(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6036368
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】エンジン燃焼室の断熱構造体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F02F 3/10 20060101AFI20161121BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20161121BHJP
F16L 59/02 20060101ALI20161121BHJP
F02F 3/00 20060101ALI20161121BHJP
F02F 3/02 20060101ALI20161121BHJP
F02F 1/24 20060101ALI20161121BHJP
F02F 1/18 20060101ALI20161121BHJP
【FI】
F02F3/10 B
B32B15/08 Z
F16L59/02
F02F3/00 G
F02F3/02
F02F1/24 M
F02F1/18 F
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-24522(P2013-24522)
(22)【出願日】2013年2月12日
(65)【公開番号】特開2014-152735(P2014-152735A)
(43)【公開日】2014年8月25日
【審査請求日】2015年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】南場 智
(72)【発明者】
【氏名】角島 信司
(72)【発明者】
【氏名】坂手 宣夫
(72)【発明者】
【氏名】福島 立人
【審査官】
稲村 正義
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−072746(JP,A)
【文献】
特開2012−172619(JP,A)
【文献】
特開2006−291884(JP,A)
【文献】
特開2012−072745(JP,A)
【文献】
国際公開第2014/024494(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 1/00−3/10
B32B 15/08
F16L 59/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの燃焼室に臨む部材の燃焼室壁面に断熱層が設けられているエンジン燃焼室の断熱構造体であって、
前記断熱層は、シリコーン系樹脂及び中空状粒子を含む基層並びに該基層の表面に設けられたSi系酸化物及び前記中空状粒子を含む表面層からなる樹脂層と、前記表面層の表面に設けられた金属箔層とを備え、
前記表面層の表面の鉛筆硬度は、HB以上である
ことを特徴とするエンジン燃焼室の断熱構造体。
【請求項2】
前記金属箔層は、前記表面層と接する面側にAlを含むAl含有層を有し、
前記Al含有層の前記表面層と接する面には、粗面化処理が施されていることを特徴とする請求項1に記載のエンジン燃焼室の断熱構造体。
【請求項3】
前記粗面化処理は、ブラスト処理及び陽極酸化処理の少なくとも一方であることを特徴とする請求項2に記載のエンジン燃焼室の断熱構造体。
【請求項4】
前記断熱層は、前記部材の燃焼室壁面形状に倣うように略均一な厚さで形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のエンジン燃焼室の断熱構造体。
【請求項5】
前記樹脂層は、厚さが60μm以上200μm以下であり、20vol%以上60vol%以下の前記中空状粒子を含み、
前記中空状粒子の平均粒子径は、15μm以上25μm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のエンジン燃焼室の断熱構造体。
【請求項6】
前記部材の前記断熱層と接する面は、ブラスト処理及び陽極酸化処理の少なくとも一方の粗面化処理が施されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のエンジン燃焼室の断熱構造体。
【請求項7】
エンジンの燃焼室に臨む部材の燃焼室壁面に断熱層が設けられているエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法であって、
前記部材の燃焼室壁面に前記シリコーン系樹脂と前記中空状粒子とを含む樹脂層を形成する工程と、
金属箔を前記樹脂層の表面形状と同一の形状に成形する工程と、
前記樹脂層の表面に前記金属箔を接着する工程と、
前記金属箔を接着させた後に、前記樹脂層の少なくとも表面側を熱処理により硬化させる工程とを備えていることを特徴とするエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法。
【請求項8】
前記金属箔は、前記樹脂層と接着される側にAl層を含み、
前記樹脂層の表面に前記金属箔を接着する工程の前に、前記Al層の表面に粗面化処理を施す工程をさらに備えていることを特徴とする請求項7に記載のエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法。
【請求項9】
前記部材の燃焼室壁面に前記樹脂層を形成する工程の前に、前記部材の表面に粗面化処理を施す工程をさらに備えていることを特徴とする請求項7又は8に記載のエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジン燃焼室を構成する部品の基材表面に断熱層が形成された断熱構造体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1980年代に、エンジンの熱効率を高める方法として、エンジン燃焼室に臨む部分に断熱層を設けることが提案され(例えば、特許文献1を参照。)、その後も、セラミックス焼結体からなる断熱層、又は低熱伝導性を有するジルコニア(ZrO
2)粒子を含む溶射層からなる断熱層が提案されている。
【0003】
しかしながら、セラミックス焼結体を用いると、熱応力及び熱衝撃によるクラックの発生、並びに割れの発生といった問題が生じる。このため、特に、ピストンの頂面、シリンダライナの内周面及びシリンダヘッドの下面等の比較的に大きい面積を有する部分に、セラミックス焼結体からなる断熱層が適用されたものは実用に至っていない。
【0004】
一方、溶射層自体は、シリンダライナ及びロータリーエンジンのトロコイド面に採用された実績があるが、それは耐摩耗性の向上を目的としたものであり、耐熱性の向上を目的としたものではない。溶射層を断熱層とするためには、上記のようにジルコニアを主体とする低熱伝導材料を溶射することが好ましいが、ジルコニア系の層は、サーメット系の層よりも粒子間の密着性が劣るため、熱応力又は繰り返しの応力による疲労等によってクラックが生じやすいという問題がある。
【0005】
このような問題を解決するために、例えば、特許文献2では、粒子状の第1の断熱材と、膜状の第2の断熱材と、補強用繊維材とを含む断熱薄膜が提案されている。特許文献2では、第2の断熱材は、第1の断熱材を接着する機能を担うことが記載され、上記粒子状の第1の断熱材として、中空のセラミックビーズ、中空のガラスビーズ、シリカ(二酸化珪素、SiO
2)を主成分とする微細多孔構造の断熱材、及びシリカエアロゲル等が例示されている。また、上記膜状の第2の断熱材として、ジルコニア(ZrO
2)、シリコン、チタン、ジルコニウム等のセラミックス、炭素及び酸素を主成分とするセラミックス、並びに高強度且つ高耐熱性のセラミックス繊維等が例示されている。また、第2の断熱材は母材に対してコーティング又は接合することが記載されている。
【0006】
その他に、特許文献3には、中空部を含むSiO
2セラミックス層が記載されている。具体的に、その中空部は、無機化合物により表面が被覆された球状樹脂を含む層を形成した後に、その層を加熱して球状樹脂を焼き飛ばすことにより形成された中空状の無機化合物粒子により構成されている。また、特許文献3では、このSiO
2セラミックス層を加熱することによって、上記の各粒子内の樹脂を熱分解させてガス化すると共に、有機珪素化合物の熱分解により発生するガスを膜内から抜くことでガスの残存による膜強度の低下を防いでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第89/039030号パンフレット
【特許文献2】特開2009−243352号公報
【特許文献3】特開2010−070792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献2には、第2の断熱材を母材にコーティング又は接合するとの記載があるのみで、その断熱薄膜を得る方法について詳細には述べられていない。第2の断熱材としてセラミックス材が用いられていることに鑑みれば、その断熱用薄膜はセラミックス焼結体に類すると推測される。また、特許文献2は、燃焼圧力等による変形及びクラックの発生を効果的に抑制することについては開示していない。
【0009】
一方、特許文献3のSiO
2セラミックス層の薄膜を、アルミニウム合金からなるエンジン燃焼室の基材表面に設けた場合、それらの熱膨張率が大きく異なるため、高温条件下において薄膜にクラック及び剥離等が生じるおそれがある。また、上記のようにガス抜きされた部分は、表面と連通状態となっているため、燃料の浸み込みが生じる等の問題が生じる。
【0010】
そこで、断熱層全体をSiO
2セラミックス層とするのではなく、アルミニウム合金との熱膨張率の差が小さい材料としてシリコーン樹脂を用いることが考えられる。しかしながら、一般に、シリコーン樹脂は低硬度であるため、エンジン燃焼室の壁面をシリコーン樹脂で被覆すると、圧縮行程から燃焼時までの圧力により断熱層が変形してしまうおそれがある。断熱層が変形すると、圧縮比が変わるためエンジン性能に大きな影響が生じる。また、長期に渡り、断熱層がこの圧力変動のサイクルに晒されることにより、断熱層にクラックが生じ、そこから燃料が膜内の未硬化部にまで浸入するおそれもある。
【0011】
本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、エンジン部品の基材との熱膨張率の差を吸収してクラック及び剥離の発生を防ぐと共に、燃料の浸み込みを防止できる断熱層を有するエンジン燃焼室部材の断熱構造体を得ることであり、また、そのような断熱構造体を容易に得ることができるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記の目的を達成するために、本発明は、エンジン燃焼室に臨む部材の断熱構造体に用いる断熱層の材料としてシリコーン系樹脂と中空状粒子とを用い、断熱層の表面には金属箔層を設けた。
【0013】
具体的に、本発明に係るエンジン燃焼室に臨む部材の断熱構造体では、エンジンの燃焼室に臨む部材の燃焼室壁面に断熱層が設けられており、断熱層は、シリコーン系樹脂及び中空状粒子を含む
基層並びに該基層の表面に設けられたSi系酸化物及び前記中空状粒子を含む表面層からなる樹脂層と、
前記表面層の表面に設けられた金属箔層とを備え
、前記表面層の表面の鉛筆硬度は、HB以上である。
【0014】
本発明に係るエンジンの燃焼室に臨む部材の断熱構造体によると、断熱層は熱伝導率が低いシリコーン系樹脂と空気断熱効果を発揮する中空状粒子とを含む樹脂層を備えるため、高い断熱効果が得られ、エンジンの冷却損失の低減に有利になる。さらに、エンジン部材の熱膨張がシリコーン系樹脂を含む樹脂層によって吸収されるため、断熱層におけるクラックの発生及び剥離を防止できる。また、樹脂層の表面に金属箔層が設けられているため、燃焼圧及び燃料から樹脂層を保護できる。すなわち、燃焼圧による断熱層の変形(樹脂層部分の変形)が金属箔層によって防止される。さらに、樹脂層への燃料の浸み込み、及び樹脂層の溶解も金属箔層によって防止される。しかも、金属箔層は、シリコーン系樹脂に比べて比熱容量が小さい。このため、断熱層の表面温度が燃焼室ガス温の変化に応答性良く追従し、つまり、断熱層の表面温度と燃焼室ガス温との温度差が小さくなり易く、その結果、冷却損失が抑制される。さらに、断熱層の表面が局所的に高温になると、その部分が異常燃焼の着火源となり、或いはシリコーン系樹脂の熱損傷を招くおそれがあるが、金属箔層はシリコーン系樹脂に比べて熱伝導率が高く熱拡散性が良いため、断熱層の表面温度が局所的に高くなることが防止される。
また、表面層の表面の鉛筆硬度は、HB以上であることにより、樹脂層の表面の強度が高いため、燃焼圧力等による樹脂層における変形及びクラックの発生等を防止することができる。
【0015】
本発明に係るエンジン燃焼室の断熱構造体において、金属箔層は、樹脂層と接する面側にAl(アルミニウム)を含むAl含有層を有し、Al含有層の樹脂層と接する面には、粗面化処理が施されていることが好ましい。
【0016】
この場合、その粗面化処理は、ブラスト処理及び陽極酸化処理の少なくとも一方であることが好ましい。
【0017】
このようにすると、金属箔層の樹脂層と接する面に凹凸が形成されて金属箔層と樹脂層との密着性を向上できる。また、陽極酸化処理を用いると、その面にシリコーン系樹脂の有機基等と結合可能な反応基(OH基)が生成されるため、金属箔層と樹脂層との密着性を向上でき、金属箔層の剥離を防止できる。
【0018】
本発明に係るエンジン燃焼室の断熱構造体において、断熱層は、前記部材の燃焼室壁面形状に倣うように略均一な厚さで形成されていることが好ましい。
【0019】
このようにすると、断熱層の厚さの差による断熱性能の差に起因する、局所的な過剰断熱や熱引けを防止できる。
【0020】
本発明に係るエンジン燃焼室において、樹脂層は、厚さが60μm以上200μm以下であり、20vol%以上60vol%以下の中空状粒子を含み、中空状粒子の平均粒子径は、15μm以上25μm以下であることが好ましい。
【0021】
樹脂層の厚さを60μm以上とすると、必要とする断熱特性を得ることができ、一方、200μm以下とするとエンジンの高温時における樹脂層の収縮、及び樹脂層からのアウトガスの発生を抑制できるため、樹脂層の剥離を防ぐことができる。このため、樹脂層の厚さは60μm以上200μm以下が好ましい。
【0022】
また、樹脂層における中空状粒子の含有量が20vol%以上では、樹脂層内に空気層を多く含むため、必要とする断熱特性を得ることでき、一方、60vol%以下とすると、中空状粒子同士を繋ぐために必要な樹脂の量を十分に確保できて、耐久性のある膜を形成することが可能となる。このため、樹脂層における中空状粒子の含有量が20vol%以上60vol%以下とすることが好ましい。
【0023】
また、中空状粒子の平均粒子径が15μm以上では、その粒子内に含まれる空気量を大きくすることができ、一方、25μm以下とすると、樹脂層の厚さに対して含有できる粒子量を多くでき、必要とする空気層の量を得ることができる。このため、中空状粒子の平均粒子径が、その範囲では、必要な断熱特性を得ることができる。さらに、中空状粒子の平均粒子径を25μm以下とすると樹脂層の表面粗さを小さくでき、表面温度の局所的な上昇を防ぎ、エンジンの異常燃焼及び樹脂層の熱損を防ぐことができる。そこで、中空状粒子の平均粒子径は、15μm以上25μm以下であることが好ましい。
【0026】
本発明に係るエンジン燃焼室の断熱構造体において、エンジンの燃焼室に臨む部材の断熱層と接する面は、ブラスト処理及び陽極酸化処理の少なくとも一方の粗面化処理が施されていることが好ましい。
【0027】
このようにすると、前記部材の断熱層と接する面に凹凸が形成されるため、エンジンの燃焼室に臨む部材と樹脂層との密着性を向上できる。また、陽極酸化処理を用いるとシリコーン系樹脂の有機基等と結合可能な反応基(OH基)が生成されるため、エンジンの燃焼室に臨む部材と樹脂層との密着性を向上できるので、断熱層がエンジン部材から剥離することを防止できる。
【0028】
本発明に係るエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法は、エンジンの燃焼室に臨む部材の燃焼室壁面に断熱層が設けられているエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法を対象とし、部材の燃焼室壁面にシリコーン系樹脂と中空状粒子とを含む樹脂層を形成する工程と、
金属箔を前記樹脂層の表面形状と同一の形状に成形する工程と、前記樹脂層の表面に
前記金属箔を接着する工程と
、前記金属箔を接着させた後に、前記樹脂層の少なくとも表面側を熱処理により硬化させる工程とを備えている。
【0029】
本発明に係るエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法によると、上術のような断熱性が高くてエンジンの冷却損失を抑制でき、エンジン部材との熱膨張率の差に起因するクラック及び剥離を防止でき、さらに、燃料の浸み込み等を防止できる断熱層を得ることができる。本発明に係る製造方法は、上記のように工程が複雑でなく、特別な装置等を必要としないため、容易に上記断熱層を得ることができる。
また、樹脂層の表面に前記金属箔を接着する工程の前に、金属箔を樹脂層の表面形状と同一の形状に成形する工程を備えることにより、金属箔を樹脂層に接着した後に金属箔を加工する必要が無く、接着前に行うことで金属箔の加工が容易となる。
【0032】
本発明に係るエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法において、金属箔は、樹脂層に接着される側にAl層を含み、樹脂層の表面に金属箔を接着する工程の前に、該Al層に粗面化処理を施す工程をさらに備えていることが好ましい。
【0033】
このようにすると、樹脂層に対する金属箔の密着性を向上でき、金属箔の剥離を防止できる。
【0034】
本発明に係るエンジン燃焼室の断熱構造体の製造方法において、エンジンの燃焼室に臨む部材の燃焼室壁面に前記樹脂層を形成する工程の前に、部材の表面に粗面化処理を施す工程をさらに備えていることが好ましい。
【0035】
このようにすると、エンジンの燃焼室に臨む部材と樹脂層との密着性を向上できるため、樹脂層の剥離を防止できる。
【発明の効果】
【0036】
本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体及びその製造方法によると、断熱層において、エンジン燃焼室に臨む部材との熱膨張率の差を吸収してクラック及び剥離が発生するのを防ぐと共に、燃料の浸み込みを防止でき、そのような断熱層を有する断熱構造体を、容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】本発明の実施形態に係るエンジン構造を示す断面図である。
【
図2】本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体を示す断面図である。
【
図3】本発明に係る断熱構造体の断熱層を示す拡大断面図である。
【
図4】(a)〜(c)は本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体を製造する方法を工程順に示す図である。
【
図5】(a)〜(c)は金属箔の加工方法を工程順に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものでない。
【0039】
本実施形態は、エンジン燃焼室部材の断熱構造体を
図1に示すエンジンに採用したものである。
【0040】
<エンジンの特徴>
図1に示す直噴エンジンEにおいて、符号1はピストン、符号3はシリンダブロック、符号5はシリンダヘッド、符号7はシリンダヘッド5の吸気ポート9を開閉する吸気バルブ、符号11は排気ポート13を開閉する排気バルブ、符号15は燃料噴射弁である。エンジンの燃焼室は、ピストン1の頂面、シリンダブロック3、シリンダヘッド5、吸排気バルブ7,11のバルブヘッド面(燃焼室に臨む面)で形成される。ピストン1の頂面には、キャビティ17が形成されている。なお、点火プラグの図示は省略している。
【0041】
ところで、エンジンの熱効率は、理論的に幾何学的圧縮比を高めるほど、また、作動ガスの空気過剰率を大きくするほど、高くなることが知られている。しかし、実際には、圧縮比を大きくするほど、また、空気過剰率を大きくするほど、冷却損失が大きくなるため、圧縮比及び空気過剰率の増大による熱効率の改善は頭打ちになる。
【0042】
すなわち、冷却損失は、作動ガスからエンジン燃焼室壁への熱伝達率、その伝熱面積、及びガス温と壁温との温度差に依存する。このため、エンジン燃焼室において、エンジン部品の金属製母材よりも熱伝導率が低い材料からなる断熱層が用いられた断熱構造体が構成されている。
【0043】
<断熱構造体>
そこで、以下では、本実施形態に係る断熱構造体について説明する。
【0044】
本実施形態に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体は、エンジン燃焼室を構成する部品であるピストンの頂面等に断熱層が形成されて構成されるものである。このようなエンジン燃焼室部材の断熱構造体について
図2を参照しながら説明する。
【0045】
図2に示すように、エンジン部材としてのピストン本体19の頂面19a(エンジン燃焼室に臨む面)に断熱層21が形成されている。ピストン本体19の頂面19aの中央には上記キャビティ17に対応する凹陥部が形成されており、断熱層21はその頂面19aの形状に倣うように略均一な厚さで形成されている。
【0046】
断熱層21は、断熱層本体としての樹脂層27と、この樹脂層27の表面を覆う金属箔層29とを備えている。樹脂層27は、ピストン本体19の頂面19aの全体を覆う低熱伝導性の基層23と、この基層23の表面を全面にわたって覆う高硬度の表面層25とを備えている。なお、説明の便宜上、図面は基層23と表面層25とが境界をもって接しているように描いているが、後述の説明から明らかになるように、表面層25は、シリコーン系樹脂の酸化度合いが表面から内部に向かって連続的に小さくなって基層23に続いており、実際には両層23,25に明瞭なる境界はない。この点は
図3も同じである。
【0047】
なお、
図2では、エンジン燃焼室部材をピストン本体19として説明したが、これに限られず、シリンダヘッド等の他のエンジン燃焼室を構成する部材に断熱層21を設けてもよい。
【0048】
本例のピストン本体19はT6処理を施してなるアルミ合金製である。また、ピストン本体19の断熱層21が形成される頂面19aは、ブラスト処理及び陽極酸化処理(アルマイト処理)の少なくとも一方の粗面化処理が施されている。これにより、ピストン本体19の頂面19aに凹凸が形成されている。また、アルマイト処理を用いると、シリコーン系樹脂の有機基等と結合可能な反応基(OH基)が生成される。このため、ピストン本体19と断熱層21における樹脂層27との密着性を向上でき、その結果、断熱層21がピストン本体19から剥離することを防止できる。
【0049】
樹脂層27は、その厚さが60μm以上200μm以下となるように形成されている。樹脂層27の厚さを60μm以上とすると、必要とする断熱特性を得ることができ、一方、200μm以下とするとエンジンの高温時における樹脂層27の収縮、及び樹脂層27からのアウトガスの発生を抑制できて、樹脂層27の剥離を防ぐことができる。このため、樹脂層27の厚さは60μm以上200μm以下が好ましい。
【0050】
また、樹脂層27は、
図3に示すように、無機酸化物の中空状粒子31を含む、シリコーン系樹脂を主体とする層である。すなわち、樹脂層27の基層23は、三次元架橋構造のシリコーン系樹脂よりなる母材(マトリックス)33に多数の中空状粒子31が分散してなる。基層23は、母材33が熱伝導率の低いシリコーン系樹脂で構成され、且つ中空状粒子31を含むことで熱伝導性の低い空気が多く存在することから、低熱伝導性の層になっている。
【0051】
一方、表面層25は、母材35に同じく多数の中空状粒子31が分散してなるが、その母材35は、原材料はシリコーン系樹脂であるものの、その少なくとも一部が酸化してSi系酸化物(例えば、SiO
2)になっている。特に母材35の表面ではシリコーン系樹脂の酸化度が高く、基層23に近づくほど酸化度が低くなっている。このように、表面層25は、母材35がSi系酸化物を主体とするから、耐熱性が高く且つ高硬度の層になっており、さらに、中空状粒子31を含むことから、熱伝導性も低い。表面層25は、例えば熱処理によりシリコーン系樹脂を酸化することにより形成される。ここで、ピストン本体19の材料であるアルミ合金であり、ピストン本体19の表面に形成された樹脂層27を極めて高い温度で処理すると、ピストン本体19の機械的強度が低下するおそれがあるため、例えば180℃程度で熱処理することが好ましい。さらに、樹脂層27における少なくとも表面のシリコーン系樹脂の酸化が進むようにするために、熱処理を65時間程度行うことが好ましい。これにより、シリコーン系樹脂の酸化が少なくとも部分的に生じて、鉛筆硬度がHB以上の硬度を有する表面層25を形成できる。
【0052】
無機酸化物の中空状粒子31としては、フライアッシュバルーン、シラスバルーン、シリカバルーン、エアロゲルバルーン等のSi系酸化物成分(例えば、SiO
2)を含有するセラミック系中空状粒子を採用することが好ましい。各々の材質及び粒径は表1の通りである。
【0054】
例えば、フライアッシュバルーンの化学組成は、SiO
2;40.1〜74.4%、Al
2O
3;15.7〜35.2%、Fe
2O
3;1.4〜17.5%、MgO;0.2〜7.4%、CaO;0.3〜10.1%(以上は質量%)である。シラスバルーンの化学組成は、SiO
2;75〜77%、Al
2O
3;12〜14%、Fe
2O
3;1〜2%、Na
2O;3〜4%、K
2O;2〜4%、IgLoss;2〜5%(以上は質量%)である。なお、中空状粒子31の粒子径は平均で15μm以上25μm以下であることが好ましく、樹脂層27内におけるその含有率は、20vol%以上60vol%以下であることが好ましい。
【0055】
樹脂層27における中空状粒子31の含有量が20vol%以上では、樹脂層27内に空気層を多く含むため、必要とする断熱特性を得ることでき、一方、60vol%以下とすると、中空状粒子31同士を繋ぐのに必要な樹脂の量を確保できるため、耐久性のある膜を形成することが可能となる。そこで、樹脂層27における中空状粒子31の含有量が20vol%以上60vol%以下とすることが好ましい。
【0056】
また、中空状粒子31の平均粒子径が15μm以上では、その粒子内に含まれる空気量を大きくすることができ、一方、25μm以下とすると、樹脂層27の厚さに対して含有できる粒子量を多くでき、必要とする空気層の量を得ることができる。このため、中空状粒子31の平均粒子径をその範囲にすると、必要な断熱特性を得ることができる。さらに、中空状粒子31の平均粒子径を25μm以下とすると樹脂層27の表面粗さを小さくでき、表面温度の局所的な上昇を防ぎ、エンジンの異常燃焼及び樹脂層27の熱損を防ぐことができる。そこで、中空状粒子31の平均粒子径は、15μm以上25μm以下であることが好ましい。
【0057】
本実施形態で用いられるシリコーン系樹脂としては、例えば、メチルシリコーン樹脂、メチルフェニルシリコーン樹脂に代表される、分岐度の高い3次元ポリマーからなるシリコーン樹脂を好ましく用いることができる。シリコーン樹脂の具体例としては、例えばポリアルキルフェニルシロキサンを挙げることができる。
【0058】
金属箔層29は、熱伝導率が高い金属材料からなり、その金属としては、例えば、金、銀、ニッケル等が挙げられるが、これらに限定されない。また、金属箔層29は、樹脂層27と接する側(下層側)に、Al又はAl合金等からなるAl含有層30を有する。このAl含有層30は、上記ニッケル箔等の一方の面に対して蒸着又はめっき処理することで設けられる。この他に、Al含有層30は、上記ニッケル箔等の一方の面にAl箔又はAl合金箔を重ねて圧延処理することで得られる。また、このAl含有層30の樹脂層27と接する側(下層側)には、粗面化処理が施されており、粗面化処理としては、例えばブラスト処理又は陽極酸化処理(アルマイト処理)を用いることができる。これにより、Al含有層30の下層側に凹凸が形成されて、樹脂層27との密着性を向上できる。また、アルマイト処理を用いると、Al含有層30の下層側にOH基が生成され、そのOH基が樹脂層27におけるシリコーン系樹脂の有機基と反応して結合できるため、Al含有層30と樹脂層27との密着性を向上できる。その結果、金属箔層29と樹脂層27との密着性を向上できて、金属箔層29が樹脂層27から剥離することを防止できる。
【0059】
上述の如く、断熱層21は、耐熱性が高く、熱容量が小さく且つ熱伝導率が高い金属箔層29、並びにSi系酸化物を主体とする耐熱性が高く且つ高硬度の表面層25によって、シリコーン系樹脂を主体とする低熱伝導性の基層23が保護された構成になっている。そのため、断熱層21は、極めて厳しい熱と圧力環境に曝されても、金属箔層29及び硬度が増加した表面層25により、基層23の変形ないし損傷が防止され、低熱伝導率のシリコーン系樹脂と空気断熱効果を有する中空状粒子31とにより優れた断熱性能を発揮する。また、金属箔層29や表面層25とピストン本体19との熱膨張差が基層23の低硬度のシリコーン系樹脂によって吸収されるため、クラックの発生や剥離が防止される。
【0060】
さらに、金属箔層29は、シリコーン系樹脂に比べて、比熱容量が小さいため、断熱層21の表面温度がエンジン燃焼室のガス温の変化に応答性良く追従することになる。これにより、断熱層21の表面温度と燃焼室ガス温との温度差が小さくなり易く、その結果、冷却損失が抑制される。また、金属箔層29はシリコーン系樹脂に比べて熱伝導率が高く熱拡散性が良いため、断熱層21の表面温度が局所的に高くなることが防止される。これにより、エンジンの異常燃焼が防止され、シリコーン系樹脂の熱損も防止される。
【0061】
<断熱構造体の製造方法>
次に、本実施形態に係る断熱構造体の製造方法について
図4(a)〜(c)及び
図5(a)〜(c)を参照しながら説明する。
図4(a)〜(c)は本発明に係るエンジン燃焼室部材の断熱構造体を製造する方法を工程順に示す図である。また、
図5(a)〜(c)はその製造に用いられる金属箔の加工方法を工程順に示す図である。
【0062】
また、以下では、ピストン本体19の頂面に断熱層21を形成する方法を説明するが、シリンダブロックなど他のエンジン部材においてもピストン本体19の場合と同様の方法で断熱層を形成することができる。
【0063】
まず、エンジン部材であるピストン本体19と断熱層材料とを準備する。ピストン本体19については、脱脂処理により、その断熱層を形成すべき表面に付着している油脂や指紋等の汚れを除去する。また、断熱層材料としてシリコーン系樹脂と中空状粒子とを攪拌・混合してなる樹脂材27aを準備する。必要に応じて、増粘剤や希釈溶剤を添加して樹脂材27aの粘度を調整する。ここで、ピストン本体19と樹脂材27a、特にシリコーン系樹脂との付着力を高めるべく、ピストン本体19の樹脂層材料が塗布される頂面19aに粗面化処理を施すことが好ましい。粗面化処理としては、例えばサンドブラスト等のブラスト処理を行うことが好ましい。例えば、ブラスト処理は、エアーブラスト装置を使用し、研削材として粒度#30のアルミナを用い、圧力0.39MPa、時間45秒、距離100mmの処理条件で行うことができる。なお、これに限らず、ピストン本体19がAl合金からなる場合、アルマイト処理を行うことでピストン本体19とシリコーン系樹脂を含む樹脂材27aとの付着力を向上させてもよい。例えば、アルマイト処理は、シュウ酸浴を用い、浴温20℃、電流密度2A/dm
2、時間20分の処理条件で行うことができる。
【0064】
上記のようにピストン本体19及び樹脂剤27を準備した後、
図4(a)に示すように、樹脂材27aをピストン本体19の頂面19aにスプレーや刷毛を用いて塗布する。続いて、熱風乾燥、赤外線ヒータ等により、ピストン本体19の頂面19aの樹脂材27aの予備乾燥を行う。樹脂材27aの厚さが所望の厚さに至っていない場合には、所望の厚さに至るまで塗布と予備乾燥とを繰り返し行い(重ね塗り)、所望の厚さに調整する。或いは、ピストン本体19の頂面19aに樹脂材27aを載せ、ピストン頂面19a形状に倣った成形面を有する成形型によって樹脂材27aをピストン本体19の頂面19aに押し付け、その頂面19a全体にわたって拡げてもよい。以上のようにして、樹脂材27aの厚さを調整することができ、本実施形態では、上記の理由から60μm以上200μm以下となるように調整する。
【0065】
次に、
図4(b)に示すように、形成した樹脂材27aの表面に金属箔29aを接着する。このとき、ローラー、又はピストン本体19の頂面19aの形状と同一形状の型を用いて押し付けることで接着できる。
【0066】
なお、この接着の前に、予め、金属箔29aを樹脂材27aの表面形状(ピストン本体19の頂面19a形状)に成形しておく。成形方法は、特に限られないが、例えば
図5(a)及び(b)に示すように、例えばニッケルからなり、厚さが1μm〜5μm程度の金属箔29a、並びにピストン本体19の頂面19a形状に対応する上型39a及び下型39bを準備し、通常のプレス成形法により、その金属箔29aをピストン本体19の頂面19a形状(樹脂材27aの表面形状)に成形する。このとき、下型39bの表面が粗面化されていることが好ましく、このようにすると、金属箔29aの下面(樹脂材27aと接着する面)が粗面化され、樹脂材27aとの接着性を向上できる。
【0067】
その後、
図5(c)に示すように、成形された金属箔29aの下面にAl又はAl合金等を蒸着等の処理をすることによりAlを含むAl含有層30を形成する。蒸着では、例えば抵抗加熱タイプ真空蒸着装置を用い、高真空(10
−4Pa以下)で2分間処理することで、純Al皮膜を得ることができ、これによりAl含有層30を得ることができる。なお、Al含有層30の形成には、めっき法等の他の方法を用いてもよい。さらに、形成したAl含有層30に対して、アルマイト処理を行うことが好ましく、このようにすると、金属箔29aと樹脂材27aとの密着性をより向上できて、金属箔29aの剥離を防止できる。アルマイト処理は、例えばシュウ酸浴を用い、浴温20℃、電流密度2A/dm
2、時間5分の処理条件で行うことができる。なお、アルマイト処理の他にサンドブラスト等のブラスト処理を行うことでAl含有層30の粗面化を行ってもよい。ブラスト処理は、例えばマイクロブラスト装置を使用し、研削材として粒度#3000のアルミナを用い、圧力0.1MPa、時間45秒、距離100mmの処理条件で行うことができる。
【0068】
上記のように、金属箔29aを加工し、該金属箔29aを樹脂材27aに接着した後に、
図4(c)に示すように、樹脂材27aに対して、約180℃で65時間程度の熱処理を行う。熱処理は、樹脂材27a内のシリコーン系樹脂の少なくとも表面部を酸化することにより硬化できて、且つAl合金製ピストン本体19が軟化しない温度及び時間であれば、特に限定されない。このとき熱は樹脂材27aの表面から内部に伝わるため、樹脂材27aにはその表面から内部に向かって温度が漸次低くなる温度勾配ができる。樹脂材27aの表面はシリコーン系樹脂の酸化温度以上の温度に加熱されているため、この表面のシリコーン系樹脂は酸化されて、Si系酸化物が生成する。すなわち、樹脂材27aの表面側には、
図3に示す上述のSi系酸化物を主体とする硬化した母材35に中空状粒子31が分散した表面層25が形成される。
【0069】
当該加熱により、断熱材層内部のシリコーン系樹脂も架橋が進むものの、上記温度勾配により、シリコーン系樹脂が酸化するほどには温度が上がらず、
図3に示す上述の三次元架橋構造のシリコーン系樹脂を母材33として中空状粒子31が分散した基層23が形成される。また、基層23はシリコーン系樹脂の架橋が進む過程で当該三次元架橋構造のシリコーン系樹脂を介してピストン本体19に結合した状態になる。
【0070】
以上により、
図3に示す基層23と表面層25とよりなる樹脂層27、及び金属箔層29を含む断熱層21がピストン本体19の頂面19aに形成される。
【0071】
樹脂材27aの表面を加熱する方法としては、金属箔29aの表面を直接火炎で加熱してもよいし、赤外線ヒータなどで加熱してもよい。
【0072】
断熱材層の表面のシリコーン系樹脂を酸化させつつ内部のシリコーン系樹脂の酸化を抑制するために、ピストン本体19をピストンスカートの内側から水冷又は空冷によって冷却するようにしてもよい。また、断熱材層の表面を加熱する前に、断熱材層全体をシリコーン系樹脂の酸化温度よりも低い温度に加熱して、上記シリコーン系樹脂の架橋を進めておくようにしてもよい。
【符号の説明】
【0073】
1 ピストン
3 シリンダブロック(エンジン部材)
5 シリンダヘッド(エンジン部材)
7 吸気バルブ(エンジン部材)
11 排気バルブ(エンジン部材)
19 ピストン本体(エンジン部材)
19a 頂面
21 断熱層
23 基層
25 表面層
27 樹脂層
27a 樹脂材
29 金属箔層
29a 金属箔
30 Al含有層
31 中空状粒子
33 基層の母材(シリコーン系樹脂)
35 表面層のSi系酸化物を有する母材
39a 上型
39b 下型