特許第6039211号(P6039211)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6039211-人工授粉用花粉混合液 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6039211
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】人工授粉用花粉混合液
(51)【国際特許分類】
   A01H 1/02 20060101AFI20161128BHJP
【FI】
   A01H1/02 Z
   A01H1/02 A
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-75418(P2012-75418)
(22)【出願日】2012年3月29日
(65)【公開番号】特開2013-201992(P2013-201992A)
(43)【公開日】2013年10月7日
【審査請求日】2015年1月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】390026491
【氏名又は名称】小林製袋産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100081547
【弁理士】
【氏名又は名称】亀川 義示
(72)【発明者】
【氏名】松澤 清
(72)【発明者】
【氏名】矢澤 宏司
【審査官】 原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−112990(JP,A)
【文献】 Jap. J. Palynol,1986年,Vol.32, No.1,p.37-39
【文献】 化学物質の環境リスク評価 第2巻,環境省,2003年 3月,[7]クロロホルム,URL,https://www.env.go.jp/chemi/report/h15-01/
【文献】 農業および園芸,2007年,Vol.82, No.6,p.667-670
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00−17/00
B05B 1/00−3/18;7/00−9/08
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/WPIDS/WPIX/CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
果樹又は果菜の花粉を、該花粉に対して無毒性であるハイドロクロロフロロカーボン(HCFC)とヘキサン又はシクロヘキサンの揮発性混合有機溶媒と共に容器内に充填し、上記花粉に対して上記揮発性混合有機溶媒の比重を90〜105質量%とした人工授粉用花粉混合液。
【請求項2】
上記花粉は精製花粉であって、上記揮発性混合有機溶媒に対する精製花粉の濃度が0.1〜5質量%である請求項1に記載の人工授粉用花粉混合液。
【請求項3】
花粉と該花粉に対して無毒性である上記揮発性混合有機溶媒を容器内に充填し、該容器に噴射ノズルを設けると共に容器内に噴射用高圧ガスを更に充填した請求項1または2に記載の人工授粉用花粉混合液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、果樹、野菜類に効率的な授粉を行うことができる人工授粉用の花粉混合液に関する。
【背景技術】
【0002】
栽培されている果樹類の多くは自家不和合性を有するために、異なる品種の花粉を用いて授粉させ、結実させる必要がある。また、果菜類は自家不和合性ではないが、授粉作業を行った方が良品質のものが得られることが知られている。
自然界ではミツバチなどの訪花昆虫がその役割を担っているが、天候などの自然環境の影響を受け易く結実が不安定であるために、果樹類や果菜類の栽培においては、人工的に授粉することが行なわれてきた。
【0003】
人工授粉には、当年採取した粗花粉や冷凍保存した粗花粉を用い、「ぼん天」を使用して手作業により花の一つ一つに授粉することが行われて来た。この人工授粉は開花期という短い期間内に人手をかけて行わなければならないものであるが、現在では労働力の確保も難しく、授粉作業の効率化、省力化が求められている。
【0004】
そこで、ミツバチなどの訪花昆虫を積極的に利用する方法も取り入れられているが、昆虫の管理に手間が掛かる上に、天候に左右されて授精率が低下するという問題がある。また、多くは栽培品種とは異なった授粉用の品種を混植しないと受精率が低下するという問題があるし、近年は世界的な規模でミツバチの減少が報告されており、将来的に安定な利用には不安が残っている。
【0005】
こうしたことから、同時に授粉器具の機械化も進められるようになり、精製花粉に石松子などの増量材を加えたものをパイプで搬送し、パイプの先に設けた毛ばたき状の花粉交配具によって授粉を行おうとするものがあるが、高価な授粉用交配機を用意しなければならないという難点が見られる。(特許文献1)
【0006】
また、精製花粉を単独で、または石松子などの増量材とともに送風機で果樹などの全体に散布する方法もあるが、果樹などの全体に散布することから貴重な花粉を大量に必要とし、経済的に問題がある。
【0007】
また、最近では、精製花粉を増粘剤と共に水に分散させ、専用ノズルで散布して授粉を行う水溶液授粉の技術が開発され、キウィフルーツや梨などに対する実用化研究も為されているが、花粉に水を加えた状態にしておくと授精率が低下することが判っており、授粉作業の直前に花粉溶液を作成しなければならないし、増粘剤の濃度や水質などにも気を付けて行わなければならないというような面倒な制約が見られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−135568号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、授粉時期を迎えた果樹類や果菜類の花に授粉用の花粉を容易かつ効率的に与えることができる人工授粉用の花粉混合液を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、花粉を無毒性の揮発性有機溶媒と共に容器内に充填したものであり、上記花粉に対して上記揮発性有機溶媒の比重を約80〜110質量%の近似した値として人工授粉用の花粉混合液とするものである。
上記揮発性有機溶媒に対する花粉の濃度は、0.1〜5質量%にするとよい。また、花粉と無毒性の揮発性有機溶媒を充填した容器に噴射ノズルを設けると共に容器内に噴霧用の高圧ガスを更に充填することによって、容器から直接に噴霧することができる人工授粉用花粉混合液が得られる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、容器内に充填されている花粉と無毒性の揮発性有機溶媒の比重が近似しているので、揮発性有機溶媒内に花粉が分散すると、その分散状態を維持し易くなっており、これを噴霧することによって適当な量の花粉を確実に授粉することができる。また、容器に噴霧ノズルを設け、容器内に噴霧用高圧ガスを充填すると、別に噴霧用の高圧ガスを用意しなくても、容器から直接的に花粉を噴射することにより授粉作業を効率的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施例を示す噴霧用高圧ガスと共に容器に詰めたものの正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、花粉には葯柄を除いた精製花粉を用いると良いが、場合によっては、葯柄の残っている粗花粉を用いることもできる。
この花粉は、花粉に対して無毒性である揮発性有機溶媒と混合されるが、この揮発性有機溶媒としては、ヘキサン,ヘプタンなどのパラフィン系炭化水素類、ペンテン,ヘキセンなどのオレフィン系炭化水素、アセトン,メチルエチルケトン(MEK)などのケトン類、ブチルアルコール,ペンチルアルコール,アミルアルコールなどのアルコール類、ジエチルエーテル,ジメチルエーテル,メチルエチルエーテルなどのエーテル類、シクロヘキサンなどのナフテン系炭化水素類、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、酢酸エチル,酢酸ブチルなどのエステル類、ハイドロフルオロカーボン(HFC),ハイドロクロロフロロカーボン(HCFC)などの代替フロン類その他のものを使用することができる。これらの揮発性有機溶媒は常圧または加圧下で液状を呈するものである。
【0014】
この揮発性有機溶媒は、使用される花粉の比重と近似するものにするとよく、上記花粉に対して揮発性有機溶媒の比重を80〜110質量%の範囲、好ましくは90〜105質量%の範囲にするとよい。
上記花粉と揮発性有機溶媒の比重を近似的なものとするために、上記揮発性有機溶媒は、適宜に併用して使用すると良いことが多い。
【0015】
使用する花粉としては、ナシ,リンゴ,モモ,キウイ,カキその他の果樹類、イチゴ,メロン,トマトその他の果菜類等が挙げられるが、その他授粉を必要とする多くの植物の花粉を対象とすることができる。
ナシ、リンゴの精製花粉の比重は約1.35程度であり、モモは約1.33程度、キウイは約1.32程度であるが、例えば、上記したハイドロクロロフロロカーボン(HCFC)4質量部とイソヘキサン1質量部を混合した揮発性有機溶媒は、その比重が約1.3程度となるので、花粉に対する揮発性有機溶媒の比重は約96〜98質量%となっており、上記花粉とこの揮発性有機溶媒を混合して使用するのは好ましい例である。
また、シクロヘキサン1質量部とハイドロクロロフロロカーボン(HCFC)5質量部を混合した揮発性有機溶媒は、その比重が約1.35程度となるので、上記各種の花粉に対する揮発性有機溶媒の比重は約98質量%程度となり、使用し易いものの一つである。
【0016】
花粉と揮発性有機溶媒が混合された人工授粉用花粉混合液中の花粉の濃度は、精製花粉の場合に0.1〜5質量%程度に、好ましくは0.5〜3質量%程度にするとよい。この場合、濃度が低すぎると授精率の低下を招き、濃度が高すぎると必要以上に花粉が必要となって不経済であるし、下記する噴霧の場合には噴射ノズルが詰まる原因となることもある。
【0017】
こうした人工授粉用花粉混合液は揮発性有機溶媒が揮散しないように容器に密封され、必要により加圧され、この状態で保存することができる。
花粉を保存する場合、花粉の活性をできるだけ低下させないようにして保存する必要があり、その為に従来は冷凍保存(−18℃程度)にすることが必要とされていた。しかし、上記人工授粉用花粉混合液では、花粉が揮発性有機溶媒中に存在しているので、冷凍保存する必要はなく、冷蔵保存(5℃程度)によっても花粉の活性を余り低下させることなく保存しておくことが可能であって、温度管理も容易で、経済的に保存することができる。
【0018】
この容器に詰められた人工授粉用花粉混合液を使用する場合、噴霧器具に連結し、別に用意した圧縮空気、炭酸ガスその他の噴霧用高圧ガスによって、噴霧状態にして花に吹付けると、花粉は飛ばされて授粉作業を行うことができる。
上記人工授粉用花粉混合液は、花粉と揮発性有機溶媒の比重が近似しているので、振り混ぜることによって一旦揮発性有機溶媒中に分散された花粉は沈殿することが少なく、授粉作業中に時々容器を振り動かすことによって花粉の分散状態を保つことができるので、効率的な授粉作業を行うことができる。
【0019】
また、図1に例示するように、上記花粉と揮発性有機溶媒を混合した容器1内に、噴霧用高圧ガスを詰め、容器に噴霧ノズル2を取付けることによって、容器1から直接に花粉を噴霧3することができる。
噴霧用高圧ガスとしては、液化プロパンガス(LPG)、炭酸ガス(CO)その他の高圧ガスなどを使用することができ、圧力としては1MPa程度のものにするとよい。
噴霧ノズル2は、適宜形式のものを使用することができるが、押しボタン式よりも、図示の如きトリガー式のものを使用すると、連続使用の場合にも疲労が少なく、一層効率的に作業を行うことができる。
【0020】
上記人工授粉用花粉混合液には、噴霧によって花に付着した時に付着の状態(付着の有無)が判るように、例えば、白い花の場合には朱色などの色素を少量加え、他の色の花の場合にはその花に対して目立つような適宜の色素を加えるようにすると、授粉の状況が目視によって判り易く、より確実に授粉作業を行うことができて便利である。
【実施例】
【0021】
(実施例1)
ナシの精製花粉(比重:1.35)を容器に入れ、ハイドロクロロフロロカーボン(HCFC)4質量部とイソヘキサン1質量部を混合した揮発性有機溶媒(比重:1.3)を加えて、花粉の濃度が2質量%になるようにして混合して人工授粉用花粉混合液を得た。
【0022】
実施例の効果を確認する為に、下記の比較例を用意し、下記する試験を行った。
比較例1:揮発性有機溶媒としてアセトン(比重:0.78)を使用し、他は実施例1と同様にしたものである。花粉に対するアセトンの比重は59質量%である。
比較例2:揮発性有機溶媒としてシクロヘキサン(比重:0.78)を使用し、他は実施例1と同様にしたものである。花粉に対するシクロヘキサンの比重は58質量%である。
比較例3:揮発性有機溶媒としてn−ヘキサン(比重:0.67)を使用し、他は実施例1と同様にしたものである。花粉に対するn−ヘキサンの比重は49質量%である。
比較例4:揮発性有機溶媒として塩化メチレン(比重:1.33)を使用し、他は実施例1と同様にしたものである。花粉に対する塩化メチレンの比重は98質量%である。
比較例5:精製花粉のみのものである。
【0023】
(長期貯蔵後の発芽率試験)
実施例1、比較例1〜4のものを、1年間、5℃で冷蔵貯蔵したものと、20℃で室温貯蔵したものについて、それぞれの発芽率(%)を試験した。
比較例5は、1年間、−18℃で冷凍貯蔵したものと、20℃で室温貯蔵したものについて、それぞれの発芽率を試験した。
【0024】
(結果)
長期貯蔵後の発芽率試験の結果(発芽率)を表1に示す。
【0025】
【表1】
【0026】
(授粉試験1)
授粉試験1を行うために、実施例2、比較例6〜8を用意し、幸水種のナシに対して授粉作業を行い、受精率(%)、収穫時の平均果重(n=10)を求めた。
実施例2:上記実施例1のものに噴霧用高圧ガスとして液化プロパンガス(LPG)を加えて、1MPaの圧力が得られるようにし、収納容器に噴射ノズルを取付けた。
比較例6:上記比較例1のものを使用し、他は実施例2と同様にしたものである。
比較例7:精製花粉をぼん天を使用して授粉したものである。
比較例8:精製花粉に石松子を加えて花粉濃度が20質量%となるようにし、これを先行特許文献1に示す交配機と同様のものを用いて授粉したものである。
【0027】
(結果)
授粉試験1の結果を表2に示す。
【0028】
【表2】
【0029】
(授粉試験2)
授粉試験2において、実施例3は上記実施例2を使用して二十世紀種のナシに対して授粉作業を行い、同じく受精率(%)、収穫時の平均果重(n=10)を求めた。比較例9は比較例6を、比較例10は比較例7を、比較例11は比較例8を各々使用し、同じく二十世紀種のナシに対する受精率(%)、収穫時の平均果重(n=10)を求めた。
【0030】
(結果)
授粉試験2の結果を表3に示す。
【0031】
【表3】
【0032】
(考察)
授粉用の採取した生花粉の発芽率は約80%であるとされているが、実施例1のものでは、室温貯蔵では発芽率が約35%程度低下してしまうが、冷蔵貯蔵によって、発芽率が殆ど低下せず、従来から最も優れた保存方法とされている比較例5の冷凍貯蔵と同じ発芽率が得られており、より簡易な貯蔵法である冷蔵による花粉の保存が可能であることが示されており、また、比較例1〜3のものに比べて冷蔵貯蔵後の発芽率を高く保持することができている。比較例4の塩化メチレンを使用したものは花粉の比重に近似しているが、花粉に対して有害であって発芽率がいずれも0%であり、塩化メチレンは使用できないことが判った。
実施例2のものでは、幸水種に対する授粉において、比較例6〜8のものに比べて受精率が大幅に良好であるという結果が得られている。比較例6は花粉と溶媒の比重が大きく異なることから、容器内での花粉の分散が不均一となり、受精率が低くなったものと考えられる。比較例7は、授粉作業の手間を考慮に入れなければ、相応の受精率が得られている。比較例8は、機械の構造上、ナシの花叢(通常、9つの花が纏まって咲いている。)の全花に授粉ができておらず、受精率が低くなったものと思われる。果重において、実施例2及び比較例6〜8のものは通常の分布の範囲内のものと考えられ、実施例2のものは、比較例6及び慣行の授粉方法である比較例7、8に対して遜色なく肥大していることが判る。
実施例3の二十世紀種に対する授粉において、比較例9〜11のものに比べて受精率は極めて良好であることが判る。なお、果重においては、実施例3及び比較例9〜11のものも通常の分布の範囲内のものと考えられ、特に有意差は無いと判断される。
図1