特許第6040063号(P6040063)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ セイコーインスツル株式会社の特許一覧

特許6040063トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計
<>
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000002
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000003
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000004
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000005
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000006
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000007
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000008
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000009
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000010
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000011
  • 特許6040063-トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計 図000012
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6040063
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】トルク調整装置、ムーブメントおよび機械式時計
(51)【国際特許分類】
   G04B 17/06 20060101AFI20161128BHJP
   G04B 1/22 20060101ALI20161128BHJP
   G04B 9/00 20060101ALI20161128BHJP
【FI】
   G04B17/06 Z
   G04B1/22
   G04B9/00
【請求項の数】9
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-49550(P2013-49550)
(22)【出願日】2013年3月12日
(65)【公開番号】特開2014-174118(P2014-174118A)
(43)【公開日】2014年9月22日
【審査請求日】2016年1月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100166305
【弁理士】
【氏名又は名称】谷川 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100154863
【弁理士】
【氏名又は名称】久原 健太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100142837
【弁理士】
【氏名又は名称】内野 則彰
(74)【代理人】
【識別番号】100123685
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 信行
(72)【発明者】
【氏名】藤枝 久
【審査官】 櫻井 仁
(56)【参考文献】
【文献】 特表2012−503187(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0235474(US,A1)
【文献】 特開平09−138286(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 1/00−99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械式時計の香箱車から脱進機への輪列に組み込まれるトルク調整用ぜんまいを備えたトルク調整装置であって、
前記トルク調整用ぜんまいの第1端部が連結されるとともに、前記トルク調整用ぜんまいより前記脱進機側の輪列に連結される脱進機側トルク調整用車と、
前記トルク調整用ぜんまいの第2端部が連結されるとともに、前記トルク調整用ぜんまいより前記香箱車側の輪列に連結され、前記脱進機側トルク調整用車に対して間欠的に相対回転する香箱車側トルク調整用車と、
前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を調整する巻上量調整機構と、
前記香箱車側輪列または前記脱進機側輪列に組み込まれるとともに、前記巻上量調整機構に連結される動力切替機構と、を備え、
前記巻上量調整機構は、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を保持する巻上量保持部と、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を表示する巻上量表示部と、を備え
前記香箱車側輪列に組み込まれる場合の前記動力切替機構は、前記香箱車、前記香箱車側トルク調整用車および前記巻上量調整機構に連結され、
前記脱進機側輪列に組み込まれる場合の前記動力切替機構は、前記脱進機、前記脱進機側トルク調整用車および前記巻上量調整機構に連結される、
ことを特徴とするトルク調整装置。
【請求項2】
前記巻上量調整機構は、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を調整する巻上量調整車を備え、
前記巻上量保持部は、前記巻上量調整車に摩擦トルクを作用させる制動ばねを備えることを特徴とする請求項1に記載のトルク調整装置。
【請求項3】
前記巻上量調整機構は、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を調整する巻上量調整車を備え、
前記巻上量保持部は、前記巻上量調整車の回転を規制する制動ジャンパを備えることを特徴とする請求項1に記載のトルク調整装置。
【請求項4】
前記動力切替機構は、遊星歯車機構であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のトルク調整装置。
【請求項5】
前記動力切替機構は、差動装置であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載のトルク調整装置。
【請求項6】
前記脱進機に連動し、前記脱進機側トルク調整用車に対して前記香箱車側トルク調整用車を間欠的に相対回転させるトルク調整用脱進機を備えることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載のトルク調整装置。
【請求項7】
前記香箱車側トルク調整用車として、前記脱進機側トルク調整用車より慣性モーメントが大きいはずみ車を備えることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載のトルク調整装置。
【請求項8】
請求項1に記載のトルク調整装置を備えたムーブメント。
【請求項9】
請求項1に記載のトルク調整装置を備えた機械式時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ムーブメントおよび機械式時計のトルク調整装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械式時計において、香箱から脱進機に伝えられる動作トルクが香箱の主ぜんまいの巻き解けに応じて変動すると、てんぷの振り角が変化して時計の歩度が変化する。そこで、脱進機に伝えられる動作トルクの変動を抑制するため、香箱と脱進機との間に副ぜんまい(トルク調整用ぜんまい)を配置した定トルク機構(トルク調整装置)が提案されている。定トルク機構は、はずみ車を利用する方式と(例えば特許文献1参照)、カム等による周期制御を伴う方式(例えば特許文献2参照)に大別される。
【0003】
特許文献2発明の定荷重装置(トルク調整装置)につき、特許文献2で使用されている用語および符号を用いて説明する。特許文献2発明の定荷重装置は、第3の移動子(三番車)9に渦巻ばね(トルク調整用ぜんまい)18を備えている。渦巻ばね18の外周端は停止車22に連結され、渦巻ばね18の内周端は調整部材20に連結されている。停止車22は第3の移動子9の主軸(三番真)8に対して固定され、調整部材20は第3の移動子9の主軸8に対して回転可能とされている。調整部材20は第2の部材(三番歯車)10を摩擦により支持している。
【0004】
第3の移動子9は第1の秒移動子(四番車)13に連なり、第1の秒移動子13はがんぎ車2および第2の秒移動子25に連なっている。第2の秒移動子25の主軸にはカム26が固定され、カム26の外周を挟むように制御つめ31が配置されている。制御つめ31から停止車22に向かって第2のフォーク32が伸びている。第2のフォーク32の先端は、停止車22の外周に形成された鋸歯に係止されている。
【0005】
渦巻ばね18の巻き解けに伴って、調整部材20に支持された第2の部材(三番歯車)10に動作トルクが付与され、機械式時計が動作する。機械式時計の動作に伴って、第2の秒移動子25とともにカム26が回転する。カム26の回転により、制御つめ31および第2のフォーク32が往復回動し、第2のフォーク32が停止車22の係止および解除を所定周期で繰り返す。係止が解除されている間に停止車22は、香箱1の主ぜんまいから伝達された定時巻上トルクにより、渦巻ばね18を一定量だけ巻き上げる。このように定荷重装置の渦巻ばね18は、所定周期ごとに所定の巻き上げ量に復帰するようになっている。この渦巻ばね18によって機械式時計を動作させることにより、機械式時計の歩度が安定する。
【0006】
図11は、ぜんまいトルクと歩度との関係を示すグラフである。図11に示すように、ぜんまいトルクに応じて機械式時計の歩度が変化するため、トルク調整装置を備えた機械式時計では、副ぜんまいの巻き上げ量の設定が重要になる。そこで、特許文献2発明の定荷重装置では、渦巻ばね18の荷重状態(巻き上げ量)を調整しうるようになっている。具体的には、調整部材20が支持面41を備え、支持面41の外周に歯部が形成されている。また、調整部材20の隣に制御移動子42が配置され、制御移動子42には支持面41の外周歯部と噛み合う歯付かな44が形成されている。
【0007】
渦巻ばね18の荷重状態の調整は、機械式時計の停止中に行う。まず制御移動子42を軸方向に押圧して移動させ、制御移動子42を調整部材20に噛み合わせる。この状態で制御移動子42に巻上量調整トルクを付与し、制御移動子42とともに調整部材20を回転させる。機械式時計の停止中には第2の部材(三番歯車)10も停止中だが、第2の部材10は調整部材20に対して単に摩擦により支持されているので、第2の部材10と調整部材20との間にすべりが生じる。そのため、付与された巻上量調整トルクにより調整部材20は回転する。また、機械式時計の停止中には停止車22も停止中なので、調整部材20と停止車22との間で渦巻ばね18が巻き上げられる。これにより、渦巻ばね18の荷重状態が調整される。
【0008】
一方、機械式時計の動作中には調整部材20も回転動作する。ここで調整部材20とともに制御移動子42が回転すると、主ぜんまいのエネルギー損失が発生する。そこで特許文献2発明の定荷重装置では、調整部材20と制御移動子42との噛み合いを解除する機構を備えている。具体的には、制御移動子42が軸方向に移動可能とされ、つる巻きばね48によって調整部材20との噛み合いから外れる方向に付勢されている。そして渦巻ばね18の荷重状態の調整後に、制御移動子42の押圧を解消して、制御移動子42と調整部材20との噛み合いを解除する。これにより、機械式時計の動作中に調整部材20が回転しても制御移動子42は回転しなくなり、主ぜんまいのエネルギー損失が回避される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】英国特許第573942号明細書
【特許文献2】特表2012−503187号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら特許文献2発明では、制御移動子42による渦巻ばね18の巻き上げ量の把握を作業者の直感に頼ることになり、渦巻ばね18を所定の巻き上げ量に設定するのが困難である。
【0011】
なお、渦巻ばね18の巻き上げ量が大きいほどてんぷの振り角は大きくなるので、てんぷの振り角を測定しながら渦巻ばね18を所定の巻き上げ量に設定する方法が考えられる。しかし一方で、輪列や脱進機に不具合があるとてんぷの振り角は小さくなる。そのため、輪列や脱進機に不具合がある状態で渦巻ばね18を所定値より多く巻き上げると、てんぷの振り角が、渦巻ばね18を所定値に巻き上げた場合のてんぷの振り角と同等になる場合がありうる。したがって、てんぷの振り角を測定したとしても、渦巻ばね18を所定の巻き上げ量に設定するのは困難であり、また輪列や脱進機の不具合を発見することも困難である。
【0012】
また特許文献2発明では、調整部材20と制御移動子42との噛み合いを解除する機構が必要であり、その配置スペース(制御移動子42の移動スペースおよびつる巻きばね48の配置スペース)を確保するため体積効率が劣る。
【0013】
本発明は、上記のような問題に鑑みてなされたものであり、トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を把握することが可能であり、また体積効率に優れたトルク調整装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(1)機械式時計の香箱車から脱進機への輪列に組み込まれるトルク調整用ぜんまいを備えたトルク調整装置であって、前記トルク調整用ぜんまいの第1端部が連結されるとともに、前記トルク調整用ぜんまいより前記脱進機側の輪列に連結される脱進機側トルク調整用車と、前記トルク調整用ぜんまいの第2端部が連結されるとともに、前記トルク調整用ぜんまいより前記香箱車側の輪列に連結され、前記脱進機側トルク調整用車に対して間欠的に相対回転する香箱車側トルク調整用車と、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を調整する巻上量調整機構と、前記香箱車側輪列または前記脱進機側輪列に組み込まれるとともに、前記巻上量調整機構に連結される動力切替機構と、を備え、前記巻上量調整機構は、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を保持する巻上量保持部と、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を表示する巻上量表示部と、を備え前記香箱車側輪列に組み込まれる場合の前記動力切替機構は、前記香箱車、前記香箱車側トルク調整用車および前記巻上量調整機構に連結され、前記脱進機側輪列に組み込まれる場合の前記動力切替機構は、前記脱進機、前記脱進機側トルク調整用車および前記巻上量調整機構に連結されるトルク調整装置である。
【0015】
この構成によれば、トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を保持する巻上量保持部と、巻き上げ量を表示する巻上量表示部を備えているので、トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を客観的に把握することができる。これに伴って、トルク調整用ぜんまいを所定の巻き上げ量に設定することができる。また、てんぷの振り角の測定を併用すれば、輪列や脱進機の不具合を確実に発見することができる。
また、トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を保持する巻上量保持部と、動力切替機構とを備えているので、機械式時計の動作中における動作トルクまたは定時巻上トルクの伝達と、機械式時計の停止中における巻上量調整機構からの巻上量調整トルクの伝達とを、自動的に切り替えることができる。そのため、巻上量調整機構と輪列との連結を解除する機構が不要であり、体積効率に優れている。
【0016】
(2)前記巻上量調整機構は、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を調整する巻上量調整車を備え、前記巻上量保持部は、前記巻上量調整車に摩擦トルクを作用させる制動ばねを備えることが望ましい。
(3)前記巻上量調整機構は、前記トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を調整する巻上量調整車を備え、前記巻上量保持部は、前記巻上量調整車の回転を規制する制動ジャンパを備えることが望ましい。
これらの巻上量保持部によれば、トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を確実に保持することができ、また製造コストを低減することができる。
【0017】
(4)前記動力切替機構は、遊星歯車機構であることが望ましい。
(5)前記動力切替機構は、差動装置であってもよい。
これらの動力切替機構によれば、機械式時計の動作中における動作トルクまたは定時巻上トルクの伝達と、機械式時計の停止中における巻上量調整機構からの巻上量調整トルクの伝達とを、自動的に切り替えることができる。また体積効率に優れるとともに、製造コストを低減することができる。
【0018】
(6)前記脱進機に連動し、前記脱進機側トルク調整用車に対して前記香箱車側トルク調整用車を間欠的に相対回転させるトルク調整用脱進機を備えることが望ましい。
(7)前記香箱車側トルク調整用車として、前記脱進機側トルク調整用車より慣性モーメントが大きいはずみ車を備えていてもよい。
これらの構成によれば、脱進機側トルク調整用車に対して香箱車側トルク調整用車を一定周期で間欠的に相対回転させることができる。
【0019】
(8)前述したトルク調整装置を備えたムーブメントである。
(9)前述したトルク調整装置を備えた機械式時計である。
前述したトルク調整装置はトルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を把握することが可能であるため、所定の歩度に設定された高精度のムーブメントおよび機械式時計を提供することができる。
また前述したトルク調整装置は体積効率に優れているので、小型のムーブメントおよび機械式時計を提供することができる。
【発明の効果】
【0020】
前述したトルク調整装置によれば、トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を保持する巻上量保持部と、巻き上げ量を表示する巻上量表示部を備えているので、トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を客観的に把握することができる。これに伴って、トルク調整用ぜんまいを所定の巻き上げ量に設定することができる。また、てんぷの振り角の測定を併用すれば、輪列や脱進機の不具合を確実に発見することができる。
また、トルク調整用ぜんまいの巻き上げ量を保持する巻上量保持部と、動力切替機構とを備えているので、機械式時計の動作中における動作トルクまたは定時巻上トルクの伝達と、機械式時計の停止中における巻上量調整機構からの巻上量調整トルクの伝達とを、自動的に切り替えることができる。そのため、巻上量調整機構と輪列との連結を解除する機構が不要であり、体積効率に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】機械式時計1の裏側の平面図である。
図2】第1実施形態におけるトルク調整装置6の説明図であり、ムーブメント5の表側の輪列受を除いた状態の平面図である。
図3】第1実施形態におけるトルク調整装置6の説明図であり、図2のA1−O−P−Q−A2線における側面断面図である。
図4】トルク調整装置本体60の説明図であり、図2のB1−O−Q−B2線における側面断面図である。
図5】巻上量調整機構80の説明図であり、図2のC1−C1線における側面断面図である。
図6】遊星歯車機構90の説明図であり、図2のC1−C2線における側面断面図である。
図7】第1実施形態の第1変形例における差動装置190の説明図であり、図2のC1−C1線に相当する部分における側面断面図である。
図8】第1実施形態の第2変形例における巻上量調整機構180の説明図であり、(a)は図2のC1−C1線に相当する部分における側面断面図である。(b)は巻上量保持部80bの平面図である。
図9】第2実施形態におけるトルク調整装置206の説明図であり、図2のA1−O−P−A2線に相当する部分における側面断面図である。
図10】第3実施形態におけるトルク調整装置306の説明図であり、ムーブメントの表側の輪列受を除いた状態の平面図である。
図11】ぜんまいトルクと歩度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について添付図面を参照して説明する。
(時計)
一般に、時計の駆動部分を含む機械体を「ムーブメント」と称する。ムーブメントに文字板、針を取り付けて、時計ケースの中に入れて完成品にした状態を時計の「コンプリート」と称する。時計の基板を構成する地板の両側のうち、時計ケースのガラスのある方の側、すなわち、文字板のある方の側をムーブメントの「裏側」又は「ガラス側」又は「文字板側」と称する。地板の両側のうち、時計ケースの裏蓋のある方の側、すなわち、文字板と反対の側をムーブメントの「表側」又は「裏蓋側」と称する。
【0023】
図1は、機械式時計1のコンプリート裏側の平面図である。機械式時計1のコンプリートは、時に関する情報を示す目盛り3などを含む文字板2を備えている。また機械式時計1のコンプリートは、時を示す時針4a、分を示す分針4bおよび秒を示す秒針4cを含む針4を備えている。
【0024】
図2は、第1実施形態におけるトルク調整装置6の説明図であり、ムーブメント5の表側の輪列受を除いた状態の平面図である。図3は、図2のA1−O−P−Q−A2線における側面断面図である。図2および図3では、図面を見やすくするため、ムーブメント5を構成する時計部品のうち一部の図示を省略している。図2に示すように、機械式時計のムーブメント5は、香箱車10の内部に配置されて動力源となる主ぜんまい(不図示)と、主ぜんまいの動力を伝達する輪列(香箱車10、二番車20、三番車30、四番車40)と、輪列を間欠的に動作させる脱進機50(がんぎ車51、アンクル56)と、脱進機50を周期的に動作させる調速機(てんぷ58)とを備えている。図3に示すように、これらの各部材は、基板を構成する地板8と、地板8に対向配置された輪列受9との間に配置されている。
【0025】
主ぜんまいは、香箱車10の香箱の内部に配置されている。
図3に示すように、香箱車10は、香箱の外周に香箱歯車14を備えている。二番車20は、香箱歯車14に噛み合う二番かな22と、二番かな22に連動する二番歯車24とを備えている。三番車30は、二番歯車24に噛み合う三番かな32と、三番かな32に連動する三番歯車34とを備えている。四番車40は、三番歯車34に噛み合う四番かな42と、四番かな42に連動する四番歯車44とを備えている。香箱車10ないし四番車40は、主ぜんまいの動力を伝達しながら回転数を増加させる増速輪列を構成している。なお、四番車40は図1の秒針4cに対応する。
【0026】
図3に示すように、がんぎ車51は、四番歯車44に噛み合うがんぎかな52と、がんぎかな52に連動するがんぎ歯車54とを備えている。図2に示すように、アンクル56は、がんぎ歯車54の歯に係合する一対のつめ石57を備えている。てんぷ58は、ひげぜんまい59を備えている。
【0027】
図2に示すように、アンクル56の一方のつめ石57が、がんぎ歯車54の歯に係合した状態で、がんぎ車51は一時的に停止している。この状態から、ひげぜんまい59の拡縮によりてんぷ58が回転すると、てん真に固定された振り石がアンクル56を回動させる。これにより、アンクル56の一方のつめ石57が、がんぎ歯車54から外れ、がんぎ歯車54はアンクル56の他方のつめ石57に係合する位置まで回転する。このようながんぎ歯車54の間欠的な回転運動により、脱進機50は輪列を間欠的に動作させる。またてんぷ58は周期的に回転振動するので、調速機は脱進機50を周期的に動作させる。
【0028】
前述したように、アンクル56の一方のつめ石57が、がんぎ歯車54から外れる際に、がんぎ歯車54がそのつめ石57を押し出すことで、アンクル56がてんぷ58を振り上げる。これにより、がんぎ歯車54からてんぷ58に動作トルクが付与され、てんぷ58の回転振動が維持される。
【0029】
(第1実施形態、トルク調整装置6)
図3に示すように、主ぜんまいの巻き解けに応じて、香箱車10から脱進機50に伝達される動作トルクが変動すると、てんぷの振り角が変化して時計の歩度が変化する。このような動作トルクの変動を抑制するため、ムーブメント5は、香箱車10から脱進機50への輪列に副ぜんまい(トルク調整用ぜんまい)65を組み込んだトルク調整装置6を備えている。
【0030】
トルク調整装置6は、副ぜんまい65を備えたトルク調整装置本体60と、トルク調整装置本体60の動作を制御するトルク調整用脱進機70と、副ぜんまい65の巻き上げ量を調整する巻上量調整機構80と、輪列に組み込まれるとともに巻上量調整機構80に連結される動力切替機構(遊星歯車機構90)とを備えている。第1実施形態では、トルク調整装置本体60が四番車40に組み込まれ、動力切替機構が三番車30に組み込まれている。
【0031】
(トルク調整装置本体60)
図4はトルク調整装置本体60の説明図であり、図2のB1−O−Q−B2線における側面断面図である。図4では、一体的に回転する部材には同一のハッチングを施している。図4に示すように、トルク調整装置本体60は、副ぜんまい(トルク調整用ぜんまい)65と、副ぜんまい65の外周端部(第1端部)が連結されるつめ車(香箱車側トルク調整用車)64と、副ぜんまい65の内周端部(第2端部)が連結される出力歯車(脱進機側トルク調整用車)66とを備えている。
【0032】
つめ車64は、四番かな42に固定され、四番かな42とともに四番車40の真41に対して回転可能とされている。つめ車64の外周にはつめが形成されている。
出力歯車66は、四番車40の真41に固定され、前述した四番歯車44として機能する。
副ぜんまい65は、外周端部が第1固定部材64fを介してつめ車64に固定され、内周端部が第2固定部材61を介して四番車40の真41に固定されている。これにより、副ぜんまい65の内周端部は、出力歯車66に連結されている。
【0033】
(トルク調整用脱進機70)
図2に示すように、トルク調整用脱進機70は、がんぎ車51に連動するカム72と、カム72に連動するカムフォロア74と、カムフォロア74に連結されたレバー76と、レバー76に固定されてつめ車64のつめに係合する一対のつめ石77とを備えている。
カム72は、がんぎ車51の真に対して同軸状に固定されている。カム72は、平面視において略多角形状に形成されている。特にカム72は、奇数個の頂点を有する略多角形状(本実施形態では略三角形状)に形成されている。
【0034】
カムフォロア74は、平面視においてカム72を挟む一対のフォークを備えている。一対のフォークの先端は、カム72の中心を挟むようにカム72の外周に配置されている。一対のフォークの間隔は、カム72の中心から外周の頂点までの距離の2倍より小さく形成されている。カムフォロア74は、がんぎ車51の真から離間配置された軸75の周りを回動可能に形成されている。
レバー76は、カムフォロア74に連結され、カムフォロア74とともに軸75の周りを回動可能に形成されている。レバー76は、平面視において軸75を挟んで放射状に延びる一対のアームを備えている。一対のアームの先端には、それぞれつめ石77が固定されている。つめ石77は、つめ車64のつめに係合可能に形成されている。
【0035】
トルク調整装置本体60およびトルク調整用脱進機70の動作について説明する。
副ぜんまい65は、予め所定量だけ巻き上げられている。レバー76の一方のつめ石77がつめ車64に係合すると、つめ車64の回転は一時的に停止する。この状態では、副ぜんまい65の巻き解けにより出力歯車66が回転するので、副ぜんまい65から出力歯車66を介して脱進機50に動作トルクが供給される。これにより、機械式時計が動作する。
【0036】
脱進機50のがんぎ車51の回転に伴って、カム72が回転する。カム72の回転に伴って、カムフォロア74が軸75の周りを往復回動する。カムフォロア74に連動してレバー76が軸75の周りを回動すると、レバー76の一方のつめ石77がつめ車64から外れ、つめ車64は回転可能になる。つめ車64には主ぜんまいから定時巻上トルクが伝達されているので、この定時巻上トルクによってつめ車64が回転し、出力歯車66との間で副ぜんまい65を巻き上げる。その後、レバー76の他方のつめ石77がつめ車64に係合してつめ車64の回転が停止するまでの間に、副ぜんまい65は所定量だけ巻き上げられる。この所定量は、副ぜんまい65が再び巻き上げられるまでに巻き解ける量に設定されている。
【0037】
このように、副ぜんまい65は周期的に所定量だけ巻き上げられるので、副ぜんまい65は略一定の巻き上げ量に保持される。この副ぜんまい65からは、略一定の動作トルクが脱進機50および調速機(てんぷ58)に供給されるので、調速機は脱進機50を一定の周期で動作させることができる。これにより、時計の精度を向上させることができる。しかも、脱進機50が一定の周期で動作するので、脱進機50に連動してトルク調整用脱進機70も一定の周期で動作する。これにより、副ぜんまい65を一定の周期で巻き上げることが可能になり、時計の精度をさらに向上させることができる。
【0038】
なお主ぜんまいが完全に巻き解けた場合には、副ぜんまい65を巻き上げることが不可能になる。この場合でも副ぜんまい65が完全に巻き解けないように、副ぜんまい65の巻き解け量を規制する機構を備えることが望ましい。その機構の例として、つめ車64と出力歯車66との相対回転を規制する機構が考えられる。ただしこの機構は、後述する副ぜんまい65の巻上量調整時には、つめ車64と出力歯車66との相対回転を許容するように形成される。
【0039】
(巻上量調整機構80)
図11は、ぜんまいトルクと歩度との関係を示すグラフである。一般に、ぜんまいトルクに応じて機械式時計の歩度が変化し、また機械式時計の歩度には姿勢差が存在する。文字板を上下に向けた姿勢(水平姿勢)では、ぜんまいトルクに対する歩度変化が緩やかであるが、りゅうずを上下に向けた立姿勢(垂直姿勢)では、ぜんまいトルクに対する歩度変化が大きくなる。図11において、ぜんまいトルクがR部付近では、水平姿勢および垂直姿勢の歩度が同等になるが、ぜんまいトルクがS部付近では、水平姿勢に比べて垂直姿勢の歩度が大きく低下する。
【0040】
図3に示すように、副ぜんまい65を備えたトルク調整装置6では、副ぜんまい65が略一定の巻き上げ量に保持されるので、動作トルク(ぜんまいトルク)が略一定になる。ここで、姿勢差を所定範囲内に収めるためには、副ぜんまい65から所定の動作トルクが供給されるように、副ぜんまい65を所定の巻き上げ量に設定することが重要になる。なお機械式時計の製造時に、つめ車64と出力歯車66とを所定の位相差に配置した状態で両者間に副ぜんまい65を組み込むことにより、製造時に副ぜんまい65を所定の巻き上げ量に設定することも考えられるが、その作業は困難である。そのためトルク調整装置6は、機械式時計の製造後に副ぜんまい65の巻き上げ量を調整する巻上量調整機構80を備えている。
【0041】
図5は、巻上量調整機構80の説明図であり、図2のC1−C1線における側面断面図である。図5に示す巻上量調整機構80は、巻上量調整トルクが入力および伝達される巻上量調整部80a(巻上量調整ねじ81、第1巻上量調整車82、第2巻上量調整車84)と、副ぜんまいの巻き上げ量を保持する巻上量保持部80b(制動ばね85)と、副ぜんまいの巻き上げ量を表示する巻上量表示部80c(巻上量表示針86、巻上量表示目盛り87)と、を備えている。
【0042】
巻上量調整部80aは、巻上量調整ねじ81と、第1巻上量調整車82と、第2巻上量調整車84とを備えている。巻上量調整ねじ81の上面には、巻上量調整工具と係合する溝部が形成されている。巻上量調整ねじ81は第1巻上量調整車82に固定され、第1巻上量調整車82は第2巻上量調整車84と噛み合っている。第2巻上量調整車84は、三番車30に組み込まれた遊星歯車機構90に連結されている。巻上量調整ねじ81、第1巻上量調整車82および第2巻上量調整車84は、輪列受9と巻上量調整輪列受89との間に配置されている。
【0043】
巻上量保持部80bは、制動ばね85を備えている。制動ばね85の内周部は、第2巻上量調整車84に対して同軸状に固定されている。制動ばね85の外周部は、第2巻上量調整車84から軸方向に離間するように形成されている。その制動ばね85の外周部を輪列受9が軸方向に押圧することで、制動ばね85は軸方向に弾性変形している。これにより、輪列受9から制動ばね85を介して第2巻上量調整車84に摩擦トルクが作用し、第2巻上量調整車84の回転が規制されることで、副ぜんまいの巻き上げ量が保持される。なお、摩擦トルクを上回る巻上量調整トルクを付与すれば、第2巻上量調整車84が回転するので、副ぜんまいの巻き上げ量を調整することができる。
【0044】
巻上量表示部80cは、巻上量表示針86と、巻上量表示目盛り87とを備えている。巻上量表示針86は、基端側が第2巻上量調整車84の軸に固定され、先端側が針状に形成されて、輪列受9の表面に沿って配置されている。輪列受9の表面には、巻上量表示目盛り87が形成されている。図2に示すように、巻上量表示目盛り87は、巻上量表示針86の先端の軌道に沿って配置されている。巻上量表示目盛り87は、所定角度間隔で形成された大目盛りと、隣り合う大目盛りの間に形成された小目盛りとを備えている。基準位置となる基準大目盛りには0が表示されている。基準大目盛りから見て、周方向の一方側の大目盛りには+1、+2、…が順に表示され、周方向の他方側の大目盛りには−1、−2、…が順に表示されている。なお巻上量表示部80cは、巻上量調整部80aの巻上量調整ねじ81で代用してもよい。この場合でも、巻上量調整ねじ81の上面における溝部の延在方向により、副ぜんまいの巻き上げ量を表示することができる。
【0045】
図5に戻り、巻上量調整機構80による副ぜんまいの巻上量調整方法について説明する。副ぜんまいの巻き上げ量の調整は、機械式時計の出荷前またはメンテナンス時において、機械式時計の停止中に行う。まず、巻上量調整工具を巻上量調整ねじ81の溝に係合させ、巻上量調整ねじ81に巻上量調整トルクを付与し、巻上量調整ねじ81を回転させる。巻上量調整トルクは、巻上量調整ねじ81から第1巻上量調整車82および第2巻上量調整車84に伝達され、第2巻上量調整車84を回転させる。さらに巻上量調整トルクは、第2巻上量調整車84から遊星歯車機構90を介してつめ車に伝達され、つめ車が回転して副ぜんまいを巻き上げる。そして、巻上量調整工具による巻上量調整ねじ81の回転数を調整することにより、副ぜんまいの巻き上げ量を調整することができる。
【0046】
ここで、巻上量調整ねじ81の回転に伴って第2巻上量調整車84が回転し、第2巻上量調整車84に固定された巻上量表示針86が回動する。そして、巻上量表示針86が指し示す巻上量表示目盛り87により、副ぜんまいの巻き上げ量が表示される。これにより、副ぜんまいの巻き上げ量を、作業者の直感に頼ることなく、客観的に把握することができる。その結果、副ぜんまいを所定の巻き上げ量に設定することができる。
【0047】
具体的には、巻上量表示目盛り87と、その巻上量表示目盛り87まで副ぜんまいを巻き上げた場合に副ぜんまいから出力される動作トルクとの対応表を、予め作成しておく。次に、図11のグラフから所望の姿勢差を実現するぜんまいトルクを求める。次に、そのぜんまいトルクを実現する巻上量表示目盛り87を、前述した対応表から求める。そして、その巻上量表示目盛り87を巻上量表示針86が指し示すように、副ぜんまい65を巻き上げる。これにより、所望の姿勢差を実現する所定の巻き上げ量に、副ぜんまいを設定することができる。
【0048】
ところで、副ぜんまいの巻き上げ量と、ぜんまいトルクと、てんぷの振り角と、歩度の姿勢差との間には相関がある。そこで、てんぷの振り角を測定しながら、所望の姿勢差を実現するてんぷの振り角となるように、副ぜんまいの巻き上げ量を調整する方法が考えられる。なお、副ぜんまいの巻き上げ量が多いほどてんぷの振り角は大きくなる一方で、輪列や脱進機に不具合があるとてんぷの振り角は小さくなる。そのため、輪列や脱進機に不具合がある状態で副ぜんまいを所定値より多く巻き上げた場合と、副ぜんまいを所定値に巻き上げた場合とで、てんぷの振り角が同等になる場合がありうる。したがって、てんぷの振り角を測定しても、副ぜんまいを所定の巻き上げ量に設定するのは困難であり、また輪列や脱進機の不具合を発見することも困難である。
【0049】
これに対して本実施形態では、副ぜんまいの巻き上げ量を客観的に把握することができるので、副ぜんまいを所定の巻き上げ量に設定することができる。また、副ぜんまいを所定の巻き上げ量に設定したにもかかわらず、てんぷの振り角が所定値より小さい場合には、輪列や脱進機に不具合があると判断することができる。したがって、輪列や脱進機の不具合を確実に発見することができる。
【0050】
(動力切替機構、遊星歯車機構90)
図5に示すように、巻上量調整機構80は、巻上量調整トルクを副ぜんまいに伝達する一方で、前述した主ぜんまいも、定時巻上トルクを副ぜんまいに伝達する。そこでトルク調整装置は、副ぜんまいに伝達するトルクを自動的に切り替える動力切替機構を備えている。動力切替機構(遊星歯車機構90)は、主ぜんまいを備えた香箱車に連結される第1軸(第1太陽車92a)と、巻上量調整機構80に連結される第2軸(第2太陽車92b)と、副ぜんまいの端部が固定されたつめ車に連結される第3軸(遊星キャリア94)とを備えている。なお、動力切替機構の第1軸、第2軸および第3軸と、連結先である香箱車、巻上量調整機構80およびつめ車との組み合わせは、前記の組み合わせに限られず、どのような組み合わせとすることも可能である。
【0051】
第1実施形態では、動力切替機構として遊星歯車機構90を備えている。
図6は、遊星歯車機構90の説明図であり、図2のC1−C2線における側面断面図である。図6では、一体的に回転する部材には同一のハッチングを施している。図6に示すように、遊星歯車機構90は、香箱車に(他の部材を介して)連結される第1太陽車92aと、巻上量調整機構80に連結される第2太陽車92bと、つめ車64に連結される遊星キャリア94と、遊星キャリア94に支持された遊星車93とを備えている。なお第1太陽車92aおよび第2太陽車92bのうち、一方のみを太陽車とし他方を内歯車としてもよい。
【0052】
第1太陽車92aは三番かな32に固定されている。第2太陽車92bは、三番車30の真31に対して回転可能に形成されている。遊星キャリア94は、三番車30の真31に対して回転可能に形成され、前述した三番歯車34として機能する。遊星キャリア94は、複数個の遊星車93を回転可能に支持している。なお図2では、図面を見やすくするため、1個の遊星車93のみを図示している。図6に示すように、遊星車93は、第1太陽車92aに噛み合う第1遊星車93aと、第2太陽車92bに噛み合う第2遊星車93bとを備えている。第1遊星車93aおよび第2遊星車93bは、遊星キャリア94を貫通する軸を介して相互に固定されている。
【0053】
遊星歯車機構90の動作について説明する。
まず、機械式時計の動作中に、主ぜんまいから定時巻上トルクを副ぜんまいへと伝達する動作について説明する。機械式時計の動作中には、図5に示す巻上量調整機構80の制動ばね85が第2巻上量調整車84の回転を規制しているため、遊星歯車機構90の第2太陽車92bも回転を規制されている。
一方、機械式時計の動作中には、主ぜんまいの定時巻上トルクが二番歯車24から三番かな32に供給され、三番かな32とともに第1太陽車92aが回転する。第1太陽車92aの回転に伴って、遊星車93が自転しながら公転するため、遊星車93とともに遊星キャリア94が回転する。これにより、図3に示すように、遊星キャリア94(三番歯車34)から四番かな42を介してつめ車64および副ぜんまい65に定時巻上トルクが伝達される。
【0054】
次に、機械式時計の停止中に、巻上量調整機構80から巻上量調整トルクを副ぜんまいへと伝達する動作について説明する。機械式時計の停止中には、図5に示す二番歯車24の回転が規制されているため、遊星歯車機構90の第1太陽車92aも回転を規制されている。
一方、巻上量調整機構80の第2巻上量調整車84から遊星歯車機構90の第2太陽車92bに巻上量調整トルクを供給すると、第2太陽車92bが回転する。第2太陽車92bの回転に伴って、遊星車93が自転しながら公転するため、遊星キャリア94が回転する。これにより、図3に示すように、遊星キャリア94(三番歯車34)から四番かな42を介してつめ車64および副ぜんまい65に巻上量調整トルクが伝達される。
【0055】
図5に示すように、トルク調整装置は、副ぜんまいの巻き上げ量を保持する巻上量保持部80bと、遊星歯車機構90とを備えているので、機械式時計の動作中における主ぜんまいから副ぜんまいへの定時巻上トルクの伝達と、機械式時計の停止中における巻上量調整機構80から副ぜんまいへの巻上量調整トルクの伝達とを、自動的に切り替えることができる。そのため、巻上量調整機構80と輪列との連結を解除する機構が不要であり、体積効率に優れている。
【0056】
(第1実施形態の第1変形例、差動装置190)
図7は、第1実施形態の第1変形例における差動装置190の説明図であり、図2のC1−C1線に相当する部分における側面断面図である。図7では、一体的に回転する部材には同一のハッチングを施している。前述した第1実施形態では、動力切替機構として図6に示す遊星歯車機構90を備えていたが、第1変形例では、動力切替機構として図7に示す差動装置190を備えている点で相違している。なお第1実施形態と同様の構成となる部分については、その詳細な説明を省略する。
【0057】
図7に示すように、差動装置190は、動力切替機構の第1入力軸として機能する第1サイドギヤ192aと、第2入力軸として機能する第2サイドギヤ192bと、出力軸として機能するキャリア194と、を備えている。すなわち差動装置190は、香箱車に連結される第1サイドギヤ192aと、巻上量調整機構80に連結される第2サイドギヤ192bと、つめ車64に連結されるキャリア194と、キャリア194に支持されたピニオンギヤ193とを備えている。
【0058】
第1サイドギヤ192aは三番かな32に固定されている。第2サイドギヤ192bは差動かな191に固定され、差動かな191とともに三番車30の真31に対して回転可能とされている。キャリア194は、三番車30の真31に対して回転可能に形成され、前述した三番歯車34として機能する。キャリア194は、1個または複数個のピニオンギヤ193を回転可能に支持している。ピニオンギヤ193は、第1サイドギヤ192aおよび第2サイドギヤ192bの両方に噛み合っている。
【0059】
差動装置190の動作について説明する。
まず、機械式時計の動作中に、主ぜんまいから定時巻上トルクを副ぜんまいへと伝達する動作について説明する。機械式時計の動作中には、第2サイドギヤ192bの回転が規制されている。一方、機械式時計の動作中には、主ぜんまいの定時巻上トルクが二番歯車24から三番かな32に供給され、三番かな32とともに第1サイドギヤ192aが回転する。第1サイドギヤ192aの回転に伴って、ピニオンギヤ193が自転しながら公転するため、ピニオンギヤ193とともにキャリア194が回転する。これによりキャリア194(三番歯車34)から、図3に示す四番かな42を介してつめ車64および副ぜんまい65に定時巻上トルクが伝達される。
【0060】
次に、機械式時計の停止中に、巻上量調整機構80から巻上量調整トルクを副ぜんまいへと伝達する動作について説明する。機械式時計の停止中には、第1サイドギヤ192aの回転が規制されている。一方、巻上量調整機構80の第2巻上量調整車84から差動装置190の差動かな191を介して第2サイドギヤ192bに巻上量調整トルクを供給すると、第2サイドギヤ192bが回転する。第2サイドギヤ192bの回転に伴って、ピニオンギヤ193が自転しながら公転するため、ピニオンギヤ193とともにキャリア194が回転する。これによりキャリア194(三番歯車34)から、図3に示す四番かな42を介してつめ車64および副ぜんまい65に巻上量調整トルクが伝達される。
【0061】
図7に示す第1変形例の差動装置190でも、第1実施形態の遊星歯車機構と同様に、機械式時計の動作中における主ぜんまいから副ぜんまいへの定時巻上トルクの伝達と、機械式時計の停止中における巻上量調整機構80から副ぜんまいへの巻上量調整トルクの伝達とを、自動的に切り替えることができる。そのため、巻上量調整機構80と輪列との連結を解除する機構が不要であり、体積効率に優れている。
【0062】
(第1実施形態の第2変形例、巻上量調整機構180)
図8は、第1実施形態の第2変形例における巻上量調整機構180の説明図であり、図8(a)は図2のC1−C1線に相当する部分における側面断面図である。前述した図5に示す第1実施形態の巻上量調整機構80は、巻上量保持部80bとして制動ばね85を備えていたが、図8(a)に示す第2変形例の巻上量調整機構180は、巻上量保持部180bとして制動かな186および制動ジャンパ185を備える点で相違している。なお第1実施形態と同様の構成となる部分については、その詳細な説明を省略する。
【0063】
図8(a)に示すように、巻上量調整部180aは、巻上量調整ねじ181、第1巻上量調整車182および第2巻上量調整車184を備えている。巻上量調整ねじ181は、2面幅を有する六角形等の多角形に形成され、巻上量調整工具と係合可能に形成されている。
巻上量保持部180bは、制動かな186および制動ジャンパ185を備えている。制動かな186は、第2巻上量調整車184に対して同軸状に固定されている。制動ジャンパ185は、基端部が輪列受9に固定され、先端部が制動かな186に噛み合っている。
図8(b)は、巻上量保持部の平面図である。制動ジャンパ185は板ばね材等により弾性変形可能に形成され、その先端部は制動かな186の外周に形成された歯部に噛み合っている。
【0064】
制動ジャンパ185の先端部が制動かな186の歯部に噛み合うことで、第2巻上量調整車184の回転が規制されるので、副ぜんまいの巻き上げ量が保持される。なお、所定値より大きい巻上量調整トルクを付与すれば、制動ジャンパ185の先端部が制動かな186の歯部を乗り越えて、制動かな186が回転する。これにより、第2巻上量調整車184も回転するので、副ぜんまいの巻き上げ量を調整することができる。
【0065】
(第2実施形態)
図9は、第2実施形態におけるトルク調整装置206の説明図であり、図2のA1−O−P−Q−A2線に相当する部分における側面断面図である。前述した図3に示す第1実施形態のトルク調整装置6は、遊星歯車機構90が三番車30に組み込まれていたが、図9に示す第2実施形態のトルク調整装置206は、遊星歯車機構290が四番車40に組み込まれている点で相違している。なお、第1実施形態と同様の構成となる部分については、その詳細な説明を省略する。
【0066】
前述した図3に示す第1実施形態では、つめ車64、副ぜんまい65および出力歯車66を備えたトルク調整装置本体60が、四番車40に組み込まれている。このトルク調整装置本体60は、四番車40以外の部分であって、二番車20や三番車30、がんぎ車51等に組み込むことも可能である。なお、図9に示す第2実施形態でも、トルク調整装置本体60が四番車40に組み込まれている。
【0067】
一方、前述した図3に示す第1実施形態では、副ぜんまい65の香箱車10側の輪列(香箱車10からつめ車64までの輪列)における三番車30に、動力切替機構として遊星歯車機構90が組み込まれている。この動力切替機構は、香箱車側輪列における三番車30以外の部分に組み込むことも可能である。この動力切替機構は、香箱車10、つめ車64および巻上量調整機構80に(他の部材を介して)連結されている。
【0068】
これに対して、図9に示す第2実施形態では、副ぜんまい65の脱進機50側の輪列(出力歯車66から脱進機50までの輪列)における四番車40に、動力切替機構として遊星歯車機構290が組み込まれている。この動力切替機構は、脱進機側輪列における四番車40以外の部分に組み込むことも可能である。この動力切替機構は、脱進機50、出力歯車66および巻上量調整機構80に(他の部材を介して)連結されている。
【0069】
すなわち動力切替機構(遊星歯車機構290)は、出力歯車66に連結される第1軸(第1太陽車292a)と、巻上量調整機構80に連結される第2軸(第2太陽車292b)と、脱進機50に連結される第3軸(遊星キャリア94)とを備えている。なお、動力切替機構の第1軸、第2軸および第3軸と、連結先である出力歯車66、巻上量調整機構80および脱進機50との組み合わせは、前記の組み合わせに限られず、どのような組み合わせとすることも可能である。
【0070】
第2実施形態のトルク調整装置206について具体的に説明する。
図9に示すトルク調整装置206では、遊星歯車機構290の第1太陽車292aが、トルク調整装置本体60の出力歯車66として機能する。第1太陽車292aは、四番車40の真41に固定されている。第2太陽車292bは、四番車40の真41に対して回転可能に形成されている。遊星キャリア294は、四番車40の真41に対して回転可能に形成され、前述した四番歯車44として機能する。遊星キャリア294は、複数個の遊星車293を回転可能に支持している。遊星車293は、第1太陽車292aに噛み合う第1遊星車293aと、第2太陽車292bに噛み合う第2遊星車293bとを備えている。第1遊星車293aおよび第2遊星車293bは、遊星キャリア294を貫通する軸を介して相互に固定されている。
【0071】
遊星歯車機構290の動作について説明する。
まず、機械式時計の動作中に、副ぜんまい65から動作トルクを脱進機50へと伝達する動作について説明する。機械式時計の動作中には、遊星歯車機構290の第2太陽車292bの回転が規制されている。
一方、機械式時計の動作中には、副ぜんまい65の動作トルクが第1太陽車292aに供給され、第1太陽車292aが回転する。第1太陽車292aの回転に伴って、遊星車293が自転しながら公転するため、遊星車293とともに遊星キャリア294が回転する。これにより、遊星キャリア294(四番歯車44)から脱進機50に動作トルクが伝達される。
【0072】
次に、機械式時計の停止中に、巻上量調整機構80から巻上量調整トルクを副ぜんまい65へと伝達する動作について説明する。機械式時計の停止中には、脱進機50とともに遊星キャリア294の回転が規制されている。
一方、巻上量調整機構80から第2太陽車292bに巻上量調整トルクを供給すると、第2太陽車292bが回転する。第2太陽車292bの回転に伴って遊星車293は自転するが、遊星キャリア294が停止しているので遊星車293は公転しない。そのため、遊星車293の自転に伴って第1太陽車292aが回転する。第1太陽車292aはトルク調整装置本体60の出力歯車66として機能するので、第1太陽車292aから副ぜんまい65に巻上量調整トルクが伝達される。
【0073】
第2実施形態のトルク調整装置206は、第1実施形態と同様の効果を有している。
すなわち、遊星歯車機構290を備えているので、機械式時計の動作中における副ぜんまい65から脱進機50への動作トルクの伝達と、機械式時計の停止中における巻上量調整機構80から副ぜんまい65への巻上量調整トルクの伝達とを、自動的に切り替えることができる。そのため、巻上量調整機構80と輪列との連結を解除する機構が不要であり、体積効率に優れている。
【0074】
(第3実施形態)
図10は、第3実施形態におけるトルク調整装置306の説明図であり、ムーブメントの表側の輪列受を除いた平面図である。なお、図10では地板および輪列受の図示を省略している。前述した図2に示す第1実施形態のトルク調整装置6は、トルク調整装置本体60がつめ車64を備えていたが、図10に示す第3実施形態のトルク調整装置306は、トルク調整装置本体360がはずみ車364を備えている点で相違している。なお第1実施形態と同様の構成となる部分については、その詳細な説明を省略する。
【0075】
図10に示すように、第3実施形態のトルク調整装置本体360は、副ぜんまい(トルク調整用ぜんまい)365と、副ぜんまい365の外周端部(第1端部)が連結されるはずみ車(香箱車側トルク調整用車)364と、副ぜんまい365の内周端部(第2端部)が連結される出力歯車(脱進機側トルク調整用車)366とを備えている。
はずみ車364は、出力歯車366に比べて慣性モーメントが大きくなるように形成されている。例えば、はずみ車364の肉抜き部の面積は出力歯車366より小さく形成され、はずみ車364の厚さは出力歯車366より厚く形成されている。
【0076】
出力歯車366には、はずみ車364に向かってピン366pが立設されている。はずみ車364には、ピン366pを挿通する穴364hが形成されている。穴364hは、四番車40の周方向におけるピン366pの移動を所定範囲で許容する大きさに形成されている。このピン366pおよび穴364hにより、出力歯車366とはずみ車364との相対回動が所定範囲に規制されている。
【0077】
第3実施形態のトルク調整装置本体360の動作について説明する。
アンクル56の係合によりがんぎ歯車54の回転が一時的に停止した状態において、出力歯車366のピン366pは、はずみ車364の穴364hの端部に当接している。
アンクル56の係合が解除されると、がんぎ歯車54とともに出力歯車366が回転可能になる。副ぜんまい365の巻き解けにより、動作トルクが出力歯車366に作用し、出力歯車366が回転する。そして、出力歯車366から脱進機50に動作トルクが供給され、機械式時計が動作する。なお、アンクル56が再びがんぎ歯車54に係合するまでの間に、出力歯車366は所定角度だけ回転する。
【0078】
一方、はずみ車364には主ぜんまいから定時巻上トルクが伝達されているので、はずみ車364も回転する。ただし、はずみ車364は出力歯車366より慣性モーメントが大きいので、出力歯車366より遅れて回転を開始する。すなわち、はずみ車364は出力歯車366に対して間欠的に相対回転する。ここで、先に回転を開始した出力歯車366のピン366pは、はずみ車364の穴364hの端部から離れており、後に回転を開始したはずみ車364は、穴364hの端部がピン366pに当接するまで回転する。出力歯車366は所定角度だけ回転しているので、はずみ車364も所定角度だけ回転する。これによりはずみ車364は、出力歯車366との間で副ぜんまい365を所定量だけ巻き上げることになる。
【0079】
このように、第3実施形態のトルク調整装置本体360でも、副ぜんまい365は周期的に所定量だけ巻き上げられるので、副ぜんまい365は略一定の巻き上げ量に保持される。この副ぜんまい365から略一定のトルクが脱進機50および調速機(てんぷ58)に供給されるので、調速機は脱進機50を一定の周期で動作させることができる。これにより、時計の精度を向上させることができる。しかも、脱進機50が一定の周期で動作するので、出力歯車366およびはずみ車364も一定の周期で間欠的に相対回転する。これにより、副ぜんまい365を一定の周期で巻き上げることが可能になり、時計の精度をさらに向上させることができる。
【0080】
なお、本発明の技術範囲は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上述した実施形態に種々の変更を加えたものを含む。すなわち、実施形態で挙げた具体的な材料や層構成などはほんの一例に過ぎず、適宜変更が可能である。
例えば、脱進機の機構として、前述したクラブツース脱進機に限られず、様々な機構を採用することが可能である。
【符号の説明】
【0081】
1…機械式時計 5…ムーブメント 6,206,306…トルク調整装置 10…香箱車 50…脱進機 64…つめ車(香箱車側トルク調整用車) 65…副ぜんまい(トルク調整用ぜんまい) 66…出力歯車(脱進機側トルク調整用車) 70…トルク調整用脱進機 80…巻上量調整機構 80b…巻上量保持部 80c…巻上量表示部 84…第2巻上量調整車(巻上量調整車) 85…制動ばね 90…遊星歯車機構(動力切替機構) 185…制動ジャンパ 190…差動装置 364…はずみ車
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11