(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
アルカリ酸化物と、複数の酸化数状態をとる多価陽性元素の酸化物と、リン酸化物と、を含むガラス材料において、前記アルカリ酸化物由来のアルカリイオンの少なくとも一部をプロトンに置換して得られ、250 ℃以上500 ℃以下の温度のうち少なくとも一部の範囲で、プロトン伝導率が0.005 S/cm以上である、無孔性のプロトン伝導性材料(但し、AlPO4を主成分とし、孔径が2nm以上の細孔を持つAlPO4系イオン交換性メソポア多孔体であるプロトン伝導体を除く)。
アルカリ酸化物と、複数の酸化数状態をとる多価陽性元素の酸化物と、リン酸化物と、を含むガラス材料において、前記アルカリ酸化物由来のアルカリイオンの少なくとも一部をプロトンに置換して得られ、250 ℃以上500 ℃以下の温度のうち少なくとも一部の範囲で、プロトン伝導率が0.005 S/cm以上であるプロトン伝導性材料(但し、AlPO4を主成分とし、孔径が2nm以上の細孔を持つAlPO4系イオン交換性メソポア多孔体であるプロトン伝導体を除く)を含む、無孔性の固体電解質膜。
アルカリ酸化物と、複数の酸化数状態をとる多価陽性元素の酸化物と、リン酸化物と、を含むガラス材料に、電界の印加下、含水素雰囲気下、及び250 ℃以上の温度下において前記アルカリ酸化物由来のアルカリイオンの少なくとも一部をプロトンに置換することを特徴とするプロトン伝導性材料の製造方法。
【背景技術】
【0002】
エネルギー・環境問題は、21世紀前半に人類が解決すべき最大の技術課題である。現在、地球上の人類が利用している一次エネルギー源の約80 %は、石油、石炭、及び天然ガス等の炭化水素系化石燃料である。化石燃料が持つ化学エネルギーは、空気中の酸素との間でおきる燃焼反応を通じて熱として放出される。そのため、化石燃料の使用は、温室効果ガスである炭酸ガス(CO
2)の放出を不可避的に伴う。現在、全地球をおおう気候変動の主因は、CO
2等の排出増大による温室効果によってもたらされた温暖化であると考えられている。従って、CO
2を排出しないエネルギー源(いわゆるクリーンエネルギー、グリーンエネルギーあるいは再生可能エネルギー)の利用技術の開発は、緊急の課題と位置づけられている。
【0003】
バイオマスは、大気中のCO
2及び地中のH
2Oを原料とし、太陽光をエネルギー源として植物によって生産された炭水化物である。従って、いわゆる化石燃料と同様に太陽光エネルギーが凝縮されたエネルギー源である。ただしバイオマスの場合には、その燃焼等によって生ずるCO
2は現在の大気中から吸収されたものであるため、大気中のCO
2濃度を増大させることはない。この特徴は、カーボンニュートラルと表現される。よってバイオマスは再生可能エネルギーに分類される。
【0004】
バイオマスは、穀類(澱粉)・糖質系と樹木・茎などを形成するセルロース系に大別される。前者は発酵技術によりエタノールに転換され、後者は部分酸化水蒸気改質法等によりメタノールに転換される。セルロース系バイオマスは、未だ有効利用されず、焼却等によって廃棄されているものも多い。従って、これから製造されるメタノールを利用する技術の開発は、エネルギー・環境問題における最も重要な課題のひとつである。
【0005】
メタノールを含む炭化水素系燃料からエネルギーを取り出す方法には、内燃機関及び単純燃焼方式などの燃焼反応によって発生する熱を使う方法と、燃料電池による直接発電技術とがある。前者の燃焼熱を用いる方法では、その最大エネルギー効率はカルノー機関としての制約を受ける。後者の燃料電池では、取り出しうる最大電力エネルギーは反応の自由エネルギー変化に等しい。このため燃料電池は、高効率のエネルギー変換デバイスとして、原理的な優位性をもつ。
【0006】
段落0003、0004において説明したように、CO
2削減に最も有効なエネルギー源はバイオマス由来のメタノールである。またメタノールは、燃料電池用燃料として優れた特徴を有する。C1アルコールであるメタノールは、水蒸気改質器を通さずに燃料電池燃料室に水とともに直接供給することができる。特に燃料電池本体に固体高分子電解質を用いた室温動作装置は、DMFC(直接メタノール燃料電池)と呼ばれている。
【0007】
しかし、DMFCは、発電効率が低いという大きな欠点をかかえている。その第一の原因は、メタノールクロスオーバーと呼ばれる現象である。DMFCが低発電効率であることの第二の原因は、白金系触媒がCO吸着により被毒し、その結果大きなアノード過電圧が生じることである。この問題を解決するために、触媒の種類、量、担持法に関する研究が活発に行われているが、未だ有効な技術は開発されていない(非特許文献1)。
【0008】
DMFCにおけるメタノールクロスオーバーは、プロトン伝導体を固体化することによって防止することができる。またCO吸着は、低くとも150 ℃、望ましくは300 ℃以上の温度で運転することにより抑制できると考えられている。従って、DMFC型燃料電池の発電効率の向上には、中温域で有意なプロトン伝導性を有する固体電解質の開発が鍵を握っている。
【0009】
上で述べたように、現在、中温域で有意なプロトン伝導性を示す固体電解質の開発が精力的に展開されているが、酸化物ガラスの中で最も高いプロトン伝導機能をもつリン酸塩ガラスが注目されている。
【0010】
有意なプロトン伝導性を実現するためには、高い水素濃度をもつことが必要条件である。そこで特許文献1では、高濃度(50 〜 80 モル%)のP
2O
5を含むCa、Sr、Ba、Zn、Al、Si、Pb、Mg、又はBのリン酸塩ガラスを選び、これを900 ℃以下の温度で短時間溶解し、原料や雰囲気由来の水分をガラス中に高濃度で残留させる技術が開示されている。しかしながらこの方法では、融液状態で進行するガラス形成反応を平衡に至る途中段階で強制終了させるものであるため一定の品質の製品を得ることが困難であり、また高プロトン伝導率を実現するための必須条件である高プロトン濃度を実現することができない。
【0011】
また、特許文献2では、高濃度のP
2O
5を含むBa、Ca、Al、又はZnのリン酸塩ガラスを、250 ℃〜400 ℃未満の温度で水蒸気を含む雰囲気下で結晶化する技術が開示されている。本材料のプロトン伝導性は、熱処理によって結晶が析出する際、結晶及びガラスマトリックスの双方が雰囲気中の水分により加水分解され、その結果取り込まれたOH基によるとされている。本技術によって作製された材料の伝導率は300 ℃で6×10
-2 S/cmと示されている。
【0012】
さらに非特許文献2及び特許文献3には、Snなどの4A属元素の10 %程度をInなどの3A属元素で置換したSnP
2O
7ピロリン酸塩結晶のプロトン伝導率の温度依存性、及びこれを用いて試作した燃料電池の出力密度特性が示されている。伝導率に関しては、250 ℃で最も高い値2×10
-2 S/cmを示しそれ以上の温度では低下することが示されている。また厚さ0.35 mmの固体電解質を用いて作製した燃料電池の出力密度は、250 ℃において260 mW/cm
2に達することが報告されている。
【発明を実施するための形態】
【0033】
まず、本発明の概要について説明する。
【0034】
燃料電池関連技術において「中温」に関する厳密な定義はないが、本明細書において「中温」とは、便宜的に約250 ℃ 〜 550 ℃の温度の意味で用いる。
中温で高いプロトン伝導性を有する材料を用いた燃料電池では、燃料改質装置の不要化(動作温度及び燃料種に依存)や電池部材に金属材料が使用可能なことなどによりシステムが単純化され、低コスト化及び高信頼性化が実現される。また中温定常動作化により発電効率の向上と高温排熱の有効利用が可能となり、全エネルギー効率の向上が達成される。
【0035】
中温域で熱化学的に且つ機械的に安定なリン酸塩ガラス材料は、当業者には周知の溶融法によって作製される。しかしながらこの作製法では、一般に中温域より高温を要する溶融過程で脱水反応が進行するため、高プロトン濃度を有するガラス材料を作製することは不可能である。
本発明者らは、安定的に中温域で高いプロトン伝導性を有する固体電解質材料を作製するために独自の技術を考案した。これは、溶融法によって作製されたガラス材料中のアルカリイオンをプロトンによって置換する方法である。これを「AP置換法」と名付ける。
【0036】
ガラスの処理としては、例えば硝酸カリウム(KNO
3)融解液中にナトリウム(Na)イオンを含む板ガラスを浸漬し、ガラス表面層内のNaイオンの一部をKイオンで置換して表面に圧縮応力層を形成させ、もって表面強度を向上させる技術―化学強化法あるいはイオン交換強化法―が考えられる。しかしながらアルカリイオンをプロトンで置換する手段として同様な方法を用いることはできない。中温域で安定なプロトン浴(プロトン源)が存在せず、また、ガラス材料中のアルカリイオンの大部分をプロトンで置換することができないからである。即ちAP置換法は、これとは全く独立の原理に基づく方法である。
【0037】
以下に、AP置換法の原理を説明する。
まず中温動作燃料電池の運転温度、雰囲気条件に注目する。固体電解質の燃料極側表面は、燃料の種類によらず数パーセントから数十パーセントオーダーの分圧の水素を含む雰囲気に暴露され、他方、酸化剤側表面は、酸素、水蒸気、場合により窒素を含む雰囲気に暴露される。また発電時は、電解質層内では燃料極から酸化剤極へ向かってプロトンの定常流が発生している。即ち、新規電解質材料の開発にあたっては、このような条件下で高濃度のプロトンを安定に保持できる材料を創製することが必要条件となる。
【0038】
AP置換法の工程を説明する。先ず、数パーセントから数十パーセントの範囲内の濃度のアルカリ酸化物(以下、「AO
1/2」と略記する場合がある)、及び複数の酸化数状態をとる多価陽性元素の酸化物(以下、「MO
p/2」と略記する場合がある。Mは多価陽性元素を、Pはその酸化数をそれぞれ表す)を含むリン酸塩ガラス前駆体を作製し、これを例えば板状に加工する。ここでMは、該材料の作製雰囲気が大気あるいは酸素雰囲気では高酸化数状態に制御できる陽性元素を意味する。目的とする材料特性に応じて、酸化数が一定であるTiO
2やZrO
2、TaO
5/2、NbO
5/2、MoO
3等、又は2価金属(R)の酸化物(RO)や3価金属(T)の酸化物(TO
3/2)をさらに加えるようにしてもよい。
ついで、この材料の対向する2面に電極を付与する。正極材料には、気相中の水素を分解し溶解する金属材料(水素溶解透過性金属材料)であれば如何なるものでもよいが、例えばPd薄膜を用いることができる。負極材料には、アルカリ原子を溶解する材料であれば如何なるものでもよいが、例えば溶融Sn金属や板状のカーボン材料等を用いることができる。
【0039】
ついで前記材料中のアルカリイオンをプロトンで置換する工程に進む。これは、本発明によって初めて実現された固体状態における電気分解を利用したアルカリイオン等の一価陽イオンのプロトンによる置換である。この工程は上述した燃料電池の想定運転温度、即ち中温域の温度下及び低圧の水素を含む雰囲気下において、且つ、2電極間に適当な直流電圧を印加しつつ行われる。例えば、印加電圧は3 V以上であり、電界強度は5 V/cm以上であることが適当であるが、放電が生じない範囲であればより高電界であっても良い。
【0040】
前記工程においては、以下の式(1)〜(4)で表される酸化還元反応が進行する。
【0041】
(正極) H
2 → 2H → 2H
+ + 2e
− (1)
【0042】
即ち気相中の水素の分解、酸化反応である。ここで生じたプロトンはガラス中に溶解し、電子は外部回路に供給され負極に輸送される。プロトンの溶解は以下の反応によってバルクガラス中に進行する。
【0043】
(ガラス中) 2H
+ +2 ( A
+ /
−OPO
− / M
p+ )
→ 2 ( H
+ /
−OPO
− / M
p+ ) +2A
+ (2)
【0044】
ここで、( A
+ /
−OPO
− / M
p+ )は、ガラス中に溶解しているアルカリイオンの溶解状態を模式的に表わしている。即ち、負に荷電したリン酸骨格をM
p+イオンとA
+イオンが電荷補償しながら溶解していることを示す部分構造である。式(2)は、ガラス中に溶解していたアルカリイオンが気相から導入されたプロトンによって置換され、遊離されたことを示している。遊離アルカリイオンはガラス中を電界によって加速され負極近傍に輸送される。
【0045】
(負極) 2 A
+ + 2e
− + C
n → C
nA
2 (3)
【0046】
負極では、式(3)に示すように、アルカリイオンの還元反応が進行しその中性原子(A)が生成する。ここでC
nは負極材料として使われた黒鉛系電極を表わしている。このとき負極材料としてAを溶解し且つ金属的伝導性を有する材料を用いれば、アルカリ原子はガラスから負極材料中に抽出除去されるに至る。負極材料には、これらの機能をもつものであればいかなるものでも用いられるが、例えば、SnやPb、Ag等の金属材料、及びリチウムイオン電池の正極材料として用いられるカーボンや遷移金属酸化物等を使用することができる。アルカリイオンをプロトンへより多く置換する観点から、負極材料は、ガラス材料から排出されるアルカリイオンの全量を溶解し得る容量を持つことが好ましい。
【0047】
式(1)〜(3)による全反応は、以下の式(4)のようになる。
【0048】
(全反応)H
2 + 2 ( A
+ /
−OPO
− / M
p+ ) + C
n
→ 2 ( H
+ /
−OPO
− / M
p+ ) + C
nA
2 (4)
【0049】
即ち正極での気相中の水素の分解酸化と負極でのアルカリイオンの還元抽出である。この過程において、ガラス中のアルカリイオンはプロトンによって置換される。置換の結果、一般にはガラス材料には歪みが生じるが、この工程は前記材料のガラス転移点あるいはそれより僅かに低い温度で行われているため、AP置換終了後直ちに必要な除歪工程、例えばアニーリングを付加することによって、必要な機械的強度を持つ材料を得ることができる。
【0050】
式(1)、(2)で示される気相中の水素の酸化とガラス中への溶解は、複数の酸化数状態をとる多価金属の酸化物MO
p/2成分の存在がその進行を有意にする。ガラス材料中のM
p+イオンは、無電界下であっても水素と酸化還元反応を起こし生成したプロトンをガラス中に溶解する機能を持つ成分である。
即ち、式(5)に示すように、MO
p/2はH
+ / M
(p−1)+なる酸化還元対を形成することによりプロトンの溶解を促進する成分である。
【0051】
H
2 + 2 ( A
+ /
−OPO
− / M
p+ )
→ 2 ( A
+ /
−OPO
− / H
+ / M
(p−1)+ ) (5)
【0052】
上述したように、中温条件下で高濃度に水素酸化物を含有し得るガラス材料は、少なくとも目標とする水素酸化物の濃度以上の濃度のアルカリ酸化物及び複数の酸化数状態をとる多価陽性元素の酸化物とを含有するリン酸塩ガラス材料を前工程において作製し、次いで、直流電界下・水素含有雰囲気下で熱処理することによりアルカリイオンをプロトンで置換するAP置換を後工程とする方法によって有意に製造される。
【0053】
AP置換法においては、アルカリ成分としてはLiO
1/2、NaO
1/2、及びKO
1/2これらのうちいずれか又はこれらの任意割合の混合物を用いることが好ましい。アルカリ成分の濃度としては、カチオンモル百分率で5 %以上40 %以下が好ましい。アルカリ成分の濃度が5 %未満では、伝導率が10
−4オーダーにとどまり目標値に達せず、必要レベルの伝導率が得られない。アルカリ酸化物が含まれない又はその濃度が低い状況においては、イオンの移動が不十分であり効果的にプロトンで置換することができない。一方、40 %を超えると材料の機械的特性、化学的特性及び熱的特性が不十分で実用に供せる材料が得られない。
また、酸化物ガラス中において電界下で可動イオンとして働くことが知られているAgO
1/2やCuO
1/2、TlO
1/2等を用いるようにしてもよい。
【0054】
またAP置換前後のガラス材料の構成成分である複数の酸化数状態をとる多価陽性元素のイオンM
p+としては、自身が還元されることによって気相中の水素を酸化溶解するものであれば如何なるものでもよいが、Fe
3+、W
6+、及びGe
4+のいずれかあるいはこれらの混合物が好ましい。
これらのイオンは伝導性を担うプロトンの移動を促進する成分でもあるので、その濃度はガラス形成及び必要とされる安定性、熱化学的機能等を損なわない限りにおいて高いことが望ましい。従って、カチオンモル百分率で3 %以上45 %以下が好ましく、10 %以上45 %以下がより好ましい。多価陽性元素のイオンM
p+が存在しない又はその濃度が低い状況においては、アルカリイオンのプロトンによる置換が、低濃度かつ表面層近傍(〜0.01 mm程度)で生じるに留まる。
【0055】
また目的とするプロトン伝導性を実現するには、安定なリン酸塩ガラスが形成できる必要である。このため、PO
5/2成分の濃度は、カチオンモル百分率で25 %から60 %であることが好ましい。
【0056】
材料のプロトン伝導率を決定する第二の支配因子は、プロトンの移動度である。プロトンの移動過程の微視的メカニズムは定かではないが、TiO
2、ZrO
2、TaO
5/2、NbO
5/2及びMoO
3はこれを増大させる機能を有することが明らかとなった。
その濃度はガラス形成及び必要とされる安定性、熱化学的機能等を損なわない限りにおいて高いことが望ましい。このため、TiO
2、ZrO
2、TaO
5/2、NbO
5/2及び/又はMoO
3の総含量は、カチオンモル百分率で25 %以下が好ましい。
【0057】
プロトン伝導性材料は、燃料電池など種々の電気化学装置を構成する素材として用いられる場合がある。従って、プロトン伝導性以外に用途に応じた機械的特性や化学的安定性、熱的特性などの物性に関する要求を満たすことが好ましい。これらの特性を改善、向上するためにRO成分及び/又はTO
3/2成分の含有は特性改善に有効である。プロトン伝導性の低下を考慮すると、これらの総含量はカチオンモル百分率で20 %以下とすることが好ましい。
【0058】
また、AP置換工程においてガラス成型体に付与する電極として、正極については水素溶解透過性金属材料が用いられる。具体的には、Ti、Cr、Co、Ni、Mo、Rh、Pd、Ag、Sn、Sb、Nb、Ta、W、Ir、Os、Pt、Au、Pb及びBiのいずれか、あるいはこれらの混合系から選ばれた材料が好ましい。
また負極についてはアルカリ原子を溶解する金属材料、炭素材料、及び遷移金属酸化物材料のいずれか、あるいはこれらの混合系から選ばれた材料が好ましい。負極材料としては、電子伝導性に優れるものがより好ましい。AP置換工程では、ガラス成型体中に含まれていたアルカリイオンが原子状態となって排出される。従って負極材料は、これを溶解できる容量を有することがより好ましい。
【0059】
また、AP置換工程では、固体状態での電気分解、電界酸化還元現象を用いることで効果的に実現することができる。例えば、正極―負極間に3 V以上の電圧且つ5 V/cm以上の電界をもつ直流電圧を印加しつつ、水素を含む雰囲気下且つ250 ℃以上の温度条件下で熱処理することが好ましい。材料の利用環境及び安定性の観点から250 ℃以上とすることが好ましい。具体的には、燃料電池電解質として利用する場合、その条件は250 ℃以上、望ましくは300 ℃以上が想定されるため、これに対応し得る範囲が好ましい。
【0060】
中温域におけるプロトン伝導性の観点から、プロトン伝導性材料においては、AP置換によって導入されたHO
1/2の濃度が2.5 %以上40 %以下であることが好ましい。プロトンをOH換算で5×10
20個 / cm
3以上1.5×10
22個/cm
3の濃度で含むことが好ましい。
【0061】
次に、プロトン伝導性材料を製造する工程について説明する。
なお、本発明はこれらの記載に限定して解釈されない。
【0062】
プロトン伝導性材料は、それぞれ数パーセントから十パーセントオーダーの濃度をもつAO
1/2及びMO
p/2を(目標組成によっては、さらにTiO
2、ZrO
2、TaO
5/2、NbO
5/2及び/又はMoO
3、RO及び/又はTO
3/2を)含むリン酸塩ガラス成型体を作製する工程と、得られたリン酸塩ガラス成型体中のアルカリイオンの少なくとも一部(例えば半量以上)をプロトンで置換する工程とを含む方法によって作製される。
図1は、本実施形態に係るプロトン伝導性材料を製造するフローチャート(S10)を示す。
【0063】
ステップ102(S102)において、リン酸塩ガラス成型体を作製する。
リン酸塩ガラス成型体を作製する工程は、周知の方法による。即ちAO
1/2成分については炭酸塩を、MO
p/2成分については酸化物を、TiO
2、ZrO
2、TaO
5/2、NbO
5/2及び/又はMoO
3成分については酸化物を、RO成分については炭酸塩あるいは酸化物を、TO
3/2成分については酸化物を、PO
5/2成分については正リン酸を原料に用いてバッチを構成し、これを高アルミナ質ルツボあるいは白金ルツボに移して電気炉内で溶融する。溶融雰囲気は大気でよい。複数の酸化数状態をとりうる陽性元素(M)を高酸化数状態に保持するために、乾燥酸素を用いるようにしてもよい。均質な融液をカーボンモールドに移しアニーリングを施し除歪する。得られたバルクガラス材料を切断、研磨し、所望の形状に成型する。
【0064】
ステップ104(S104)において、板状に成型されたリン酸塩ガラスに電極を付与する。
板状に成型されたリン酸塩ガラスの対向する2面に電極を付与する。正極材料には、水素分子を分解し溶解し得る金属材料、例えばPd等が用いられる。Pd薄膜を例えばスパッタリング法により堆積させる。膜厚は、例えば100 nm以下とする。
【0065】
負極材料には、アルカリに対する溶媒機能を持つ材料を用いる。AP置換工程は、例えば水素を5 %程度含むフォーミングガス雰囲気下で行うため、耐酸化性の重要性が抑制される。例えば、Li電池の電極材料として用いられるグラファイト系炭素材料を塗布して用いることができる。また、鉛やスズなどの大密度液体金属を用いることもできる。負極材料の容量は、ガラス成型体から排出されるアルカリの全量を溶解できる大きさをもつものとする。両電極からはリード線を引き出す。
【0066】
ステップ106(S106)において、AP置換を行う。
電極を付与された板状ガラス材料は、雰囲気制御電気炉にセットされる。炉内には、例えば5 %H
2−95 %N
2のフォーミングガスを流通させる。加熱温度は対象ガラス材料の転移点から「転移点−50 ℃」の範囲の温度とする。本実施形態においては、概ね350 ℃から550 ℃の間となる。炉温が目標温度に制御された後、直流電源を用いて正極−負極間に電圧を印加する。電圧は3 V以上、電界は5 V/cm以上が好ましく10 V/cm 〜 40 V/cmとすることがより好ましい。置換されたアルカリの量を半定量的に評価するために、ガラス材料と直列に電流計を接続しこの出力をモニターしておく。
【0067】
このように、ガラス材料に、電界の印加下において前記アルカリ酸化物由来のアルカリイオンの少なくとも一部をプロトンに置換することで、プロトン伝導性材料が作製される。
【0068】
作製されたプロトン伝導性材料(AP置換後のガラス材料)については、その特性を評価するために、プロトン導入量、プロトン伝導の伝導率とその温度依存性、及び輸率を測定する。
【0069】
[プロトン導入量(OH濃度C
OH評価)]
導入されたプロトンはOHの形で存在するため、OH量を評価する。OHの濃度については赤外吸収の測定により評価し、また、OH濃度及びアルカリ(Naの場合)の材料の厚み方向に沿ったプロファイルはそれぞれ顕微赤外吸収、及びEPMA強度の測定により評価する。
【0070】
[プロトン伝導の伝導率とその温度依存性(伝導率評価)]
この評価は、交流インピーダンス法によって行うことができる。AP置換に用いたPd薄膜電極は、そのまま伝導率測定用電極として利用することができる。負極に用いたカーボン系電極はこれを機械的に除去した後、Pd薄膜を堆積する。Pdは、水素を含む雰囲気下では非ブロッキング性電極としても働くので、直流を用いた評価も可能である。この材料を雰囲気調整電気炉中にセットする。測定雰囲気は5 %H
2−95 %N
2のフォーミングガスとする。測定温度は室温から550 ℃の範囲である。
【0071】
[輸率(輸率評価)]
プロトン伝導性材料を、これを含む固体電解質として電気化学装置を構成する際、プロトンの輸率も伝導率と並んで重要な特性である。輸率は、プロトン伝導性材料を用いて水素濃淡電池を構成し、その起電力から求めることができる。
【0072】
AP置換条件(正極・負極材料や印加電界の大きさ、置換操作の温度・時間等)を確定する段階では、AP置換後の試料について正負の電極を除去し、評価を行う。具体的には、導入されたOHの濃度については赤外吸収の測定により評価し、また、OH濃度及びアルカリ(Naの場合)の材料の厚み方向に沿ったプロファイルはそれぞれ顕微赤外吸収、及びEPMA(Electron Probe Micro Analyzer) 強度の測定により評価する。
【0073】
次に、実施例1〜3について説明する。
図2〜
図4は、作製したプロトン伝導性材料の組成、AP置換後における材料中のOH濃度C
OH、活性化エネルギー(ΔE)、及びAP置換後における材料のプロトン伝導率が10
−2 S/cmを超える最低温度(Tc)を示す。
【実施例1】
【0074】
(Wを含むリン酸塩ガラスを用いた実施例)
Wを含むリン酸塩ガラスを用いて作製した実施例としては、
図2における試料W5−1〜5−5の5種及び
図3における試料W10−1〜試料W40−3の13種、計18種(以下、「W系試料」と総称する場合がある)が該当する。比較例としてアルカリ酸化物の濃度が5 %未満である試料W25−7を併記する。
【0075】
[ガラス材料作製]
AP置換処理を施すガラス材料の作製における原料薬品として、Li
2CO
3、Na
2CO
3、NaPO
3、H
3PO
4、WO
3、BaO、La
2O
3、Al
2O
3、TiO
2、ZrO
2、Ta
2O
5及びNb
2O
5を用いた。目的組成になるようそれぞれの原料を秤取混合後、700 ℃で1時間保持した後、組成に応じて1200 ℃〜1400 ℃の目的温度に毎分10 ℃で昇温し、到達後3時間保持した。融解には白金ルツボを用いた。雰囲気は空気とした。融液を直径20 mmの円筒形カーボン型に注入し、アニール炉に移し除歪した。
【0076】
[AP置換]
AP置換処理について説明する。試料W5−1〜試料W40−3の18種の材料それぞれについて、アニール後のバルクガラスから燃料電池などの電気化学装置に用いることを想定した薄板形状の材料(以下、「装置用材」と記す)と、開発段階での各種評価に適した形状の材料(以下、「評価用材」と記す)とを作製した。
装置用材に関しては厚さ約0.4 mm、直径20 mmのガラス円板を切り出し、それらの2面を研磨して厚さを0.2 mm以下とした。評価用材に関しては、研磨後の厚さが約2 mmである板状材料とした。
【0077】
これら板状ガラス材料(装置用材及び評価用材)の一面には、Pd薄膜をスッパッタリング法によって堆積させた(以下、「a面」と記す)。対向する他面には、黒鉛厚膜を塗布した(以下、「b面」と記す)。それぞれの電極から白金リード線を引き出し、作製された「Pd薄膜電極/ガラス材料板/黒鉛厚膜電極」積層体をガス流通型電気炉にセットした。これを水素濃度5.0 %のフォーミングガス流通下、且つ直流電圧印加状態で加熱した。加熱温度は、組成に応じて400 ℃ 〜 600 ℃とした。この加熱温度は、それぞれのガラス材料のガラス転移点TgからTg−50 ℃の範囲とするのが好ましい。加熱温度がガラス材料のガラス転移点Tg近傍にある場合、このガラス材料に含まれるイオンがより効果的に移動する。
ab両面間に対する印加電圧は、電界が40 V/cmとなるようにした。Pd電極側のa面を正に、黒鉛電極側のb面を負にするようバイアスした。AP置換処理時に材料中を流れる総電荷をモニターできるよう電流計を設置した。処理時間は以下のように決定した。即ち、上述した式(1)〜(4)に示すように、ガラス材料中を流れる電流は、このガラス材料中の全アルカリイオンがプロトンによって置換され黒鉛電極へ排出されることによって生じる。そこで、電流によって運ばれた総電荷数とガラス材料中に含まれる全アルカリ個数が等しくなる時間を観測し、さらにその3倍の時間を処理時間とした。
加熱処理後の材料をガス流通下で徐冷した。
【0078】
[OH濃度C
OH評価]
AP置換後の装置用材について、全OHの濃度を評価した。
b面上の黒鉛電極に関しては、これを有機溶媒湿潤状態で機械的に除去した。またa面上に堆積させたPd薄膜については、これをバフ研磨により除去した。電極除去後の薄板材料に関し、FT-IR装置(Shimadzu 8200PC)により4000 cm
−1 〜 1500 cm
−1領域の吸収スペクトルを測定した。0.2 mm厚さの板状材料では吸光度が大きすぎる場合は、吸収スペクトルが測定できる程度に薄板化した。3200 cm
−1 〜3300 cm
−1なる波数域で測ったAP置換前後の吸光度差Aから、材料中のOH濃度C
OH( 個/cm
3 )を次式(6)に基づいて評価した。
【0079】
C
OH = 2・A・N
A / 1000 d ε (6)
【0080】
N
Aはアボガドロ数、dは材料ガラス板の厚さ(cm)、εはH
2Oとしてのモル吸光係数であり次式(7)により求められる(非特許文献4)。
【0081】
ε = 110・L・mol
−1 cm
−1 (7)
【0082】
図2、
図3に示すように、試料W5−1〜試料W40−3の18種の材料中の水素濃度(OH濃度C
OH)は、AP置換前のガラス材料中のアルカリの濃度にほぼ比例していることが分かる。またその絶対濃度は、アルカリ濃度が最も小さい試料W25−5の場合であっても5×10
20 個/cm
3以上となる1.5×10
21 個/cm
3を示しており、アルカリ濃度が高い試料W5−1〜試料W5−5、試料W10−1及び試料W10−3にあっては、10
22 個/cm
3のオーダーに達していることが分かる。OH濃度に対するアルカリの種類の影響として、LiはNaと比較して高濃度化する傾向がある。
比較例である試料W25−7の水素濃度は、10
20個/cm
3のオーダーとなった。
【0083】
[置換確認評価]
次に、Naが水素によって置換されていることを確認するために行った実験について説明する。
図5は、試料W10−1についてAP置換前後のNaの濃度を、正極側(a面)から負極側(b面)に亘ってEPMAを用いて点分析を行った結果を示す。また、試料W10−1について、AP置換後のOH濃度の測定結果を併せて示す。濃度の値は、水素濃度との比較が容易なように、ガラスの密度及び組成から計算した値に変換して示してある。
【0084】
図5に示すように、置換前の値はガラスの厚さ方向全体に亘って大きな変動はなく、約1.2×10
22 個/cm
3である。置換後の濃度は、約1.5×10
20 個/cm
3であって、置換処理によ
って約2桁程度減少している。置換後の濃度プロファイルも厚さ方向全体に亘って平坦で
ある。
【0085】
水素の侵入溶解は拡散律速反応である。表面から深さ方向に向かっての各位置におけるOH濃度の平坦性については、約2 mm厚の評価用材について短冊形の薄片を切り出し、a表面からb表面に向かって各部位におけるOH濃度のプロファイルを顕微IRを用いて評価した。AP置換後のOH濃度は、約1×10
22 個/cm
3であり、Naの減少量にほぼ対応している。
即ち、AP置換法により、ガラス材料中のアルカリイオンがプロトンで均一に置換されることが確認された。
【0086】
[伝導率評価]
AP置換処理を施した装置用材について、交流インピーダンス法によって伝導率の測定を行った。
a面の電極には、AP置換処理の際に堆積したPd薄膜を除去せずそのまま用いた。b面に関しては、アルカリを溶解した黒鉛電極を有機溶媒湿潤状態で機械的に除去した後、Pd薄膜を堆積し電極とした。Pdは水素を含む雰囲気下では非ブロッキング電極としても働くので、直流を用いた評価も可能である。Pd薄膜つきの板状材料を伝導率測定装置にセットし、AC法によって伝導率を測定した。測定にはインピーダンスアナライザー(Solartron SI 1260)を用いた。測定周波数は8 MHz 〜 10 MHzの間とした。インピーダンス測定の結果を複素平面上にプロットし、半円の低周波数側の実軸との交点を試料の抵抗値R(Ω)とした。測定は、測定可能となる最低温から400 ℃まで順次昇温させながら行った。目的温度に到達後10分間その温度に保持した後、伝導率を測定した。雰囲気は、フォーミングガス又は窒素とした。
【0087】
図6、
図7は、W系試料の伝導率測定結果を数値で示すものであり、
図8〜
図11は、W系試料の伝導率測定結果をグラフ化したものである。
試料W5−1〜試料W40−3の18種は、すべて400 ℃という高温域までに亘って熱活性化型の温度依存性を示した。
図2、
図3に示すように、活性化エネルギーは、プロトン濃度が高い試料W5−1、試料W5−2、試料W5−3、試料W10−1及び試料W10−3では38 kJ/mole以下となり、固体プロトン伝導性材料として極めて低い値となっている。他の試料と比較してプロトン濃度が相対的に低い試料W25−5にあっても66 kJ/moleであり、分子状の水を含まない固体材料としては低い値を示している。
【0088】
燃料電池応用を念頭に置いた場合、固体電解質膜のプロトン伝導率は、10
−2 S/cm以上であることが望ましい。
図2、
図3に示すように、AP置換後の各W系試料のプロトン伝導率が10
−2 S/cm以上となる最低温度Tcは、230 ℃から320 ℃程度の範囲に含まれており、この温度以上且つ400 ℃以下の温度で動作させると、高く且つ持続的な発電効率が得られることを示している。このような温度依存性は、プロトン伝導性材料が高い熱安定性をもつことの証左である
比較例である試料W25−7にあっては、プロトン伝導率が10
−2 S/cmに達さなかった。
【0089】
図6〜
図11に示すように、W系試料の18種全てが活性化型のプロトン伝導性を示している。試料W5−1〜試料W5−5の5種は、200 ℃以上の温度において約4 × 10
−3 S/cm以上のプロトン伝導率を示し、450 ℃以上の温度では約1 × 10
−2 S/cm以上のプロトン伝導率を示し、また500 ℃以上の温度では約0.1 S/cm以上のプロトン伝導率を示した。この高伝導率特性は、500 ℃以上の温度においても保持されている。このように、TiO
2、NbO
5/2、ZrO
2及びTaO
5/2が、AP置換後の含水素ガラス材料の高温安定性をより高める効果をもつことは明らかである。
試料W10−1、試料W10−2、試料W10−3、試料W25−1、試料25−6、及び試料40−1は、250 ℃以上400 ℃以下の範囲においてプロトン伝導率が5 × 10
−3 S/cm以上となった。
また、試料W10−1、試料W10−2、試料W10−3、試料W25−2、試料W25−3、試料W25−6、及び試料W40−1は、300 ℃以上400 ℃以下の範囲においてプロトン伝導率が10
−2 S/cm以上となり、さらに試料W10−1及び試料W10−3は、250 ℃以上400 ℃以下の範囲においてプロトン伝導率が10
−2 S/cm以上となった。
試料W25−1と試料W35−1とを比較すると、NbO
5/2を含む試料W25−1ではより伝導率が向上した。
比較例である試料W25−7は、試料W10−1〜試料W40−3と比較して伝導率が2桁程度小さい値となった。
【0090】
[輸率評価]
次に、輸率の測定結果について説明する。
【0091】
まず、輸率を測定するために用いた水素濃淡電池の構成を説明する。
図12は、輸率を測定するために用いた水素濃淡電池10の概略図である。水素濃淡電池10は、試料12を高圧室14と低圧室16との間に挟むようにして設置するように構成されている。高圧室14及び低圧室16それぞれには水素が導入され、導入される水素の圧力は高圧室14の方が低圧室16よりも高くされる。この際、試料12としては、作製されたプロトン伝導性材料(AP置換後のガラス材料板)の両面にPd薄膜を堆積したものを用いる。
高圧室14は、セラミックス管20の内部に形成され、このセラミックス管20には、ガスを導入する導入管22と、ガスを排気する排気口24とが設けられている。セラミックス管20と試料12とはAgリングシール26を介して試料と接触するようになっている。Agリングシール26が加圧されることにより、高圧室14の気密性が確保される。Agリングシール26からリード線28が引き出される。
低圧室16は高圧室14と同様の構成となっている。
【0092】
上述した水素濃淡電池を用いて測定された結果を用い、輸率を次式(8)によって評価した。
【0093】
V = ti ( RT / 2 F ) ln ( P
H2,R / P
H2,M ) (8)
【0094】
ここで、Vは起電力、Rは気体定数、Tは電池の温度、Fはファラデー定数、PH2,Rは高水素分圧室の水素分圧、PH2,Mは低水素分圧室の水素分圧、tiはプロトンの輸率である。式(8)から、実測された起電力Vをlog ( P
H2,R / P
H2,M )に対してプロットすると、その勾配からtiを評価することができる。
【0095】
図13に、試料W5−1、試料W10−3、試料W25−3、及び試料W40−2を用いて水素濃淡電池を構成した際の起電力を示す。測定温度は、それぞれの試料について450 ℃、375 ℃、400 ℃及び350 ℃とした。これらプロットの勾配から、プロトン輸率は0.98 〜 0.99であることが分かる。即ち電流のキャリアは実質的にすべてがプロトンであることが確認された。このことは、前駆体ガラス中のアルカリイオンの実質的にすべてがプロトンで置換されていることの結果でもある。
【実施例2】
【0096】
(Feを含むリン酸塩ガラスを用いた実施例)
図4に示すように、Feを含むリン酸塩ガラスを用いて作製した実施例としては、試料F10−1〜試料F20−2の4種(以下、「F系試料」と総称する場合がある)が該当する。
【0097】
[ガラス材料作製]
AP置換処理を施すガラス材料の作製における原料薬品としては、Li
2CO
3、Na
2CO
3、Fe
2O
3、及びH
3PO
4を用いた。目的組成になるようそれぞれの原料を秤取混合後、700 ℃で1 h保持した後、組成に応じて1200 ℃〜1400 ℃までの目的温度に毎分10 ℃で昇温し、到達後3 h保持した。融解には高アルミナ質ルツボを用いた。雰囲気は空気とした。融液を直径20 mmの円筒形カーボン型に注入し、アニール炉に移し除歪した。
【0098】
[AP置換]
AP置換処理及び評価は、実施例1において上述した手順で行った。なお、実施例2においては、Pd電極と対向する他面は金属錫ショット片と接触させた。
【0099】
板状ガラス材料の一面にはPd薄膜をスッパッタリング法によって堆積させた(a面)。Pd電極から白金リード線を引き出し、ガス導入型縦型電気炉内に石英ガラス製ルツボをセットして、これに金属錫ショット片を加えた。金属錫層からW線リードを引き出し、その後、作製された「Pd薄膜電極/ガラス材料板」積層体をb面が金属錫層に接触するように配置した。金属錫層が、b面において電極として機能する。これを水素濃度5.0 %のフォーミングガス流通下、且つ直流電圧印加状態で加熱する。加熱過程では、金属錫は液体電極となっておりb面とは良好な接触状態を構成している。以下、AP置換処理に関する操作は上述した実施例1の場合と同様である。
【0100】
[OH濃度C
OH評価]
AP置換後の装置用材について、全OHの濃度を評価した。
a面上に堆積させたPd薄膜及びb面上の金属錫残渣については、これをバフ研磨により除去した。電極除去後の薄板材料に関し、FT-IR装置(Shimadzu 8200PC)により4000 cm
−1 〜 1500 cm
−1領域の吸収スペクトルを測定した。測定の詳細は上述した実施例1の場合と同様である。
【0101】
図4に示すように、試料F10−1〜試料F20−2の4種の材料中の水素濃度は、AP置換前のガラス材料中のアルカリの濃度にほぼ比例していることが分かる。またその絶対濃度は、アルカリ濃度が最も小さい試料F30−1材料の場合であっても5×10
20 個/cm
3以上となる2.7×10
21 個/cm
3を示している。実施例2においては、OH濃度に対するアルカリの種類の影響は明らかにはみられない。
【0102】
[伝導率評価]
図14は、F系試料の伝導率測定結果を数値で示すものであり、
図15は、F系試料の伝導率測定結果をグラフ化したものである。
試料F10−1〜試料F20−2の4種の材料は、すべて450 ℃という高温域までに亘って熱活性化型の温度依存性を示した。
図4に示すように、活性化エネルギーは、プロトン濃度が高い試料F10−1では76.9 kJ/moleとなり、これは実施例1のW系試料と比較して高い。他の資料と比較してプロトン濃度が相対的には低い試料F30−1にあっては、108.6 kJ/moleであった。
【0103】
図4に示すように、各F系試料のTcは354 ℃〜390 ℃の範囲に含まれており、この温度以上且つ450 ℃以下の温度で動作させると高く且つ持続的な発電効率が得られることを示している。
【0104】
図14、
図15に示すように、試料F10−1、試料F20−1、及び試料F20−2は、350 ℃以上450 ℃以下の範囲においてプロトン伝導率が5 × 10
−3 S/cm以上となった。
また、各F系試料は、400 ℃以上450 ℃以下の範囲においてプロトン伝導率が10
−2 S/cm以上となった。
【0105】
[輸率評価]
輸率は、上述した実施例1の場合と同様な方法によって評価した。
図16に、試料F10−1、試料F20−2及び試料F30−1を用いて濃淡電池を構成した際の起電力を示す。測定温度は、それぞれの試料について350 ℃、400 ℃、及び450 ℃とした。これらプロットの勾配から、プロトン輸率は0.98以上であることが分かる。即ち電流のキャリアは実質的にすべてがプロトンであることが確認された。本実施例のAP置換処理においては溶融金属錫を負極材料に用いたが、この場合でもアルカリは実質的に全量が排出されていることが分かる。
【実施例3】
【0106】
(Geを含むリン酸塩ガラスを用いた実施例)
図4に示すように、Geを含むリン酸塩ガラスを用いて作製した実施例としては、試料Ge10−1〜試料Ge20−2の4種(以下、「G系試料」と総称する場合がある)、及び試料GW30−1〜試料GW40−2の4種(以下、「GW系試料」と総称する場合がある)、合計8種が該当する。
【0107】
[ガラス材料作製]
AP置換処理を施すガラス材料の作製における原料薬品としては、Li
2CO
3、Na
2CO
3、Nb
2O
5、GeO
2、WO
3、及びH
3PO
4を用いた。目的組成になるようそれぞれの原料を秤取混合後、700 ℃で1 h保持した後、組成に応じて1200 ℃ 〜 1450 ℃までの目的温度に毎分10 ℃で昇温し、到達後3 h保持した。融解には白金ルツボを用いた。雰囲気は空気とした。融液を直径20 mmの円筒形カーボン型に注入し、アニール炉に移し除歪した。
【0108】
[AP置換]
AP置換処理及び評価は、実施例1において上述した手順で行った。
【0109】
[OH濃度C
OH評価]
AP置換後の装置用材について、全OHの濃度を評価した。
図4に示すように、試料G10−1〜試料GW40−2の8種の材料中の水素濃度は、AP置換前のガラス材料中のアルカリの濃度にほぼ比例していることが分かる。G系試料とGW系試料を比較すると、後者のOH濃度がやや高い傾向が認められる。またその絶対濃度は、アルカリ濃度が最も小さい試料G30−1及び試料GW50−1材料の場合であって5×10
20 個/cm
3より一桁大きい約5.5×10
21 個/cm
3を示している。実施例3においては、OH濃度に対するアルカリの種類の影響は明らかにはみられない。
【0110】
[伝導率評価]
図17は、G系試料及びGW系試料の伝導率測定結果を数値で示す。
図18は、G系試料の伝導率測定結果をグラフ化したものであり、
図19はGW系試料の伝導率測定結果をグラフ化したものである。
G系試料は350 ℃まで、GW系試料は400 ℃まで、すべて熱活性化型の温度依存性を示した。
図4に示すように、活性化エネルギーは、G系試料では84 kJ/mole 〜 104 kL/moleという相対的に高い値が観測された。またGW系試料のそれらは実施例1のW系試料に次いで低い値、38.5 kJ/mole 〜 58.6 kJ/moleが観測された。
【0111】
図4に示すように、G系材料のTcは270 ℃ 〜 290 ℃の範囲に含まれており、またGW系試料のそれらは260 ℃ 〜 300 ℃の間に分布している。前者にあっては、活性化エネルギーが大きい関係上、350 ℃での伝導率が0.1 S/cmという非常に高い値が実現されている。従って、G系材料を用いた燃料電池を300 ℃ 〜 350 ℃で動作させると、非常に高い発電効率が実現される。GW系試料にあっては、相対的により広い温度範囲、250 ℃ 〜 400 ℃の間が適当な動作温度域である。
【0112】
図17〜
図19に示すように、試料G10−1は、250 ℃以上350 ℃以下の範囲において、GW30−1、GW40−1、及びGW40−2は、250 ℃以上450 ℃以下の範囲において、それぞれプロトン伝導率が5 × 10
−3 S/cm以上となった。
また、各G系試料は、300 ℃以上350 ℃以下の範囲において、各GW系試料は、300 ℃以上400 ℃以下の範囲においてプロトン伝導率が10
−2 S/cm以上となった。
【0113】
[輸率評価]
輸率は、上述した実施例1の場合と同様な方法によって評価した。
図20に、試料G20−1及び試料GW40−2を用いて濃淡電池を構成した際の起電力を示す。測定温度は、それぞれの試料について350 ℃、350 ℃及び400 ℃である。これらプロットの勾配から、プロトン輸率は0.97以上であることが分かる。即ち電流のキャリアは実質的にすべてがプロトンであることが確認された。
【0114】
近未来における燃料電池の実用化の鍵は、中温域で動作するプロトン伝導性固体電解質材料開発の成否である、と云ってよい。この材料の開発における最大の課題は、高いプロトン伝導率を実現するために必須の条件である高濃度のプロトンを中温域で安定に保持し得る材料はどのような種類、形態、構造のものであり、それを如何なる方法で作製することができるか、という問題である。本発明に係るプロトン伝導性材料とその製造方法は、この問題に初めて有意な解答を与えたものである。
【0115】
本発明に係るプロトン伝導性材料は、中温域の温度で高いプロトン伝導性を安定に示すこのプロトン伝導性材料は、その用途によって必要とされる後処理及び加工を受け、中温燃料電池を含む様々な電気化学装置の固体電解質部材として用いられる。