特許第6040259号(P6040259)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6040259蒸気経年変化および硬化後湿潤接着のための三元または四元合金被覆物、三元または四元黄銅合金被覆物を備えた細長い鋼製エレメント、ならびに対応する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6040259
(24)【登録日】2016年11月11日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】蒸気経年変化および硬化後湿潤接着のための三元または四元合金被覆物、三元または四元黄銅合金被覆物を備えた細長い鋼製エレメント、ならびに対応する方法
(51)【国際特許分類】
   D07B 1/06 20060101AFI20161128BHJP
   B60C 9/00 20060101ALI20161128BHJP
【FI】
   D07B1/06 A
   B60C9/00 K
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-555096(P2014-555096)
(86)(22)【出願日】2012年7月24日
(65)【公表番号】特表2015-510554(P2015-510554A)
(43)【公表日】2015年4月9日
(86)【国際出願番号】EP2012064477
(87)【国際公開番号】WO2013117249
(87)【国際公開日】20130815
【審査請求日】2015年3月27日
(31)【優先権主張番号】12154052.0
(32)【優先日】2012年2月6日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】592014377
【氏名又は名称】ナムローゼ・フェンノートシャップ・ベーカート・ソシエテ・アノニム
【氏名又は名称原語表記】N V BEKAERT SOCIETE ANONYME
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【弁理士】
【氏名又は名称】有原 幸一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【弁理士】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100114591
【弁理士】
【氏名又は名称】河村 英文
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100154298
【弁理士】
【氏名又は名称】角田 恭子
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100170379
【弁理士】
【氏名又は名称】徳本 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100161001
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 篤司
(74)【代理人】
【識別番号】100179154
【弁理士】
【氏名又は名称】児玉 真衣
(74)【代理人】
【識別番号】100180231
【弁理士】
【氏名又は名称】水島 亜希子
(74)【代理人】
【識別番号】100184424
【弁理士】
【氏名又は名称】増屋 徹
(72)【発明者】
【氏名】バイテルト,ギイ
(72)【発明者】
【氏名】ウェーメル,ディーター
(72)【発明者】
【氏名】ライス,パトリシア
【審査官】 斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−219837(JP,A)
【文献】 特開平06−049783(JP,A)
【文献】 特開2010−280928(JP,A)
【文献】 特開2011−147994(JP,A)
【文献】 特開2012−012625(JP,A)
【文献】 特開2002−080876(JP,A)
【文献】 特開2002−080877(JP,A)
【文献】 特開2002−080884(JP,A)
【文献】 特開2002−088385(JP,A)
【文献】 特開2002−363586(JP,A)
【文献】 国際公開第97/023311(WO,A1)
【文献】 特開昭63−033135(JP,A)
【文献】 特開昭51−127182(JP,A)
【文献】 特開昭52−082986(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/076746(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/080624(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21C 1/00 − 19/00
B60C 9/00
C23C 24/00 − 30/00
C25D 5/00 − 7/12
D06M 10/00 − 11/84
D06M 16/00
D06M 19/00 − 23/18
D07B 1/00 − 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴム製品の補強用の細長い鋼製エレメントであって、
前記細長い鋼製エレメントは、0.10μm〜2.0μmの粗さRのレベルを有し、
前記細長い鋼製エレメントが、銅−M−亜鉛の三元合金または四元合金被覆物の被覆物で覆われており、
Mが、コバルト、ニッケル、スズ、インジウム、マンガン、鉄、ビスマス、およびモリブデンからなる群から選択される1種または2種の金属であり、
前記被覆物内の前記銅含有量が、58重量%〜75重量%の範囲にあり、
前記被覆物内の前記1種または2種の金属含有量が、0.5重量%〜10重量%の範囲にあり、
残りが、亜鉛および不可避不純物であり、
前記1種または2種の金属が、前記被覆物全体にわたって存在し、
前記被覆物上および/または前記被覆物中に、前記被覆物の1平方メートル当たり1mgを超え、かつ、前記被覆物の1平方メートル当たり4mg未満の範囲の量でリンが存在し、前記リンの量が、誘導結合プラズマ技術によって測定され、
前記被覆物はさらに、ToF−SIMS技術により測定したときに、1種または複数の化合物の残分を含み、前記化合物が、前記被覆物中の銅と錯体化してその表面上に不溶性膜を形成する化合物である、細長い鋼製エレメント。
【請求項2】
前記銅含有量が、61重量%〜70重量%の範囲にある、請求項1に記載の細長い鋼製エレメント。
【請求項3】
前記1種または複数の金属含有量が、2重量%〜8重量%の範囲にある、請求項2に記載の細長い鋼製エレメント。
【請求項4】
鋼製ワイヤまたは鋼製コードである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細長い鋼製エレメント。
【請求項5】
ゴム製品の補強用の細長い鋼製エレメントを製造する方法であって、
a)細長い鋼製エレメントを銅−M−亜鉛の三元合金または四元合金の被覆物で被覆するステップであって、Mが、コバルト、ニッケル、スズ、インジウム、マンガン、鉄、ビスマス、およびモリブデンからなる群から選択される1種または2種の金属であり、前記被覆物内の銅含有量が、58重量%〜75重量%の範囲にあり、前記被覆物内の前記1種または2種の金属含有量が、0.5重量%〜10重量%の範囲にあり、残りが、亜鉛および不可避不純物であり、前記1種または2種の金属が、前記被覆物全体にわたって存在するステップと、
b)被覆された細長い鋼製エレメントを、リン化合物を含有する水性潤滑剤中で伸線加工するステップであって、前記リン化合物の量が、リンが前記被覆物の1平方メートル当たり1mgを超え、かつ、前記被覆物の1平方メートル当たり4mg未満の範囲の量で前記被覆物上および/または前記被覆物中に存在するような量であり、前記リンの量が、誘導結合プラズマ技術によって測定され、前記潤滑剤はさらに、前記被覆物中の前記銅と錯体化して不溶性膜を形成する1種または複数の化合物を有し、それにより、前記被覆物は、ToF−SIMS技術により測定したときに、前記化合物の残分を有し、前記細長い鋼製エレメントは、0.10μm〜2.0μmの粗さRのレベルを有するステップとを含む、方法。
【請求項6】
前記水性潤滑剤が、鉱物油をさらに含有する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記水性潤滑剤が、植物油をさらに含有する、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
2以上の、伸線加工された細長い鋼製エレメントを撚るステップをさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
ゴム化合物と細長い鋼製エレメントとを含む補強されたゴム物品であって、前記細長い鋼製エレメントが、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細長い鋼製エレメントである、補強されたゴム物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム製品の補強用の細長い(線状)鋼製エレメントに関する。本発明はまた、このような細長い鋼製エレメントを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
黄銅被覆された鋼製ワイヤおよび鋼製コードなどの細長い鋼製エレメントは、タイヤなどのゴム製品を補強するために広く使用されている。良好な接着構成を有し、特に高温多湿条件での経年変化に起因する接着の分解速度を低減させるために、コバルト錯体がゴム化合物に添加されている。しかし、コバルトは、ほとんどの遷移金属と同様に酸化触媒であるため、ゴムにとって有害であると考えられている。その結果、ジエン系ゴム分子の酸化が促進されて、ゴムの経年変化が早くもたらされる。さらに、コバルトはまた、ゴムの亀裂進展速度を速める。
【0003】
上記の欠点に加えて、コバルトは戦略物資であり、極めて高価であるという問題もある。ゴム化合物全体にコバルトを添加することは、コバルトの過剰添加である。というのは、コバルトは黄銅の表面でしか積極的な機能を示さないからである。通常、ゴムに添加されたコバルトの20%しか効果的に使用されていないと考えられている。
【0004】
従来技術では、これらの問題の1つまたは複数が既に認識されている。コバルトが鋼製ワイヤまたは鋼製コードの被覆物にある場合、すなわち、被覆物中または被覆物上にある場合に、その場所のコバルトの濃度を高めようと多くの試みがなされてきた。
【0005】
さらに、1936年には、ゴムを補強するために、物品上の黄銅被覆物を純粋なコバルト被覆物に完全に置き換える試みがなされた(米国特許第2,240,805号明細書)。
【0006】
米国特許第4,255,496号明細書(Bekaert)は、二元合金である銅−亜鉛(=黄銅)被覆物の代わりに、三元合金である銅−コバルト−亜鉛被覆物の使用を開示している。この三元合金により、高温多湿条件での経年変化に起因する結合分解の速度を著しく低減することができる。
【0007】
米国特許第4,265,678号明細書(Tokyo Rope)は、優れた伸線性および接着性を有する三元合金の銅−亜鉛−コバルト被覆物の使用を教示している。
【0008】
英国特許出願公開第2 076 320号明細書(Sodetal)は、黄銅被覆物上にコバルトの薄層を施し、続いて、ワイヤ伸線加工して、黄銅被覆物上に高い濃度勾配のコバルトを存在させるようにすることを教示している。
【0009】
欧州特許出願公開第0 175 632号明細書(Goodyear)は、鋼製エレメント上の四元合金被覆物である銅−亜鉛−ニッケル−コバルトを教示している。
【0010】
最後に、国際公開第2011/076746号は、三元または四元合金被覆物を備え、亜鉛濃度勾配を有する鋼製コードを開示している。この亜鉛濃度勾配は、接着に関して向上をもたらすが、ワイヤまたはコードの後処理を必要とし、これはプロセスでの余分な操作ステップを意味する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、従来技術の欠点を回避することである。
【0012】
本発明の目的はまた、三元合金または四元合金を被覆させた細長い鋼製エレメントの、特に蒸気経年変化(スチームエージング)および硬化後湿潤経年変化の後の接着性能を引き出すことである。
【0013】
本発明の別の目的は、製造プロセスにおいて余分な操作ステップを使用しないようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1の態様によれば、ゴム製品の補強用の細長い鋼製エレメントが提供される。この細長い鋼製エレメントは、三元または四元合金の銅−M−亜鉛被覆物で被覆されている。Mは、コバルト、ニッケル、スズ、インジウム、マンガン、鉄、ビスマス、およびモリブデンからなる群から選択される1種または2種の金属である。この被覆物内の銅含有量は、58重量%〜75重量%、例えば61重量%〜70重量%の範囲にある。被覆物内の1種または2種の金属の含有量は、0.5重量%〜10重量%、例えば2重量%〜8重量%の範囲にある。1種または2種の金属は、被覆物全体にわたって存在し、直接の表面だけに存在するわけではない。残りは、亜鉛、および不可避不純物、例えば0.1重量%未満の量の不純物である。被覆物の厚みは、0.05μm〜0.50μm、例えば0.12μm〜0.40μmの範囲にある。銅、1種または2種の金属の重量パーセンテージ、および亜鉛のバランスは、分析的溶解技術によって、および蛍光X線分析(XRFS)、誘導結合プラズマ(ICP)または原子吸光分光分析(AAS)を用いて測定することができる。これらの測定はまた、被覆物の重量および被覆物の厚みを得るのに適している。
【0015】
リンは、被覆物の1平方メートル当たり1mgを超える量で被覆物上に存在する。好ましくは、この量は、1平方メートル当たり4mgに制限され、例えば1平方メートル当たり3mgに制限される。このリンの量は、リン酸塩などの無機または有機リンの形で存在してもよい。リンの量は、誘導結合プラズマ技術によって、または紫外−可視分光法によって測定することができる。被覆物または被覆物の表面にはさらに、被覆物中の銅と錯体化して不溶性膜を形成する化合物の残分を有する。これらの化合物としては、トリアゾール、イミダゾール、およびインダゾールが挙げられる。このような化合物としては、以下の構造式を有するものが挙げられる。
【化1】
ここで、隣接する炭素原子は、結合してベンゼンまたはナフチレン環を形成し、前記環は、置換されているか、または非置換であり、式中、AおよびBは、−N−または−CH−からなる群から選択され、但し、AおよびBは、同時に−CH−ではない。このような化合物の例としては、ベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、ベンズイミダゾール、インダゾール、ナフタトリアゾールが挙げられる。1種または複数のこれらの化合物の存在または残分は、飛行時間型二次イオン質量分析(ToF−SIMS)技術によって測定することができる。この技術から、最上部の1〜3層の単層の原子および分子組成に関する情報が、ppmレベルの感度および100nmに至る方位分解能で得られる。ToF−SIMSは、検出強度が周囲の材料の化学組成に左右されるので(「マトリックス効果」)、本質的定量技術ではない。比較するサンプルの化学的環境が類似する場合、半定量的情報は得ることができる。分光測定方式では、対象となる表面領域の全質量スペクトルが得られる。これらのスペクトルは通常、高質量分解能と共に、使用する一次イオン数が低い状態で記録される。高質量分解能は、二次イオンシグナルの信頼性のある識別および対応する和式に必要である。制限された一次イオン数は、検出されたシグナルがサンプル表面の最初の化学組成を表すものであることを保証している(静的SIMS制限(Static SIMS limit))。本発明のToF−SIMS測定では、ION−TOF「TOF−SIMS IV」SIMS機器を使用した。表面のイオン衝撃は、バンチモードにおいて25keVのビスマスイオンを使用して実施した。分析電流は0.2pAであり、分析領域は100×100μmである。
【0016】
細長い鋼製エレメントは、鋼製ワイヤであってもよいし、鋼製コードであってもよい。鋼製コードの場合、本発明は、特定のタイプの構造に制限されない。
【0017】
用語「ゴム製品の補強用の」は、適切なワイヤまたはフィラメント直径、適切な鋼組成、および適切な引張強度を備えた、鋼製ワイヤおよび鋼製コードを指す。
【0018】
適切な鋼組成は、例えば、最小炭素含有量が0.65%、マンガン含有量が0.10%〜0.70%の範囲、ケイ素含有量が0.05%〜0.50%の範囲、最大硫黄含有量が0.03%、最大リン含有量が0.03%、さらには0.02%であり、これらのパーセンテージは全て重量パーセンテージである。銅、ニッケル、および/またはクロムが微量だけ存在する。残りは常に鉄である。
【0019】
マイクロ合金化鋼組成物はまた、以下の元素の1種または複数をさらに含む適切な組成物などであり得る。
−クロム(%Cr):0.10%〜1.0%、例えば0.10〜0.50%の範囲の量、
−ニッケル(%Ni):0.05%〜2.0%、例えば0.10%〜0.60%の範囲の量、
−コバルト(%Co):0.05%〜3.0%、例えば0.10%〜0.60%の範囲の量、
−バナジウム(%V):0.05%〜1.0%、例えば0.05%〜0.30%の範囲の量、
−モリブデン(%Mo):0.05%〜0.60%、例えば0.10%〜0.30%の範囲の量、
−銅(%Cu):0.10%〜0.40%、例えば0.15%〜0.30%の範囲の量、
−ホウ素(%B):0.001%〜0.010%、例えば0.002%〜0.006%の範囲の量、
−ニオブ(%Nb):0.001%〜0.50%、例えば0.02%〜0.05%の範囲の量、
−チタン(%Ti):0.001%〜0.50%、例えば0.001%〜0.010%の範囲の量、
−アンチモン(%Sb):0.0005%〜0.08%、例えば0.0005%〜0.05%の範囲の量、
−カルシウム(%Ca):0.001%〜0.05%、例えば0.0001%〜0.01%の範囲の量、
−タングステン(%W):例えば約0.20%の量、
−ジルコニウム(%Zr):例えば0.01%〜0.10%の範囲の量、
−アルミニウム(%Al):好ましくは0.035%未満、例えば0.015%未満、例えば0.005%未満の量、
−窒素(%N):0.005%未満の量、
−希土類金属(%REM):0.010%〜0.050%の範囲の量。
【0020】
本発明において、欧州特許出願公開第2 268 839号明細書に開示されるような低炭素鋼組成物を除外しない。このような鋼組成物は、0.20%未満の炭素含有量を有する。一例は、炭素含有量が0.04%〜0.08%の範囲、ケイ素含有量が0.166%、クロム含有量が0.042%、銅含有量が0.173%、マンガン含有量が0.382%、モリブデン含有量が0.013%、窒素含有量が0.006%、ニッケル含有量が0.077%、リン含有量が0.007%、硫黄含有量が0.013%であり、これらのパーセンテージは全て重量パーセンテージである。
【0021】
ゴム製品の補強用の細長い鋼製エレメントの個々の鋼製ワイヤまたは鋼製フィラメントの直径は、通常、0.03mm〜1.20mm、例えば0.10mm〜0.80mm、例えば0.15mm〜0.60mmの範囲にある。
【0022】
個々の鋼製ワイヤにおいて測定される粗さRのレベルは、0.10μm〜2.0μm、例えば0.10μm〜1.0μm、例えば0.10μm〜0.30μmの範囲で変わる。
【0023】
ゴム製品の補強用の細長い鋼製エレメントの引張強度は、主として直径に依存し、通常、1500MPa〜4500MPa、例えば2000MPa〜4000MPaの範囲にある。
【0024】
以下に説明するように、トリアゾール残分が存在すると共に被覆物上のリンが上述の量であると、硬化後湿潤(cured humidity:CH)および蒸気経年変化(steam ageing:SA)の後の接着結果が向上する。硬化後湿潤(CH)とは、正規硬化(regular cure:RC)のサンプルを70℃〜93℃の範囲の温度で95%相対湿度の環境において3日間、7日間、または14日間、さらにはそれより長期間保持した場合である。蒸気経年変化(SA)とは、正規硬化(RC)のサンプルを105℃〜121℃の範囲の温度で数時間、1日間または2日間まで蒸気蒸解した場合である。正規硬化(RC)は、TC90時間+5分である。TC90は、ゴムが加硫温度で得られたレオメータ曲線の最大トルクの90%に達する時間である。リン量が1mg/m未満の場合、接着性能がより低くなることが認められる。
【0025】
表面のリン酸塩と表面上のトリアゾール残分の両方により、黄銅合金被覆物の小さな範囲まで不動態化される。したがって、接着ビルドアップは銅と亜鉛のオキシ−スルフィド化反応であるため、この不動態化は接着ビルドアップを遅らせる。これはまた、脱亜鉛機構の減速により、高温多湿環境における接着分解を遅らせる。
【0026】
欧州特許出願公開第0 257 667号明細書は、ゴム補強用の鋼製エレメントの黄銅合金被覆物であって、その黄銅合金被覆物が少量のリンを含有している被覆物であることを開示している。リンが、ゴムと黄銅との間の接着を向上させることが記載されている。しかし、欧州特許出願公開第0 257 667号明細書では、リンの量は本発明における量よりも高く、トリアゾールの存在も効果も言及されていない。
【0027】
本発明の第2の態様によれば、細長い鋼製エレメントを製造する方法が提供される。この方法は、
a)細長い鋼製エレメントを三元または四元合金の銅−M−亜鉛被覆物で被覆するステップであって、Mが、コバルト、ニッケル、スズ、インジウム、マンガン、鉄、ビスマス、およびモリブデンからなる群から選択される1種または2種の金属であり、前記被覆物内の銅含有量が、58重量%〜75重量%の範囲にあり、被覆物内の1種または2種の金属の含有量が、0.5重量%〜10重量%の範囲にあり、残りが、亜鉛および不可避不純物であり、1種または2種の金属が、前記被覆物全体にわたって存在するステップと、
b)このように被覆させた細長い鋼製エレメントを、リン化合物を含有する水性潤滑剤中で伸線加工するステップであって、リン化合物の量が、リンが被覆物の1平方メートル当たり1mgを超える量で被覆物上に存在するような量であるステップとを含む。
水性潤滑剤は、乳濁液であってもよいし、分散液であってもよい。リンの量は、好ましくは1平方メートル当たり4mg未満、例えば1平方メートル当たり3.5mg未満、例えば1平方メートル当たり3.0mg未満である。その理由は、リンの量が非常に多いと初期接着に負の効果を及ぼすからである。リンの量は、誘導結合プラズマ技術によって測定される。潤滑剤はさらに、被覆物中の銅と錯体化して不溶性膜を形成する1種または複数の化合物を有する。これらの化合物としては、トリアゾール、イミダゾール、およびインダゾールが挙げられる。
【0028】
これまで述べたように、リンの量およびトリアゾール化合物は、硬化後湿潤の後および蒸気経年変化の後の両方における接着挙動を向上させる。リンおよびトリアゾール化合物は湿式ワイヤ伸線加工用潤滑剤によって三元または四元合金被覆物に添加されるので、この接着性向上の実現のためにさらなるプロセスステップは必要ない。
【0029】
本発明はまた、上述の特徴を有する細長い鋼製エレメントで補強されたゴム製品に関する。
【発明を実施するための形態】
【0030】
1.98mmの直径を有する鋼製ワイヤの2つのサンプルに、以下のように三元合金被覆物を設ける。
i)HSO溶液で酸洗いして、鋼製ワイヤの表面を清浄し、
ii)Cu溶液からの銅で電気めっきし、その溶液は25g/lの銅および180g/lのピロリン酸塩を含有しており、電流密度は銅含有量をより高くするために8.6A/dm以上であり、
iii)CoSO溶液からのコバルトで電気めっきし、その溶液は40g/lのコバルトを含有しており、電流密度は22A/dmであり、
iv)ZnSO溶液からの亜鉛で電気めっきし、溶液は50g/lの亜鉛を含有しており、電流密度は亜鉛含有量をより低くするために8.8A/dm以下であり、
v)熱拡散プロセスを施して、三元合金Cu−Co−Znを作製し、
vi)拡散プロセス中に形成された過剰のZnOを酸中でのディップにより除去し、
vii)濯ぎ、乾燥させる。
【0031】
鋼製ワイヤ1は、以下の被覆物組成を有する。63.5重量%のCu、4.0重量%のCo、残りはZnである。
鋼製ワイヤ2は、以下の被覆物組成を有する。67.0重量%のCu、4.0重量%のCo、残りはZnである。
【0032】
第3のサンプルである鋼製ワイヤは、三元合金被覆物を備えていないが、より一般的な黄銅被覆物である銅−亜鉛を備えている。鋼製ワイヤ3は、以下の被覆物組成を有する。約64重量%のCu、残りはZnである。
【0033】
湿式ワイヤ伸線加工操作中、鋼製ワイヤに直径の最終縮小が施される。3種の異なる潤滑剤である、R−I1−I2を使用する。
【0034】
対照標準潤滑剤Rは、90%を超える水、油、界面活性剤、石けん、リン化合物、およびpH緩衝系を含有する水性乳濁液である。pHはまた、アミンの働きにより部分的に緩衝される。より詳細には、潤滑剤Rは、リン酸塩、硫酸塩、硝酸塩、O−含有炭化水素および脂肪酸残基、N−含有炭化水素を含む。リン酸塩は、POまたはPOイオンとして存在してもよい。
【0035】
潤滑剤I1およびI2は、本発明において使用する潤滑剤である。
【0036】
本発明における潤滑剤I1は、鉱物油、界面活性剤、石けん、リン化合物、極圧添加剤、トリアゾールタイプの腐食防止剤(例えばベンゾトリアゾール)、およびpH緩衝系を含有する水性乳濁液である。pHはまた、アミンの働きにより部分的に緩衝される。より詳細には、潤滑剤I1は、リン酸塩、CN/CNO、ベンゾトリアゾール、炭化水素、脂肪酸、およびオクチルリン酸塩(octylphosphate acid)を含有する。
【0037】
本発明の潤滑剤I2は、植物油、界面活性剤、石けん、リン化合物、極圧添加剤、トリアゾールタイプの腐食防止剤(例えばベンゾトリアゾール)、およびpH緩衝系を含有する水性乳濁液である。pHはまた、アミンの働きにより部分的に緩衝される。より詳細には、潤滑剤I2は、リン酸塩、CN/CNO、ベンゾトリアゾール、炭化水素、脂肪酸、およびオクチルリン酸塩を含有する。
【0038】
最終的な鋼製ワイヤの直径は、0.30mmである。湿式ワイヤ伸線加工後、鋼製ワイヤを撚り、2×0.30の鋼製コード構造にした。
【0039】
3種の鋼製ワイヤ1、鋼製ワイヤ2、および鋼製ワイヤ3を、3種の潤滑剤R、I1、およびI2と組み合わせて、9種の異なる鋼製コードサンプル、1−R、1−I1、1−I2、2−R、2−I1、2−I2、3−R、3−I1、および3−I2を得る。これらの9種の異なる鋼製サンプルをゴム化合物中で加硫した。これらのサンプルにおいて、引抜き力(POF)および出現率(APR)またはゴム被覆率を測定した。
【0040】
表1は、中でも、三元合金被覆物の表面のリン量を列記している。
【0041】
【表1】
【0042】
表2は、コバルトなしのゴム化合物で得られた、正規硬化(RC)および蒸気経年変化(SA)後の引抜き試験(ASTM D2229)および出現率試験の結果について言及している。
【0043】
【表2】
【0044】
本発明のサンプルである1−I1−inv、1−I2−inv、2−I1−inv、および2−I2−invは、蒸気経年変化の後の引抜き試験と出現率試験の両方においてより優れた性能を示している。本発明のサンプルである1−I1−inv、1−I2−inv、2−I1−inv、および2−I2−invのSA(蒸気後接着)の結果は、通常の黄銅被覆物を備えた3−R−ref、3−I1−ref、および3−I2−refサンプルのものよりも著しく優れた性能を示し、同一の潤滑剤および同レベルの表面上リン量の場合においても、通常の黄銅被覆物を備えたものより著しく優れた性能を示した。
【0045】
硬化不足(UC)の本発明のサンプル1−I1−inv、1−I2−inv、2−I1−inv、および2−I2−invの接着挙動は、許容可能な高レベルにある。下記の表3を参照されたい。硬化不足(UC)は、ゴムが正規の硬化時間の約半分で加硫される場合である。
【0046】
【表3】
【0047】
下記の表4は、本発明の鋼製コードサンプルである2−I2−invに実施したToF−SIMS分析の結果を要約したものである。
【0048】
【表4】
【0049】
本発明の鋼製コードサンプルの表面上または表面中に見られるベンゾトリアゾールの量は、ToF−SIMS分析技術のノイズレベルを明らかに超えている。それに比べて、対照標準潤滑剤Rで処理した鋼製コードサンプルの表面上または表面中に見られるベンゾトリアゾールの量は、1.00〜5.00の範囲にあり、これはノイズレベルと考えられる。
【0050】
下記の表5には、見込みのある2種のタイヤゴム化合物の配合が、蒸気経年変化および硬化後湿潤接着の効果的な向上が認められた場合のその性質と共に記載されている。
【0051】
【表5】
【0052】
表1に記載した三元合金組成物に続いて、以下の組成物も試験した。
【0053】
【表6】
【0054】
向上した接着性能およびより良好なゴム化合物により、タイヤの耐久性が増大したと認めることができる。さらに、ゴム化合物中にコバルトが存在しないことで、ゴムの熱老化が低減される。最後に、約2.5%〜4.0%またはそれを超える、より高いローリング抵抗を認めることができる。