(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、高層ビルなどの塔状構造物の風揺れ対策として、制振装置を高層ビル最上階に設置することが行なわれている。この制御装置としては、ビルの最上階床面に設置した速度センサでビルの揺れ(ビル速度と変位)と可動マスの速度、変位等の応答量を検出し、あらかじめ最適制御理論などにより計算された一定の制御ゲインを、検出した応答量に乗じて求められる制御力(駆動力)を演算により求める。そして、この制御力で可動マスを駆動させ、可動マスの振動を構造物に伝達することで構造物の揺れを減衰させる。
特許文献1では、従来の制震装置を発展させ、可動マスの制御力に可変ゲイン制御、リミット制御を行い、地震時などの大入力時にも可動マスを許容ストローク範囲内に収める手法が提案されている。
【0003】
また、特許文献2は、可動マスの変位を予測することで、可動マスの変位を許容ストローク範囲内に収まるように制御ゲインを調整する手法を提案している。
【0004】
さらに、特許文献3は、風対策用の制振モードと地震対策用の制振モードを有しており、二つの制御モードを切り替えることで、風による揺れと地震による揺れに対応している。特許文献3は、地震対策用の制振モードは、風対策用の制振モードで得られる制御力に対してゲインを乗じた構成とされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1では変位の制御指令に適宜選定される1以下のゲインを乗じているため、実際に可動マスを駆動させるときのストロークが許容ストローク範囲に対して大幅に小さくなってしまう。したがって、特許文献1では、可動マスが可動できる許容ストローク範囲を十分に活かしきれず、最良の制振効果を得ることができない。また、リミット制御を行っているため、大入力時には、変位指令値が飽和してしまい、十分に制振効果を得ることができなくなる。
また、特許文献2においても、予測誤差や急激な入力に対しては、可動マスの変位が許容ストローク範囲を超えてしまうことが想定される。
また、特許文献3においては、過大な外乱に対しては許容ストローク範囲を超えてしまうため、ブレーキモードにて装置を停止させており、地震に対しては積極的に制振を行っていない。
本発明は、このような技術的課題に基づいてなされたもので、可動マスの許容ストローク範囲内で、最良の制振効果を得ることのできる制振装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる目的のもとなされた本発明は、制振対象となる構造物の揺れに応じて構造物に設けた可動マスをアクチュエータにより駆動することにより構造物の揺れを減衰させる制振装置に関するものであり、構造物の変位、構造物の速度及び構造物の加速度の少なくとも一つを検出する第1検出手段、可動マスの変位及び可動マスの速度の少なくとも一方を検出する第2検出手段と、可動マスの目標変位と第2検出手段で検出された可動マスの変位との偏差である変位偏差、及び、可動マスの目標速度と第2検出手段で検出された可動マスの速度との偏差である速度偏差の少なくとも一方を求め、変位偏差、及び、速度偏差の少なくとも一方に基づいて、アクチュエータに可動マスを駆動させる制御指令を生成する制御部と、を備え、目標変位、及び、目標速度は、可動マスの振幅が一定で、かつ、構造物の揺れに対して、減衰に働くように位相が設定されることを特徴とする。
【0008】
本発明において、目標変位、及び、目標速度を設定する手法は以下説明するように少なくとも第1手法から第4手法まで存在するが、いずれも演算処理を伴うものであり、その演算による影響が少なくなるように手法を選択することが望ましい。
第1手法は、可動マスの許容ストローク範囲内において一定の振幅で駆動させるマス加速度振幅目標値A
refを、構造物の速度波形の振幅A
bで除して得られる減衰項αに、第1検出手段で検出された構造物のビル速度v
1を乗じて得られる結果に基づいて、目標変位、及び、目標速度を設定する。
第2手法は、可動マスの許容ストローク範囲内において一定の振幅で駆動させるマス速度振幅目標値A
refを、構造物の変位波形の振幅A
bで除して得られる減衰項αに、第1検出手段で検出された構造物のビル変位x
1を乗じて得られる結果に基づいて、目標変位、及び、目標速度を設定する。
第3手法は、可動マスの許容ストローク範囲内において一定の振幅で駆動させるマス変位目標値A
refを、構造物の速度波形の振幅A
bで除して得られる減衰項αに、第1検出手段で検出された構造物のビル速度v
1を乗じて得られる結果に基づいて、目標変位、及び、目標速度を設定する。
第4手法は、可動マスの許容ストローク範囲内において一定の振幅で駆動させるマス速度目標値A
refを、構造物の速度波形の振幅A
bで除して得られる減衰項αに、第1検出手段で検出された構造物の加速度a
1に、乗じて得られる結果に基づいて、目標変位、及び、目標速度を設定する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の制振装置によれば、目標変位、及び、目標速度を、可動マスの振幅が一定で、かつ、構造物の揺れに対して減衰に働くように位相が設定されるので、可動マスの許容ストローク範囲内で、最良の制振効果を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[第1実施形態]
以下、本発明を添付図面を参照しながら実施形態に基づいて説明する。
本実施形態における制振装置は、例えば、
図1に示すモデル化された制御対象に設けられる。
この制御対象は、地面1の上に構造物としてのビル2が設けられ、ビル2には制振装置を構成する可動マス(質量体)3が設けられている。この制御対象は、可動マス3をビル2の揺れを打ち消す方向に振動させ、その振動をビル2に伝達することによってビル2の揺れを減衰させるためのものである。
このモデルでは、地面1とビル2との間で作用する力を、バネ定数K
1及び減衰定数(ダンパ係数)C
1を用いて近似を行う。ここではビル2を一つの剛体とみなし、ビル2の全体で地面1との力を作用させて変位が生じるものとする。また、ビル2の質量はm
1とする。
また、ビル2と可動マス3との間で作用する力を、バネ定数K
2と減衰定数(ダンパ係数)C
2と制御力fを用いて近似を行う。ここで制御力は、可動マス3を駆動させる力である。また、可動マス3の質量はm
2とする。
【0012】
図1より、制御対象の数式モデルは以下の(1)式及び(2)式となる。
【0014】
(1)式,(2)式よりf(可動マス3の制御力)を消去すると(3)式が得られる。
【0016】
(3)式において、(4)式とすれば、(5)式を得ることができる。
【0019】
(5)式においては、ビル2の粘性係数がC
1+C’となり、制振に作用する減衰能力が強くなることがわかる。
ここで、(4)式を(6)式のように書き直す。
【0021】
(6)式において、減衰項αはビル速度(x
1の一階微分)の正規化を行い、許容ストローク範囲内に収まるように(7)式とすることで決定される。ここで、A
refは、許容ストローク範囲内で、一定の振幅で駆動させるマス加速度振幅目標値であり、A
bはビル2の速度波形の振幅(以下、速度振幅)である。なお、本願において、微分及び積分は、時間微分及び時間積分を意味する。
【0022】
【数6】
(7)式において、αは逐次検出されるビル2の速度振幅に応じて変化する値となり、これは本実施形態による制御手法が、可変ゲイン制御することを意味する。また、(6)式、及び(7)式より、可動マス3の変位はビルの揺れ(振幅)によらず一定値にできることがわかる。もちろん、この一定値は、可動マス3の許容ストローク範囲内に留まる。なお、可動マス3の変位は、基準点、例えばストロークの中心からの距離と捉えられる。
つまり、(6)式を可動マス3の目標加速度として、(6)式を一階積分した値を可動マス3の目標速度とし、さらに、二階積分した値を可動マス3の目標変位として与えてやることで、ビル2の減衰項をC
1+C’にすることができる。つまり、本実施形態の制御手法によると、減衰性能を強くできる。また、目標速度及び目標変位は、ビル2の揺れの速度及び変位に対して各々90度だけ位相が遅れて、振幅を一定に動かすことを意味している。
【0023】
次に、
図2を参照して本実施形態の制振装置10について説明する。なお、制振装置10は、
図1に示したビル2及び可動マス3を備えるモデル化された制御対象に適用されるものとして、以下説明する。
制振装置10は、ビル2に取り付けられるビル変位センサ11とビル速度センサ13を備えている。ビル変位センサ11は、ビル2の水平方向の変位量(ビル変位x
1)を検出し、ビル速度センサ13はビル2の水平方向の速度(ビル速度v
1,(x
1の一階微分))を検出する。
また、制振装置10は、ビル2の頂部に設けられた可動マス3を駆動するモータ(アクチュエータ)4に取り付けられたマス変位センサ15とマス速度センサ17を備えている。マス変位センサ15はモータ4の動作から可動マス3の水平方向の変位量(マス変位x
2)を検出し、マス速度センサ17はモータ4の動作から可動マス3の水平方向の速度(マス速度v
2,(x
2の一階微分))を検出する。
なお、速度は変位の時間微分で特定できるので、ビル速度v
1、マス速度v
2は、速度センサによらず、変位センサの検出結果から算出することもできるし、逆に、ビル変位x
1、マス変位x
2は、変位センサによらず、速度センサの検出結果から算出することもできる。したがって、ここでは、変位センサと速度センサを設ける例を示しているが、変位センサと速度センサのいずれか一方のみをでも本実施形態を実現できる。
【0024】
制振装置10は制御器20を備えており、制御器20は、ビル変位x1に制御ゲインKd1を乗じた信号S1を出力する第1ゲイン乗算部21と、ビル速度v1に制御ゲインKd2を乗じた信号S2を出力する第2ゲイン乗算部23と、マス変位x
2と可動マス3の目標変位との偏差D1に制御ゲインKd3を乗じた信号S3を出力する第3ゲイン乗算部25と、マス速度v
2と可動マス3の目標速度との偏差D1に制御ゲインKd4を乗じた信号S4を出力する第4ゲイン乗算部27と、を備えている。可動マス3の目標速度は、前述したように、(6)式を一階積分した値であり、また、可動マス3の目標変位は、(6)式を二階積分した値である。なお、制御器20において、前述した(7)式に対応する手順は、「可変ゲイン」のところで実行される。
制御ゲインKd1〜Kd4は、例えば最適制御理論により計算されるものであり、任意に設定される定数を意味する。
【0025】
制御器20は、第1ゲイン乗算部21からの信号S1と、第2ゲイン乗算部23からの信号S2、第3ゲイン乗算部25からの信号S3と、第4ゲイン乗算部27からの信号S4を全て合算する。制御器20は、全て合算した合算値を可動マス3に加える制御力fに対する制御指令として、モータ4に与える。
【0026】
ここで、マス変位x
2に制御ゲインKd3を乗じた信号S3’、及び、マス速度v
2に制御ゲインKd4を乗じた信号S4’を、前述した信号S1、及び、信号S2に合算する制御ロジック(比較ロジック)も成立するが、これは、ビルの変位及び速度、マスの変位及び速度を、目標をゼロにすることを想定している。これに対し、本実施形態の制御ロジックは、上述したように、可変ゲイン制御を追加している。これにより、可動マス3の変位と速度に対して、目標をゼロにするのではなく、制振対象構造物であるビル2の揺れの減衰を強める動きを目標値とする。
【0027】
以上説明したように、制振装置10によると、風による揺れや、地震等の急激なビル2の揺れに対しても、可動マス3の振幅が一定となるように可変制御ゲインαで目標変位、目標速度を求めているので、可動マス3の許容ストローク範囲内で、最良の制振効果を効率よく確実に発揮することができる。しかも本実施形態によれば、新たな装置を構築することなく、制御ソフトの変換のみで地震に対する制振効果を効果的に得ることができる。
比較ロジックと本実施形態によるロジックを用いて、地震に対するビル2の制振効果をシミュレーションにより確認した。その結果を
図3に示す。本実施形態によると、比較アクティブロジックでは、可動マス3が許容ストローク範囲を超えて振動してしまうのに対して、本発明によると可動マス3の振動は一定部分を備え、かつ許容ストローク範囲内に収まっている。
【0028】
[第2〜第4実施形態]
第1実施形態では、可変制御ゲインαを(7)式に示すように、可動マス3の目標加速度をビル2の速度振幅で除したものとしている。しかし、(4)式の位相関係、つまりマス変位x
2がビル変位x1よりも90度だけ位相遅れになるという条件が満たされるのであれば、αを上記に限る必要はない。例えば、(4)式の位相関係を満たす組合せとして下記の(b)、(c)及び(d)がある。(b)、(c)及び(d)は、(6)式及び(7)式に対応する。また、下記の(a)は上述した第1実施形態に対応する。下記の(b)、(c)及び(d)に基づく制御ロジックを、
図4、
図5及び
図6に示す。なお、
図2と同じ構成要素には
図2と同じ符号を付している。以下、第1実施形態との相違点を中心に
図4、
図5及び
図6について説明する。
【0030】
[第2実施形態]
第2実施形態は、αが、マス目標速度振幅をビル2の変位波形の振幅(以下、変位振幅)で除した値となるので、逐次検出されるビル2の変位振幅に応じて変化する値となる。マス変位をビル2の揺れによらず一定の範囲にできることは、第1実施形態と同じである。第3,4実施形態も同様である。
第2実施形態は、
図4に示すように、上記(b)で与えられる可変ゲイン(可動マス3の変位x
2の一階微分)を一階積分した値を可動マス3の目標変位として与える。
【0031】
第2実施形態は、第3ゲイン乗算部25がマス変位x
2と可動マス3の目標変位との偏差D11に制御ゲインKd31を乗じた信号S31を出力し、第4ゲイン乗算部27がマス速度v
2と可動マス3の目標速度との偏差D21に制御ゲインKd41を乗じた信号S41を出力する。第1ゲイン乗算部21と第2ゲイン乗算部23は第1実施形態と同じである。
第2実施形態は、第1ゲイン乗算部21からの信号S1と、第2ゲイン乗算部23からの信号S2、第3ゲイン乗算部25からの信号S31と、第4ゲイン乗算部27からの信号S41は全て合算される。全て合算された合算値が可動マス3に加える制御力fに対応する制御指令として、モータ4に与えられる。
【0032】
[第3実施形態]
第3実施形態は、αが、可動マス3の目標振幅をビル2の速度振幅で除した値となるので、逐次検出されるビル2の速度振幅に応じて変化する値となる。
第3実施形態は、
図5に示すように、上記(c)で与えられる可変ゲイン(可動マス3のマス変位X
2)を一階積分した値を可動マス3の目標速度として与える。
なお、(c)は、マス変位x
2がビル変位x1よりも90度だけ位相が遅れる関係((4)式)を、ビル速度とマス変位で表すと、ビル速度の符号反転が、マス変位の90度だけ位相が進むことを意図している。
【0033】
第3実施形態は、第3ゲイン乗算部25がマス変位x
2と可動マス3の目標変位との偏差D12に制御ゲインKd3を乗じた信号S32を出力し、第4ゲイン乗算部27がマス速度v
2と可動マス3の目標速度との偏差D22に制御ゲインKd42を乗じた信号S42を出力する。第1ゲイン乗算部21と第2ゲイン乗算部23は第1実施形態と同じである。
第3実施形態は、第1ゲイン乗算部21からの信号S1と、第2ゲイン乗算部23からの信号S2、第3ゲイン乗算部25からの信号S32と、第4ゲイン乗算部27からの信号S42は全て合算される。全て合算された合算値が可動マス3に加える制御力fに対する制御指令Sとして、モータ4に与えられる。
【0034】
[第4実施形態]
第4実施形態は、ビル2の水平方向の加速度を検出するビル加速度センサ14を備える。
また、第4実施形態は、αが、可動マス3の目標速度振幅値をビル2の加速度波形の振幅(以下、加速度振幅)で除した値となるので、逐次検出されるビル2の加速度振幅に応じて変化する値となる。
第4実施形態は、
図6に示すように、上記(d)で与えられる可変ゲイン(可動マス3の変位x
2の一階微分)を一回積分した値を可動マス3の目標変位として与える。
【0035】
第4実施形態は、第3ゲイン乗算部25がマス変位x
2と可動マス3の目標変位との偏差D13に制御ゲインKd33を乗じた信号S33を出力し、第4ゲイン乗算部27がマス速度v
2と可動マス3の目標速度との偏差D23に制御ゲインKd43を乗じた信号S43を出力する。第1ゲイン乗算部21からの信号S1と、第2ゲイン乗算部23からの信号S2、第3ゲイン乗算部25からの信号S33と、第4ゲイン乗算部27からの信号S43は全て合算される。全て合算された合算値が可動マス3に加える制御力fに対する制御指令Sとして、モータ4に与えられる。
【0036】
以上、第2実施形態〜第4実施形態を説明したように、可動マス3の目標値は、変位及び速度のいずれか一方に与えれば足りる。このことは、用いるセンサの種類に問わず、本発明による制御手法が適用できることを意味し、新たにセンサを追加することや、再設置することによるコストの増加を抑えることができる。
もっとも、制振効果をより確実に得るためには、第1実施形態のように、変位及び速度の両方に目標値を与えることが好ましい。
なお、第1〜第4実施形態において、設置するセンサから微分、積分等の演算を用いる場合には、その演算による影響が少なくなる組み合わせを選択することが望ましい。
【0037】
以上、本発明を実施形態に基づいて説明したが、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に適宜変更することが可能である。
例えば、上記実施形態では位相の遅れを最も好ましい90度の例を示したが、本発明はこれに限定されない。位相の遅れが0度を越え180度未満までは減衰に寄与するので、本発明はこの範囲で位相遅れの角度を選択できる。ただし、最も好ましい90度からはなれるにつれて減衰の性能が劣化するので、位相の遅れは、90度を中心にして、±20度の範囲とするのが好ましく、±10度の範囲とするのがより好ましく、±5度の範囲とするのがさらに好ましい。