特許第6042578号(P6042578)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6042578BNを含むTiN硬質被膜またはそれを被覆した工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6042578
(24)【登録日】2016年11月18日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】BNを含むTiN硬質被膜またはそれを被覆した工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20161206BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20161206BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   C23C14/06 A
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-158151(P2016-158151)
(22)【出願日】2016年8月10日
【審査請求日】2016年8月25日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000238016
【氏名又は名称】冨士ダイス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】西垣 祥太郎
(72)【発明者】
【氏名】高橋 優太
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 大
(72)【発明者】
【氏名】北村 幸三
(72)【発明者】
【氏名】土屋 一彦
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 実
(72)【発明者】
【氏名】林 宏爾
【審査官】 永石 哲也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−42149(JP,A)
【文献】 特開2000−129421(JP,A)
【文献】 特開2007−31782(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
C23C 14/06
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
TiNにBが添加された被膜であり、被膜中のB量が0.8at.%以上9at.%以下であり、短軸径が50nm以上500nm以下かつ長軸径が100nm以上1000nm以下であり角度は二方向の角度で20゜〜60゜(垂直軸に対してはこの半分となる)で交差するように、レンズ状粒子で構成されているヘリングボーン組織を有する被膜。
【請求項2】
3000HV0.098N以上の硬さを有しつつ、剥離強さが50N以上である、請求項1に記載の被膜。
【請求項3】
被膜の相組成が、TiN1+XとアモルファスBNで構成されている、請求項1または請求項2に記載の被膜。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載の被膜が、64HRC以上のダイス鋼、64HRC以上の高速度鋼、84HRA以上のWC−Co超硬合金、WC−Co超硬合金に周期律表4族の炭化物、炭窒化物または窒化物を1種以上添加した84HRA以上の超硬合金、または炭化物系セラミックスに被覆されている、プラグ、ダイス、金型、パンチ、刃先交換式切削チップ、エンドミル、またはドリル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイス鋼、高速度鋼、超硬合金、または炭化物系セラミックスの表面に、硬質物質を被覆した工具の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
耐摩耗工具のうち、耐凝着性が要求される用途では、WC基超硬合金に主にTiNなどの硬質物質の被覆が行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平07−150336号公報
【特許文献2】特開2000−1766号公報
【特許文献3】特開2000−129421号公報
【特許文献4】特開2005−48266号公報
【特許文献5】アメリカ特許5,851,680号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Y.H.Lu,K.Chu,Y.G.Shen:「The Ti−B−N System:Nanocomposite nc−TiN/a−(TiB2,BN) and Nano−Multilayer nc―TiN/a−TiBN Thin Films」,Journal of Nanoscience and Nanotechnology,Vol.8,2008,p.2713−2718
【非特許文献2】田村元紀:「活性化反応性イオンプレーティング法によるTi−B−N膜の生成」、真空、第37巻第12号、1994年、p.978−984
【非特許文献3】P.Villars,A.Prince,H.Okamoto:Handbook of Ternary Alloy Phase Diagrams,Volume 1−10,ASM International,1995,p.5802
【非特許文献4】P.Villars,A.Prince,H.Okamoto:Handbook of Ternary Alloy Phase Diagrams,Volume 1−10,ASM International,1995,p.5803
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
機械構造用炭素鋼鋼管(以下STKMと表記)の引抜き加工で用いられるプラグは、リダクションが大きい場合等、しばしばSTKMが焼付き、過大な負荷が生じて割れるため、短寿命となる。また、高炭素クロム軸受鋼鋼材(以下SUJと表記)の据え込み鍛造加工で用いられるダイスでも、しばしばSUJが焼付き、過大な負荷を生じて割れることにより短寿命となる。
【0006】
被加工材の焼付きを生じないようにするには、耐凝着性を有する硬質物質を被覆するのが効果的である。このための硬質物質としては、しばしばTiNが選ばれる。しかし、TiNの耐凝着性は、硬質物質の中で比較的優れるものの、硬さが2000〜2400HVと硬質物質の中では比較的低いため、耐摩耗性は不十分となる場合がよく見られる。
【0007】
そこで、TiNにAl、Cr、Si等を添加した(Ti,Al)N(硬さ2800HV)、(Ti,Al,Cr)N(硬さ3200HV)、(Ti,Al,Si)N(硬さ3700HV)等の、耐摩耗性を改良した硬質物質の被膜が、耐摩耗性を必要とする用途によく用いられている。
【0008】
しかし、耐摩耗性の改良を行う過程で、TiNよりも硬い物質にした結果、TiNの有する耐凝着性は損なわれている。すなわち、TiNの耐摩耗性を改良した被膜には、このような欠点があった。
【0009】
他方、特許文献1〜5に示されているように、TiNの耐摩耗性を改良する目的でBが添加された被膜の開発が従来行われている。しかし、市場では、これらのB添加TiN被膜は、被加工材の焼付きを生じないようにする被膜として用いられていない。
【0010】
特に、特許文献4および特許文献5にあるように、硬さが70GPa(7000HV)以上の、Bを含む超高硬度被膜が開発されている。しかし、特許文献5にあるように剥離強さ(スクラッチテスト)が42Nと低い。これが原因で、強い応力が作用する場合の用途に適合していないと考えられる。
【0011】
非特許文献1では、ナノクリスタル(nc−)TiNとアモルファス(a−)(TiB,BN)との複合被膜が44GPa(4400HV)の硬さを有するとしているが、剥離強さは示されていない。ここで、この複合被膜は基材を回転しながら成膜するので、基材形状に大きな制限がある。
【0012】
非特許文献2では、アーク放電活性化イオンプレーティング装置(以下AIPと記す)により、アモルファスを含むTi−B−N膜が最高3800HK(ヌープ硬さ、荷重0.245N)と記されているが、被膜の臨界剥離荷重(剥離強さ)は、被膜組成に関係なく25〜35Nで、亀裂が入ると進展しやすいことが述べられ、機械的衝撃を伴う部材へは、適用が限られると思われるとも記されている。すなわち、従来の、TiNに耐摩耗性を改良する目的でBが添加された被膜には、剥離強さが実用レベル下限の50Nに達しない欠点があった。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、TiNの有する優れた耐凝着性を損なうことなく耐摩耗性を改良するには、TiNの組成をあまり変化させず硬質化すれば、TiNの有する優れた耐凝着性を損なうことなく、かつ、剥離強さも高くできるのではないかと考えた。
【0014】
そこで、TiNに対する少量B添加について、独自に検討することとし、Ti−0at.%B、Ti−5at.%B、Ti−10at.%B、Ti−30at.%B、Ti−44at.%B組成の5種の組成として、段落0052に記載した方法で焼結して、ターゲット材とした。このターゲットを用いて、段落0055に記載した方法で、AIPにより、始めに、窒素圧を4.5Pa、バイアス電圧を60V一定として、WC−10mass%Co超硬合金(WC粒度1.5μm、硬さ90.0HRA)を基材とし、3μmの厚さを目標として被覆した。
【0015】
得られた被膜について、B量を堀場製作所社製グロー放電発光分光分析装置GD−PROFILER2(Glow Discharge Optical Emission Spectrometry、以下GD−OESと記す)で分析した。その結果、表1が得られた。これより、被膜の組成は、ターゲットのB量が0at.%では、TiとN量はいずれも50at.%であるが、同B量が増加するほど、Tiが減少し、NとBが増加していることが分る。被膜のB量は、ターゲットのB量と比べて約1/4〜1/7である。以下、表1の各ターゲットによる被膜の組織と諸特性は、表1の被膜のB量との関係で考察する。
【0016】
【表1】
【0017】
次に、被膜の表面を走査型電子顕微鏡(以下SEMと記す)で観察し図1を得た。表面組織では結晶粒が認められるが、この結晶粒度は、被膜中B量が1.5at.%までは微粒化し、5.0at.%で粗粒化し、10at.%で再び微粒化した。但し、この組織は、後述する断面組織と対応せず、かつ製品化前に被膜表面を研磨するため重要ではない。
【0018】
表1の0〜1.5at.%B添加試料について、被膜及びその近傍の基材の断面組織をSEMで観察した結果が図2である。断面組織は鏡面である。図2下段は、下から基材、被膜、そして埋め込み材である。埋め込み材は、被膜が研削及び研磨で損傷しないために用いており、試料の状態で被膜表面から僅かに剥がれると黒く見える。上段は、下段の四角で囲った部分の拡大組織である。被膜には薄灰色と灰黒色のコントラストを示す部分が見え、被膜中B量が増加するに従って、灰黒色の部分が微粒化していることが分る。
【0019】
しかし、鏡面では見え難いので、図2の試料について、被膜をアルカリ溶液で食刻して再度SEM観察し図3を得た。図3下段と上段の組織の撮影倍率は図2と同じである。食刻により、被膜の結晶粒組織が明瞭となった。よって、以下の被膜の断面観察は同様の食刻組織で行った。ここで、B無添加の被膜組織は、最大1×2μm程度の比較的大きい(以下粗粒と記載)TiNの結晶が観察された。鏡面で認められた灰黒色組織は、食刻面では黒色に見える。
【0020】
1at.%B添加により、粗粒TiNに類似する粒子が減少し、鏡面で認められた灰黒色組織のうち微細なものは食刻されやすい。その結果、上段に点線の四角と矢印で示した、二方向のレンズ状の結晶粒子が交差するようなヘリングボーン組織(herringbone structure)が現れた。この組織は、膜厚方向に対してV字形に傾斜するレンズ状粒子が集合している組織を示す。この粒子の短軸径は50〜500nm、長軸径は100〜1000nmで、V字形の交差角度は20゜〜60゜(垂直軸に対してはこの半分)であり、1.5at.%B添加で微細化した。ヘリングボーン組織には薄灰色のコントラストを示す部分と灰黒色のコントラストを示す部分があり二相である。
【0021】
図4は、表1の5at.%Bと10at.%B添加試料について被膜近傍の断面組織を図3と同様にしてSEM観察した結果である。5at.%B添加でヘリングボーン組織内部の薄灰色部分が灰黒色に変化しているように観察され、10at.%B添加では大部分が黒色部分となった。
【0022】
次に、ターゲットをTi−10at.%Bとし、窒素圧を4.5Pa一定として、バイアス電圧を60〜20Vまで変化させて、前記と同じWC−10mass%Co超硬合金を基材とし、3μmの厚さを目標として被覆し、被覆後の断面組織を図3及び図4と同様にして観察し、図5を得た。図5より、いずれもヘリングボーン組織が見られ、バイアス電圧40Vが最も微細な組織となった。これらの被膜中の平均B量は約1.5at.%でバイアス電圧を変化させても大きくは変わらなかった。
【0023】
更に、ターゲットをTi−10at.%Bとし、バイアス電圧を60V一定として、窒素圧を3〜6Paと変化させて、前記と同じWC−10mass%Co超硬合金を基材とし、3μmの厚さを目標として被覆し、被覆後の断面組織を図3及び図4と同様にして観察し、図6を得た。この場合も、ヘリングボーン組織が見られ、窒素圧を4.5Paから増減するといずれの場合も組織が微細化した。これらの被膜中の平均B量は約1.5at.%で窒素圧を変化させても大きくは異ならなかった。
【0024】
図1の試料の被膜の表面を軽く研摩して、マイクロビッカース硬さ計で硬さを調べた結果、図7が得られた。図7より、1.5at.%Bの試料において最も硬い平均硬さ4330HV0.098Nを示した。これは既述した(Ti,Al,Si)Nの3700HVより硬い。B添加試料の硬さは図3及び図4に示した組織の微細さと相関していると思われる。TiNと10at.%B添加試料の硬さの違いの原因は後述する。
【0025】
図8には、図5及び図6の被膜硬さを測定した結果を示した。バイアス電圧は、40Vの時に最も硬質となり、4850HV0.098Nであった。窒素圧力は6Paの時に最も硬質となり、5180HV0.098Nであった。これらの硬さも、図5及び図6に示した組織の微細さと相関していると思われる。これらの結果から、窒素圧力を6Pa、バイアス電圧を40Vとすることで5700HV0.098Nに到達することが分る。
【0026】
本発明者らの被膜は硬質化を達成したので、次に剥離強さを測定した。図9は、硬さ測定した図7及び図8の試料の被膜表面について、剥離強さを測定した結果である。図9より、本B添加範囲で、上記のバイアス電圧と窒素圧力の如何にかかわらず、50N以上の高い剥離強さを有することが分った。
【0027】
これは、TiNの組成をあまり変化させることなく、硬質化した結果であることを確かめるために、各試料の被膜についてX線回折を行い、相同定を行った。まず、以上の試料の被膜について、測定条件を、管電圧:40kV、管電流:30mA、X線種:CuKα、発散スリット:2/3°、散乱スリット:2/3°、受光スリット:0.3mm、ステップ幅:0.1°、スキャンスピード:2°/min、グラファイト湾曲結晶モノクロメーター使用として、X線回折を行った。その結果、図10図12が得られた。
【0028】
図10は、図1図4の被膜についてのX線回折結果である。図10では、母材のWC、Co以外はTiNの位置のピークだけが認められ、TiB及びTiB等他の硬質物質のピークは認められなかった。斜方晶TiBの最強ピーク角度2θは38.49゜、立方晶TiBの最強ピーク角度2θは37.06゜、TiBの第2強度ピーク角度2θは34.16゜(最強ピーク角度2θは44.48゜でCoピークと重なる)であるが、これらのピークは見られなかった。
【0029】
また、TiNの(111)面のピーク高さは、B添加量とともに低下した。TiNの(200)面のピーク高さは、1at.%で最も高くなり、その後、B添加量が増えるに従って低くなりピーク幅は広がった。これらの結果は注目される。
【0030】
図11は、図5の被膜についてのX線回折結果である。図11より、窒素圧が4.5Pa一定の下で電圧を図1の60Vより低下させると、図10で注目したTiNの(200)面のピーク高さは、バイアス電圧40Vにおいて最も高くなった。なお、この場合も、母材のWC、Co以外はTiNの位置のピークだけ認められ、やはり、TiB及びTiB等他の硬質物質のピークは認められなかった。
【0031】
図12は、図6の被膜についてのX線回折結果である。図12より、バイアス電圧が60V一定の下で、窒素圧を図1の4.5Paより増減すると、図10で注目したTiNの(200)面のピーク高さは、6Paにおいて最も高くなった。なお、この場合も、母材のWC、Co以外はTiNの位置のピークだけ認められ、やはり、TiB及びTiB等他の硬質物質のピークは認められなかった。
【0032】
図10では、Bの量が増えるにしたがって、TiNは(200)面に強く配向し、かつ(200)ピークの形状は大きくブロードになっている。これは配向と結晶度が大きく変わっていることを示す。また、図11では、バイアス電圧により、TiNの(200)面の配向が大きく変わっている。しかしながら、図7図9に示す硬さと剥離強さの値はこれらと相関していない。すなわち、TiNの配向と結晶度は、硬さと剥離強度にあまり影響していないと考えられる。
【0033】
次に、X線回折の結果を状態図から考察する。図13は、非特許文献3の1400℃におけるB−N−Ti三元系状態図である。この状態図には、化合物としてTiN、TiN1+X、TiB、TiB及びBNが見られる。図14は、非特許文献4の25℃におけるB−N−Ti三元系状態図である。この状態図には、化合物としてTiN、TiN1−X、Ti(N,B)1+X、TiB、TiB及びBNが見られる。
【0034】
ここで、表1より、被膜へのB添加量の増加に伴いTi量が減少し、N量が増加している。これは、B添加により、TiNの成分はTiN1−X側にはならず、TiN1+X側に移行していることを示す。また、B添加被膜では白と黒色のコントラストを示すヘリングボーン組織があり、図14のTi(N,B)1+X相の固溶体相のみとは不一致である。すなわち本願被膜は、図13の状態図と一致すると思われる。よって、TiN1+Xの他にBNが含まれる可能性が大きい。
【0035】
しかし、前述した図10〜12のX線回折結果では、立方晶窒化ほう素c−BNは、最強および第2強度ピーク2θ(43.29゜、74.08゜)はTiNと重なるので、X線回折では分らなかった。また、ウルツ鉱型窒化ほう素w−BNは、最強ピーク2θ(46.63°)は認められなかった。さらに、図では省略しているが、六方晶窒化ほう素h−BNの最強ピーク2θ(26.74°)も認められなかった。アモルファスBN(以下a−BNと記す)はX線回折では分らない。以上から、BNは存在する可能性がある。
【0036】
そこで、BNの存在及び種類を特定する目的で、TiN及び10at.%B添加被膜について、X線光電子分光分析装置(PHI社製Quantum2000型XPS分析装置(X−ray Photoelectron Spectroscopy)、以下XPSと記す。X線種AlKα)による分析を行い、図15を得た。
【0037】
図15はXPSによるB1sナロースペクトルをTiN被膜及び10at.%B添加被膜について、調べた結果である。これにより10at.%B添加被膜にはBNのあることを発見した。図10に示したX線回折においてBNと重なるTiN1+x(200)面のピーク高さがB添加量と共に減少したことから、このBNはa−BNであると判断された。B、単体のB及びTiBは含まれないことも分った。これらは図13の状態図と一致することを証明した。
【0038】
次に、ヘリングボーン組織のEDXを行った。図16は、ヘリングボーン組織をSEMで20万倍に拡大し、白色と黒色のコントラストを示す部分についてTiLαのラインプロファイルを加速電圧5kVで行った結果である。加速電圧を5kVとしたのは、表面観察で低加速とする必要があったためであるが、X線強度は低くなる。しかし、図16に示したようにTiLα(励起電圧0.45kV)が、かろうじて検出され、白色部分の方のみにTiのピークが認められることを突き止めた。
【0039】
この結果と前記したX線回折、XPS結果から、白色部分はTiN1+X、黒色部分はa−BNと判断された。すなわち、ヘリングボーン組織は微細なTiN1+X及びa−BNの混相で形成されていることが分った。また、SEM像で両者の境界が不明確であることから、両相は連続的に変化していると思われた。
【0040】
ここで、図3図6に示した、1〜5at.%B添加被膜の断面組織にヘリングボーン組織が有り、そのコントラストが薄灰色と灰黒色の2種類で、10at.%B添加被膜の断面組織は殆どが灰黒色のコントラストとなる。そして、図10の10at.%B添加被膜のX線回折での(200面)のピークが低い。これらの事実は、灰黒色のコントラストを示す部分がa−BNであることを裏付ける。
【0041】
従来、TiNに対してB添加をした多くの特許や論文が見られるが、微細なTiN1+X及びa−BNの混相で形成されたヘリングボーン組織を有することで3000HV0.098N以上の高い硬さの被膜を実現したのは、本発明者らが始めてである。
【0042】
ヘリングボーン組織を生じた原因は、被膜が形成される過程で、TiN1+Xとa−BNが生じる際に相互干渉で応力を生じ、その応力を緩和するためと考えられる。ヘリングボーン組織を生じると、TiN1+Xとa−BNが微細化するので、硬さが上昇する。図7より、被膜中のB量の最適域が、0.8at.%以上9at.%以下ということになる。
【0043】
最後に、実用性能を確かめるために、耐凝着性および耐摩耗性を調べる目的で、WC−6mass%Co超微粒超硬合金(WC粒度0.5μm、硬さ92HRA)で作られた切削チップ(形状:TNGG160408R)に、TiNにBを1.5at.%添加し、図2の1.5at.%Bと同様のa−BN含有TiN被膜を被覆した。また、同様の切削チップに一般のTiN被膜を被覆した。
【0044】
前記の2種類の被覆をした切削チップを用いて、切削速度150m/minとし、送りを0.15mm/revとして切込み1mmとして、SCM440調質鋼を15min(切削長2202m)切削した後の逃げ面を観察し、逃げ面摩耗幅Vを調べ、図17を得た。
【0045】
図17より、a−BN含有TiN被膜のVは、TiN被膜のVと比べて約1/3であることが分る。また、a−BN含有TiN被膜は、被加工材の凝着がほとんど認められないが、TiNは5〜8μmの幅の被加工材の凝着物が認められる。すなわち、耐摩耗性だけでなく耐凝着性も著しく改善されていることが分る。このような結果は、被膜中のB量が0.8at.%以上9at.%以下のa−BN含有TiN被膜まで同様であった。B量がこれより多くても少なくても、硬さが3000HV0.098N以上にならず、耐摩耗性が不十分になる。
【0046】
本発明被膜は、普通のAIP法で微細な混相被膜を成膜できるので、基材を回転しながら成膜する必要はなく、コストが高くならず、基材回転による形状制限もない。
【0047】
なお、仮に何らかの理由で、上記TiN1+XがTi(N,B)1+X、a−BNがa−Ti(N,B)1+Xであったとしても、微細なヘリングボーン組織に本発明の本質があるので、本発明に含まれる。
【0048】
以上から、TiNの優れた耐凝着性をさらに改善しつつ、TiNの耐摩耗性を約3倍に改善することに成功した。本発明の被膜は、高い耐凝着性及び耐摩耗性があるので、プラグ、ダイス、金型、パンチ、刃先交換式切削チップ、エンドミル、またはドリルに限らず、ある程度硬質の基材、すなわち64HRC以上のダイス鋼、64HRC以上の高速度鋼、84HRA以上のWC−Co超硬合金、WC−Co超硬合金に周期律表4族の炭化物、炭窒化物または窒化物を1種以上添加した84HRA以上の超硬合金、または炭化物系セラミックスに被覆する場合の種々の用途において有用なことは自明である。
【0049】
以上の様にして、本発明者らは、少量B添加について独自に検討した結果、被膜中のB量が0.8at.%以上9at.%以下において3000HV0.098N以上の高い硬さを有しつつ、剥離強度が50N以上と優れた、図3図6に示すように、レンズ状粒子で幅が50nm以上500nm以下で長さが100nm以上1000nm以下で角度は2方向の角度で20゜〜60゜(垂直軸に対してはこの半分となる)で交差するように構成されているヘリングボーン組織を有する被膜(以下、a−BN含有TiN被膜と記す)の発明に成功した。
【発明の効果】
【0050】
被膜中の平均B量が0.8at.%以上9at.%以下のレンズ状粒子で幅が50nm以上500nm以下で長さが100nm以上1000nm以下で角度は2方向の角度で20゜〜60゜(垂直軸に対してはこの半分となる)で交差するように構成されているヘリングボーン組織を有する被膜において、3000HV0.098N以上の高い硬さになることで、本来の耐凝着性をさらに改善しつつ、耐摩耗性を著しく改善した被膜となり、引抜き加工のプラグや、据え込み加工のダイスの工具寿命を3倍以上にする。
【図面の簡単な説明】
【0051】
図1】Bを添加したTiN被膜において、被膜中の平均B量が0at.%B〜10at.%Bの被膜の、表面をSEM観察した結果である。
図2】Bを添加したTiN被膜において、被膜中の平均B量が0at.%B、1at.%Bおよび1.5at.%Bの被膜の、断面を研摩して鏡面としSEM観察した結果である。下段は、下から基材、被膜、そして埋め込み材である。上段は、下段の四角で囲った部分の拡大である。以下、図6まで同様である。
図3】Bを添加したTiN被膜において、被膜中の平均B量が0at.%B、1at.%Bおよび1.5at.%Bの被膜の、断面を鏡面とし、アルカリ食刻してからSEM観察した結果である。
図4】Bを添加したTiN被膜において、被膜中の平均B量が5at.%Bおよび10at.%Bの被膜の、断面を鏡面とし、アルカリ食刻してからSEM観察した結果である。
図5】Bを1.5at.%添加したTiN被膜において、成膜時の窒素圧力を4.5Pa一定として、バイアス電圧を60Vから40V、及び20Vに低下させ成膜した被膜について、断面を鏡面とし、アルカリ食刻してからSEM観察した結果である。60V,4.5Paは図2図3の被膜中の平均B量が1.5at.%Bと同じである。
図6】Bを1.5at.%添加したTiN被膜において、成膜時のバイアス電圧を60V一定として、窒素圧力を4.5Paから1.5Paに増減して成膜した被膜について、断面を鏡面とし、アルカリ食刻してからSEM観察した結果である。60V,4.5Paは図2図3の被膜中の平均B量が1.5at.%Bと同じである。
図7図3及び図4の試験片の被膜について、表面を研摩して平滑にした後、マイクロビッカース硬さ計で荷重を0.098Nとして、硬さ測定した結果である。
図8図5及び図6の試験片の被膜について、表面を研摩して平滑にした後、マイクロビッカース硬さ計で荷重を0.098Nとして、硬さ測定した結果である。
図9図3図6の試験片の被膜表面について、スクラッチ試験機による剥離強度を測定した結果である。
図10図3図4の試験片の被膜の表面についてX線回折装置(CuKα)で測定した結果である。
図11図5の試験片の被膜の表面についてX線回折装置(CuKα)で測定した結果である。
図12図6の試験片の被膜の表面についてX線回折装置(CuKα)で測定した結果である。
図13】非特許文献3の図を一部改変したB−N−Tiの三元系状態図である。見やすくするためTiN1+Xを追記した。
図14】非特許文献4の図を一部改変したB−N−Tiの三元系状態図である。非特許文献4の原論文中に見られたBN、Ti(N,B)1+X及びTiN1−Xを追記した。
図15】TiN被膜と10at.%B添加被膜について、XPS(AlKα)によるB1sナロースキャンスペクトルを測定した結果である。
図16】Bを1.5at.%添加したTiN被膜において、成膜時のバイアス電圧を20V、窒素圧力を6Paとした場合の被膜断面組織に現れたヘリングボーン組織を、SEMで20万倍に拡大し、SEM付属のEDX(加速電圧5kV)で白線部分について、研摩後、TiLαのラインプロファイルをした結果である。
図17】被膜中の平均B量が1.5at.%Bのa−BN含有TiN被膜、及び一般のTiN被膜を被覆した切削チップTNGG160408Rを用いて、切削速度150m/minとし、送りを0.15mm/rev、切込み1mmとして、SCM440調質鋼を15min(切削長2202m)切削した後の逃げ面を観察し、逃げ面摩耗Vを観察した結果である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0052】
始めに、被膜形成用のターゲット材を次のようにして作製した。株式会社大阪チタニウムテクノロジーズ製の粒度150μm以下のTi粉末(酸素量0.081mass%)および日本新金属株式会社製の平均粒度1.36μmのTiB粉末(酸素量1.00mass%、B量31.19mass%)を組成が表2の試料番号1〜5となるように配合して、シェーカーミキサーで4h混合後、φ110mmの黒鉛製の型に充填して、ホットプレス装置を用いて、37.1MPaで加圧しながら、真空中、1500℃−1hの条件で焼結して焼結体を作製し、研削加工後、φ105×16mmのターゲット材を得た。
【0053】
【表2】
【0054】
次に被膜の基材を次のようにして作製した。日本新金属株式会社製の粒度1.5μmのWC粉末(酸素量0.02mass%、炭素量6.15mass%)およびフリーポートコバルト社製の粒度1.5μmのCo(酸素量0.4mass%)を用いて、組成をWC−10mass%Coとした粉末500gを、超硬合金製ボール1500gで500mlの2−プロパノール中で湿式ボールミル粉砕混合を行った後、真空乾燥し、面圧100MPaとした冷間圧縮成形を行い、13Paの減圧雰囲気中で1360℃−1hで焼結し、4×8×25mmのWC−10mass%Coの超硬合金の基材を得た。
【0055】
被覆は、株式会社神戸製鋼所製のアークインオプレーティング方式のAIP−NS40(有効炉内寸法φ500×550mm)を用いて、表3の条件で表2のターゲットを用いて前述の基材に被覆した。
【0056】
【表3】
【0057】
被覆した被膜の特性を表4に示す。発明被膜No.2〜11は従来被膜のNo.1のTiNと比べて2倍以上の長寿命を示した。従来被膜のNo.13(Ti,Al,Si)N被膜はTiNの1/3程度の寿命であったが、これはドロップレットが多いために早期に剥離したためである。結果が不安定であったので、−としたが、長寿命のものでもNo.14〜16はNo.1より優れたが、No.2〜11より寿命は劣った。
【0058】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0059】
耐摩耗工具(プラグ、ダイス、金型、パンチ、刃先交換式切削チップ、エンドミル、またはドリル)に応用することで、それらの寿命を延ばし、製品生産コストが大幅に削減される。
【要約】
【課題】既存のTiN基被膜では、TiNの耐凝着性および耐酸化性を損なうことなく耐摩耗性を改善できなかったので、これを改善し、耐摩耗工具等として長寿命になるようにする。
【解決手段】TiN被膜にBが0.8at.%以上9at.%以下添加されることで、短軸径が50nm以上500nm以下かつ長軸径が100nm以上1000nm以下であり角度は二方向の角度で20゜〜60゜(垂直軸に対してはこの半分となる)で交差するように、レンズ状粒子で構成されているヘリングボーン組織を有する被膜であり、かつ硬さが3000HV0.098N以上、剥離強さが50N以上になる高性能硬質被膜とする。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17