(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
車両の電動パワーステアリング装置(1)に適用され、操舵トルクをアシストするモータの駆動を制御し、さらに、前記電動パワーステアリング装置と車両に搭載された他の制御装置との協働により車両に所望の動作を実現させる協調制御の指令を上位の車両制御装置(55)から受ける請求項1または2に記載の回転機の制御装置であって、
前記故障検出手段によって、いずれかの系統の前記電力変換器又は前記巻線組の故障が検出されたとき、
前記制御部は、前記車両制御装置から指令される協調制御信号の要求を実行不能な場合、前記協調制御信号の受信を拒否することを特徴とする回転機の制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明による回転機の制御装置を車両の電動パワーステアリング(EPS)装置に適用した実施形態を図面に基づいて説明する。
なお、第2実施形態の特徴を含む形態が「特許請求の範囲に記載の発明を実施するための形態」に相当する。
初めに、各実施形態に共通の構成について、
図1、
図2を参照して説明する。
【0016】
[共通の構成]
図2は、電動パワーステアリング装置1を備えたステアリングシステム90の全体構成を示す。ハンドル91に接続されたステアリングシャフト92には、操舵トルクを検出するためのトルクセンサ94が設置されている。ステアリングシャフト92の先端にはピニオンギア96が設けられており、ピニオンギア96はラック軸97に噛み合っている。ラック軸97の両端には、タイロッド等を介して一対の車輪98が回転可能に連結されている。ステアリングシャフト92の回転運動は、ピニオンギア96によってラック軸97の直線運動に変換され、ラック軸97の直線運動変位に応じた角度について一対の車輪98が操舵される。
【0017】
電動パワーステアリング装置1は、回転軸を回転させるアクチュエータ2、及び、回転軸の回転を減速してステアリングシャフト92に伝達する減速ギア89を含む。
アクチュエータ2は、操舵アシストトルクを発生する「回転機」としてのEPSモータ80と、モータ80を駆動する「回転機の制御装置」としてのEPSモータ制御装置10(第4実施形態以外では「モータ制御装置」という。)とから構成される。本実施形態のモータ80は3相交流ブラシレスモータであり、減速ギア89を正逆回転させる。
モータ制御装置10は、制御部65、及び、制御部65の指令に従ってモータ80への電力供給を制御する「電力変換器」としてのインバータ601、602を含む。
【0018】
回転角センサ85は、例えば、モータ80側に設けられる磁気発生手段である磁石と、モータ制御装置10側に設けられる磁気検出素子とによって構成され、モータ80のロータ回転角θを検出する。
制御部65は、トルク指令trq
*、回転角センサ85からの回転角信号、フィードバック電流等に基づいて、インバータ601、602のスイッチングを操作し、モータ80の通電を制御する。これにより、電動パワーステアリング装置1のアクチュエータ2は、ハンドル91の操舵を補助するための操舵アシストトルクを発生し、ステアリングシャフト92に伝達する。
【0019】
詳しくは、
図1に示すように、モータ80は、2組の巻線組801、802を有する。第1巻線組801は、U、V、W相の3相巻線811〜813から構成されており、第2巻線組802は、U、V、W相の3相巻線821〜823から構成されている。インバータ601は、第1巻線組801に対応して設けられており、インバータ602は、第2巻線組802に対応して設けられている。以下、インバータ、及び、そのインバータと対応する3相巻線組の組合せの単位を「系統」という。複数系統における各系統の電気的特性は同等であるものとする。また、系統毎の構成要素、物理量の符号について、第1系統の符号には末尾に「1」を付し、第2系統の符号には末尾に「2」を付す。
【0020】
モータ制御装置10は、電源リレー521、522、コンデンサ53、インバータ601、602、電流センサ701、702、及び制御部65等を備えている。
電源リレー521、522は、バッテリ51からインバータ601、602への電力供給を系統毎に遮断可能である。
コンデンサ53は、バッテリ51と並列に接続され、電荷を蓄え、インバータ601、602への電力供給を補助したり、サージ電流などのノイズ成分を抑制したりする。
【0021】
第1系統インバータ601は、第1巻線組801の各巻線811〜813への通電を切り替えるべく、6つのスイッチング素子611〜616がブリッジ接続されている。本実施形態のスイッチング素子611〜616は、MOSFET(金属酸化物半導体電界効果トランジスタ)である。以下、スイッチング素子611〜616をMOS611〜616という。
【0022】
高電位側である上アームのMOS611〜613は、ドレインがバッテリ51の正極側に接続されている。また、上アームのMOS611〜613のソースは、低電位側である下アームのMOS614〜616のドレインに接続されている。下アームのMOS614〜616のソースは、バッテリ51の負極側に接続されている。上アームのMOS611〜613と下アームのMOS614〜616との接続点は、それぞれ、巻線811〜813の一端に接続されている。
【0023】
電流センサ701は、インバータ601から巻線組801に通電される相電流を検出する。
図1の例では3相の電流をそれぞれ検出しているが、他の例では、2相の電流を検出し、キルヒホッフの法則を用いて他の1相の電流を算出してもよい。
また、第1系統インバータ601の電源ラインとグランドラインとの間の所定分圧によって、入力電圧Vr1が検出される。
第2系統インバータ602についても、スイッチング素子(MOS)621〜626、電流センサ702の構成、及び、入力電圧Vr2を検出する構成は、第1系統インバータ601と同様である。
【0024】
制御部65は、マイコン67、駆動回路(プリドライバ)68等で構成される。マイコン67は、トルク信号、回転角信号等の入力信号に基づき、制御に係る各演算値を制御演算する。駆動回路は、MOS611〜616、621〜626のゲートに接続され、マイコン67の制御に基づいてスイッチング出力する。
特に本実施形態の制御部65は、二系統のうちいずれか一系統が故障したとき、故障系統のインバータへの出力を停止し、且つ、正常系統のインバータへの出力について、特徴的な制御を実行する。その特徴的な制御について、以下に詳しく説明する。
【0025】
[制御部の構成]
以下、二系統のインバータ601、602又は巻線組801、802のうち、いずれか一系統が故障したとき、正常系統のみの駆動でモータ80の出力トルクを維持するための制御部65の構成、及び、制御部65が実行する処理について、実施形態毎に説明する。各実施形態の説明では、モータ制御装置10及び制御部65の符号について、実施形態毎に「101〜103」及び「651〜653」の符号を付す。また、各実施形態で実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。
【0026】
(第1実施形態)
第1実施形態のEPSモータ制御装置について、
図3〜
図5を参照して説明する。
図3の制御ブロック図において、モータ制御装置101のうち二点鎖線で囲んだ部分が制御部651に該当する。つまり、インバータ601、602、電流センサ701、702、及び、故障検出手段751、752は、本発明で定義する「制御部」には含まれない。ただし、それは概念上の区別に過ぎず、現実の基板における電子素子が分離して配置されているということを意味するものではない。
【0027】
全ての系統のインバータ及び巻線組が正常であるとき、つまり、二系統ならば第1系統と第2系統とのインバータ及び巻線組が共に正常であるときを「通常駆動時」という。
まず、通常駆動時について、代表として第1系統の構成を説明する。制御部651は、周知の電流ベクトル制御を用いた電流フィードバック制御によりモータ80の通電を制御するものであり、第1系統について、電流指令値演算部151、最大電流制限部201、3相2相変換部251、制御器301及び2相3相変換部351を有している。
【0028】
電流指令値演算部151は、入力されたトルク指令trq
*に基づき、数式又はマップ等を用いてdq軸電流指令値Id1
*、Iq1
*を演算する。
最大電流制限部201は、素子の過熱保護等の観点から、電流指令値の最大値を制限する。電流指令値演算部151が演算したdq軸電流指令値Id1
*、Iq1
*が制限値を超える場合、最大電流制限部201は、制限値に補正したdq軸電流指令値Id1
**、Iq1
**を出力する。一方、電流指令値演算部151が演算したdq軸電流指令値Id1
*、Iq1
*が制限値以下の場合には、最大電流制限部201は、電流指令値Id1
*、Iq1
*をそのまま電流指令値Id1
**、Iq1
**として出力する。
最大電流制限値Ilimは、dq軸電流ベクトルの大きさ(=√(Id
2+Iq
2))に対して設定されてもよく、d軸電流及びq軸電流のそれぞれに対して設定されてもよい。Ilim1、Ilim2は、それぞれ、第1系統及び第2系統についての最大電流制限値を示す。
【0029】
3相2相変換部251は、回転角センサ85からフィードバックされた回転角θに基づき、電流センサ701が検出した3相の相電流検出値Iu1、Iv1、Iw1をdq軸電流検出値Id1、Iq1にdq変換する。
制御器301は、dq軸電流指令値Id1
**、Iq1
**とdq軸電流検出値Id1、Iq1との電流偏差が入力され、この電流偏差を0にするように、PI(比例積分)制御演算等によって電圧指令値Vd1、Vq1を演算する。
【0030】
2相3相変換部351は、回転角センサ85からフィードバックされた回転角θに基づき、dq軸電圧指令値Vd1、Vq1を3相電圧指令値Vu1、Vv1、Vw1に逆dq変換してインバータ601に出力する。
インバータ601は、例えばPWM制御により、3相電圧指令値Vu1、Vv1、Vw1に対応するデューティ信号に基づいて、各相MOSのスイッチングを操作する。これにより、指令された3相交流電圧がモータ80に印加され、モータ80は、所望のアシストトルクを生成する。
第2系統について、電流指令値演算部152、最大電流制限部202、3相2相変換部252、制御器302及び2相3相変換部352の構成は、第1系統と同様である。
【0031】
次に、二系統のうちいずれか一方のインバータ又は巻線組が故障した場合を想定する。
以下では、「第1系統が故障し、第2系統が正常である」場合を仮定する。そのため、
図3において、故障系統でのみ用いられる構成は第1系統側に記載し、正常系統でのみ用いられる構成は第2系統側に記載し、その他の図示を省略する。ただし、故障検出手段751、752については第1系統の故障検出手段751を実線で示し、第2系統の故障検出手段752を破線で示す。これらの構成は、実際には両方の系統に同様に設けられる。
【0032】
この故障には、ショート故障及びオープン故障が含まれる。
本明細書では、インバータ601又は巻線組801において、いずれかの配線間が非導通を意図する制御に反して導通状態となっている状態を「ショート故障」と定義する。また、全系統のうちいずれか一部の系統がショート故障している状態を「一部系統ショート故障」という。なお、全ての系統が故障し正常系統が存在しないという状況は、本発明の想定範囲外である。
【0033】
インバータ601のショート故障とは、各相上下アームのMOS611〜616のいずれかで、駆動回路68からゲートにオフ信号が入力されているにもかわらず、ドレイン−ソース間が導通状態となる故障等をいう。
また、巻線組801のショート故障とは、いずれかの相の巻線と電源ラインとが天絡、或いは、いずれかの相の巻線とグランドラインとが地絡する故障をいう。
【0034】
一方、インバータ601又は巻線組801において、いずれかの配線間が導通を意図する制御に反して非導通状態となっている状態を「オープン故障」と定義し、全系統のうちいずれか一部の系統がオープン故障している状態を「一部系統オープン故障」という。
インバータ601のオープン故障とは、各相上下アームのMOS611〜616のいずれかで、駆動回路68からゲートにオン信号が入力されているにもかわらず、ドレイン−ソース間が非導通状態となる故障等をいう。
また、巻線組801のオープン故障とは、いずれかの相の巻線、又は巻線と端子との接続部が断線(非接続)状態となる故障をいう。
【0035】
故障検出手段751は、電流センサ701が検出した相電流検出値Iu1、Iv1、Iw1、及びインバータ601の入力電圧Vr1等に基づいて、インバータ601又は巻線組801の故障を検出する。
故障検出手段751は、第1系統の故障を検出すると、インバータ601への出力を停止する。その停止の方法としては、図中に破線で示すように、電流指令値演算部151が指令する電流指令値Id1
*、Iq1
*、又は、最大電流制限部201が設定する最大電流制限値を0としてもよい。また、駆動回路58からMOS611〜616への駆動信号を全てオフしてもよい。或いは、再通電の可能性が無ければ、回路上でインバータ601の電源ラインに設けられる電源リレー521を遮断してもよい。
【0036】
そして、制御部651は、正常な第2系統のみでモータ80の駆動を継続する。このように正常系統を動作させることで、一系統が故障したとき、操舵トルクのアシスト機能が完全に喪失することを防止することができる。
ところで、特許文献1(特開2013−48524号公報)に詳しく説明されているとおり、ショート故障のため故障系統のインバータ601への出力を停止したとき、正常系統のインバータ602がモータ80を駆動することによって、或いは、運転者がステアリングシャフト92を操舵し負荷側からモータ80が回転されることによって、故障系統のインバータ601には逆起電圧が発生する。この逆起電圧により、モータ80には、駆動に逆らうブレーキトルクが発生する。また、ブレーキトルクは、モータ回転数が高いほど大きくなる。一方、オープン故障の場合にはブレーキトルクは発生しない。
【0037】
ショート故障の場合にブレーキトルクが発生することで、モータ80の最大トルクは低下する。そこで、最大トルクを低下させない、或いは、低下を極力抑制するために、正常系統のインバータ601に対し通常駆動時よりも大きな電流を流すことが求められる。
そのため、本実施形態の制御部651は、正常系統である第2系統の最大電流制限部202がモータ回転角速度ωを取得し、モータ回転角速度ωが大きいほど最大電流制限値Ilimを増加させることを特徴とする。
モータ回転角速度ω[deg/s]は、回転角センサ85が検出した回転角θを微分器86が時間微分することで算出される。モータ回転角速度ωは、比例定数を乗じることで回転数Nに換算されるものであり、本明細書では回転数と同じ意味で用いる。
【0038】
図4(a)〜(c)に、モータ回転角速度ωに対する最大電流制限値Ilimの増加特性の例を示す。縦軸に示す「Imax」は、二系統正常時における定格電流であり、定格電流の2分の1を「Imax/2」と示す。この、「Imax/2」は、「通常駆動時における一系統あたりの最大電流制限値」に相当する。
図4(a)〜(c)では、いずれも、モータ80の停止時(モータ回転角速度ω=0)の最大電流制限値Ilimは、定格電流の2分の1(Imax/2)に設定されている。そして、モータ80の回転中は、モータ回転角速度ωが0から大きくなるほど、最大電流制限値Ilimを増加させている。つまり、右上がりの特性線が描かれている。
【0039】
なお、
図4(a)〜(c)の横軸のモータ回転角速度ωの上限は、適用される電動パワーステアリング装置1において現実に使用が想定される最大角速度である。つまり、
図4(a)〜(c)は、あくまで実用領域でのモータ回転角速度ωと最大電流制限値Ilimとの関係を規定する図であり、現実に使用されない高回転領域までを考慮していない。
【0040】
図4(a)に示す特性パターンは、モータ回転角速度ωがゼロ付近では最大電流制限値Ilimの増加率が大きく、モータ回転角速度ωの増加に伴って最大電流制限値Ilimの増加率が徐々に小さくなり、やがて最大電流制限値Ilimが飽和傾向となるパターンである。この特性パターンは、操舵速度とブレーキトルクとの実測値をプロットした曲線になぞらえたものであり、「ブレーキトルク(負)とアシスト増加量(正)との和が0となるように制御する」という思想に基づく。
図4(b)に示す特性パターンは、簡易的に、モータ回転角速度ωに対して最大電流制限値Ilimを線形増加させるものである。
図4(c)に示す特性パターンは、モータ回転角速度ωの増加に伴って増加率を徐々に大きくするものであり、実車試験による適合を考慮したパターンである。
【0041】
ところで、第1系統にオープン故障が検出された場合には、逆起電圧によるブレーキトルクが故障系統に発生しないため、正常系統の最大電流制限値Ilimを増加させる必要はなく、「通常駆動時の一系統あたりの最大電流制限値」、すなわち「Imax/2」以下に設定すればよい。例えば
図4(a)〜(c)に破線で示すように、モータ回転角速度ωによらず最大電流制限値Ilimを「Imax/2」で一定とすればよい。これにより、正常系統一系統あたりに流れる最大電流は、故障系統での故障発生前と同等となる。
【0042】
続いて、最大電流制限値設定ルーチンについて、
図5のフローチャートを参照して説明する。以下のフローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。ここでは、
図3のブロック図に準じ、「第2系統は正常であり、第1系統は故障の可能性がある」という前提で、第2系統の最大電流制限値Ilimを設定するフローを説明する。
【0043】
S1では、他方の系統(第1系統)のインバータ601又は巻線組801が故障しているか否か判断する。他方の系統(第1系統)のインバータ601及び巻線組801が共に正常である場合(S1:NO)、S2で、
二系統合計の定格電流Imaxを最大電流制限値Ilimとする。他方の系統(第1系統)のインバータ601又は巻線組801が故障している場合(S1:YES)、S3で、ショート故障であるかオープン故障であるか判定する。
【0044】
ショート故障の場合(S3:YES)、
図4の特性図に基づき、モータ回転角速度ωに応じて最大電流制限値Ilimを設定する。
オープン故障の場合(S3:NO)、一系統駆動時の最大電流制限値Ilimを最大電流制限値Ilimとして設定する。この「一系統駆動時の最大電流制限値Ilim」は、
図4に破線で示すように、定格電流Imaxの2分の1(Imax/2)に設定してもよい。或いは、システムの出力、放熱性、安全率等を考慮し、定格電流Imaxの2分の1(Imax/2)から定格電流Imaxまでの範囲で設定してもよい。
【0045】
(効果)
第1実施形態のモータ制御装置101の効果について説明する。
(1)本実施形態では、二系統のうちいずれか一系統のインバータ601又は巻線組801がショート故障し、正常系統のみでモータ80の駆動を継続する場合、モータ回転角速度ωが大きいほど、正常系統の最大電流制限値Ilimを増加させる。
モータ80の回転中には各相のMOSが交互にオンオフし、sin波形の電流が各相に平均的に流れる。抵抗をR、電流をIとすると、発熱Pは、「P=RI
2」であることから、sin波形の電流の2乗の積算値は、最大電流(=sin波形の振幅)の2乗の積算値に対してさらに小さくなる。つまり、回転中は停止中に比べ特定相に発熱が集中しないため、発熱防止に有利である。そこで、モータ回転中にのみ最大電流制限値Ilimを増加させることで、正常系統での発熱を効果的に防止しつつ、故障系統に発生する逆起電圧によって生じるブレーキトルクを補うトルクをモータ80に出力させることができる。
【0046】
(2)一方、モータ80の停止中、すなわち回転角速度ωが0のときには、正常系統の最大電流制限値Ilimを、「通常駆動時における一系統あたりの最大電流制限値」である定格電流Imaxの2分の1(Imax/2)以下に設定する。
モータ80の停止中、又は停止に近い低回転時には、特定相のMOSのオン時間が長くなり、過電流によって集中的に発熱するおそれがあるため、最大電流制限値Ilimを増加させないことで、過剰な発熱による素子の破損等を防止することができる。
【0047】
(3)故障系統がオープン故障した場合には故障系統において逆起電圧によるブレーキトルクが発生しないため、正常系統による駆動力を増加させる必要がない。したがって、モータ回転角速度ωに関係なく、正常系統一系統あたりの最大電流制限値Ilimを通常駆動時の値と同等に設定することで、制御を単純にすることができる。
【0048】
(従来技術との対比)
ところで、特許文献1の従来技術では、故障系統における過剰な発熱を防止することを目的として、回転数が高いほど正常系統の出力制限値(本実施形態の最大電流制限値に相当)Ilimを減少させている。つまり、本発明が正常系統のみで要求トルクを出力することに注目しているのに対し、特許文献1の従来技術は、故障系統での逆起電圧による発熱に注目している点が異なる。ただし、本発明では高回転領域で最大電流制限値Ilimを増加させるのに対し、特許文献1の従来技術では出力制限値を減少させており、一見すると効果が相反するように思われるかもしれない。
【0049】
図11に、特許文献1の
図5(b)に相当する回転数Nと出力制限値Ilimとの折れ線形の特性図を示す。
図11によると、回転数Nが0から電流推定値Ibcに対応する境界回転数Ncまでの領域では出力制限値Ilimが一定であり、境界回転数Ncを超えると出力制限値Ilimが漸減する。この特性は、回転数Nが境界回転数Ncより低い領域では、回転数Nの違いによる発熱に対する影響が比較的小さいことを意味する。つまり、折れ点である境界回転数Ncの値は、使用する素子及び巻線の耐熱特性や制御装置の放熱性の良否によって大きく変化し得る。
【0050】
そのため、モータ80の実用領域が境界回転数Ncよりも低回転側に収まる場合、境界回転数Nc以上の領域で出力制限値を小さくするという制御は、現実的に意味のないものとなる。このように、本発明は、モータ80の実用領域が、故障系統の発熱に余り影響しない回転数領域に収まることを前提として、実用領域の回転数(モータ回転角速度)範囲において、モータ回転角速度ωが大きいほど最大電流制限値Ilimを増加させることを要旨とするものである。要するに、本発明の実施形態のモータ駆動装置101は、正常系統のみでの駆動において、故障系統の発熱に影響を与えることなく、ブレーキトルクを補うトルクをモータ80に出力させることができる。
【0051】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態について、
図6〜
図8を参照して説明する。
図6に示すように、第2実施形態のモータ制御装置102の制御部652は、上記第1実施形態に対し、さらに、正常系統の素子温度Tdを推定する温度推定部40を備える。温度推定部40で推定された素子温度Tdは、第2系統の最大電流制限部20に入力される。なお、
図6では、第1系統の温度推定部の図示を省略する。
また、
図6に示す温度推定部40は、相電流Iu2、Iv2、Iw2から素子温度Tdを推定するものであるが、基板に設置した温度センサの検出値に基づいて、素子温度Tdを推定するようにしてもよい。さらに、故障系統である第1系統の素子温度も推定するようにしてもよい。
【0052】
回転角センサ85で検出された電気角θを微分器86で時間微分して算出されたモータ回転角速度ω、及び、温度推定部40で推定された素子温度Tdは、第2系統の最大電流制限部202に入力される。
図7に示すように、最大電流制限部202は、第1電流制限算出部21、第2電流制限算出部22、及び、最小選択部23を有している。第1電流制限算出部21にはモータ回転角速度ωが入力され、第2電流制限算出部22には素子温度Tdが入力される。また、第1電流制限算出部21及び第2電流制限算出部22には、最大電流制限値の基準値Ilim_refが入力される。基準値Ilim_refは、例えば定格電流Imaxの2分の1(Imax/2)程度に設定されている。
【0053】
第1電流制限算出部21は、
図8(a)に示すマップを用いて、モータ回転角速度ωに対応する電流係数αを求める。このマップでは、モータ回転角速度ωが0から大きくなるにつれ、電流係数αが1から漸増する。そして、下式のように、最大電流制限値の基準値Ilim_refに電流係数αを乗じ、「第1仮値」として角速度電流制限値Ilim_ωを算出する。
Ilim_ω=Ilim_ref×α
【0054】
第2電流制限算出部22は、
図8(b)に示すマップを用いて、素子温度Tdに対応する電流係数βを求める。このマップでは、素子温度Tdが高温になるにつれ、電流係数βが減少する。電流係数βは、例えば温度Txより低温側では1を上回り、温度Txより高温側では1を下回るように設定される。そして、下式のように、最大電流制限値の基準値Ilim_refに電流係数βを乗じ、「第2仮値」として素子温度電流制限値Ilim_Tdを算出する。
Ilim_Td=Ilim_ref×β
【0055】
電流係数α、βを算出するマップは、
図8(a)、
図8(b)のように直線状のマップに限らず、適宜、折れ線形や曲線状のマップを採用してもよい。
最小選択部23は、角速度電流制限値Ilim_ωと、素子温度電流制限値Ilim_Tdとの小さい方の値を最大電流制限値の確定値Ilim_fixとして出力する。これにより、素子温度Tdに応じて最大電流制限値Ilimを適正に設定することができる。
したがって、第2実施形態は、第1実施形態の作用効果に加え、正常系統の素子の過熱を好適に防止することができる。さらに、故障系統の素子温度も推定し、最大電流制限値Ilimの設定に反映させるようにすれば、特許文献1の発明の課題である「故障系統の素子の発熱防止」を両立した制御が可能となる。
【0056】
(第3実施形態)
本発明の第3実施形態について、
図9を参照して説明する。第3実施形態のモータ制御装置103の制御部653は、上記第1実施形態に対し、回転角速度ωに代えて、トルクセンサ94が検出した操舵トルクTsの絶対値の微分値(d|Ts|/dt)、すなわち「所定時間内の変化量」に基づいて、最大電流制限値Ilimを算出することを特徴とする。
【0057】
図9において、制御部653は、トルクセンサ94から操舵トルクTsを取得する。操舵トルクTsは、一方の回転方向を正、その反対方向を負として定義されている。微分器45は、操舵トルクの絶対値|Ts|を時間微分し、微分値(d|Ts|/dt)を正常系統の最大電流制限部202に出力する。
最大電流制限部202は、操舵トルクTsの絶対値の微分値(d|Ts|/dt)が大きいほど最大電流制限値Ilimを増加させる。この増加特性は、モータ回転角速度ωに対する最大電流制限値Ilimの増加特性(
図4)と同様の各パターンを取り得る。
【0058】
第3実施形態によると、第1系統のインバータ601でショート故障が発生した状況で運転者がハンドルを急操舵したとき、第2系統の最大電流制限値Ilimを増加させるため、第2系統(正常系統)の駆動のみで、第1系統(故障系統)に発生する逆起電圧によって生じるブレーキトルクを補うトルクをモータ80に出力させることができる。
【0059】
(第4実施形態)
本発明の第4実施形態について、
図10を参照して説明する。上記第1〜第3実施形態が制御部651〜653の内部の構成に特徴を有することに対し、第4実施形態は、モータ制御装置101〜103の制御部651〜653と、上位の車両制御装置55との通信に関する構成に特徴を有する。したがって、第4実施形態は、上記第1〜第3実施形態のいずれと組み合わせることも可能である。
【0060】
第4実施形態が適用される車両では、正常時に、上位の車両制御装置55からEPSモータ制御装置101〜103の制御部651〜653に対し、「協調制御」を指令する。
この協調制御は、電動パワーステアリング装置1と、車両に搭載された他の制御装置との協働により車両に所望の動作を実現させるものである。具体的には、ギア比可変制御、自動運転、自動駐車、レーンキープアシスト、緊急回避等が協調制御に該当する。車両制御装置55は、EPSモータ制御装置101〜103、エンジン制御装置56、ブレーキ制御装置57等に協調制御信号を送信し、「走る」、「曲がる」、「止まる」の動作を統括的に制御する。
【0061】
しかし、このような協調制御は、電動パワーステアリング装置1が正常に動作しない状況では、協調制御の要求を実行することができない場合がある。
そこで第4実施形態では、故障検出手段751、752によって、いずれかの系統のインバータ601、602又は巻線組801、802のショート故障又はオープン故障が検出されたとき、制御部651〜653は、車両制御装置55から指令される協調制御信号の要求を実行不能な場合、協調制御信号の受信を拒否する。
【0062】
これにより、いずれかの系統のインバータ601、602又は巻線組801、802が故障した状況で協調制御を行うことにより、車両が意図に反した動作をすることを防止することができる。
さらに制御部651〜653は、車両制御装置55に対して、故障の通知、又は、受信拒否の通知を送信する。通知を受けた車両制御装置55は、異常時処置として、エンジン制御装置56やブレーキ制御装置57への協調制御信号を変更したり中止したりする。
【0063】
(その他の実施形態)
(ア)本発明の回転機の制御装置は、上記実施形態で示したように、「電力変換器」として複数系統のインバータを用いて3相交流モータの駆動を制御する制御装置に限らず、「電力変換器」として複数系統のHブリッジ回路を用いて直流モータ(ブラシ付モータ)の駆動を制御する制御装置に適用してもよい。
また、3相に限らず、4相以上の多相交流モータに適用してもよい。
【0064】
(イ)本発明における「複数系統の電力変換器(インバータ、Hブリッジ回路)」は、二系統に限らず三系統以上でもよい。複数系統のうち一系統以上が故障し、且つ、一系統以上の正常系統により駆動を継続する場合、正常系統の最大電流制限値Ilimについて上記実施形態と同様の構成を適用することができる。例えば、N系統のうちM(<N)系統が故障したとき、(N−M)系統の正常系統について、一系統あたりの最大電流制限値Ilimは、
図4に準じ、定格電流のN分の1(Imax/N)を基点として、モータ回転角速度ωに応じて増加する特性線で表される。
【0065】
(ウ)制御装置10の具体的な構成は、上記実施形態の構成に限らない。例えばスイッチング素子は、MOSFET以外の電界効果トランジスタやIGBT等であってもよい。IGBT等のトランジスタの場合、ベースにオフ信号が入力されているにもかかわらず、コレクタ−エミッタ間がオン状態であるときが「ショート故障」に該当する。
(エ)例えば二系統の巻線組に流す3相電流は、同位相に限らず、位相をずらすような構成としてもよい。
【0066】
(オ)モータ回転角速度ωに応じて最大電流制限値Ilimを決定する第1実施形態、並びに、モータ回転角速度ω及び素子温度Tdに応じて最大電流制限値Ilimを決定する第2実施形態については、EPSモータ制御装置として適用されるものに限らず、電動パワーステアリング装置以外の車載装置や、車載装置以外の各種装置におけるモータ又は発電機の制御装置として適用されてもよい。
【0067】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。