特許第6037611号(P6037611)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6037611
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】受配電機器の絶縁余寿命診断方法
(51)【国際特許分類】
   H02B 3/00 20060101AFI20161128BHJP
【FI】
   H02B3/00 M
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-274378(P2011-274378)
(22)【出願日】2011年12月15日
(65)【公開番号】特開2013-126323(P2013-126323A)
(43)【公開日】2013年6月24日
【審査請求日】2014年12月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三木 伸介
【審査官】 段 吉享
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−027596(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02B 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁体を備える受配電機器の余寿命を求める余寿命診断方法であって、
前記絶縁体と同じまたは同等の材質からなるセンサ絶縁体を予め前記受配電機器に設けておくセンサ設置ステップと、
前記センサ絶縁体の表面における2種類以上のイオンの量を逐次測定する測定ステップと、
記2種類以上のイオンの量と前記センサ絶縁体の表面抵抗率との相関関係である第1の相関関係を多変量解析により求める解析ステップと、
前記センサ絶縁体について、記第1の相関関係に基づいて、前記2種類以上のイオンの量から、前記センサ絶縁体の表面抵抗率を算出する表面抵抗率算出ステップと、
前記センサ絶縁体の表面抵抗率と使用年数との相関関係である第2の相関関係を、前記表面抵抗率算出ステップで算出された表面抵抗率を用いて逐次更新する第2の相関関係更新ステップと、
前記第2の相関関係更新ステップで更新された前記第2の相関関係に基づいて、前記受配電機器の余寿命を求める余寿命算出ステップとを備え、
前記センサ絶縁体は、絶縁体と、その表面に設置された前記2種類以上のイオンの量を測定するための複数のイオン選択電極とを含み、
前記イオン選択電極は、導電性の素材で構成された、受配電機器の絶縁余寿命診断方法。
【請求項2】
前記2種類以上のイオンは、硝酸イオン、硫酸イオンおよび塩化物イオンからなる群から選択され、前記絶縁体が不飽和ポリエステル樹脂を含む、請求項1記載の受配電機器の絶縁余寿命診断方法。
【請求項3】
前記2種類以上のイオンは硝酸イオン、硫酸イオン、アンモニウムイオン、カルシウムイオンおよび塩化物イオンからなる群から選択され、前記絶縁体がフェノール樹脂またはエポキシ樹脂を含む、請求項1記載の受配電機器の絶縁余寿命診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、受配電機器が備える絶縁体の余寿命診断方法に関するものであり、特に、稼動中の受配電機器が備える絶縁体の抵抗低下による余寿命を診断する余寿命診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
受配電設備は、電気エネルギーを工場や建物へ供給する役割を担う設備である。受配電設備には、信頼性、安定性を確保して稼動することが要求される。長期間にわたる受配電設備の使用によって受配電設備に用いられる絶縁物が劣化し、それにより電気的トラブルが発生した場合には、生産での損失あるいは設備の補修といったような、生産設備あるいは建物に与える影響が大きくなる。このため受配電設備に用いられる絶縁物の劣化を精度よく診断するための技術が望まれている。
【0003】
受配電設備中の絶縁物の劣化プロセスは、一般的に、次のように考えられている。(1)絶縁物表面の抵抗が低下する。(2)漏れ電流によるジュール熱のために、局部的な乾燥帯が絶縁物に形成される。(3)その乾燥帯への電圧集中によってシンチレーション放電が発生する。(4)放電による有機物の炭化(炭化導電路の形成)による絶縁破壊の発生。
【0004】
絶縁物の劣化を診断するための方法として、従来では、絶縁抵抗を測定する方法、あるいは、部分放電を測定する方法などが主に実施されてきた。しかしながら絶縁抵抗の測定値あるいは部分放電の測定値は湿度に依存して大きく異なりうる。したがって診断精度が十分であるとは言えない。電気的トラブルを未然に防止するとともに、メンテナンス周期を適正化して保守コストを削減するためには、湿度条件を考慮した絶縁余寿命の診断が重要である。
【0005】
このため、湿度条件を考慮して電気的な異常が発生する前に絶縁体の劣化度を評価する方法が、特許文献1および特許文献2に記載されている。それらの方法では、絶縁体に電極を取り付けて漏れ電流を測定し、絶縁体の漏れ電流をモニタすることにより、受配電機器が備える絶縁体の劣化を診断する。
【0006】
そのうち、特許文献1に記載の絶縁劣化検出方法では、絶縁板上に独立した多数の中心電極とその周囲を微小な間隔を隔てて囲む外周電極とをマトリックス状に配置し、それらの中心電極と外周電極間に電圧を印加して抵抗値を測定することで劣化度を評価している。
【0007】
また、特許文献2には、以下のような絶縁余寿命推定方法が開示されている。すなわち、受配電設備に、絶縁診断センサが取り付けられる。このセンサは、上記の受配電設備を構成する主回路部分に用いる固体絶縁材料と同等材料からなる。センサは、故意に劣化させた劣化部位と、劣化させていない未劣化部位とを有し、劣化部位および未劣化部位には、表面電気抵抗率を測定するためのくし型電極が設けられる。両方の部位の表面電気抵抗率の変化が測定され、表面電気抵抗率の時間依存性を表わす基準曲線と、その表面電気抵抗率の変化とに基づいて受配電設備の余寿命が算出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−207918号公報
【特許文献2】特開2002−372561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
実際に受配電機器が設置されている現場での絶縁体の劣化は、大気中のNOx(窒素酸化物)、SOx(硫黄酸化物)、塵埃あるいは汚染物等の影響を受ける。このため絶縁体の実際の劣化は、種々の劣化モードが複雑に変化しながら、主として絶縁体の表面に生成あるいは付着した潮解性を持つイオン性化合物が大気中の水分を吸収することで絶縁体の表面抵抗率が低下する。
【0010】
特許文献1に記載の絶縁劣化検出方法では、測定時の湿度条件を一定にするため、電子冷却あるいは加湿器等で絶縁物の表面を湿潤させて抵抗を測定している。前記のように絶縁体の表面には様々なイオン性化合物が存在するが、絶縁体の表面を湿潤すると潮解性がない化合物も水に溶解して電気伝導に寄与するため測定した抵抗は実際と異なり、精度よく絶縁体の劣化を検出することができないという問題点があった。
【0011】
特許文献2に記載の絶縁余寿命診断方法では、センサを受配電機器に一定期間設置した後にセンサを回収して、所定の湿度に設定された環境実験室等でセンサの表面抵抗率を測定しなければならない。このため、特許文献2の方法によれば、リアルタイムで余寿命診断を実施できないという問題点があった。また、受配電機器を使用する現場において、劣化モードが変化しているにもかかわらず、センササンプルの加速劣化試験により作成した固定の相関関係に基づいて、絶縁体の劣化を検出する。そのため、現場における劣化モードの変化が相関関係に反映されず、精度よく絶縁体の劣化を検出することができないという問題点があった。
【0012】
この発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、受配電機器の絶縁体の余寿命をリアルタイムで精度良く診断できる余寿命診断方法およびシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の受配電機器の余寿命診断方法は、絶縁体を備える受配電機器の余寿命を求める余寿命診断方法であって、
前記絶縁体と同じまたは同等の材質からなるセンサ絶縁体を予め前記受配電機器に設けておくセンサ設置ステップと、
前記センサ絶縁体の表面における2種類以上のイオンの量を逐次測定する測定ステップと、
前記測定ステップで測定した前記2種類以上のイオンの量を多変量解析する解析ステップと、
前記センサ絶縁体について、前記2種類以上のイオンの量を多変量解析した結果と表面抵抗率との相関関係である第1の相関関係をあらかじめ求めておき、前記第1の相関関係に基づいて、前記解析ステップで得た多変量解析の結果から、前記センサ絶縁体の表面抵抗率を算出する表面抵抗率算出ステップと、
前記センサ絶縁体の表面抵抗率と使用年数との相関関係である第2の相関関係を、前記表面抵抗率算出ステップで算出された表面抵抗率を用いて逐次更新する第2の相関関係更新ステップと、
前記第2の相関関係更新ステップで更新された前記第2の相関関係に基づいて、前記受配電機器の余寿命を求める余寿命算出ステップとを備える。
【発明の効果】
【0014】
本発明の受配電機器の余寿命診断方法によれば、受配電機器が備える絶縁体の余寿命をリアルタイムで精度よく診断することができ、その絶縁体の劣化による電気的トラブルを未然に防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】受配電機器に用いられる遮断器の概観を示した図である。
図2】モールドフレームの概観図である。
図3】複数の受配電機器が配置された電気室の一例を示した概略図である。
図4】実施の形態1に係る受配電機器の余寿命診断方法を説明するためのフローチャートである。
図5】実施の形態1におけるセンサ絶縁体の表面を示す概略図である。
図6】各イオン量を多変量解析した結果と絶縁体の湿度50%における表面抵抗率の実測値の第1の相関関係を示す模式図である。
図7】第2の相関関係の更新方法を説明するための模式図である。
図8】センサ絶縁体の表面抵抗率を、使用年数ごとにプロットした図である。
図9】第2の相関関係を説明するための模式図である。
図10】(a)、(b)は、大気中のNOxやSOxによる絶縁体の劣化メカニズムの一例を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、この発明の実施の形態について図面を参照して詳しく説明する。なお、同一または相当する部分には同一の参照符号を付して、その説明を繰り返さない。
【0017】
<実施の形態1>
実施の形態1に係る受配電機器の余寿命診断方法は、絶縁体を備える受配電機器の余寿命を求める余寿命診断方法である。受配電機器は、たとえば、遮断器、断路器、母線・導体などの主回路構成品と計測機器とから構成される。以下に受配電機器の構成の一例を説明するが、この構成によって本発明が限定されるものではない。
【0018】
図1は、受配電機器に用いられる遮断器の概観を示した図である。図1を参照して、交流の3相にそれぞれ対応して遮断部101,102,103が設置される。遮断部101,102,103の各々はモールドフレーム104で支持されている。図2は、モールドフレームの概観図である。図1および図2を参照して、モールドフレーム104は、たとえば不飽和ポリエステル絶縁体によって形成される。なお、図2には、モールドフレーム104の寸法が示されているが、この寸法は、一例であって本発明を限定するものではない。
【0019】
図3は、複数の受配電機器5が配置された電気室4の一例を示した概略図である。図3に示すように、受配電機器5およびセンサ絶縁体1は、外気と室内空気とを入れ換え可能な開口部が設けられた電気室4内に設置される。開口部には、例えば、外気9を電気室4に吸気するバスダクト6、ピット7、または、室内空気10を電気室4から排気する強制換気口8、または、図示しないケーブル引き込み口の少なくとも一つが該当する。これら開口部には、エアコンによって風を送り込んでもよい。本実施の形態では、開口部は、バスダクト6、および、ピット7であるものとする。本実施の形態では、図3に示すように、センサ絶縁体1の表面を、それら開口部と対向させて配設している。
【0020】
図3では、バスダクト6は電気室4の上側に設けられており、センサ絶縁体1はバスダクト6近傍の受配電機器5の上面に配置されている。このように、センサ絶縁体1の表面を、バスダクト6近傍において上向きにし、バスダクト6と対向させて配置している。
【0021】
一方、ピット7は電気室4の下側に設けられており、別のセンサ絶縁体1がピット7近傍の受配電機器5の下面に配置されている。このように、別のセンサ絶縁体1の表面を、ピット7近傍において下向きにし、ピット7と対向させて配置している。
【0022】
以上のように配置された受配電機器5に対して、本実施の形態に係る受配電機器の余寿命診断方法を用いる。
【0023】
次に、実施の形態1に係る受配電機器の余寿命診断方法について説明する。図4は、本実施の形態に係る受配電機器の余寿命診断方法を説明するためのフローチャートである。
【0024】
(センサ設置ステップS0)
図3、4を参照して、まず、受配電機器5に備えられた診断対象の絶縁体と同じまたは同等の材質からなるセンサ絶縁体1を、上述のように予め受配電機器5内の所定の箇所に設けておく。センサ絶縁体1は受配電機器5の使用開始前まで設けておき、受配電機器5の使用を開始する。
【0025】
診断対象の絶縁体とは、受配電機器が備える絶縁体のうち、絶縁劣化を診断したい絶縁体、例えば、絶縁劣化が激しく、受配電機器の寿命において重要となる絶縁体である。そのような絶縁体の一例としては、上述のモールドフレームが挙げられる。
【0026】
診断対象の絶縁体は予め特定されていてもよい。あるいは、受配電機器が備える複数の絶縁体の各々の表面抵抗率を求めて、表面抵抗率が最も低い絶縁体を診断対象の絶縁体として決定してもよい。また、診断対象の絶縁体の数は複数でもよい。
【0027】
センサ絶縁体は、絶縁体とその表面に設けられたイオンの選択電極とを含む。センサ絶縁体に含まれる絶縁体の材質は、診断対象である受配電機器の絶縁体の材質と同じまたは同等である。「同等」とは、たとえば、2つの絶縁体の構成要素が互いに同じであり、かつ、2つの絶縁体の間で構成比率を比較した場合に、同一要素に対する構成比率の差が±10%以内であることを意味する。具体的な絶縁体の材質としては、例えば、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ系樹脂、フェノール樹脂などが挙げられる。一般に、絶縁体は、樹脂、充填材、フィラー、添加剤等から構成される。
【0028】
センサ絶縁体の表面に設けられるイオン選択電極は、硝酸イオン選択電極、硫酸イオン選択電極、塩化物イオン選択電極、アンモニウムイオン選択電極、ナトリウムイオン選択電極、カルシウムイオン選択電極等の絶縁体の表面抵抗率の低下と強い相関がある各種イオンの選択電極である。絶縁体の抵抗の低下と強い相関があるイオンは、絶縁体の材質によって異なる。絶縁体が不飽和ポリエステル樹脂である場合、絶縁体の抵抗の低下と強い相関があるイオンは、硝酸イオン、硫酸イオンおよび塩化物イオンであるため、絶縁体の表面に硝酸イオン選択電極、硫酸イオン選択電極および塩化物イオン選択電極を設けてセンサ絶縁体を構成する。
【0029】
センサ絶縁体1を設置する位置は、受配電機器の機能に影響しない範囲内でできるだけ診断対象の絶縁体に近い位置であることが望ましい。センサ絶縁体には、例えば、導体の支持や遮蔽を行う機能を持たせてもよい。
【0030】
図5は、センサ絶縁体の表面を示す概略図である。図5を参照して、センサ絶縁体1は、絶縁体100と複数のイオン選択電極2とを備える。本実施の形態では、絶縁体1の材質は、炭酸カルシウムなどの添加剤とガラス繊維とを含む不飽和ポリエステル樹脂であるものとする。
【0031】
イオン選択電極2は、絶縁体100の表面に配置される。イオン選択電極2の材質は、導電性を示すものであればよく、長期使用による腐食等に耐えうるものがより望ましい。本実施の形態において、イオン選択電極2はSUS製である。
【0032】
イオン選択電極2に、例えば200Vの電圧を印加して、イオン選択電極2間の漏れ電流を漏れ電流計により測定する。これによって絶縁体100の表面抵抗率が求められる。なお、センサ絶縁体1の近傍には、電子冷却装置あるいは蒸気加湿器などの絶縁体100上を湿潤させるための湿潤装置3が取り付けられている。
【0033】
(測定ステップS1)
次に、センサ絶縁体1の表面における2種類以上のイオン(例えば、硝酸イオン、硫酸イオンおよび塩化物イオン)の量を逐次測定する。本実施の形態では、湿潤装置3により絶縁体100の表面を湿潤させ、絶縁体100の表面上の水に溶解した各種イオンの量を各種のイオン選択電極2により測定する。これらの測定は、例えば、センサ絶縁体1の使用開始時(受配電機器の使用開始時)から1ヶ月ごとに行う。
【0034】
(解析ステップS2)
次に、センサ絶縁体に含まれる絶縁体と同種の絶縁体について、ステップS1で測定した各イオン量と、絶縁体の湿度50%における表面抵抗率の実測値との相関関係(第1の相関関係)を多変量解析によって求める。具体的には、例えば、マハラノビス・タグチシステム、ニューラルネットワーク、重回帰分析等により多変量解析を行う。
【0035】
(表面抵抗率算出ステップS3)
次に、あらかじめ、解析ステップS2で求めておいた第1の相関関係に基づいて、イオン量ら、センサ絶縁体の表面抵抗率Bを算出する(図6参照)。
【0036】
なお、ここで示されるセンサ絶縁体1の表面抵抗率は、後述する劣化メカニズムにより使用年数とともに低下する。そのため、一般的に、イオン量を測定する毎に表面抵抗率が徐々に下がる傾向にある。
【0037】
(第2の相関関係更新ステップS4)
次に、表面抵抗率算出ステップS3で算出したセンサ絶縁体の表面抵抗率と、センサ絶縁体の使用開始からの時間との相関関係(第2の相関関係)を求めるために、使用時間と表面抵抗率のデータを逐次追加していく。データを追加した後に、それまでのデータから表面抵抗率と使用年数との相関関係を再計算することで、第2の相関関係を更新する。
【0038】
使用時間としては、センサ絶縁体1の使用年数を用いてもよく、受配電機器5の使用年数を用いてもよい。センサ絶縁体1は、受配電機器5が備える絶縁体と同じまたは同等の材質からなり、受配電機器5と同じ場所に配置され、受配電機器5と同じ時期から使用されるため、両者の使用年数は実質的に同じだからである。以下、本実施の形態では、使用時間として、センサ絶縁体1の使用年数を用いる。
【0039】
上述の第2の相関関係の更新について説明する前に、第2の相関関係の傾向について説明する。図8は、現場の受配電機器5で使用された約1500個のセンサ絶縁体1について、使用年数ごとの表面抵抗率の平均値をプロットした図である。図8において、縦軸は表面抵抗率の対数値を示し、横軸は使用年数のリニアー値を示す。なお、センサ絶縁体1の表面抵抗率は、湿度50%RH(RH:相対湿度)において従来の方法により測定した値である。
【0040】
表面抵抗率のデータはNOx等の環境要因による誤差を含みうる。しかしサンプル数が約1500であり、このサンプル数は、表面抵抗率の経年劣化傾向を把握するのに充分であると考えられる。
【0041】
図8から分かるように、センサ絶縁体1の表面抵抗率の対数と、センサ絶縁体1の使用年数との相関関係(第2の相関関係)は、直線で表せる。以下、この直線をマスターカーブと呼ぶ。
【0042】
上述したように、第2の相関関係更新ステップS4では、第1の相関関係に基づいて算出された表面抵抗率Bと、センサ絶縁体1の使用年数との相関関係である第2の相関関係を更新する。第2の相関関係を更新する方法の具体例としては、例えば、最小二乗法を用いて、3ヶ月に1回程度の頻度で、マスターカーブを逐次更新する方法が挙げられる。
【0043】
あるいは、上述したように第2の相関関係は直線の関係にあるため、以下の簡便な更新方法、すなわち、第2の相関関係を診断時においてのみ更新する方法を用いてもよい。図7は第2の相関関係の更新方法を説明するための模式図である。図7に示すように、使用開始時の(未使用の)センサ絶縁体のデータ(表面抵抗率Cおよび使用年数(0年))に、余寿命診断時におけるセンサ絶縁体のデータ(表面抵抗率Bと使用年数D(30年))を追加して、第2の相関関係を更新する。ここで、未使用のセンサ絶縁体1の表面抵抗率Cは、予め設定された値であり、例えば、経験的に既に知られた値に設定される。この図7に示される表面抵抗率B(5.0×109Ω/□(Ω/sq))は、図6に示す第1の相関関係から算出される表面抵抗率Bに相当する。図7に示すように、未使用のセンサ絶縁体のデータプロットと、診断時におけるセンサ絶縁体のデータプロットとを直線で結ぶことにより、マスターカーブを作成する。
【0044】
(余寿命算出ステップS5)
次に、第2の相関関係更新ステップS4で更新した第2の相関関係に基づいて、受配電機器5の余寿命を求める。本実施の形態では、図7に示した第2の相関関係に基づいて、表面抵抗率の所定の閾値Eに対応する寿命年数Fを算出し、寿命年数Fと使用年数Dとに基づいて受配電機器5の余寿命を求める。ここでいう寿命年数Fは、図7において、第2の相関関係を表す直線(マスターカーブ)が、表面抵抗率の所定の閾値Eを示す基準線と交差する点での使用年数に相当する。
【0045】
表面抵抗率の所定の閾値Eは、例えば、所定の湿度において放電が発生する表面抵抗率のうち、最高値の表面抵抗率に設定しておく。本実施の形態では、表面抵抗率の所定の閾値Eは、109Ω/□に設定されているものとする。
【0046】
図7の場合、寿命年数Fは、マスターカーブが上述の表面抵抗率の所定の閾値Eを示す基準線と交差する点の使用年数である34年となる。その寿命年数F(34年)から、余寿命診断時の使用年数D(30年)を減算して求められる年数(4年)が、受配電機器5の余寿命として求められる。このようにして、湿度50%RHにおける受配電機器5の余寿命を求める。
【0047】
以上の工程からなる受配電機器の余寿命診断方法では、絶縁体の表面抵抗率の低下と強い相関があるイオン(硝酸イオン、硫酸イオンおよび塩化物イオン)の各々の量を求め(測定ステップS1)、各イオン量を多変量解析し(解析ステップS2)、その解析結果と上記第1の相関関係からセンサ絶縁体の表面抵抗率を算出する(表面抵抗率算出ステップS3)。そのため、絶縁体上に表面抵抗率の低下に寄与していないイオンが存在しても、正確に精度良く絶縁体の表面抵抗率を求めることができる。これにより、センサ絶縁体1と同じまたは同等の材質であり、受配電機器5が備える絶縁体の余寿命を精度よく診断することができる。その結果、受配電機器5が備える絶縁体の劣化による電気的トラブルを未然に防ぐことができる。
【0048】
また、表面抵抗率算出ステップS3において、所定の湿度を50%RHにすることにより、第1の相関関係の直線性を向上させることができ、より精度よく受配電機器の余寿命を診断することができる。また、所定の湿度が50%RHであるときの表面抵抗率の閾値を、109Ω/□にすることにより、湿度50%RHにおける受配電機器5が備える絶縁体の絶縁破壊を未然に防ぐことができる。
【0049】
また、ステップS3において、第2の相関関係を診断時においてのみ更新するものとした場合、逐次更新を実施する必要がなくなるため、測定コストと、測定負荷を低減させることができる。
【0050】
以上説明した方法は、設置環境での湿度が50%RHである場合における余寿命の診断方法である。
【0051】
次に、設置環境での湿度が50%RH以外の任意の湿度(例えば、湿度90%RH)である場合の余寿命診断方法について説明する。
【0052】
図9は、図7と同様、第2の相関関係を説明するための模式図である。ここで示す受配電機器の余寿命診断方法によれば、ステップS4における表面抵抗率の所定の閾値Eは、余寿命に想定される湿度に応じて変更される。図9には、湿度50%RHで余寿命に想定される表面抵抗率の所定の閾値EはX(Ω/□)、湿度90%RHで余寿命に想定される表面抵抗率の所定の閾値EはY(Ω/□)とする場合が示されている。この場合、湿度90%RHにおける余寿命を求めるには、まず、寿命年数G、つまり、図9において、マスターカーブが表面抵抗率の所定の閾値EであるY(Ω/□)を示す基準線と交差する点の使用年数を求める。それから、その寿命年数Gから、余寿命診断時の使用年数Dを減算することにより、受配電機器5の余寿命を求める。
【0053】
このように、表面抵抗率の所定の閾値を、余寿命に想定される湿度に応じて変更することにより、湿度50%RH以外の任意の湿度であっても、第2の相関関係を用いて受配電機器5の余寿命を求めることができる。
【0054】
次に、硝酸イオン、硫酸イオン、塩化物イオンが本実施の形態に係わる絶縁体である不飽和ポリエステル絶縁体の表面抵抗率の低下と強い相関がある理由について説明する。従来、不飽和ポリエステル絶縁体の表面抵抗率の低下は、塵埃が主原因であると考えられていた。この塵埃は、上側から下側に進む傾向があるため、センサ絶縁体の表面を上側に向けて配置させて、センサ絶縁体の表面に塵埃が付着するようにしていた。
【0055】
しかし、表面抵抗率の低下の主原因は、塵埃ではなく、大気中のNOxやSOx等のイオンであることが見出された。図10に、大気中のNOxやSOxによるセンサ絶縁体の劣化メカニズムの一例を説明するための模式断面図である。図10は、大気中のNOxが、センサ絶縁体の表面に付着する様子を示している。絶縁体は、上述したように、炭酸カルシウム11と、ガラス繊維12とを含む不飽和ポリエステル樹脂13からなる。
【0056】
図10(a)に示すように、大気中のNOxと大気中の水との反応により、硝酸が生じる。そうすると、図10(b)に示すように、センサ絶縁体の表面付近において、その硝酸と、センサ絶縁体の充填材である炭酸カルシウム11が反応して、硝酸カルシウム14が生成される。硝酸カルシウムは、潮解性のイオン性化合物であるので、吸湿した水に溶け込んでイオン化して硝酸イオンを生じる。このような劣化メカニズムにより、センサ絶縁体の表面抵抗率が低下する。
【0057】
なお、ここでは、センサ絶縁体について説明したが、本実施の形態では、受配電機器が備える絶縁体は、センサ絶縁体と同じまたは同等の材質であるため、受配電機器の絶縁体においても、同様のメカニズムで表面抵抗率が低下する。また、センサ絶縁体は、炭酸カルシウム11を充填材として含む絶縁体からなるとして説明した。しかし、炭酸カルシウム11は自然界の空気に存在するので、センサ絶縁体の材質が、炭酸カルシウム11を充填材として含まない絶縁体、例えば、水和アルミナであっても、同様に、表面抵抗率は低下する。また、ここでは、NOxの劣化メカニズムについて説明したが、SOxの劣化メカニズムもほぼ同様であり、SOxではイオンとして硫酸イオンを生じる。以上の理由から不飽和ポリエステル絶縁体の表面抵抗率の低下と強い相関があるイオンとして、硝酸イオンと硫酸イオンを選定した。
【0058】
また、従来から絶縁物の表面抵抗率の低下の原因として海塩(塩化ナトリウム)の影響が指摘されている。この海塩の影響も無視できないため、塩化物イオンについても不飽和ポリエステル絶縁体の表面抵抗率の低下と強い相関があるイオンとして選定した。
【0059】
これらNOx、SOx、海塩は、塵埃のように上側から下側に進むというよりも、空気の流れる方向に進む傾向がある。そのため、上側に向いたセンサ絶縁体1の表面において、劣化メカニズムが必ずしも早くなるとは限らず、空気の流れが顕著な場所において劣化メカニズムが早くなる。そのため、センサ絶縁体1の表面が下側に向いていても、空気の流れが顕著であれば、劣化メカニズムによる絶縁劣化の進展は、電気室4内の他の場所に比べて相対的に早くなる場合がある。
【0060】
本実施の形態では、図3に示したように、センサ絶縁体1の表面を、バスダクト6と対向させて配置し、また、別のセンサ絶縁体1の表面を、ピット7と対向させて配置している。つまり、空気の流れが顕著であり、劣化メカニズムによる絶縁劣化の進展が、電気室4内の他の場所よりも相対的に早くなる開口部に、センサ絶縁体1を配置している。そのように配置されたセンサ絶縁体1の表面抵抗率に基づいて、受配電機器が備える絶縁体の余寿命を診断するため、絶縁破壊による電気的トラブルの未然防止を確実に行うことができる。
【0061】
なお、センサ絶縁体1を受配電機器5ごと、受配電機器5の列ごと、あるいは、電気室4ごとに取り付ければ、それぞれの単位で劣化度の進展を把握することができる。これにより、更新する頻度の順位付けが、それらの単位ごとに可能になり、電気的トラブルを未然に防止可能になるとともに、更新費用の適正化を行うことができる。
【0062】
本実施の形態においては、第2の相関関係更新ステップS4において、第2の相関関係を診断時においてのみ更新する方法について主に説明したが、これに限定されない。例えば、第2の相関関係更新ステップS4において、最小二乗法を用いて、第2の相関関係を逐次更新してもよい。この場合、第2の相関関係を診断時においてのみ更新する場合に比べて、測定コストと、測定負荷はかかるが、上述と同様、受配電機器5の余寿命を精度よく診断することができ、絶縁体の劣化による電気的トラブルを未然に防ぐことができる。
【0063】
<実施の形態2>
実施の形態1では、第2の相関関係については診断時においてのみ更新するものとしたが、測定ステップS1での測定(イオン選択電極による硝酸イオン、硫酸イオン、塩化物イオンの各々の量の測定)は、センサ絶縁体1の使用開始時から逐次行なった。これに対して、本実施の形態では、測定ステップS1において、センサ絶縁体1を受配電機器の未使用時(使用開始前)から設置し、一定期間(例えば、20年)使用後から、センサ絶縁体1のイオン量を逐次測定するようにする。
【0064】
この方法によれば、イオン選択電極を用いる頻度を減らすことができるため、これらのメンテナンスや交換の頻度を減らすことができる。このようにして、経済的な診断が可能となる。受配電機器5の一般的な寿命は30年と長いため、かかる効果は有用である。このように測定しても、未使用時のセンサ絶縁体1の表面抵抗率は既知であること、センサ絶縁体1の劣化メカニズムは、電圧と関係がないことから、実施の形態1で求められる受配電機器5の余寿命の精度を悪化させるものではない。
【0065】
<実施の形態3>
実施の形態1では、主に絶縁体が不飽和ポリエステル樹脂を含むである場合を対象として、受配電機器の余寿命診断方法について説明した。絶縁体がフェノール樹脂を含む場合は、フェノール樹脂を含む絶縁体の表面抵抗率の低下と強い相関がある硝酸イオン、硫酸イオン、アンモニウムイオン、カルシウムイオンおよび塩化物イオンを測定することで、実施の形態1と同様にして、受配電機器の余寿命を診断することができる。つまり、フェノール絶縁体の表面に硝酸イオン、硫酸イオン、アンモニウムイオン、カルシウムイオンおよび塩化物イオンの各々を測定するための複数のイオン選択電極を設けたセンサ絶縁体を用いて、実施の形態1と同様な工程により、フェノール樹脂を含む絶縁体を備える受配電機器の余寿命を診断することができる。
【0066】
なお、絶縁体がエポキシ樹脂を含む場合は、エポキシ樹脂を含む絶縁体の表面抵抗率の低下と強い相関がある硝酸イオン、硫酸イオン、アンモニウムイオン、カルシウムイオンおよび塩化物イオンを測定することにより、エポキシ樹脂を含む絶縁体を備える受配電機器の余寿命を診断することができる。
【符号の説明】
【0067】
1 センサ絶縁体、100 絶縁体、2 イオン選択電極、3 湿潤装置、4 電気室、5 受配電機器、6 バスダクト、7 ピット、8 強制換気口、9 外気、10 室内空気、11 炭酸カルシウム、12 ガラス繊維、13 不飽和ポリエステル、14 硝酸カルシウム、A 多変量解析結果、B,C 表面抵抗率、D 使用年数、E 所定の閾値、F 寿命年数。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10