【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 J Clin Endocrin Metab.April 2912,97(4) 掲載日 2012年1月25日 掲載アドレス http://jcem.endojournals.org/content/early/2012/01/20/jc.2011−2885
【文献】
CHOI, M. et al.,K+ channel mutations in adrenal aldosterone-producing adenomas and hereditary hypertension.,Science,2011年,Vol.331 No.6018,p.768-772
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
<1>KCNJ5遺伝子の一塩基多型に基づくアルドステロン産生腺腫の検査方法
本発明の検査方法は、KCNJ5遺伝子上に存在する塩基の一塩基変異を分析し、該当分析
に基づいてアルドステロン産生腺腫を検査する方法である。アルドステロン産生腺腫とは、例えば、J Clin Endocrinol Metab 93:3266-3281, 2008に記載の基準によって診断される病態をいう。なお、本発明において、「検査」とはアルドステロン産生腺腫かどうかの検査、及びアルドステロン産生腺腫の重症度を予測するための検査を含む。
【0010】
KCNJ5遺伝子はG蛋白質感受性内向き整流カリウムチャネルをコードする遺伝子で、Kir3.4またはGIRK4とも呼ばれる。KCNJ5遺伝子としては、ヒトKCNJ5遺伝子が好ましく、例え
ば、配列番号1に記載の塩基配列を有する遺伝子を挙げることができる。ただし、該当遺伝子は人種の違いなどによって1又は複数の塩基に置換や欠失等が存在する可能性があるため、上記配列の遺伝子に限定されない。
【0011】
アルドステロン産生腺腫に関連するKCNJ5遺伝子の一塩基変異として、配列番号1の塩
基配列の塩基番号451番目の塩基に相当する塩基における一塩基変異を解析する。配列番号1の塩基配列の塩基番号451番目の塩基に相当する塩基とは、KCNJ5遺伝子のコー
ド領域(配列番号1)に存在する変異であり、塩基番号451番目の塩基は、野生型ではグアニン(G)であるのに対し、変異型ではチミン(C)またはアデニン(A)であり、配
列番号2の151番目のアミノ酸GlyをArgに置換する。
本発明においては、この塩基がCである場合はアルドステロン産生腺腫である基準に基
づいて検査する。
【0012】
この塩基に相当する塩基を本発明においては解析する。ここで、「相当する」とは、ヒトKCNJ5遺伝子上の上記配列を有する領域中の該当塩基を意味し、仮に、人種の違いなど
によって上記配列がSNP以外の位置で若干変化したとしても、その中の該当塩基を解析することも含む。例えば、ヒトKCNJ5遺伝子は配列番号1と完全に一致していなくてもよ
く、451番目の塩基以外で置換や欠失、挿入等があってもよい。なお、配列番号1において451番目の塩基の前で一塩基の挿入や欠失があった場合、「451番目の塩基」は前後することがある。解析対象はあくまでも配列番号1と対比して、「451番目の塩基」に相当する塩基である。
【0013】
上記変異の塩基の種類を調べることによって、アルドステロン産生腺腫を検査することができる。検査する変異の数は、上記一種類でもよいが、KCNJ5遺伝子の他の位置におけ
る変異と組み合わせてもよいし、アルドステロン産生腺腫に相関する他の遺伝子の変異と組み合わせてもよい。なお、KCNJ5遺伝子の配列はセンス鎖を解析してもよいし、アンチ
センス鎖を解析してもよい。
【0014】
KCNJ5遺伝子の一塩基変異の解析に用いる試料としては、被検者のアルドステロン産生
腺腫のDNAやmRNAを含む試料であれば特に制限されない。
【0015】
KCNJ5遺伝子の一塩基変異の解析は、通常の一塩基変異解析方法によって行うことがで
きる。例えば、迅速核酸増幅法( SMAP法(Nature Methods (2007),Vol.4,No3,p257-262および 特許3942627号公報)、シークエンス解析、PCR、ハイブリダイゼーションなどが
挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
シークエンスは通常の方法により行うことができる。具体的には、変異を示す塩基の5’側 数十塩基の位置に設定したプライマーを使用してシークエンス反応を行い、その解
析結果から、該当する位置がどの種類の塩基であるかを決定することができる。なお、シークエンスを行う場合、あらかじめ変異を含む断片をPCRなどによって増幅しておくことが好ましい。
【0017】
また、PCRによる増幅の有無を調べることによっても解析することができる。例えば、変異を示す塩基を含む領域に対応する配列を有し、かつ、各変異に対応するプライマーをそれぞれ用意する。それぞれのプライマーを使用してPCRを行い、増幅産物の有無によってどのタイプの変異であるかを決定することができる。
【0018】
また、変異を含むDNA断片を増幅し、増幅産物の電気泳動における移動度の違いによっ
てどのタイプの変異であるかを決定することもできる。このような方法としては、例えば、PCR-SSCP(single−strand conformation polymorphism)法(Genomics. 1992 Jan 1; 12(1): 139−146.)が挙げられる。具体的には、まず、KCNJ5遺伝子の変異部位を含むDNAを
増幅し、増幅したDNAを一本鎖DNAに解離させる。次いで、解離させた一本鎖DNAを非変性ゲル上で分離し、分離した一本鎖DNAのゲル上での移動度の違いによってどのタイプの変異であるかを決定することができる。
【0019】
さらに、変異を示す塩基が制限酵素認識配列に含まれる場合は、制限酵素による切断の有無によって解析することもできる(RFLP法)。この場合、まず、DNA試料をPCRで増幅し、それを制限酵素により切断する。次いで、DNA断片を分離し、検出されたDNA断片の大きさによってどのタイプの変異であるかを決定することができる。
【0020】
ハイブリダイゼーションの有無を調べることによって変異の種類を解析することも可能である。すなわち、各塩基に対応するプローブを用意し、いずれのプローブにハイブリダイズするかを調べることによって変異がいずれの塩基であるかを調べることもできる。
【0021】
<2>KCNJ5遺伝子の発現量に基づくアルドステロン産生腺腫の検査方法
本発明においては、KCNJ5の発現量がアルドステロン産生腺腫患者において増加してお
り、KCNJ5の量が高いとアルドステロン症の重症度を規定する血中及び尿中アルドステロ
ン値、拡張期血圧が高くなることがわかった。そこで、本発明は、KCNJ5遺伝子のmRNAま
たはタンパク質の発現量を測定する工程を含む、アルドステロン産生腺腫の検査方法を提供する。用いる試料としては被検対象から単離された副腎組織などが挙げられる。
【0022】
被検対象の副腎組織におけるKCNJ5遺伝子のmRNAまたはタンパク質の発現量が、健常人
などのアルドステロン産生腺腫に罹患していない者における値(対照値)と比べて増加している場合、アルドステロン産生腺腫に罹患している、またはアルドステロン産生腺腫の重症度が高いと判定することができる。また、被検対象の副腎組織におけるKCNJ5遺伝子
のmRNAまたはタンパク質の発現量が、アルドステロン産生腺腫患者における値(対照値)と比べて同じかそれ以上である場合、アルドステロン産生腺腫に罹患している、またはアルドステロン産生腺腫の重症度が高いと判定することができる。
【0023】
また、KCNJ5遺伝子の発現量はアルドステロン産生腺腫において増加しているが、クッ
シング症候群患者や褐色細胞腫患者では増加していないので、これらの疾患とアルドステロン産生腺腫を区別することが可能である。
【0024】
KCNJ5遺伝子の発現量は、RT−PCR、ノーザンブロット、マイクロアレイ法などで
調べることができる。また、KCNJ5遺伝子産物の発現量はELISA、ウエスタンブロッ
トなどで調べることができる。抗体は市販の抗体を用いることもできるし、KCNJ5蛋白質
のアミノ酸配列(例えば配列番号2)の一部を抗原として作製された抗体を用いることもできる。KCNJ5のコード領域の塩基配列としては(配列番号1)が例示され、この配列等
を利用して発現解析用プライマーやプローブなどを設計または取得することができる。検査に用いる試料は副腎組織などが挙げられる。
【0025】
<3>アルドステロン産生腺腫の治療薬のスクリーニング方法
本発明においては、さらに、アルドステロン合成と関係する副腎皮質由来のアルドステロン合成酵素CYP11B2やステロイド脱水素酵素HSD11B2のmRNA量とKCNJ5mRNA量は正の相関
を示し、KCNJ5遺伝子がアルドステロン合成に関与していることもわかった。したがって
、KCNJ5の発現を低下させる活性を指標にして薬剤をスクリーニングすることによりアル
ドステロン産生腺腫の治療薬となりうる物質を得ることができる。
すなわち、本発明のスクリーニング方法としては、KCNJ5遺伝子またはKCNJ5遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を発現する細胞に医薬候補物質を添加する工程、KCNJ5遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する工程、及び前記発現量を低下
させる物質を選択する工程を含む、アルドステロン産生腺腫の治療薬のスクリーニング方法が挙げられる。
例えば、医薬候補物質の存在下において、KCNJ5遺伝子またはレポーター遺伝子の発現
量が医薬候補物質非存在下と比べて抑制される場合に、当該医薬候補物質をアルドステロン産生腺腫の治療薬の候補として選択することができる。KCNJ5遺伝子を発現する細胞と
しては、副腎皮質由来の細胞などを用いることができる。
【0026】
KCNJ5遺伝子のプロモーターに連結されたレポーター遺伝子を用いる場合、KCNJ5遺伝子のプロモーターとしては、転写開始点の上流約1kbpを含む領域が好ましく、上流約2kbpを含む領域がより好ましい。プロモーターの配列情報はProc Natl Acad Sci U S A. 2008 June 10; 105(23): 8148-8153などより入手できる。
レポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ遺伝子、GFP遺伝子、クロラムフェニコー
ルアセチルトランスフェラーゼ遺伝子などが例示できる。これらのレポーター遺伝子をKCNJ5遺伝子のプロモーターに連結し、これを哺乳類細胞に遺伝子を導入するために用いら
れるプラスミドに組み込み、リポフェクションなどの通常の方法にて細胞にトランスフェクションする。
上記のようなKCNJ5遺伝子を発現する細胞、又はレポーター遺伝子が導入された細胞に
医薬候補物質を添加し、KCNJ5遺伝子またはレポーター遺伝子の発現量を測定する。
【0027】
医薬候補物質としては特に制限はなく、例えば、低分子合成化合物であってもよいし、天然物に含まれる化合物であってもよい。また、ペプチドや核酸であってもよい。スクリーニングには個々の被検物質を用いてもよいが、これらの物質を含む化合物ライブラリーを用いてもよい。候補物質の中から、KCNJ5遺伝子又はレポーター遺伝子の発現量を(非
添加時と比べて)低下させるものを選択することにより、アルドステロン産生腺腫治療薬となりうる物質を得ることができる。
【0028】
KCNJ5遺伝子の発現量はRT−PCR、定量PCR、ノーザンブロット、ELISA、Western blotting、In situ hybridization、免疫組織染色などの方法により測定することができる。
レポーター遺伝子の発現量はレポーター遺伝子の種類にもよるが、蛍光強度や発光強度、放射能強度などによって測定することができる。
【0029】
また、本発明においては、KCNJ5遺伝子の発現量を、アルドステロン産生腺腫治療薬の
存在下と非存在下とで比較し、アルドステロン産生腺腫治療薬の効果を判定することもできる。
【0030】
<4>本発明の検査用試薬
本発明はまた、アルドステロン産生腺腫を検査するためのプライマーやプローブなどの検査試薬を提供する。このようなプローブとしては、KCNJ5遺伝子における上記変異部位
を含み、ハイブリダイズの有無によって変異部位の塩基の種類を判定できるプローブが挙げられる。具体的には、配列番号1の塩基配列の451番目の塩基を含む配列、又はその相補配列を有する10塩基以上の長さのプローブが挙げられる。プローブの長さは好ましくは15〜35塩基、より好ましくは20〜35塩基である。
【0031】
また、プライマーとしては、KCNJ5遺伝子における上記変異部位を増幅するためのPCRに用いることのできるプライマー、又は上記変異部位を配列解析(シークエンシング)するために用いることのできるプライマーが挙げられる。具体的には、配列番号1の塩基配列の451番目の塩基を含む領域を増幅したりシークエンシングしたりすることのできるプライマーが挙げられる。このようなプライマーの長さは15〜50塩基が好ましく、20〜35塩基がより好ましい。このようなプライマーは、例えば、配列番号1において、該変異部位の上流または下流の位置に設定することができる。
上記変異部位をシークエンシングするためのプライマーとしては、上記変異塩基の5’側領域、好ましくは30〜100塩基上流の配列を有するプライマーや、上記変異塩基の3’
側領域、好ましくは30〜100塩基下流の領域に相補的な配列を有するプライマーが例示さ
れる。PCRによる増幅の有無で変異を判定するために用いるプライマーとしては、上記変
異塩基を含む配列を有し、上記変異塩基を3’側に含むプライマーや、上記変異塩基を含む配列の相補配列を有し、上記変異塩基の相補塩基を3’側に含むプライマーなどが例示される。
【0032】
なお、本発明の検査用試薬はこれらのプライマーやプローブに加えて、PCR用のポリメ
ラーゼやバッファー、ハイブリダイゼーション用試薬などを含むものであってもよい。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらの実施例
に限定されない。
【0034】
<患者と臨床データ>
2007〜2011年の間に群馬大学病院で手術を受けたアルドステロン産生腺腫患者23人について、インフォームドコンセントを得た上で解析を行った。なお、アルドステロン産生腺腫の診断はJ Clin Endocrinol Metab 93:3266-3281, 2008 およびJ Clin Endocrinol Metab 96:2512-2518, 2011にしたがった。各患者の臨床データは表1に記載のとおりであ
る。
【0035】
<変異解析>
患者由来の凍結アルドステロン産生腺腫サンプルよりトータルRNAを単離し、cDNAを合
成し、直接シークエンスにより配列解析を行った。用いたプライマーの配列は以下のとおりである。
フォワード5-taagggacaccccagaagttagcat-3(配列番号3)
リバース5-aaaacatgagggtctccgctctctt-3(配列番号4)
【0036】
【表1】
a:データなし
b:術後1〜3ヶ月の30分安静臥床後あるいは座位の値
c:転院のためデータなし
HT:高血圧罹患期間
C(カルシウムチャネル阻害薬)、R(アンギオテンシンII受容体拮抗薬)、β(β阻害薬)、S(スピロノラクトン)、K(カリウム補充)、E(アンギオテンシン変換酵素阻害薬
)
DM/IGT:糖尿病/耐糖能異常
HL:高脂血症
PAC:血中アルドステロン濃度
PRA:血中レニン濃度
eGFR:推定糸球体ろ過率
DST:デキサメタゾン抑制テスト
【0037】
<結果>
各患者におけるKCNJ5遺伝子の変異について表1に示す。その結果、8名についてはKCNJ5遺伝子の変異が見られなかったが、15名については変異が見られ、そのうち、3名はL16
8R変異、8名はG151R G/A変異であり、4名は新規なG151R G/C変異であった。
また、23名の患者について、KCNJ5遺伝子のmRNA量を調べた結果、KCNJ5遺伝子に変異
を有する患者においてKCNJ5遺伝子のmRNA量が有意に多いことが分かった(
図1)。
【0038】
また、24名(表1の症例のうちNo. 5, 23以外の22名と新規症例3名)のアルドステロン産生腺腫患者(APA)におけるKCNJ5遺伝子のmRNA量を、サブクリニカルクッシング症候
群患者(SCS:7名)、クッシング症候群患者(CS:5名)および褐色細胞腫患者(PHEO:10名)と比較したところ、アルドステロン産生腺腫患者においてKCNJ5遺伝子のmRNA量が有意に多いことが分かった(
図2)。
図2では、正常副腎におけるKCNJ5mRNA量を1.0とし(N=3)、KCNJ5mRNA量を表示してある。
なお、KCNJ5遺伝子のmRNA量はGAPDHで標準化した。それぞれTaqman probeを用いて測
定した。
TaqMan probes for KCNJ5 (Hs00168476_m1)、 GAPDH(Hs99999905_g1)
【0039】
次に、上記24名のアルドステロン産生腺腫患者において、血中アルドステロン値、尿中アルドステロン値、拡張期血圧を測定し、KCNJ5mRNA発現量とともにプロットしたとこ
ろ、
図3に示すように、KCNJ5のmRNA量は、血中および尿中アルドステロン値(
図3A,B)、拡張期血圧(
図3C)と正の相関を認めた。
【0040】
次に、上記24名のアルドステロン産生腺腫患者において、アルドステロン合成酵素CYP11B2のmRNA量およびステロイド脱水素酵素HSD3B2のmRNA量を測定し、KCNJ5のmRNA発現量とともにプロットしたところ、
図4に示すように、KCNJ5mRNA量とアルドステロン合成酵
素CYP11B2mRNA量は弱い正の相関を、ステロイド脱水素酵素HSD3B2mRNA量では正の相関を
認めることがわかった。
【0041】
上記24名のアルドステロン産生腺腫患者の内訳は、KCNJ5遺伝子に変異(L168RまたはG151R)を有する患者が16名、KCNJ5遺伝子に変異を有さない患者が8名であったが、KCNJ5mRNAの量を変異のあるなしで分類したところ、
図5に示すように、KCNJ5mRNAの量は変異症例において有意に高値であることがわかった。なお、サブクリニカルクッシング症候群患者、クッシング症候群患者および褐色細胞腫患者ではKCNJ5遺伝子に変異がなかった。
【0042】
以上より、アルドステロン産生腺腫でのKCNJ5mRNA量が高い症例でアルドステロン症の
重症度を規定する血中及び尿中アルドステロン値、拡張期血圧が高くなることを発見した。またKCNJ5遺伝子変異症例では、変異の無い症例と比較し有意にKCNJ5mRNA量は高値であった。さらにアルドステロン合成と関係する副腎皮質由来のアルドステロン合成酵素CYP11B2やステロイド脱水素酵素HSD11B2のmRNA量とKCNJ5mRNA量は正の相関を示し、KCNJ5遺伝子がアルドステロン合成に関与していることを解明した。