(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。本発明に係る金属ナノ粒子修飾基板の製造方法の第一実施形態として、所定の粒径を有する複数の金属ナノ粒子12が基板11の表面に所定間隔を隔てて配置された金属ナノ粒子修飾基板10(
図2参照)の製造方法について説明する。
図1に示すように、第一実施形態に係る金属ナノ粒子修飾基板10の製造方法は、以下に示すA工程、B工程、及びC工程を備えている。
【0021】
A工程は、基板11及び金属ナノ粒子12を含有する金属ナノコロイド溶液を準備する工程である。基板11は、表面にアミノ(NH
2)基を有するガラス基板や樹脂基板等の周知の基材を用いることが可能である。基板11の形状は、例えば方形であるが、その他の任意の形状であってもよい。基板11の厚みについても特に限定はないが、取扱いの便宜上、0.8〜1.5mm(ミリメートル)程度の厚みを有するものが望ましい。基板11の表面における単位面積あたりのアミノ基の密度については、金属ナノ粒子12の粒径に応じて適宜調整される。基板11の表面に配置される金属ナノ粒子12の粒子間距離を制御するためである。
【0022】
本実施形態では、基板11として、MASコートスライドグラス(松浪硝子工業株式会社製)を採用している。MASコートスライドグラスは、表面のアミノ基密度が従来品に比べて大幅に高密度化されているため、表面に配置される金属ナノ粒子12の高密度化、均一化、及び粒径の微小化を同時に実現できる点で、本実施形態の製造方法に用いられる基板11として特に適している。
【0023】
金属ナノコロイド溶液は、所定の金属ナノ粒子12に対応する金属塩を所定の還元剤で還元して調製したものを用いる。本実施形態では、塩化金酸(HAuCl
4)又は硝酸銀(AgNO
3)の水溶液を加熱還流させ、クエン酸三ナトリウム水溶液を還元剤として加えることにより、金ナノ粒子12a又は銀ナノ粒子12bのみを金属ナノ粒子12として含有する金属ナノコロイド溶液が調製される。ここで還元剤として用いたクエン酸三ナトリウムは、金属ナノ粒子12(本実施形態では、金ナノ粒子12a及び/又は銀ナノ粒子12b)の保護剤としての役割も兼ねており、金属ナノコロイド溶液中において金属ナノ粒子12の分散状態を安定的に保持するとともに、金属ナノ粒子12が凝集するのを防止する。
【0024】
本実施形態の製造方法に用いられる金属ナノコロイド溶液は、金ナノ粒子12aと銀ナノ粒子12bが溶液中に混在するものであってもよい。この場合、金ナノ粒子12a又は銀ナノ粒子12bのみを含有する金属ナノコロイド溶液を所望の比率で混合して調製した混合溶液が用いられる。当該混合溶液を用いれば、金ナノ粒子12aと銀ナノ粒子12bの混合比率を、単一種の金属ナノコロイド溶液それぞれの分量比率を調整することにより容易に制御できるという利点がある。
【0025】
金属ナノコロイド溶液中において、金属ナノ粒子12(本実施形態では、金ナノ粒子12a及び/又は銀ナノ粒子12b)は、粒径がナノメートルオーダーで略均一化されている。金属ナノ粒子12の粒径は、金属ナノコロイド溶液の調製過程において、金属塩(本実施形態では、塩化金酸又は硝酸銀)と還元剤(本実施形態では、クエン酸三ナトリウム)との比率、金属塩を含有する溶液を加熱還流させる時間などにより制御することができる。
【0026】
本実施形態において、金属ナノコロイド溶液中の金属ナノ粒子12の粒径は、好ましくは10〜100nm(ナノメートル)、さらに好ましくは30〜70nm(ナノメートル)程度の範囲で生成される。当該粒径範囲の金属ナノ粒子12は、表面増強ラマン散乱の発現に特に適した特性を有しているからである。また、本実施形態の製造方法において、金属ナノコロイド溶液中の金属ナノ粒子12の粒径が10nmよりも小さい場合又は100nmよりも大きい場合、化学的な安定性が欠如し、各金属ナノ粒子12が互いに凝集しやすくなる。このことからも、前述した粒径範囲の金属ナノ粒子12が、本実施形態の製造方法に特に適したものであるということができる。
【0027】
B工程は、基板11を金属ナノコロイド溶液中に所定時間浸漬する工程である。本工程では、基板11の表面のアミノ基と、金属ナノ粒子12の保護剤であるクエン酸に含まれるカルボキシル(COOH)基との静電相互作用により、金属ナノ粒子12を基板11の表面に担持する。こうして、金属ナノ粒子12を、所定間隔を隔てて配置された状態で基板11の表面に修飾することができる。
【0028】
本実施形態では、基板11を金属ナノコロイド溶液中に少なくとも一晩(約8〜10時間)浸漬しておくことにより、金属ナノ粒子12を、基板11の表面上において均一に分散した状態に配置させることができる。したがって、金属ナノ粒子修飾基板10の製造に要する時間(詳細には、金属ナノ粒子12を、基板11の表面上において均一に分散させるために要する時間)を、従来法における所要時間(数日間)と比較して大幅に短縮することが可能となる。
【0029】
このように数十時間単位の大幅な時間短縮を実現できる主な理由は、以下に示す点にあると考えられる。第一に、本実施形態では、基板11の表面にアミノ基が高密度で修飾されている点、第二に、金属ナノ粒子12の粒径をアミノ基密度に応じて予め最適な粒径に均一化している点、第三に、金属ナノ粒子12が従来法に比べて金属ナノコロイド溶液中に高濃度で分散している点、などが挙げられる。これらの相乗効果により、大幅な時間短縮が実現できたと推定される。
【0030】
C工程は、基板11を金属ナノコロイド溶液中から取り出して乾燥させる工程である。本実施形態では、B工程において金属ナノコロイド溶液中に一晩浸漬した基板11を取り出し、十分な量の蒸留水で洗浄した後、窒素気流下で乾燥させて、基板11の表面に付着した水分を除去する。なお、基板11の乾燥を行う環境条件については、基板11の表面の水分を十分に除去できる限り、特に制限はない。例えば、必ずしも窒素気流下で乾燥せる必要はなく、乾燥空気中で乾燥させてもよい。乾燥時間についても、基板11の表面の水分量に応じて適宜変更可能である。
【0031】
こうして、上述したA工程、B工程、及びC工程により、
図2に示す金属ナノ粒子修飾基板10が製造される。本実施形態の製造方法によって製造された金属ナノ粒子修飾基板10は、金属ナノ粒子12が基板11の表面に高密度且つ均一に配置されているため、一定条件のもと表面増強ラマン散乱を一様に発現させることができると同時に、ラマン散乱光強度の増強効果についても、その表面上において一様に得ることができる。
【0032】
特に、上述したA工程において準備し、B工程において使用する金属ナノコロイド溶液として、金ナノ粒子12aと銀ナノ粒子12bが所定の混合比率で混在する混合溶液を採用すれば、表面増強ラマン散乱におけるラマン散乱光強度を、従来と比較して大幅に増強させることが可能な金属ナノ粒子修飾基板10を製造することができる。かかる金属ナノ粒子修飾基板10の構成、及び作用・効果の詳細については後述するため、ここでは説明を省略する。
【0033】
本実施形態の製造方法によって製造された金属ナノ粒子修飾基板10は、その製造後数ヶ月間、室温大気中で保管しておいたが、金属ナノ粒子12の融合・凝集などに起因する金属光沢の発生や変色は観測されなかった。したがって、当該金属ナノ粒子修飾基板10は、分光法による分析に適用可能な安定性を十分に備えているといえる。
【0034】
本実施形態の製造方法によれば、表面増強ラマン散乱を利用した分光法等に使用可能な金属ナノ粒子修飾基板10の製造に要する時間を、従来法における所要時間と比較して大幅に短縮することが可能となる。具体的には、上述のB工程において、金属ナノ粒子12を基板11の表面上に均一に分散させて配置させるために要する時間を大幅に短縮することができる。一方、金属ナノ粒子修飾基板10の製造に要する各工程(A〜C工程)については、上述の通り極めて簡便なものである。よって、本実施形態の製造方法によれば、極めて簡便でありながら金属ナノ粒子修飾基板10の生産効率を大幅に向上させることが可能であり、量産性に優れている。
【0035】
また、本実施形態の製造方法によれば、金属ナノ粒子修飾基板10を常温・常圧の環境下で製造できるため、大掛かりな設備や製造装置等を使用する必要がない。このため、設備コスト及び製造コストを低減可能であり、金属ナノ粒子修飾基板10を安価に提供することが可能となる。したがって、実用性が極めて高い製造方法であるといえる。
【0036】
次に、本発明に係る金属ナノ粒子修飾基板の第1実施形態について説明する。
図2に示すように、第1実施形態に係る金属ナノ粒子修飾基板10は、表面にアミノ基を有する基板11と、基板11の表面に所定間隔を隔てて配置された所定の粒径を有する複数の金属ナノ粒子12と、を備えている。基板11の表面に多数の金属ナノ粒子12が修飾されることにより、当該基板11の表面上に金属ナノ構造層が形成される。
【0037】
基板11については、上述のA工程において準備されるものであるため、ここでは詳細な説明を省略する。本実施形態では、基板11として、上述のMASコートスライドグラスを採用している。
【0038】
金属ナノ粒子12は、表面増強ラマン散乱を発現させるための金属ナノ構造層を構成する微粒子体である。金属ナノ粒子12の形状は略球状であり、その粒径は略均一である。本実施形態における金属ナノ粒子12の粒径は、好ましくは10〜100nm、さらに好ましくは30〜70nm程度である。
【0039】
互いに隣り合う金属ナノ粒子12同士は、少なくとも各金属ナノ粒子12の粒径よりも小さい距離に近接した位置に配置されている。金属ナノ粒子12に特定波長の光が照射されたときに生じる局在増強電場は、その金属ナノ粒子12の表面から半径距離程度の範囲内で生じるため、粒子間距離が粒径よりも大きくなると表面プラズモン共鳴が発生せず(あるいは、極めて微弱であり)表面増強ラマン散乱が発現しないからである。なお、金属ナノ粒子12の表面に近い位置ほど局在増強電場の強度が高いことから、金属ナノ粒子12の粒子間距離は、可能な限り微小であるのが好ましい。
【0040】
本実施形態に係る金属ナノ粒子修飾基板10の特徴は、金属ナノ粒子12が、金ナノ粒子12a及び銀ナノ粒子12bから成り、これらのナノ粒子12a,12bが、基板11の表面上に所定の混合比率で混在している点にある。
【0041】
本実施形態において、金ナノ粒子12a及び銀ナノ粒子12bは基板11の表面上に一様に分布しており、基板11の表面におけるこれら金属ナノ粒子12(金ナノ粒子12a及び銀ナノ粒子12b)の単位面積あたりの密度、及び、金ナノ粒子12aと銀ナノ粒子12bの混合比率は、基板11の表面の任意の位置において略均一である。このことから、基板11の表面上の任意の位置にある金属ナノ粒子12(例えば、銀ナノ粒子12b)は、少なくとも一つの異なる種類の金属ナノ粒子12(金ナノ粒子12a)と隣接しているということができる。
【0042】
本発明者は、鋭意検討した結果、本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板10のように、基板11の表面上に修飾する金属ナノ粒子12として金ナノ粒子12a及び銀ナノ粒子1212bを採用し、これらを所定の混合比率で混在させることにより、表面増強ラマン散乱におけるラマン散乱光強度を大幅に増強させることが可能であることを見出した。これを、以下に示す実施例に基づいて説明する。
【0043】
[実施例]
[A工程]
(1)190mL(ミリリットル)の塩化金酸水溶液(2.5×10
−4mol/L)を還流させ、1.4mLのクエン酸三ナトリウム水溶液(1重量%)を還流中の当該塩化金酸水溶液中に加えた。その後、還流を1時間継続して行うことにより、金ナノ粒子のコロイド溶液を得た。
(2)200mLの水に36mg(ミリグラム)の硝酸銀を溶解させた硝酸銀水溶液を還流させ、4.0mLのクエン酸三ナトリウム水溶液(1重量%)を加えた。その後、還流を1時間継続して行うことにより、銀ナノ粒子のコロイド溶液を得た。
(3)MASコートスライドグラス(松浪硝子工業株式会社製)を5枚準備した。
(4)金ナノ粒子のコロイド溶液と銀ナノ粒子のコロイド溶液の混合比率が5種類の金属ナノコロイド混合溶液をそれぞれ20mLずつ準備した。当該混合溶液における金ナノ粒子のコロイド溶液と銀ナノ粒子のコロイド溶液の混合比率は、100:0,25:75,50:50,25:75,0:100とした。
[B工程]
MASコートスライドグラスをそれぞれの混合溶液中に1枚ずつ浸漬し、一晩(約8〜10時間)そのままの状態で放置した。
[C工程]
MASコートスライドグラスを各混合溶液から取り出して蒸留水で十分に洗浄した後、窒素気流下で各MASコートスライドグラスを乾燥した。
こうして、実施例1〜2及び比較例1〜3として、金ナノ粒子と銀ナノ粒子の混合比率の異なる5種類の金属ナノ粒子修飾基板を得た。各金属ナノ粒子修飾基板における金ナノ粒子と銀ナノ粒子の混合比率は、上述した混合溶液における金ナノ粒子のコロイド溶液と銀ナノ粒子のコロイド溶液の混合比率に対応しているものとする。各実施例及び各比較例における金ナノ粒子と銀ナノ粒子の混合比率を表1に示す。
【0045】
[吸収スペクトルの測定]
金ナノ粒子及び銀ナノ粒子それぞれのコロイド溶液、並びに、各実施例及び各比較例に係る金属ナノ粒子修飾基板の吸収スペクトルを、紫外可視近赤外分光光度計(JASCO社製:型番「V‐670」)を用いて測定した。(1)金ナノ粒子及び銀ナノ粒子それぞれのコロイド溶液の吸収スペクトルを
図3に、(2)各金属ナノ粒子修飾基板の吸収スペクトルを
図4に示す。
(1)
図3(a)に示すように、金ナノ粒子のコロイド溶液では、530nm付近において金ナノ粒子に起因する特徴的なプラズモン吸収帯が観測された。一方、
図3(b)に示すように、銀ナノ粒子のコロイド溶液においても、410nm付近で銀ナノ粒子に起因するプラズモン吸収帯のピークが明確に観測された。
(2)
図4(e)に示すように、比較例3の金属ナノ粒子修飾基板では、520nm及び750nm付近に吸収のピークが存在している。前者(520nm付近)は主に、独立した金ナノ粒子のプラズモン吸収帯に起因していると考えられる。対して、後者(750mn付近)は、金ナノ粒子の粒子間における局在電場に起因するものと思われる。
図4(a)に示すように、比較例1の金属ナノ粒子修飾基板についても、前述の比較例3と同様のパターンの吸収ピークが400nm及び670nm付近で観測された。前者及び後者の吸収ピークの主な要因は、前述した金ナノ粒子と同様である。
図4(b)(c)及び(d)に示すように、実施例1,2及び比較例2の金属ナノ粒子修飾基板については、金ナノ粒子と銀ナノ粒子それぞれの吸収帯の特徴を重ね合わせたスペクトルとなっていることが確認できる。
【0046】
[吸光強度]
各実施例及び各比較例に係る金属ナノ粒子修飾基板における、532nmでの吸光強度を
図5に示す。各基板を作成するのに用いた金属ナノコロイド溶液中における銀ナノ粒子の含有率が増加するに従って、吸光強度が線形的に増加しているのがわかる。
【0047】
[ラマン散乱活性分子]
ラマン散乱活性分子としてローダミン6G(化1参照)を、以下の手順に従って各実施例及び各比較例に係る金属ナノ粒子修飾基板の表面に修飾した。1.4mgのローダミン6Gを30mLのメタノールに溶解させて、ローダミン6Gのメタノール溶液を作製した。当該溶液を各金属ナノ粒子修飾基板の表面上に滴下して均一に塗布し、各基板を500rpmで5秒間、その後2000rpmで60秒間スピンコートを行った後、各基板を大気中で乾燥した。また、比較例4として、MASコートスライドグラスの表面にローダミン6Gを同様にスピンコート修飾した基板を作製した。
【0049】
[ラマン散乱スペクトルの測定]
各実施例及び各比較例に係る金属ナノ粒子修飾基板の表面に修飾されたローダミン6Gのラマン散乱スペクトルをレーザーラマン分光光度計(JASCO社製:型番「NRS‐5100」)を用いて測定した。励起光源として、約30mW(ミリワット)の出力によるCW(Continuous Wave)レーザー(波長:532nm)を使用した。当該レーザーを、対物レンズ(倍率:100倍)を用いて各サンプルに照射した。各サンプルの劣化を低減するために、減光フィルター(光学濃度(OD:Optical Density)=3)を通過させた。別個独立した10個所の測定点の測定結果を平均化したものをラマン信号(ラマン散乱光)とした。各測定点における1回あたりのサンプリング時間は1秒間であった。各実施例及び各比較例に係る金属ナノ粒子修飾基板の表面に修飾されたローダミン6Gのラマン散乱スペクトルを
図6に示す。
各金属ナノ粒子修飾基板において、1128,1184,1310,1361,1509,1573,及び1648cm
-1の波数でローダミン6Gからのラマン散乱のピークが鮮明に観測されている。一方、比較例4の基板については、ローダミン6Gからのラマン散乱のピークはほとんど観測されなかった。したがって、MASコートスライドグラスの表面に修飾された金ナノ粒子及び銀ナノ粒子がローダミン6Gからのラマン散乱を増強させたことがわかる。定性的には、銀ナノ粒子の方が金ナノ粒子よりもラマン散乱の増強効果が高い。
【0050】
図6におけるそれぞれのラマン散乱スペクトルの基準線を補正したものを
図7に示す。ここで着目すべき点は、金ナノ粒子と銀ナノ粒子が混在する金属ナノ粒子修飾基板(具体的には、実施例1及び実施例2)が、銀ナノ粒子修飾基板(比較例1)よりも高い強度のラマン散乱を示している点である。ローダミン6Gを構成する芳香族の伸縮振動に代入可能である1361,1648cm
-1の波数におけるローダミン6Gのラマン散乱ピーク特性の強度を、各実施例及び各比較例についてプロットしたグラフを
図8に示す。いずれの波数においても、実施例1及び実施例2に係る金属ナノ粒子修飾基板を用いた場合のラマン信号強度は、金ナノ粒子修飾基板(比較例3)と銀ナノ粒子修飾基板(比較例1)を用いた場合のラマン信号強度を結ぶ比例直線から予測される期待強度よりも大幅に高いことがわかる。
【0051】
ラマン散乱に関するこれらの非線形な増強特性は、いずれも金ナノ粒子と銀ナノ粒子を組み合わせて使用している点で共通しているという観点から大変興味深い結果となった。例えば、金‐銀コアシェル構造等を用いれば、金ナノ粒子と銀ナノ粒子の粒子間の微小なギャップにおける芳香族分子のラマン信号に対して優れた増強効果が達成される。これらの研究では、優れたラマン信号増強を達成するための鍵は、金‐銀間(又は、金ナノ粒子と銀ナノ粒子の粒子間)の電荷移動にあるとされている。その結果、ナノ粒子のプラズモン吸収帯がサンプル分子のラマン信号を増強させるように最適化されるか、あるいは、電荷移動距離が金ナノ粒子と銀ナノ粒子の粒子間の微小なギャップにおけるサンプル分子の双極方向に一致する。本発明の実施例1及び実施例2においても、所定の混合比率で混在する金ナノ粒子と銀ナノ粒子の粒子間で、これと同様の電荷移動が発生し、結果としてローダミン6Gのラマン信号特性が非線形に増強されたと推定される。
【0052】
なお、本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板10における、金ナノ粒子12a及び銀ナノ粒子12bの混合比率は、1:1又は銀ナノ粒子12bの混合比率の方が高い。これは、上述のとおり、銀ナノ粒子12bの方が、定性的に金ナノ粒子12aよりもラマン散乱の増強効果が高いためである。
【0053】
このように、本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板10によれば、基板11の表面上に金ナノ粒子12aと銀ナノ粒子12bを所定の混合比率で混在させることで、ラマン散乱の増強効果を大幅に高めることができる。これにより、従来と比較して、センシング感度の大幅な高感度化を実現することが可能となる。また、本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板10は、上述の製造方法と組み合わせて実施することにより、極めて優れた機能性・実用性を発揮する。
【0054】
以上、本発明の第一実施形態に係る金属ナノ粒子修飾基板10の製造方法、及び、第1実施形態に係る金属ナノ粒子修飾基板10について説明したが、本発明は、その他の形態で実施することができる。
【0055】
例えば、以下に示す第二実施形態のような製造方法であってもよい。本発明に係る金属ナノ粒子修飾基板の製造方法の第二実施形態として、基板11の表面上に修飾された複数の金属ナノ粒子12の表面を被覆する酸化チタン被膜13を備えた金属ナノ粒子修飾基板20(
図10参照)の製造方法について説明する。第二実施形態に係る金属ナノ粒子修飾基板20の製造方法は、上述したA〜C工程に加えて、金属ナノ粒子12の表面に酸化チタン被膜13を表面ゾル‐ゲル法により成膜するD工程をさらに備えている。本実施形態において「表面ゾル‐ゲル法」は、
図9に示すD1工程、D2工程、及びD3工程を含む。
【0056】
D1工程は、上述の金属ナノ粒子修飾基板10の表面を親水処理する工程である。本実施形態では、A〜C工程を経て製造された金属ナノ粒子修飾基板10をメルカプトエタノールに所定時間(例えば、5分間)浸漬する。これにより、金属ナノ粒子修飾基板10の表面上に配置された金属ナノ粒子12の表面に水酸(OH)基が付与される。
【0057】
D2工程は、金属ナノ粒子修飾基板10の表面に金属アルコキシドを化学吸着させる工程である。本実施形態では、D1工程において親水処理された金属ナノ粒子修飾基板10をチタンテトラブトキシドのトルエン:エタノール=1:1混合溶液に浸漬する。これにより、金属ナノ粒子修飾基板10の表面上に配置された金属ナノ粒子12の表面に付与された水酸基にチタン酸化物が化学吸着する。
【0058】
D3工程は、金属アルコキシドが化学吸着した金属ナノ粒子修飾基板10の表面を加水分解する工程である。本実施形態では、D2工程を経た金属ナノ粒子修飾基板10を蒸留水でよく洗浄し、同時に加水分解を行う。これにより、金属ナノ粒子12の表面に化学吸着したチタン酸化物の表面に水酸基がさらに付与される。
【0059】
その後、上述のD2工程及びD3工程をさらに一又は複数回繰り返すことにより、チタン酸化物の超薄膜層が一又は複数層積層されて成る酸化チタン被膜13が金属ナノ粒子12の表面に所定の膜厚に成膜される。上述の各工程D1〜D3により成膜されるチタン酸化物の超薄膜層は一層あたり約1.0〜1.3ナノメートル程度の膜厚で成膜されるため、上述のD2工程及びD3工程を繰り返す回数に応じて酸化チタン被膜13の膜厚を制御することが可能である。
【0060】
こうして、上述したA〜C工程、及びD工程により、
図10に示す金属ナノ粒子修飾基板20が製造される。本実施形態の製造方法によって製造された金属ナノ粒子修飾基板20は、金属ナノ粒子12の表面に酸化チタン被膜13を設けたことにより、上述したラマン散乱光強度の増強効果に加えて、後述する蛍光の増強効果についても同時に得ることができる。かかる金属ナノ粒子修飾基板20の構成、及び作用・効果の詳細については後述するため、ここでは説明を省略する。
【0061】
このように、本実施形態の製造方法によれば、ラマン散乱光強度の増強効果に加えて、蛍光の増強効果も同時に得ることが可能な後述の金属ナノ粒子修飾基板20についても、上述した第一実施形態の製造方法と同様に、簡便な工程(A〜D工程)により製造することが可能である。
【0062】
また、本実施形態の製造方法によれば、金属ナノ粒子12の種類や混合比率、金属ナノ粒子12の粒径、基板11の表面上における金属ナノ粒子12同士の粒子間距離、及び酸化チタン被膜13の膜厚等を容易に制御できるため、金属ナノ粒子修飾基板20の表面を各種分析の対象となる被検物質の光学特性に応じて最適化したものを簡便に製造できるという利点がある。
【0063】
次に、本発明に係る金属ナノ粒子修飾基板の第2実施形態について説明する。
図10に示すように、第2実施形態に係る金属ナノ粒子修飾基板20の特徴は、基板11の表面上に配置された複数の金属ナノ粒子12の表面を被覆する酸化チタン被膜13を備えている点にある。なお、本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板20を構成する基板11及び金属ナノ粒子12は、上述した金属ナノ粒子修飾基板10と共通しているため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0064】
酸化チタン被膜13は、金属ナノ粒子12の表面上に一又は複数層積層されたチタン酸化物の超薄膜層で構成されている。本実施形態の酸化チタン被膜13は、上述した表面ゾル‐ゲル法により形成されている。このため、酸化チタン被膜13を構成するチタン酸化物の超薄膜層は、一層あたりの厚みが略同一である。よって、酸化チタン被膜13の膜厚は、これを構成するチタン酸化物の超薄膜層の層数に応じて決定される。チタン酸化物の超薄膜層の層数については、上述のとおり表面ゾル‐ゲル法における各工程(特に、D2工程及びD3工程)の回数に応じて決定されるため、膜厚の調整・制御が極めて容易であるという利点がある。
【0065】
本発明者は、鋭意検討した結果、本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板20のように、金属ナノ粒子12の表面に酸化チタン被膜13を設けたことにより、上述したラマン散乱光強度の増強効果に加えて、蛍光の増強効果についても同時に得ることが可能であることを見出した。これを、以下に示す実施例に基づいて説明する。なお、蛍光とは、特定物質に対して特定波長の励起光を照射することにより、当該物質が発光する現象をいう。
【0066】
[実施例]
[D工程]
表面ゾル‐ゲル法により、以下の各基板の表面に酸化チタン被膜を成膜した。
[D1工程]
上述の比較例1及び比較例2に係る金属ナノ粒子修飾基板を各2枚、並びにMASコートスライドグラスを2枚準備し、これらを20mLのメルカプトエタノール1mMエタノール溶液に5分間浸漬した。
[D2工程]
681mgのチタンテトラブトキシドをトルエン(10mL)とエタノール(10mL)の混合溶液に溶解させ、当該溶液中にD1工程を経た各金属ナノ粒子修飾基板及びMASコートスライドグラスを3分間浸漬した。
[D3工程]
D2工程を経た各金属ナノ粒子修飾基板及びMASコートスライドグラスを蒸留水で洗浄し、加水分解を行った。
また、D3工程を経た各金属ナノ粒子修飾基板のうち、比較例1及び比較例2に係るもの1枚ずつに対して、D2工程及びD3工程をさらに4回繰り返し行った。
こうして、実施例3〜6、及び比較例5、6として6種類のサンプル基板を作製した。これらの詳細を表2に示す。
【0068】
[蛍光性色素]
ポルフィリン誘導体(化2参照)のメタノール溶液(50mL)を準備した。当該溶液中に、表2に示す各実施例及び各比較例のほか、上述した比較例1、3に係る金属ナノ粒子修飾基板を加えた8枚のサンプル基板を浸漬した後、速やかにこれらを取り出して十分に乾燥した。こうして、各サンプル基板の表面に蛍光色素としてポルフィリン色素を修飾した。
【0070】
[蛍光スペクトルの測定]
ポルフィリン色素が修飾された各サンプル基板の蛍光スペクトルを、紫外可視近赤外分光光度計(JASCO社製:型番「V‐670」)を用いて測定した。なお、各サンプル基板に照射する励起光の波長は420nmとした。当該波長は、ポルフィリン色素の吸収スペクトルのピーク付近に対応する波長である。観測された蛍光スペクトルを
図11に示す。
図11に示すように、いずれのサンプル基板においても、ポルフィリン色素からの典型的な蛍光スペクトルが観測された。また、金属ナノ粒子の存在によって蛍光の発光強度が顕著に増加しており、さらに酸化チタン被膜の存在によって蛍光の発光強度がより一層増加していることがわかる。これと同時に、銀ナノ粒子は金ナノ粒子に比べて蛍光増強能が高いことが示された。
【0071】
[ラマン散乱スペクトルの測定]
上記と同様の手法により、実施例4、実施例6、比較例7、及び比較例8に係るサンプル基板それぞれの表面にローダミン6Gをスピンコート修飾した。各サンプル基板におけるローダミン6Gのラマン散乱スペクトルをレーザーラマン分光光度計(JASCO社製:型番「NRS‐5100」)を用いて上記と同様に測定した。各実施例及び各比較例に係るサンプル基板の表面に修飾されたローダミン6Gのラマン散乱スペクトルを
図12に示す。
図12に示すように、いずれの金属ナノ粒子(金ナノ粒子及び銀ナノ粒子)の表面に酸化チタン被膜が存在する場合であっても、ローダミン6Gのラマン散乱が増強されたことが確認できる。
【0072】
このように、本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板20によれば、基板11の表面上に配置された金属ナノ粒子12の表面に酸化チタン被膜13を設けることで、ラマン散乱光強度の増強効果に加えて、蛍光の増強効果についても同時に得ることができる。これにより、一の基板で分析可能な被分析物質の種類等が大幅に拡大されるため、その場分析等に用いるのに特に有効である。
【0073】
本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板20により、このような効果が得られるのは、以下のようなメカニズムに基づくものであると考えられる。
【0074】
蛍光及び表面増強ラマン散乱は、いずれも金属ナノ粒子12の周りに生じる局在電場の影響によりそれぞれの増強効果が生じるが、蛍光色素が金属ナノ粒子12に直接接触していると、蛍光色素から十分な発光を得ることができない。励起光の照射による自由電子の励起により生じる振動エネルギーは、そのほとんどがジュール熱として消失するためである。よって、蛍光色素と金属ナノ粒子12の間に酸化チタン被膜13を設けることでジュール熱として消失するエネルギーが低減され、結果として蛍光の強度が高められる。一方で、表面増強ラマン散乱は、活性分子と金属ナノ粒子12の表面との距離が大きいほど、その増強効果は低くなる。局在電場は金属ナノ粒子12に近い位置ほど強いためである。
【0075】
しかしながら、本実施形態の金属ナノ粒子修飾基板20では、金属ナノ粒子12と被検物質との距離を酸化チタン被膜13の膜厚を制御することによって最適化しているため、上述の効果を得ることができると考えられる。
【0076】
さらには、上述した各実施形態に係る金属ナノ粒子修飾基板10、20における本発明の技術的思想を組み合わせて実施することにより、優れた相乗効果を得ることができると推定される。具体的には、金ナノ粒子12aと銀ナノ粒子12bを混在させることにより、ラマン散乱の増強効果が大幅に高められることを利用すれば、酸化チタン被膜13の膜厚をある程度厚めに成膜することが可能となる。これにより、被検対象となる物質の種類や幅広い波長領域での分析が可能となるため、より利便性の高い基板を提供することが可能となる。
【0077】
加えて、その製造方法は、上述のとおり極めて簡便であるため、例えば、各種被検物質の特性の応じた各構成の最適化にも容易に対応することが可能である。このことから、使用態様や使用目的に応じて、高感度化に特化した態様とすることも可能であり、被検対象及び分析可能な波長領域の拡大等に特化した態様とすることもできる。
【0078】
本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づいて種々なる改良、修正、又は変形を加えた態様でも実施できる。また、同一の作用又は効果が生じる範囲内で、何れかの発明特定事項を他の技術、構成等に置換した形態で実施しても良い。
【0079】
例えば、上述した各実施形態における金属ナノ粒子12を構成する「金属」は、表面増強ラマン散乱を活性させることが可能なものであれば、任意の種類の金属であってもよい。例えば、上述した「金」、「銀」に替えて、銅、アルミニウムのほか、ニッケル、パラジウム、白金、鉄、コバルト、ロジウム、ルテニウム、亜鉛、インジウム等の他の金属を採用してもよい。あるいは、「金」、「銀」も含め、これらの金属の組合せとして構成することも可能である。また、組合せは2種類の金属に限定されるものではなく、3種類以上の当該金属を組み合わせて実施してもよい。
【0080】
上述の各実施形態において、金属ナノ粒子12を構成する「金属」をこれらのものに、あるいはこれらの組合せに変更した場合であっても、ラマン散乱スペクトルの「強度」は変化するが、ラマン散乱スペクトル強度のピークを示す「波数」は変化しない。ラマン散乱スペクトル強度のピークを示す波数は、被検物質の特性に応じて決まるからである。このため、金属ナノ粒子12を構成する「金属」を前述のとおりに変更したとしても、本発明の目的及びその用途・機能が変更されることはなく、上述と同様の作用・効果を得ることができる。