【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は上記課題について検討を行い、Mgを添加したアルミニウム合金からなる心材を適用する従来のブレージングシートについて、時効硬化が十分に生じない要因について検討した。その結果、ろう付処理の加熱時におけるマトリックスへのMgの固溶が不十分であることが時効硬化に不足が生じる要因とした。時効硬化のための析出物の生成には、その前段階として析出物の構成元素であるMgが合金マトリックスに固溶していることが必要となる。ここで、Mgが添加されたアルミニウム合金からなる心材は、ろう付前においてMgを含む金属間化合物が析出・分散した状態にある。そして、このアルミニウム合金においては、ろう付処理の加熱によりMgを含む金属間化合物からMgを固溶させている。従来のブレージングシートにおいて、ろう付処理の加熱時間が短い場合に時効硬化が不十分となってしまうのは、加熱中にMgが完全に固溶できなかったためと考えられる。
【0012】
従って、心材となるアルミニウム合金に十分に時効硬化を発現させるためには、短い加熱時間であっても金属間化合物中のMgを固溶させることが必要である。そこで、本発明者等は、鋭意研究を重ねた結果、特定の合金組成のアルミニウム合金心材であって特定の金属組織を有するものを供えるブレージングシートがこの目的に適合することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明は、アルミニウム合金からなる心材と、前記心材の少なくとも一方の面にクラッドされたAl−Si系合金からなるろう材とを備えるアルミニウム合金ブレージングシートにおいて、前記心材は、Si:0.3〜1.5mass%、Fe:0.05〜1.0mass%、Mg:0.05〜0.6mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金であり、前記ろう材は、Si:2.5〜13.0mass%、Fe0.05〜2.0mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金であり、前記心材は、ろう付前の任意断面において、Mgを含有する金属間化合物であって面積が0.1μm
2以上ものを測定した際、その平均の面積が1μm
2以下であり、かつ、その数密度が1個/μm
2以下であることを特徴とする高強度アルミニウム合金ブレージングシートである。
【0014】
以下、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシート及びその製造方法について詳細に説明する。尚、強度や耐食性に関する性能は、全てろう付後のものである。ろう付は通常、600℃程度まで加熱しその後に空冷することにより行なわれるものである。
【0015】
上記の通り、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートは、所定組成のアルミニウム合金からなる心材に、所定組成のアルミニウム合金からなるろう材がクラッドされたものである。また、心材には必要に応じて犠牲陽極材がクラッドされる。以下の説明では、これら各構成について説明する。また、本願明細書において合金組成について単に「%」とする場合、mass%(質量%)を意味する。
【0016】
A.心材
心材は、Si:0.3〜1.5mass%、Fe:0.05〜1.0mass%、Mg:0.05〜0.6mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金である。そして、このアルミニウム合金は、ろう付前の金属組織について特徴を有し、Mgを含む金属間化合物の状態が特定されたものである。
【0017】
Siは、アルミニウム母相中に固溶して固溶強化により強度を向上させる他、ろう付後に人工時効を施すと、Mgとともに時効析出物を形成し、強度を向上させる。Siの含有量は、0.3〜1.5mass%である。含有量が0.1%未満ではその効果が十分でなく、1.5%を超えると心材の融点が低下して、ろう付時にろうによる心材の侵食が発生する。Siの好ましい含有量は、0.3〜1.0%である。
【0018】
Feは、再結晶核となり得るサイズの化合物を形成し易い。ろう付後の結晶粒径を粗大にして、ろう付時のろうによる心材の侵食を抑制するためには、Feの含有量は、0.05〜1.0%である。含有量が0.05%未満では高純度アルミニウム地金を使用しなければならずコスト高となり、1.0%を超えるとろう付後の結晶粒径が微細となり、心材へのろうの侵食が生じる。Feの好ましい含有量は、0.1〜0.7%である。
【0019】
Mgは、アルミニウム母相中に固溶して固溶強化により強度を向上させる他、ろう付後に人工時効を施すと、SiやCuとともに時効析出物を形成し、強度を向上させる。Mgの含有量は、0.05〜0.6%がである。含有量が0.05%未満ではその効果が十分でなく、0.6%を超えるとろう付が困難となる場合がある。Mgの好ましい含有量は、0.15〜0.4%である。
【0020】
心材は、上記の必須構成元素に加えて、Mn、Cu、Ti、Zr、Cr、Vから成る群から選択される1種以上を含有しても良い。
【0021】
Mnは、SiとともにAl−Mn−Si系の化合物を形成し、分散強化により強度を向上させ、またアルミニウム母相中に固溶して固溶強化により強度を向上させるので、添加するのが好ましい。Mnの含有量は、0.05〜2.0%である。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、2.0%を超えると鋳造時に巨大化合物が形成され易くなり、塑性加工性を低下させる。Mnのより好ましい含有量は、0.1〜1.8%である。
【0022】
Cuは、固溶強化により強度を向上させ、またろう付後に人工時効を施すと、SiやMgとともに時効析出物を形成し、時効による強度向上を促進させるので、添加するのが好ましい。Cuの含有量は、0.05〜2.0%である。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、2.0%を超えるとアルミニウム合金が鋳造時に割れを発生する可能性が高くなる。Cuのより好ましい含有量は、0.3〜1.5%である。
【0023】
Tiは、固溶強化により強度を向上させるので含有させるのが好ましい。Tiの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Tiのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0024】
Zrは、固溶強化により強度を向上させ、またAl−Zr系の化合物が析出してろう付後の結晶粒粗大化に作用するので含有させるのが好ましい。Zrの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Zrのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0025】
Crは、固溶強化により強度を向上させ、またAl−Cr系の化合物が析出してろう付後の結晶粒粗大化に作用するので含有させるのが好ましい。Crの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Crのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0026】
Vは、固溶強化により強度を向上させるので含有させるのが好ましい。Vの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Vのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0027】
これらMn、Cu、Ti、Zr、Cr、Vは、心材中に必要により少なくとも1種が添加されていればよい。また、不可避的不純物を各々0.05%以下、全体で0.15%以下含有していてもよい。
【0028】
以上説明したアルミニウム合金からなる心材は、その材料組織においても特徴を有する。この金属組織は、ろう付前の任意断面において、Mgを含有する金属間化合物であって面積が0.1μm
2以上ものを測定した際、その平均の面積が1μm
2以下であり、かつ、その数密度が1個/μm
2以下となっているものである。そこで、次に、この金属組織について詳細に説明する。
【0029】
ろう付前のブレージングシートの心材において、MgはSiやCuと共に金属間化合物の状態で存在している。このMgを含む金属間化合物は、製造工程中の入熱により生成するものである。本発明のブレージングシートではろう付時に心材中のMgを溶体化し、その後に人工時効を施すことにより、MgをSiやCuと共に時効析出物を形成させて高い強度を得ること意図する。
【0030】
ここで、ろう付処理の加熱時間が短い場合(上記のように、通常は600℃で3分程度である)、溶体化処理の時間としては短時間であるため、上記Mgを含む金属間化合物が粗大であると、ろう付の過程で十分に溶体化されない。その場合、ろう付後に人工時効処理を施しても、時効硬化は効果的に生じず、十分な効果を得ることができない。
【0031】
そこで、本発明では、ろう付前の金属組織として粗大なMgを含む金属間化合物を規制する。即ち、ろう付前の心材の任意断面において、Mgを含有する金属間化合物であって面積が0.1μm
2以上ものを測定した際、その平均の面積が1μm
2以下であり、かつ、その数密度が1個/μm
2以下である場合は、Mgがろう付によって十分に溶体化され、ろう付の後の人工時効によって十分な強度を得ることができる。他方、ろう付前の心材の任意断面において、Mgを含有する金属間化合物であって面積が0.1μm
2以上ものを測定した際、その平均の面積が1μm
2より大きい場合、又は、その数密度が1個/μm
2より大きい場合は、ろう付時にMgが十分に溶体化されず、ろう付後に人工時効を施しても十分な強度を得ることができない。
【0032】
尚、面積が0.1μm
2未満のMgを含む金属間化合物は、ろう付時に固溶するため、存在していても悪影響を及ぼさない。また、Mgを含む化合物について、面積が1μm
2以上であるものは全て規制されるべきであるが、本発明のアルミニウム合金ブレージングシートにおいて、面積が100μm
2を超えるMgを含む金属間化合物が生成する可能性は極めて低い。
【0033】
B.ろう材
本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートは、心材の少なくとも一方の面にろう材がクラッドされる。このろう材は、Si:2.5〜13.0mass%、Fe0.05〜2.0mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金である。ろう材であるアルミニウム合金についての必須添加元素は、Si、Feである。
【0034】
Siは、融点を低下させて液相を生じ、ろう付けを可能にする。Siの含有量は、2.5〜13.0%である。2.5%未満では、生じる液相が僅かでありろう付けが機能し難くなる。一方、13.0%を超えると、例えばフィンなどの相手材へ拡散するSi量が過剰となり、相手材の溶融が発生するおそれがある。Siの好ましい含有量は3.5〜12.0%であり、更に好ましい含有量は7.0〜12.0%である。
【0035】
Feは、Si、MnとともにAl−Fe−Mn−Si系の化合物を形成し、分散強化により強度を向上させる。Feの添加量は、0.05〜2.0%である。含有量が0.05%未満では、高純度アルミニウム地金を使用しなければならずコスト高となる。一方、2.0%を超えると鋳造時に巨大化合物が形成され易くなり、塑性加工性を低下させる。Feの好ましい含有量は、0.05〜1.5%である。
【0036】
また、ろう材は、任意の添加元素として、Zn、Cu、Mn、Ti、Zr、Cr、V、Na、Srを含むことができる。
【0037】
Znは、電位を卑にすることができ、心材との電位差を形成することで犠牲陽極効果により耐食性を向上できるので含有させるのが好ましい。Znの含有量は、0.3〜8.0%が好ましい。0.3%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、8.0%を超えると、例えばフィンなどの相手材との接合部にZnが濃縮し、これが優先腐食して相手材が剥離する場合がある。Znのより好ましい含有量は、0.5〜3.0%である。
【0038】
Cuは、固溶強化により強度を向上させる。Cu含有量は、0.05〜2.0%とするのが好ましい。0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、2.0%を超えると鋳造時におけるアルミニウム合金の割れ発生の可能性が高くなる。Cu含有量は、より好ましくは0.3〜1.5%である。尚、ろう材がZnを含有する場合は、Cuはろう材の電位を貴にさせ、犠牲防食効果を失わせてしまうため、含有量は0.05〜0.5%とするのが好ましい。
【0039】
Mnは、SiとともにAl−Mn−Si系の化合物を形成し、分散強化により強度を向上させ、またアルミニウム母相中に固溶して固溶強化により強度を向上させるので、添加するのが好ましい。Mnの含有量は、0.05〜2.0%である。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、2.0%を超えると鋳造時に巨大化合物が形成され易くなり、塑性加工性を低下させる。Mnのより好ましい含有量は、0.1〜1.8%である。
【0040】
Tiは、固溶強化により強度を向上させるので含有させるのが好ましい。Tiの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Tiのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0041】
Zrは、固溶強化により強度を向上させ、またAl−Zr系の化合物が析出してろう付後の結晶粒粗大化に作用するので含有させるのが好ましい。Zrの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Zrのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0042】
Crは、固溶強化により強度を向上させ、またAl−Cr系の化合物が析出してろう付後の結晶粒粗大化に作用するので含有させるのが好ましい。Crの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Crのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0043】
Vは、固溶強化により強度を向上させるので含有させるのが好ましい。Vの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Vのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0044】
NaとSrは、Al−Si系ろう材に添加することにより、Al−Si系ろう材中のSi粒子のサイズを細かく均一に分散させて、粗大なSi粒子の発生を制御し、心材やフィンとの接合部の局部溶融やエロージョンを抑制させるので含有させるのが好ましい。Na又はSrの含有量は0.001〜0.05%とするのが好ましい。NaやSrの0.001%未満ではその効果が十分に得られない場合がある。一方、NaとSrはアルミニウムの酸化を促進させるため、0.05%を超えるとろう付時にろうの酸化が進み、ろうの流動性やろう付性を低下させてしまう。Na又はSrの含有量は、より好ましくは0.005〜0.02%である。
【0045】
これら、Zn、Cu、Mn、Ti、Zr、Cr、V、Na及びSrは、ろう材中に必要により少なくとも1種が添加されていればよい。また、不可避的不純物を各々0.05%以下、全体で0.15%以下含有していてもよい。尚、ろう材は心材の少なくとも一方の面にクラッドされる。
【0046】
C.犠牲陽極材
本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートは、心材の一方の面にろう材がクラッドされ、他方の面にアルミニウム合金からなる犠牲陽極材をクラッドしたものも適用できる。例えば、熱交換器の使用環境において高い耐食性が求められるような場合に、心材の一方の面にクラッドされる。この犠牲陽極材は、Zn:0.3〜8.0mass%、Si:0.05〜1.5mass%、Fe:0.05〜2.0mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金である。犠牲陽極材であるアルミニウム合金についての必須添加元素は、Zn、Si、Feである。
【0047】
Znは、電位を卑にすることができ、心材との電位差を形成することで犠牲陽極効果により耐食性を向上できる。Znの含有量は、0.3〜8.0%である。含有量が0.3%未満ではその効果が十分ではなく、8.0%を超えると腐食速度が速くなり早期に犠牲陽極材が消失し、耐食性が低下する。Znの好ましい含有量は、0.5〜6.0%である。
【0048】
Siは、Fe、MnとともにAl−Fe−Mn−Si系の化合物を形成し、分散強化により強度を向上させたり、或いは、アルミニウム母相に固溶して固溶強化により強度を向上させる。また、ろう付時に心材から拡散してくるMgと反応してMg
2Si化合物を形成することで、強度を向上させる。Siの含有量は、0.05〜1.5%である。含有量が0.05%未満では、高純度アルミニウム地金を使用しなければならずコスト高となる。一方、1.5%を超えると犠牲陽極材の電位を貴にするため、犠牲陽極効果を阻害して耐食性を低下させる。Siの好ましい含有量は、0.05〜1.2%である。
【0049】
Feは、Si、MnとともにAl−Fe−Mn−Si系の化合物を形成し、分散強化により強度を向上させる。Feの添加量は、0.05〜2.0%である。含有量が0.05%未満では、高純度アルミニウム地金を使用しなければならずコスト高となる。一方、2.0%を超えると鋳造時に巨大化合物が形成され易くなり、塑性加工性を低下させる。Feの好ましい含有量は、0.05〜1.5%である。
【0050】
犠牲陽極材は、上記の必須構成元素に加えて、Mn、Mg、Ti、Zr、Cr、Vから成る群から選択される1種以上を含有しても良い。
【0051】
Mnは、SiとともにAl−Mn−Si系の化合物を形成し、分散強化により強度を向上させ、またアルミニウム母相中に固溶して固溶強化により強度を向上させるので、含有させるのが好ましい。Mnの含有量は、0.05〜2.0%が好ましい。2.0%を超えると鋳造時に巨大化合物が形成され易くなり、塑性加工性を低下させる場合があり、また犠牲陽極材の電位を貴にするため、犠牲陽極効果を阻害して耐食性を低下させる場合がある。一方、0.05%未満では、その効果が十分に得られない場合がある。Mnのより好ましい含有量は、0.05〜1.5%である。
【0052】
Mgは、Mg
2Siの析出により強度を向上させる。また、犠牲陽極材自身の強度を向上させるだけでなく、ろう付することにより心材へMgが拡散して心材の強度も向上させる。これらの理由から、Mgを含有させるのが好ましい。Mgの含有量は、0.5〜3.0%が好ましい。0.5%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、3.0%を超えると熱間クラッド圧延時の圧着が困難となる場合がある。Mgのより好ましい含有量は、0.5〜2.0%である。尚、Mgはノコロックろう付におけるろう付性を阻害するため、犠牲陽極材が0.5%以上のMgを含有する場合は犠牲陽極材にノコロックろう付をすることができない。この場合には、例えばチューブ同士の接合には溶接などの手段を用いる必要がある。
【0053】
Tiは、固溶強化により強度を向上させ、また耐食性の向上を図ることができるので含有させるのが好ましい。Tiの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。0.05%未満では、その効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Tiのより好ましい含有量は、0.05〜0.2%である。
【0054】
Zrは、固溶強化により強度を向上させ、またAl−Zr系の化合物が析出してろう付後の結晶粒粗大化に作用するので含有させるのが好ましい。Zrの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Zrのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0055】
Crは、固溶強化により強度を向上させ、またAl−Cr系の化合物が析出してろう付後の結晶粒粗大化に作用するので含有させるのが好ましい。Crの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。含有量が0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Crのより好ましい含有量は、0.1〜0.2%である。
【0056】
Vは、固溶強化により強度を向上させ、また耐食性の向上が図ることができるので含有させるのが好ましい。Vの含有量は、0.05〜0.3%が好ましい。0.05%未満ではその効果が十分に得られない場合があり、0.3%を超えると巨大化合物を形成し易くなり、塑性加工性を低下させる場合がある。Vのより好ましい含有量は、0.05〜0.2%である。
【0057】
これら、Mn、Mg、Ti、Zr、Cr及びVは、犠牲陽極材中に必要により少なくとも1種が添加されていればよい。また、不可避的不純物を各々0.05%以下、全体で0.15%以下含有していてもよい。尚、犠牲陽極材は、例えば熱交換器の使用環境において高い耐食性が求められるような場合に、心材の一方の面にクラッドされる。
【0058】
次に、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートの製造方法について説明する。
【0059】
本発明のアルミニウム合金ブレージングシートの製造工程は、心材、及び、皮材であるろう材、犠牲陽極材となるアルミニウム合金をそれぞれ鋳造する工程と、鋳造された心材の少なくとも一方の面に鋳造された皮材を組み合わせて合わせ材とする合わせ工程と、合わせ工程後において合わせ材を加熱保持する加熱工程と、加熱工程後において合わせ材を熱間圧延するクラッド熱延工程と、クラッド熱延後に冷間圧延する冷延工程と、冷延工程の途中又は後に1回以上の焼鈍を施す焼鈍工程とを含むものである。尚、皮材は、合わせ工程において、心材の片面のみ又は両面にろう材を合わせても良いし、心材の片面にろう材、もう一方の面に犠牲陽極材を合わせても良い。また、ろう材又は犠牲陽極材皮材を合わせる際、それらを所定の厚さにする方法について特に制限は無いが、通常は鋳塊を400℃〜550℃程度で熱間圧延することにより行われる。
【0060】
そして、既に述べたように、本発明のアルミニウム合金ブレージングシートは、ろう付前の心材において、Mgを含む化合物の平均面積及び数密度を規定し、粗大な金属間化合物を低減させていることを特徴とする。かかる状態を実現するため、本発明のアルミニウム合金ブレージングシートの製造工程においては、加熱工程及びクラッド熱延工程における材料温度の制御が重要となる。
【0061】
発明者等は、製造工程における材料温度とMgを含む金属間化合物の状態との関係について鋭意研究を行い、その結果、材料温度が300〜480℃のとなっているときにこの金属間化合物が粗大となる傾向があることを見出した。そして、この知見に基づき、上記した製造工程の中で加熱工程、クラッド熱延工程、及び、クラッド熱延工程後における適切な制御範囲を見出した。
【0062】
即ち、加熱工程においては、加熱温度を480〜550℃、加熱保持時間を0〜10時間とする。このようにすることで、もともと心材鋳塊に分布していたMgを含む化合物はアルミニウム母相中に固溶し、また、この加熱中は面積が0.1μm
2以上のMgを含む粗大な化合物は析出しないため、その面積の平均が1μm
2以下であり、その数密度が1個/μm
2以下の状態を得ることができる。
【0063】
この加熱温度が480℃未満の場合は、加熱中にMgを含む粗大な化合物が生成し、その面積及び数密度が大きくなりすぎる場合がある。一方、加熱温度が550℃を超える場合は、合わせられたろう材に溶融が生じてしまうおそれがある。また、加熱時間が10時間を超える場合は、材料の性能の面では問題ないが、加熱時間が長すぎるため製造性を著しく損なってしまう。尚、加熱温度は、より好ましくは500〜550℃である。
【0064】
そして、クラッド熱延中は熱延によるひずみの導入による析出が誘起され、Mgを含む粗大な化合物がより生成しやすいため、より厳密な温度制御が必要である。本発明に係る製造方法では、熱延開始時の合わせ材温度を480〜550℃とし、クラッド熱延時に合わせ材の温度が300〜480℃となっている時間を30分以下とする。これにより、面積が0.1μm
2以上であるMgを含む化合物を測定したとき面積の平均が1μm
2以下であり、その数密度が1個/μm
2以下である状態を得ることができる。
【0065】
クラッド熱延開始時の合わせ材温度が480℃未満の場合は、加熱中にMgを含む粗大な化合物が生成し、その面積及び数密度が大きくなりすぎる場合がある。一方、熱延開始時の合わせ材温度が550℃を超える場合は、合わせられたろう材に溶融が生じてしまうおそれがある。また、クラッド熱延時に合わせ材の温度が300〜480℃となっている時間が30分を超える場合は、クラッド熱延中にMgを含む粗大な化合物が生成し、その面積及び数密度が大きくなりすぎる場合がある。クラッド熱延時に合わせ材の温度が300〜480℃となっている時間が短い場合は、材料の性能の面では問題ないが、例えば5分以下にする場合、熱延の1パスにおける圧下率が大きすぎて、材料に割れなどが生じる場合がある。
【0066】
更に、クラッド熱延後の材料温度は高温となり、Mgを含む化合物の生成が進行するおそれがあるため、熱延後の材料温度を制御することも重要である。そこで、本発明では熱延終了時の材料温度を320℃以下とする。熱延後の材料温度が320℃以下であれば、熱延後におけるMgを含む化合物の生成は起こりにくく、面積が0.1μm
2以上であるMgを含む化合物を測定したとき、Mgを含む化合物の面積の平均が1μm
2以下であり、その数密度が1個/μm
2以下である状態を得ることができる。
【0067】
クラッド熱延後の材料温度が320℃を超える場合は、熱延後にMgを含む粗大な化合物が生成し、その面積及び数密度が大きくなりすぎる場合がある。熱延後の温度が低い場合は材料の性能の面では問題ないが、通常の熱延設備では150℃以下となるよう制御することは困難である。
【0068】
以上説明したように、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートの製造工程では、合わせ工程後の加熱工程、クラッド熱延工程、及び、クラッド熱延工程後において材料温度を制御することを要する。
【0069】
クラッド熱延工程後のクラッド材はその後冷間圧延に供されるが、最終板厚に達するまでの間に1〜2回程度の中間焼鈍を施しても良い。中間焼鈍は、150〜550℃の温度で行われることが好ましい。最後に中間焼鈍を行なってから最終板厚に達するまでの圧延率は、通常は10〜80%程度である。最終板厚は、通常は0.1〜0.6mm程度である。更に、最終板厚まで冷間圧延した後に、成形性の向上などを目的として仕上げ焼鈍を施しても良い。仕上げ焼鈍は、150〜550℃で行われることが好ましい。尚、前記中間焼鈍工程おおび仕上げ焼鈍工程には、バッチ式の炉を用いても良いし、連続式の炉を用いても良い。
【0070】
尚、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートの製造工程においては、ろう付前の成形性向上などを目的として、心材の鋳造工程の後に、均質化処理工程を経てもよい。均質化処理は、温度は480〜620℃、保持時間は1〜20時間とするのが好ましい。温度が480℃未満の場合は、加熱中にMgを含む粗大な化合物が生成し、その面積及び数密度が大きくなりすぎる場合がある。温度が620℃を超える場合は、心材鋳塊に溶融が生じるおそれがある。保持時間が1時間未満の場合は、均質化処理の効果が十分でなくなる。保持時間が20時間以上の場合は、時間が長すぎるため製造製を著しく損なってしまう。
【0071】
また、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートの厚さ、ろう材層や犠牲陽極材層のクラッド率に特に制限はないが、通常、輸送機器用熱交換器のチューブ材として用いる場合には、約0.6mm以下の薄肉ブレージングシートとすることができる。但し、この範囲内の板厚に限定されるものではなく、0.6〜5mmの比較的厚肉の材料として使用することも可能である。ろう材層及び犠牲陽極材層における片面クラッド率は、通常3〜20%程度である。
【0072】
ここで、本発明に係るアルミニウム合金ブレージングシートに関し、そのろう付け接合の方法について説明する。このろう付け接合の工程について、一般的なろう付の条件は、600℃付近で3〜5分程度保持を行うのが通常である。
図1は、このろう付時の温度チャートを模式的に示したものであるが、前記の600℃付近で3〜5分程度保持というろう付条件に対しては、580℃以上に保持される時間が12分よりも長くなるのが一般的な温度制御の方法である。
【0073】
本発明のアルミニウム合金ブレージングシートでは、ろう付が短時間である場合、具体的にはろう付中に580℃以上に保持される時間が12分以下の場合に発明の効果を最大限に発揮することができる。このように580℃以上に保持される時間を従来よりも短くした場合、従来のアルミニウム合金ブレージングシートでは、ろう付前の心材におけるMgを含む化合物の面積及び数密度が大きいため、ろう付時のMgの溶体化が不十分となり、その後に時効処理を施しても耐クリープ性を得ることが困難であった。これに対し、本発明のアルミニウム合金ブレージングシートでは、MgとSiを含む化合物の面積及び数密度を小さくしているため、ろう付が短時間であってもMgが十分に溶体化され、その後の時効処理によって優れた耐クリープ性を得ることができる。
【0074】
勿論、本発明のアルミニウム合金ブレージングシートについて長時間のろう付を行っても、従来技術と同等かそれ以上の耐クリープ性を得ることができる。但し、ろう付け時間の短時間化とろう付け後の耐クリープ性の確保とを両立させ、本発明の効果を最大限に発揮するためのろう付条件としては、ろう付中に580℃以上に保持される時間を12分以下とする。より好ましくは、5分以下である。
【0075】
尚、ろう付において到達する材料温度は、580〜620℃である。580℃より低いと流動するろうの量が不十分のためろう付不良が生じる場合があり、620℃より高いと心材やフィンがろうによって侵食されるおそれがある。また、加熱後の冷却は、300℃までの冷却速度が30℃/min以上であることが好ましい。300℃までの冷却速度が30℃/min未満の場合は、冷却中にMgとSiを含む化合物の析出が生じ、その後人工時効処理を施しても十分な耐クリープ性を得られない場合がある。300℃までの冷却速度は、より好ましくは50℃/min以上である。
【0076】
次に、ろう付後の人工時効処理について説明する。既に述べたように、本発明のアルミニウム合金ブレージングシートは、ろう付によってMgがアルミニウム母相中に固溶するため、その後人工時効することによりMgがSiやCuと共に時効析出物となって時効硬化が生じ、耐クリープ性を向上させることができる。時効析出物は、微細で高密度であるほどその効果が大きく、時効の温度が低いほど形成される時効析出物は高密微細となる。但し、時効の温度が低すぎると、時効析出物の形成される速度が遅く、十分な耐クリープ性を得るには長時間を要してしまう。
【0077】
人工時効処理の条件は、温度は160〜180℃、時間は1分〜10時間である。温度が160℃未満の場合は、時効析出物の形成される速度が遅く、工業的に現実的な時間では十分な耐クリープ性を得ることができない。温度が180℃を超える場合は、時効析出物が粗大となり、十分な耐クリープ性を得ることができない。時間が1分未満の場合は、時効析出物を形成するための時間が不十分であり、十分な耐クリープ性を得ることができない。時間が10時間を超える場合は、熱交換器が輸送機器に積載されて輸送機器が走行する間に受ける熱によって過時効となる場合があり、十分な耐クリープ性を得ることができない場合がある。尚、人工時効処理のより好ましい条件は、温度は170〜180℃、時間は1時間〜5時間である。
【0078】
本発明のアルミニウム合金ブレージングシートは、自動車等の輸送機器用熱交換器の構成材料として好適である。ここで、発明者等の検討によると、本発明のアルミニウム合金ブレージングシートを用いた熱交換器は、輸送機器に積載された後に輸送機器が走行する際の温度及び発生ひずみにより、本発明の効果を最大限に発揮することができる。
【0079】
即ち、本発明のアルミニウム合金ブレージングシートは、ろう付後の熱交換器における流路形成部品人工時効されることによって優れた耐クリープ性を得ることができるのは上記の通りであるが、更に、輸送機器に積載された後に輸送機器が走行する際、この流路形成部品が適切な温度に晒されるとその間にも時効硬化が生じる。そして、ここに適切なひずみが流路形成部品に発生する場合には、ブレージングシート心材の時効硬化がさらに促進され、より優れた耐久性を得ることができる。
【0080】
この輸送機器走行時の適切な条件とは、流路形成部品の最高到達温度が80℃〜190℃であり、尚かつ流路形成部品に0.4%以上のひずみが加わることである。
【0081】
最高到達温度が80℃未満の場合は、時効硬化がほとんど発生しないため、より優れた耐久性を得ることができない。最高到達温度が190℃を超える場合は、輸送機器の走行中にブレージングシート心材が過時効となってしまうため、より優れた耐久性を得ることができない。また、流路形成部品に加わるひずみが0.35%未満の場合は、輸送機器走行中に生じるブレージングシート心材の時効硬化が、ひずみによって十分に促進されず、より優れた耐久性を得ることができない。流路形成部品の最高到達温度は、より好ましくは120〜180℃であり、発生ひずみは、より好ましくは0.40%以上である。
【0082】
尚、輸送機器が走行する際に発生するひずみの原因としては、例えば、熱交換器の加熱、冷却の繰返しによる。具体例としては、ラジエータのチューブ内部に流入するエンジン冷却水は、最高で100℃程度の高温となる。すると、チューブは熱膨張により長手方向に伸びようとすることとなる。このとき熱交換器全体の形状はプレートなどにより拘束されているため、チューブの長さは変化できず、その結果、熱膨張分だけチューブに圧縮ひずみがかかることとなる。この圧縮ひずみが時効硬化を促進させることとなる。ただし、輸送機器が走行する際に発生するひずみの原因は上記に限定されるものではなく、例えば、チューブやタンク内の物質による内圧などによって生じる場合もある。