特許第6036617号(P6036617)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6036617靭性に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6036617
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】靭性に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20161121BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20161121BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20161121BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20161121BHJP
【FI】
   C22C38/00 301W
   C22C38/14
   C22C38/60
   C21D9/46 T
【請求項の数】8
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-187014(P2013-187014)
(22)【出願日】2013年9月10日
(65)【公開番号】特開2015-54974(P2015-54974A)
(43)【公開日】2015年3月23日
【審査請求日】2015年4月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼坂 典晃
(72)【発明者】
【氏名】堤 聡
【審査官】 鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/099206(WO,A1)
【文献】 特許第5641086(JP,B2)
【文献】 特開2009−007659(JP,A)
【文献】 特開2010−095753(JP,A)
【文献】 特開平07−197124(JP,A)
【文献】 特開2004−143503(JP,A)
【文献】 特開昭60−243226(JP,A)
【文献】 特開昭59−107023(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 8/00 − 8/04
C21D 9/46 − 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.050%以上0.090%以下、 Si:0.45%以下、
Mn:1.20%以上1.60%未満、 P :0.03%以下、
S :0.005%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.0060%以下、 Ti:0.13%以上0.20%未満
を含有し、固溶状態のTi量が0.04%以上であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有し、ベイナイト相の面積率が75%以上(100%を含む)、フェライト相の面積率が25%以下(0%を含む)、前記ベイナイト相の平均ラス幅が600nm以下である組織を有し、降伏強さが700MPa以上であることを特徴とする靭性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項2】
前記組成に加えて更に、質量%でV:0.01%以上0.1%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度熱延鋼板。
【請求項3】
前記組成に加えて更に、質量%で、Ni、Cr、Co、Cuのうちから選ばれる1種以上を合計で1.0%以下含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高強度熱延鋼板。
【請求項4】
前記組成に加えて更に、質量%で、REM、Sn、Sb、Mg、Caのうちから選ばれる1種以上を合計で0.1%以下含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の高強度熱延鋼板。
【請求項5】
鋼素材を加熱し、熱間圧延を施した後、冷却し、巻き取り、熱延鋼板とするにあたり、前記鋼素材を、質量%で、
C :0.050%以上0.090%以下、 Si:0.45%以下、
Mn:1.20%以上1.60%未満、 P :0.03%以下、
S :0.005%以下、 Al:0.1%以下、
N :0.0060%以下、 Ti:0.13%以上0.20%未満
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成とし、前記加熱の加熱温度を1150℃以上1350℃以下とし、前記熱間圧延の仕上げ圧延終了温度を850℃以上とし、前記冷却を前記熱間圧延の仕上げ圧延終了後3s以内に開始し、前記冷却の平均冷却速度を10℃/s以上とし、前記冷却の停止温度および前記巻き取りの巻取り温度を300℃以上600℃未満として、前記熱延鋼板を、固溶状態のTi量が0.04%以上であり、ベイナイト相の面積率が75%以上(100%を含む)、フェライト相の面積率が25%以下(0%を含む)、前記ベイナイト相の平均ラス幅が600nm以下である組織を有し、降伏強さが700MPa以上である熱延鋼板とすることを特徴とする靭性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記組成に加えて更に、質量%でV:0.01%以上0.1%以下を含有することを特徴とする請求項5に記載の高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記組成に加えて更に、質量%で、Ni、Cr、Co、Cuのうちから選ばれる1種以上を合計で1.0%以下含有することを特徴とする請求項5または6に記載の高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記組成に加えて更に、質量%で、REM、Sn、Sb、Mg、Caのうちから選ばれる1種以上を合計で0.1%以下含有することを特徴とする請求項5ないし7のいずれかに記載の高強度熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用部材の使途に有用な、降伏強さ(YS):700MPa以上の高強度と優れた靱性を兼ね備えた高強度熱延鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年地球環境保全の観点から、自動車業界全体でCO2排出量削減を目的とした自動車の燃費改善が指向されている。燃費改善には、使用部品の薄肉化による自動車車体の軽量化が有効である。また、衝突時における乗員の安全を確保するために、自動車車体を強化し、自動車車体の衝突安全性を向上することも要求されている。このような観点から、自動車部品用素材として、軽量化と安全性との両立が可能な高強度熱延鋼板が使用されるようになり、その使用量は年々増加しつつある。
【0003】
一方、鋼板は、その高強度化に伴い靱性が悪化する傾向にある。靱性が不十分な鋼板を素材として製造された自動車部品は、破壊形態が脆性破壊となるため、設計通りの特性が得られない。したがって、このような部品を自動車に搭載すると、実使用時に予期しない事故につながる可能性があり、問題となる。また、鋼板の靭性低下に起因する上記問題は、降伏強さが700MPa以上の高強度鋼板で顕著となる。
以上の理由により、自動車部品等の軽量化を図るうえでは、高強度と靱性とを兼備した鋼板の開発が必須である。
【0004】
自動車部品用の熱延鋼板に関しては、様々な技術が公開されている。
例えば、特許文献1には、質量%で、C:0.05%以上0.20%未満、Mn:0.5%以上1.5%未満、sol.Al:0.002%以上0.05%未満であり、Siは0.1%未満、Crは0.1%未満、Tiは0.01%以下、Nbは0.005%未満、Vは0.01%以下、Nは0.005%未満にそれぞれ規制されており、残部がFeおよび不純物からなる組成を有し、鋼板表面からの深さが板厚の1/4である位置における組織が、フェライト相を主相として体積割合で10〜30%のマルテンサイト相を含有するものであり、前記フェライト相の平均結晶粒径が1.1〜3.0μm、前記マルテンサイト相の平均粒径が3.0μm以下である熱延鋼板が公開されている。また、特許文献1には、上記のように組織を規定すると、細粒化および複相化の相乗効果により、耐力が350MPa以上、引張強さが590MPa以上、降伏比が0.50〜0.90であり、且つ靭性に優れたDual Phase熱延鋼板が得られると記載されている。
【0005】
特許文献2には、質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:1.50%以下(0%を含まない)、Mn:0.5〜2.5%、P:0.035%以下(0%を含まない)、S:0.01%以下(0%を含む)、Al:0.02〜0.15%、Ti:0.05〜0.2%を夫々含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、金属組織が、60〜95体積%のベイナイトの他、固溶強化または析出強化したフェライトまたはフェライトとマルテンサイトを含む組織であり、衝撃試験で得られる破面遷移温度vTrsが0℃以下である熱延鋼板が公開されている。
【0006】
特許文献3には、質量%で、C:0.020〜0.20%、Si:1.5%以下、Mn:0.50〜3.0%、P:0.10%以下、S:0.01%以下、Al:0.01〜0.5%、N:0.005%以下を含み、かつ、Ti、Nbの一種又は二種を合計で0.10〜0.50%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらに前記Tiおよび前記Nbの合計含有量の60%以上が固溶状態である熱延鋼板が公開されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−342387号公報
【特許文献2】特開2006−274318号公報
【特許文献3】特開2006−161139号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に公開された技術では、所定の靭性を確保し得るものの、必ずしも十分な強度を備えた熱延鋼板は得られない。
また、特許文献2に公開された技術では、化学成分の含有量が適切でないため、本発明で求める良好な靱性を備えた熱延鋼板を得ることができなかった。すなわち、その実施例が示すように、強度等を確保する目的で所定量のNbが含有されているため、スラブ再加熱時にTiおよびNbを含む粗大な炭化物を溶解することが困難となり、熱延鋼板の靭性が劣位となる。そのため、特許文献2に公開された技術では、靭性を確保するために巻取り後のコイルを強制冷却する工程を設けて鋼中のPの偏析を抑制する必要があり、製造コストが増大する。
【0009】
特許文献3に公開された技術では、NbとTiとを同時に含有する鋼素材(スラブ)を用いるため、スラブ再加熱で粗大な炭化物を溶解することが困難となる。この粗大な炭化物は、き裂発生の起点となり、靱性に悪影響をもたらす。したがって、特許文献3で提案された技術では、熱延鋼板に十分な靭性を付与することができない。
【0010】
以上のように、従来技術では、優れた靱性と強度を兼ね備えた熱延鋼板を得ることが困難であった。
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、高強度であり且つ靭性にも優れた高強度熱延鋼板、具体的には、降伏強さ:700MPa以上を有し、シャルピー衝撃試験により得られるエネルギー遷移温度が−40℃以下である高強度熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決すべく、本発明者らは、熱延鋼板の強度および靭性に影響を及ぼす各種要因について鋭意検討した。
一般的に、ベイナイト鋼は、強度−靭性バランスが良好であることで知られている。そこで、本発明者らは、熱延鋼板の主たる組織をベイナイトとし、熱延鋼板の強度と靭性をより一層向上させる手段について検討した。
【0012】
鋼板の高強度化を図る手段としては、金属組織をマルテンサイト含有組織とする手段が考えられる。しかしながら、マルテンサイトは鋼の靭性に悪影響を及ぼし、且つ鋼の降伏強さを低くする。そのため、ベイナイトとともにマルテンサイトを含有する組織では、強度−靭性バランスに優れた熱延鋼板とすることができない。一方、ベイナイトとともにマルテンサイト以外の組織、例えばフェライト等が含まれると、熱延鋼板の強度が低下し、靱性も低下する傾向にある。そこで、本発明者らは、C等の固溶強化能を活用するとともに、金属組織のベイナイト分率を高めることで、熱延鋼板の更なる高強度化を試みた。そして、本発明者らによる検討の結果、C、SiおよびMnを所定量添加すると、金属組織のベイナイト分率が上昇し、靭性の劣化を伴うことなく熱延鋼板が高強度化するという知見を得た。
【0013】
ベイナイトを主たる組織とする熱延鋼板は、通常、鋼素材をオーステナイト単相域に加熱して熱間圧延を施した後、所定の温度域まで冷却し、冷却過程でオーステナイトをベイナイトに変態させることにより製造される。ここで、CおよびMnは、熱間圧延終了後の冷却過程で鋼のフェライト変態の開始を抑制する作用を有する。また、C、SiおよびMnは、固溶強化元素として知られている。したがって、これらの元素の含有量を最適化すれば、強度−靭性バランスに優れたベイナイト組織を確保することができ、靭性の劣化を伴うことなく熱延鋼板の強度が上昇する。
【0014】
以上のように、本発明者らは、C、SiおよびMnの含有量を最適化することにより、金属組織のベイナイト分率が向上し、熱延鋼板の強度が上昇することを確認した。しかしながら、C、SiおよびMnの含有量を最適化しただけでは、熱延鋼板の大幅な靭性向上が期待できないことも明らかになった。そこで、本発明者らは、ベイナイト組織を微細化することで、熱延鋼板の靭性を高めることに思い至った。そして、ベイナイト組織を微細化する手段について検討した結果、固溶状態のTiを活用して、熱間圧延時にオーステナイトの再結晶化を阻止することにより、極めて微細なベイナイト組織が得られるという知見を得た。
【0015】
鋼素材中(または鋼板中)に所定量の固溶Tiが存在すると、熱間圧延時にオーステナイトの再結晶化が抑制され、オーステナイトの転位密度を高めることができる。このように転位が蓄積されたオーステナイト組織の鋼を急冷してベイナイト変態させると、ラス幅の狭い微細なベイナイト組織が得られ、熱延鋼板の靭性が大幅に向上する。また、ベイナイト組織の微細化に伴い、熱延鋼板の強度も向上する。
【0016】
また、ベイナイトの生成に伴い、ベイナイトのラス間や旧オーステナイト粒界にセメンタイトが析出するが、一般的に鋼中のセメンタイトが粗大化すると、靱性低下の要因となる。そこで、本発明者らは、ベイナイトのラス間や旧オーステナイト粒界に析出するセメンタイトを微細化し、熱延鋼板の靱性をより一層高める手段についても検討した。その結果、熱延鋼板のC含有量を、ベイナイト組織の生成に支障がでない程度に低減すると、熱延鋼板の靱性に悪影響を及ぼさない程度にセメンタイトが微細化することが明らかになった。
【0017】
そして、以上の結果を踏まえて本発明者らが更に検討を進めた結果、C、SiおよびMnの含有量を最適化することに加えて、熱間圧延時に固溶状態のTiを確保し得るようにTi含有量を最適化して熱間加工組織を制御することで、降伏強さが700MPa以上であり且つ靭性にも優れた熱延鋼板が得られるという知見を得た。
【0018】
本発明は、上記の知見に基づき完成されたものであり、その要旨は次のとおりである。
[1] 質量%で、C:0.050%以上0.090%以下、Si:0.45%以下、Mn:1.20%以上1.60%未満、P:0.03%以下、S:0.005%以下、Al:0.1%以下、N:0.0060%以下、Ti:0.13%以上0.20%未満を含有し、固溶状態のTi量が0.04%以上であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有し、ベイナイト相の面積率が75%以上(100%を含む)、フェライト相の面積率が25%以下(0%を含む)、前記ベイナイト相の平均ラス幅が600nm以下である組織を有し、降伏強さが700MPa以上であることを特徴とする靭性に優れた高強度熱延鋼板。
【0019】
[2] [1]において、前記組成に加えて更に、質量%でV:0.01%以上0.1%以下を含有することを特徴とする高強度熱延鋼板。
【0020】
[3] [1]または[2]において、前記組成に加えて更に、質量%で、Ni、Cr、Co、Cuのうちから選ばれる1種以上を合計で1.0%以下含有することを特徴とする高強度熱延鋼板。
【0021】
[4] [1]ないし[3]のいずれかにおいて、前記組成に加えて更に、質量%で、REM、Sn、Sb、Mg、Caのうちから選ばれる1種以上を合計で0.1%以下含有することを特徴とする高強度熱延鋼板。
【0022】
[5] 鋼素材を加熱し、熱間圧延を施した後、冷却し、巻き取り、熱延鋼板とするにあたり、前記鋼素材を、質量%で、C:0.050%以上0.090%以下、Si:0.45%以下、Mn:1.20%以上1.60%未満、P:0.03%以下、S:0.005%以下、Al:0.1%以下、N:0.0060%以下、Ti:0.13%以上0.20%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成とし、前記加熱の加熱温度を1150℃以上1350℃以下とし、前記熱間圧延の仕上げ圧延終了温度を850℃以上とし、前記冷却を前記熱間圧延の仕上げ圧延終了後3s以内に開始し、前記冷却の平均冷却速度を10℃/s以上とし、前記冷却の停止温度および前記巻き取りの巻取り温度を300℃以上600℃未満として、前記熱延鋼板を、固溶状態のTi量が0.04%以上であり、ベイナイト相の面積率が75%以上(100%を含む)、フェライト相の面積率が25%以下(0%を含む)、前記ベイナイト相の平均ラス幅が600nm以下である組織を有し、降伏強さが700MPa以上である熱延鋼板とすることを特徴とする靭性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【0023】
[6] [5]において、前記組成に加えて更に、質量%でV:0.01%以上0.1%以下を含有することを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法。
【0024】
[7] [5]または[6]において、前記組成に加えて更に、質量%で、Ni、Cr、Co、Cuのうちから選ばれる1種以上を合計で1.0%以下含有することを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法。
【0025】
[8] [5]ないし[7]のいずれかにおいて、前記組成に加えて更に、質量%で、REM、Sn、Sb、Mg、Caのうちから選ばれる1種以上を合計で0.1%以下含有することを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によると、自動車の構造部材等の使途に好適な、降伏強さ:700MPa以上であり且つ靱性に優れた高強度熱延鋼板が得られ、自動車部品の軽量化やその信頼性を向上させる等、その効果は著しい。また、本発明による高強度熱延鋼板は、上記のような優れた特性を具えるため、高強度熱延鋼板の更なる用途展開が可能となり、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明について具体的に説明する。
まず、本発明熱延鋼板の組織の限定理由について説明する。
本発明の熱延鋼板は、ベイナイト相の面積率が75%以上(100%を含む)、フェライト相の面積率が25%以下(0%を含む)、前記ベイナイト相の平均ラス幅が600nm以下である組織を有する。
【0028】
ベイナイト相の面積率:75%以上(100%を含む)
ベイナイト相は、非常に微細な組織であるため、熱延鋼板の高強度化および靱性の向上に極めて有効である。降伏強さ:700MPa以上かつ優れた靱性(エネルギー遷移温度:−40℃以下)の熱延鋼板を得るには、ベイナイト相の面積率を75%以上とする必要がある。ベイナイト相の面積率は、90%以上とすることが好ましく、95%超とすることがより一層好ましく、100%(ベイナイト単相)としてもよい。ベイナイト相の面積率が90%以上である場合にはエネルギー遷移温度が−60℃以下、ベイナイト相の面積率が95%超の場合にはエネルギー遷移温度が−70℃以下となり、より優れた靱性を有する熱延鋼板が得られる。
【0029】
ベイナイト相の平均ラス幅:600nm以下
ベイナイト相の結晶粒の大きさは、ラス状組織を観察することにより評価することができる。ベイナイト相のラス状組織は、透過型電子顕微鏡により長方形に観察される組織であり、その長方形の短辺側の寸法がラス幅である。
ラスの短辺側(ラス幅)が短くなるにつれて鋼の靱性は改善する傾向にあり、本発明においてはベイナイト相の平均ラス幅を600nm以下とする。好ましくは、400nm以下である。なお、ベイナイト相の平均ラス幅が600nm以下である組織は、後述するように、鋼素材のTi含有量を最適化して熱間圧延時に固溶状態のTiを確保し、オーステナイトの再結晶化を抑制して加工オーステナイトを形成させることにより得られる。
【0030】
なお、ベイナイト組織のラス間や旧オーステナイトの粒界上にはセメンタイトが形成されるが、特に粒径が0.5μmを超えるセメンタイトは、き裂発生の起点となるため、熱延鋼板の靱性低下を招来する。したがって、熱延鋼板に含まれるセメンタイトの全個数(NT)に対し、粒径が0.5μmを超えるセメンタイトの個数(NC)の比率、すなわち個数比(NC/NT×100(%))を、10%以下とすることが好ましい。
【0031】
本発明熱延鋼板の組織のうち、ベイナイト相以外の組織としては、フェライト相やマルテンサイト相が挙げられる。フェライト相は熱延鋼板の靱性を低下させ、マルテンサイト相は熱延鋼板の降伏強さを低下させる。そのため、これらの相は極力低減させることが望ましいが、フェライト相とマルテンサイト相の面積率は合計で25%以下まで許容できる。フェライト相とマルテンサイト相の面積率は、合計で10%以下とすることが好ましく、合計で5%未満とすることがより一層好ましい。また、フェライト相とマルテンサイト相のそれぞれの面積率は、以下のように規定することが好ましい。
【0032】
フェライト相の面積率:25%以下(0%を含む)
フェライト相は、ベイナイト相と比べて結晶粒が粗大であるため、靱性に劣る。また、フェライト相内部には多量の析出物が析出し、この析出物により更に靱性が低下する。したがって、フェライト相の面積率が高くなるにつれて、熱延鋼板の靱性が低下する。所望の靱性(エネルギー遷移温度:−40℃以下)を備えた熱延鋼板を得るには、フェライト相の面積率を25%以下とする必要がある。好ましくは、10%以下であり、より好ましくは5%未満である。
一方、マルテンサイトの面積率は、5%未満とすることが好ましく、0%とすることがより好ましい。
【0033】
また、先述のとおり、本発明においては、Cによる固溶強化や固溶状態のTiを活用した熱間加工組織の制御によって、熱延鋼板の高強度・高靱性化を図っている。しかし、本発明の熱延鋼板では、Tiを含む炭化物が析出することもあり、Tiを含む炭化物が析出する場合には、その平均粒子径を5nm以下にすることが好ましい。Tiを含む炭化物を、その平均粒子径が5nm以下になるように微細化すれば、粒子分散強化機構による熱延鋼板の強度上昇が期待できる。なお、Tiを含む炭化物としては、Ti炭化物やTi-V系複合炭化物が挙げられる。
【0034】
次に、本発明熱延鋼板の成分組成の限定理由について説明する。なお、以下の成分組成を表す%は、特に断らない限り質量%(mass%)を意味するものとする。
【0035】
C :0.050%以上0.090%以下
Cは、鋼の焼入れ性を高める元素であり、熱延鋼板を製造する際、鋼素材をオーステナイト単相域に加熱して熱間圧延した後の冷却・巻取り工程において、フェライト変態を抑制する作用を有する。また、Cは、固溶Cおよび微細な炭化物を形成することにより、熱延鋼板の高強度化に寄与する元素である。C含有量が0.050%を下回ると、フェライト相が多量に生成することによる熱延鋼板の靱性低下や降伏強さの低下を招き、靱性に優れた降伏強さ:700MPa以上の熱延鋼板が得られなくなる。一方、C含有量が0.090%を上回ると、粗大なセメンタイトの析出量が多くなり、熱延鋼板の靱性が低下する。また、C含有量が0.090%を上回ると、熱延鋼板を製造する際にスラブ(鋼素材)再加熱で溶解できない粗大な炭化物(Tiを含む炭化物)が生成する。この粗大な炭化物は、最終的に得られる熱延鋼板に残存し、靱性低下を招く。
【0036】
以上の理由により、C含有量は0.050%以上0.090%以下とする。好ましくは、0.055%以上0.080%以下である。
なお、先述のとおり、本発明の熱延鋼板の主相であるベイナイトのラス間や旧オーステナイト粒界には、セメンタイトが析出する。熱延鋼板の靱性を確保する観点からは、粒径が0.5μmを超えるセメンタイトの個数比は10%以下とすることが好ましく、セメンタイトの形成に寄与するC量を0.06%以下に抑制することが好ましい。
【0037】
Si:0.45%以下
Siは、固溶強化により熱延鋼板の高強度化に寄与する元素である。このような効果を発現させるためには、Si含有量を0.10%以上にすることが好ましい。一方、Siは、鋼板表面に赤スケールを生成させる元素であり、Si含有量が過剰になると、鋼板表面の外観を著しく損ねる。更に、この赤スケールは鋼板表面にノッチを生成させるため、熱延鋼板の曲げ性や耐疲労性を低下させる原因となる。本発明では、これらの問題を回避するために、Si含有量の上限を0.45%とする。好ましくは、0.12%以上0.35%以下である。
【0038】
Mn:1.20%以上1.60%未満
Mnは、固溶強化により熱延鋼板の高強度化に寄与する元素である。また、Mnは、熱延鋼板を製造する際、熱間圧延終了後の冷却過程においてオーステナイト→フェライト変態点を低下させる作用があり、熱延鋼板組織を所望のベイナイト分率を有する組織とするのに必要な元素である。ベイナイト相の面積率が75%以上である組織を得るには、Mn含有量を1.20%以上とする必要がある。一方、Mn含有量が1.60%以上になると、中心偏析により熱延鋼板の靱性に悪影響を及ぼすため、Mn含有量は1.60%未満とする。好ましくは1.22%以上1.55%以下である。
【0039】
P :0.03%以下
Pは、粒界に偏析して鋼板の靱性を低下させる有害な元素であるため、その含有量を極力低減することが好ましい。本発明では上記問題を回避すべく、P含有量を0.03%以下とする。好ましくは0.02%以下である。
【0040】
S :0.005%以下
Sは、鋼中でMnSなどの介在物として存在する。この介在物は、熱間圧延により楔状の形態となる。このような形態の介在物は、き裂の起点となり易く、熱延鋼板の靱性に悪影響を及ぼす。したがって、本発明では、S含有量を極力低減することが好ましく、0.005%以下とする。好ましくは0.003%以下である。
【0041】
Al:0.1%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素である。Alを製鋼の段階で脱酸剤として添加する場合、Al含有量を0.02%以上とすることが好ましい。一方、Al含有量が0.1%を超えると、アルミナなどの介在物による靱性低下が顕在化する。したがって、Al含有量は0.1%以下とする。好ましくは0.08%以下である。
【0042】
N :0.0060%以下
Nは、製鋼の段階でTiと結合して粗大な窒化物を形成する。この粗大な窒化物はき裂の起点となるため、熱延鋼板の靱性に悪影響を及ぼす。したがって、N含有量は極力低減することが好ましく、その上限を0.0060%とする。好ましくは0.0050%以下である。
【0043】
Ti:0.13%以上0.20%未満
Tiは、本発明において重要な元素のひとつである。Tiは、鋼素材中(または鋼板中)に固溶状態で存在する場合、熱間圧延時でのオーステナイトの再結晶挙動を変化させてベイナイト相を微細化する作用を有する。これにより、降伏強さ:700MPa以上かつ良好な靱性を有する熱延鋼板を得ることが可能となる。この効果を得るには、Ti含有量を0.13%以上とする必要がある。一方、Ti含有量が0.20%以上になると、スラブ(鋼素材)再加熱でTiを含む粗大な炭化物を溶解することができなくなり、Cを消費すること(すなわち固溶C量の低下)による鋼の焼入れ性低下や強度低下が顕在化する。また、上記のように粗大な炭化物を溶解することができなくなると、最終的に得られる熱延鋼板に粗大な炭化物が残存し、強度や靱性が低下する。以上の理由により、Ti含有量は0.13%以上0.20%未満とする。好ましくは0.14%以上0.18%以下である。
【0044】
固溶状態のTi量:0.04%以上
本発明は、固溶Tiにより熱間圧延時のオーステナイト相の加工組織を制御し、ベイナイト相の微細化を図ることに特長がある。そのため、本発明では、熱間圧延を施す際に鋼素材中(または鋼板中)の固溶Ti量を十分に確保する必要がある。この固溶Tiの一部は熱間圧延終了後の冷却・巻取り工程で微細な炭化物として析出するが、平均ラス幅が600nm以下のベイナイト相を得るには、最終的に得られる熱延鋼板(巻取り後の熱延鋼板)に含まれる固溶Ti量を質量%で0.04%以上とする必要がある。好ましくは0.06%以上である。
【0045】
以上が本発明の熱延鋼板における基本成分であるが、上記した基本成分に加えて更に、以下の元素を含有してもよい。
【0046】
V :0.01%以上0.1%以下
Vは、ベイナイト組織の微細化に有効な元素であり、熱延鋼板の高強度化および強靱化に寄与する元素である。これらの効果を得るには、V含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、V含有量が0.1%を超えると上記効果が飽和する。したがって、V含有量は、0.01%以上0.1%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.02%以上0.05%以下である。
【0047】
Ni、Cr、Co、Cuのうちから選ばれる1種以上:合計で1.0%以下
Ni、Cr、Co、Cuは、オーステナイト→フェライト変態温度を低下させ、オーステナイト→フェライト変態を抑制し、熱延鋼板組織のベイナイト分率を高め、材質安定化に寄与するために有効な元素である。このような効果を得るには、Ni、Cr、Co、Cuのいずれか1種以上を合計で0.01%以上含有させることが好ましい。一方、これらの元素の合計量が1.0%を上回ると、オーステナイト→フェライト変態温度が低下し過ぎ、マルテンサイト分率が高くなるため、熱延鋼板組織を所望のベイナイト分率を有する組織にすることが困難となる。したがって、Ni、Cr、Co、Cuのいずれか1種以上を含有させる場合には、含有量を合計で1.0%以下とすることが好ましく、合計で0.05%以上0.5%以下とすることがより好ましい。
【0048】
REM、Sn、Sb、Mg、Caのうちから選ばれる1種以上:合計で0.1%以下
REM、Sn、Sb、Mg、Caは、鋼中の介在物を球状化する効果や鋼板の表面性状を改善する効果を有し、これらの効果を通じて熱延鋼板の靱性改善に寄与する元素である。鋼中の介在物は、形状がより球形であるほうが、介在物周りでの応力集中が低減するため、き裂の起点となり難くなる。また、鋼板の表面性状が良好であるほうが、表面で発生する応力集中が低減するため、鋼板の靱性は向上する。これらの効果を発現させるためには、REM、Sn、Sb、Mg、Caのうちから選ばれる1種以上を合計で0.0002%以上含有させることが好ましい。一方、これらの元素の含有量が合計で0.1%を超えると、上記効果が飽和して合金コストが増大する。したがって、REM、Sn、Sb、Mg、Caのうちから選ばれる1種以上を含有させる場合には、含有量を合計で0.1%以下とすることが好ましく、合計で0.0005%以上0.05%以下とすることがより好ましい。
【0049】
なお、本発明の熱延鋼板において、上記以外の成分は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、例えばMo、W、Zr、Hf、As、Zn、Co、La、Pb、O(酸素)等が挙げられ、これらの含有量は合計で0.05%以下とすることが好ましい。
【0050】
なお、TiとNbが混在した状態であると、鋼素材中に、TiもしくはNbを含む粗大な炭化物や、粗大なTi-Nb系複合炭化物が形成される。特にスラブ(鋼素材)再加熱時に粗大なTi-Nb系複合炭化物を溶解させるには、TiもしくはNbがそれぞれ単独で添加された鋼素材よりも高温で加熱しなければならない。本発明では、Tiを多量に含有させているため、Nbを含有した場合、粗大なTi-Nb系複合炭化物を溶解させることが困難となり、熱延鋼板の強度低下や靱性低下の原因となる。したがって、本発明においては、Nbを含有させないことが好ましい。なお、Nbが不純物として含有する場合には、その含有量を0.02%以下に制限することが好ましく、0.01%未満に制限することがより好ましい。
【0051】
以上のように、熱延鋼板の組成と組織を最適化することで、靱性に優れた降伏強さ:700MPa以上の高強度熱延鋼板が得られる。なお、本発明の熱延鋼板の板厚は特に限定されないが、2.0mm以上8.0mm以下とすることが好ましい。
【0052】
次に、本発明熱延鋼板の製造方法について説明する。
本発明は、上記した組成の鋼素材(鋼スラブ)を加熱し、熱間圧延を施した後、冷却し、巻き取り、熱延鋼板とする。この際、前記加熱の加熱温度を1150℃以上1350℃以下とし、前記熱間圧延の仕上げ圧延終了温度を850℃以上とし、前記冷却を仕上げ圧延終了後3s以内に開始し、前記冷却の平均冷却速度を10℃/s以上とし、前記冷却の停止温度および前記巻き取りの巻取り温度を300℃以上600℃未満とすることを特徴とする。
【0053】
本発明において、鋼の溶製方法は特に限定されず、転炉、電気炉等、公知の溶製方法を採用することができる。また、真空脱ガス炉にて2次精錬を行ってもよい。その後、生産性や品質上の問題から連続鋳造法によりスラブ(鋼素材)とするのが好ましいが、造塊−分塊圧延法、薄スラブ連鋳法等、公知の鋳造方法でスラブとしてもよい。
【0054】
鋼素材の加熱温度:1150℃以上1350℃以下
上記の如く得られた鋼素材に熱間圧延を施すが、本発明においては、熱間圧延に先立ち鋼素材を加熱して実質的に均質なオーステナイト相とし、粗大な炭化物(Tiを含む炭化物)を溶解する必要がある。熱間圧延前の鋼素材に粗大な炭化物が残存した状態であると、最終的に得られる熱延鋼板にも炭化物が残存し、靱性が低下する。更に、熱間圧延前の鋼素材に粗大な炭化物が残存した状態であると、熱間圧延時において固溶Tiによるオーステナイト再結晶抑制効果が小さくなるため、その後の工程(熱間圧延終了後の冷却・巻取り工程)で微細なベイナイト組織が得られ難くなる。
【0055】
ここで、鋼素材の加熱温度が1150℃を下回ると、鋼素材中の粗大な炭化物(Tiを含む炭化物)が溶解しない。一方、鋼素材の加熱温度が1350℃を上回ると、スケールが噛み込み、熱延鋼板の表面性状が悪化する。したがって、鋼素材の加熱温度は1150℃以上1350℃以下とする。好ましくは1200℃以上1300℃以下である。但し、鋼素材に熱間圧延を施すに際し、鋳造後の鋼素材が1150℃以上1350℃以下の温度域にある場合、或いは鋼素材の炭化物が溶解している場合には、鋼素材を加熱することなく直送圧延してもよい。
【0056】
鋼素材を上記加熱温度に加熱したのち、熱間圧延を施す。熱間圧延は通常、粗圧延と仕上げ圧延とからなるが、粗圧延条件については特に限定されない。また、例えば薄スラブ連鋳法によりスラブ(鋼素材)を鋳造する場合には、粗圧延を省略してもよい。
【0057】
熱間圧延の仕上げ圧延終了温度:850℃以上
仕上げ圧延終了温度が850℃を下回ると、仕上げ圧延中にフェライト変態が開始してフェライト粒が伸展された組織となるうえ、部分的にフェライト粒が成長した混粒組織となるため、熱延鋼板の加工性が著しく低下する。したがって、仕上げ圧延終了温度は850℃以上とする。好ましくは870℃以上である。但し、仕上げ圧延終了温度が過剰に高くなると、オーステナイトへの転位の蓄積が減少し、微細な加工オーステナイトが得られ難くなることが懸念されるため、960℃以下とすることが好ましい。
【0058】
仕上げ圧延終了後、強制冷却を開始するまでの時間:3s以内
仕上げ圧延直後の高温状態の鋼板は、オーステナイト相に蓄積されたひずみエネルギーが大きいため、高温状態に長時間放置するとフェライト変態が開始したり、ひずみ誘起析出による炭化物が生じる。高温で析出するフェライト粒および炭化物は、いずれも粗大であることから、これらが析出すると高強度かつ良好な靱性を有する熱延鋼板が得られなくなる。したがって、本発明では、熱間圧延終了後速やかに強制冷却を開始する必要があり、仕上げ圧延終了後、少なくとも3s以内に冷却を開始する。好ましくは2s以内である。
【0059】
平均冷却速度:10℃/s以上
上記のとおり、仕上げ圧延終了後の鋼板は、高温に維持される時間が長いほど、フェライト変態やひずみ誘起析出が発生し易くなり、熱延鋼板の強度低下や靱性悪化が懸念される。仕上げ圧延終了後の鋼板の冷却速度が不足すると、オーステナイト→フェライト変態が高温で開始し、フェライト分率が高まり、ベイナイト分率が低下するため所望の金属組織を得ることができなくなる。そのため、本発明では、仕上げ圧延終了後、後述する巻取り温度まで急冷する必要があり、上記問題を回避するには10℃/s以上の平均冷却速度で冷却する必要がある。好ましくは20℃/s以上である。但し、仕上げ圧延終了後の平均冷却速度が過剰に大きくなると、巻取り温度の制御が困難となるおそれがあるため、200℃/s以下とすることが好ましい。なお、上記の平均冷却速度は、仕上げ圧延終了温度から強制冷却を停止する温度までの平均冷却速度である。
【0060】
強制冷却停止温度および巻取り温度:300℃以上600℃未満
所望の組織(ベイナイトの面積率:75%以上)を有する熱延鋼板を得るためには、強制冷却停止温度および巻取り温度を300℃以上600℃未満とする必要がある。これらの温度が300℃を下回ると、過度にマルテンサイト相が生成される。その結果、降伏強さ:700MPa以上の熱延鋼板が得られなくなるうえ、熱延鋼板の加工性が著しく低下するため、自動車用鋼板として適さなくなる。一方、強制冷却停止温度および巻取り温度が600℃以上になると、熱延鋼板の組織がフェライト相を主体とした組織になり、靱性が著しく低下する。したがって、強制冷却停止温度および巻取り温度は300℃以上600℃未満とする。好ましくは350℃以上550℃以下であり、より好ましくは350℃以上460℃以下である。なお、巻取り後のコイルは空冷する。
【実施例】
【0061】
表1に示す組成を有する肉厚220mmまたは250mmのスラブ(鋼素材)に、表2に示す熱延条件で熱間圧延を施し、板厚2.3〜7.0mmの熱延鋼板とした。なお、板厚3.2mm以下の鋼板においては、巻取り後に酸洗を施して熱延鋼板とした。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
上記により得られた熱延鋼板について組織観察を行い、ベイナイト相、フェライト相、マルテンサイト相等の面積率、ベイナイト相の平均ラス幅、粒径が0.5μmを超えるセメンタイトの個数比、結晶粒内に分散した炭化物(Tiを含む炭化物)の平均粒子径を求めた。
また、上記により得られた熱延鋼板について抽出残渣分析を行い、セメンタイトの形成に寄与するC量、および固溶Ti量を求めた。
更に、上記により得られた熱延鋼板について引張試験、シャルピー衝撃試験を行い、降伏強さ、引張強さ、全伸び、エネルギー遷移温度を求めた。
組織観察、抽出残渣分析および各種試験の方法は、次のとおりとした。
【0065】
(1)組織観察
各種金属組織の面積率
熱延鋼板の圧延方向に平行な断面の板厚中心部について、5%ナイタールによる腐食現出組織を走査型光学顕微鏡で400倍に拡大して10視野分撮影し、得られた組織写真を用いて各種金属組織の面積率を求めた。各種金属組織の面積率は、画像解析によりベイナイト相、フェライト相、マルテンサイト相等に分離し、観察視野面積に対する各種金属組織が占める面積の割合を算出することにより求めた。なお、フェライト相は、粒内に腐食痕が認められず、粒界は複雑な形状を持たない形態で観察される。ベイナイト相は、粒内に腐食痕が認められセメンタイトの析出を伴う形態で観察される。セメンタイトは、パーライトを構成するセメンタイトを除き、ベイナイトの一部として計上した。マルテンサイト相は、セメンタイトの析出を伴わず、粒界は複雑な形状で観察される。
【0066】
ベイナイト相の平均ラス間隔
熱延鋼板の板厚中央部から薄膜法によってサンプルを作製し、透過型電子顕微鏡(倍率:120000倍)で観察を行い、各サンプルにつき10以上のベイナイトラスのラス間隔を測定し、測定されたラス間隔の平均値を平均ラス間隔とした。
【0067】
粒径が0.5μmを超えるセメンタイトの個数比
熱延鋼板の圧延方向に平行な断面の板厚中心部について、5%ナイタールによる腐食現出組織を走査型光学顕微鏡で2000倍に拡大して10視野分撮影し、視野に含まれるセメンタイト100点の粒径(円相当直径)を測定した。次いで、粒径を測定したセメンタイトのうち、粒径が0.5μmを超えるセメンタイトの個数(NC)を求めた。そして、粒径を測定したセメンタイトの全個数(NT=100)と、粒径が0.5μmを超えるセメンタイトの個数(NC)から、粒径が0.5μmを超えるセメンタイトの個数の個数比(NC/NT×100(%))を求めた。
【0068】
Tiを含む炭化物の平均粒子径
熱延鋼板の板厚中央部から薄膜法によってサンプルを作製し、透過型電子顕微鏡(倍率:120000倍)で観察を行い、各サンプルにつき100点以上のTiを含む炭化物の粒子径(円相当直径)を測定し、測定された粒子径の平均値を、Tiを含む炭化物の平均粒子径とした。Tiを含む炭化物の粒子径を測定するうえでは、測定対象とする炭化物を、Ti炭化物とTi-V系複合炭化物に限定した。Tiを含む炭化物(Ti炭化物およびTi-V系複合炭化物)の同定は、透過型電子顕微鏡に付帯するEDXを用い、炭化物の成分を分析することにより同定した。
【0069】
(2)抽出残渣分析
セメンタイトの形成に寄与するC量
熱延鋼板の板厚中央部から採取した電解抽出用サンプル(約0.2g)を、10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン−1mass%塩化テトラメチルアンモニウム−メタノール)により電流密度20mA/cm2で定電流電解した後、析出物を捕集した。次いで、捕集した析出物中に含まれるFeの質量をICP発光分光分析法により定量し、定量したFeの質量に基づき、原子数の比がFe:C=3:1であるセメンタイト(Fe3C)として析出したCの質量を求めた。そして、セメンタイト(Fe3C)として析出したCの質量(Wc)と、電解により溶解したサンプルの質量(W)から、セメンタイトの形成に寄与するC量(Wc/W×100(%))を求めた。
【0070】
固溶Ti量(質量%)
熱延鋼板の板厚中央部から採取した電解抽出用サンプル(約0.2g)を、10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン−1mass%塩化テトラメチルアンモニウム−メタノール)により電流密度20mA/cm2で定電流電解した後、析出物を捕集した。その後、電解液中に含まれるTiの質量をICP発光分光分析法により定量し、定量されたTiの質量(Wt)と電解により溶解したサンプルの質量(W)から、固溶Ti量(Wt/W×100(%))を求めた。
【0071】
(3)引張試験
熱延鋼板から、引張方向が圧延方向と垂直方向となるJIS5号引張試験片を作製し、JIS Z 2241(2011)の規定に準拠した引張試験を5回行い、平均の降伏強さ(YS)、引張強さ(TS)、全伸び(El)を求めた。引張試験のクロスヘッドスピードは、10mm/minとした。なお、降伏強さは、下降伏点または0.2%耐力とした。
【0072】
(4)シャルピー衝撃試験
試験片の長手方向が圧延方向に垂直となるように、2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取した。ノッチは鋼板の厚み方向と平行とした。試験片の幅は鋼板の板厚と同じとし、試験片の高さは試験片の幅と同じとした。ただし、板厚が2.9mm以下の場合には試験片の高さは3.0mmとした。また、試験片長さは通常と同じ、55mmとした。以上のように作成した試験片を用い、試験片の幅、高さが規格外である以外はJIS Z 2242(2005)に準拠して、シャルピー衝撃試験を実施した。−196℃から100℃までの温度による吸収エネルギーの変化から、エネルギー遷移温度(TrE)を求めた。
【0073】
以上の結果を表3に示す。表3において、降伏強さ(YS)が700MPa以上、且つエネルギー遷移温度(TrE)が−40℃以下である場合は、本発明で求める材質のものとして評価を良好“○”とした。一方、上記条件のいずれか1つでも満足しない場合は、評価を不良“×”とした。
【0074】
【表3】
【0075】
本発明例の熱延鋼板はいずれも、降伏強さYS:700MPa以上であり、靱性にも優れている。一方、本発明の範囲を外れる比較例の熱延鋼板は、所定の高強度が得られていないか、良好な靱性が得られていない。