特許第6040125号(P6040125)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6040125-フラックス入りワイヤ 図000010
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6040125
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20161128BHJP
   B23K 35/02 20060101ALI20161128BHJP
   B23K 35/368 20060101ALI20161128BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20161128BHJP
【FI】
   B23K35/30 320F
   B23K35/02 D
   B23K35/368 B
   !C22C38/00 301B
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-178982(P2013-178982)
(22)【出願日】2013年8月30日
(65)【公開番号】特開2015-47604(P2015-47604A)
(43)【公開日】2015年3月16日
【審査請求日】2015年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】特許業務法人磯野国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100064414
【弁理士】
【氏名又は名称】磯野 道造
(74)【代理人】
【識別番号】100111545
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 悦夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123249
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 哲雄
(72)【発明者】
【氏名】韓 鵬
(72)【発明者】
【氏名】川▲崎▼ 浩之
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−254141(JP,A)
【文献】 特許第4776508(JP,B2)
【文献】 特開2006−281223(JP,A)
【文献】 特開2012−115878(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/037272(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
B23K 35/02
B23K 35/368
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填してなるフラックス入りワイヤにおいて、
ワイヤ全質量当たり、
Mn:1.5〜3.1質量%、
Ni:0.2質量%以上1.00質量%未満、
Si、Si合金およびSi酸化物の少なくとも1種:Si換算値で0.3〜1.0質量%、
Ti:0.05〜0.29質量%、
C:0.10〜0.30質量%、
B合金およびB酸化物の少なくとも1種:B換算値で0.0030〜0.0090質量%、
Fe:91〜97質量%を含有し、残部が不可避的不純物からなることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
【請求項2】
前記フラックス入りワイヤにおいて、Si源としてSiを用いた際のSi含有量が、ワイヤ全質量当たり、0.3〜0.9質量%であることを特徴とする請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記フラックス入りワイヤにおいて、Si源としてSi酸化物を用いた際のSi酸化物の含有量が、ワイヤ全質量当たり、0.11〜0.40質量%であることを特徴とする請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記Cの含有量が、0.12質量%を超え0.30質量%以下であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項5】
前記フラックス入りワイヤは、さらに、ワイヤ全質量当たり、
S:0.005〜0.040質量%を含有し、かつ、
Al:0.10質量%以下、
Na化合物とK化合物の合計:Na換算値とK換算値の合計で0.20質量%以下、
F化合物:F換算値で0.20質量%以下に規制することを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか一項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項6】
前記フラックス入りワイヤにおいて、C含有量、Si換算値、Ti含有量およびNi含有量を〔C〕、〔Si〕、〔Ti〕および〔Ni〕としたとき、
(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕):0.30〜1.2
であることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか一項に記載のフラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強さが490〜570MPa級の鋼材溶接に使用されるフラックス入りワイヤに関し、特に、硫化水素を多く含む環境(サワー環境)に曝されるパイプライン等の構造物の初層溶接に使用されるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、パイプラインの初層溶接に用いられるフラックス入りワイヤには、溶接作業性に優れること、および、溶接のまま(AW:As−Welded)での溶接金属の機械的性質(引張強さおよび低温時の吸収エネルギー)、いわゆる、AW性能に優れることが要望されている。
特許文献1には、パイプラインの初層溶接において良好な裏波ビードが得られ溶接作業性に優れるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが提案されている。そして、そのワイヤの構成は、C:0.08質量%以下の鋼製外皮中に、アルカリ金属:0.1〜5質量%、(Na/K)比:1〜50%、C:0.3〜2.5質量%、金属粉:80質量%以上、ならびにスラグ形成剤を含有するフラックスを8〜20質量%の割合で充填してなることを特徴とする。
【0003】
また、特許文献2には、AW性能に優れるAr−CO混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが提案されている。そして、そのワイヤの構成は、鋼製外皮にフラックスを充填し、そのフラックスは金属粉を97質量%以上含み、かつ、金属粉中には酸素量が0.25%以下である鉄粉を、ワイヤ全質量に対する質量%で、4.0〜15.5%含有し、さらに、ワイヤ全質量に対する質量%で、ワイヤ成分が、C:0.03〜0.12%、Si:0.5〜1.2%、Mn:1.5〜3.5%、S:0.005〜0.05%を含有し、アルカリ金属酸化物、アルカリ金属弗化物および金属酸化物の1種または2種以上の合計:0.35%以下で、残部はFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭63−183795号公報
【特許文献2】特許第5207994号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のワイヤでは、裏波溶接仕様のフラックスの成分設計が行われている。その結果、特許文献1のワイヤでは、裏波溶接作業性を確保するために、AW性能が犠牲となり、使用温度は−30℃程度にとどまり、更なる低温側の仕様に対応できないという課題がある。また、特許文献1のワイヤでは、SR(Stress Relief annealing、応力除去焼鈍)後の溶接金属の機械的性質(引張強さおよび低温時の吸収エネルギー)、いわゆる、SR性能が劣るという課題がある。
【0006】
また、特許文献2のワイヤでは、フラックスの成分設計によって、溶接のまま(As−Welded)での溶接金属のAW性能が確保されるが、パイプラインの初層溶接においては溶接作業性(裏波ビードの形状) およびSR性能が劣るという課題がある。
【0007】
さらに、特許文献1、2のワイヤでは、パイプラインの初層溶接においてAr−CO混合ガスのみがシールドガスとして使用され、100%COをガスシールドガスとして使用することができないという課題がある。
【0008】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、構造物、特にパイプラインの初層溶接において、シールドガスとして100%COガスとAr−CO混合ガスとを兼用でき、優れた溶接作業性、AW性能およびSR性能を有するフラックス入りワイヤを提供することを課題とする。なお、本発明において、前記したように、AW性能とは、溶接のままでの溶接金属の機械的性質(引張強さおよび低温時の吸収エネルギー)、SR性能とは、SR後の溶接金属の機械的性質(引張強さおよび低温時の吸収エネルギー)を言う。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るフラックス入りワイヤは、鋼製外皮にフラックスを充填してなるフラックス入りワイヤにおいて、ワイヤ全質量当たり、Mn:1.5〜3.1質量%、Ni:0.2質量%以上1.00質量%未満、Si、Si合金およびSi酸化物の少なくとも1種:Si換算値で0.3〜1.0質量%、Ti:0.05〜0.29質量%、C:0.10〜0.30質量%、BB合金およびB酸化物の少なくとも1種:B換算値で0.0030〜0.0090質量%、Fe:91〜97質量%を含有し、残部が不可避的不純物からなることを特徴とする。
【0010】
また、本発明のフラックス入りワイヤは、Si源としてSiを用いた際のSi含有量が、ワイヤ全質量当たり、0.3〜0.9質量%であることが好ましい。また、本発明のフラックス入りワイヤは、Si源としてSi酸化物を用いた際のSi酸化物の含有量が、ワイヤ全質量当たり、0.11〜0.40質量%であることが好ましい。
【0011】
また、本発明のフラックス入りワイヤは、前記Cの含有量が、0.10〜0.30質量%であることが好ましい。また、本発明のフラックス入りワイヤは、前記Cの含有量が、0.12質量%を超え0.30質量%以下であることが好ましい。
【0012】
かかる構成によれば、フラックス入りワイヤは、Mn、Ni、(Si、Si合金およびSi酸化物の少なくとも1種)、Ti、C、(B、B合金およびB酸化物の少なくとも1種)、Feが所定量であることによって、構造物、特にパイプラインの初層溶接において、シールドガスとして100%COガスとAr−CO混合ガスとが兼用でき、良好な裏波ビード(裏ビード)が得られて溶接作業性が向上し、かつ、AW性能およびSR性能が向上する。
【0013】
また、本発明のフラックス入りワイヤは、さらに、ワイヤ全質量当たり、S:0.005〜0.040質量%を含有し、かつ、Al:0.10質量%以下、Na化合物とK化合物の合計:Na換算値とK換算値の合計で0.20質量%以下、F化合物:F換算値で0.20質量%以下に規制することが好ましい。
【0014】
かかる構成によれば、フラックス入りワイヤは、さらに、S、Al、Na化合物とK化合物の合計、F化合物が所定量であることによって、溶接作業性、AW性能およびSR性能がさらに向上する。
【0015】
さらに、本発明のフラックス入りワイヤは、C含有量、Si換算値、Ti含有量およびNi含有量を〔C〕、〔Si〕、〔Ti〕および〔Ni〕としたとき、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が0.30〜1.2であることが好ましい。
【0016】
かかる構成によれば、フラックス入りワイヤは、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が所定量であることによって、脆性破壊の遷移温度を低温側へ移行できると共に、さらに良好な裏波ビード(裏ビード)が得られるため、溶接作業性、AW性能およびSR性能がさらに向上する。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るフラックス入りワイヤによれば、構造物、特にパイプラインの初層溶接において、シールドガスとして100%CO2ガスとAr−CO2混合ガスとを兼用できると共に、溶接作業性、AW性能およびSR性能が優れたものとなる。その結果、低温環境下、特にサワー環境下に曝されるパイプライン等の構造物の安全性と溶接施工能率をより一層高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】フラックス入りワイヤにおける(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)と、裏波溶接作業性およびAW性能との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
≪フラックス入りワイヤ≫
本発明のフラックス入りワイヤは、鋼製外皮内にフラックスを充填してなるものである。そして、ワイヤ全質量当たり、Mn、Ni、(Si、Si合金およびSi酸化物の少なくとも1種)、Ti、C、(B、B合金およびB酸化物の少なくとも1種)、Feを所定量含有するものである。なお、前記成分以外の残部は、不可避的不純物からなるものである。
【0020】
ここで、「酸化物」とは、「単一酸化物」および「複合酸化物」のうちの一種以上を意味する。「単一酸化物」とは、例えば、SiならばSi単独の酸化物(SiO)をいい、「複合酸化物」とは、SiとSi以外の単一酸化物が複数種類集合したものと、SiとSi以外の複数の金属成分を含む酸化物との双方をいう。
【0021】
以下、ワイヤ成分の数値限定理由について説明する。なお、各成分のそれぞれは、鋼製外皮およびフラックスのいずれか一方あるいは双方に添加する。
【0022】
<Mn:1.5〜3.1質量%>
フラックス入りワイヤ中のMnの含有量は、ワイヤ全質量当たり1.5〜3.1質量%とする。Mnの含有量が1.5質量%未満であると強度不足によりAW性能およびSR性能が低下する。Mnの含有量が3.1質量%を超えると強度過多および焼入れ性過多によりAW性能が低下する。なお、Mnの含有量が多いとSR性能が低下することがある。また、Mnの含有量の上限値は、AW性能およびSR性能を向上させる観点から、2.5質量%以下であると好ましい。
なお、Mn源としては、フラックスへの金属Mn、Fe−Mn合金、Si−Mn合金の添加、鋼製外皮への金属Mnの添加等が挙げられる。
【0023】
<Ni:0.2質量%以上1.00質量%未満>
フラックス入りワイヤ中のNiの含有量は、ワイヤ全質量当たり、0.2質量%以上1.00質量%未満である。従来、Niの含有量は、溶接金属のAW性能を完全に確保するために、ワイヤ中に1.00質量%以上を添加していた。しかし、多量にNiを含有するワイヤは、サワー環境中で特別な硫化物が生成することにより、耐硫化物腐食割れ(Sulfide Stress Corrosion Cracking)性が低下する。NACE(National Association of Corrosion Engineers、防食技術協会)規格に合致させるため、本発明では、むしろ従来より低い範囲である0.2質量%以上1.00質量%未満とした。Niの含有量が0.2質量%未満であると、AW性能を向上させる作用が小さい。Niの含有量が1.00質量%以上であるとNACE規格に対応できない上に、高温割れが発生し、SR性能および溶接作業性が低下する。また、Niの含有量の下限値は、AW性能を向上させる観点から、0.20質量%以上であると好ましく、0.40質量%以上であるとより好ましい。
なお、Ni源としては、フラックスへの金属Ni、Ni−Mg合金の添加、鋼製外皮へのNiの添加等が挙げられる。
【0024】
<Si、Si合金およびSi酸化物の少なくとも1種:Si換算値で0.3〜1.0質量%>
フラックス入りワイヤ中のSi(金属Si)、Si合金およびSi酸化物の少なくとも1種の含有量は、ワイヤ全質量当たり、Si換算値で0.3〜1.0質量%とする。「Si換算値」とは、「金属Si」、「Si合金」および「Si酸化物」の少なくとも1種の含有量を「金属Si」の含有量に換算した値である。Si換算値が0.3質量%未満であると、脱酸不足によりブローホールが発生し易く、AW性能およびSR性能が低下する。また、裏波溶接の作業性(特に裏ビードの形状)が低下する。Si換算値が1.0質量%を超えるとマトリックスフェライトを脆化させて、AW性能およびSR性能が低下する。
また、Si換算値の下限値は、AW性能、SR性能および溶接作業性を向上させる観点から、0.5質量%以上であると好ましい。また、Si換算値の上限値は、AW性能およびSR性能を向上させる観点から、0.8質量%以下であると好ましい。
なお、Si源としては、フラックスへのFe−Si合金、Si−Mn合金、SiOの添加、鋼製外皮への金属Siの添加等が挙げられる。
【0025】
フラックス入りワイヤにおいて、Si源として金属Siを用いた際には、金属Siの含有量は、ワイヤ全質量当たり、0.3〜0.9質量%であることが好ましい。また、フラックス入りワイヤにおいて、Si源としてSi酸化物(例えば、SiO)を用いた際には、Si酸化物(例えば、SiO)の含有量は、0.11〜0.40質量%であることが好ましく、より好ましい範囲は0.15〜0.40質量%である。なお、Si酸化物源(例えば、SiO源)は、シリカ、カリガラス、ソーダガラス等が挙げられる。
【0026】
<Ti:0.05〜0.29質量%>
フラックス入りワイヤ中のTiの含有量は、ワイヤ全質量当たり、0.05〜0.29質量%とする。Tiの含有量が0.05質量%未満であると、充分な核生成が出来ず、フェライトの粗大化によりAW性能およびSR性能が低下する。Tiの含有量が0.29質量%を超えると固溶Tiが過多となり、強度過多に起因したAW性能が低下する。
また、Tiの含有量の下限値は、AW性能およびSR性能を向上させる観点から、0.10質量%以上であると好ましい。また、Tiの含有量の上限値は、AW性能を向上させる観点から、0.25質量%以下であると好ましい。
なお、Ti源としては、フラックスへのFe−Ti合金の添加、鋼製外皮への金属Tiの添加等が挙げられる。
【0027】
<C:0.06〜0.30質量%>
フラックス入りワイヤ中のCの含有量は、ワイヤ全質量当たり、0.06〜0.30 質量%とする。Cの含有量が0.06質量%未満であると、強度不足によりAW性能およびSR性能の安定化効果が小さい。また、裏波溶接の作業性(特に裏ビードの形状)が低下する。Cの含有量が0.30質量%を超えると高温割れが発生して溶接作業性が低下し、過剰の強度過多に起因してAW性能およびSR性能も低下する。
また、Cの含有量の下限値は、AW性能、SR性能および溶接作業性を向上させる観点から、0.10質量%以上であると好ましい。さらに、Cの含有量のより好ましい範囲は0.12質量%を超え0.30質量%以下である。
なお、C源としては、フラックスへのグラファイトの添加、フラックスへのFe−Mn合金、Fe−Si合金等からのCの添加、鋼製外皮へのCの添加等が挙げられる。
【0028】
<B、B合金およびB酸化物の少なくとも1種:B換算値で0.0030〜0.0090質量%>
フラックス入りワイヤ中のB(金属B)、B合金およびB酸化物の少なくとも1種の含有量は、ワイヤ全質量当たり、B換算値で0.0030〜0.0090質量%とする。「B換算値」とは、「金属B」、「B合金」および「B酸化物」の少なくとも1種の含有量を「金属B」の含有量に換算した値である。B換算値が0.0030質量%未満であるとAW性能を向上させる作用が小さい。B換算値が0.0090質量%を超えると高温割れ性能が発生し、溶接作業性が低下する。
また、B換算値の下限値は、AW性能を向上させる観点から、0.0040質量%以上であると好ましい。また、B換算値の上限値は、溶接作業性を向上させる観点から、0.0080質量%以下であると好ましい。
なお、B源としては、鋼製外皮またはフラックスへのB、Fe−Si−B合金の添加等が挙げられる。
【0029】
<Fe:91〜97質量%>
フラックス入りワイヤ中のFeの含有量は、ワイヤ全質量当たり、91〜97質量%とする。本発明のフラックス入りワイヤ(メタル系フラックス入りワイヤ)の場合、Feの含有量が91質量%未満では、スラグ発生量が過多となり、スラグ巻込などの溶接欠陥が発生し易くなり、溶接作業性が低下する。Feの含有量が97質量%を超えると、Fe以外の必須成分(Mn、Ni、Si、Ti、C、B)の添加ができなくなる。なお、Fe源としては、鋼製外皮以外にフラックスへの鉄粉およびFe系合金の添加等が挙げられる。
【0030】
<不可避的不純物>
不可避的不純物として、本発明の目的には影響を及ぼさない範囲で所定量のNb、V、Mo、Cr等を含有してもよい。また、その含有量は、Nb:0.040質量%以下、V:0.040質量%以下、Mo:0.02質量%以下、Cr:0.30質量%未満である。なお、Nb、V、Mo、Cr等は合金として含有されていてもよい。
【0031】
本発明に係るフラックス入りワイヤは、前記成分に加えて、さらに、ワイヤ全質量当たり、Sを所定量含有し、かつ、Al、(Na化合物とK化合物)、F化合物を所定量に規制するものであることが好ましい。なお、S、Al、Na化合物、K化合物およびF化合物のそれぞれは、鋼製外皮およびフラックスのいずれか一方または双方に添加される。
【0032】
<S:0.005〜0.040質量%>
フラックス入りワイヤ中のSの含有量は、ワイヤ全質量当たり、0.005〜0.040質量%であることが好ましい。Sの含有量が0.005質量%未満であると、溶接作業性(特に裏ビード形状)が低下し易くなる。Sの含有量が0.040質量%を超えると、溶接金属の耐高温割れ性が劣化する。なお、S源は、鋼製外皮またはフラックスへの硫化鉄等の添加等が挙げられる。
【0033】
<Al:0.10質量%以下>
フラックス入りワイヤ中のAlの含有量は、ワイヤ全質量当たり、0.10質量%以下に規制することが好ましい。Alの含有量が0.10質量%を超えるとスパッタが多く発生し、裏波溶接作業性が低下し易くなる。また、Alの含有量は0質量%であってもよい。なお、Al源としては、鋼製外皮またはフラックスへのAl金属、Fe−Al合金、Al−Mg合金の添加等が挙げられる。
【0034】
<Na化合物とK化合物の合計:Na換算値とK換算値の合計で0.20質量%以下>
フラックス入りワイヤ中のNa化合物とK化合物の含有量の合計は、ワイヤ全質量当たり、Na換算値とK換算値の合計で0.20質量%以下に規制することが好ましい。ここで、「Na換算値」は、「Na化合物」の含有量を「金属Na」の含有量に換算した値である。また、「K換算値」は、「K化合物」の含有量を「金属K」の含有量に加算した値である。
【0035】
Na化合物、K化合物は、アーク安定剤として添加される成分である。しかしながら、Na換算値とK換算値の合計が0.20質量%を超えると、スパッタ発生量が増加する傾向にあり、溶接作業性が低下し易い。したがって、Na換算値とK換算値の合計は、0.20質量%以下とすることが好ましい。また、Na換算値とK換算値の合計の下限値については特に限定されるものではなく、0質量%であってもよいが、添加する場合は、その効果を得るため、0.01質量%以上とすることが好ましい。
【0036】
Na化合物源としては、鋼製外皮またはフラックスへのNa長石等のNa酸化物、NaF等のNa弗化物等の添加が挙げられる。また、K化合物源としては、鋼製外皮またはフラックスへのK長石等のK酸化物、KSiF6等のK弗化物等の添加等が挙げられる。なお、化合物源として、Naフェライト、Kフェライト等を使用してもよい。
【0037】
<F化合物:F換算値で0.20質量%以下>
フラックス入りワイヤ中のF化合物の含有量は、ワイヤ全質量当たり、F換算値で0.20質量%以下に規制することが好ましい。ここで、「F換算値」は、「F化合物」の含有量を「F」の含有量に換算した値である。
【0038】
F化合物は、アーク安定剤として添加される成分である。しかしながら、F換算値が0.20質量%を超えると、スパッタ発生量が増加する傾向にあり、溶接作業性が低下し易い。したがって、F換算値は、0.20質量%以下とすることが好ましい。また、F換算値の下限値については特に限定されるものではなく、0質量%であってもよいが、添加する場合は、その効果を得るため、0.01質量%以上とすることが好ましい。なお、F化合物源としては、鋼製外皮またはフラックスへのLiF、KSiF、NaF等の添加等が挙げられる。
【0039】
本発明に係るフラックス入りワイヤは、C含有量、Si換算値、Ti含有量およびNi含有量を〔C〕、〔Si〕、〔Ti〕および〔Ni〕としたとき、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が所定範囲であることが好ましい。
【0040】
<(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕]+〔Ni〕):0.30〜1.2>
フラックス入りワイヤにおいて、AW性能と裏波溶接作業性の両方を確保するためには、前記のように、ワイヤの成分組成を限定することによって、ある程度達成できる。本発明者等は、フラックス入りワイヤにおいて、さらに、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)を0.30〜1.2の範囲に特定することによって、AW性能と裏波溶接作業性の両方を確実に確保できることを見出した。
【0041】
図1に示すように、直線の傾きで示された(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が0.30未満であると、〔C〕+〔Si〕の過小添加に起因して、裏ビードの形状が悪く、裏波溶接の作業性が低下し易くなる。また、〔Ti〕+〔Ni〕の過多添加に起因して、焼入れ性過多により、AW性能が低下し易くなる。一方、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が1.2を超えると、〔C〕+〔Si〕の過多添加に起因して、焼入れ性過多により、AW性能が低下し易くなる。また、〔Ti〕+〔Ni〕の過小添加に起因して、AW性能が低下し易くなる。また、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が1.2を超えると、必ずしもSR性能が低下するわけではないが、SR性能が低下することがある。なお、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)の上限値は、AW性能のおよびSR性能を向上させる観点から、1.20以下であると好ましい。
【0042】
<その他>
本発明のフラックス入りワイヤは、必要に応じて前記以外の合金元素またはアーク安定剤等を添加してもよい。例えば、ワイヤ成分としてフラックス中に、Ca、Li等を脱酸等の微調整剤として、また、Cu、Co、Nを溶接金属のさらなる硬化剤として、少量含有させることもできる。また、NaおよびK以外のアルカリ金属化合物を微量に含有してもよい。なお、これらの元素は、本発明の目的には影響を及ぼさない。
【0043】
フラックス入りワイヤは、そのワイヤ径が直径1.0〜2.0mmの間であれば、いかなるサイズであってもよいが、実用上のより好ましい範囲は、1.2〜1.6mmである。また、フラックスの充填率(ワイヤ全質量に対するフラックスの質量)は、特に規定されるものではないが、フラックス入りワイヤの生産時の安定性の観点から10〜30質量%であることが好ましく、13〜20質量%がより好ましい。さらに、フラックス入りワイヤの断面形状については特に制限するものではなく、シームの有無及びワイヤ内部形状はいかなるものであってもよい。
【0044】
フラックス入りワイヤの製造方法としては、帯鋼の長さ方向にフラックスを散布してから包み込むように円形断面に成形し伸線する方法や、太径の鋼管にフラックスを充填して伸線する方法がある。しかしながら、いずれの方法でも本発明には影響しないため、いずれの方法で製造しても良い。鋼製外皮の成分については何ら規定する必要はないが、コスト面と伸線性の面から軟鋼または低合金鋼の材質を用いるのが一般的である。また、ワイヤ表面にCuめっきを施す場合もあるが、めっきの有無は問わない。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の効果を説明するために、本発明の要件を満足する実施例と、本発明の要件を満足しない比較例とを比較して説明する。
【0046】
表1に示す組成の鋼製外皮にフラックスを充填して、表2、3に示すワイヤ成分を有するフラックス入りワイヤ(ワイヤ径1.2mm)を作製した。なお、フラックス入りワイヤに含有される各成分の量は、JISG1253およびJISZ2613に準じて、それぞれ測定した。なお、表2、3に示すワイヤ成分は、ワイヤ全質量当たりの質量%で、その残部が不可避的不純物である。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
このワイヤを用いて、表4に示す組成の鋼板を表5に示す条件にて溶接し、AW性能、SR性能、溶接作業性および総合評価について、以下のように評価した。
【0051】
【表4】
【0052】
【表5】
【0053】
<AW性能>
表6に示す試験方法によって、溶接のまま(AW:As Welded)の溶着金属から試験片を作製し、引張試験、衝撃試験を実施して、0.2%耐力、引張強さ、−50℃の吸収エネルギー(vE)を測定した。
AW性能の判定は、AWの溶接金属の引張強さ、および、−50℃の吸収エネルギーで行い、その判定基準は、引張強さが490MPa以上、かつ、−50℃の吸収エネルギーが50J以上の場合を合格、それ以外の場合を不合格とした。その結果を表8に示す。
【0054】
<SR性能>
表6に示す試験方法によって、応力除去焼鈍(SR)後の溶着金属から試験片を作製し、引張試験、衝撃試験を実施して、0.2%耐力、引張強さ、−50℃の吸収エネルギー(vE)を測定した。焼鈍条件は、L.M.P.(ラーソンミラーパラメター)=18.9×10に相当する635℃×5hrsとした。
SR性能の判定は、SR後の溶接金属の引張強さ、および、−50℃の吸収エネルギーで行い、その判定基準は、引張強さが490MPa以上、かつ、−50℃の吸収エネルギーが50J以上の場合を合格、それ以外の場合を不合格とした。その結果を表8に示す。
【0055】
【表6】
【0056】
<溶接作業性(裏ビード形状、スパッタ発生量および割れ率)>
(裏ビード形状)
裏ビード外観については、溶接時に官能にて評価した。
裏ビード垂れがなく、裏ビードの重ね目が良好なものを「◎(合格)」、溶接後の裏ビード形状が垂れ気味なものを「○(合格)」、裏ビード垂れが顕著なものを「×(不合格)」とした。その結果を表8に示す。
【0057】
(スパッタ発生量)
スパッタ発生量については、溶接時に官能にて評価した。
溶滴移行がスムーズでスパッタ発生量が少ないものを「◎(合格)」、アークがやや不安定でスパッタ発生量も多いものを「○(合格)」、アークが不安定でスパッタ発生量が多い(商品として実用性がない)ものを「×(不合格)」とした。その結果を表8に示す。
【0058】
(割れ率)
割れ率については、表2、3に示す組成のフラックス入りワイヤ、および、表4に示す組成の鋼板を使用して表7に示す溶接条件で溶接した溶接金属に対して、油圧式C形高速冶具による突合せ溶接割れ試験を実施(JIS 3155に準拠)することにより評価した。また、割れ率は、下式(1)に示すように、破断した裏ビードのビード長に対する割れ長さの比率(%)とし、10%以下のものを合格、10%を超えるものを不合格とした。なお、割れには、クレータ割れを含むものとする。その結果を表8に示す。
割れ率(%)=割れ合計長さ/(裏ビード長−割れ合計長さ)×100・・・(1)
裏ビード形状、スパッタ発生量および割れ率がすべて合格の場合に、溶接作業性が合格と評価し、それ以外の場合には、溶接作業性が不合格と評価した。
【0059】
【表7】
【0060】
<総合評価>
AW性能、SR性能および溶接作業性の全てが合格なものを(◎)(○)とし、溶接作業性に優れているものを(◎:優れている)、溶接作業性が(◎)のものより低下するが合格基準を満足するものを(○:良好)とした。また、AW性能、SR性能および溶接作業性のうち1つが不合格のものを(△:やや劣っている)とし、AW性能、SR性能および溶接作業性のうち2つ以上が不合格なものを(×:劣っている)とした。その結果を表8に示す。
【0061】
【表8】
【0062】
表8に示すように、ワイヤNo.1、1−A、2〜13(実施例、参考例)は、AW性能およびSR性能において優れ、溶接作業性において良好または優れていた。その結果、総合評価において、(◎:優れている)または(○:良好)であった。
また、ワイヤNo.3(参考例)はSi源としてのSiの含有量が好ましい下限値未満のもの、ワイヤNo.8(参考例)は(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい上限値を超えるもの、ワイヤNo.9(参考例)はF化合物およびSを含有しないもの、ワイヤNo.10(参考例)はF化合物を含有しないもの、ワイヤNo.11(参考例)はSi源としてのSiの含有量が好ましい下限値未満で、Sを含有しないもの、ワイヤNo.13(実施例)はSi源としてのSiの含有量が好ましい下限値未満で、Si酸化物(SiO)の含有量が好ましい上限値を超え、Alを含有しないものであった。そして、ワイヤNo.8(参考例)は、AW性能における吸収エネルギーが合格基準ぎりぎりであるため、総合号評価は(○:良好)であった。ワイヤNo.9、11〜13(参考例、実施例)は、その他の実施例と比較して溶接作業性が若干劣るものの、問題ない性能であるため、総合評価は(○:良好)であった。
【0063】
一方、ワイヤNo.14〜28(比較例)は、本発明の要件を満たさないため、AW性能、SR性能および溶接作業性において劣っていた。その結果、総合評価において、(△:やや劣っている)または(×:劣っている)であった。
ワイヤNo.14(比較例)は、Feの含有量が下限値未満、Mnの含有量が上限値超え、F換算値が好ましい上限値超え、Na換算値等が好ましい上限値超えであるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
ワイヤNo.15(比較例)は、Cの含有量が下限値未満、Na換算値等が好ましい上限値超えであるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
ワイヤNo.16(比較例)は、Mnの含有量が下限値未満、Si源としてのSiの含有量が好ましい下限値未満、Tiの含有量が上限値超え、Niの含有量が上限値超え、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい下限値未満であるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
【0064】
ワイヤNo.17(比較例)は、Siを含有せず、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい下限値未満であるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
ワイヤNo.18(比較例)は、Si源としてのSiの含有量が好ましい下限値未満、Tiの含有量が上限値超え、Na換算値等が好ましい上限値超え、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい下限値未満であるため、AW性能が劣っていた。
ワイヤNo.19(比較例)は、Niの含有量が上限値超え、Na換算値等が好ましい上限値超え、(〔C〕+〔Si〕/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい下限値未満であるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
【0065】
ワイヤNo.20(比較例)は、Feの含有量が上限値を超え、Mnの含有量が下限値未満、Si源としてのSiの含有量が好ましい下限値未満、Niの含有量が下限値未満、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい上限値超えであるため、AW性能およびSR性能が劣っていた。
ワイヤNo.21(比較例)は、Cの含有量が上限値超え、Si源であるSiの含有量が好ましい下限値未満であるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
ワイヤNo.22(比較例)は、Mnの含有量が上限値超え、Bの含有量が下限値未満であるため、AW性能が劣っていた。
【0066】
ワイヤNo.23(比較例)は、Si換算値が上限値超え(Si源としてのSiの含有量が好ましい上限値超え)、Bの含有量が上限値超え、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい上限値超えであるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
ワイヤNo.24(比較例)は、Si換算値が上限値超え(Si源としてのSiの含有量が上限値超え)、Tiの含有量が下限値未満、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい上限値超えであるため、AW性能およびSR性能が劣っていた。
ワイヤNo.25(比較例)は、Niを含有せず、Alの含有量が好ましい上限値超え、Na換算値等が好ましい上限値超え、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい上限値超えであるため、AW性能および溶接作業性が劣っていた。
【0067】
ワイヤNo.26(比較例)は、Si換算値が下限値未満(Si源としてのSiの含有量が好ましい下限値未満)、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい上限値超えであるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
ワイヤNo.27(比較例)は、Tiの含有量が下限値未満、Na換算値等が好ましい上限値超え、(〔C〕+〔Si〕)/(〔Ti〕+〔Ni〕)が好ましい上限値超えであるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
ワイヤNo.28(比較例)は、Cの含有量が上限値超え、Bの含有量が上限値超えであるため、AW性能、SR性能および溶接作業性が劣っていた。
図1