特許第6040717号(P6040717)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6040717-冷延鋼板の製造方法 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6040717
(24)【登録日】2016年11月18日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】冷延鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/46 20060101AFI20161128BHJP
   C21D 9/56 20060101ALI20161128BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20161128BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20161128BHJP
   C23C 8/14 20060101ALI20161128BHJP
   G01N 23/20 20060101ALI20161128BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20161128BHJP
【FI】
   C21D9/46 W
   C21D9/56 101B
   C22C38/00 301T
   C22C38/06
   C23C8/14
   G01N23/20
   !C22C38/58
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-248216(P2012-248216)
(22)【出願日】2012年11月12日
(65)【公開番号】特開2014-95134(P2014-95134A)
(43)【公開日】2014年5月22日
【審査請求日】2015年8月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100089118
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 宏明
(72)【発明者】
【氏名】谷本 亘
(72)【発明者】
【氏名】青山 朋弘
(72)【発明者】
【氏名】野呂 寿人
(72)【発明者】
【氏名】永野 英樹
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−047042(JP,A)
【文献】 特開2010−053446(JP,A)
【文献】 特開平10−282020(JP,A)
【文献】 特開2001−281175(JP,A)
【文献】 特開2007−238997(JP,A)
【文献】 特開昭61−010749(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/46− 9/48
C21D 9/52− 9/66
C23C 8/10− 8/18
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cを0.05質量%以上0.3質量%以下、Siを0.6質量%以上3.0質量%以下、Mnを1.0質量%以上3.0質量%以下、Pを0.1質量%以下、Sを0.01質量%以下、Alを0.01質量%以上1.0質量%以下、Nを0.01質量%以下含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、酸化処理後に還元焼鈍処理を経て製造される冷延鋼板の製造方法であって、
前記酸化処理後に鋼板表面に形成された鉄系酸化物の量を鉄系酸化物の形態別に測定する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて測定された形態別の鉄系酸化物の量から求められる以下の数式(1)に示す評価指数に基づいて焼鈍処理の条件を決定する決定ステップと、
前記決定された条件に従って焼鈍処理を行うステップと、
を含むことを特徴とする冷延鋼板の製造方法。
【数1】
【請求項2】
前記測定ステップは、X線回折方法を利用して前記鉄系酸化物の量を測定するステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の冷延鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記決定ステップは、前記数式(1)から算出される評価指数が1.0以上10.0以下の範囲内に入るように、前記焼鈍処理の条件を決定するステップを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の冷延鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記測定ステップは、連続焼鈍ラインにおける加熱炉から抽出された鋼板の表面に形成された鉄系酸化物の量を鉄系酸化物の形態別に測定するステップを含むことを特徴とする請求項1〜のうち、いずれか1項に記載の冷延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷延鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化の観点から、引張強度590MPa以上の高い強度を有する冷延鋼板の需要が高まっている。自動車用の冷延鋼板は塗装をして使用されており、塗装の前処理としてリン酸塩処理と呼ばれる化成処理が施される。化成処理は塗装後の冷延鋼板の耐食性を確保する上で重要な処理の一つである。
【0003】
冷延鋼板の強度を高める方法として、SiやMn,P等の固溶強化元素を溶鋼に添加する方法が知られている。ところが、この方法によれば、連続焼鈍処理の際、鉄系の酸化が起こらない(鉄系酸化物を還元する)還元性の(N+H)ガス雰囲気でもSiが酸化することによって、鋼板最表面にSi酸化物(SiO)の薄膜が形成される。
【0004】
Si酸化物は化成処理による化成皮膜の形成反応を阻害する。このため、固溶強化元素を溶鋼に添加した場合、化成皮膜が形成されていないミクロ領域(スケ)ができ、冷延鋼板の化成処理性が低下する。このような背景から、特許文献1には、高濃度のSiを含む冷延鋼板の化成処理性を改善する技術が提案されている。
【0005】
詳しくは、特許文献1記載の技術は、鉄の酸化性雰囲気中で鋼板を400℃まで加熱することによって鋼板表面に鉄の酸化膜を形成した後、還元性雰囲気中で鋼板を再結晶温度まで加熱、冷却するものである。この技術によれば、酸化膜形成時には、主として酸化鉄の層が形成され、それと比較して微量であるSi酸化物が表面に濃化することを抑制できるので、冷延鋼板の化成処理性を改善することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−45615号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
化成処理性に基づいて冷延鋼板の最適な製造条件を決定する際には、温度や雰囲気等の各種製造条件を種々組み合わせて一連の製造工程によって冷延鋼板を実験的に製造した後、化成処理性を評価する。この場合、化成処理性は、電子顕微鏡等を利用して鋼板表面における化成結晶の分布状況を観察することによって評価される。しかしながら、一般に、鋼板の生産ラインでは、多種の鋼種及びサイズの鋼板製品を製造する必要があり、また長期間にわたって大量の鋼板製品を製造する。このため、当初の実験によって得られた最適な製造条件で冷延鋼板を製造しても、設備の劣化や変動等の要因によって良質な冷延鋼板が得られないことがある。また、品種等の切り替えによって製造条件を変化させた場合、品質が安定するために多くの時間を要する。
【0008】
そこで、このような問題を解決するために、酸化処理後の鋼板表面における鉄系酸化物の量を測定し、測定された鉄系酸化物の量に基づいて還元プロセスの条件を最適化する方法が考えられる。酸化・還元による処理では、酸化処理後の鋼板表面における鉄系酸化物の量が重要な因子であり、鉄系酸化物の量がわかればその後の還元プロセスの条件を最適化できる。また、酸化処理後の鉄系酸化物の量を目標とする鉄系酸化物の量にするために、昇温条件を適切にすることも可能となる。すなわち、酸化処理後の鋼板表面における鉄系酸化物の量を測定できれば、最適な製造条件の迅速な把握が可能になり、良質な鋼板製品を安定的に製造することができる。
【0009】
しかしながら、鋼板表面における付着量の測定方法としては、電磁膜厚計、赤外吸収法、蛍光X線等の種々の測定方法が知られているが、焼鈍処理後の高温状態の被測定物の表面の酸化物量をオンラインで測定する場合、どの方法も以下に示すような問題点を有している。すなわち、電磁膜厚計を利用した測定方法は、数μm程度の比較的薄い酸化膜厚を分析できる精度を有していない。また、赤外吸収法を利用した測定方法では、被測定物が高温状態である場合、高温状態の被測定物からの輻射熱が赤外領域に入るために酸素量を測定できない。また、蛍光X線を利用した測定方法では、酸素を測定するためには高真空雰囲気が必要になることから、製造ラインへの適用が困難である。また、電磁膜厚計や蛍光X線法を利用した測定方法では、酸素量を測定できるが、酸化物の形態別の分析は原理的に不可能である。
【0010】
一方、鉄鋼の工程分析等に用いられる酸素分析法として、JIS Z 2613:1992の通則があるが、不活性ガス融解−赤外線吸収法が知られている。この方法は、試料をオフラインにて黒鉛るつぼ内で加熱融解し、るつぼのCと試料のOとが反応してCOとして抽出後、COを酸化させてCOに変換し、赤外線吸収法でCO量を測定し、O量を分析する方法である。しかしながら、この方法は、試料に含まれるトータルの酸素量を測定しているのみであり、酸化物の形態別での量を測定することはできない。また、鋼板からサイズとして数mm以内の試料を採取した後、るつぼ内で加熱融解する必要があるため、当然オンライン分析に使うことは不可能である。
【0011】
以上のことから、従来の技術によれば、鋼板表面に存在する鉄系酸化物の量を形態別にオンラインで精度高く定量し、定量結果に基づいて冷延鋼板の製造条件を制御することによって、冷延鋼板の不良率を低下させ、良質な冷延鋼板を安定的に製造することができなかった。
【0012】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、良質な冷延鋼板を安定的に製造可能な冷延鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る冷延鋼板の製造方法は、Cを0.05質量%以上0.3質量%以下、Siを0.6質量%以上3.0質量%以下、Mnを1.0質量%以上3.0質量%以下、Pを0.1質量%以下、Sを0.01質量%以下、Alを0.01質量%以上1.0質量%以下、Nを0.01質量%以下含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、酸化処理後に還元焼鈍処理を経て製造される冷延鋼板の製造方法であって、前記酸化処理後に鋼板表面に形成された鉄系酸化物の量を鉄系酸化物の形態別に測定する測定ステップと、前記測定ステップにおいて測定された形態別の鉄系酸化物の量から求められる評価指数に基づいて焼鈍処理の条件を決定する決定ステップと、前記決定された条件に従って焼鈍処理を行うステップと、を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明に係る冷延鋼板の製造方法は、上記発明において、前記測定ステップが、X線回折方法を利用して前記鉄系酸化物の量を測定するステップを含むことを特徴とする。
【0015】
本発明に係る冷延鋼板の製造方法は、上記発明において、前記決定ステップが、以下に示す数式(1)を利用して評価指数を算出するステップを含むことを特徴とする。
【数1】
【0016】
本発明に係る冷延鋼板の製造方法は、上記発明において、前記決定ステップが、前記数式(1)から算出される評価指数が1.0以上10.0以下の範囲内に入るように、前記焼鈍処理の条件を決定するステップを含むことを特徴とする。
【0017】
本発明に係る冷延鋼板の製造方法は、上記発明において、前記測定ステップが、加熱炉から抽出された鋼板の表面に形成された鉄系酸化物の量を鉄系酸化物の形態別に測定するステップを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る冷延鋼板の製造方法によれば、冷延鋼板の不良率を低下させ、良質な冷延鋼板を安定的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、被測定試料から算出された評価指数と不活性ガス融解−赤外線吸収法により求められた酸素付着量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態である冷延鋼板の製造方法について説明する。
【0021】
始めに、本発明の一実施形態でさる冷延鋼板の成分組成について説明する。なお、以下では、成分に関する「%」表示は特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0022】
〔Siの含有量〕
Siは、加工性を低下させずに冷延鋼板の強度を上げる元素であり、含有量が0.6%未満では加工性、すなわち引張強度TS×伸びElが劣化する。このため、Siの含有量の下限値は0.6%以上、望ましくは1.10%以上であることが望ましい。一方、Siの含有量が3.0%を超えると、冷延鋼板の脆化が著しく、加工性が劣化し、また化成処理性が劣化する。このため、Siの含有量の上限値は3.0%%以下とする。
【0023】
〔C,Mnの含有量〕
金属組織をフェライト−マルテンサイト、TRIP(TRansformationInduced Plasticity)等に制御し、所望する材質を得るために、冷延鋼板は固溶強化能及びマルテンサイト生成能を有するC、Mnを含有している。Cの含有量の下限値は0.05%以上、好ましくは0.10%以上である。Mnの含有量の下限値は1.0%以上である。一方、CやMnを過度に添加すると、冷延鋼板の加工性が著しく低下する。このため、Cの含有量の上限値は0.3%以下、Mnの含有量の上限値は3.0%以下とする。
【0024】
〔Alの含有量〕
Alは脱酸材として添加される。Alの含有量が0.01%未満であると、脱酸材としての効果が不十分である。一方、Alの含有量が1.0%%を超えると、脱酸材の効果が飽和し、不経済となる。このため、Alの含有量は0.01%以上1.0%%以下の範囲内とする。
【0025】
〔その他の化学成分の含有量〕
冷延鋼板は、Fe及び不可避的不純物としてP,S,Nを含有している。Pの含有量の上限値は0.1%以下、好ましくは0.015%以下である。Sの含有量の上限値は0.01%以下、好ましくは0.003%以下である。Nの含有量の上限値は0.01%以下である。また、材質及び金属組織の制御のために、Cr,Mo,Ni,及びCuのうちの1種又は2種以上をそれぞれ0.01%以上1.0%%以下含有してもよい。また、冷延鋼板の強度を上げるため、Ti,Nb,Vのうちの1種又は2種以上をそれぞれ0.001%以上0.1%以下含有してもよい。素材の強度及び塗装焼付け後の強度を上げるため、Bを0.0003%以上0.005%以下含有してもよい。
【0026】
なお、本発明の一実施形態である冷延鋼板では、鋼板に化成処理を施す前に、鋼板を酸化させて表面に鉄系酸化物を形成した後、鉄系酸化物を還元することが肝要である。一般に、鋼板を酸化させるとウスタイト(FeO)、マグネタイト(Fe)、及びヘマタイト(Fe)の3つの形態の鉄系酸化物が形成されるが、これら鉄系酸化物の存在比率については問わない。
【0027】
〔冷延鋼板の製造方法〕
次に、本発明の一実施形態である冷延鋼板の製造方法について説明する。
【0028】
本発明の一実施形態である冷延鋼板の製造方法では、始めに、上記成分組成の鋼板に対して熱間圧延処理及び酸洗処理を施した後、冷間圧延を施し、その後連続焼鈍ラインで連続焼鈍する。連続焼鈍前までの冷延鋼板の製造方法は、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。
【0029】
連続焼鈍ラインでは、昇温、均熱、及び冷却の連続する3工程が行われる。一般的な連続焼鈍ラインは、鋼板を加熱昇温する加熱炉、均熱する均熱炉、及び冷却炉を備えている。但し、連続焼鈍ラインは加熱炉の前にさらに予熱炉を備えていてもよい。昇温時には、例えば空気比を調整した直火バーナーを用いた加熱炉で鋼板を加熱することができる。
【0030】
これにより、鋼板表面に鉄系酸化物が形成される。鉄系酸化物形成の観点からは、鋼板表面をできるだけ高い温度まで到達させた方がよく、好ましくは鋼板表面を650℃以上になるまで昇温する。しかしながら、鋼板表面を過度に酸化させると、次の還元性雰囲気炉で鉄系酸化物が剥離し、ピックアップの原因となるので、空気比を例えば0.85以上0.95以下程度の範囲内に調整した直火バーナーを用いた加熱は鋼板温度が800℃以下で行うことが好ましい。
【0031】
直火バーナーとは、製鉄所の副生ガスであるコークス炉ガス(COG)等の燃料と空気とを混ぜて燃焼させたバーナー火炎を直接鋼板表面に当てて鋼板を加熱するものである。直火バーナーは、輻射方式の加熱よりも鋼板の昇温速度が速いため、加熱炉の炉長を短くできることやラインスピードを速くできること等の利点を有している。さらに、直火バーナーによれば、空気比を高くし燃料に対する空気の割合を多くすると、未燃の酸素が火炎中に残存し、その酸素で鋼板の酸化を促進できる。
【0032】
空気比が高いと酸化性が強くなるため、鉄系酸化物形成の観点からは、空気比はできるだけ高い方が良いが、空気比が例えば0.85以上であっても十分に鉄系酸化物形成が起こる。好ましくは空気比が0.85以上0.95以下の範囲内で酸化を行うことで後工程の還元工程でSi含有酸化物の少ない表面状態を製造できる。しかしながら、過度に酸化させると、次の還元性雰囲気の均熱炉で鉄系酸化物が剥離し、ピックアップの原因となる。直火バーナーの燃料は、COG、液化天然ガス(LNG)等を使用できる。
【0033】
均熱焼鈍は、材質調整の観点から、一般的には鋼板温度が750℃から900℃の範囲内で行われる。均熱時間は例えば20秒以上180秒以下の範囲内にすることが好ましい。また、露点−25℃以下の1〜10体積%H+残部Nガス雰囲気の炉で均熱焼鈍することが好ましい。均熱焼鈍後の工程は、品種によって様々であるが、本発明はその工程は特に限定されない。例えば、均熱焼鈍後、ガス、気水、水等により冷却し、必要に応じて150℃以上400℃以下の温度範囲内の焼き戻しを施してもよいし、冷却後又は焼き戻し後に表面性状を調整するために塩酸や硫酸等を用いた酸洗処理を行ってもよい。また、化成処理時の化成結晶の生成を促進し、化成処理性を向上させるために、鋼板表面にNi付着量が5mg/m以上100mg/m以下の範囲内のNiめっきを施してもよい。
【0034】
上記の製造方法に従えば、鋼板表面に還元鉄層が形成されるため、表層への化成処理性を阻害するSiを主成分とする酸化物等の露出を抑制できる。ここで、重要な因子は昇温によって鋼材表面に生成する鉄系酸化物の量であることは明白である。すなわち、鋼板表面における鉄系酸化物の量が少ないと、還元された鉄層も少なくなるために良好な化成処理性を実現することができない。一方、鉄系酸化物の量が多い場合には前述の通りにピックアップ等の問題が生じる。
【0035】
従って、昇温によって鋼材表面に生成する鉄系酸化物の量には適切な範囲が存在し、鉄系酸化物の量が適切な範囲になるように昇温条件を設定する必要がある。特に製造ラインでは、製造する鋼種、ライン速度、板幅等の操業条件が変化しても鉄系酸化物の量が適切な範囲内になるように製造しなければならない。このような製造ラインにおいて、昇温によって鋼材表面に生成する鉄系酸化物の量を測定できれば,不良となる製品を削減し、飛躍的に生産性を向上できることは自明である。
【0036】
そこで、本発明では、X線回折法を利用して酸化工程後に鋼板表面に形成された酸化物の量を鉄系酸化物の形態別に測定し、形態別の鉄系酸化物の量から求められる評価指数に基づいて焼鈍処理の条件を決定し、決定された条件に従って焼鈍処理を行う。X線回折法を利用して昇温によって鋼板表面に生成した鉄系酸化物の量を測定することにより、製造における操業の指針となる鉄系酸化物の量の評価指数を得ることができ、安定した製品を製造することが可能となる。
【0037】
〔実施例〕
種々の昇温条件によって酸素付着量を0〜2g/mの間で変化させた鉄系酸化物を鋼材表面に形成した冷延鋼板を製造した。同一条件で製造した板から100×200mmの2枚の被測定試料を切り出し、一方の被測定試料については、不活性ガス融解−赤外線吸収法を利用して鉄系酸化物量を酸素付着量として算出し、他方の被測定試料については、X線回折法を利用して鉄系酸化物量の評価指数を算出した。X線回折法は、出力:40kV−260mAのCo管球を用いてθ−2θ法で測定した。そして、30.5〜55.4度の回折角度範囲を0.24度/分の速度でスキャンした。
【0038】
標準試料としては、試薬として販売されているFeO、Fe、及びFeの3種類の鉄系酸化物の粉末とα−Feの粉末とをそれぞれを等量となるように配合した後にプレス成型したペレット状のものを用いた。被測定試料は,鉄系酸化物をこそぎ落とすことなく、そのままの状態でX線回折装置にセットできる大きさに切り出しX線回折装置にセットして測定した。
【0039】
FeO、Fe、Fe、及びα−Feについてはそれぞれ、49.0度、38.7度、35.0度、及び52.3度のX線回折ピークの強度を用いた。具体的には、4つのX線回折ピークについてピークフィッティングを行いピーク面積を算出してそれぞれの強度とした。得られた標準試料及び被測定試料でのFeO、Fe、Fe、α−FeについてのX線回折ピークの強度から以下に示す数式(1)によって評価指数を求めた。
【0040】
【数2】
【0041】
被測定試料を用いて上記計算によって求めた評価指数と不活性ガス融解−赤外線吸収法により求められた酸素付着量との関係を図1に示す。図1に示すように、評価指数と不活性ガス融解−赤外線吸収法により求められた酸素付着量との間には良好な相関関係があり、評価指数から昇温によって鋼材表面に形成された鉄系酸化物量を好適に推定できた。このとき分析精度(σd)は0.14g/mであった。
【0042】
酸化物量を測定した後の試料を用いて化成処理性、めっき性、及び酸化物剥離性を評価した。化成処理性は、化成処理後の試料表面を電子顕微鏡によって観察することによって評価した。めっき性は、めっき後の試料表面を化成処理性の評価同様に電子顕微鏡によって観察することにより評価した。酸化物剥離性は、試料表面にテープを貼付け、テープを剥がし、試料の重量減から評価した。評価結果を評価指数と共に以下の表1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
表1に示すように、評価指数が0.5以下になるとめっき性が劣化し、評価指数が1.0以下になると化成処理性が劣化した。また、評価指数が10.0を超えると酸化物剥離性が悪化した。このことから、評価指数が1.0以上10以下の範囲内に入れば、化成処理性及びめっき性が良好で、酸化物の剥離の無い鉄系酸化物を形成できると言える。従って、評価指数が1.0以上10以下の範囲内に入るように、酸化工程後の焼鈍処理の条件を制御することによって、安定した製品を製造することが可能となる。
【0045】
実際にX線回折法で測定された評価指数に基づいて還元炉の操業条件を最適化して冷延鋼板を製造した。その結果、従来では不良率が7.2%であったのに対して、不良率は0%となり、不良率の大幅に低減できた。なお、不良率は、操業開始や品種切り替えの操業条件変化時のデータを除き、安定製造している時のデータのみを用いて算出した。また、評価は、コイルの全長から3箇所(コイルの先端5m地点、中央地点、終端から5m地点)、幅方向3点(エッジから100mmの両端、中央部)の表裏面を切り出し、化成処理後に顕微鏡で化成処理の結晶分布を観察することによって評価した。
【0046】
本実施例では、還元炉の操業条件を調整することによって鉄系酸化物量を制御したが、後段の表層酸化物を除去する手段の制御条件を調整することによって鉄系酸化物量を制御してもよい。具体的には、ロール、ブラシ、砥石等の表層酸化物の機械的除去手段における鋼板への圧加力や回転速度、酸やアルカリ等の表層酸化物の化学的除去手段における濃度や時間等を調整することによって鉄系酸化物量を制御できる。
【0047】
以上、本発明者によってなされた発明を適用した実施の形態について説明したが、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述及び図面により本発明は限定されることはない。すなわち、本実施形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施の形態、実施例、及び運用技術等は全て本発明の範疇に含まれる。
図1