特許第6039190号(P6039190)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6039190
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】医療用器具
(51)【国際特許分類】
   A61F 9/007 20060101AFI20161128BHJP
【FI】
   A61F9/007 130C
   A61F9/007 130D
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-28966(P2012-28966)
(22)【出願日】2012年2月13日
(65)【公開番号】特開2013-162989(P2013-162989A)
(43)【公開日】2013年8月22日
【審査請求日】2015年2月5日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、独立行政法人科学技術振興機構、研究成果展開事業[戦略的イノベーション創出推進プログラム]「細胞移植による網膜機能再生」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000135184
【氏名又は名称】株式会社ニデック
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(72)【発明者】
【氏名】三田 修
(72)【発明者】
【氏名】楠城 紹生
(72)【発明者】
【氏名】原田 宜久
(72)【発明者】
【氏名】角谷 俊文
(72)【発明者】
【氏名】大澤 孝治
(72)【発明者】
【氏名】大島 進
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(72)【発明者】
【氏名】鎌尾 浩行
【審査官】 石川 薫
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−080350(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/093103(WO,A1)
【文献】 登録実用新案第3127016(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 9/007
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
術者が片手で操作できるハンドピースからなる医療用器具であって、
前記ハンドピースは、
所定の流体を収納するタンク部と、
前記ハンドピースの先端を前側、前記ハンドピースの基端を後側とする前後方向に移動可能であって、該タンク部内に前記流体を吸引、または前記タンク部から前記流体を排出するために前記タンク内の容積を変化させるプランジャーと、
前後方向に長手方向を有する外筒であり、術者の指で保持されるグリップ部と、
前記グリップ部の側面に設けられ、前記グリップ部を保持する術者の指で回転操作される回転ノブと、
前記回転ノブに対する術者の回転操作によって前記プランジャー移動させて前記タンク内の容積を変化させるための移動機構と、を備え
前記回転ノブは、前記回転ノブの回転軸であるシャフトを備え、前記回転ノブに対する回転操作によって前記シリンジの軸方向に前記シャフトを含めて直線移動可能であり、
前記グリップ部には、前記シリンジの軸方向への前記シャフトを含む前記回転ノブの直線移動をガイドするためのガイドレールが設けられており、
前記移動機構は、前記シャフトを含む前記回転ノブの直線移動に連動して前記プランジャーを移動させることを特徴とする医療用器具。
【請求項2】
請求項の医療用器具において、
前記シャフトを含む前記回転ノブの直線的な移動量が前記回転ノブの回転に対して縮小されるように構成されていることを特徴とする医療用器具。
【請求項3】
請求項1の医療用器具において、
前記移動機構は、
前記プランジャーを保持するホルダと,前記ガイドレールに沿って前記ホルダを軸方向に移動させるための移動部材と,を備え、
前記回転ノブは、該移動部材に接合され前記ガイドレールに接触した状態で前記ガイド部に沿って回転移動することを特徴とする医療用器具。
【請求項4】
請求項の何れかの医療用器具において、
前記タンク部及び前記プランジャーは、前記ハンドピースに着脱可能であることを特徴とする医療用器具。
【請求項5】
請求項1〜の何れかの医療用器具は、
前記タンク部に接続されタンク部内に前記流体を吸引、または前記タンク部から前記流体を外部に排出するための通路となるノズルを有し、該ノズルの少なくとも前記先端部は、透光性を有する材料にて形成されている、ことを特徴とする医療用器具。
【請求項6】
請求項の医療用器具において、
前記ノズルは、少なくとも先端部の断面形状が扁平形状とされる、ことを特徴とする医療用器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用の器具に関し、特に眼科用手術のための医療用器具に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、眼科分野の再生医療において、網膜色素上皮細胞をシート状に培養し、患者眼眼底の網膜下に移植する治療方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、近年では、患者本人又は他人(ドナー)から取得した細胞を網膜色素上皮細胞へと分化させて、移植片となる網膜色素上皮細胞のシートを作製する技術が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。何れの技術においても、作製した移植片を患者眼の眼底の網膜下に移植(埋植)する手術は簡単ではない。このような移植手術を行い易くするために、特許文献2に示すような手術器具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表平9−501303号公報
【特許文献2】米国特許6159218号明細書
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Y Hirami, M Takahashi, 他6名, "Generation of retinal cells from mouse and human induced pluripotent stem cells", Neuroscience Letters, 2009 Jul 24, Volume 458, Issue 3, p126-31
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献2の器具は、移植片を所定の部材を用いて後方から押すことによって器具外へ送出させる構成となっている。しかしながら、このような器具では、移植片を押し出す際に機械的な接触が生じ、これによって移植片が損傷する可能性が高い。また、移植片の押し出し動作を好適に行うことが難しい。
【0006】
本発明は、器具の取扱いが簡単で、片手で操作でき、しかも操作が行い易い医療用器具、さらには移植片の損傷を抑制して移植を行うことのできる医療用器具を提供することを技術課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の構成を有することを特徴とする。
(1)
術者が片手で操作できるハンドピースからなる医療用器具であって、
前記ハンドピースは、
所定の流体を収納するタンク部と、
前記ハンドピースの先端を前側、前記ハンドピースの基端を後側とする前後方向に移動可能であって、該タンク部内に前記流体を吸引、または前記タンク部から前記流体を排出するために前記タンク内の容積を変化させるプランジャーと、
前後方向に長手方向を有する外筒であり、術者の指で保持されるグリップ部と、
前記グリップ部の側面に設けられ、前記グリップ部を保持する術者の指で回転操作される回転ノブと、
前記回転ノブに対する術者の回転操作によって前記プランジャー移動させて前記タンク内の容積を変化させるための移動機構と、を備え
前記回転ノブは、前記回転ノブの回転軸であるシャフトを備え、前記回転ノブに対する回転操作によって前記シリンジの軸方向に前記シャフトを含めて直線移動可能であり、
前記グリップ部には、前記シリンジの軸方向への前記シャフトを含む前記回転ノブの直線移動をガイドするためのガイドレールが設けられており、
前記移動機構は、前記シャフトを含む前記回転ノブの直線移動に連動して前記プランジャーを移動させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、器具の取扱いが簡単で、移植片の損傷を抑制して移植操作が行い易くなる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本発明の医療用器具の一実施形態として、本実施形態では、移植片を患者眼の眼底の網膜下に移植(埋植)する移植手術に用いる眼科用手術器具を例に挙げ、以下に説明する。なお、本実施形態の眼科用手術器具は、移植片を吸引して器具内に保持し、網膜下に排出(送出)する器具である。
【0010】
図1は、本実施形態である眼科用手術器具の外観斜視図である。図2は、眼科用手術器具の側面図である。
【0011】
図1及び図2に示す眼科用手術器具100(以下、単に手術器具と略す)は、繰り返し利用可能な(リユースタイプの)ハンドピース10と、使い捨てのシリンジ70及びノズル80とに大別される。ハンドピース10は、オートクレーブ可能で、複数回利用可能な耐久性を有する素材で作製される。ハンドピース10の各部品は、ステンレス鋼、チタン等の耐腐食性を備える金属により作製される。シリンジ70は、医療用に流通しているディスポーザブル(ワンユーズ)タイプの注射器が好適に用いられる。例えば、シリンジ70の容量は、1mLタイプとする。ノズル80は、生体適合性を有する樹脂にて成形され内部が中空の筒状の部材であり、ハンドピースに着脱可能とされ、1回の使用で廃棄される。なお、図2(a)は側面図、図2(b)は図2(a)の中心軸で切断した側面断面図、図2(c)は、図2(b)の状態から、プランジャ75が前方に移動された場合の側面断面図、を示している。
【0012】
本実施形態のシリンジ70は、外筒71と、プランジャ(押出棒)75と、を備えている(図2(b)、図2(c)参照)。外筒71は、先端部72と後端部に開口を有する筒状の部材であり、ハンドピース10に着脱可能とされている。後端部には、対となるフランジ(鍔部)74が設けられている。先端部72の径は、外筒71の外径に対して小さい径となっている。先端部72には、ノズル80が取り付けられる。後端部には、プランジャ75が嵌合される。
【0013】
プランジャ75の先端には、ゴム、樹脂等の弾性部材76が設けられ、後端には術者が指等で押圧する押圧部77が設けられている。弾性部材76は、外筒71の内径より若干大きい外径を持つ。プランジャ75が外筒71に嵌合されると、外筒71の開放部は、弾性部材76によって密閉される。これにより、外筒71(シリンジ70)の空間は、流体を収納するためのタンクとして機能する。プランジャ75は、外筒71の長手方向(軸方向)に沿って移動可能とされる。本実施形態では、長手方向において、先端部72を前側とする。従って、プランジャ75は前後方向に移動する構成となる。
【0014】
プランジャ75が、前方に移動されると、タンク部T内の容積は減少する。一方、プランジャ75が後方に移動されると、タンク内Tの容積は増大する。タンク部T内の容積の変更に伴って、シリンジ70は、正圧と負圧が発生する。プランジャ75は、タンク部Tの内の流体を吸引、排出する吸引排出ユニットの役割を果たすこととなる。プランジャ75の前後方向の移動(タンク部Tの容積の変化)に伴って先端部72から、タンク部T内に流体を吸引したり、タンク部T内の流体が排出される。ノズル80を介して流体が吸引、排出される。本実施形態では、タンク部Tには、流体としては例えば、眼科用の灌流液(生理食塩水)が入れられる。なお、流体として、粘弾性物質や眼科用に用いられる薬剤等を用いてもよい。
【0015】
ハンドピース10は、外筒であり術者が指で保持するためのグリップ部(持ち手部)11と、移動ユニット30の移動をガイドするためのガイドパイプ12、シリンジ70を固定(保持)するための固定部13、シリンジ70(の外筒71)を収納、保持するための内筒であるパイプ部20と、プランジャ75を移動させるための移動ユニット30と、移動ユニット30を術者が操作するための操作部材(操作ユニット)である回転ノブ40と、を備えている。なお、本実施形態では、回転ノブ40は、移動ユニット30の一部を構成している。
【0016】
グリップ部11は、術者が片手で保持しやすい外径(サイズ)となっている。ガイドパイプ12の内部には、後述する移動ユニット30のリング31がスライド可能に取り付けられる。また、ガイドパイプ12は、軸方向に沿ってスリットが2箇所設けられており、このスリットを通してリング31と後述するバー32及びスライドバー35が接続されている。
【0017】
図1に示す固定部13は、ハンドピースの後端に設けられており、フランジ74をくわえ込むガイド孔が形成されている。ガイド孔は、フランジ74に対応するようにパイプ部20の軸に対して対向して配置されている。パイプ部20にシリンジ70の外筒71が入れられると、シリンジ70のフランジ74が、軸方向に沿ってガイド孔に収められる。シリンジ70が回転されると、フランジ74がガイド孔にくわえ込まれる。これにより、フランジ74は、ガイドによって前後方向への移動が固定される。従って、外筒71は、前後方向の移動を固定され(ロックされ)、ハンドピース10に保持される。固定部13は、タンク部であるシリンジ70をハンドピース10(パイプ部20)に着脱自在に固定する着脱部材となる。
【0018】
パイプ部20は、ハンドピース10(グリップ部11〜固定部13)を軸方向に貫通して形成されている。パイプ部20は、シリンジ70の外筒71を収める内径を持つ。ここでは、外筒71の外径より若干径が大きい内径を持つ構成とされている。これにより、パイプ部20に外筒71を収めたときに、シリンジ70が安定して保持される。パイプ部20の先端には、シリンジ70の先端部72を挿通する(露出させるための)開口21が設けられている。開口21の径は、外筒71の径よりも小さく、先端部72より大きい径となっている。開口21は、シリンジ70が前方へと抜け出ないようにする役割を持っている。固定部13の後端には、開口22が形成されている。外筒71は、開口22から出し入れされる。
【0019】
移動ユニット30は、大別して、プランジャ75の押圧部77を保持するホルダ30Aと、術者が操作を行うための回転部材である回転ノブ40と、回転ノブ40によってホルダ30Aを移動させるスライダ30B、を備えている。ホルダ30Aとスライダ30Bは、リング31を共用する。移動ユニット30は、ガイドパイプ12内に移動可能に置かれるリング31を基部として、後方にホルダ30Aが設けられ、前方にスライダ30Bが設けられる。ホルダ30Aは、リング31に取り付けられたピン31aによって軸回転可能に保持されたバー32と、バー32の後端に設けられたプレート33と、押圧部77を固定保持するための回転ピン34と、を備えている。
【0020】
バー32は、図2に示されるように、プランジャ75と平行な方向(軸方向)に位置する状態から、ピン31a部分を回転中心としてハンドピースの上下方向に回動する。プレート33には雌ネジが形成されており、回転ピン34には雄ネジが形成されている。回転ピン34は、プレート33に螺合される。回転ピン34の軸回転によって、回転ピン34全体が前後方向に移動する。プレート33と回転ピン34の間に、押圧部77が置かれた状態で、回転ピン34が回転されて前方に進むと、押圧部77は、プレート33と回転ピン34によって挟まれる。これにより、プランジャ75がホルダ30Aに固定保持されることとなる。プランジャ75を取り外す場合には、回転ピン34を回転させて後方に移動させた後、プレート33とバー32を下方向に回転させる。また、フランジ74の固定を解除させた上でパイプ部20から引き抜く。なお、バー32は押出軸に対して左右2本あっても良いが、左右のどちらか一方に形成されていればよい。本実施形態では、先端に向かって左側だけに形成されている。これにより、右手でハンドピース10を保持したとき、右手の指、掌にバー32が当りにくくなり、操作感がよくなる。なお、左手でハンドピース10を保持する場合には、バー32が反対側(右側)に形成されたものを用意すればよい。
【0021】
なお、本実施形態において、回転ピン34は、手術器具100の重心位置を調整するためのバランサの役割を持つ。回転ピン34にある程度の重量を持たせることにより、手術器具100の重心を、グリップ部11の前方側から後方側へと移動させる。手術器具100の重心は、術者がハンドピース10を持ったときに手の中心にあることが好ましい。
【0022】
スライダ30Bは、リング31を含み、リング31にネジ31bによってネジ止めされた直線形状のスライドバー35と、スライドバー35の先端に設けられ、回転ノブ40を回転可能に保持するフック36と、を備えている。また、グリップ部11の上部には、回転ノブ40(スライドバー35)の移動をガイドするためのガイドレール15と、回転ノブ40の両側面を支える対向した壁部(側壁)16、が形成されている。ガイドレール15及び壁部16は、前後方向(軸方向)に直線状に形成される。
【0023】
フック36は、スライドバー35の先端に設けられており、後述する回転ノブ40のシャフト41に引っ掛けられ回転ノブ40を回転可能としつつ、回転ノブ40の回転によってスライドバーを軸方向に移動させる役目を果たす。
【0024】
図3は、回転ノブの構成を説明する図である。図3に示すように、回転ノブ40は、シャフト41と、シャフト41の両側に設けられたシャフト41よりも大きな径を持つ円盤部42と、シャフト41から円盤部42の外周に向かって形成された傾斜部43、を備えている。なお、本実施形態では回転ノブ40は一体の部材とされる。円盤部42の周縁には術者が指を掛けて回転ノブ40を回転させやすいようにするためのローレット等の滑り止めが形成されている。傾斜部43は、シャフト41から円盤部42の外周方向に向かって円盤部42の厚みが減少する形状(テーパ形状)となるように形成される。傾斜部43が、ガイドレール15の角部に接触し、シャフト41がガイドレール15の上面に接触しないように、シャフト41の幅(シャフト41の軸方向の長さ)が設計されている。このため、回転ノブ40は、ガイドレール15に対して傾斜部43にて接触することとなる。
【0025】
回転ノブ40は、円盤部42の回転によってガイドレール15及び壁部16に沿って前後方向に移動する。回転ノブ40の前後方向の移動に伴って、スライダ30B(フック36、スライドバー35、リング31)とホルダ30A(リング31、バー32、プレート33、回転ピン34)が一体的に移動する。これにより、プランジャ75が前後方向に移動される。このとき、外筒71は、固定部13により固定保持されているため、プランジャ75は、外筒71に対して相対的に前後方向に移動されることとなる。
【0026】
回転ノブ40の移動量は、回転ノブ40(円盤部42)の回転に比例する。本実施形態では回転ノブ40の最外径となる円盤部42の径よりも小さな径となる回転ノブ40の所定部分(傾斜部43)にガイドレール15を接触させる構成としているため、回転ノブ40の回転と、回転ノブ40の前後方向の移動との関係において、円盤部42の回転に対して実際の回転ノブ40の移動量が縮小する構成となっている。図3において、シャフト41の回転軸Aを基準として、円盤部42の周縁までの距離をR1(回転ノブ40の最外径の半径に相当する)とし、回転軸Aとガイドレール15までの距離をR2とする。このときの円盤部42の回転による回転ノブ40の前後方向の移動量は、円盤部42が所定の平面上を回転する際の移動量比べて、距離R1と距離R2の比だけ減少する(R2/R1となる)。
【0027】
このようにして、回転ノブ40(円盤部42)の回転に対する直線的な移動量(回転ノブ40の転がり量)は、縮小されてスライダ30B、ホルダ30A、プランジャ75へと伝達される。このような機構により、タンク部T内の流体の操作の微調整が行い易くなり、ノズル80を介した流体、移植片の吸引、排出の操作性が向上する。
【0028】
図2(b)と図2(c)に示されるように、回転ノブ40は高さ位置を変えることなく、回転によって前方に移動する。このとき、フック36、スライドバー35等と一体となった部材が、回転ノブ40のシャフト41の移動に伴って前方へと移動する。プランジャ75は前方へ移動し、タンク部Tの容積を減少させる。このとき、タンク部T内の流体は、外側へと排出されることとなる。なお、回転ノブ40の回転方向が後方であれば、前述の動作と逆になり、タンク部T内には流体が吸引(流入)される。
【0029】
なお、プランジャ75(弾性部材76)の断面積(タンク部Tの断面積)は小さいことが好ましい。これによって、タンク部Tの容積の調整がし易くなり、流体の吸引、排出の微調整がし易くなる。
【0030】
回転ノブ40の回転動作と、スライドバー35の前後方向の移動において、回転ノブ40とスライドバー35にかかる摩擦力が小さいため(他部材との接触面が小さいため)、回転ノブ40及びスライドバー35が移動し始める直前の摩擦力(最大静止摩擦力)から、移動が始まったときの摩擦力(動摩擦力)の差異が小さくでき、術者にとって回転ノブ40等の移動前後での抵抗感が少なく、操作感がよくなる。
【0031】
一般にシリンジを取扱う際には、片手でシリンジの外筒を保持した後、反対の手でプランジャーを操作する必要があり、シリンジによる吸引・排出操作のために両手がふさがってしまうため、手術を進める上で補助者が必要となるなどの問題があった。これに対し、本器具によれば、シリンジの吸引・排出を片手で操作できるため、術者は反対の手で別の作業を行うことができ、補助者が不要となるなど、手術中の術者の自由度を著しく改善することができる。例えば、網膜下に細胞シートを移植する場合、術者は、片手で本器具による吸引・排出(注入)の操作ができるため、反対の手でライトガイドを保持することにより、補助者なしで手術を進めることが可能となる。
【0032】
図4は、ノズルの先端部の拡大斜視図である。ノズル80は、シリンジ70の先端部72にノズル80を取り付けるための基部81、眼内に挿入される管部(挿入筒)82、管部82の先端に形成され管部82に対して折り曲げられた先端部83、を備えている。図4に示すように、先端部83には、排出した際に移植片の浮き上がりを抑えるための庇84が形成されている。このように先端部83が折り曲げられているため、網膜下に好適にノズルを挿入できる。ノズル80は、患者眼の眼内に挿入されるため、生体適合性を有する素材で作製される。また、ノズル80は、移植片を先端部83内に収めるため、術者が移植片の位置を認識できるように透光性を有する素材で作製される。ノズル80の作製素材には、エチレン・テトラ・フルオロ・エチレン、ポリプロピレン、等の樹脂が用いられる。特に着色した移植片は透明なノズル先端から視認できる。例えば、網膜色素上皮細胞などの着色した細胞シートからなる移植片の位置を容易に認識できる。基部81は、先端部72と嵌合するように先端部72の外径に対して若干大きい内径を持つ。管部82は、管部82が眼内に挿入されたときに、先端部83が眼底に到達する程度の長さを有する。管部82の長さは、20〜50mm程度とする。先端部83は、管部82が眼内に挿入されたときに、眼底面に対して先端部83が緩やかな角度となるように折り曲げられている。庇84は、先端部83の先端(開口)から突出するように形成され、先端の上部に形成される。庇84は、移植片の浮き上がり、移植片の表と裏が反転する回転を抑制するために、先端部83の折り曲げられた方向側に形成される。庇84は、断面における外径の半分に亘って形成される。先端部83及び庇84が網膜下(網膜と色素上皮層の間)に挿入された場合、移植片を色素上皮側に置くために、庇84は、網膜側(折り曲げ方向側)に配置される。庇84の長手方向の長さは、庇84の下に排出された移植片の回転、浮き上がりを抑えつつ、網膜下の空間を広げすぎない程度の長さとする。ここでは、移植片の長さより若干長い程度とする。
【0033】
管部82及び先端部83の断面(長手方向に直交する方向での断面)の形状が扁平形状となっている。断面が扁平形状となることで、先端部83内に吸引、保持されたシート状の移植片が、先端部83内部で回転、反転し難くなる。従って、管部82、先端部83の径(サイズ)は、移植片のサイズに合わせて形成されることが好ましい。本実施形態において、扁平形状の長軸(長い方)の幅は、1〜3mm程度とし、短軸(短い方)の幅は、0.5〜1mm程度とする。また、断面が扁平形状のため、吸引・排出時に移植片である細胞シートが損傷しにくい。
【0034】
なお、ノズル80は、移植片が吸引される箇所が透光性を有していればよく、ノズル80全体が透光性を有していなくてもよい。同様に、移植片が吸引される箇所の断面が扁平形状であればよく、必ずしも管部82の全断面が扁平形状でなくてもよい。
【0035】
以上のような構成を備える手術器具100の動作を説明する。図5は、移植作業を説明する図である。本実施形態の移植片は、予め患者から採取した組織を網膜色素上皮細胞へと分化させ、網膜色素上皮細胞を培養したシート状の細胞シートを移植片とする。移植片は、小片(例えば、1×2mmの短冊状)にカットされ、手術器具100を用いて患者眼眼底の網膜下に移植(埋植)される。
【0036】
術者(又は補助者)は、シリンジ70にノズル80を取り付け、パイプ部20に挿入する。開口21まで差し込まれたシリンジ70が回転されると、フランジ74が固定部13に固定(ロック)される。術者は、バー32を回転させて、押圧部77をプレート33と回転ピン34との間に配置する。回転ピン34が回転されると、プレート33と回転ピン34に押圧部77が挟持される。術者は、グリップ部11を持ち、回転ノブ40を前方に回転させて、プランジャ75を出来るだけ前方に移動させる。そして、先端部83を灌流液に入れ、回転ノブ40を後方に回転させてプランジャ75を後方に移動させ、タンク部Tに灌流液を満たす。術者は、手術器具100を立ててノズル80、タンク部Tに入った空気を抜く作業を行う。これにより、手術器具100は、使用可能な状態となる(図2(b)の状態)。
【0037】
術者は、予め小片に加工された移植片を、手術器具100内に吸引する。術者は、シャーレ等に置かれた移植片付近に先端部83を置き、回転ノブ40を後方に回転させて灌流液を先端部83を介してタンク部Tに吸引する。このとき、先端部83に移植片が吸い込まれる。先端部83の断面形状が扁平であるため、細胞シートは反転することなく、先端部83内に保持される。このとき、術者は、先端部83の開口(先端)付近に細胞シートが位置するように、回転ノブ40を操作する。
【0038】
移植手術では、患者眼の前眼部の強膜に穿孔孔を形成し、この穿孔孔から鑷子等が眼内に挿入され、手術が行われる。図5(a)に示すように、患者眼の眼底の網膜下、すなわち、網膜Reと色素上皮層RPEの間には、ドーム状の空間Dが形成される。空間Dは、網膜Reの一部を切開して形成した切開創C1から灌流液等が注入されることで形成される。なお、切開創C1とは異なる切開創C2が形成される。切開創C1と切開創C2は対向するように形成される。灌流液等が、切開創C1から空間D内に注入されても、一部が切開創C2から流出される。これにより、網膜Re等に灌流液に加わる圧力等の負担を減少させることができる。次に術者は、ドーム内の不要な新生血管を抜去する。その後、術者は、図5(b)に示すように、空間Dに移植片Iを保持した先端部83を挿入する。そして、術者は、図5(c)に示すように、回転ノブ40を前方に回転させて、移植片Iを空間D内に排出する。このとき、庇84があるため、先端部83の開口から排出された移植片Iは反転等しにくい。また、移植片Iが反転したり、位置がずれてしまった場合でも庇84を用いて、移植片Iの位置等を移動させることができる。術者は、移植片Iを移植位置に置き、先端部83を眼内から引き抜き、空間D内の灌流液を吸引除去し、網膜Reを元の状態に戻す。このようにして、移植片Iが患者眼に移植される。
【0039】
以上のようにして、移植片Iを流体を利用して移動させる、すなわち、先端部82内に吸引し、先端部83から排出する、ことにより、移植片の損傷を抑制できる。また、術者の指による操作ユニット(操作部材)である回転ノブ40の回転操作により操作性が向上する。さらに、回転ノブ40の回転が、縮小された直動に変換され、プランジャ75が移動されるため、移植片の移動(吸引、排出)の微調整が行い易く、操作性が向上する。
【0040】
なお、以上の説明では、ハンドピース10とシリンジ70が個別のユニットとしたが、これに限るものではない。例えば、ハンドピース内にタンク部が一体的に形成される構成でもよい。すなわち、ハンドピースとシリンジが一体となった構成となる。
【0041】
また、以上の説明では、シリンジ70は、ディスポーザブルタイプとしたが、これに限るものではなく、手術器具全体を金属等で作成し、オートクレーブ可能として繰り返し使用可能な構成としてもよい。タンク部Tを備えプランジャでタンク部Tの容積を変更できる構成であればよい。シリンジは、オートクレーブ可能なリユースタイプでもよい。また、シリンジの容量は1mLに限らず、移植片のサイズ等に合わせて、別の容量にしてもよい。
【0042】
また、以上の説明では、プランジャ75を前後方向(シリンジ70の軸方向)に移動させるために、押圧部77を前後方向に移動させる構成としたが、これに限るものではない。プランジャの後方に互いに螺合するネジ部を設け、ネジの回転によってプランジャを前後方向に移動させる構成としてもよい。具体的には、外筒の後端にネジ山を設け、このネジ山に螺合するネジ山を備えた回転部材を設ける。回転部材を外筒に螺合し、プランジャと接続させる。回転部材が回転されると、回転部材の回転移動量(転がり量)に応じてプランジャが前後方向に移動される。この場合、移動ユニットは、回転ノブの操作を回転部材の回転に伝達する構成となる。
【0043】
また、以上の説明では、プランジャ75を前後方向に移動させる構成としたが、これに限るものではない。タンク部の容積を変更できればよく、吸引排出ユニットとして機能する可動部材であればよい。また、タンク部Tの容積又は圧力を変更させるために、ポンプ等の圧力変更ユニットを吸引排出ユニットとして用いてもよい。例えば、タンク部にポンプを接続し、ポンプにより、空気圧、水圧、等を変化させる構成としてもよい。
【0044】
また、以上の説明では、回転ノブ40を回転させ、回転移動量(操作量)に応じて、回転ノブ40を直動運動させる構成としたが、これに限るものではない。回転ノブ40が軸回転動作する(直動しない)構成としてもよい。この場合、回転ノブは、ギヤ、プーリーとして機能し、スライダ等の他の部材を移動させる構成となる。すなわち、操作部材がピニオン、スライダ(の一部)がラックとなる機構である。
【0045】
また、以上の説明では、回転ノブ40を回転させる動作によって、移動ユニット30を前後方向に移動させる構成としたが、これに限るものではない。術者の操作を回転を介して吸引排出ユニット(プランジャ75)に伝える構成であればよい。操作部材として、グリップ部上を一方向(例えば、前後方向)に移動する構成としてもよい。
【0046】
また、以上の説明では、操作部材の操作量が移動機構(移動ユニット)によって縮小され、吸引排出ユニットを移動させる構成としたが、これに限るものではない。操作部材の操作量が直接、吸引排出ユニットを移動させる構成であってもよい。
【0047】
また、以上の説明では、操作部材(操作ユニット)である回転ノブ40の回転動作を前後方向の移動に変換して、プランジャ75を前後方向に移動させる構成としたが、これに限るものではない。操作ユニットの操作によって、ノズル80から流体の吸引、排出ができる構成であればよい。例えば、操作ユニットにスイッチ等の信号入力ユニットを用い、スイッチの信号に基づいてアクチュエータ等を駆動して、プランジャを移動させる構成としてみよい。
【0048】
また、以上の説明では、ノズル80の先端部83に庇84を設ける構成としたが、庇84は必ずしも必要ない。ノズル80を介して移植片が吸引、排出できる構成であればよい。
【0049】
また、以上の説明では、移植片として、網膜色素細胞の細胞シートを用いたが、これに限るものではない。角膜細胞シート等の他の眼組織の移殖片を用いることもできる。また、本実施形態の医療用器具を、他の眼科手術、診断のための操作に用いることもできる。例えば、硝子体内注射(投与)、前房水の採取等が挙げられる。このように本実施形態の医療用器具は、損傷にくい点で細胞シート移植に好適に用いられ、特に微小空間で操作できる点で眼科手術に好適に用いることができる。
【0050】
さらに、本実施形態では眼科用の医療用器具を例に挙げ説明したが、これに限るものではなく、眼科以外の組織、臓器への使用もでき、医療用器具として対象を吸引、排出(注入)する機能を用いたあらゆる用途が可能である。用途としては、サンプルの投与(移植、投薬など)、サンプルの採取(採血、組織の採取など)などに用いることができる。また、吸引、排出する対象の形態は、液体、固体、ゲル状であってもよく、カプセル、シートであってもよい。対象の種類は、移植片、細胞懸濁液、薬剤(薬剤放出型カプセルやシート等)、生体試料等が挙げられる。また、ヒト以外の動物に、本実施形態の医療用器具を用いることもできる。
【0051】
以上のように本発明は実施形態に限られず、種々の変容が可能であり、本発明はこのような変容も技術思想を同一にする範囲において含むものである。
【図面の簡単な説明】
【0052】
図1】本実施形態の眼科用手術器具の外観斜視図である。
図2】眼科用手術器具の側面図である。
図3】眼科用手術器具の回転ノブ付近の断面図である。
図4】ノズルの先端部の拡大斜視図である。
図5】移植片の移植作業を説明する図である。
【符号の説明】
【0053】
10 ハンドピース
20 パイプ部
30 移動ユニット
30A ホルダ
30B スライダ
31 リング
40 回転ノブ
70 シリンジ
75 プランジャ
80 ノズル
100 眼科用手術器具
I 移植片
Re 網膜
RPE 網膜色素上皮層
T タンク部
図1
図2
図3
図4
図5