW/cm、走査速度:2mm/s、焦点位置:基材の被処理部の最表面上(焦点はずし距離:0μm)とした。また、ガス吹き付けは、近紫外ナノレーザの光軸に沿った上方向から行った。用いたガスは、酸素濃度が20体積%で残部が希釈ガス(アルゴンガス)からなる混合ガスまたは酸素ガス(酸素濃度100体積%)である。
【0057】
さらにレーザ照射は、前述した方法により算出したパルスラップ率を85%として行い、被処理部の表面上における各レーザ光の照射域の軌跡は20μm間隔の平行な直線状とした。この場合、処理部と非処理部がストライプ状に配列された表面テクスチャを基材表面に形成することになる。但し、後述するX線回折等に用いる試料では、基材の全表面を処理した。
【0058】
《試料の分析》
(1)酸素濃度
各試料について、処理した表面部の断面を電子顕微鏡で観察した反射電子像(BEI)と、その断面を電子線マイクロアナライザー(EPMA)で解析して得た元素マッピング像とを図1Aおよび図1Bに示した。
【0059】
いずれの試料でも、表面から深い位置までOを含有した改質組織が形成されていることが確認できた。具体的にいうと、鉄鋼基材の場合、その深さは75μmであり、その10%位置(浅部)における酸素濃度は6.7原子%であった。またチタン合金基材の場合、その深さは75μmであり、その10%位置(浅部)における酸素濃度は8.2原子%であった。
【0060】
各処理部の断面硬さを、その基材の最表面側から深さ50μmの位置まで測定した結果を図2に示した。この図2から明らかなように、多少の変動はあるものの、上述した酸化処理がなされた部分は、概して表面から内部深くまで十分な硬さが安定的に得られていることがわかる。
【0061】
(2)組織
全面を改質処理した各試料の処理部(具体的には最表面から10μmの部分)についてX線回折(XRD)による解析を行った。得られた結果を図3Aおよび図3Bに示した。いずれの試料でも、処理前の基材に対して、半値幅が増加していると共にピーク位置もシフトしていた。これらのことから、マトリックス(母材金属)中にOが固溶していることが確認できた。
【0062】
より具体的にいうと、鉄鋼基材の場合、処理部におけるOの固溶量は約0.5原子%程度であった。また、その処理部からはFeOが同定された。これらのことから、鉄鋼基材の処理部は、固溶相と酸化物相(FeO)が混在した複合組織(混相)からなることがわかった。
【0063】
またチタン合金基材の場合、処理部におけるOの固溶量は約4原子%程度であった。また、その処理部からはTixOが同定された。但し、このxは3または6であった。これらのことから、チタン合金基材の処理部でも、固溶相と酸化物相(TixO)が混在した複合組織(混相)からなることがわかった。
【0064】
(3)平均結晶粒径
各試料の処理部の断面を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)および透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した。その一例として、チタン合金基材に係るTEM写真を図4に示した。それらから、いずれの処理部も、結晶粒径が1μm以下の微細組織からなることがわかった。より具体的にいうと、図4からもわかるように、平均結晶粒径は約350nm程度であり非常に微細であることもわかった。これは鉄鋼基材の場合もほぼ同様であった。なお、この平均結晶粒径は、既述した通り、TEM像の視野内に現れた各結晶粒の長軸と単軸を相加平均して求めた値である。
【0065】
以上のことから、近紫外ナノレーザを基材表面に照射した処理部は、本発明でいう酸素含有微細組織からなり、本発明に係る改質部となっていることが確認できた。
【0066】
《金属部材の評価》
(1)表面硬さ(断面硬さ)
上述した処理前後の各被処理部の断面硬さ(ビッカース硬さ)を測定した結果(平均値)を図5に示した。処理前における鉄鋼基材の断面硬さはHV212、チタン合金基材の断面硬さはHV332であった。これに対して、鉄鋼基材の処理部の断面硬さはHV700(焼入れしたときの硬さに相当)程度、チタン合金基材の処理部の断面硬さはHV1200程度であった。いずれも前述した酸化処理を行うことにより、断面硬さが急激に上昇することが確認できた。特にチタン合金基材の場合は、鉄鋼基材の場合よりも遥かに硬くなることもわかった。なお、図5等に示した断面硬さは、表面から15μmおよび30μmの位置で、それぞれ3点計測した(計6点)を平均して求めた値である。
【0067】
(2)耐摩耗性
前述した鉄鋼基材とチタン合金基材からなるブロック状の試験片をそれぞれ3つずつ用意した。そのうち各一つは未処理のままとした。残り各二つは、前述した近紫外ナノレーザの照射により、試験片の一面を改質したものであり、そのうち各一つは全面改質をし、別の各一つは、前述したように20μmピッチの表面テクスチャ改質をした。
【0068】
各試験片(摺動部材)をブロックオンリング試験に供した。ブロックオンリング試験は、各試験片の摺動面を、回転するリングの円筒状外周面へ押し付けて、試験片の摩耗具合を評価する試験方法である(ASTM規格G77−05参照)。この際、供試材であるブロックは15.7×6.5×10mmの直方体とし、摺動の相手材は外径φ35mm×幅6.3mmのリングとした。試験条件は、非Mo系エンジンオイルの潤滑下で、回転数:164r.p.m. 、試験時間:30分、試験温度:80℃とした。
【0069】
先ず、全面改質した各試験片を上記のブロックオンリング試験に供した。このときの押し付け荷重は44Nとした。これをヘルツ面圧に換算すると、鉄鋼基材からなる試験片では120MPa、チタン合金基材からなる試験片では80MPaとなる。各試験後の摩耗深さを測定した結果を図6に示した。鉄鋼基材の場合でもチタン合金基材の場合でも、前述した処理を摺動面に施すことにより、耐摩耗性が急激に向上し、ほとんど摩耗しなくなることがわかった。
【0070】
次に、表面テクスチャ改質した各試験片を、種々の高荷重で押し付けて上記のブロックオンリング試験を行った。試験後の各摩耗深さを測定し、その結果を図7に示した。鉄鋼基材の場合でもチタン合金基材の場合でも、高荷重下で優れた耐摩耗性を発揮することがわかった。特にチタン合金基材からなる試験片では、荷重が変化しても摩耗深さがほとんど変化せず、安定した耐摩耗性が発揮されることがわかった。さらに、表面テクスチャ改質した試験片でも非常に優れた耐摩耗性を発揮することから、必ずしも全面改質をする必要はないこともわかった。すなわち、摺動部材の仕様や生産性等を考慮して、改質部または表面層の形態を適切に選択することにより、高耐摩耗性の摺動部材を効率的に生産し得ることもわかった。
【0071】
《その他》
上述した表面テクスチャ改質部は20μmピッチとしたが、40μmピッチでも80μmピッチでも、上述した場合と同等な耐摩耗性が得られることがわかっている。上述した処理では、被処理部へのレーザ照射を一回しか行わなかったが、その照射を複数繰り返し行ってもよい。照射工程の回数を増やすことにより、被処理部における酸素濃度を一層高めることが可能となる。但し、本発明の製造方法によれば、一回の照射工程で、十分な深さをもつ均質的な改質部を効率的に形成できる。
図2
図3A
図3B
図5
図6
図7
図1A
図1B
図4