【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、樹脂部材の赤外線透過波長域に対応する熱放射光を選択的に放射する波長選択性熱放射材料の製造方法について鋭意検討を重ねた結果、予め一の面に所定の開口を有するマスクを密着させておくか、或いはマイクロキャビティの位置に対応して配列された突起を有する押し型を押し付けることによって予め一面に凹部を形成させた基材に対して異方性エッチングを施すことにより、マイクロキャビティを区画するキャビティ壁上部の表面粗さが抑制された波長選択性熱放射材料、若しくはアスペクト比が3.0より大きなマイクロキャビティを有する波長選択性熱放射材料を得られることを見出した。
【0011】
また、得られた波長選択性熱放射材料の特性を調べることにより、樹脂部材の赤外線透過波長域に対応する熱放射光を選択的に放射させるのに有効なマイクロキャビティの形態(開口比、アスペクト比、キャビティ壁上部の表面粗さ)を見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明によれば、(a)所定の開口を有するマスクを基材の一面に設置して密着させるステップと、(b)前記マスクの開口部で前記基材をエッチングし、前記基材にマイクロキャビティを形成するステップと、そして(c)前記マスクを前記基材から剥離するステップとを含む波長選択性熱放射材料の第1の製造方法を用いることにより、樹脂部材の赤外線透過波長域に対応する熱放射光を選択的に放射する波長選択性熱放射材料であって、前記波長選択性熱放射材料は、周期的に繰り返され且つ格子状に二次元配列される矩形の開口を有する多数のマイクロキャビティが形成された熱放射面を有しており、そして前記マイクロキャビティは、開口比a/Λ(a;開口径,Λ;開口の周期)が0.5〜0.9の範囲であり、且つ前記マイクロキャビティを区画するキャビティ壁上部の表面粗さ(キャビティ壁上部の欠落部又は薄肉部の大きさ)Rzが1μm以下であることを特徴とする波長選択性熱放射材料が提供される。
【0013】
また、本発明によれば、(a)マイクロキャビティの位置に対応して配列された突起を有する押し型を押し付けることにより、基材の一面に凹部を形成させるステップと、そして(b)前記基材をエッチングし、前記基材にマイクロキャビティを形成するステップとを含む波長選択性熱放射材料の第2の製造方法を用いることによっても、樹脂部材の赤外線透過波長域に対応する熱放射光を選択的に放射する波長選択性熱放射材料であって、前記波長選択性熱放射材料は、周期的に繰り返され且つ格子状に二次元配列される矩形の開口を有する多数のマイクロキャビティが形成された熱放射面を有しており、そして前記マイクロキャビティは、開口比a/Λ(a;開口径,Λ;開口の周期)が0.5〜0.9の範囲であり、且つ前記マイクロキャビティを区画するキャビティ壁上部の表面粗さ(キャビティ壁上部の欠落部又は薄肉部の大きさ)Rzが1μm以下であることを特徴とする波長選択性熱放射材料が提供される。
【0014】
なお、キャビティ壁上部の表面粗さRzとは、
図11,13に示されているように、マイクロキャビティを区画するキャビティ壁上部において、マイクロキャビティ上面からキャビティ壁が欠けている部分の深さ、または予定していたキャビティ壁の厚みよりも薄い部分のマイクロキャビティ上面からの長さを意味する。
【0015】
本発明による波長選択性熱放射材料は、発熱源が赤外線透過波長域を有する樹脂部材で覆われている電子機器などにおいて、発熱源と樹脂部材との間に該発熱源を覆うように配置され、発熱源からの熱エネルギーが伝熱または熱放射により波長選択性熱放射材料へ投入され、そして波長選択性熱放射材料の熱放射面から前記樹脂部材へ向けて、樹脂部材の赤外線透過波長域に含まれる熱放射光を選択的に放射させる波長選択性熱放射材料に適用することができる。
【0016】
特にマイクロキャビティのアスペクト比d/a(d;開口の深さ,a;開口径)が3.3以上である場合、本発明による波長選択性熱放射材料は、樹脂部材の赤外線透過波長域に対応する熱放射光に対して0.85以上という高い放射率を示すので、赤外線透過波長域を有する樹脂部材で覆われる発熱源の放熱効率を向上させるのに有益である。
【0017】
本発明による波長選択性熱放射材料は、後述する
図12に示されるシミュレーションテストにより、マイクロキャビティを区画するキャビティ壁上部の表面粗さRzが1μmより大きくなると、特に4.75〜5.75μmの波長領域のスペクトル放射率のピークが低下する。また、キャビティ壁上部の表面粗さRzが1μmより大きくなると、マイクロキャビティの開口の深さdに関わらず、1〜10μmの波長領域のスペクトル放射率が低下し、特に3〜5.5μmの波長領域のスペクトル放射率のピークが低下する。このため、樹脂部材の赤外線透過波長域に含まれる熱放射光を選択的に放射させることが困難となる。
【0018】
本発明において、波長選択性熱放射材料の熱放射面に形成されるマイクロキャビティの開口比は0.5〜0.9の範囲であることが好ましい。
【0019】
マイクロキャビティの開口比が0.5を下回ると、樹脂部材の赤外線透過波長域に対応する熱放射光の選択性が低下するという不都合を生じ、逆に開口比が0.9を上回ると微細構造の構造安定性が低下する不都合を生じるからである。
【0020】
また、波長選択性熱放射材料の熱放射面に形成されるマイクロキャビティのアスペクト比d/a(d;開口の深さ,a;開口径)が3.3以上であることが好ましい。
【0021】
マイクロキャビティのアスペクト比d/aが3.3未満の領域では、アスペクト比d/aの増大に伴って、樹脂部材の赤外線透過波長域に対応する熱放射光の放射率が約0.85まで急激に高まるのに対して、アスペクト比d/aが3.3以上の領域では、アスペクト比d/aの増加割合に対し、樹脂部材の赤外線透過波長域に対応する熱放射光の放射率の増加割合が急激に低下し、0.85〜1.0の範囲でほぼ横ばいとなってしまうからである。
【0022】
このように、本発明による波長選択性熱放射材料は、発熱源の放熱効率を最大限にするために発熱源と樹脂部材との間に該発熱源を覆うように配置されることが好ましく、さらに樹脂部材の赤外線透過波長域に含まれる熱放射光は、熱の伝達において影響力の大きい赤外線を対象とすることが好ましい。
【0023】
本発明による波長選択性熱放射材料の熱放射面には、表面テクスチャー化(surface texturing)された多数のマイクロキャビティが存在する。これらのマイクロキャビティは、所定の開口比及び所定のアスペクト比を有するように矩形状または円形状に開口し、且つ発熱源を覆っている樹脂部材の赤外線透過波長域の波長と実質的に同じ周期か、または1μm短い周期に形成されていることが好ましい。
【0024】
その理由は、マイクロキャビティの周期を、発熱源を覆っている樹脂部材の赤外線透過波長域の波長と実質的に同じ周期にすると、その周期構造と熱放射光の電磁場とで表面プラズモン共鳴を生じるので、樹脂部材の赤外線透過波長帯域での放射率が増加するからである(共鳴効果)。
【0025】
また、マイクロキャビティの周期を、発熱源を覆っている樹脂部材の赤外線透過波長域の波長よりも1μm短い周期にすると、マイクロキャビティ内に閉じ込められた電磁波の中で最も強い強度を持つモードの波長と樹脂部材の赤外線透過波長域の波長とを一致させることができる。その結果、樹脂部材の赤外線透過波長域で放射率が増加するからである(キャビティ効果)。
【0026】
マイクロキャビティは、平面視野において放射面に格子状に配列されていることが好ましい。格子状の配列は熱エネルギー線の放射率を効率よく増加させるからである。なお、本発明は格子状配列のみに限定されるものではなく、ハニカム構造などの他の配列としてもよい。
【0027】
また、マイクロキャビティが形成される波長選択性熱放射材料は、波長1〜10μmの赤外領域の放射率が0.4以下の金属材料からできていることが好ましい。赤外領域の放射率が0.4を超えると、選択放射特性が低下するという不都合を生じるからである。
【0028】
また、マイクロキャビティの周期は4〜7μmとし、発熱源を覆っている樹脂部材の赤外線透過波長域の赤外線のみを選択的に放出できるようにすることが好ましい。樹脂の種類によって若干赤外線の吸収波長域と透過波長域が異なる場合もあるが、現在電子機器用部材として使用されている樹脂材料のほとんどは上記の波長域を示すことが多いからである。
【0029】
このため、本発明による波長選択性熱放射材料は、発熱源と該発熱源を覆っている樹脂部材との間に配置されることが好ましい。
【0030】
上述したように、本発明による波長選択性熱放射材料は、予め一の面に所定の開口を有するマスクを密着させておくか、或いはマイクロキャビティの位置に対応して配列された突起を有する押し型を押し付けることによって予め一面に凹部を形成させた基材に対して異方性エッチングを施すことにより作製される。
【0031】
本発明による波長選択性熱放射材料の製造において、電気化学エッチング法或いは化学エッチング法により異方性エッチング処理を施すと、マスクの開口または凹部から優先的にエッチングが開始され、エッチング開始位置が高い精度で制御されたエッチング孔の形成を実現することが可能となり、この結果、マイクロキャビティを区画するキャビティ壁上部の表面粗さRzが1μm以下に抑えられた高精度のマイクロキャビティ、若しくは3.0より大きなアスペクト比を有する高い拡面効率のマイクロキャビティが形成された波長選択性熱放射材料を容易に得ることができる。
【0032】
また、上記の異方性エッチングプロセスにおいて、波長選択性熱放射材料を作製するために用いる基材は、(100)の結晶面の面積占有率が93%以上であるアルミニウム又はアルミニウムの合金の金属箔からできていることが好ましい。(100)の結晶面を多く得るためには、焼鈍処理が施されているアルミニウム又はアルミニウムの合金からなる金属箔を用いることが有利である。
【0033】
(100)の結晶面が表面に対して優先的に配向されており、その面積占有率が93%以上であるアルミニウム又はアルミニウムの合金からなる金属箔を用いると、熱放射面に対し垂直に配向されたマイクロキャビティを容易に得ることができる。
【0034】
上記の異方性エッチングプロセスにおいて、予め基材の一の面に所定の開口を有するマスクを密着させておく場合、該マスクは可橈性のポリマーからできていることが好ましい。可撓性を有することで、マスクの密着や剥離操作が容易になり、所望の波長選択性熱放射材料の製造が容易化される。
【0035】
マスクがポリマーからなる場合、マスクの材質は特に限定されないが、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエーテルスルホン、ポリアミド、セルロースアセテート、トリアセチルセルロース、ポリテトラフルオロエチレン、エポキシ系ポリマー等を用いることができる。
【0036】
また、マスクは、その表面から荷重を加えることにより金属箔に密着させていることが好ましく、マスクの密着性および基材の損傷防止を考慮すると、マスクに加える荷重は10
4〜10
6Paの範囲であることがより好ましい。
【0037】
マスクに対し、荷重をかけることでマスクを金属箔面に密着させるようにすれば、より確実に所望の密着状態を得ることができる。マスクが箔面に確実に密着されることにより、密着部において互いに対向するマスク面と箔面との間に不要なエッチング液等が侵入しなくなり、マスクの開口部を通しての所望のエッチングがより正確かつ確実に行われるようになる。
【0038】
より具体的には、マスクは、かまぼこ状の押圧面を有するスタンプを用いて押圧し揺動させることにより、転写することができる。また、かまぼこ状のスタンプの押圧面は、0.01〜0.2の曲率を有していることが好ましい。
【0039】
スタンプの押圧面にかまぼこ状の曲率を持たせることにより、マスク転写時に、マイクロキャビティが形成される金属箔とマスクまたは金属箔とスタンプとの間に空気が入り込んでパターンの転写が妨げられるのを防止することができる。また、スタンプの押圧面にかまぼこ状の曲率を持たせると、マスクに加える荷重を低減することもできる。
【0040】
さらに、異方性エッチングプロセスにおいて、予め基材の一の面に所定の開口を有するマスクを密着させておく場合、エッチングの前に、マスクの上面に蒸着またはスパッタリングにより5〜20nm厚みの銅の薄膜を形成させておくと、均一なマイクロキャビティの形成が促進されるので好ましい。
【0041】
上記の異方性エッチングプロセスにおいて、予め金属箔の一の面に所定の開口を有するマスクを密着させておく場合は、金属箔の一面に所定の開口を有するマスクを密着させる前に、またはマイクロキャビティの位置に対応して配列された突起を有する押し型を押し付けることによって予め金属箔の一面に凹部を形成させておく場合は、金属箔の一面に凹部を形成させる前に、金属箔を化学研磨処理または電解研磨処理を施しておくことが好ましい。
【0042】
アルミニウム又はアルミニウムの合金からなる金属箔の表面には、焼鈍処理をはじめとする製造プロセスにおいて、不均一な酸化皮膜層、汚れ、疵などが存在しているため、研磨処理によりこれらを除去することで金属箔表面に形成された酸化皮膜層等の均一化・均質化を図り、この結果、凹部からのエッチング開始に対する選択性が向上し、エッチング開始点制御の精度の向上を実現することが可能となる。
【0043】
また、研磨処理が電解研磨処理である場合は、例えば過塩素酸およびエタノールの混合溶液を用いて電解研磨を施すことができる。
【0044】
マイクロキャビティを形成するために用いる異方性エッチングプロセスは、電気化学エッチング法によるもの又は化学エッチング法によるもののいずれも使用することができるが、特に電解エッチングは、複雑な装置を用いることなくマイクロキャビティを精度よく形成できるので、本発明による波長選択性熱放射材料の製造に好適である。電解エッチングは、例えば5〜7Mの塩酸を含む水溶液を用いて25〜45℃以上の温度で行うことができる。
【0045】
また、電解エッチングプロセスにおいて、予め金属箔の一の面に所定の開口を有するマスクを密着させておく場合は、電解エッチングにおける電解液がマスクやそれに連続して配置されるマスクの支持体などの細孔内に速やかに浸透できるよう、電解液に少量の界面活性剤或いはアルコール類など、マスクの濡れ性の改善を可能にする成分が添加されていることが好ましい。
【0046】
少量の界面活性剤或いはアルコール類などを添加した電解液を用いると、マスクの開口部を通じて金属箔が電解エッチングされるため、精度よくマイクロキャビティが形成された金属箔を製造することができる。
【0047】
具体的な電解エッチングの条件としては、浴組成が5〜7M塩酸水溶液、浴温が25〜45℃の電解浴を用いて、電解開始時の電流密度が1500mA/cm
2であり、そして150mA/cm
2/sの電流密度減少レートで200mA/cm
2まで電流密度を減少させた後、200mA/cm
2の電流密度を5〜40秒保持することが好ましく、電解エッチングにおける浴温が30〜40℃であり、且つ電流密度が200mA/cm
2時の保持時間が5〜15秒であることがより好ましい。