特許第6037255号(P6037255)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6037255
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20161128BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20161128BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20161128BHJP
   B23F 21/00 20060101ALI20161128BHJP
   B23D 77/00 20060101ALI20161128BHJP
   B23G 5/06 20060101ALI20161128BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20161128BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20161128BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23C5/16
   B23B51/00 J
   B23F21/00
   B23D77/00
   B23G5/06 C
   C23C16/34
   C23C16/36
【請求項の数】7
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2016-78296(P2016-78296)
(22)【出願日】2016年4月8日
【審査請求日】2016年9月14日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】パサート アノンサック
(72)【発明者】
【氏名】今村 晋也
(72)【発明者】
【氏名】小野 聡
(72)【発明者】
【氏名】金岡 秀明
【審査官】 村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/147160(WO,A1)
【文献】 特開2015−163424(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第104801941(CN,A)
【文献】 国際公開第2016/017790(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
B23D 77/00
B23F 21/00
B23G 5/06
C23C 16/34
C23C 16/36
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被膜は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒を含む第1硬質被膜層を含み、
前記結晶粒は、AlxTi1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、AlyTi1-yの窒化物または炭窒化物からなる第2層とが交互に1層以上積層された積層構造を有し、
前記第1層のAlの原子比xは、それぞれ0.76以上1未満の範囲で変動し、
前記第2層のAlの原子比yは、それぞれ0.45以上0.76未満の範囲で変動し、
前記原子比xと前記原子比yとは、その差の最大値が0.05≦x−y≦0.5となり、
隣り合う前記第1層と前記第2層との厚みの合計は、3〜30nmであり、
前記結晶粒は、前記基材の表面の法線方向に平行な断面において電子線後方散乱回折装置を用いて前記結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、前記結晶粒の結晶面である(200)面に対する法線と前記基材の表面に対する法線との交差角を測定し、前記交差角が0〜45度となる前記結晶粒を0度から5度単位で区分けして9つのグループを構築し、各グループに含まれる前記結晶粒の面積の和である度数をそれぞれ算出したとき、前記交差角が0〜20度となる前記結晶粒が含まれる4つのグループの前記度数の合計が、全グループの前記度数の合計の50%以上100%以下となり、
前記表面被覆切削工具は、前記交差角が10〜20度となる前記結晶粒が含まれる2つのグループの前記度数の合計が、前記全グループの前記度数の合計の30%以上100%以下となる、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記被膜は、前記基材と前記第1硬質被膜層との間に第2硬質被膜層を含み、
前記第2硬質被膜層は、その厚みが0.01〜0.5μmである、請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記第1硬質被膜層は、その厚みが1〜15μmである、請求項1または請求項2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記第1硬質被膜層は、ナノインデンテーション法による押し込み硬さが28GPa以上38GPa以下である、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記第1硬質被膜層は、圧縮残留応力の絶対値が0.5GPa以上5.0GPa以下である、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の表面被覆切削工具の製造方法であって、
前記基材を準備する第1工程と、
前記第1硬質被膜層を含む前記被膜を化学蒸着法を用いて形成する第2工程とを含む、表面被覆切削工具の製造方法。
【請求項7】
前記第2工程は、AlCl3ガスおよびTiCl4ガスの両方またはいずれか一方の流量を変調させながら前記結晶粒を成長させる工程を含む、請求項6に記載の表面被覆切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、超硬合金からなる切削工具は、切削加工時にその刃先が高温、高負荷などの過酷な環境に曝されるため、刃先が摩耗したり、欠けたりするといった問題が生じる場合が多い。このため、切削工具の切削性能の改善を目的として超硬合金などの基材の表面を被覆する被膜の開発が進められている。なかでも、チタン(Ti)およびアルミニウム(Al)と、窒素(N)および炭素(C)の両方またはいずれか一方との化合物(以下、「AlTiN」、「AlTiCN」などとも称する)からなる被膜は、高い硬度を有することができ、かつAlの含有割合を高めることによって耐酸化性が向上することが知られる。このような被膜で切削工具を被覆することにより、切削工具の性能の改善が期待されている。
【0003】
しかしながら、池田ら(非特許文献1)は、物理蒸着(PVD:physical vapor deposition)法によりAlの原子比が0.7を超える「AlTiN」または「AlTiCN」の被膜を作製すると、上記被膜の層構造がウルツ鉱型結晶構造に相転移するため、硬度が低下すると指摘している。瀬戸山ら(非特許文献2)は、「AlTiN」または「AlTiCN」の被膜中のAlの含有割合を高めるため、PVD法によりTiN/AlNの超多層膜を作製した。しかしAlN一層当たり、3nmを超える厚みで「AlTiN」または「AlTiCN」の被膜を作製すると、その層構造がウルツ鉱型結晶構造に相転移するため、硬度が低下することを報告している。したがって、化学蒸着(CVD:chemical vapor deposition)法を用い、Alの原子比を高めるなどの技術により、より一段と切削性能を向上させることが検討されている。
【0004】
たとえば、特開2014−129562号公報(特許文献1)には、AlCl3ガス、TiCl4ガス、NH3ガス、H2ガスおよびN2ガスを圧力1.3kPa、温度800℃の反応容器内に導入し、その後、基材の温度が200℃になるまで10℃/minの冷却速度で反応容器を冷却する方法が開示されている。これにより、厚さ2nmの面心立方格子(fcc)構造のTiNと厚さ6nmのfcc構造のAlNとが交互に積層された構造を有する硬質被膜をCVD法で形成することができるとされている。
【0005】
さらに、特開2015−193071号公報(特許文献2)には、(Ti1-xAlxN)(Cy1-y)で表される複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、この層が立方晶構造を有する結晶粒を含み、TiとAlとの組成が工具基体の表面の法線方向に沿って周期的に変化する硬質被膜層について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014−129562号公報
【特許文献2】特開2015−193071号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T. Ikeda et al., “Phase formation and characterization of hard coatings in the Ti−Al−N system prepared by the cathodic arc ion plating method”, Thin Solid Films 195 (1991) 99−110
【非特許文献2】M. Setoyama et al., “Formation of cubic−AlN in TiN/AlN superlattice”, Surface & Coatings Technology 86−87 (1996) 225−230
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、硬質被膜がfcc構造のTiNとfcc構造のAlNとが交互に積層された構造のみから構成されているため、硬質被膜の硬度は非常に高く、耐摩耗性が良好である。しかしながら、特許文献1に記載の硬質被膜を切削工具に用いた場合、高速切削でチッピングが生じたり被削材によっては突発的に欠損が生じ、切削工具の長寿命化を実現することができないケースがあった。その理由は明らかではないが、過度な急冷操作によりfcc構造のTiNとfcc構造のAlNとの界面の格子不整合に起因し、fcc構造のAlNに強い引張残留応力が生じていることによるものと推測される。
【0009】
特許文献2では、複合窒化物層または複合炭窒化物層が立方晶構造を有し、TiとAlの組成が基体の法線方向に沿って周期的に変化することにより、高硬度かつ靱性にも優れる硬質被覆層を実現したとされている。しかしながら、この硬質被覆層は特に耐チッピング性の獲得において改善の余地があった。したがって、未だ望んだ長寿命を実現することには至っておらず、その開発が切望されている。
【0010】
本発明は、上記実情に鑑みてなされ、高硬度かつ靱性に優れ、特に高い耐チッピング性能を示すことができる表面被覆切削工具およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様に係る表面被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、前記被膜は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒を含む第1硬質被膜層を含み、前記結晶粒は、AlxTi1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、AlyTi1-yの窒化物または炭窒化物からなる第2層とが交互に1層以上積層された積層構造を有し、前記第1層のAlの原子比xは、それぞれ0.76以上1未満の範囲で変動し、前記第2層のAlの原子比yは、それぞれ0.45以上0.76未満の範囲で変動し、前記原子比xと前記原子比yとは、その差の最大値が0.05≦x−y≦0.5となり、隣り合う前記第1層と前記第2層との厚みの合計は、3〜30nmであり、前記結晶粒は、前記基材の表面の法線方向に平行な断面において電子線後方散乱回折装置を用いて前記結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、前記結晶粒の結晶面である(200)面に対する法線と前記基材の表面に対する法線との交差角を測定し、前記交差角が0〜45度となる前記結晶粒を0度から5度単位で区分けして9つのグループを構築し、各グループに含まれる前記結晶粒の面積の和である度数をそれぞれ算出したとき、前記交差角が0〜20度となる前記結晶粒が含まれる4つのグループの前記度数の合計が、全グループの前記度数の合計の50%以上100%以下となる。
【0012】
本発明の一態様に係る表面被覆切削工具の製造方法は、前記基材を準備する第1工程と、前記第1硬質被膜層を含む前記被膜を化学蒸着法を用いて形成する第2工程とを含む。
【発明の効果】
【0013】
上記によれば、高硬度かつ靱性に優れ、特に高い耐チッピング性能を示すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】(A)は、表面被覆切削工具における被膜の顕微鏡像を捕えた図面代用写真であって、(B)は、(A)の破線囲い部を拡大して示す図面代用写真である。
図2図1(B)における矢印方向のAlTiNの組成比の変動を説明するグラフである。
図3】(A)は、図1(A)を拡大して示す図面代用写真である。(B)は、(A)をさらに拡大して示す図面代用写真である。
図4】電子線後方散乱回折装置を用いて解析した第1硬質被膜層に含まれる結晶粒の交差角度数分布の一例を示すグラフである。
図5】本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法に用いる化学蒸着(CVD)装置を模式的に示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0016】
[1]本発明の一態様に係る表面被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、上記被膜は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒を含む第1硬質被膜層を含み、上記結晶粒は、AlxTi1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、AlyTi1-yの窒化物または炭窒化物からなる第2層とが交互に1層以上積層された積層構造を有し、上記第1層のAlの原子比xは、それぞれ0.76以上1未満の範囲で変動し、上記第2層のAlの原子比yは、それぞれ0.45以上0.76未満の範囲で変動し、上記原子比xと上記原子比yとは、その差の最大値が0.05≦x−y≦0.5となり、隣り合う上記第1層と上記第2層との厚みの合計は、3〜30nmであり、上記結晶粒は、上記基材の表面の法線方向に平行な断面において電子線後方散乱回折装置を用いて上記結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、上記結晶粒の結晶面である(200)面に対する法線と前記基材の表面に対する法線との交差角を測定し、上記交差角が0〜45度となる上記結晶粒を0度から5度単位で区分けして9つのグループを構築し、各グループに含まれる上記結晶粒の面積の和である度数をそれぞれ算出したとき、上記交差角が0〜20度となる上記結晶粒が含まれる4つのグループの上記度数の合計が、全グループの上記度数の合計の50%以上100%以下となる。このような構成の表面被覆切削工具は、高硬度かつ靱性に優れ、高硬度に基づいた高い耐摩耗性とともに、優れた靱性に基づいた高い耐チッピング性能を備えて長寿命を実現することができる。
【0017】
[2]上記表面被覆切削工具は、上記交差角が10〜20度となる上記結晶粒が含まれる2つのグループの上記度数の合計が、上記全グループの上記度数の合計の30%以上100%以下となる。これにより、より優れた耐チッピング性能を示すことができる。
【0018】
[3]上記被膜は、上記基材と上記第1硬質被膜層との間に第2硬質被膜層を含み、上記第2硬質被膜層は、その厚みが0.01〜0.5μmである。これにより、高硬度かつ高い密着性をもった第1硬質被膜層を実現することができる。
【0019】
[4]上記第1硬質被膜層は、その厚みが1〜15μmである。これにより、耐摩耗性および耐酸化性においてもより優れた性能を示すことができる。
【0020】
[5]上記第1硬質被膜層は、ナノインデンテーション法による押し込み硬さが28GPa以上38GPa以下である。これにより、切削工具などに適用した場合に刃先の耐摩耗性を向上させることができる。
【0021】
[6]上記第1硬質被膜層は、圧縮残留応力の絶対値が0.5GPa以上5.0GPa以下である。これにより、切削工具などに適用した場合に刃先の靱性を向上させて、より優れた耐チッピング性を示すことができる。
【0022】
[7]本発明の一態様に係る表面被覆切削工具の製造方法は、上記基材を準備する第1工程と、上記第1硬質被膜層を含む上記被膜を化学蒸着法を用いて形成する第2工程とを含む。これにより、高硬度かつ靱性に優れ、特に高い耐チッピング性能を示す表面被覆切削工具を製造することができる。
【0023】
[8]上記第2工程は、AlCl3ガスおよびTiCl4ガスの両方またはいずれか一方の流量を変調させながら前記結晶粒を成長させる工程を含む。これにより、高硬度かつ靱性に優れ、特に高い耐チッピング性能を示す表面被覆切削工具を歩留まりよく製造することができる。
【0024】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、実施形態について説明する。以下の実施形態の説明に用いられる図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わす。
【0025】
ここで、本明細書において「A〜B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。また、本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではない。たとえば「TiAlN」と記載されている場合、TiAlNを構成する原子数の比はTi:Al:N=0.5:0.5:1に限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。このことは、「TiAlN」以外の化合物の記載についても同様である。本実施形態において、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)などの金属元素と、窒素(N)、酸素(O)または炭素(C)などの非金属元素とは、必ずしも化学量論的な組成を構成している必要がない。
【0026】
≪表面被覆切削工具≫
本実施形態に係る表面被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被膜とを備える。被膜は、基材の全面を被覆することが好ましい。しかしながら、基材の一部がこの被膜で被覆されていなかったり被膜の構成が部分的に異なっていたりしていたとしても、本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0027】
本実施形態に係る表面被覆切削工具は、高硬度かつ靱性に優れ、高硬度に基づいた高い耐摩耗性とともに、優れた靱性に基づいた高い耐チッピング性能を備えて長寿命を実現することができる。したがって、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの切削工具として好適に使用することができる。
【0028】
≪基材≫
基材は、この種の基材として従来公知のものであればいずれも使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえば、WC基超硬合金、WCのほか、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶型窒化ホウ素焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0029】
これらの各種基材の中でも超硬合金、特にWC基超硬合金、またはサーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これらの基材は、特に高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途の表面被覆切削工具の基材として優れた特性を有している。基材としてWC基超硬合金を用いる場合、その組織中に遊離炭素およびη相と呼ばれる異常層の両方またはいずれか一方を含んでいてもよい。
【0030】
表面被覆切削工具が刃先交換型切削チップなどである場合、基材は、チップブレーカーを有するものも、有さないものも含まれる。刃先稜線部の形状は、シャープエッジ(すくい面と逃げ面とが交差する稜)、ホーニング(シャープエッジに対してアールを付与したもの)、ネガランド(面取りをしたもの)、ホーニングとネガランドを組み合わせたものの中で、いずれのものも含まれる。
【0031】
≪被膜≫
本実施形態において、被膜は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒を含む第1硬質被膜層を含む。第1硬質被膜層に含まれる結晶粒が塩化ナトリウム型の結晶構造を有していることは、X線回折装置(たとえば、商品名:「SmartLab」、株式会社リガク製)を用いて分析することにより確認することができる。図1に本実施形態における被膜(STEM像)の一例を示す。
【0032】
<第1硬質被膜層>
(結晶粒の積層構造)
第1硬質被膜層に含まれる結晶粒は、AlxTi1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、AlyTi1-yの窒化物または炭窒化物からなる第2層とが交互に1層以上積層された積層構造を有している。さらに、第1層のAlの原子比xは、各第1層中で0.76以上1未満の範囲で変動し、第2層のAlの原子比yは、各第2層中で0.45以上0.76未満の範囲で変動する。換言すれば、第1硬質被膜層に含まれる結晶粒は、Alの原子比が高い割合を維持して変動する第1層と、この第1層に比べAlの原子比が相対的に低い割合を維持して変動する第2層とが、交互に配置される積層構造を有している。
【0033】
より詳細には、図1(A)に示すように、第1硬質被膜層に含まれる結晶粒は、それぞれAlTiの窒化物または炭窒化物の同一結晶相(Homo−Structure)であって、Alの原子比が、この同一結晶相の内部で変動している。この変動は周期的であって、連続的または段階的であることが好ましい。これにより、第1硬質被膜層に含まれる結晶粒は、図1(B)に示すように、所定の界面に微小な歪が生じ、この歪に基づいて異なった層として区別され得る第1層および第2層からなる積層構造が形成されることとなる。なお、Alの原子比の変動については、その一例を図2を用いて後述する。
【0034】
第1層および第2層の組成は、窒化物または炭窒化物のいずれでもよい。ただし、第1層の組成が窒化物となる場合、第2層の組成も窒化物となる。第1層の組成が炭窒化物となる場合、第2層の組成も炭窒化物となる。第1層の組成が窒化物となる場合に、第2層の組成が炭窒化物となることはなく、第1層の組成が炭窒化物となる場合に、第2層の組成が窒化物となることはない。
【0035】
第1硬質被膜層に含まれる結晶粒は、第1硬質被膜層に少なくとも2つ含まれていればよく、3つ以上含まれていることが好ましい。さらに第1硬質被膜層に含まれる結晶粒は、双晶の結晶構造を有することが好ましく、この双晶中の結晶構造において記号Σ3で示される対応粒界を線対称軸とし、この軸の両側に上述の積層構造が存在していることがより好ましい。
【0036】
上述したように結晶粒は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有し、その粒内に第1層と第2層とからなる積層構造に基づく歪みを有している。この歪によって結晶粒は硬度が向上する。このため本実施形態における被膜(第1硬質被膜層)は、耐摩耗性を向上させることができる。その結果、このような被膜で被覆された基材を備えた表面被覆切削工具は、優れた耐摩耗性を有して長寿命化が達成される。
【0037】
(Alの原子比)
上述のとおり第1硬質被膜層は、結晶粒内にAlxTi1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、AlyTi1-yの窒化物または炭窒化物からなる第2層とが交互に1層以上積層された積層構造を有している。この積層構造において第1層のAlの原子比xは、それぞれ0.76以上1未満の範囲で変動する。第2層のAlの原子比yは、それぞれ0.45以上0.76未満の範囲で変動する。さらに、原子比xと原子比yとは、その差の最大値が0.05≦x−y≦0.5となる。
【0038】
原子比xと原子比yとの差の最大値は、後述する方法で原子比xおよび原子比yの値を断面サンプルに基づいて算出したとき、算出されたすべての原子比xの値のうちの最大値と、算出されたすべての原子比yの値のうちの最小値との差を求めたときに得られる値をいう。すなわち第1硬質被膜層の全体を対象にし、その中から選んだ原子比xの最大値と、原子比yの最小値との差を求めたときに得られる値と同義となる。
【0039】
原子比xと原子比yとの差の最大値は、0.05未満となると、結晶粒内の歪みが小さくなるため、硬度が低下する傾向がある。一方でその差の最大値は、0.5を超えると、結晶粒内の歪みが増大し、引張残留応力が大きくなるので、靱性が低下する傾向がある。
【0040】
ここで結晶粒内のAlの原子比が、第1層および第2層の積層方向(図1(B)の矢印方向)に周期的かつ連続的に変動している例を示したグラフを図2に示す。図2において、横軸は、基材の表面に対する法線であって結晶粒を貫いている法線上の測定位置(測定開始位置からの距離)を表し、縦軸が各測定位置におけるAlおよびTiの原子比、ならびにAlおよびTiの原子比の合量に占めるAlの原子比(割合)を表す。図2中の原子比zは、原子比xおよび原子比yの両者を包含して表す総称として用いている。
【0041】
図2においてAlの原子比の値は、測定開始位置からの距離が大きくなるにつれ、たとえば連続的な増加を経て極大点を迎えた後、極小点に向けて連続的に減少している。この極小点を通過した後は、次の極大点に向けて再び、連続的な増加に転じ、その後このような変動が複数回繰り返される。このことから第1層と第2層とは、その積層方向にAlの原子比が周期的かつ連続的に変動していることがわかる。さらにAlの原子比が小さくなる、すなわちTiの原子比が多くなることによって歪が生じ、第1層と第2層とは図1(B)に示すような縞状の積層状態として確認される。図2においてAlの原子比の変動の形状は、正弦波に似た形状である。さらに、隣り合う連続的な増加と連続的な減少とからなる1周期の幅は、隣り合う第1層と第2層との厚みの合計を表している。
【0042】
原子比xおよび原子比yは、第1硬質被膜層において基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、この断面サンプルに現われた結晶粒に対してSEMまたはTEM付帯のエネルギー分散型X線分析(EDX:Energy Dispersive X-ray spectroscopy)装置を用いて分析することにより、その分析位置での原子比を算出することができる。さらに、上記EDXを用いた分析を繰り返し行なうことにより、原子比xおよび原子比yを算出する対象を該断面サンプルの全面に拡大することができる。したがって、第1硬質被膜層の任意の箇所においてその断面サンプルを得ることにより、第1硬質被膜層の任意の箇所における原子比xおよび原子比yを特定することができる。
【0043】
第1層のAlの原子比xは、0.76未満となることはない。原子比xが0.76未満であれば、もはや第2層のAlの原子比yであるというべきだからである。原子比yが0.76以上となることがないことも同じ理由に基づく。原子比xは、第1層がTiを含むため1となることもない。一方で、高い耐摩耗性を保ちつつ靭性を向上させる観点から、原子比yは0.45以上となる。原子比yが0.45未満となると、Al量の低下で耐酸化性が劣るようになり、被膜の酸化に伴う靱性の低下が起こりやすくなる。
【0044】
結晶粒内のAlの原子比の上限値、すなわち原子比xの好ましい上限値は、0.95である。結晶粒内のAlの原子比の下限値、すなわち原子比yの好ましい下限値は、0.5である。原子比xと原子比yとの差の最大値の好ましい値は、0.1以上0.45以下である。原子比xと原子比yとの差の最大値のさらに好ましい値は、0.26以上0.45以下である。
【0045】
(隣り合う第1層および第2層の厚み)
本実施形態において、隣り合う第1層と第2層との厚みの合計(以下、「積層周期」とも称する)は、3〜30nmである。たとえば、図2では、積層周期は、およそ10nmであることを示している。このような厚みで第1層と第2層とからなる積層構造を有することにより、結晶粒は高硬度となり、かつ靱性が向上する。特に、結晶粒が後述するような結晶方位に配向することにより、結晶粒の靱性に基づいた表面被覆切削工具の耐チッピング性への寄与がより効果的となる。
【0046】
隣り合う第1層と第2層との厚みの合計は、3nm未満であると靱性が低下する。一方で、30nmを超えると、結晶粒がウルツ鉱型結晶構造へ相転移することにより硬度が低下する傾向があり、耐摩耗性に悪影響が及ぶ。隣り合う第1層と第2層との厚みの合計は、好ましくは、5〜25nmである。
【0047】
隣り合う第1層と第2層とは、少なくとも1組が3〜30nmの厚みを有していればよい。しかしながら、隣り合う第1層と第2層とのすべての組が3〜30nmの厚みを有することより、耐チッピング性に優れた被膜を安定して作製することができるので好ましい。
【0048】
第1層および第2層の厚みは、原子比xおよび原子比yを測定するときと同様に、第1硬質被膜層において基材の表面の法線方向に平行な断面サンプルを得て、このサンプルをSTEMで観察することにより正確に測定することができる。このようなSTEMを用いた測定方法としては、STEM高角度散乱暗視野法(HAADF−STEM:High-Angle Annular Dark-field Scanning Transmission Electron Microscopy)を挙げることができる。本明細書において「厚み」といった場合、その厚みは平均厚みを意味する。隣り合う第1層と第2層との厚みの合計は、たとえば、第1硬質被膜層の10箇所において断面を得て、その断面に現われた10の結晶粒において、それぞれ10組の隣り合う第1層と第2層の厚みの合計を測定し、その平均値を該厚みの合計として表すことができる。このとき、観察倍率を500000倍とし、観察面積を0.1μm2程度として1視野に1個の結晶粒が現れるように調節する。これを10回以上繰り返して行なうことより、平均値を算出するのに十分な数の「隣り合う第1層と第2層との厚みの合計」を測定することができる。
【0049】
(結晶粒の(200)面を対象とした交差角度数分布の測定)
本実施形態において結晶粒は、基材の表面の法線方向に平行な断面において電子線後方散乱回折(EBSD:Electron BackScatter Diffraction)装置を用いて結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、結晶粒の結晶面である(200)面に対する法線と基材の表面に対する法線との交差角を測定し、交差角が0〜45度となる結晶粒を0度から5度単位で区分けして9つのグループを構築し、各グループに含まれる結晶粒の面積の和である度数をそれぞれ算出したとき、交差角が0〜20度となる結晶粒が含まれる4つのグループの度数の合計が、全グループの度数の合計の50%以上100%以下となる。交差角が0〜20度となる結晶粒が含まれる4つのグループの度数の合計が、このような範囲となることにより、結晶粒は特に靱性が向上し、表面被覆切削工具の優れた耐チッピング性に寄与することができる。
【0050】
以下、第1硬質被膜層を構成する個々の結晶粒の交差角を測定し、その分布を求めることを「交差角度数分布を測定する」というものとする。
【0051】
本実施形態では、この交差角度数分布の測定にEBSD装置を備えた電界放出型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いる。基材の表面の法線方向に平行な断面を研磨して断面研磨面とした被測定面を対象とし、第1硬質被膜層に含まれる個々の結晶粒の(200)面の交差角を測定する。被測定面である断面研磨面は、上記断面を耐水研磨紙で研磨し、さらにアルゴンイオンを用いたイオンミーリング処理を行なうことにより得ることができる。
【0052】
ここで、交差角度数分布の測定に必要な被測定面(断面研磨面)を準備するための研磨加工方法は、次のとおりである。
【0053】
まず、第1硬質被膜層を後述の製造方法に基づき形成する。この第1硬質被膜層に対し、基材の表面の法線方向に平行な断面が得られるように切断する。その後、その切断面を耐水研磨紙(研磨剤としてSiC砥粒研磨剤を含むもの)で研磨する。
【0054】
上記の切断は、たとえば第1硬質被膜層の表面(第1硬質被膜層上に他の層が形成されている場合は被膜表面とする)を、十分に大きな保持用の平板上にワックスなどを用いて密着固定した後、回転刃の切断機でその平板に対して垂直方向に切断する(該回転刃と該平板とが可能な限り垂直となるように切断する)。基材の表面と第1硬質被膜層の表面(被膜表面)とは平行であると考えられるからである。この切断は、このような垂直方向に対して行なわれる限り、第1硬質被膜層の任意の部位で行なうことができ、これにより得られた断面を以下のように研磨および平滑化することにより、被測定面を準備することができる。
【0055】
研磨は、上記耐水研磨紙#400、#800、#1500を順に用いて行なう(耐水研磨紙の番号(#)は研磨剤の粒径の違いを意味し、数字が大きくなるほど研磨剤の粒径は小さくなる)。
【0056】
引続き、上記耐水研磨紙により研磨した断面をArイオンによるイオンミーリング処理によりさらに平滑化する。イオンミーリング処理の条件は、たとえば以下のとおりである。
加速電圧: 6kV
照射角度: 基材表面の法線方向から0°
照射時間: 6時間。
【0057】
その後、上記の平滑化された第1硬質被膜層の断面研磨面を、EBSD装置を備えたFE−SEMによって観察すればよい。この観察は、集束電子ビームを各ピクセル上へ個別に配置し、順にEBSDデータを収集することによって行なうことができる。たとえば、HKL NL02 EBSD検出器を備えたFE−SEM(商品名:「Zeiss Supra 35 VP」、CARL ZEISS社製)を用いることができる。
【0058】
EBSD装置を備えたFE−SEMによる被測定面の観察は、次のとおりである。EBSD装置は、後方散乱電子によって発生する菊池回折パターンの自動分析に基づき、結晶粒が配向する結晶方位、およびこの結晶方位が基材の表面に対する法線に対してどの程度の角度で交差しているのか(交差角)を測定することができる。このため交差角度数分布は、EBSD装置を備えたFE−SEMを用いて被測定面を撮影し、各撮影画像の各ピクセルの(200)面の法線方向と、基材の表面の法線方向との交差角を算出し、統計処理を施すことにより求めることができる。その結果、たとえば交差角が0〜5度以内であると算出されたピクセルは、基材の表面に対する法線と(200)面の法線との交差角が0〜5度となる結晶粒に対応する。したがって、たとえば交差角が0〜5度以内であると算出されたピクセルの数の和が、交差角が0〜5度以内となる結晶粒の面積の和と対応する。
【0059】
本実施形態では、上記交差角が0〜45度と算出されたピクセルを選択し、0度から5度単位で色分けするなどして区分けして9つのグループを構築し、この9つのグループのそれぞれにおいてピクセルの数の和、すなわち結晶粒の面積の和である度数を算出して交差角度数分布を測定する。このように、本明細書において「度数」は、各グループに含まれる被測定面に現われた結晶粒の面積の和として、グループごとにそれぞれ算出される。
【0060】
交差角度数分布の測定にあたり、その正確性を担保する観点から、FE−SEMの観察倍率を2000〜20000倍の範囲から適宜選択し、かつ観察面積も50〜1000μm2の範囲ら適宜選択し、1視野に10〜100個の結晶粒が現れるような状態にすることが好ましい。
【0061】
上記交差角の算出、該交差角が0〜45度となるピクセルの選択、および上記度数の算出は、市販のソフトウェア(商品名:「Orientation Imaging Microscopy Ver 6.2」、EDAX社製)を用いて行なうことができる。
【0062】
本実施形態において、交差角が0〜5度となる結晶粒が区分けされるグループを除き、各グループにおいて最小となる交差角は、該グループに含まれないものとする。したがって、交差角が0度および5度となる結晶粒は、0〜5度のグループに区分けされる。交差角が10度となる結晶粒は、10〜15度のグループに区分けされずに、5〜10度のグループに区分けされる。すなわち、10〜15度は、10度を超え15度以下であることを意味する。
【0063】
このとき、本実施形態における第1硬質被膜層は、交差角が0〜20度となる結晶粒(すなわち交差角が20度以下の結晶粒)が含まれる4つのグループの度数の合計が、全グループの度数の合計の50%以上100%以下となる。特に、本実施形態では、交差角が10〜20度となる結晶粒が含まれる2つのグループの度数の合計が、全グループの度数の合計の30%以上100%以下であることが好ましい。
【0064】
上記のような結晶粒を含む第1硬質被膜層は、その結晶粒が塩化ナトリウム型の結晶構造を維持しているため、高硬度である。さらに、本実施形態では、交差角が0〜20度となる結晶粒が含まれる4つのグループの度数の合計が、全グループの度数の合計の50%以上であり、多くの割合を占める。すなわち、第1硬質被膜層では、基材の表面の法線方向から少し傾斜した(0〜20度傾斜した)方向が、(200)面である結晶粒が高頻度で存在していることを示している。このような第1硬質被膜層は、高硬度でありながら圧縮残留応力を付与することができるため、靱性を向上させることができる。この理由は明確ではないが、結晶粒の(200)面に対する法線方向が、基材の表面の法線方向から10度程度ずれることにより、最も負荷が高い切削開始点において、硬質被膜に加わる衝撃をミクロ的に緩和できるためと考えられる。
【0065】
特に、交差角が10〜20度となる結晶粒が含まれる2つのグループの度数の合計が、全グループの度数の合計の30%以上である場合、靱性を飛躍的に向上させることができる。これにより、高硬度を維持しつつ靱性の向上を図ることができるため、耐チッピング性に優れた第1硬質被膜層を形成することが可能となり、以って表面被覆切削工具の長寿命化を達成することができる。
【0066】
本実施形態において、交差角が0〜20度となる結晶粒が含まれる4つのグループの度数の合計は、全グループの度数の合計の55%以上であることが好ましい。さらに、交差角が10〜20度となる結晶粒が含まれる2つのグループの度数の合計が、全グループの度数の合計の35%以上となることがより好ましい。交差角が0〜20度となる結晶粒が含まれる4つのグループの度数の合計が、全グループの度数の合計の50%未満である場合、靱性の向上を十分に図ることができなくなる。交差角が0〜20度となる結晶粒が含まれる4つのグループの度数の合計、および交差角が10〜20度となる結晶粒が含まれる2つのグループの度数の合計の上限値は、いずれも100%である。
【0067】
交差角度数分布を表したグラフの一例を図4に示す。このグラフの横軸は、結晶粒を区分けした9つのグループに対応する0度から5度単位の交差角を表し、縦軸は累計度数である。図4に示す例では、交差角が0〜20度となる結晶粒が含まれる4つのグループの度数の合計は、全グループの度数の合計の57%となる。交差角が10〜20度となる結晶粒が含まれる2つのグループの度数の合計が、全グループの度数の合計の40%となる。
【0068】
(押し込み硬さ)
第1硬質被膜層は、ナノインデンテーション法による押し込み硬さが28GPa以上38GPa以下であることが好ましい。より好ましくは、30GPa以上36GPa以下である。第1硬質被膜層のナノインデンテーション法による押し込み硬さが上記範囲であることにより、本実施形態に係る表面被覆切削工具は、耐摩耗性が向上する。特に、耐熱合金などの難削材の切削加工を行う際に優れた性能を発揮することができる。
【0069】
第1硬質被膜層のナノインデンテーション法による押し込み硬さは、ナノインデンテーション法が利用可能な超微小押し込み硬さ試験機を用いて測定することができる。押し込み硬さは、第1硬質被膜層の厚さ方向に垂直に所定荷重(たとえば30mN)で圧子を押し込み、圧子が押し込んだ押し込み深さに基づいて算出することができる。第1硬質被膜層上に表面被覆層などの他の層が存在する場合、カロテスト、斜めラッピングなどをすることにより、表面被覆層を除いて第1硬質被膜層を露出させ、この露出した第1硬質被膜層に対して上記方法を用いることにより、押し込み硬さを測定することができる。
【0070】
(圧縮残留応力)
第1硬質被膜層は、圧縮残留応力の絶対値は0.5GPa以上5.0GPa以下であることが好ましい。より好ましくは、1.0GPa以上4.0GPa以下である。第1硬質被膜層の圧縮残留応力の絶対値が上記範囲であることにより、第1硬質被膜層の靱性を飛躍的に向上させることができる。圧縮残留応力の絶対値が0.5GPa未満であれば、靱性を向上させるのに十分ではない。圧縮残留応力の絶対値が5.0GPaを超えると、内部応力が大きくなりすぎ、チッピングが起きやすくなる傾向がある。第1硬質被膜層の圧縮残留応力は、第1硬質被膜層に含まれる結晶粒内における第1層と第2層との積層周期を調節することおよび付加的な表面処理をすることによって、0.5GPa以上5.0GPa以下に制御することができる。第1硬質被膜層の圧縮残留応力の値は特に記載のない限り、実際に切削加工に供する点であるため刃先から半径500μm以内のすくい面、逃げ面のいずれかまたは両方の平均圧縮残留応力の値を意味する。
【0071】
「圧縮残留応力」とは、第1硬質被膜層に存する内部応力(固有ひずみ)の一種であって、「−」(マイナス)の数値(単位:実施形態では「GPa」を使う)で表される応力をいう。このため、圧縮残留応力が大きいという概念は、上記数値の絶対値が大きくなることを示し、圧縮残留応力が小さいという概念は、上記数値の絶対値が小さくなることを示す。
【0072】
第1硬質被膜層の圧縮残留応力は、たとえばブラスト法、ブラシ法、バレル法、イオン注入法などによって付与することができる。さらに第1硬質被膜層の圧縮残留応力は、たとえば、X線応力測定装置を用いたsin2ψ法により測定することができる。このようなX線を用いたsin2ψ法は、多結晶材料の圧縮残留応力の測定方法として広く用いられ、たとえば「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54〜67頁に詳細に説明されている方法を用いることができる。sin2ψ法を適用して第1硬質被膜層の圧縮残留応力を測定する場合、第1硬質被膜層上に表面被覆層などの他の層が存在するときには、必要に応じて電解研磨、フラットミーリングなどをすることにより、表面被覆層を除いて第1硬質被膜層を露出させ、この露出した第1硬質被膜層に対して圧縮残留応力を測定すればよい。さらに、応力測定をする際に使用する物性係数は、公知の文献を引用して使用することができる。たとえば、N.Norrbyらが『Surface & Coatings Technology 257 (2014) 102−107)』で報告した値を使用することができる。このとき、使用基材の種類などを考慮し、可能な限り第1硬質被膜層と基材のピークの重なりがなく、かつ高角度側の回折ピークを選択し、応力を測定することが好ましい。
【0073】
(不純物)
第1硬質被膜層は、高硬度かつ靱性に優れ、高い耐チッピング性能を付与するという本実施形態の作用効果に影響を及ぼさない限り、塩素(Cl)、酸素(O)、硼素(B)、コバルト(Co)、タングステン(W)、クロム(Cr)、タンタル(Ta)、ニオブ(Nb)および炭素(C)からなる群より選択される少なくとも1種の不純物を含んでいてもよく、含んでいなくてもよい。すなわち第1硬質被膜層は、不可避不純物などの不純物を含んで形成されることが許容される。
【0074】
(第1硬質被膜層の厚み)
第1硬質被膜層は、その厚みが1〜15μmであることが好ましい。第1硬質被膜層の厚みが上記範囲であることにより、耐摩耗性を維持しつつ耐チッピング性を向上させる効果を顕著に示すことができる。第1硬質被膜層の厚みが1μm未満であると靱性が十分ではなく、15μmを超えると圧縮残留応力が入りにくく耐チッピング性が不十分となる傾向がある。第1硬質被膜層の厚みは、その特性を向上させる観点から3μm以上7.5μm以下であることがさらに好ましい。
【0075】
<第2硬質被膜層>
本実施形態に係る表面被覆切削工具は、図3に示すように、基材10と第1硬質被膜層11との間に、第2硬質被膜層12を含むことが好ましい。さらに、この第2硬質被膜層12は、その厚みが0.01〜0.5μmであることが好ましい。
【0076】
第2硬質被膜層は、上記構成の第1硬質被膜層11に含まれる結晶粒を成長させるための核が集合する層である。したがって、その組成は、AlhTi1-hの原子比hが0〜1の範囲、すなわち平均値であるAl/(Al+Ti)となる。厚みは0.01〜0.5μmであり、これにより、高硬度かつ高い密着性をもった第1硬質被膜層が炉内で広範囲にわたり形成することができるという効果が得られる。
【0077】
<その他の層>
本実施形態において被膜は、第1硬質被膜層および第2硬質被膜層以外の層を含んでいてもよい。たとえば、基材と被膜との接合強度を高くすることが可能な下地層を含むことができる。そのような層として、たとえば、窒化チタン(TiN)層、炭窒化チタン(TiCN)層、TiN層とTiCN層とからなる複合層などを挙げることができる。下地層は、従来公知の製造方法を使用することにより製造することができる。
【0078】
その他の層としては、上述した下地層のほか、たとえば、Ti、ZrおよびHfからなる群より選択される少なくとも1つの元素と、N、O、C、Bからなる群より選択される少なくとも1つの元素とからなる化合物層を含んでいてもよい。この化合物層によっても基材と被膜との接合強度を高くすることが可能となる。表面被覆層として、α−Al23層およびκ−Al23層の少なくとも一方を含んでいてもよい。α−Al23層およびκ−Al23層により、被膜の耐酸化性を向上させることができる。
【0079】
<被膜の総厚>
本実施形態において被膜の総厚は、3μm以上20μm以下であることが好ましい。被膜の総厚が上記範囲であることにより、第1硬質被膜層の耐摩耗性を維持しつつ耐チッピング性を向上させる効果をはじめとする被膜の特性を好適に発揮することができる。被膜の総厚が3μm未満であると耐摩耗性が低下し、20μmを超えると、たとえば切削加工時に被膜が基材から剥離するケースが頻発する。被膜の総厚は、その特性を向上させる観点から4μm以上15μm以下であることがより好ましい。
【0080】
第1硬質被膜層の厚み、第2硬質被膜層の厚みおよび被膜の総厚は、第1硬質被膜層に含まれる結晶粒内の隣り合う第1層と第2層との合計厚みの測定法と同様な方法により測定することができる。すなわち、これらの断面サンプルを得て、このサンプルを用いてSTEMで観察することにより測定することができる。さらに、第1硬質被膜層の厚み、第2硬質被膜層の厚み、被膜の総厚は、たとえば10個の断面サンプルを得て、それぞれで厚みを測定し、その平均値を該厚みまたは該総厚として表すことができる。第1硬質被膜層の厚みまたは第2硬質被膜層の厚みを観察するときは、観察倍率を50000倍とし、観察面積が1視野で10μm2程度となるように調節する。被膜の総厚を観察するときは、観察倍率を5000倍とし、観察面積が1視野で100μm2程度となるように調節する。これにより、平均値を算出するのに十分な数の該厚みまたは該総厚を測定することができる。
【0081】
<作用>
以上から、本実施形態に係る表面被覆切削工具は、たとえば、ステンレス鋼の高速断続切削などに用いた場合であっても、チッピング、欠損、剥離などの発生が抑えられる。高硬度であるので耐摩耗性も発揮する。したがって、本実施形態に係る表面被覆切削工具は、高硬度かつ靱性に優れ、高硬度に基づく優れた耐摩耗性を維持しつつ、優れた靱性に基づいて高い耐チッピング性能を備えて長寿命を実現することができる。
【0082】
≪表面被覆切削工具の製造方法≫
本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法は、基材を準備する第1工程と、第1硬質被膜層を含む被膜を化学蒸着(CVD)法を用いて形成する第2工程とを含む。特に、上記第2工程は、AlCl3ガスおよびTiCl4ガスの両方またはいずれか一方の流量を変調させながら結晶粒を成長させる工程を含むことが好ましい。これにより、上記の構成および効果を有する表面被覆切削工具を歩留まりよく製造することができる。
【0083】
図5に、本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法に用いられるCVD装置の一例の模式的な断面図を示す。図5に示すように、CVD装置100は、基材10を設置するための複数の基材保持治具21と、基材保持治具21を包囲する耐熱合金鋼製の反応容器22とを備えている。反応容器22の周囲には、反応容器22内の温度を制御するための調温装置23が設けられている。
【0084】
反応容器22には、隣接して接合された第1ガス導入管24と第2ガス導入管25とを有するガス導入管が反応容器22の内部の空間を鉛直方向に延在し、その軸26で回転可能となるように設けられている。ガス導入管においては、その内部で第1ガス導入管24に導入されたガスと、第2ガス導入管25に導入されたガスとが混合しない構成とされている。第1ガス導入管24および第2ガス導入管25の一部にはそれぞれ、第1ガス導入管24および第2ガス導入管25の内部を流れるガスを基材保持治具21に設置された基材10上に噴出させるための複数の貫通孔が設けられている。
【0085】
さらに、反応容器22には、反応容器22の内部のガスを外部に排気するためのガス排気管27が設けられている。反応容器22の内部のガスは、ガス排気管27を通過して、ガス排気口28から反応容器22の外部に排出される。
【0086】
本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法は、基材を準備する第1工程と、第1硬質被膜層を含む被膜を形成する第2工程とを含み、第1工程、第2工程の順に行われる。第2工程には、第2硬質被膜層を形成する工程を含むことが好ましい。さらに本実施形態では、第1工程および第2工程以外の工程が含まれていてもよい。以下、説明の便宜のため、基材上に第1硬質被膜層および第2硬質被膜層を直接形成する場合について説明するが、第2工程では、基材上に下地層などの他の層を形成してから第1硬質被膜層および第2硬質被膜層を形成してもよい。さらに、第1硬質被膜層および第2硬質被膜層を形成した後、耐酸化性の向上のために表面被覆層を形成することもできる。下地層および表面被覆層を形成する方法は、いずれも従来公知の方法を用いることができる。
【0087】
<第1工程>
第1工程では基材を準備する。基材は、市販のものを用いてもよく、一般的な粉末冶金法で製造してもよい。たとえば、基材として超硬合金基材を一般的な粉末冶金法で製造する場合、ボールミルなどによってWC粉末とCo粉末などとを混合して混合粉末を得ることができる。該混合粉末を乾燥した後、所定の形状に成形して成形体を得る。さらに該成形体を焼結することにより、WC−Co系超硬合金(焼結体)を得る。次いで該焼結体に対して、ホーニング処理などの所定の刃先加工を施すことにより、WC−Co系超硬合金からなる基材を製造することができる。第1工程では、上記以外の基材であっても、この種の基材として従来公知のものをいずれも準備可能である。
【0088】
<第2工程>
第2工程では、第1硬質被膜層を含む被膜(第1硬質被膜層および第2硬質被膜層)を化学蒸着(CVD)法を用いて形成する。たとえば成長させる結晶粒が窒化物である場合、まず第2硬質被膜層を形成する工程として、TiCl4ガスなどのTiのハロゲン化物ガスおよびAlCl3ガスなどのAlのハロゲン化物ガスを含む第1ガス群と、アンモニア(NH3)ガスを含む第2ガス群とを反応容器内で化学反応させる。これにより、基材上にAlとTiとNとを含む結晶粒の核を形成する。その後、その核を成長させて第1硬質被膜層を形成する。具体的には、上記の第1ガス群に含まれるガス成分および第2ガス群に含まれるガス成分を反応容器内で均一に化学反応させ、反応生成物を第2硬質被膜層上に噴出することにより、AlTiの窒化物を含む結晶粒を成長させ、もって第1硬質被膜層を形成することができる。
【0089】
特に、本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法では、第1硬質被膜層を形成するのに際し、第1ガス群を噴出する方法として複数の方法を用いることができる。一の方法は、全反応ガス中のAlCl3ガスの流量(体積%)を一定に維持しながら、TiCl4ガスの流量を変調させて結晶粒を成長させる第1結晶成長方法である。他の方法は、全反応ガス中のTiCl4ガスの流量を一定に維持しながら、AlCl3ガスの流量を変調させて結晶粒を成長させる第2結晶成長方法である。
【0090】
第1結晶成長方法では、TiCl4ガスの流量の調節によってTiの原子比を制御することができる(すなわちAlの原子比を制御することができる)。また、高流量(High Flow)でTiCl4ガスを噴出する時間、低流量(Low Flow)でTiCl4ガスを噴出する時間、TiCl4ガスの流量を高流量から低流量へまたは低流量から高流量へ切り替える回数などを調節することにより、第1層および第2層の厚み、隣り合う第1層と第2層との厚みの合計、ならびに第1硬質被膜層の厚みをそれぞれ所望の厚みに制御することができる。第2結晶成長方法であっても、AlCl3ガスの流量の調節によってAlの原子比を制御することができる。高流量でAlCl3ガスを噴出する時間、低流量でAlCl3ガスを噴出する時間、AlCl3ガスの流量を高流量から低流量へまたは低流量から高流量へ切り替える回数などを調節することにより、第1層および第2層の厚み、隣り合う第1層と第2層との厚みの合計、ならびに第1硬質被膜層の厚みをそれぞれ所望の厚みに制御することができる。
【0091】
<その他の工程(圧縮残留応力付与工程)>
さらに、成膜された第1硬質被膜層を含む被膜に対し、表面側からブラスト処理を行なって、第1硬質被膜層を含む被膜に圧縮残留応力を付与することが好ましい(圧縮残留応力付与工程)。CVD法によって形成された層は、全体に引張残留応力を有する傾向があるが、本工程により、第1硬質被膜層を含む被膜の表面側に圧縮残留応力を付与することができ、もって上述の圧縮残留応力を有する第1硬質被膜層を含む被膜を作製することができる。ブラスト処理において、メディアの投射圧、投射時間、投射距離を制御することにより、付与する圧縮残留応力を制御することができる。たとえば湿式ブラスト処理として平均粒径50μmの球形アルミナ、濃度10体積%、投射圧0.2MPa、投射距離10mm、投射時間10秒の条件で行なうことができる。
【0092】
以下、本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法の一例を、図5に示したCVD装置を参照しながら説明する。ここでは第2工程において第1硬質被膜層を形成することに際して、第1結晶成長方法を第1ガス群を噴出させる方法として用いている。さらに、この一例ではAlTiの窒化物を含む結晶粒をCVD法により成長させるものとする。
【0093】
まず、CVD装置100の反応容器22内に、基材10として任意の形状のチップを基材保持治具21に装着する。続いて反応容器22の周囲には反応容器22内の温度を制御する調温装置23が設けられているので、この調温装置23を使って基材保持治具21に設置した基材10の温度を700〜750℃に上昇させる。さらに反応容器22の内部の圧力を2〜3kPaとする。
【0094】
次に、軸26を中心にガス第1ガス導入管24と第2ガス導入管25を回転させながら、TiCl4ガスおよびAlCl3ガスを含む第1ガス群を第1ガス導入管24に導入し、NH3ガスを含む第2ガス群を第2ガス導入管25に導入する。これにより、反応容器22内では第1ガス導入管24の貫通孔から第1ガス群が、第2ガス導入管25の貫通孔から第2ガス群がそれぞれ噴出するので、反応容器22内で第1ガス群と第2ガス群とが回転操作によって均一に混合し、この混合ガスが基材10上へ向かうこととなる。その結果、まず第2硬質被膜層を形成する工程として、第1ガス群に含まれるガス成分および第2ガス群に含まれるガス成分が混合ガス中で化学反応することによって、基材10上にたとえばAlとTiとNとを含む結晶粒の核が形成される。
【0095】
結晶粒の核を形成するときの反応容器22の内部の圧力は2〜2.5kPaとし、基材10の温度は700〜730℃とすることが好ましい。これにより、その厚みを0.01〜0.5μmとして第2硬質被膜層を形成することができる。
【0096】
次に、AlとTiとNとからなる結晶粒の核が基材10上に形成された後、反応容器22の内部の圧力を2〜3kPaとし、基材10の温度を700〜750℃とし、第1ガス群および第2ガス群を噴出して上記の核を成長させ、AlとTiとNとからなる結晶粒を結晶成長させる。
【0097】
このタイミングで、上記第1結晶成長方法を用いる。すなわちAlCl3ガスの流量を3〜6体積%で一定に維持しながら、TiCl4ガスの流量を1〜3体積%(高流量:High Flow)として3〜15秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、直ちにTiCl4ガスの流量の高低を切り替え、続けてAlCl3ガスの流量を上記濃度で維持したまま、TiCl4ガスについて0.2〜0.8体積%(低流量:Low Flow)として3〜15秒間維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、さらにTiCl4ガスの流量の高低を切り替える。この操作を複数回繰り返すことにより、第1層および第2層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒を含む第1硬質被膜層を形成することができる。
【0098】
第2結晶成長方法を用いる場合には、上記タイミングにおいて上述した第1結晶成長方法に代えて第2結晶成長方法を適用すること、すなわちAlCl3ガスの流量が変調する条件下で結晶粒を成長させることにより、第1結晶成長方法と同様に第1層および第2層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒を含む第1硬質被膜層を形成することができる。
【0099】
ここで、第1ガス群には、TiCl4およびAlCl3ガスとともに、塩化水素(HCl)ガスおよびキャリアガスとしての水素(H2)ガスを含むことが好ましい。第2ガス群としてはNH3ガスとともに、アルゴンガスを含むことが好ましい。さらに、窒素(N2)ガスを含んでいてもよい。しかしながら、本実施形態のように塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒を効果的に成長させるには、窒素(N2)ガスを含ませることなく、アンモニア(NH3)ガスおよびアルゴンガスのみから第2ガス群を構成することが好ましい。さらに、AlTiの炭窒化物を含む結晶粒を成長させる場合、エチレン(C24)ガスを第1ガス群に含ませることが好ましい。
【0100】
以上のようにして、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒内にAlxTi1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、AlyTi1-yの窒化物または炭窒化物からなる第2層が交互に積層された構造が形成された第1硬質被膜層を基材10上に形成し、本実施形態に係る表面被覆切削工具を製造することができる。
【実施例】
【0101】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0102】
本実施例において、被膜の総厚、第1硬質被膜層の厚みおよび第2硬質被膜層の厚みは、STEMを用いたSTEM高角度散乱暗視野法を用いて、基材の表面の法線方向に平行な被膜断面を観察することにより測定した。結晶粒内における第1層および第2層の存在、ならびに隣り合う第1層および第2層の厚みの合計の平均値(積層周期)は、上記被膜断面のSTEMを用いた観察により求めた。第1層におけるAlの原子比xおよび第2層におけるAlの原子比yは、SEMまたはTEMに付帯のEDX装置(商品名:「JEM−2100F」、日本電子株式会社製)により算出し、この算出した原子比x、yの値に基づいてx−yの最大値を求めた。第1硬質被膜層に含まれる結晶粒の(200)面を対象とした交差角度数分布の測定は、EBSD装置を備えたFE−SEM(商品名:「Zeiss Supra 35 VP」、CARL ZEISS社製)を用い、基材の表面の法線方向に平行な断面(被測定面)を撮影して分析することにより行なった。
【0103】
被測定面は、基材の表面の法線方向に平行な断面を上述のとおり耐水研磨紙で研磨し、引続き、Arイオンによるイオンミーリング処理によりさらに平滑化して準備した。本実施例におけるイオンミーリング装置とその処理の条件は以下のとおりである。
イオンミーリング装置(商品名:「SM−09010」、日本電子株式会社製)
加速電圧: 6kV
照射角度: 基材表面の法線方向から0°
照射時間: 6時間。
【0104】
さらに、第1硬質被膜のナノインデンテーション法による押し込み硬さ(GPa)は、超微小押し込み硬さ試験機(商品名:「ENT−1100a」、Elionix社製)を用いて測定した。第1硬質被膜の圧縮残留応力(GPa)の絶対値は、X線応力測定装置(商品名:「SmartLab」、株式会社リガク製)を用いたsin2ψ法により算出した。
【0105】
≪基材の準備≫
まず、第1工程として、被膜で被覆する基材Aおよび基材Bを準備した。具体的には、表1に記載の配合組成(重量%)からなる原料粉末を均一に混合した。次に、この混合粉末を所定の形状に加圧成形した後に、1300〜1500℃で1〜2時間焼結することにより、超硬合金からなる基材A(形状:CNMG120408NUX)および基材B(形状:SEET13T3AGSN−G)を得た。これらは、いずれも住友電工ハードメタル株式会社製のものであり、基材AであるCNMG120408NUXは、旋削用の刃先交換型切削チップの形状であり、基材であるSEET13T3AGSN−Gは、転削(フライス)用の刃先交換型切削チップの形状である。ここで、表1中の「残り」とは、WCが配合組成(質量%)の残部を占めることを示す。本実施例では、表6に示すとおり試料No.1〜36の切削工具を作製する。試料No.1〜7、9〜15、17〜22、25〜30の切削工具が実施例であり、試料No.8、16、23、24、31〜36の切削工具が比較例である。
【0106】
【表1】
【0107】
≪被膜の形成≫
第2工程として、基材Aおよび基材Bの表面上に表2に示す組成の下地層(TiN、試料によってはTiNおよびTiCN)を、表6に示すとおりの厚みで形成した。下地層上に第2硬質被膜層を形成し、さらに後述する第1硬質被膜層を表6に示すとおりの厚みで形成した。そのほか表6に示すとおり、試料によっては表面被覆層(Al23)も形成した。
【0108】
【表2】
【0109】
下地層は基材の表面と直接接する層である。第2硬質被膜層は下地層上に形成され、第1硬質被膜層が第2硬質被膜層上に形成される。表面被覆層は、第1硬質被膜上に形成される層であって切削工具の表面を構成する。ここで表2の「成膜条件」の欄には、下地層および表面被覆層を形成するための「反応ガス組成(体積%)」と、「反応雰囲気」として圧力(kPa)、温度(℃)、全ガス流量(L/min)の条件とを示した。表2中「反応ガス組成(体積%)」の欄において、H2ガスが「残り」であるとは、H2ガスが反応ガス組成(体積%)の残部を占めることを示す。
【0110】
たとえば表2の「TiN」の欄には、下地層としてのTiN層の形成条件が示されている。表2によれば、TiN層は、図5に示すCVD装置100を含む公知のCVD装置の反応容器内に基材を配置し、反応容器内に2体積%のTiCl4ガス、39.7体積%のN2ガスおよび残部としてのH2ガスからなる混合ガスを、圧力6.7kPaおよび温度915℃の雰囲気において44.7L/分の全ガス流量で噴出することにより形成することができる。また、表面被覆層(Al23)も同様に表2に示す条件で形成することができる。下地層および表面被覆層の厚みは、それぞれ反応ガスを噴出する時間によって制御することができる。
【0111】
<第1硬質被膜層および第2硬質被膜層の形成>
第1硬質被膜層および第2硬質被膜層は、図5に示すようなCVD装置100を用いて形成した。まず、結晶粒の核(第2硬質被膜層)を形成するため、反応容器22の内部の圧力を2kPaとし、成膜温度(基材温度)を730℃とし、第1ガス群および第2ガス群の合計である全ガス流量を55.5L/分とした。この条件下において第1ガス群の組成を0.2体積%のTiCl4ガス、0.7体積%のAlCl3ガス、0体積%のC24ガス、残り(残部)のH2ガスとし、第2ガス群の組成を1体積%のNH3ガス、37体積%のArガスとし、それぞれ第1ガス導入管24、第2ガス導入管25に導入し、基材10上に噴出した。なお上記組成は、第1ガス群および第2ガス群の合計で100体積%を満たすものとする。これにより図3(B)に示すような第2硬質被膜層を得る。
【0112】
続いて、第1硬質被膜層の形成、すなわち結晶粒の成長は、表3〜表5に示す形成条件1A〜1H、2A〜2H、XおよびYのいずれかの条件で行なった。概説すれば、形成条件1A〜1Hでは、AlCl3ガスの流量を一定に維持しながら、TiCl4ガスの流量を変調させて結晶粒を成長させる上記第1結晶成長方法を用い、形成条件2A〜2Hは、TiCl4ガスの流量を一定に維持しながら、AlCl3ガスの流量を変調させて結晶粒を成長させる上記第2結晶成長方法を用いた。形成条件Xでは、AlCl3ガスおよびTiCl4ガスの流量を変動させずに一定としつつ、第1ガス群および第2ガス群を間欠的に供給することにより結晶粒を成長させた。具体的には、1秒当たり0.8秒止めて0.2秒噴出する周期で第1ガス群および第2ガス群を供給した。形成条件Yでは、AlCl3ガスおよびTiCl4ガスの流量を一定とし、かつ連続したガス噴出を行なって結晶粒を成長させた。
【0113】
たとえば、表3〜表5において形成条件「1A」は、以下のような条件により、第1硬質被膜層を形成することを示す。すなわち、成膜温度(基材温度)を750℃とし、反応容器内圧力を3.0kPaとし、第1ガス群および第2ガス群の流量の合計である全ガス流量を60.5L/分とする。この条件下でAlCl3ガスの流量を5体積%として一定に維持しながら、TiCl4ガスについて0.5体積%(低流量:Low Flow)として3秒間(Time)維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後、直ちにTiCl4ガス流量の高低を切り替え、AlCl3ガスの流量を上記濃度に維持したまま、TiCl4ガスの流量を1.5体積%(高流量:High Flow)として3秒間(Time)維持する条件で第1ガス群を第1ガス導入管24に導入する。その後さらにTiCl4ガス流量の高低を切り替え、以下、このような操作を所望により複数回行なう。したがってTiCl4ガスは、1分当たり3秒間のインターバルにより、高流量および低流量でそれぞれ10回(Interval)、第1ガス導入管24に導入されることとなる。これにより第2硬質被膜層上に、第1層と第2層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒を成長させ、第1硬質被膜層を形成する。なお形成条件「1A」において、第1ガス群は表3に示すように、TiCl4ガスおよびAlCl3ガスとともに、残部としてH2ガスを含んで構成される。第2ガス群は、表3に示すように、NH3ガスおよびArガスを含んで構成される。
【0114】
形成条件1B〜1H、2A〜2Hでは、上記「1A」と同じ要領でTiCl4またはAlCl3の流量を変調させ、表3または表4に示す条件で第1硬質被膜層を形成した。形成条件XおよびYについても、表5に示す条件で第1硬質被膜層を形成した。
【0115】
なお、形成条件1A、1F、1Gおよび形成条件2A、2E、2Gでは、AlTiの窒化物からなる第1層および第2層の積層構造を有する結晶粒が成長する。形成条件1B〜1E、1Hおよび形成条件2B〜2D、2F、2Hでは、第1ガス群にエチレンガスが表3、表4に示すとおりの体積%で含まれているので、AlTiの炭窒化物からなる第1層および第2層の積層構造を有する結晶粒が成長する。
【0116】
上記の各条件により形成された第1被膜層は、表3〜表5に示すとおりの積層周期で第1層および第2層が交互に積層された積層構造を有する結晶粒が成長して構成される。表3〜表5では、各条件により形成した第1層の厚み、第2層の厚み、第1層におけるAlの原子比x(最大値)、第2層におけるAlの原子比y(最小値)、原子比x(最大値)と原子比y(最小値)との差(x−y)、ならびに第1被膜層に含まれる結晶粒の交差角(0〜20度および10〜20度)の度数も示している。
【0117】
【表3】
【0118】
【表4】
【0119】
【表5】
【0120】
<ブラスト処理>
さらに、成膜された第1硬質被膜層を含む被膜に対し、表面側からブラスト処理を行なって、第1硬質被膜層を含む被膜に圧縮残留応力を付与した。ここでは湿式ブラスト処理として平均粒径50μmの球形アルミナ、濃度10体積%、投射圧0.2MPa、投射距離10mm、投射時間10秒とした。被膜総厚およびこの被膜の構造により得られた第1硬質被膜層の圧縮残留応力値を表6に示す。
【0121】
≪切削工具の作製≫
上述のように準備された基材Aまたは基材Bを、上記のようにして形成した被膜により被覆し、表6に示すとおりの試料No.1〜36の切削工具を作製した。上述のとおり、本実施例において試料No.1〜7、9〜15、17〜22、25〜30の切削工具が実施例であり、試料No.8、16、23、24、31〜36の切削工具が比較例である。
【0122】
【表6】
【0123】
試料No.1〜36の切削工具は、試料ごとに基材、下地層および第1硬質被層のいずれかが異なる。表6において、1つの欄内に2つの化合物(たとえば、「TiN(0.5)−TiCN(2.5)」)が記載されている場合、左側(「TiN(0.5)」)の化合物が基材の表面に近い側に位置する層であり、右側(「TiCN(2.5)」)の化合物が基材の表面から遠い側に位置する層であることを意味している。括弧の中の数値はそれぞれの層の厚みを意味している。表6の「−」で示される欄は、層が存在しないことを意味する。表6では、試料No.1〜36の切削工具における第1硬質被膜層が有する押し込み硬さおよび圧縮残留応力の値もそれぞれ示した。
【0124】
たとえば、表6によれば試料No.1の切削工具は、基材Aの表面に0.5μmの厚みのTiN層および2.5μmの厚みのTiCN層がこの順序に積層されて下地層が形成される。下地層上には第2硬質被膜層が形成された上で、形成条件1Aで形成された6.0μmの厚さの第1硬質被膜層が形成される。ただし、試料No.1の切削工具では、第1硬質被膜層上に表面被覆層(Al23層)が形成されない。試料No.1の切削工具の被膜全体の厚さは、9.0μmである。試料No.1の切削工具における第1硬質被膜層が示す押し込み硬さ(GPa)は34.3であり、圧縮残留応力(GPa)は3.3である。
【0125】
≪切削試験≫
上記のようにして作製した試料No.1〜36の切削工具を用いて、以下の2種の切削試験を行った。
【0126】
<丸棒外周高速切削試験>
試料No.1〜8、17〜24、33および34の切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察し、工具寿命を評価した。その結果を表7に示す。切削時間が長いほど耐摩耗性に優れる切削工具として、高速切削であっても長寿命化を実現することができる可能性が高いと評価することができる。
【0127】
(丸棒外周高速切削試験の切削条件)
被削材 : FCD450丸棒
周速 : 500m/min
送り速度: 0.15mm/rev
切込み量: 1.0mm
切削液 : 有り。
【0128】
<ブロック材耐欠損性試験>
試料No.9〜16、25〜32、35および36の切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削距離を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察し、工具寿命を評価した。その結果を表8に示す。切削距離が長いほど耐チッピング性に優れる切削工具として、被削材の種類に関わらず長寿命化を実現することができる可能性が高いと評価することができる。
【0129】
(ブロック材耐欠損性試験の切削条件)
被削材 : SUS304ブロック材
周速 : 250m/min
送り速度: 0.3mm/s
切込み量: 2.0mm
切削液 : なし
カッタ : WGC4160R(住友電工ハードメタル株式会社製)。
【0130】
【表7】
【0131】
【表8】
【0132】
ここで上記表7、表8において「最終損傷形態」の欄の記載は、摩耗、チッピングおよび欠損の順に被膜の耐摩耗性が劣ることを示している。「摩耗」は、チッピングおよび欠けを生じずに摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味する。「チッピング」は、切削工具の仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた微小な欠けを意味する。「欠損」は、切れ刃部に生じた大きな欠けを意味している。
【0133】
<評価>
表7によれば、試料No.1〜7、17〜22の切削工具は、切削時間が16分以上であり、試料No.8、23、24、33および34の切削工具と比べて長寿命であることが確認された。特に、試料No.33および34の切削工具は、チッピングが確認されて高速切削に対して性能が劣ることが確認された。
【0134】
表8によれば、試料No.9〜15、25〜30の切削工具は、切削距離が7.6km以上であり、試料No.16、31、32、35および36の切削工具と比べて長寿命であることが確認された。特に、試料No.35の切削工具はチッピングが確認され、試料No.36の切削工具は欠損が確認されて、耐チッピング性能(耐欠損性能)において劣ることが確認された。
【0135】
以上のように本発明の実施形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態および各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0136】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0137】
10 基材、11 第1硬質被膜層、12 第2硬質被膜層、21 基材保持治具、22 反応容器、23 調温装置、24 第1ガス導入管、25 第2ガス導入管、26 軸、27 ガス排気管、28 ガス排気口、100 CVD装置。
【要約】
【課題】高硬度かつ靱性にも優れる表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】表面被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被膜とを備え、被膜は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒を含む第1硬質被膜層を含み、結晶粒は、AlxTi1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、AlyTi1-yの窒化物または炭窒化物からなる第2層とが交互に1層以上積層された積層構造を有し、第1層のAlの原子比xは、それぞれ0.76以上1未満の範囲で変動し、第2層のAlの原子比yは、それぞれ0.45以上0.76未満の範囲で変動し、原子比xと原子比yとは、その差の最大値が0.05≦x−y≦0.5となり、隣り合う第1層と第2層との厚みの合計は、3〜30nmである。
【選択図】図1
図2
図4
図5
図1
図3