特許第6036730号(P6036730)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6036730複合金属ハロゲン化物の製造方法および化学蓄熱材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6036730
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年11月30日
(54)【発明の名称】複合金属ハロゲン化物の製造方法および化学蓄熱材
(51)【国際特許分類】
   C01F 11/24 20060101AFI20161121BHJP
   C09K 5/16 20060101ALI20161121BHJP
   C01F 5/26 20060101ALI20161121BHJP
   F28D 20/00 20060101ALI20161121BHJP
   C01C 1/00 20060101ALN20161121BHJP
【FI】
   C01F11/24
   C09K5/16
   C01F5/26
   F28D20/00 G
   !C01C1/00
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-50937(P2014-50937)
(22)【出願日】2014年3月14日
(65)【公開番号】特開2015-174783(P2015-174783A)
(43)【公開日】2015年10月5日
【審査請求日】2015年8月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 正和
(72)【発明者】
【氏名】岸田 佳大
(72)【発明者】
【氏名】山内 崇史
(72)【発明者】
【氏名】志満津 孝
【審査官】 村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭57−016797(JP,A)
【文献】 特開2007−307558(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/027778(WO,A1)
【文献】 特開平06−136357(JP,A)
【文献】 特表平06−508425(JP,A)
【文献】 特開平01−302077(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01F 11/24
C01F 5/26
C09K 5/16
F28D 20/00
C01C 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属元素またはハロゲン元素の少なくとも一方が異なる複数種の金属ハロゲン化物原料からなる混合粉末または該混合粉末からなる成形体を収容した容体へアンモニアを供給する供給工程を備え、
前記混合粉末は、粒度が300μm以下であり、
前記供給工程は、前記容体内を5〜350℃で10〜600kPaのアンモニアガス雰囲気とする工程であり、
該混合粉末に含まれる複数種の金属元素または複数種のハロゲン元素の少なくとも一方が複合化した複合金属ハロゲン化物を生成することを特徴とする複合金属ハロゲン化物の製造方法。
【請求項2】
前記金属ハロゲン化物原料は、アルカリ土類金属ハロゲン化物からなる請求項1に記載の複合金属ハロゲン化物の製造方法。
【請求項3】
前記アルカリ土類金属ハロゲン化物は、塩化カルシウム、塩化ストロンチウム、臭化マグネシウムまたはヨウ化マグネシウムのいずれかである請求項に記載の複合金属ハロゲン化物の製造方法。
【請求項4】
前記複合金属ハロゲン化物は、アンミン錯体である請求項1〜3のいずれかに記載の複合金属ハロゲン化物の製造方法。
【請求項5】
さらに、前記供給工程後の容体からアンモニアを排出する排出工程を備え、
該供給工程と該排出工程が繰り返してなされる請求項1〜のいずれかに記載の複合金属ハロゲン化物の製造方法。
【請求項6】
前記金属ハロゲン化物原料は、金属ハロゲン化物水和物を含む請求項1〜5のいずれかに記載の複合金属ハロゲン化物の製造方法。
【請求項7】
らに、前記混合粉末を真空雰囲気中または不活性ガス雰囲気中で加熱することにより該金属ハロゲン化物水和物の水和数を低減させる脱水工程を備える請求項6に記載の複合金属ハロゲン化物の製造方法。
【請求項8】
前記複合金属ハロゲン化物は、熱媒であるアンモニアの吸蔵または放出により発熱または吸熱する化学蓄熱材に用いられる請求項1〜7のいずれかに記載の複合金属ハロゲン化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学蓄熱材等に適した複合金属ハロゲン化物(アンミン錯体を含む)の製造方法とその複合金属ハロゲン化物を用いた化学蓄熱材に関する。
【背景技術】
【0002】
環境意識の高揚に伴い、省エネルギー化やエネルギー効率の向上を図る研究開発が盛んになされている。その一つに、蓄熱密度が大きく、保温しなくても長期間の蓄熱が可能な化学蓄熱材を用いた化学蓄熱システムが着目されている。これによると、自動車等のエンジン、各種の機器やプラント等から生じる比較的低温な廃熱(または排熱)も有効に活用することが可能となる。
【0003】
化学蓄熱システムは、化学蓄熱材と熱媒貯蔵材の間で熱媒(アンモニアまたは水等)を移動させることにより、蓄熱(吸熱)と放熱(発熱)を行う。このシステムの高効率化やコンパクト化を図るには、化学蓄熱材と熱媒貯蔵材の間で、作動温度や作動圧力の整合(マッチング)を図ることが重要となる。このため、単に蓄熱密度が高いのみならず、熱媒貯蔵材に整合した作動温度や作動圧力の下で、熱媒を効率的に吸蔵または放出し得る多種の化学蓄熱材が求められる。
【0004】
このような化学蓄熱材として、従来は、水との反応により水酸化物を形成する酸化カルシウム(生石灰)等が一般的に用いられていたが、最近では、より低温域で作動可能なアンモニア錯体(アンミン錯体)を形成する様々な金属塩の利用が研究されている。その一例として、アンモニアの吸蔵・放出により発熱・吸熱を生じるアルカリ土類金属ハロゲン化物に関する記載が下記の非特許文献1にある。また作動温度域や作動圧力域の拡大を図るため、単塩(単種のカチオンと単種のアニオンからなる塩、特にカチオンが金属イオンである単金属塩)のみならず、複塩(複数種のカチオンまたは複数種のアニオンからなる塩、特にカチオンが金属イオンである複金属塩)を化学蓄熱材に用いる提案が下記の特許文献1でなされている。また、非特許文献1でもSrとCaの複金属塩の存在が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2013/027778号公報
【特許文献2】特許3111667号公報
【特許文献3】特公昭59−25159号公報
【特許文献4】特開平1−302077号公報
【特許文献5】特表2007−531209号公報
【特許文献6】米国特許5289690号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Bull. Chem. Soc. Jpn. 77 (2004) 123
【非特許文献2】J. Solid State Chemistry 69 (1987) 274
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1または非特許文献1では、複数種の単金属塩(金属ハロゲン化物水和物等)の混合物を600℃以上の高温で加熱(焼成)することにより、原料である単金属塩とは結晶構造の異なる新たな複金属塩を生成している。このような方法では、化学蓄熱システムで用いる機材(反応器等)とは別に設けた加熱炉等で複金属塩を生成しなければならない。また、こうして得られた複金属塩は、化学蓄熱システムの熱媒としてアンモニアを用いる場合、反応器等に充填(装填)されるまで低湿度環境下で取り扱うか、その充填後に別途脱水処理を行うことが必要となる。
【0008】
特許文献2には、CaClとCaBrを溶解、濃縮および乾燥させたカルシウム塩混合物に関する記載があるが、そのカルシウム塩混合物の結晶構造や作用等は明らかにされていない。特許文献3には、塩化ナトリウム(NaCl)や塩化カリウム(KCl)を、溶融状態の塩化亜鉛(ZnCl)へ適量混在させることにより、NHと反応するZnClの蒸気圧や溶融温度を低下させ得る旨の記載がある。しかし、この場合のNaClやKClは、NHを吸蔵・放出する溶融ZnClの安定化を単に図っているに過ぎず、複金属塩からなる化学蓄熱材を提供するものではない。特許文献4〜6には、化学蓄熱システム等に関する開示があり、それに用いる化学蓄熱材の一例として金属ハロゲン化物が挙げられているが、その化学蓄熱材自体について具体的な記載はない。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、ベースとなる金属ハロゲン化物(金属塩、特に単金属塩)やその混合物とは異なる構造を有する複合金属ハロゲン化物(複金属塩)を、高温加熱等することなく、比較的低温域で簡易的に、効率よく製造できる複合金属ハロゲン化物の製造方法と、その複合金属ハロゲン化物を用いた化学蓄熱材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、二種以上の金属ハロゲン化物(単金属塩)の混合粉末にアンモニアを接触させることにより、複数種の金属元素または複数種のハロゲン元素が複合化した複合金属ハロゲン化物が比較的容易に生成され得ることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《複合金属ハロゲン化物の製造方法》
(1)本発明の複合金属ハロゲン化物の製造方法は、金属元素またはハロゲン元素の少なくとも一方が異なる複数種の金属ハロゲン化物原料からなる混合粉末または該混合粉末からなる成形体を収容した容体へアンモニアを供給する供給工程を備え、前記混合粉末は、粒度が300μm以下であり、前記供給工程は、前記容体内を5〜350℃で10〜600kPaのアンモニアガス雰囲気とする工程であり、該混合粉末に含まれる複数種の金属元素または複数種のハロゲン元素の少なくとも一方が複合化した複合金属ハロゲン化物を生成することを特徴とする。
【0012】
(2)先ず、本発明に係る複合金属ハロゲン化物は、一種の金属イオン(カチオン)と一種のハロゲンイオン(アニオン)がイオン結合した金属ハロゲン化物(適宜、「単金属塩」ともいう。)の単なる混合物ではなく、複数種の金属元素および/または複数種のハロゲン元素が、原子レベルで複合化(イオン結合)したもの(適宜、「複金属塩」ともいう。)である。この複金属塩は、単金属塩やその混合物(混合金属塩)とは異なる種々の特性を示す。例えば、結晶構造は勿論のこと、化学蓄熱材として用いた際の熱媒吸放出反応を生じる平衡圧力、その際の配位数変化等が、原料となる単金属塩や混合金属塩とは異なる。従って、原料となる二種以上の金属塩(適宜、「金属塩原料」ともいう。)の比率(複合比)を調整した複金属塩を用いることにより、金属塩原料やそれらの混合物では得られなかった作動範囲で化学蓄熱システムを運転することが可能となる。
【0013】
ところで、本発明の製造方法によれば、そのような複金属塩を従来のように金属塩原料を高温加熱等することなく、比較的低温域で効率的に得ることができる。特に、複金属塩がアンモニア(NH)を熱媒とした化学蓄熱材として用いられる場合なら、金属塩原料の混合粉末または成形体等を反応器(容体)に充填(収容)した状態のまま、上述した供給工程を行うことにより、複金属塩を得ることが可能となる。つまり、化学蓄熱システムの一部またはその製造設備の一部を有効に活用しつつ、複金属塩ひいては化学蓄熱材を低コストで製造することが可能となる。しかもこの場合、反応器に封入したままで複金属塩が生成されるため、その製造や取扱に特別な低湿度環境を用意する必要がなく、効率よく低コストで複金属塩(化学蓄熱材)を製造することが可能となる。
【0014】
なお、本明細書でいう金属ハロゲン化物(単に「金属塩」ともいう。)は、特に断らない限り、配位子の有無を問わない。金属塩がおかれる雰囲気やその生成過程に応じて、水和物、アンミン錯体、無水物(無配位子な物)となり得る。本発明に係る複金属塩は、アンモニアを排出除去等しない場合、通常はアンミン錯体となる。このようなアンミン錯体は無水物よりも水和物に変化し難くて安定なため、取扱性や保管性等にも優れる。
【0015】
ちなみに、本発明の製造方法によれば、金属塩原料が水和物であっても、わざわざそれを無水金属塩等にするまでもなく、上述したアンモニアの供給工程により、配位子がHOからNHに交換された複金属塩アンミン錯体が得られる。つまり本発明の製造方法によれば、原料に含まれる金属塩水和物の脱水と複金属塩アンミン錯体の生成とを同時に行うことも可能であり、非常に効率的である。
【0016】
その場合、NHへ置換されて生じたHOを系外へ排出するために、供給工程後の容体からアンモニアガスを排出する排出工程を備えると好ましい。そして、この排出工程と上述した供給工程が繰り返してなされると好ましい。勿論、金属ハロゲン化物原料が金属ハロゲン化物水和物を含む場合、混合粉末を真空雰囲気中または不活性ガス雰囲気中で加熱することにより金属ハロゲン化物水和物の水和数を低減させる脱水工程を備えると好適であり、その脱水工程が供給工程前になされる前処理工程であるとより好適である。
【0017】
(3)本発明の製造方法により、二種以上の金属塩原料の混合粉末等へアンモニアを供給することにより複金属塩が得られる理由は必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。
先ず、二種以上の金属塩原料の混合物へアンモニアが供給されると、各金属塩原料のアンミン錯体の混在状態よりも、複金属塩アンミン錯体の方が熱力学的に安定となり易い。次に、各金属塩原料へアンモニアが導入されてアンミン錯体が生成されると、各金属塩原料を構成していた金属イオンやハロゲンイオンの拡散も促進される。さらに、本発明の製造方法では、二種以上の金属塩原料が微細な粒子状で相互に接した状態となっており、両者の接触面積が大きくなっている。従って、アンモニアの導入により異種の金属イオンまたはハロゲンイオンが相互に拡散し易い状況にあると共に、それらの接近に必要な拡散距離も短くなっている。このような事情が相乗的に作用して、室温域を含む比較的低温域で、アンモニアガス圧をあまり高めるまでもなく、本発明の製造方法により複金属塩が効率的に得られるようになったと考えられる。
【0018】
ちなみに、上述した事情から、金属塩原料の構成粒子は微細なほど好ましいといえる。そこで本発明に係る混合粉末は、例えば、粒度が300μm以下、250μm以下さらには200μm以下であると好ましい。本明細書でいう粒度は、特に断らない場合は、篩い分けにより特定する。例えば、公称目開きがaμmの篩いを通過した粒子からなる粉末は、粒度がaμm以下(単に「−aμm」とも表す。)となる。なお、篩いを用いた分級に関してはJIS Z 8801に準拠する。
【0019】
《化学蓄熱材の製造方法》
本発明は、上述した複金属塩の製造方法としてのみならず、その複金属塩からなる化学蓄熱材の製造方法としても把握できる。この場合、前述したように、本発明に係る容体が、アンモニアの吸蔵または放出により発熱または吸熱する化学蓄熱材を収容する反応器であると好適である。さらに本発明は、そのような製造方法により得られ、熱媒であるアンモニアの吸蔵または放出により発熱または吸熱する化学蓄熱材自体としても把握できる。
【0020】
《その他》
(1)本発明の製造方法は、複金属塩アンミン錯体をさらに加熱、排気等してNHを除去した無水複金属塩を得る純化工程を備えてもよい。このときの加熱は、金属塩の種類に依るが、例えば、真空中若しくは不活性ガス中で50〜350℃で行うとよい。なお、このような加熱を行っても、複金属塩自体は容易に分解しない。
【0021】
(2)本発明に係る化学蓄熱材は、複金属塩を含むものであればよく、二種以上の複金属塩からなるもの、複金属塩と単金属塩が混在したもの等でもよい。複数種の金属塩を配合した化学蓄熱材を用いることにより、熱媒貯蔵材との整合性、熱媒吸放出反応の平衡域、熱媒の配位数変化等の最適化が図り易くなる。
【0022】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値や数値範囲に含まれる任意の数値を適当に選択または抽出し、それらを新たな下限値または上限値として「a〜b」のような数値範囲を任意に新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】試料1に係るX線回折パターンを示すグラフである。
図2】試料1に係る結晶格子体積と複合比の関係を示す図である。
図3】試料C1に係るX線回折パターンを示すグラフである。
図4】試料C2に係るX線回折パターンを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の内容を上述した本発明の構成として付加し得る。本明細書で説明する内容は、複金属塩(化学蓄熱材を含む)の製造方法のみならず、その結果物である複金属塩またはそれを用いた化学蓄熱材にも適宜適用される。製造方法に関する構成は、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成になり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0025】
《金属塩》
(1)本発明に係る金属塩(金属ハロゲン化物)は、金属イオン(カチオン)とハロゲンイオン(アニオン)がイオン結合した化合物である。金属元素(M)は、例えば、アルカリ金属(Li、Na、K等)、アルカリ土類金属(Mg、Ca、Sr等)、遷移金属(Mn、Fe、Co、Ni等)が代表的である。ハロゲン元素(X)はCl、Br、I等である。
【0026】
(2)複金属塩は、MX(M:金属元素、X:ハロゲン元素、n:Mの平均価数)と表され、MまたはXの少なくとも一方が二種以上の元素からなる。ここでMの平均価数(n)とは、複数の金属元素がそれぞれ金属イオンとなったときのイオン価数の平均値である。例えば、二種の金属元素(M1、M2)と一種のハロゲン元素(X)とからなり、M1のイオン価数がm1、M2のイオン価数がm2、金属元素の全原子数に対するM1の原子数の割合(複合比)がx(0<x<1)である複金属塩(M1M21−x)の場合、n=m1×x+m2×(1−x)となる。
【0027】
また複金属塩が複数のハロゲン元素からなる場合もある。ハロゲン元素のイオン価数は通常いずれも−1であるから、例えば二種のハロゲン元素(X1、X2)からなる複金属塩なら、ハロゲン元素の全原子数に対するX1の原子数の割合(複合比)をy(0<y<1)として、M(X1X21−y(n:Mのイオン価数)と表される。さらに、二種の金属元素と二種のハロゲン元素からなる複金属塩であればM1M21−x(X1X21−yと表される。
【0028】
複金属塩は、構成元素に応じて種々の結晶構造をとり得る。例えば、CaF型、SrI型、CaCl型、SrBr型、PbCl型、CdCl型、CdI型等の結晶構造を有する。複金属塩の結晶構造は限定されず、その結晶構造は、基本となる単金属塩の結晶構造と異なる場合もあるし、同じ場合もある。ただし、結晶構造が同じ場合でも、複金属塩の結晶格子体積は単金属塩とは異なる値を示す。これにより、複金属塩は単金属塩とは異なる特性(平衡圧力、配位数変化等)を発現し得る。
【0029】
(3)金属塩原料は、通常は、単種の金属イオンと単種のハロゲンイオンが結合した単金属塩であるが、金属塩原料の一種以上が複金属塩であってもよい。本発明の場合、二種以上の粉末状の金属塩原料が混合された混合粉末またはその成形体へアンモニアが供給される。この際、金属塩原料または混合粉末は、その粒度が所定値以下であることが好ましい。
【0030】
(4)金属塩原料が水和物である場合または複金属塩がアンミン錯体である場合、HOまたはNHの配位数は問わないが、通常、配位数は0〜8の範囲で変化し得る。なお、複金属塩を化学蓄熱材として用いる場合、特定の作動域で熱媒の配位数変化が急変するほど、熱媒貯蔵材に整合的な蓄熱密度が高くなり好ましい。そこで複金属塩は、熱媒を吸蔵または放出する熱媒吸放出反応が平衡状態となる平衡域の近傍(前後)で、熱媒の配位数が少なくとも4以上、5以上さらには6以上変化するものであると好適である。
【0031】
(5)本発明に係る金属塩の代表例は、アルカリ土類金属ハロゲン化物である。そのような金属塩原料の一例として、CaX・pHO(p:0〜6)、SrX・qHO(q:0〜6)、MgX・rHO(r:0〜8)等がある。これらの金属塩原料を用いて、例えば、CaSr1−x・sNH(0<x<1、0≦s≦8)、MgX1X2・tNH(0≦t≦6、X1、X2:異なるハロゲン元素)等の複金属塩が得られる。
【0032】
《製造方法》
(1)供給工程
本発明に係る供給工程は、金属塩原料にアンモニアを接触させて、複金属塩(特にそのアンミン錯体)を得る工程である。金属塩原料とアンモニアの接触方法は問わず、アンモニアが封入された環境下に金属塩原料の混合粉末またはその成形体を配置してもよいし、アンモニアのフロー環境下にそれらを配置してもよい。
【0033】
供給するアンモニアの温度、圧力、流速等は問わないが、温度または圧力が過小ではアンモニアの拡散・導入が促進されず、複金属塩を効率的に生成できない。一方、温度または圧力が過大では設備の大型化等を招き好ましくない。そこで供給工程は、容体内を5〜350℃さらには10〜300℃で10〜600kPa、100〜550kPaさらには150〜500kPaのアンモニアガス雰囲気とする工程であると好適である。
【0034】
なお、複金属塩を生成する過程で金属塩原料から生じた水蒸気を含むアンモニアガスは、除湿後に再利用されると好ましい。アンモニアガスの除湿には、例えば、ゼオライト、シリカゲル、酸化カルシウム、塩化カルシウム等からなる脱水剤(除湿剤、乾燥剤)を用いるとよい。
【0035】
(2)成形工程
供給工程を金属塩原料の成形体に対して行う場合、本発明の製造方法は、適宜、二種以上の金属塩原料からなる混合粉末を加圧成形した成形体を得る工程を備えると好適である。その成形圧力は、例えば、20MPa以上さらには40MPa以上であると好ましい。成形圧力が過小では、二種以上の金属塩原料粒子の接触が不十分となり、それらの構成元素(イオン)同士の拡散を十分に促進できない。成形圧力の上限は問わないが、300MPa以下さらには150MPa以下とすると生産性がよい。なお、成形工程は、金属塩原料の潮解を避けるために、水分濃度が0.3%以下、100ppm以下、10ppm以下さらには1ppm以下の低湿度環境下で行うと好ましい。
【0036】
《その他》
(1)供給工程前に、金属塩原料を真空雰囲気中または不活性ガス雰囲気中で予め加熱して、金属塩原料の水和数を低減させる前処理工程を行うと、複金属塩が効率的に生成され易くなる。なお、この前処理工程は、金属塩原料からHOを完全に除去する工程でも、水和数を低減する工程でもよい。
【0037】
(2)供給工程に供される金属塩原料の成形体は、その形態を問わないが、複金属塩が化学蓄熱材に用いられるときは、反応器等に収容される形態であると好ましい。このような成形体は、金属塩原料のみからなる場合に限らず、バインダー(ケイ酸塩、低融点ガラス等)、高熱伝導体(炭素繊維、セラミックス等)などを含んでもよい。なお、金属塩原料が潮解し易い場合、適度な低湿度環境下でその成形や保管等がなされると好ましい。
【実施例】
【0038】
《試料1》
(1)製造
金属塩原料として、アルカリ土類金属塩化物である塩化カルシウムの水和物(CaCl・2HO)の粉末(アルドリッチ社製C5080)と塩化ストロンチウムの水和物(SrCl・6HO)の粉末(和光純薬工業社製197−04185)を用意した。
【0039】
各粉末を篩い分けにより粒度−212μmに分級し、モル比が1:1となるように各粉末を秤量、混合した(混合工程)。この際、各粉末の分級、秤量および混合は、水分濃度:0.1%以下の低湿度環境下で行った。
【0040】
こうして得られた混合粉末をその場(in-situ)X線回折測定用のチャンバー(容体)に充填した(充填工程)。密封したチャンバー内を10Pa以下に真空排気しつつ、混合粉末を180℃に加熱した(前処理工程、脱水工程)。この後、室温でチャンバー内圧が200kPaとなるまでアンモニアガスをチャンバー内へ供給した(供給工程)。
【0041】
(2)測定
そのアンモニアガス供給後の粉末(試料1)をX線回折により測定した。得られたX線回折パターンを図1に示した。また、そのX線回折パターンのプロファイルに基づいて算出した結晶格子体積を図2に示した。なお、図1図2には、金属塩原料がアンミン錯体となったCaCl・8NHおよびSrCl・8NHに係るX線回折パターンと結晶格子体積も併せて示した。
【0042】
(3)評価
図1からわかるように、試料1のプロファイルは、CaCl・8NHまたはSrCl・8NHのプロファイルと類似しているものの、それらとは明らかに回折ピーク位置が相違していた。また図2からわかるように、試料1の結晶格子体積は、CaCl・8NHまたはSrCl・8NHの結晶格子体積の中間値となっていた。
【0043】
これらから、試料1は、CaCl・8NHとSrCl・8NHの混合物ではなく、それらが複合化した複アルカリ土類金属塩化物のアンミン錯体であるCa0.5Sr0.5Cl・8NHであるといえる。こうして、金属元素の異なる単金属塩の混合粉末にアンモニアを接触させることにより、新たな複金属塩が生成されることが確認された。
【0044】
《試料2》
(1)製造
金属塩原料として、アルカリ土類金属ハロゲン化物である臭化マグネシウムの無水物(MgBr)の粉末(アルドリッチ社製360074)とヨウ化マグネシウムの無水物(MgI)の粉末(アルドリッチ社製394599)を用意した。
【0045】
各粉末を篩い分けにより粒度−212μmに分級し、モル比が1:1となるように各粉末を秤量、混合した(混合工程)。こうして得られた混合粉末をさらに室温でプレス成形して成形体(15×15×2mm)を得た。各粉末の分級、秤量、混合および成形は、グローブボックスを用いて水分濃度:1ppm以下の低湿度環境下で行った。
【0046】
この低湿度環境下で成形体を化学蓄熱システムに用いる反応器に充填した(充填工程)。この後、室温で内圧が200kPaとなるまでアンモニアを反応器へ供給した(供給工程)。この後、反応器を250℃に加熱し、その内圧を550kPaとして3時間保持した。そして反応器を室温まで降温させ、反応器内を真空排気した。
【0047】
(2)測定・評価
成形体を反応器から取り出し、再度粉砕してX線回折測定を行った。試料1の場合と同様に、試料2のプロファイルは、金属塩原料のアンミン錯体であるMgBr・6NHまたはMgI・6NHのプロファイルと類似しているものの、それらとは明らかに回折ピーク位置が相違していた。また試料2の結晶格子体積は、MgBr・6NHまたはMgI・6NHの結晶格子体積の中間値となっていた。
【0048】
これらから、試料2は、MgBr・6NHまたはMgI・6NHの混合物ではなく、それらが複合化したアルカリ土類金属複ハロゲン化物のアンミン錯体であるMgBrI・6NHであるといえる。こうして、ハロゲン元素の異なる単金属塩の混合粉末にアンモニアを接触させることにより、新たな複金属塩が生成されることが確認された。
【0049】
《試料C1》
(1)製造
金属塩原料として、試料1の製造で用いたCaCl・2HO粉末とSrCl・6HO粉末を用意した。これらの各粉末を分級せず、入手したままでモル比が1:1となるように秤量、混合した。各粉末の秤量および混合は既述した低湿度環境下で行った。
【0050】
得られた混合粉末を上述したチャンバー(容体)に充填し、室温でチャンバー内圧が200kPaとなるまでアンモニアガスをチャンバー内へ供給した。このチャンバーを70℃に加熱して2時間保持した。
【0051】
(2)測定および評価
こうして得られた粉末(試料C1)を70℃でin-situX線回折により測定した。得られたX線回折パターンを図3に示した。図3からわかるように、試料C1の回折ピークは、金属塩原料のアンミン錯体であるCaCl・2NHとSrCl・NHの回折ピークに一致した。従って、試料C1はCaCl・2NHとSrCl・NHの混合物であり、それらとは異なる複金属塩は殆ど生じないことが確認された。従って、分級されていない金属塩原料からなる粗い混合粉末へアンモニアを供給しても、複金属塩は生成され難いことがわかった。
【0052】
《試料C2》
(1)製造
金属塩原料として、試料1の製造で用いたCaCl・2HO粉末とSrCl・6HO粉末を用意した。これらの各粉末を試料1の場合と同様に、分級し、モル比が1:1となるように秤量、混合した。各粉末の秤量および混合は既述した低湿度環境下で行った。得られた混合粉末を上述したチャンバーに充填し、真空排気しつつ、180℃に加熱した。
【0053】
(2)測定および評価
こうして得られた粉末(試料C2)をX線回折により測定した。得られたX線回折パターンを図4に示した。図4からわかるように、試料C2の回折ピークは、水和物である金属塩原料が脱水されたCaClとSrClの回折ピークに一致した。従って、試料C2はCaClとSrClの混合物であり、それらの複金属塩とはなっていないことが確認された。つまり、二種以上の単金属塩の混合粉末を単に比較的低温で加熱した程度では、複金属塩が生成されないことが確認された。
【0054】
なお、その試料C2をさらに真空中で600℃で加熱した粉末(試料C2’)についてもX線回折測定を行った。この場合、CaClやSrClとは異なり、Ca0.5Sr0.5Clに一致する回折ピークを有するX線回折パターンが得られることが確認された。このことから、アンモニアを用いない場合、二種以上の単金属塩から複金属塩を得るには高温加熱が必要となることがわかった。
図1
図2
図3
図4