【実施例】
【0043】
以下に実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。また、使用する試薬及び材料は特に限定されない限り商業的に入手可能である。
本明細書中で用いた主な略語はそれぞれ以下の通り。
(略語一覧)
iPS細胞:induced pluripotent stem cell:人工多能性幹細胞
COPs:Corneal-derived progenitors:角膜実質由来神経堤幹細胞
SKPs:Skin-derived precursors:皮膚由来多能性前駆細胞
GSK3:Glycogen synthase kinase 3
TGFb2:Transforming growth factor beta-2
EGF:Epidermal Growth Factor
FGF2:Fibroblast growth factor 2
bFGF:Basic fibroblast growth factor
LIF:Leukemia Inhibitory Factor
DMEM:Dulbecco's Modified Eagle's Medium
BME:Basal Medium Eagle
MEM:Minimum Essential Medium
IMDM:Iscove's Modified Dulbecco's Medium
RPMI:Roswell Park Memorial Institute medium
Atp1a1(ATP1A1):Na
+,K
+-ATPase α1-subunit
Slc4a4:Na
+,HCO
3-Co-transporter
Car2:Carbonic anhydrase
K8:Keratin 8
K18:Keratin 18
Col4a2:Collagen IV
Col8a2:Collagen VIII
Pitx2:Paired-like homeodomain transcription factor 2
Itga3:Integrin alpha 3
Cdh2:N-cadherin
Cldn10b:Claudin 10b
Gapdh:Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase
【0044】
実施例1:マウスCOPsからの角膜内皮細胞への分化誘導
(材料と方法)
1.マウスCOPsの分離
既報(非特許文献4)に従ってマウスCOPsをマウス角膜から分離した。マウス(C57BL/6マウス)から角膜実質のディスクを切り出し小片として0.05%トリプシン(Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)で37℃、30分間消化した。続いて、78U/mlのコラゲナーゼ(Sigma-Aldrich)および38U/mlのヒアルロニダーゼ(Sigma-Aldrich)で37℃、30分間処理した。実質細胞を機械的に解離させ単一の細胞とし、20ng/ml EGF(Sigma-Aldrich)、10ng/ml FGF2(Sigma-Aldrich)、B27サプリメント(Invitrogen, Carlsbad, CA)、および103U/ml LIF(Chemicon International, Temecula)を含むDMEM/F−12(1:1)培地中で培養した。播種密度1×10
5細胞/mlで37℃、5%CO
2の加湿雰囲気下で培養した。最初の培養は35mmディッシュで行い、その後25cm
2培養フラスコで14〜21日間培養した。形成されたスフェア(球形の細胞の塊)をさらに75cm
2の培養フラスコで14〜21日間培養した。培地は5〜7日毎に交換した。スフェア形成に用いたディッシュおよびフラスコはコーティングしていないポリスチレン製のものを用いた(Asahi Techno Glass (Tokyo, Japan))。かくしてCOPsが得られた。
2.分化誘導培地の調製
基礎培地として、MEM培地(Sigma-Aldrich)を用い、1%ウシ血清及び分化誘導因子を添加した。分化誘導因子としては以下のものを用いた。
(i) BIO(GSK3阻害剤)(濃度:1μM)入手先:Calbiochem
(ii) 全トランス−レチノイン酸(濃度:1μM)入手先:Sigma-Aldrich
(iii) TGFb2(濃度:5ng/ml)入手先:Peprotech
(iv) インスリン(濃度:1μM)入手先:Sigma-Aldrich
(v) Y−27632(ROCK阻害剤)(濃度:10μM)入手先:ナカライテスク
(結果)
マウス角膜実質より分離したCOPsを密度1.0×10
5細胞/mlでゼラチンコートした35mmディッシュ(Asahi Techno Glass)に播種し、分化誘導培地中、37℃、5%CO
2存在下で7日間培養して分化誘導を行った。得られた細胞を位相差顕微鏡で観察したところ、細胞塊状であったCOPsは内皮細胞とよく似たモザイク状の増殖形態を示すようになった。
【0045】
実施例2:ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞からの角膜内皮細胞への分化誘導(1)
(材料と方法)
1.ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞の調製
既報(Nature Protocols, 2010 vol. 5, No.4, 688-701)に基づいてヒトiPS細胞から神経堤幹細胞を得た。本実施例では、iPS細胞を培養する際にマトリゲルを用いず浮遊培養した点が上記既報とは異なっている。浮遊培養することによってより効率的に神経堤幹細胞へと分化誘導することができた。ヒトiPS細胞は、201B7(山中伸弥教授(京都大学)、岡野栄之教授(慶應大学)から供与された)を用いた。
2.分化誘導培地の調製
実施例1で用いた分化誘導培地と同様にして調製した。
(結果)
ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞を密度1.0×10
5細胞/mlでゼラチンコートした35mmディッシュ(Asahi Techno Glass)に播種し、分化誘導培地中、37℃、5%CO
2存在下で7日間培養して分化誘導を行った。得られた細胞を位相差顕微鏡で観察したところ、分化誘導培地中で培養した細胞は内皮細胞とよく似たモザイク状の増殖形態を示すようになった。
【0046】
実施例3:角膜内皮細胞の評価(角膜内皮細胞マーカー測定)
実施例1と同様にして調製された、COPsを分化誘導して得られた角膜内皮細胞と実施例2と同様にして得られた、ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞を分化誘導して得られた角膜内皮細胞とを用いて、角膜内皮細胞マーカーの発現状況をRT−PCR法により調べた。用いたプライマーを表1(マウス用)および表2(ヒト用)に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
分化誘導前後でのCOPsにおける角膜内皮細胞マーカーの発現を比較した結果を
図2に示す。
ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞の分化誘導後の細胞における、角膜内皮細胞マーカーの発現を調べた結果を
図3に示す。
いずれも、分化誘導後、全てのマーカーが発現していることがわかる。
【0050】
実施例4:角膜内皮細胞の評価(Na,K−ATPaseポンプ機能測定)
実施例1で得られたCOPsを分化誘導して得られた角膜内皮細胞と実施例2で得られたヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞を分化誘導して得られた角膜内皮細胞とを用いて、Na,K−ATPaseポンプ機能を測定した。
対照として、培養マウス角膜内皮細胞、3T3細胞、分化誘導前のCOPs、1種の分化誘導因子(TGFb2、又はGSK3阻害剤)のみを含有する培地で培養したCOPsについてもポンプ機能を測定した。
各細胞を専用のポリエステルトランスウェル(Corning Incorporated)上でコンフルエントにした後、Ussing chamber(Physiological Instrument; EM-CSYS-2)に挿入してウェルの表裏のshort circuit current (SCC)を測定し、10μMのウワバイン添加前後のSCCの差よりNa,K−ATPaseポンプ機能を定量した。結果を
図4に示す。
本発明の分化誘導培地を用いて得られた角膜内皮細胞は、優れたポンプ機能を有していることが示された。
【0051】
実施例5:角膜移植実験
(準備)
COPsあるいはヒトiPS細胞由来神経堤幹細胞を蛍光色素PKH26(赤色)(Sigma-Aldrich)で標識後、ゼラチンコートした1型コラーゲンシート上で実施例1で調製した分化誘導培地と同様の分化誘導培地で37℃、5%CO
2存在下、7日間培養し、コンフルエントの細胞シート(I)を作成した。
(手順)
1.ヒアルロン酸で前房を形成する。
2.ウサギの角膜を7.0mmトレパンで打ち抜く。
3.購入したホスト角膜(フナコシ)を8.0mmパンチで打ち抜き、デスメ膜をセッシで剥離する(II)。
4.8.0mmパンチでIの細胞シートを打ち抜き、IIの角膜後面にのせ、MQAスポンジで水分を吸収させ、数秒間自然乾燥させる(III)。
5.IIIをもとのウサギの角膜に戻し、10−0ナイロンで縫合した。
(測定)
角膜厚は角膜厚測定装置(トーメーコーポレーション;SP-100)を、眼圧は眼圧測定装置(ホワイトメディカル;AccuPen(ACCUTOME社製))を、それぞれ用いて測定した。
(結果)
COPsを分化誘導して得られた角膜内皮シートを移植したウサギ眼を
図5に、ヒトiPS細胞を分化誘導して得られた角膜内皮シートを移植したウサギ眼を
図6に示す。いずれの角膜内皮シートも移植することで、内皮機能不全による角膜浮腫が改善され、さらに角膜厚においても改善効果が認められた。
【0052】
実施例6:ヒトCOPsからの角膜内皮細胞への分化誘導
(材料と方法)
1.ヒトCOPsの分離
実施例1を一部改変することによりヒトからCOPsを得た。具体的には、ヒト角膜から上皮、内皮を取り除いた後の角膜実質をコラゲナーゼ処置し、EGF、FGF2、B27サプリメント、N2サプリメント、ヘパリンを添加したDMEM/F12培地で分離した細胞を培養することによってスフェア状の細胞塊を形成する細胞集団を得て調製した。
2.分化誘導培地の調製
基礎培地として、MEM培地(Sigma-Aldrich)を用い、1%ウシ血清及び分化誘導因子を添加した。分化誘導因子としては以下のものを用いた。
(分化誘導培地A:分化誘導0〜2日目)
(i)全トランス−レチノイン酸(濃度:1μM)入手先:Sigma-Aldrich
(ii)TGFb2(濃度:1ng/ml)入手先:Peprotech
(iii)Y−27632(ROCK阻害剤)(濃度:10μM)入手先:ナカライテスク
(分化誘導培地B:分化誘導2日目以降)
(i)BIO(GSK3阻害剤)(濃度:1μM)入手先:Calbiochem
(ii)bFGF(濃度:40ng/ml)入手先:Sigma Aldrich
(iii)Y−27632(ROCK阻害剤)(濃度:10μM)入手先:ナカライテスク
(結果)
実施例5と同様にして、ヒト角膜より分離したCOPsをゼラチンコートした1型コラーゲンシート上で分化誘導培地中、37℃、5%CO
2存在下、7日間培養し(0〜2日間は分化誘導培地Aで、2日目以降は同シート上で培地を分化誘導培地Bに交換して培養した)、コンフルエントの細胞シートを作成した(
図7)。ヒトCOPsを分化誘導して得られた角膜内皮シートを実施例5と同様にしてウサギの角膜に移植した。角膜内皮シートを移植することで、内皮機能不全による角膜浮腫が改善され、さらに角膜厚においても改善効果が認められた(
図8)。
【0053】
実施例7:マウスSKPsからの角膜内皮細胞への分化誘導
(材料と方法)
1.マウスSKPsの分離
既報(Nat Cell Biol., 2001 vol. 3, 778-784)に従ってマウス皮膚からSKPsを得た。
2.分化誘導培地の調製
実施例1と同様にして分化誘導培地を調製した。
(結果)
実施例5と同様にして、マウス皮膚より分離したSKPsを蛍光色素PKH26(赤色)(Sigma-Aldrich)で標識後、ゼラチンコートした1型コラーゲンシート上で分化誘導培地中、37℃、5%CO
2存在下、7日間培養し、コンフルエントの細胞シートを作成した(
図9)。
得られたSKPsを分化誘導して得られた角膜内皮シートを用いて、実施例4と同様にしてNa,K−ATPaseポンプ機能を測定した。対照として、培養マウス角膜内皮細胞、3T3細胞、分化誘導前のマウスCOPs、実施例5で調製したマウスCOPsを分化誘導して得られた角膜内皮シートについてもポンプ機能を測定した。結果を
図10に示す。
本発明の分化誘導培地を用いて得られた角膜内皮細胞は、優れたポンプ機能を有していることが示された。
さらに、マウスSKPsを分化誘導して得られた角膜内皮シートを実施例5と同様にしてウサギの角膜に移植した。角膜内皮シートを移植することで、内皮機能不全による角膜浮腫が改善され、さらに角膜厚においても改善効果が認められた(
図11)。
【0054】
実施例8:ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞からの角膜内皮細胞への分化誘導(2)
実施例2と同様にして得られた、ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞を分化誘導して得られた角膜内皮細胞を用いて、角膜内皮細胞マーカーの発現状況をRT−PCR法により調べた。用いたプライマーを表3に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
本実施例では基礎培地として、MEM培地(Sigma-Aldrich)を用い、分化誘導因子を添加した無血清培地を分化誘導培地として用いた。分化誘導因子としては以下のものを用いた。
(i) BIO(GSK3阻害剤)(濃度:1μM)入手先:Calbiochem
(ii) 全トランス−レチノイン酸(濃度:1μM)入手先:Sigma-Aldrich
(iii)Y−27632(ROCK阻害剤)(濃度:10μM)入手先:ナカライテスク
結果を
図12に示す。いずれも、分化誘導後、全てのマーカーが発現していることがわかる。
【0057】
実施例9:ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞からの角膜内皮細胞への分化誘導(3)
(材料と方法)
1.ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞
実施例2と同様にしてヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞を調製した。
2.分化誘導培地の調製
基礎培地として、MEM培地(Sigma-Aldrich)を用い、分化誘導因子を添加した。血清は添加しなかった(無血清培地)。分化誘導因子としては以下のものを用いた。
(分化誘導培地A:分化誘導0〜4日目)
(i)全トランス−レチノイン酸(濃度:1μM)入手先:Sigma-Aldrich
(ii) BIO(GSK3阻害剤)(濃度:1μM)入手先:Calbiochem
(iii)Y−27632(ROCK阻害剤)(濃度:10μM)入手先:ナカライテスク
(分化誘導培地B:分化誘導4日目以降)
(i)Y−27632(ROCK阻害剤)(濃度:10μM)入手先:ナカライテスク
(結果)
実施例2と同様にして調製した、ヒトiPS細胞由来の神経堤幹細胞をフィブロネクチンコートした1型コラーゲンシート上で分化誘導培地A中、37℃、5%CO
2存在下、2日間培養した後、細胞をいったん回収した。回収した細胞を分化誘導培地A中、ゼラチン及びラミニンでコートしたコラーゲンビトリゲル(Collagen vitrigel)上に播種し(5.0×10
5細胞/cm
2)、37℃、5%CO
2存在下、2日間培養した。培地を分化誘導培地Bに交換して、さらに37℃、5%CO
2存在下、3日間培養し、コンフルエントの細胞シートを作成した(
図13)。