【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1の態様によれば、ゴム製品の補強用の細長い鋼製エレメントが提供される。この細長い鋼製エレメントは、三元または四元合金の銅−M−亜鉛被覆物で被覆されている。Mは、コバルト、ニッケル、スズ、インジウム、マンガン、鉄、ビスマス、およびモリブデンからなる群から選択される1種または2種の金属である。この被覆物内の銅含有量は、58重量%〜75重量%、例えば61重量%〜70重量%の範囲にある。被覆物内の1種または2種の金属の含有量は、0.5重量%〜10重量%、例えば2重量%〜8重量%の範囲にある。1種または2種の金属は、被覆物全体にわたって存在し、直接の表面だけに存在するわけではない。残りは、亜鉛、および不可避不純物、例えば0.1重量%未満の量の不純物である。被覆物の厚みは、0.05μm〜0.50μm、例えば0.12μm〜0.40μmの範囲にある。銅、1種または2種の金属の重量パーセンテージ、および亜鉛のバランスは、分析的溶解技術によって、および蛍光X線分析(XRFS)、誘導結合プラズマ(ICP)または原子吸光分光分析(AAS)を用いて測定することができる。これらの測定はまた、被覆物の重量および被覆物の厚みを得るのに適している。
【0015】
リンは、被覆物の1平方メートル当たり1mgを超える量で被覆物上に存在する。好ましくは、この量は、1平方メートル当たり4mgに制限され、例えば1平方メートル当たり3mgに制限される。このリンの量は、リン酸塩などの無機または有機リンの形で存在してもよい。リンの量は、誘導結合プラズマ技術によって、または紫外−可視分光法によって測定することができる。被覆物または被覆物の表面にはさらに、被覆物中の銅と錯体化して不溶性膜を形成する化合物の残分を有する。これらの化合物としては、トリアゾール、イミダゾール、およびインダゾールが挙げられる。このような化合物としては、以下の構造式を有するものが挙げられる。
【化1】
ここで、隣接する炭素原子は、結合してベンゼンまたはナフチレン環を形成し、前記環は、置換されているか、または非置換であり、式中、AおよびBは、−N−または−CH−からなる群から選択され、但し、AおよびBは、同時に−CH−ではない。このような化合物の例としては、ベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、ベンズイミダゾール、インダゾール、ナフタトリアゾールが挙げられる。1種または複数のこれらの化合物の存在または残分は、飛行時間型二次イオン質量分析(ToF−SIMS)技術によって測定することができる。この技術から、最上部の1〜3層の単層の原子および分子組成に関する情報が、ppmレベルの感度および100nmに至る方位分解能で得られる。ToF−SIMSは、検出強度が周囲の材料の化学組成に左右されるので(「マトリックス効果」)、本質的定量技術ではない。比較するサンプルの化学的環境が類似する場合、半定量的情報は得ることができる。分光測定方式では、対象となる表面領域の全質量スペクトルが得られる。これらのスペクトルは通常、高質量分解能と共に、使用する一次イオン数が低い状態で記録される。高質量分解能は、二次イオンシグナルの信頼性のある識別および対応する和式に必要である。制限された一次イオン数は、検出されたシグナルがサンプル表面の最初の化学組成を表すものであることを保証している(静的SIMS制限(Static SIMS limit))。本発明のToF−SIMS測定では、ION−TOF「TOF−SIMS IV」SIMS機器を使用した。表面のイオン衝撃は、バンチモードにおいて25keVのビスマスイオンを使用して実施した。分析電流は0.2pAであり、分析領域は100×100μm
2である。
【0016】
細長い鋼製エレメントは、鋼製ワイヤであってもよいし、鋼製コードであってもよい。鋼製コードの場合、本発明は、特定のタイプの構造に制限されない。
【0017】
用語「ゴム製品の補強用の」は、適切なワイヤまたはフィラメント直径、適切な鋼組成、および適切な引張強度を備えた、鋼製ワイヤおよび鋼製コードを指す。
【0018】
適切な鋼組成は、例えば、最小炭素含有量が0.65%、マンガン含有量が0.10%〜0.70%の範囲、ケイ素含有量が0.05%〜0.50%の範囲、最大硫黄含有量が0.03%、最大リン含有量が0.03%、さらには0.02%であり、これらのパーセンテージは全て重量パーセンテージである。銅、ニッケル、および/またはクロムが微量だけ存在する。残りは常に鉄である。
【0019】
マイクロ合金化鋼組成物はまた、以下の元素の1種または複数をさらに含む適切な組成物などであり得る。
−クロム(%Cr):0.10%〜1.0%、例えば0.10〜0.50%の範囲の量、
−ニッケル(%Ni):0.05%〜2.0%、例えば0.10%〜0.60%の範囲の量、
−コバルト(%Co):0.05%〜3.0%、例えば0.10%〜0.60%の範囲の量、
−バナジウム(%V):0.05%〜1.0%、例えば0.05%〜0.30%の範囲の量、
−モリブデン(%Mo):0.05%〜0.60%、例えば0.10%〜0.30%の範囲の量、
−銅(%Cu):0.10%〜0.40%、例えば0.15%〜0.30%の範囲の量、
−ホウ素(%B):0.001%〜0.010%、例えば0.002%〜0.006%の範囲の量、
−ニオブ(%Nb):0.001%〜0.50%、例えば0.02%〜0.05%の範囲の量、
−チタン(%Ti):0.001%〜0.50%、例えば0.001%〜0.010%の範囲の量、
−アンチモン(%Sb):0.0005%〜0.08%、例えば0.0005%〜0.05%の範囲の量、
−カルシウム(%Ca):0.001%〜0.05%、例えば0.0001%〜0.01%の範囲の量、
−タングステン(%W):例えば約0.20%の量、
−ジルコニウム(%Zr):例えば0.01%〜0.10%の範囲の量、
−アルミニウム(%Al):好ましくは0.035%未満、例えば0.015%未満、例えば0.005%未満の量、
−窒素(%N):0.005%未満の量、
−希土類金属(%REM):0.010%〜0.050%の範囲の量。
【0020】
本発明において、欧州特許出願公開第2 268 839号明細書に開示されるような低炭素鋼組成物を除外しない。このような鋼組成物は、0.20%未満の炭素含有量を有する。一例は、炭素含有量が0.04%〜0.08%の範囲、ケイ素含有量が0.166%、クロム含有量が0.042%、銅含有量が0.173%、マンガン含有量が0.382%、モリブデン含有量が0.013%、窒素含有量が0.006%、ニッケル含有量が0.077%、リン含有量が0.007%、硫黄含有量が0.013%であり、これらのパーセンテージは全て重量パーセンテージである。
【0021】
ゴム製品の補強用の細長い鋼製エレメントの個々の鋼製ワイヤまたは鋼製フィラメントの直径は、通常、0.03mm〜1.20mm、例えば0.10mm〜0.80mm、例えば0.15mm〜0.60mmの範囲にある。
【0022】
個々の鋼製ワイヤにおいて測定される粗さR
aのレベルは、0.10μm〜2.0μm、例えば0.10μm〜1.0μm、例えば0.10μm〜0.30μmの範囲で変わる。
【0023】
ゴム製品の補強用の細長い鋼製エレメントの引張強度は、主として直径に依存し、通常、1500MPa〜4500MPa、例えば2000MPa〜4000MPaの範囲にある。
【0024】
以下に説明するように、トリアゾール残分が存在すると共に被覆物上のリンが上述の量であると、硬化後湿潤(cured humidity:CH)および蒸気経年変化(steam ageing:SA)の後の接着結果が向上する。硬化後湿潤(CH)とは、正規硬化(regular cure:RC)のサンプルを70℃〜93℃の範囲の温度で95%相対湿度の環境において3日間、7日間、または14日間、さらにはそれより長期間保持した場合である。蒸気経年変化(SA)とは、正規硬化(RC)のサンプルを105℃〜121℃の範囲の温度で数時間、1日間または2日間まで蒸気蒸解した場合である。正規硬化(RC)は、TC90時間+5分である。TC90は、ゴムが加硫温度で得られたレオメータ曲線の最大トルクの90%に達する時間である。リン量が1mg/m
2未満の場合、接着性能がより低くなることが認められる。
【0025】
表面のリン酸塩と表面上のトリアゾール残分の両方により、黄銅合金被覆物の小さな範囲まで不動態化される。したがって、接着ビルドアップは銅と亜鉛のオキシ−スルフィド化反応であるため、この不動態化は接着ビルドアップを遅らせる。これはまた、脱亜鉛機構の減速により、高温多湿環境における接着分解を遅らせる。
【0026】
欧州特許出願公開第0 257 667号明細書は、ゴム補強用の鋼製エレメントの黄銅合金被覆物であって、その黄銅合金被覆物が少量のリンを含有している被覆物であることを開示している。リンが、ゴムと黄銅との間の接着を向上させることが記載されている。しかし、欧州特許出願公開第0 257 667号明細書では、リンの量は本発明における量よりも高く、トリアゾールの存在も効果も言及されていない。
【0027】
本発明の第2の態様によれば、細長い鋼製エレメントを製造する方法が提供される。この方法は、
a)細長い鋼製エレメントを三元または四元合金の銅−M−亜鉛被覆物で被覆するステップであって、Mが、コバルト、ニッケル、スズ、インジウム、マンガン、鉄、ビスマス、およびモリブデンからなる群から選択される1種または2種の金属であり、前記被覆物内の銅含有量が、58重量%〜75重量%の範囲にあり、被覆物内の1種または2種の金属の含有量が、0.5重量%〜10重量%の範囲にあり、残りが、亜鉛および不可避不純物であり、1種または2種の金属が、前記被覆物全体にわたって存在するステップと、
b)このように被覆させた細長い鋼製エレメントを、リン化合物を含有する水性潤滑剤中で伸線加工するステップであって、リン化合物の量が、リンが被覆物の1平方メートル当たり1mgを超える量で被覆物上に存在するような量であるステップとを含む。
水性潤滑剤は、乳濁液であってもよいし、分散液であってもよい。リンの量は、好ましくは1平方メートル当たり4mg未満、例えば1平方メートル当たり3.5mg未満、例えば1平方メートル当たり3.0mg未満である。その理由は、リンの量が非常に多いと初期接着に負の効果を及ぼすからである。リンの量は、誘導結合プラズマ技術によって測定される。潤滑剤はさらに、被覆物中の銅と錯体化して不溶性膜を形成する1種または複数の化合物を有する。これらの化合物としては、トリアゾール、イミダゾール、およびインダゾールが挙げられる。
【0028】
これまで述べたように、リンの量およびトリアゾール化合物は、硬化後湿潤の後および蒸気経年変化の後の両方における接着挙動を向上させる。リンおよびトリアゾール化合物は湿式ワイヤ伸線加工用潤滑剤によって三元または四元合金被覆物に添加されるので、この接着性向上の実現のためにさらなるプロセスステップは必要ない。
【0029】
本発明はまた、上述の特徴を有する細長い鋼製エレメントで補強されたゴム製品に関する。