【実施例】
【0043】
以下、実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0044】
≪形質転換用組換えベクターの構築≫
調節遺伝子norRと、norVに隣接してnorRにより調節を受けるnorR-norVプロモーターとを含む領域を、腸管出血性大腸菌EHEC EDL933のゲノムDNAをテンプレートとして、PCR法により増幅させてプロモーター断片を得た。この際、プライマーとしては、下記の表1に示すものを用いた。
【0045】
【表1】
【0046】
一方、Photorhabdus luminescens GTC00819のゲノムDNA(ナショナルバイオリソースプロジェクト(岐阜大学)より入手)をテンプレートとして、PCR法により、発光遺伝子であるluxCDABE遺伝子を含む領域を増幅させて、luxCDABE遺伝子断片を得た。この際、プライマーとしては、下記の表2に示すものを用いた。
【0047】
【表2】
【0048】
増幅されたluxCDABE遺伝子断片を、制限酵素(NotIおよびNcoI)を用いて消化し、次いでpAcGFP1ベクター(Clontech)のNotI-NcoI部位に挿入して、lacプロモーター依存性LuxCDABE発現プラスミド(placlux8)を構築した。
【0049】
続いて、上記で得られたプロモーター断片を制限酵素(NcoIおよびPvuII)により消化したものを、上記で得られた発現プラスミド(placlux8)を予めNcoI-PvuIIで消化しておいたものにクローニングさせることでplaclux8のlacプロモーターを置換して、本発明に係る形質転換用組換えベクターであるプラスミド(pRPL3)を得た。なお、このプラスミド(pRPL3)において、プロモーターを欠失したPhotorhabdus luminescensのluxCDABE遺伝子の上流にnorR-norVプロモーター断片が配置されていることを、PCRスクリーニング、制限酵素消化、およびDNA配列決定により確認した。
【0050】
≪NOセンサ細胞の作製および発光強度の測定≫
上記で構築した組換えベクター(pRPL3)により形質転換された細胞株のNO分子に対する応答性を調べる目的で、以下の手法により、形質転換細胞株(NOセンサ細胞)の比発光強度(specific luminescence)(RLU/CFU)を測定した。なお、この発光強度の値は、測定される相対発光量(Relative Light Unit; RLU)の値を、細菌のコロニー形成単位(Colony Forming Unit; CFU)の値で除した値であり、細菌の単位量あたりの発光量を表す指標となりうる。
【0051】
まず、β−ガラクトシダーゼ活性を有しない大腸菌JM109株を宿主として用い、エレクトロポーレーション法により、上記で構築した組換えベクター(pRPL3)によって形質転換して、形質転換細胞株(NOセンサ細胞;JM109(pRPL3))を得た。
【0052】
次いで、得られたNOセンサ細胞をLB培地中で一晩培養した後、LB培地で1:100に希釈し、そこに種々の濃度(0mM(コントロール)、0.001mM、0.01mM、0.1mM、および1mM)になるようにニトロプルシドナトリウム(Sodium Nitroprusside; SNP)を添加し、嫌気条件下でさらに37℃にて6時間培養した。
【0053】
その後、0.1mLの培養液について、GLOMAX 20/20ルミノメーター(Promega)を用いて相対発光量(RLU)を測定した。結果を
図2(A)に示す。また、同じ培養液の生菌数をコロニーカウント法によってコロニー形成単位(CFU)として測定して、発光強度(RLU/CFU)を算出した。結果を
図2(B)に示す。なお、本実施例に記載の実験について、図などに示す値はすべて、独立して少なくとも3回繰り返して得られた値の平均値(±標準誤差)である。
【0054】
図2(B)に示すように、発光強度(RLU/CFU)の値は、norR遺伝子産物の量に依存して変化することが確認されたことから、SNPによるnorVプロモーターの活性化によるNOセンサ細胞の応答は、NorRタンパク質により担われていることが示された。このように、本実施例に係るNOセンサ細胞は広いダイナミックレンジでNOを検出・定量できることから、増殖している細胞中でのNO分子の広い濃度範囲における定量アッセイが可能となる。
【0055】
なお、本発明者らの検討では、SNPよりも半減期の短いNOドナーであるPROLI NONOateを添加した場合にも、嫌気条件下における発光強度は濃度依存的に増加することが確認されている。また、NOの特異的スカベンジャー分子であるC-PTIOを同時に添加すると、PROLI NONOateを単独で添加した場合と比較して、発光強度(RLU/CFU)は有意に減少すること、本発明に係るNOセンサ細胞は硝酸塩および過酸化水素に対しては応答せず、亜硝酸塩には応答するものの、C-PTIOを添加することによって亜硝酸塩によるLuxCDABEタンパク質の発現レベルはコントロールと同程度にまで低下すること、が確認されている。これらのことから、本実施例で構築したNOセンサ細胞の主要なエフェクターはNOであるものと判断される。
【0056】
≪従来技術によるβ−ガラクトシダーゼ遺伝子をレポーター遺伝子として用いたNOセンサ細胞によるNO濃度の測定≫
本発明の比較例として、以下の手法により、非特許文献1に開示されている、β−ガラクトシダーゼ遺伝子をレポーター遺伝子として用いたNOセンサ細胞を用いて、NO濃度の測定を行った。
【0057】
具体的には、大腸菌JM109株を宿主として用い、エレクトロポーレーション法により、非特許文献1と同様の手法を用いて構築した組換えベクター(pRPZ2)によって形質転換して、形質転換細胞株(NOセンサ細胞;JM109(pRPZ2))を得た。
【0058】
次いで、得られたNOセンサ細胞をLB培地中で一晩培養した後、LB培地で1:100に希釈し、そこに種々の濃度(0mM(コントロール)、0.001mM、0.01mM、0.1mM、および1mM)になるようにニトロプルシドナトリウム(Sodium Nitroprusside; SNP)を添加し、嫌気条件下でさらに37℃にて6時間培養した。
【0059】
その後、0.1mLの培養液について、GLOMAX 20/20ルミノメーター(Promega)を用いて相対発光量(RLU)を測定し、また、同じ培養液の生菌数をコロニーカウント法によってコロニー形成単位(CFU)として測定して、発光強度(RLU/CFU)を算出した。結果を
図3に示す。
【0060】
図3に示すように、非特許文献1に開示の技術を用いてNO濃度を測定した場合には、広いダイナミックレンジでの測定ができなかった。
【0061】
≪EHEC感染中のマクロファージ内のNOレベルの定量≫
マクロファージの細胞中におけるNOレベルが腸管出血性大腸菌(EHEC)との接触によって増加するかどうかを調べる目的で、以下の手法により、EHECに感染しているマクロファージ細胞におけるNOセンサ細胞の発光強度(RLU/CFU)を測定した。なお、EHEC EDL933は、マクロファージの細胞中で少なくとも24時間生存できることが知られている。
【0062】
具体的には、まず、24ウェルの組織培養ディッシュにマクロファージ細胞株(RAW 264.7)を5×10
5細胞/ウェルで播種し、37℃にて12時間培養した。同様に、24ウェルの組織培養ディッシュにヒト単球由来細胞株(THP-1)を5×10
5細胞/ウェルで播種し、10
−7Mのホルボール12−ミリステート13−アセテート(PMA)を添加後48時間、37℃にて培養して、THP-1細胞株をマクロファージ様の細胞へと分化させた。なお、THP-1細胞はRAW 264.7細胞よりもNO産生が低いことが報告されている。
【0063】
上記で確立した培養系のそれぞれ(いずれも単層培養系)に、上記で作製したEHEC由来のNOセンサ細胞を感染多重度(m.o.i.)10で添加した。
【0064】
次いで、プレートを軽く遠心分離して実際に感染を起こさせた後、37℃にて20分間インキュベートした(このインキュベートの終了時点を「0時間」とした)。培地を回収し、細胞を洗浄し、RAW 264.7細胞株には新鮮なDMEM培地(10%FBSおよび100μg/mLゲンタマイシンを含有)を、THP-1細胞株には新鮮なRPMI-1640培地(10%FBSおよび100μg/mLゲンタマイシンを含有)をそれぞれ添加して、細胞外の細菌を死滅させた。2時間後、培地を回収し、細胞を洗浄し、12μg/mLのゲンタマイシンを含むように培地を交換した。この際、マクロファージにおけるNO合成酵素の特異的な阻害剤である1mMのL-NMMA(N
G−モノメチル−L−アルギニン)をゲンタマイシンとともに含む群と含まない群とに分けた。
【0065】
続いて、各ディッシュの細胞を、0.1%デオキシコール酸を含有するPBSの添加により溶解させるか、またはさらにインキュベートさせた。溶解させた細胞について、上記と同様の手法により、ルミノメーターを用いて相対発光量(RLU)を、コロニー形成単位(CFU)の計数により生菌数を、それぞれ測定した。これらの測定値に基づき発光強度(RLU/CFU)を算出した結果を、
図4にグラフとして示す。なお、
図4に示すグラフにおいて、■はRAW 264.7細胞(L-NMMA添加せず)の結果を表し、□はRAW 264.7細胞(L-NMMA添加)の結果を表し、▲はTHP-1細胞の結果を表す。
【0066】
図4に示すように、RAW264.7細胞の発光強度(RLU/CFU)は感染直後から上昇し始め、感染の8時間後には高いレベル(0.5)に到達した。一方、L-NMMAで処理したRAW264.7細胞の発光強度(RLU/CFU)は、感染の6時間後および8時間後において、未処理のRAW264.7細胞よりも有意に低い値を示した。なお、PMA処理したTHP-1細胞における発光強度(RLU/CFU)は、RAW264.7細胞と同様、感染後にゆっくりと上昇した。
【0067】
以上のことから、本発明に係る組換えベクターやNOセンサ細胞は、細菌感染中のマクロファージ細胞内のNO分子を特異的に認識し、これに応答して発光することができることが示される。したがって、本発明に係る組換えベクターやNOセンサ細胞は、細菌感染中のマクロファージ細胞内のNOを検出・定量するための有用なツールとなりうることが示唆される。
【0068】
≪宿主としてサルモネラ菌を用いたNOセンサ細胞によるNOの検出・定量≫
サルモネラ菌の細胞中におけるNOレベルがSNPとの接触によって増加するかどうかを調べる目的で、以下の手法により、種々の濃度のSNPと接触したサルモネラ菌宿主のNOセンサ細胞の発光強度(RLU/CFU)を測定した。
【0069】
具体的には、まず、上記と同様の手法により、サルモネラ菌(Salmonella enterica serovar Typhimurium MI1株)を組換えベクターpRPL3により形質転換した。次いで、得られた形質転換体(NOセンサ細胞)をLB培地中で一晩培養した後、LB培地で1:100に希釈し、そこに種々の濃度(0mM(コントロール)、0.001mM、0.01mM、0.1mM、および1mM)になるようにニトロプルシドナトリウム(Sodium Nitroprusside; SNP)を添加し、嫌気条件下でさらに37℃にて6時間培養した。
【0070】
その後、0.1mLの培養液について、上記と同様の手法により、発光強度(RLU/CFU)を算出した。結果を
図5に示す。
図5に示す結果から、サルモネラ菌を宿主として用いた場合であっても、腸管出血性大腸菌EHEC EDL933を用いた場合と同様に、NOの検出・定量を行うことが可能であった。このことから、細胞侵入性細菌であるサルモネラ菌を宿主として用いて本発明に係るNOセンサ細胞を作製することで、貪食作用をもたない上皮細胞(例えば、腸管上皮細胞など)等の各種の真核細胞におけるNO濃度のモニタリングが可能となりうることが示唆される。