特許第6041294号(P6041294)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6041294細胞培養基材、培養容器、及び細胞培養基材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6041294
(24)【登録日】2016年11月18日
(45)【発行日】2016年12月7日
(54)【発明の名称】細胞培養基材、培養容器、及び細胞培養基材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20161128BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20161128BHJP
【FI】
   C12M3/00 A
   C12N5/071
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-165354(P2012-165354)
(22)【出願日】2012年7月26日
(65)【公開番号】特開2014-23461(P2014-23461A)
(43)【公開日】2014年2月6日
【審査請求日】2015年5月20日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、研究成果最適展開支援事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】306024148
【氏名又は名称】公立大学法人秋田県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【弁理士】
【氏名又は名称】前島 幸彦
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 一志
(72)【発明者】
【氏名】横尾 正樹
【審査官】 川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/138973(WO,A1)
【文献】 亘理文夫ら,細胞培養におけるカーボンナノチューブ膜の影響,厚生労働科学研究費補助金 化学物質リスク研究補助金 ナノ微粒子の体内動態可視化法の開発 平成19年度 総括・分担研究報告書,2008年 3月,67−76
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00,3/00
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
接着培養系細胞の培養に用いる細胞培養基材において、
疎水性の母材を用い、該母材の表面に単層CNT(Carbon Nanotube)の網目構造を形成させ
前記母材は、形成された表面処理されていないシリコーン樹脂であり、
前記母材の表面の前記単層CNTの密度は、0.025μg/mm2以上、0.05μg/mm2未満であり、前記網目構造の平均表面粗さRaが5nm以上、30nm以下である
ことを特徴とする細胞培養基材。
【請求項2】
前記母材は、130℃以上の耐熱性を有し、1〜30%の伸展量を有する
ことを特徴とする請求項に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の細胞培養基材を用いた
ことを特徴とする培養容器。
【請求項4】
細胞の機能変化を生じさせる伸展刺激の負荷に用いる細胞培養基材において、
疎水性の母材を用い、該母材の表面に単層CNTの網目構造を形成させ
前記母材は、形成された表面処理されていないシリコーン樹脂であり、
前記母材の表面の前記単層CNTの密度は、0.025μg/mm2以上、0.05μg/mm2未満であり、前記網目構造の平均表面粗さRaが5nm以上、30nm以下である
ことを特徴とする細胞培養基材の製造方法。
【請求項5】
前記網目構造は、加熱された前記母材に、前記単層CNTが分散された分散液を、コーヒーリング現象を生じさせるように塗布して形成される
ことを特徴とする請求項4に記載の細胞培養基材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養基材、培養容器、及び細胞培養基材の製造方法に係り、特に接着培養系細胞の培養に用いる細胞培養基材、培養容器、及び細胞培養基材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療において、培養細胞を任意の細胞へ分化させる技術は重要である。
従来から、ES細胞やiPS細胞を含む未分化の細胞を分化させる方法として、ウィルスベクターやプラズミドベクターを用いて細胞分化に必要な遺伝子を導入する方法が用いられている。
しかしながら、ウイルスの管理が難しいことや、ウィルスベクターを導入した細胞の安全性について問題が残っている。また、プラズミドベクターを用いた場合には、細胞への導入効率が問題となる。
【0003】
ここで、再生医療において、細胞群から組織を形成させるためには、細胞同士を比較的密着した状態にする必要がある。
また、細胞が発現したタンパク質を評価する実験等においても、タンパク質を十分に確保するために、充分な細胞密度で培養することが必要である。
そのため、フィーダー細胞を用いた特殊な培養方法を用いたり、培養する容器数や継代回数を増やし、又培養容器の細胞接着性を高める努力が必要となっていた。
【0004】
ここで、従来の生体外(in vitro)で細胞培養を行う細胞培養基材として、非特許文献1を参照すると、プラズマ処理や水酸化ナトリウム等のアルカリ性の薬品処理を行い親水化した細胞培養基材が記載されている(以下、従来技術1とする。)。
従来技術1のプラズマ処理や水酸化ナトリウム等のアルカリ性の薬品処理は、細胞培養基材における細胞の接着性を向上させるために行われている。
【0005】
また、細胞の接着性を向上させる細胞培養基材の他の手法として、特許文献1を参照すると、プラズマ処理や薬品処理の代わりに、細胞培養基材表面に疎水結合性吸着ポリマーを塗布する手法も開示されている(以下、従来技術2とする。)。
従来技術2には、培養皿(ウェル)、プリント配線板または人工臓器等に用いられる細胞培養基材として、生物製ポリマー、プラスチック、合成ゴム、又はカーボンナノチューブを含む無機質を用いる(段落[0015]〜[0020]参照)。従来技術2は、この基材の上に、疎水結合性吸着ポリマーを塗布する手法である。
【0006】
また、特許文献2及び特許文献3を参照すると、従来から、タンパク質を培養前に培養容器の表面に予め塗布する細胞培養基材の手法も用いられている(以下、従来技術3とする。)。
一般に、細胞は基材と接着する際にコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニンなどの接着タンパク質を分泌する。そのため、従来技術3のように、これらを予め塗布しておくことで、細胞の接着性を向上させることが可能となる。
さらに上述のプラズマや薬品処理、特殊ポリマーを塗布した細胞培養基材表面に、これらの接着タンパク質を塗布し、組み合わせて使用することも可能である。
【0007】
一方、また、従来からウィルスベクターやプラズミドベクター以外の手法を用いて、細胞を分化させる方法として、細胞にせん断応力、静水圧、伸展刺激等の物理刺激を負荷する手法が知られている。
これらの物理刺激を加える手法は、細胞に遺伝子を導入する必要がない。よって、分化後の細胞の安全性が確保される。またベクターの管理及び細胞への導入効率を検討する必要がないという利点も備えている。
【0008】
細胞にせん断応力や静水圧を負荷する手法に用いる細胞培養容器は、ガラスやプラスチック製のフラスコや培養皿が一般的に用いられる。
これに対して、伸展刺激を負荷する手法では、ガラスやプラスチック製の硬い容器ではなく、各種ゴムやエラストマー等を用いた伸展性のある培養容器が必要となる。
【0009】
具体的には、細胞に伸展刺激を負荷する手法では、細胞を培養した後、培養容器を伸展することで、細胞に変形を加える。
このような、伸展性のある培養容器は、容器表面の細胞の接着性が低いことが多い。このため、伸展刺激を負荷した細胞は培養容器表面から剥離することが多い。
【0010】
このため、伸展刺激を負荷することができる柔軟な培養容器で細胞の接着性及び増殖性を確保する技術が必要とされていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許4555773号公報
【特許文献2】特開2001−149070号公報
【特許文献3】特開平9−276395号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】M.oretti他,"Endothlial cell alignment on cyclically−stretched silicone surfaces", Journal of materials science materials in medicine,2004,15,pp.1159−1164
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従来技術1の処理を行った細胞培養基材は、処理後の時間経過とともに接着性が低下するという問題があった。そのため、基材における細胞の接着性が低下し、細胞の剥離が生じていた。また、細胞増殖性、つまり細胞分裂の頻度は細胞の細胞培養基材に対する接着性に依存するため、接着性が低下した場合には細胞は増殖しないという問題があった。
また、従来技術2のポリマーの塗布だけでは、細胞の接着性や増殖性が顕著に向上することが期待できないという問題があった。
また、従来技術3の生物由来の接着タンパク質を塗布する手法の場合には、培養細胞のウイルス汚染の可能性があり、再生医療に関連した細胞培養においては不適切な方法であった。加えて、接着タンパク質は熱変性を生じる場合があるため、接着タンパク質を塗布した培養基材は高温高圧滅菌を実施することができないという問題があった。このため、接着タンパク質を、別途,滅菌することが必要となり、滅菌工程のコストが高くなっていた。さらに、上述のプラズマ処理、水酸化ナトリウムや特殊ポリマーを塗布した基材表面に接着タンパク質を塗布する場合、処理工程が増えるため基材の製造コストが高くなるという問題があった。
【0014】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、上述の課題を解消することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の細胞培養基材は、接着培養系細胞の培養に用いる細胞培養基材において、疎水性の母材を用い、該母材の表面に単層CNT(Carbon Nanotube)の網目構造を形成させ、前記母材は、形成された表面処理されていないシリコーン樹脂であり、前記母材の表面の前記単層CNTの密度は、0.025μg/mm2以上、0.05μg/mm2未満であり、前記網目構造の平均表面粗さRaが5nm以上、30nm以下であることを特徴とする。
本発明の細胞培養基材は、前記母材は、130℃以上の耐熱性を有し、1〜30%の伸展量を有することを特徴とする。
本発明の培養容器は、前記細胞培養基材を用いたことを特徴とする。
本発明の細胞培養基材の製造方法は、細胞の機能変化を生じさせる伸展刺激の負荷に用いる細胞培養基材において、疎水性の母材を用い、該母材の表面に単層CNTの網目構造を形成させ、前記母材は、形成された表面処理されていないシリコーン樹脂であり、前記母材の表面の前記単層CNTの密度は、0.025μg/mm2以上、0.05μg/mm2未満であり、前記網目構造の平均表面粗さRaが5nm以上、30nm以下であることを特徴とする。
本発明の細胞培養基材の製造方法は、前記網目構造は、加熱された前記母材に、前記単層CNTが分散された分散液を、コーヒーリング現象を生じさせるように塗布して形成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、シリコーンの母材に単層CNTの網目構造を形成することで、処理後の時間が経過しても細胞の接着性及び増殖性を高く保ち、タンパク質でない非生物由来物質を用いた、コストが安い細胞培養基材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施の形態に係る細胞培養基材の製造方法のフローチャートである。
図2】本発明の実施の形態に係る細胞培養基材の製造方法により製造されたプレートのシリコーン表面における単層CNTの電子顕微鏡画像である。
図3】本発明の実施の形態に係る細胞の接着性と増殖性についての試験結果を示すグラフである。
図4】本発明の実施の形態に係る受精卵の発生率および胚盤胞の構成細胞数の試験結果の例を示す写真である。
図5】本発明の実施の形態に係る受精卵の発生率および胚盤胞の構成細胞数の試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<実施の形態>
本発明者らは、上記の課題を解決する生体外(in vitro)における細胞培養で用いる伸展可能な新規培養基材について、検討を行った。
本発明者らが鋭意研究と実験を行った結果、伸展することが可能な柔軟な母材の表面に単層CNT(Carbon Nanotube)の適度な密度の網目構造を形成することで、好適な培養基材を完成することができた。
細胞は硬い材質に接着しやすい傾向を示す。CNTは非常に硬い材料であるため、培養された細胞は柔軟な母材よりも、網目構造が形成された単層CNTに優先的に接着する。この際、多層CNTではなく、単層CNTで網目構造が構成されていることにより、細胞が顕著に接着する。
また、細胞の増殖性も、接着性が高くなる硬い足場において向上する。本実施形態の培養基材は、網目構造が構成された単層CNTにより、このような接着性が高く硬い足場を提供できる。このため、本実施形態に係る細胞培養基材は、培養時に充分な細胞密度を安定的に確保することが可能となる。
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、細胞培養用ポリスチレンプレート等へ容易に作製することが可能であり、又、時間経過に関わらず細胞の接着性及び増殖性を確保することができる。
すなわち、本実施形態に係る細胞培養基材を用いて、細胞接着性および増殖性を確保した細胞培養系を提供することができる。
加えて、本実施形態に係る培養基材は、単層CNTの密度によりCNTの網目構造を調整して、細胞の接着性や増殖性を変化させることが可能である。これは、細胞は接着する面積で増殖性を変化させるためであると考えられる。
本実施形態に係る細胞培養基材は、これらの構成により、処理後の時間が経過しても細胞の接着性及び増殖性を高く保ち、タンパク質でない非生物由来物質を用いた、コストの安い細胞培養基材となる。
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、伸展可能な母材上に網目構造が付着しているため、効率的に伸展刺激を与えることができる、伸展可能な細胞培養基材である。
【0019】
より具体的に説明すると、本発明の実施の形態に係る細胞培養基材の母材としては、シリコーンやアクリルゴム等の各種エラストマー、天然ゴム、その他の樹脂等の表面が疎水性/チャージが少なく、CNTと分子間力等で接着しやすい素材を、培養容器に成形して使用することができる。
これらの母材は、130℃以上の耐熱性を有する素材を用いることが好ましい。これにより、一般的なオートクレーブにより滅菌可能となり、滅菌コストを低減することができる。
また、これらの母材として、伸展可能で柔軟な素材を用いることで、各種細胞に伸展刺激を負荷する実験に用いることができる。この場合、母材に求められる伸展量は、伸展前の母材の長さを基準として、1〜30%程度は有することが望ましい。この上で、1〜30%の伸展量の範囲において、可逆的な変形を示すことが好適である。
これは、1〜30%の伸展量により、伸展刺激により好適な力学負荷をかけ、細胞の機能変化を生じさせることができるためである。この細胞の機能変化としては、例えば、遺伝子発現量、タンパク量、細胞内タンパク局在の変化、分化誘導、細胞周期のサイクル変化、細胞内外のイオン濃度の変化、膜の分極/脱分極、細胞骨格の変化、その他の各種シグナル伝達系における変化等が挙げられる。
また、伸展刺激が必要な細胞の維持も、細胞の機能変化に含む。つまり、伸展刺激の負荷により、培養中に伸展刺激が必要な受精卵及び/又は卵丘細胞等の細胞を好適に維持、培養することができ、又、様々な細胞の分化を促すことが可能となる。
【0020】
また、本発明の実施の形態に係る細胞培養基材の母材の表面に形成する網目構造は、単層CNTを所定密度で母材に塗布することで形成することができる。
この所定密度は、母材の表面における密度が0.025μg/mm2以上、0.05μg/mm2未満であり、分散性の評価基準である平均表面粗さRaが5nm以上、30nm以下であることが好適である。
つまり、単層CNTを後述する分散液でよく分散させた上で、この所定密度となるような塗布量で疎水性の母材に塗布すると、細胞が好適に接着する網目構造が形成される。
より詳しく説明すると、1回の塗布で、この所定密度となるように単層CNTを塗布することで、好適に網目構造を形成することが可能である。すなわち、複数回の塗布やスパッタリング等で層状構造を形成させずに、1回の塗布で細胞の足場として好適な層状構造を形成させることが好適である。これは、培養基材作製における製造コストの削減においても重要である。
なお、母材の表面における単層CNTの密度が0.025μg/mm2より少ない場合は、単層CNTの量が少なすぎるため、細胞接着の効果が期待できない。また、母材の表面における単層CNTの密度が0.05μg/mm2以上の場合、細胞培養基材表面の粗さが大きくなるため、細胞の接着性が低下する。また、接着性が低下した細胞は、細胞死が誘導される。そのため、単層CNTの密度が高い場合には、細胞培養が困難となる。
また、多層CNTを用いた場合は、単層CNTと同様の塗布量でも基材の表面粗さが大きくなり、細胞の接着性や増殖性に影響がでることがある。このため、網目構造を形成する材料としては、多層CNTより単層CNTが好ましい。
【0021】
また、本発明の実施の形態に係る細胞培養基材は、単層CNTの塗布量により細胞培養基材に接着する細胞数と、時間経過に伴って増加/剥離する細胞の数を制御できる。
たとえば、単層CNT塗布量を少なくすると、網目構造が粗くなり、接着する細胞数を少なくし、細胞密度が高くなりすぎて細胞が死滅したり、予期せぬ分化が生じることを防ぐことができる。
逆に、単層CNT塗布量を多くすると、網目構造が緻密になり、細胞培養基材に接着する細胞を増やし、効率的に増加させることができる。
このため、単層CNTの塗布量は、培養する細胞の種類、分化させる組織の種類、増加させたい時間等により、最適化して用いることができる。
【0022】
本発明の実施の形態に係る細胞培養基材の単層CNTを塗布するためには、単層CNTの分散液を用いることが好ましい。この分散液により、単層CNTの凝集を防ぎ、単層CNTの網目構造を容易に形成することが可能となる。
この分散液の母液は、細胞毒性が少なく親水性のエタノールが好ましい。この分散液に加えられた単層CNTに超音波等をかけることで、好適に網目構造を形成するように分散させることができる。
なお、分散液としては、他にも、揮発性であり、揮発後に細胞への毒性が低く、適度にCNTの分散を保てる液体を用いることが好適である。このような液体として、例えば、イオン化処理水、プロパノール、メタノール、ヘキサン、トルエン、酢酸エチル等を用いることも可能である。
【0023】
〔本発明の実施の形態に係る細胞培養基材の製造方法〕
ここで、図1を参照して、本発明の実施の形態に係る細胞培養基材の製造方法について説明する。
【0024】
(ステップS101)
まず、培養容器に母材を成形する、母材成形処理を行う。
本発明の実施の形態に係る細胞培養基材の母材は、培養皿(プレート、デッシュ)、ウェルプレート、及び培養チャンバーのような培養容器に形成される。
この際、培養皿やウェルプレートとしては、培養に用いる一般的なポリスチレン製の細胞培養用の各種プレートを用いることができる。また、コラーゲン処理をされている状態の培養皿やウェルプレートであっても、一旦、シリコーン等で母材を成形し、この上に単層CNTを塗布するため用いることが可能である。また、培養容器の表面全面に母材を成形しても、細胞を配置する底面やウェル等のみに成形してもよい。
さらに、伸展刺激を加えるための培養チャンバーとしては、伸展可能で柔軟な素材の市販製品を用いることができる。加えて、コラーゲン処理されていない伸展可能で柔軟な素材の培養皿やウェルプレートを用いることもできる。
たとえば、母材としてシリコーンを用いる場合には、シリコーンを硬化剤と混合して攪拌して流し込みや吹きつけ等で培養容器に塗布し、静置/加熱により硬化させる。これにより、培養容器に母材を成形することができる。
【0025】
(ステップS102)
次に、別途、塗布剤を分散液に分散する分散処理を行う。
上述のように単層CNTを塗布剤として用いるため、超音波やソニケーター等により、単層CNTを分散液に分散させる。
この際に、細胞毒性がある界面活性剤等は用いないことが望ましい。
【0026】
(ステップS103)
最後に、塗布剤を成形された母材上に塗布する塗布処理を行う。
ここでは、上述のように母材が硬化され成形された培養容器上に、分散液に分散された塗布剤を塗布して網目構造を形成する。
この塗布は、分散液を培養容器上に下記の所定密度となる所定量流し込み、分散液を室温で蒸発させて除去することで網目構造を形成することができる。
なお、塗布については、分散液を培養容器上に流し込み、余分な量を除去してから蒸発させることもできる。その他、吹きつけやスピンコートや刷毛塗り等の各種手法を用いることもできる。
これらのいずれの手法を用いても、単層CNTが所定密度となるように塗布する。すなわち、この所定密度として、母材表面の単層CNTが0.025μg/mm2以上、0.05μg/mm2未満の密度となり、平均表面粗さRaが5nm以上、30nm以下で網目構造を形成するように塗布することが好適である。
なお、単層CNTを分散液へ分散させ塗布するのではなく、低温のCVD等によりCNTを直接形成させることも可能である。この場合でも、母材の表面の単層CNTが0.025μg/mm2以上、0.05μg/mm2未満で、平均表面粗さRaが5nm以上、30nm以下の網目構造が形成されるようにする。
以上により、本発明の実施の形態に係る細胞培養基材を形成して、製造することができる。
【0027】
〔本発明の実施の形態に係る細胞培養基材による細胞培養方法〕
本実施形態に係る細胞培養基材は、このような培養容器上に形成した上で、各種の接着性細胞を用いた各種細胞培養方法に用いることができる。
たとえば、本実施形態の細胞培養基材を塗布した細胞容器により、細胞接着性および増殖性を確保した受精卵及び/又は卵丘細胞の培養が可能である。
また、ES細胞、iPS細胞、組織幹細胞、卵由来の株化細胞、組織幹細胞等の各種未分化の細胞を、接着性及び増殖性を確保した上で好適に培養できる。
また、本発明の実施の形態に係る細胞培養基材は、初代培養系の細胞にも用いることが可能である。加えて、株化したガン細胞等にも用いることができる。
本発明の実施の形態に係る細胞培養基材を用いて、単層CNTの網目構造を形成した柔軟な基材上で培養することで、細胞の接着性及び増殖性を確保することができる。
これにより、細胞培養容器中で、各種接着性の細胞が1×103〜105cells/cm2以上の十分な細胞密度を確保することが可能となる。
【0028】
具体的な培養方法としては、培養容器に本実施形態に係る細胞培養基材を形成後、培養液及び各種の接着培養系細胞を播種し、インキュベータ内で培養を行う。
この細胞培養方法としては、従来から用いられている一般的な培養条件での培養手法をそのまま利用できる。たとえば、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株の場合は、HamF12+10%FBS(Gibco製)、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)等の培地を用いて、37℃、5%CO2、95%空気のガス環境の培養条件で培養することができる。
また、本実施形態に係る細胞培養基剤は、柔軟な培養容器を用いて伸展刺激を負荷することで、培養した未分化の細胞に、伸展刺激を与えることで、容易に分化させ、シグナル伝達系を刺激させ、各種細胞状態の変化をおこさせることができる。
【0029】
〔本発明の実施の形態に係る細胞培養基材を用いた細胞培養装置〕
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、自動化された細胞培養装置にも用いることができる。
本実施形態に係る細胞培養装置は、本実施形態の細胞培養基材を用いた培養容器で細胞培養を行いつつ、伸展刺激を与えることもできる。このため、受精卵及び/卵丘細胞の培養を安定的に行うことができる。これらの培養された受精卵及び/卵丘細胞を用いて、各種タンパク、ワクチン、医薬等の製造等を行うことができる。
また、本実施形態に係る細胞培養装置は、各種未分化の細胞を、接着性及び増殖性を保ったまま培養して、その後、分化した細胞や組織を製造することで、必要な組織の細胞を製造することができる。
つまり、本実施形態に係る細胞培養装置により、皮膚、肝臓、血管、筋肉、軟骨組織、歯や歯根、末梢神経、中枢神経等の各種の人工臓器等に用いる細胞について、安価に製造可能となる。また、融合細胞の骨格筋組織を安価に製造できるため、実験用の人工筋肉、バイオアクチュエータ等にも用いることが可能である。
このように、本実施形態に係る細胞培養基材及び細胞培養装置は、工業用及び医学的使用のために提供することが可能である。
【0030】
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、伸展可能な柔軟な培養容器以外にも、再生医療に用いられる各種部材に用いることができる。
たとえば、本実施形態に係る細胞培養基材は、人工関節、人工骨、人工歯根等の各種培養細胞を散布する部材に用いることができる。また、本実施形態に係る細胞培養基材は、各種人工臓器や、各種バイオリアクターの担体に対しても用いることが可能である。
【0031】
以上説明したように、本実施形態に係る細胞培養基材は、伸展することが可能である柔軟な母材の表面に、単層CNTの網目構造を形成させることを特徴とする。
これにより、本実施形態に係る細胞培養基材は、従来技術1乃至3よりも優れた細胞接着性及び増殖性を備える。
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、従来技術1のように、培養細胞の接着性及び増殖性を確保する効果が低下しない。これは、単層CNTの網目構造が形成された後、時間が経過しても化学変化をしないためである。
また、本発明の実施の形態に係る細胞培養基材は、塗布工程として、分散液に分散させた単層CNTを1回で所定密度となるよう塗布するだけなので、従来技術2よりも簡易に低コストで細胞培養器剤を形成できる。
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、従来技術3のように、コラーゲン等のタンパクのように熱や酸等で変性することもない。よって、作製した細胞培養基材の管理が容易である。加えて、本実施形態に係る細胞培養基材は、非生物由来物質から構成されているため、培養中細胞のウイルス汚染が生じることがなく、安全性が高い。
【0032】
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、伸展させられる柔軟な基材であり、細胞を任意の細胞に分化させることができる。この際、細胞培養容器の底面に、本実施形態に係る細胞培養基材を形成、配置することができる。
また、本発明の実施の形態に係る細胞培養基材は、炭素である単層CNTと、エタノール等の揮発性の分散剤を用いるため、細胞毒性が低い。
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、単層カーボンナノチューブを用いた伸展可能な複合材料基材である。このため、細胞接着性および増殖性を確保した上で、受精卵および/または卵丘細胞の培養を好適に行うことができる。
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、疎水性のシリコーンの表面上に、疎水性の単層CNTを塗布するため、親水性のエタノール等の分散液を用いても均一な網目構造を形成させることができる。
また、本実施形態に係る細胞培養基材は、再生医療における組織再生等を目的とした生体外環境下での細胞培養において、細胞接着性及び増殖性が高く、且つ柔軟に伸展させることが可能である。
【0033】
次に図面に基づき本発明を実施例によりさらに説明するが、以下の具体例は本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0034】
〔単層CNT、多層CNT、コラーゲン塗布プレートの比較〕
(各プレートの用意)
【0035】
[実施例1]
本発明の実施の形態に係る実施例1の細胞培養基材の製造について説明する。
実施例1の細胞培養基材は、リプロプレート(機能性ペプチド研究所製)を培養容器として使用し、各ウェル底面に、母材としてシリコーンを用い、単層CNTを塗布剤して網目構造を形成して製造した。
具体的には、実施例1の伸展可能な母材であるシリコーンとして、ポリジメチルシロキサン(PDMS)(シルポット184、東レ・ダウコーニング製)を用いた。まず、ポリジメチルシロキサンを硬化剤と10:1の混合比で撹拌後、培養容器に流し込み、24時間静置し、60℃で5時間加熱した。これにより、ポリジメチルシロキサンを硬化させ、母材を成形した。
実施例1では、塗布剤として、名城カーボン社製の単層CNT分散液(エタノール)を用いた。ここでは、単層CNTを超音波(エスエヌディ社製、超音波洗浄機)により攪拌して分散させた後、CNT濃度5〜10mg/mlの単層CNT分散液を60℃に加熱したシリコーン表面に、10〜20μlを塗布した。シリコーン表面にコーヒーリング現象が生じた後、ポリジメチルシロキサンを常温環境に静置した。
以上により、ポリジメチルシロキサン表面に単層CNTの網目構造が形成された。
【0036】
ここで、本実施例1における下記の接着性と増殖性についての試験用には、CNT濃度5mg/mlの単層CNT分散液(名城カーボン社製)を20μl塗布した。この場合、培養基材表面の単層CNTは0.025μg/mm2となる。
【0037】
図2に、作製した実施例1の細胞培養基材の電子顕微鏡写真を示す。緻密な編み目構造が形成されていることが分かる。
CNT濃度10mg/mlの単層CNT分散液を20μl塗布した場合における細胞培養基材の算術平均粗さRaは27nmであった。
【0038】
[比較例1]
実施例1と同様に、リプロプレート(機能性ペプチド研究所製)の各ウェル底面に、実施例1と同じシリコーンを硬化させて母材を成形し、多層CNT(名城カーボン社製)及び多層CNT分散液(名城カーボン社製)を塗布した。
【0039】
[比較例2]
コントロールとして、実施例1と同様に、リプロプレート(機能性ペプチド研究所製)を培養容器として使用し、各ウェル底面に、母材としてシリコーンのみ成形した。つまり、比較例2では、CNTは塗布しなかった。
【0040】
[比較例3]
市販プレートを再現するため、リプロプレート(機能性ペプチド研究所製)に0.01%コラーゲン(機能性ペプチド研究所製)を塗布した。
【0041】
[比較例4]
実施例1と同様に、リプロプレート(機能性ペプチド研究所製)の各ウェル底面に、実施例1と同じシリコーンを硬化させて母材を成形し、CNT濃度10mg/mlの単層CNT分散液(名城カーボン製)を20μl塗布した。この場合,基材表面の単層CNTは0.05μg/mm2となる。
【0042】
(接着性と増殖性についての試験)
本発明者らは、単層CNT(実施例1)、多層CNT(比較例1)、シリコーンのみ(比較例2)、0.01%コラーゲンを塗布したプレート(比較例3)、単層CNT0.05μg/mm2(比較例4)を用いて、チャイニーズハムスター卵巣細胞の接着性と増殖性について試験を行った。
試験では、実施例1、比較例1、比較例2、比較例3、及び比較例4の各プレートの各ウェル底面に、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株(理化学研究所バイオリソースセンター細胞バンク製、CHO−K1)を播種し、培養液としてゲンタマイシン20ug/ml(ナカライテスク社製)が添加されたHamF12(Gibco社製)+10%FBS(Biocogical Industries社製)を用いて、37℃、5%CO2、95%空気の培養条件におけるインキュベータ内で、培養を行った。その際、細胞の接着性および増殖性を評価するため、細胞密度の計測を、培養開始24、48、72時間において行った。
この試験においては、実施例1の単層CNT及び実施例2の多層CNTの濃度として、同じ0.025μg/mm2を用いた。
【0043】
図3を参照して、接着性と増殖性についての試験結果について説明する。
それぞれ、図3(a)は実施例1の結果、図3(b)は比較例1の結果、図3(c)は比較例2の結果、図3(d)は比較例3、図3(e)は比較例4の結果を示す。各グラフにおいて、横軸は、培養開始からの細胞密度、縦軸は目視にて計測した細胞密度(cells/cm2)。各計測は、6ウェルのプレートの各ウェルにおける平均とエラーバーとを示す。
結果として、実施例1の単層CNTを用いた細胞培養基材を用いて培養した細胞は、比較例1、2、3、4のいずれに比べても、播種および培養開始24時間後では細胞密度が高くなった。すなわち、従来から用いられている比較例2のシリコーンや、比較例3のコラーゲン塗布プレートよりも、本発明の実施例1に係る細胞培養基材を用いると培養細胞の接着性が向上する。具体的には、市販のプレートを再現したプレートである比較例3に対して、ほぼ2倍の増殖性を示すことが分かった。
また、実施例1に係る細胞培養基材を用いて培養した場合、72時間後まで細胞密度は増加することから細胞の増殖性が確保されていることが分かった。
また、実施例1と比較例1とを比較すると、結果として、単層CNTに比べて、多層CNTでは細胞接着性が抑制されることが分かった。このため、塗布剤としては単層CNTが好ましい。
また、実施例1と比較例4とを比較すると、結果として、細胞培養基材の表面の単層CNTが0.05μg/mm2の場合は、細胞接着性が抑制されることが分かった。すなわち、細胞培養基材表面の単層CNTは、0.025μg/mm2以上で0.05μg/mm2未満であることが好ましい。
【0044】
(受精卵の培養試験)
本発明者らは、単層CNT(実施例1)、0.01%コラーゲン塗布プレート(比較例3)を用いて、ICR系雌マウスの2細胞期胚(受精卵)の培養試験を行った。
この培養試験では、ICR系雌マウスの排卵卵子から回収した卵丘細胞を10%ウシ胎子血清添加RPMI1640培地(Invitrogen社製)で5×104cells/mlに調整し、実施例1及び比較例3で37℃、5%CO2、95%空気の条件下において72時間培養することで卵丘細胞シートを作製した。
卵丘細胞シートの形成を確認した後、M−16培地(SIGMA社製)に培地交換し、卵管から回収した受精卵を卵丘細胞シート上で、37℃、5%CO2、95%空気環境にて、72時間共培養した。
共培養後、受精卵の胚盤胞、拡張胚盤胞およびふ化胚盤胞への発生率、さらに、胚盤胞の構成細胞数について調査した。
【0045】
図4及び図5を参照して、受精卵の発生率および胚盤胞の構成細胞数についての試験結果について説明する。
それぞれ,図4(a)は実施例1の結果、図4(b)は比較例3の結果例を示す写真である。図5は、受精卵の胚盤胞、拡張胚盤胞およびふ化胚盤胞への発生率、胚盤胞の構成細胞数を示す。
結果として、実施例1の細胞培養基材を用いて卵丘細胞と共培養した受精卵は、比較例3と比較して、形態的に大きく、受精卵の成長が進んでいるものが多く観察された。
比較例3では、共培養72時間後の胚盤胞発生率、拡張胚盤胞率及びふ化胚盤胞率は、それぞれ78.0%、46.2%および5.3%であった。これに対し、実施例1では 85.7%,60.2%および20.3%となった。
また、図5によると、実施例1において、拡張胚盤胞率およびふ化胚盤胞率が、有意に高くなった(p<0.05)。また、胚盤胞の平均細胞数においても,実施例1では127.0±5.5個となり、比較例3(103.7±5.0個)と比較して、有意に細胞数が増加していることが確認された(p<0.05)。
これらの結果から、実施例1の細胞培養基材を用いることによって、従来のコラーゲンコートしたプレートよりも受精卵の胚発生率や品質を向上できることが分かった。
【0046】
[実施例2]
(伸展刺激試験)
接着細胞の培養方法において、細胞に伸展刺激を負荷する培養方法がある。この培養方法では、伸展可能な細胞容器に形成した細胞培養基材に細胞を接着させた後で、細胞培養基材を伸展させることで細胞に変形を与える。
ストレックス株式会社製のシリコンエラストマー(PDMS、Polydimethylsiloxane)ストレッチチャンバーSTB−CH−04に、実施例1と同じシリコーンの母材と単層CNT分散液を用いて細胞培養基材を形成した。細胞培養基材を形成したストレッチチャンバーを、121℃で20分のオートクレーブ高温高圧滅菌を行った後、CO2インキュベータ(三洋電機株式会社,MCO−175)内で、ストレックス株式会社製顕微鏡用伸展装置STB−150を用いて、1時間の伸展刺激を、伸展率20%、伸展周期0.5Hzのサインウェーブパターンで刺激を細胞に負荷した。
結果として、試験後も細胞は細胞培養基材から剥離せず、接着していることを目視で確認した。
【0047】
なお、上記実施の形態の構成及び動作は例であって、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して実行することができることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の細胞培養基材は、再生医療等に係る各種細胞培養の培養容器に形成して用いることができ、産業上利用することができる。
図1
図3
図5
図2
図4