(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
スタート期間におけるベース電流を供給している期間に、溶接ワイヤと被溶接物とが短絡したことを検出すると、溶接電流を増加して、前記ベース電流を供給している期間に短絡を開放する請求項1または2に記載のアーク溶接制御方法。
スタート期間におけるピーク電流からベース電流への立下り期間に、溶接ワイヤと被溶接物とが短絡したことを検出すると、溶接電流を増加して、前記立下り期間に短絡を開放する請求項1から3のいずれか1項に記載のアーク溶接制御方法。
各ワイヤ送給速度に適したピーク電流を供給する期間とは、1パルス1ドロップが実現できる期間であり、各ワイヤ送給速度に適したピーク電流の大きさとは、1パルス1ドロップが実現できる大きさである請求項1記載のアーク溶接制御方法。
【背景技術】
【0002】
亜鉛メッキ鋼板は、防錆や防食性に優れている。そのため、近年、自動車部品や建築用鉄骨部材等に用いられ、年々その需要は高まっている。
【0003】
しかしながら、亜鉛メッキ鋼板の使用には問題点もある。亜鉛メッキ鋼板の表面にメッキされている亜鉛は、鉄より融点が低い。そのため、亜鉛メッキ鋼板を溶接すると、その亜鉛が気化し、亜鉛蒸気が溶融池や溶融金属を通過して外部に拡散しようとする。溶融金属の凝固が速い場合、外部に亜鉛蒸気が拡散しきれず、溶接ビード内や溶接ビード表面にブローホールやピット(以下、気孔と呼ぶ)として残存する。このような気孔は、深刻な溶接欠陥につながる恐れもある。特に、アークスタート時は、定常溶接時に比べ、気孔の発生確率が高いという問題がある。アークスタート時は、アークスタート後に行われる定常溶接と比べ、亜鉛メッキ鋼板に熱が入り難く、表面の亜鉛を揮散しきれないため、気孔の残存確率が高くなる。
【0004】
従来のパルス溶接のアークスタート制御として、以下のものが知られている(例えば、特許文献1参照)。アークスタート期間に通電する電流の平均値を、定常溶接期間の溶接中の電流の平均値と略同一の値にしておく。そして、スプレー移行を安定して実現するため、アークスタート期間に通電するパルス電流のピーク電流値を、定常溶接中のピーク電流値よりも大きくし、かつ、1パルスの継続時間を定常溶接中の1パルスの継続時間よりも短くする。そして、溶接電流を検出してから予め設定した時間、例えば0.1秒ないし1秒間パルス電流を通電することによりアークを安定化させ、その後、定常溶接を始めるものである。
【0005】
図11に示すように、溶接を開始し、溶接電流が通電を開始してから予め定めた0.1秒ないし1.0秒のアークスタート期間中は、符号Aで示すように、ピーク電流値Ipaが大であり継続時間Tpaが短いパルス電流を通電する。その後、符号Bで示すように、ピーク電流値Ipbが小であり継続時間Tpbが長いパルス電流に切換える。なお、アークスタート期間中のパルス電流も、定常溶接中のパルス電流も、同一の平均値Iaである。しかし、符号Aで示すパルス電流と、符号Bで示すパルス電流とは、ピーク電流値および継続時間の他に、パルス周波数も異なる。
【0006】
以上のようなアークスタート制御を用い、1パルス/1ドロップのスプレー移行を安定して実現することで、アークスタート期間においてアークを安定化させた後、定常溶接に移行するものである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について、
図1から
図10を用いて説明する。
【0028】
(実施の形態1)
図1に、本実施の形態1におけるアーク溶接装置の概略構成を示す。
図1において、溶接電源装置14は、入力電源1の出力を整流する1次整流部2と、1次整流部2の出力を制御することで溶接出力を制御するスイッチング部3と、スイッチング部3からの電力を絶縁して変換するトランス4と、トランス4の2次側出力を整流する2次整流部5と、2次整流部5に直列に接続されたリアクタ6と(DCLともいう)、スイッチング部3を駆動させるための駆動部7と、溶接電圧を検出する溶接電圧検出部8と、溶接電流を検出する溶接電流検出部9と、溶接電圧検出部8の出力および/または溶接電流検出部9の出力に基づいて溶接状態が短絡状態であるのかアーク状態であるのかを判定する短絡/アーク検出部10と、短絡期間中に駆動部7を制御する短絡制御部11と、アーク期間中に駆動部7を制御するアーク制御部12と、溶接条件に応じたワイヤ送給速度を制御するワイヤ送給速度制御部13と、出力端子26aおよび出力端子26bを備えている。なお、アーク制御部12は、アーク期間中にパルス出力制御を行うパルス制御部27を備えている。
【0029】
溶接電源装置14において、短絡制御部11は、短絡/アーク検出部10から短絡であることを示す信号を受けると、短絡を開放させることができるように、短絡電流を制御する。アーク制御部12は、短絡/アーク検出部10からアークであることを示す信号を受けると、アーク制御部12内にあるパルス制御部27により、ピーク電流とベース電流を交互に出力するパルス出力制御を行う。
【0030】
また、ロボット18の動作を制御するロボット制御部17は、溶接条件を設定するための溶接条件設定部15と、アークスタート期間を設定するためのアークスタート期間設定部16を備えている。そして、ロボット制御部17は、溶接電源装置14と通信可能に接続されている。なお、ロボット18には、トーチ25が取り付けられている。
【0031】
溶接電源装置14に設けられたワイヤ送給速度制御部13は、ロボット制御部17内に設けられた溶接条件設定部15に設定されている設定溶接電流に基づいて、設定溶接電流に対応したワイヤ送給速度を決定し、このワイヤ送給速度を出力する。そして、ワイヤ送給速度制御部13の信号を受けて、アーク制御部12内にあるパルス制御部27は、受信したワイヤ送給速度に応じたピーク電流やベース電流を交互に出力するように制御する。また、ワイヤ送給速度制御部13の信号に基づいて、送給ローラを備えたワイヤ送給部21は、溶接ワイヤ20の送給を行う。
【0032】
ロボット制御部17内にあるアークスタート期間設定部16にアークスタート期間が記憶されており、溶接電源装置14は、アークスタート期間設定部16の信号をもとに、アークスタートの開始時からの所定時間を、アークスタート期間として制御する。なお、アークスタートの開始とは、溶接が開始され、溶接ワイヤ20が被溶接物24へ向けて送給され、また、溶接ワイヤ20と被溶接物24との間に電圧が印加され、溶接ワイヤ20と被溶接物24とが接触して電流が流れ、この電流を検出した時点をいう。
【0033】
溶接電源装置14と接続されたロボット制御部17の内部にある溶接条件設定部15は、溶接電流や溶接電圧等を設定するためのものである。なお、溶接電源装置14に設けられた2つの出力端子26aと出力端子26bのうち、一方の出力端子26aは、トーチ25内にある溶接ワイヤ20を保持するチップ22に電気的に接続され、チップ22を介して溶接ワイヤ20に電力が供給される。また、他方の出力端子26bは、被溶接物24に電気的に接続され、被溶接物24に電力が供給される。そして、溶接ワイヤ20の先端部と被溶接物24との間でアーク23が発生する。なお、ワイヤ送給部21は、溶接ワイヤ20を保存する溶接ワイヤ保存部19からチップ22に向けて、溶接ワイヤ20を送給する。
【0034】
以上のように構成された消耗電極式のアーク溶接装置の動作について説明する。なお、本実施の形態1のアーク溶接装置は、亜鉛メッキ鋼板のように表面処理が行われた鋼板を溶接する際に生じる気孔を抑制するため、パルス溶接のアークスタート期間において、溶接ワイヤ20と被溶接物24とが、あえて短絡するように、溶接電流等の制御を行うものである。すなわち、アークスタート期間に溶接ワイヤ20と被溶接物24とを短絡させ、そしてこの短絡を開放させることで溶融池を積極的に振動させ、鋼板を溶接する際に鋼板から生じた蒸気が溶融池(溶融金属)を通過して外部に揮散し易くすることで、気孔の発生を抑制するものである。
【0035】
なお、本実施の形態1において、被溶接物24は、表面処理が施された鋼板であり、その一例として、亜鉛メッキ鋼板を使用した場合について説明する。
【0036】
先ず、アーク制御部12の内部に設けられたパルス制御部27によるアークスタート制御について、
図2を用いて説明する。
【0037】
図2(a)は、消耗電極アーク溶接のパルス溶接時における溶接電流Awの時間変化を示している。
図2(b)は、アークスタート時の溶接電流Awの時間変化を示している。
図2(c)は、アークスタート時のワイヤ送給速度WFの時間変化を示している。なお、
図2(a)は、
図2(b)のアークスタート期間TSにおける溶接電流の部分拡大図に相当する。
【0038】
図2(a)において、時点P1は、パルス電流波形におけるベース電流IBからピーク電流IPへの立上りを開始した時点である。時点P2は、パルス電流波形の立上りが終了した時点である。この時点P1から時点P2までの期間を、パルス電流立上り期間TRとする。
【0039】
また、時点P2は、ピーク電流IPを維持するピーク電流期間を開始した時点でもある。時点P3は、ピーク電流IPを維持するピーク電流期間が終了した時点である。この時点P2から時点P3までの期間を、ピーク電流期間TPとする。
【0040】
また、時点P3は、パルス波形におけるピーク電流IPからベース電流IBへの立下りを開始した時点でもある。時点P4は、パルス電流波形の立下りが終了した時点である。この時点P3から時点P4までの期間を、パルス電流立下り期間TFとする。
【0041】
時点P5は、時点P1から時点P4までのパルス電流波形により溶接ワイヤ20の先端部分に形成された溶滴が、被溶接物24に形成された溶融池に接触し、短絡を開始した時点である。
【0042】
時点P6は、溶接ワイヤ20の先端に形成された溶滴と被溶接物24との短絡が開放した時点である。なお、短絡開放時の電流値は、最大値ISとなる。
【0043】
なお、時点P5から時点P6までの期間、短絡を開放できるように、短絡制御部11は、短絡電流ISLを増加している。
【0044】
時点P6から時点P7までの期間は、短絡が開放した時点の溶接電流である電流値ISからベース電流IBに溶接電流が戻る期間であり、短絡制御部11により制御されている。
【0045】
時点P8は、次のベース電流IBから次のピーク電流IPへのパルス電流波形の立上りを開始した時点である。この時点P1から時点P8までの期間がパルス周期PF(一周期)である。なお、時点P7から時点P8までの期間は、ベース電流IBとなるように制御する期間である。
【0046】
図2(b)と
図2(c)において、時点taでは、ロボット制御部17からの溶接開始の信号を受けたワイヤ送給速度制御部13が、定常溶接時のワイヤ送給速度WNよりも低いスローダウン速度WSで溶接ワイヤ20が送給されるように、ワイヤ送給部21を制御する。
【0047】
時点tbは、溶接ワイヤ20と被溶接物24とが接触し、溶接を開始した時点である。溶接ワイヤ20と被溶接物24とが接触すると、溶接電源装置14の内部にある短絡/アーク検出部10により、短絡であると判定され、溶接を開始する。
【0048】
時点tcは、スローダウン速度WSから溶接条件設定部15で設定された設定電流値に応じた定常溶接時のワイヤ送給速度WNまでワイヤ送給速度が加速され、ワイヤ送給速度がワイヤ送給速度WNに到達した時点である。
【0049】
時点tdは、時点tcから、所定時間TA後の時点であり、アークスタート期間TSの終了時点である。そして、時点td以降は、定常溶接期間TNとなる。
【0050】
所定時間TAは、1パルス/1短絡移行するパルス電流波形を出力する期間である。従って、長ければ、より気孔抑制の効果が高くなる。実験検証の結果から、目安として0.5〜2sec程度であれば問題ない。なお、所定時間TAや、所定時間TAを含むアークスタート期間TSは、ロボット制御部17内にあるアークスタート期間設定部16に、設定溶接電流に応じた適正なデータとして記憶されている。なお、アークスタート期間TSの間は、
図2(a)で説明したような1パルス/1短絡移行が生じるようにパルス電流波形が制御される。また、1パルス/1短絡移行とは、1周期のパルスの電流の印加により、短絡が1回生じることを意味している。
【0051】
なお、アークスタート期間TSの後の、溶融池が確実に形成された定常溶接期間TNでは、ブローホールやピットといった気孔が発生しない溶接条件下であれば、1パルス/1ドロップまたは1パルス/1短絡移行のどちらの溶滴移行状態でも良い。
【0052】
発明者らによるこれまでの実験や施工検証より、溶接速度が0.6m/min以下の遅い場合であれば、定常溶接期間TNにおいて、1パルス/1ドロップとなるように制御しても良い。しかし、溶接速度が0.8m/min以上の速い場合には、アークスタート時と同様に溶融池(溶融金属)の凝固が速くなるため、外部に亜鉛蒸気が拡散しきれない可能性が高まる。そのため、溶接速度が速い場合には、1パルス/1短絡移行をアークスタート時から定常溶接期間TN中も引き続き常時継続することが望ましい。
【0053】
ここで、アークスタート期間TSにおいて、1パルス/1短絡移行を実現する方法として、
図3(a)と
図3(b)を用いて説明する。すなわち、アークスタート期間TSにおいて、あえて短絡を発生させる方法について説明する。
【0054】
図3(a)は、ピーク電流IPの期間であるピーク電流期間TPを短くすることで短絡を発生させる方法を説明するための図である。
図3(a)において、実線であるパルス電流波形では、時点aにおいて1ドロップのスプレー移行になる。すなわち、ピーク電流期間TPは、1パルス1ドロップが実現できるピーク電流の期間である。しかし、本実施の形態1の制御方法では、ピーク電流期間を、破線であるピーク電流期間TP1のように、ピーク電流期間TPよりも短くするように制御する。このようにすることで、時点aにおいて1ドロップすることなく、時点bにおいて短絡移行させることができる。
【0055】
図3(b)は、ピーク電流IPを低くすることで短絡を発生させる方法を説明するための図である。
図3(b)において、実線であるパルス電流波形では、時点aにおいて1ドロップのスプレー移行になる。すなわち、ピーク電流IPは、1パルス1ドロップが実現できるピーク電流の値である。しかし、本実施の形態1の制御方法では、ピーク電流を、破線であるピーク電流IP1のように、ピーク電流IPよりも低くなるように制御する。このようにすることで、時点aにおいて1ドロップすることなく、時点bで短絡移行させることができる。
【0056】
図3(a)を用いて説明した方法と、
図3(b)を用いて説明した方法のいずれの方法においても、パルス電流波形の面積を小さくすることで、アーク長を短くすることができ、溶接ワイヤ20の溶融を抑制することで、1パルス/1ドロップするタイミングを遅らせることができる。これにより、
図2(a)に示すようなベース電流IBを通電しているベース電流期間TB中に、短絡を発生させることができる。なお、この両方の方法を組み合わせて制御するようにしてもよい。また、これらの方法以外にも、パルス電流波形の立下りを急峻にするなど、アークスタート期間TSにおけるパルス電流波形の面積を、定常溶接期間TNにおけるパルス電流波形の面積よりも小さくするように制御することで、アークスタート期間TSにおいて短絡を発生させることが可能となる。
【0057】
次に、アークスタート期間TSにおいて、1パルス/1短絡移行を実現する別の方法について、
図4を用いて説明する。
【0058】
図4は、パルス周期PFを長くすることでアーク長を短くして短絡を発生させる方法を説明するための図である。なお、パルス周期はパルス周波数の逆数である。そして、パルス周期PFを長くすることは、パルス周波数を低くすることである。
図4において、実線であるパルス周期PFでは、時点cにおいて1ドロップのスプレー移行になる。すなわち、パルス周期PFは、1パルス1ドロップが実現できるパルス周期である。しかし、本実施の形態1の制御方法では、パルス周期を、破線であるパルス周期PF1のように、パルス周期PFよりも長くなるように制御する。すなわち、パルス周波数を低くする。このようにすることで、時点cにおいて1ドロップすることなく、時点cにおいて短絡移行させることができる。
【0059】
なお、
図3や
図4を用いて説明したアーク溶接制御方法を実現する方法としては、予めアークスタート期間TSのパルス電流波形パラメータを用意しておく方法と、電圧制御によりピーク電流期間TPやピーク電流IP、パルス周期PFをアークスタート期間TSのみアーク長が短くなるように制御する方法の、どちらでも良い。
【0060】
次に、ベース電流期間TBにおいて1パルス/1短絡移行を実現するにあたり、短絡開放時の最大電流ISおよび短絡電流の増加傾きISLの適正な領域について説明する。なお、適正な領域は、発明者らの実験等により導き出されたものである。
【0061】
まず、
図3と
図4を用いて説明した制御方法により、アークスタート期間TSにおいて1パルス/1短絡移行になるように制御した場合に、
図2(a)に示す短絡開放時の最大電流ISの値にも適正な領域があり、この最大電流ISについて、
図5を用いて説明する。
【0062】
図5は、短絡開放時の最大電流ISを、100Aから400Aまで変化させた場合の、ブローホールやピットといった気孔とスパッタ発生量を比較評価した結果を示す図である。
【0063】
短絡開放時の最大電流ISが低い場合、電流が低いことから、ヒューズ効果が小さいため、スパッタ発生量は少ない。しかし、溶融池(溶融金属)の振動も小さいことから、亜鉛蒸気が溶融池(溶融金属)を通過して外部に揮散し難く、溶接ビード内や溶接ビード表面の気孔が多い状態となる。
【0064】
逆に、短絡開放時の最大電流ISが高い場合、電流が高いことからヒューズ効果が大きく、スパッタ発生量は多くなる。しかし、溶融池(溶融金属)の振動も大きいことから、亜鉛蒸気が溶融池(溶融金属)を通過して外部に揮散し易く、溶接ビード内や溶接ビード表面の気孔が少ない状態となる。
【0065】
このようなことから、気孔とスパッタ発生量の両者を満足する領域として、短絡開放時の最大電流ISは、150Aから300Aが適正と考えられる。
【0066】
次に、
図6は、
図2(a)で示した短絡電流の増加傾きISLを、25A/msecから250A/msecまで変化させた場合の、短絡開放の安定化とスパッタ発生量を比較評価した結果を示す図である。
【0067】
短絡電流の増加傾きISLが緩やかであると、先程説明した
図5の短絡開放時の最大電流ISが150A〜300Aの領域に到達せず、短絡開放そのものが安定して行われない可能性がある。また、短絡電流の増加傾きISLが急であると、先程説明した
図5の短絡開放時の最大電流ISが150A〜300Aの領域をオーバーしてしまう場合がある。このようなことから、短絡開放の安定化とスパッタ発生量の両者を満足できる領域として、短絡電流の増加傾きISLは、50A/msecから200A/msecが適正であると考えられる。
【0068】
なお、溶接ワイヤ20の先端部分に形成された溶滴が被溶接物24の溶融池(溶融金属)と短絡した状態から、短絡電流を増加させていき、短絡が開放する直前の予兆である溶滴のくびれを検出し、くびれを検出すると急峻に溶接電流を低下させる制御方法が広く知られている。この制御方法を用いると、短絡開放時のスパッタ発生量を低減することができる。しかし、本実施の形態1では、短絡開放時の最大電流によるヒューズ効果を利用して溶融池(溶融金属)の振動を大きくし、亜鉛蒸気が溶融池(溶融金属)を通過して外部に揮散し易くしている。従って、くびれを検出して溶接電流を急峻に低減してしまうと、本実施の形態1の効果が低減してしまう。従って、本実施の形態1のアーク溶接制御方法を実施する際には、くびれを検出して急峻に溶接電流を低減することは行わない。
【0069】
本実施の形態1のアーク溶接制御方法を行う場合、上記のように、短絡開放時の最大電流ISや短絡電流の増加傾きISLを適正な領域とする必要がある。しかし、実際に溶接を行うと、短絡開放時の最大電流ISは、アーク現象に応じて値が異なる。そのため、この適正領域内に収まりきらない場合も多々ある。短絡開放時の最大電流ISが適正な領域内に入るように、短絡電流の増加傾きISLの適正な領域を決めているが、最大電流ISが適正な領域をオーバーすることも多い。従って、
図7に示すように、本来時点P6が短絡開放すべき時点であるが、短絡開放できずに短絡電流をさらに増加する場合には、短絡開放時の最大電流ISをオーバーしないように、最大電流ISを上限としてリミットをかけることも可能である。すなわち、時点P6ではなく時点P6’で短絡が開放する場合、時点P6から時点P6’までの期間は最大電流ISを維持する。最大電流ISを、適正な領域の上限である300Aに制限することに関し、300Aという比較的高い電流値でもあるので、短絡開放に支障をきたすようなことはほとんどない。
【0070】
従って、この最大電流ISを制限する制御方法を行うことにより、短絡開放時の最大電流ISが適正な領域内に保たれて短絡の開放を行うことが可能となり、かなり適正な領域内での短絡開放の確率を上げることができる。
【0071】
次に、本実施の形態1のアークスタート制御方法を採用することによる効果について、
図8と
図9を用いて説明する。
【0072】
図8は、従来の制御と本実施の形態1の制御との溶接状態の比較を示しており、具体的には、溶接後のX線透視結果を示している。なお、従来の制御は、アークスタート時から定常溶接に移行するまでの所定時間は、1パルス/1ドロップの溶滴移行状態とするものである。また、本実施の形態1の制御は、アークスタート時から定常溶接に移行するまでの所定時間は、1パルス/1ドロップの溶滴移行状態ではなく、あえて短絡を発生させ、1パルス/1短絡移行である溶滴移行状態とするものである。
【0073】
従来の制御である1パルス/1ドロップの溶滴移行状態では、被溶接物の溶接スタート部にブローホールの気孔が存在し易い。しかし、本実施の形態1の制御方法による1パルス/1短絡移行の溶滴移行状態では、被溶接物の溶接スタート部に、ほとんどブローホールの気孔が存在しないことがわかる。
【0074】
図9は、本実施の形態1の制御方法である1パルス/1短絡移行の溶滴移行状態の短絡開放時のアーク画像である。このように、本実施の形態1のアーク溶接制御方法を行うと、短絡の開放により溶融池が窪むくらいまで大きく振動し、亜鉛蒸気が溶融池(溶融金属)を通過して外部に揮散し易くなり、溶接ビード内や溶接ビード表面に気孔が少ない状態で溶接を行うことができ、アークスタート部の気孔発生を抑制することができる。但し、溶融池を大きく振動させるために、短絡開放時の最大電流ISを150A〜300Aと高くするため、スパッタはやはり増加傾向にある。しかしながら、溶接ビード内や溶接ビード表面に気孔が存在することは溶接欠陥になるため、溶接品質上好ましくはない。従って、気孔はスパッタより重要な項目であるため、多少のスパッタは犠牲にしてでも気孔を抑制することが重要である。
【0075】
以上のように、本実施の形態1のアーク溶接制御方法によれば、亜鉛メッキ鋼板の溶接において、パルス溶接のアークスタート期間TSに、1パルス/1短絡移行を行うように制御することで、亜鉛メッキ鋼板上の溶融池(溶融金属)を大きく振動させることができ、亜鉛蒸気が溶融池(溶融金属)を通過して外部に揮散し易くなり、溶接ビード内や溶接ビード表面に気孔が少ない状態で溶接を行うことができ、アークスタート部の気孔発生を抑制することができる。
【0076】
なお、上記では、パルス溶接のアークスタート期間TSにおいて1パルス/1短絡移行が実現するように制御を行い、ベース期間TBにおいて短絡が発生し、このベース期間TBにおいて短絡を開放する場合について説明した。しかし、パルス溶接のアークスタート期間TSにおいて1パルス/1短絡移行が実現するように制御を行い、パルス電流立下り期間TF中に短絡が発生した場合、
図10に示すように、パルス電流立下り期間TF中から溶接電流を増加させて短絡を開放させるようにしてもよい。