(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Ti−Al合金ターゲットの表面中心における表面任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配が6G/mm以上で且つ最大磁場磁束密度が100〜250Gの範囲内となるようにして硬質被覆層を作製した請求項1記載の表面被覆切削工具。
【背景技術】
【0002】
一般に、表面被覆切削工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工においてバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサート、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがある。また、前記インサートを着脱自在に取り付けて前記ソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミル工具などが被覆工具として知られている。
そして、耐摩耗性に優れるという点から、炭化タングステン基超硬合金からなる工具基体の表面に、物理蒸着の一種であるアークイオンプレーティング(以下、「AIP」で示す)法により、TiとAlの複合窒化物(以下、(Ti,Al)Nで示す)を硬質被覆層として被覆形成した被覆工具が従来から知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基体表面に、組成式(Ti
1−X Al
X )N(ただし、原子比で、Xは0.40〜0.60)を満足する(Ti,Al)N層からなり、かつ、前記(Ti,Al)N層について電子線後方散乱回折装置による結晶方位解析を行った場合、表面研磨面の法線方向から0〜15度の範囲内に結晶方位<111>を有する結晶粒の面積割合が50%以上、また、隣り合う結晶粒同士のなす角を測定した場合に、小角粒界(0<θ≦15゜)の割合が50%以上であるような、結晶配列を示す改質(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、高速重切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐欠損性を発揮する被覆工具が得られることが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、(Ti,Al)N、TiとAlの複合炭窒化物,炭化物を被覆したエンドミルにおいて、硬質被覆層のX線回折における(111)面の回折強度をI(111)、(200)面の回折強度をI(200)とした時にI(200)/I(111)の値が2.0以下とすることにより、ロックウェル硬度50(Cスケール)を越える高硬度スチールの切削加工において、硬質被覆層の密着性ならびに耐摩耗性を改善した被覆工具が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、Tiおよび/またはTiとAlおよび/または4A、5A、6A族の金属の化合物膜において含有窒素量を変化させることによりマンセル色票において色相が7.5YR〜10Y、明度が3〜8、彩度が2〜8の色調を呈することを特徴とする窒化硬質被膜により被覆工具の切削特性が優れることが開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強い。これに伴い、切削加工は高速化の傾向にある。例えば、硬質被覆層として、(Ti,Al)N層を蒸着形成した従来被覆工具を鋼や鋳鉄の通常条件での切削に用いた場合には格別問題はない。しかしながら、特に、このような従来被覆工具を用いて高温酸化雰囲気中(例えば、切削により温度が上昇した状態)で切削加工を行った場合には、硬質被覆層の耐酸化性が十分でないために被膜が劣化しやすく、そのため、長期の使用にわたって十分な耐摩耗性を発揮することができない。その結果、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、高温酸化雰囲気中で切削加工を行った場合に、硬質被覆層がすぐれた耐酸化性と高温硬さを備え、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮する被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0009】
(Ti,Al)N層で構成された硬質被覆層を有する被覆工具において、硬質被覆層の高温硬さと耐酸化性を向上させるためにAlの含有比率を高めるという方法がある。この場合、Alの含有比率が70原子%を超えると結晶構造が六方晶構造となりやすく、その結果、硬さが低下するので、高温硬さと耐酸化性を両立させることは困難である。
【0010】
そこで、本発明者らは、(Ti,Al)N層を構成する成分元素量の調整による耐酸化性向上策に代えて、高温硬さを維持しつつ耐酸化性を向上させるための一つの仮説を立て、これを実証すべく鋭意研究を進めた。その結果、分光光度計により被覆工具の硬質被覆層表面の光吸収スペクトルを測定した際に、波長400〜500nmにおける吸収率の平均値Ia(%)と波長600〜700nmにおける吸収率の平均値Ib(%)との間に、Ia−Ib<5という所定の関係が成立する場合には、硬質被覆層は、すぐれた高温硬さを備えるとともに、すぐれた耐酸化性を示すことを、本発明者らは実験的に見出した。
【0011】
したがって、硬質被覆層表面の光吸収スペクトルに関し、前記のIa−Ib<5という所定の関係が成立する硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具は、高温酸化雰囲気中で切削加工を行った場合でも、硬質被覆層がすぐれた耐酸化性を備えるため、硬質被覆層の劣化は生じない。そのため、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することを本発明者らは見出した。
【0012】
本発明は、前記の知見に基づいてなされたものであって、以下の構成を備える。
(1) 炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、少なくとも1層の平均層厚が0.5〜10μmの(Ti,Al)N層を有し、前記(Ti,Al)N層は
組成式:(Ti
1−XAl
X)N
で表した場合、Xの値は、0.4≦X≦0.7(但し、Xは原子比)を満足し、かつ、立方晶結晶構造を有し、
(b)前記硬質被覆層の表面の光吸収スペクトルを分光光度計により測定した場合、波長400〜500nmにおける吸収率の平均値をIa(%)とし、また、波長600〜700nmにおける吸収率の平均値をIb(%)としたとき、Ia−Ib<5という関係を満足することを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) Ti−Al合金ターゲットの表面中心における表面任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配が6G/mm以上で且つ最大磁場磁束密度が100〜250Gの範囲内となるようにして硬質被覆層を作製した(1)記載の表面被覆切削工具。
(3) 炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具の製造方法であって、
前記硬質被覆層は、少なくとも1層の(Ti,Al)N層を有し、
Ti−Al合金ターゲットの表面中心における表面任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配を6G/mm以上とし、且つ最大磁場磁束密度を100〜250Gとしながら、前記Ti−Al合金ターゲットを用いて前記(Ti,Al)N層を前記工具基体表面に蒸着形成する表面被覆工具の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の表面被覆切削工具は、(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層の表面の光吸収スペクトルを測定した際に、波長400〜500nmにおける吸収率の平均値Ia(%)と波長600〜700nmにおける吸収率の平均値Ib(%)が、Ia−Ib<5という所定の関係を満足する。そのため、高温酸化雰囲気下で切削加工を行った場合であっても、耐酸化性にすぐれ、皮膜特性の劣化を招くことなく、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0015】
つぎに、本発明の実施形態(以下、本実施形態という)に係る表面被覆切削工具について、より詳細に説明する。
【0016】
本実施形態の被覆工具は、工具基体と、硬質被覆層とを備える。硬質被覆層は、炭化タングステン基超硬合金からなる工具基体の表面に蒸着形成される。硬質被覆層は、少なくとも1層の平均層厚が0.5〜10μmの立方晶結晶構造の(Ti,Al)N層(TiとAlの複合窒化物層)からなる。該層の成分組成を組成式:(Ti
1−XAl
X)Nで表した場合、Xは原子比で、0.4≦X≦0.7を満足する。
【0017】
上記(Ti,Al)N層において、Al成分が高温硬さと耐熱性を向上させ、Ti成分が高温靭性、高温強度を向上させる作用がある。しかしながら、TiとAlとの合量に占めるAlの含有割合X(原子比、以下同じ)が0.7を超えると、硬質被覆層を硬さにすぐれた立方晶結晶相の単相とすることが出来ず、六方晶結晶相と立方晶結晶相との混合相となるため硬さが低下する。一方、TiとAlとの合量に占めるAlの含有割合Xが0.4未満となると、相対的にAlの含有割合が少なくなり、耐熱性の低下を招く。その結果、偏摩耗の発生、熱塑性変形の発生等により耐摩耗性が劣化するようになる。したがって、TiとAlとの合量に占めるAlの含有割合X(原子比)は、0.4〜0.7であることが必要である。TiとAlとの合量に占めるAlの含有割合X(原子比)は、0.45〜0.7であることが好ましく、より好ましくは0.5〜0.7であるが、これに限定されない。
【0018】
また、上記(Ti,Al)N層の平均層厚が0.5μm未満では、自身のもつすぐれた耐摩耗性を長期に亘って発揮することができない。一方、平均層厚が10μmを越えると、チッピングが発生し易くなる。したがって、(Ti,Al)N層の平均層厚は0.5〜10μmとすることが必要である。この平均層厚は、0.5〜8μmであることが好ましく、より好ましくは0.5〜6μmであるが、これに限定されない。
【0019】
本発明者らは、次の仮説を立てた。硬質被覆層表面に存在する格子欠陥(例えば、転位等)等が多い場合には、切削加工時の高温酸化雰囲気中で格子欠陥に酸素原子が吸着し易く、そのため、硬質被覆層表面に酸化物を形成するための核生成の起点が多数形成される。このように、格子欠陥が硬質被覆層の耐酸化性向上に寄与することで切削性能が向上する。さらに、硬質被覆層の格子欠陥等の影響を光吸収スペクトルの変化で表すことができる。本発明者らは、この変化と切削性能との関係を、種々の実験を行うことにより(詳細は、後述する)実証することができた。
【0020】
さらに、本実施形態においては、硬質被覆層の表面の光吸収スペクトルを分光光度計で測定し、波長400〜500nmにおける吸収率の平均値をIa(%)とし、また、波長600〜700nmにおける吸収率の平均値をIb(%)とした場合に、両者の吸収率の平均値の差(以下、「吸収率差」という)であるIa−Ibは、Ia−Ib<5という関係を満足させる必要がある。なお、本明細書において、特に明記しない限り、吸収率差(Ia−Ib)はその絶対値(|Ia−Ib|)を意味する。
【0021】
ここで、前記吸収率差が5%以上である場合には、硬質被覆層表面に格子欠陥(例えば、転位等)が少ないため、切削加工時の高温酸化雰囲気中で硬質被覆層表面に酸化物の核生成が生じにくく、酸化物の生成が起きにくいため耐酸化性向上効果を望むことはできない。したがって、前記吸収率差(Ia−Ib)の値は、Ia−Ib<5(%)を満足する必要がある。なお、より優れた耐酸化性向上の効果を得るために、吸収率差(Ia−Ib)の値を0〜3.5%とすることが好ましく、より好ましくは0〜3.0%であるが、これに限定されない。
【0022】
本実施形態で定めた上記5%未満の吸収率差(Ia−Ib)を有する硬質被覆層は、例えば、
図1A、1Bに示すAIP装置(アークイオンプレーティング装置)100を用いて、Ti−Al合金ターゲット(カソード電極)113の背面に永久磁石等の磁力発生源121を配置し、ターゲット113表面に磁束密度勾配を制御した100G(0.01T)以上の表面最大磁束密度を印加しながら(Ti,Al)N層を成膜することによって、蒸着形成することができる。
【0023】
このとき、ターゲット113の表面における最大磁束密度(最大磁場磁束密度)を、100〜250G(0.01〜0.025T)とする。最大磁束密度が100G未満であると、(Ia−Ib)<5とし難い。一方、最大磁束密度が250Gを超えると、(Ia−Ib)≧5となる。ターゲット113の表面における最大磁束密度は、好ましくは100〜250Gであり、より好ましくは100〜150Gであるが、これに限定されない。また、ターゲット113の表面中心における表面任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配を6G/mm(0.6mT/mm)以上とする。最大磁束密度勾配が6G/mm未満であると、(Ia−Ib)≧5となる。この最大磁束密度勾配の上限は20G/mmとすることが好ましい。最大磁束密度勾配は、好ましくは6〜20Gであり、より好ましくは6〜10Gであるが、これに限定されない。ここで、上記の任意の10mmの範囲とは、ターゲット表面の中心部を10mm間隔で格子状分割した格子点のうち、任意の格子点と隣接する格子点との間の範囲である。
【0024】
ここで、
図1A、1BのAIP装置100は、工具基体(超硬基体)1を載置するための回転テーブル101と、工具基体1を加熱するためのヒータ102と、反応ガスを導入するための反応ガス導入口103と、ガスを系外に排出するための排ガス口104と、2つのアノード電極111、112と、2つのカソード電極113、114とを備える。アノード電極111とカソード電極(Al−Ti合金ターゲット)113とは装置100外部のアーク電源115に接続されている。アノード電極112とカソード電極(Tiターゲット)114とは装置100外部のアーク電源116に接続されている。回転テーブル101は装置100外部のバイアス電源117に接続されている。さらに、カソード電極113の背面、即ち、AIP装置100の側壁を挟んでカソード電極113と対向するように、アークイオンプレーティング装置100の外部に磁力発生源121が設けられている。カソード電極114の背面にも、同様に磁力発生源122が設けられている。なお、図示の例では、磁力発生源121、122は円環状のコイル磁石または永久磁石である。
【0025】
また、前記した分光光度計による硬質被覆層の表面の光吸収スペクトルの測定は、例えば、以下のとおり行うことができる。
【0026】
図2に、硬質被覆層の表面の光吸収スペクトル測定方法の概略説明図を示す。
図2に示すように、分光光度計の光源10と検出部11との間に積分球12を設置する。被覆工具からサンプルSを切り出し、積分球12内で硬質被覆層表面S1に光L(
図2中の矢印)が照射されるようにサンプルSを設置する。なお、光源10から試料Sまでの照射光Lの経路上には、特定の波長を有する光のみを回折するグレーティング13が設けられている。
次いで、波長を200nm〜1100nmまで連続的に変化させながら光源10から光Lを積分球内に照射し、検出部11で各波長における硬質被覆層表面S1での光の吸収率(減衰率)を測定する。
吸収率の検出を、各波長で連続して行うことにより、硬質被覆層表面の光吸収スペクトルを測定することができる。
【0027】
表1に、測定サンプルとその測定結果を示す。
表1に示すサンプル1、2は、
図1A、1Bに示すAIP装置100において、50原子%Ti−50原子%Alの成分組成のターゲット(カソード電極113)を用いて、目標組成(Ti
0.5,Al
0.5)N層からなる硬質被覆層を蒸着形成したサンプルである。
ここでは、ターゲット表面最大磁束密度(100G以上か40G未満か)、およびターゲット表面の任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配による影響を調べるため、2種類のサンプルを作製し使用した。ここで、ガウス[テスラ]メータを用いて、ターゲット表面を上述のように格子状分割した格子点毎に10mm間隔での表面磁束密度を測定し、測定した表面磁束密度のうちで最大のものをターゲット表面最大磁束密度とした。また、測定した表面磁束密度間で磁束密度勾配を計算し、計算した磁束密度勾配のうち最大のものを最大磁束密度勾配とした。
【0028】
図3に、上記で作製したサンプル1、2について測定したサンプル1、2の表面の光吸収スペクトル測定結果を示す。
図3に示される結果からみて、ターゲット表面の最大磁束密度および最大磁束密度の勾配が異なった場合(即ち、ターゲット表面で任意の10mmの範囲を観測した際の最大磁束密度勾配が6G/mm以上で且つ100G以上の最大磁束密度を印加したか、それとも、ターゲット表面で任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配が6G/mm未満で且つ40G未満の最大磁束密度を印加したかによって)、波長600〜700nmにおける吸収率には大きな違いはなかったが、波長400〜500nmにおける吸収率には大きな違いがみられた。
【0029】
即ち、波長400〜500nmにおける吸収率には大きな違いがみられたサンプル1とサンプル2の表面の光吸収係数を測定したところ、ターゲット113背面に永久磁石121を配置しターゲット表面に100G以上の最大磁束密度を印加したサンプル1は、サンプル2に比して、波長400〜500nmにおける吸収率が明らかに小さいことが確認された。
そして、サンプル1は、後記するようにすぐれた耐酸化性、耐摩耗性を有することから、サンプル1の波長400〜500nmと波長600〜700nmにおける吸収率の違いは、硬質被覆層表面に存在する転位等の格子欠陥による影響を反映しているものといえる。
【0031】
表2に、サンプル1、2について、
図3から求めた波長400〜500nmにおける吸収率の平均値Iaと、波長600〜700nmにおける吸収率の平均値Ibと、吸収率差(Ia−Ib)とを示す。なお、各吸収率の平均値は、波長400〜500nmの1nm毎の吸収率100点の平均値をIa(%)、波長600〜700nmの1nm毎の吸収率100点の平均値をIb(%)とした。また、同表2に、サンプル1、2に蒸着形成した目標組成(Ti
0.5,Al
0.5)N層からなる硬質被覆層におけるエネルギー分散型X線分析(EDS)で測定したAl含有率(原子比によるAl/(Ti+Al)の値)を示す。
表2によれば、Ia、Ib、(Ia−Ib)は変化しているものの、サンプル1、2のAl含有率は、殆ど同じであった。このことから、前記したサンプル1の波長400〜500nmにおける吸収率が小さい原因は、硬質被覆層のAl含有率ではなく、硬質被覆層表面に存在する転位等の格子欠陥によることが分かる。
【0032】
図4に、本実施形態に係る被覆工具を用いて行った切削試験結果の一例を示す。この切削試験条件は以下の通りである。
工具:超硬合金製2枚刃ボールエンドミル(サイズ3R)
被削材:SKD61(52HRC)
回転数:17,000min
−1
切削速度:300m/min
送り:1,700mm/min
1刃当たりの送り:0.05mm/tooth
切り込み量:ae0.3mm(幅方向),ap2mm(深さ方向)
切削方式:ダウンカット
切削油剤:エアブロー
突出し長さ:22mm
【0033】
図4に示される結果によれば、ターゲット表面の最大の磁束密度勾配と最大磁束密度が異なった場合には切削性能に大きな変化が生じていることが分かる。
即ち、サンプル1のターゲット表面の任意の10mmの範囲を測定した際の最大の磁束密度勾配が7G/mmで、ターゲット表面最大磁束密度が110Gであった。このようなサンプル1は、切削長が450mを超えてもすぐれた切削性能(逃げ面摩耗幅)を備えていた。
これに対して、サンプル2のターゲット表面の任意の10mmの範囲を測定した際の最大の磁束密度勾配が2G/mmで、ターゲット表面最大磁束密度が35Gであるサンプル2は、切削長が300mを超えた時点から切削性能の低下がみられた。
【0034】
図4から、ターゲット表面の任意の10mmの範囲を測定した際の最大の磁束密度勾配およびターゲット表面最大磁束密度が大きいサンプル1がすぐれた切削性能を備えることが分かった。一方、切削性能の良かったサンプル1は、表2に示した吸収率差(Ia−Ib)が小さかったサンプルである。このことから、硬質被覆層の切削性能は、吸収率差(Ia−Ib)が所定の数値範囲内にある場合に得られることが実証されたといえる。
【0036】
以上の実験的事実から、本実施形態の被覆工具の(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層は、分光光度計で光吸収スペクトルを測定し、波長400〜500nmにおける吸収率の平均値をIa(%)とし、また、波長600〜700nmにおける吸収率の平均値をIb(%)としたとき、吸収率差(Ia−Ib)が5%未満の範囲内である場合に、すぐれた切削性能を備える。
そして、これは、以下のように推論される。すなわち、硬質被覆層の表面に格子欠陥(例えば、転位)等が存在した場合に、欠陥位置に酸素原子が吸着し易くなり、酸化物が形成される際の核発生の起点となることで硬質被覆層表面に酸化物が形成されやすくなる。その結果、高温酸化雰囲気下で切削加工を行った場合に、硬質被覆層の耐酸化性が向上するとともに耐摩耗性も向上する。
【0037】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例に基づき、より具体的に説明する。
【実施例】
【0038】
原料粉末として、平均粒径:5.5μmを有する中粗粒炭化タングステン(以下、WC)粉末、同0.8μmの微粒WC粉末、同1.3μmのTaC粉末、同1.2μmのNbC粉末、同1.2μmのZrC粉末、同2.3μmのCr
3C
2粉末、同1.5μmのVC粉末、同1.0μmの(Ti,W)C[質量比で、TiC/WC=50/50]粉末、および同1.8μmのCo粉末を用意し、これら原料粉末をそれぞれ表3に示される配合組成に配合した。配合された原料粉末にさらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した。その後、100MPaの圧力で所定形状の各種の圧粉体にプレス成形した。これらの圧粉体を、6Paの真空雰囲気中、7℃/分の昇温速度で1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、この温度に1時間保持後、炉冷の条件で焼結して、直径が8mm、26mmの2種の超硬基体形成用丸棒焼結体を形成した。さらに前記の2種の丸棒焼結体から、研削加工により、表3に示される組合せで、切刃部の直径×長さがそれぞれ6mm×13mmおよび20mm×45mmの寸法、並びにいずれもねじれ角30度の4枚刃スクエア形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(エンドミル)1〜8をそれぞれ製造した。
【0039】
(a)ついで、前記の工具基体1〜8のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、
図1A、Bに示されるAIP装置100内の回転テーブル101上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に回転テーブル101の外周部に沿って装着し、一方にボンバード洗浄用のTiカソード電極(Tiターゲット)114を、他方側に所定成分組成のTi−Al合金からなるターゲット(カソード電極)113を、回転テーブルを挟んで対向配置した。
(b)まず、装置100内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒータ102で装置100内を500℃に加熱した。その後、回転テーブル101上で自転しながら回転する工具基体(図中の符号1)に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、前述のTiカソード電極114とアノード電極112との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、それによって、工具基体表面をボンバード洗浄した。
(c)ついで、Ti−AlのAl含有量の変化に応じて、装置100内に導入する反応ガスとしての窒素ガスの流量を調整して4〜10Paの反応雰囲気とすると共に、回転テーブル101上で自転しながら回転する工具基体に−250〜−50Vの直流バイアス電圧を印加した。さらに、Ti−Al合金ターゲット113の表面における任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配が6G/mm以上で且つ最大磁束密度が100〜250Gの範囲内となるように表4に示す種々の磁束密度を印加した。このような状態で、Ti−Al合金ターゲット113とアノード電極111との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させて、所定の目標層厚の(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層を工具基体1〜8上に蒸着形成した。
【0040】
上記工程(a)〜(c)により、表4に示す本発明に係る表面被覆切削工具として本発明表面被覆超硬製エンドミル(以下、本発明被覆エンドミルと云う)1〜8を製造した。
【0041】
また、比較の目的で、前記工具基体1〜8を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、
図1A、Bに示されるAIP装置に装入し、カソード電極(蒸発源)113としてTi−Al合金を装着した。まず、装置100内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒータ102で装置100内を500℃に加熱した。その後、前記工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、Tiカソード電極114とアノード電極112との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生さて工具基体表面をボンバード洗浄した。ついで装置100内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、工具基体に−50Vのバイアス電圧を印加した。Ti−Al合金ターゲット113の表面における任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配が6G/mm未満で且つ最大磁束密度が40G未満となるように表5に示す種々の磁束密度を印加した。このような状態で、Ti−Al合金のカソード電極113とアノード電極111との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させて工具基体1〜8のそれぞれの表面に、目標層厚の(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層を蒸着形成した。これにより、表5に示される比較表面被覆超硬製エンドミル(以下、比較被覆エンドミルと云う)1〜8をそれぞれ製造した。
【0042】
また、上記本発明被覆エンドミル1〜8及び比較被覆エンドミル1〜8について、それぞれからその一部を切り出し、光吸収スペクトル測定用試料を作製した。この試料を用いて、
図2に示す前述の光吸収スペクトル測定方法に従い、(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層の表面の吸収率を測定した。
そして、この測定値から、波長400〜500nmにおける吸収率の平均値Ia(%)、波長600〜700nmにおける吸収率の平均値Ib(%)、吸収率差(Ib−Ia)を算出し、求めた。
なお、具体的な算出方法は、以下のとおりである。波長400〜500nmおよび600〜700nmにおいて、1nm毎の吸収率を測定した。そして、波長400〜500nmの1nm毎の吸収率100点の平均値をIa(%)、波長600〜700nmの1nm毎の吸収率100点の平均値をIb(%)とした。
表4、表5に、その値を示す。
【0043】
また、上記本発明被覆エンドミル1〜8及び比較被覆エンドミル1〜8のそれぞれを作製した際の成膜条件である、ターゲット表面の最大磁束密度(G)の値及びターゲット表面の任意の10mmの範囲を測定した際の最大磁束密度勾配(G/mm)の値についても、表4、表5に示した。
【0044】
また、上記本発明被覆エンドミル1〜8、比較被覆エンドミル1〜8の(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層のAl含有量を、EPMAを用いた5点測定の平均値として求めた。
また、前記硬質被覆層の(Ti,Al)N層の平均層厚を、走査電子顕微鏡を用いた断面測定により、5箇所の測定の平均値として求めた。
表4、表5に、その値を示す。
【0045】
【表3】
【0046】
【表4】
【0047】
【表5】
【0048】
つぎに、本発明被覆エンドミル1〜8および比較被覆エンドミル1〜8のうち、本発明被覆エンドミル1〜4および比較被覆エンドミル1〜4については、以下の条件で合金工具鋼の乾式高速溝切削加工試験を行った。
被削材−平面:100mm×250mm、厚さ:50mmの寸法のJIS 4404:2006(ISO 4957:1999に対応)に規定されるSKD61(HRC52)の板材、
切削速度: 300 m/min.、
溝深さ(切り込み): ae0.3mm,ap2mm、
テーブル送り: 1700 mm/min.。
【0049】
本発明被覆エンドミル5〜8および比較被覆エンドミル5〜8については、以下の条件で合金工具鋼の乾式高速溝切削加工試験を行った。
被削材−平面:100mm×250mm、厚さ:50mmの寸法のJIS・SKD61の板材、
切削速度: 300m/min.、
溝深さ(切り込み): ae0.3mm,ap2mm、
テーブル送り: 1.700mm/min.。
【0050】
上記のいずれの溝切削加工試験でも、切刃部の外周刃の逃げ面摩耗幅が使用寿命の目安とされる0.1mmに至るまでの切削溝長を測定した。
表6に、その測定結果を示す。
【0051】
【表6】
【0052】
表4〜6に示される結果から、本発明被覆エンドミル1〜8は、(Ti,Al)N層からなる硬質被覆層の表面の光吸収スペクトルを測定した際に、波長400〜500nmにおける吸収率の平均値Ia(%)と波長600〜700nmにおける吸収率の平均値Ib(%)が、Ia−Ib<5という所定の関係を満足していた。そのため、高温酸化雰囲気下で切削加工を行った場合であっても、本発明被覆エンドミル1〜8は耐酸化性にすぐれるため、皮膜特性の劣化を招くことなく、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮した。
これに対して、硬質被覆層の表面の光吸収スペクトルの吸収率の平均値Ia(%)、Ib(%)が、Ia−Ib<5という関係を満たしていない比較被覆エンドミル1〜8は、高温酸化雰囲気の切削条件下における皮膜特性の劣化により、耐摩耗性が低下し、比較的短時間で使用寿命に至ったことが明らかである。
【0053】
なお、本実施例では単層の硬質被覆層での効果を示したが、本発明の皮膜((Ti,Al)N層)と他の皮膜との組合せでも効果を発揮する。例えば、(Ti,Al)Nと、TiN、Ti(C,N)、(Al,Cr)N等の窒化物やAl
2O
3や非晶質炭素膜等との複数層構造や、これらの皮膜との交互積層にした場合でも効果を発揮する。なお、他の皮膜と組み合わせる場合、優れた耐酸化性を発揮するために、本発明の皮膜((Ti,Al)N層)を硬質被覆層の最表層として形成することが好ましい。