【文献】
D. NEERINCK,et al.,Diamond-like nanocomposite coatings (a-C:H/a-Si:O) for tribological applications,Diamond and Related Materials,Elsevier Science,1998年,vol.7,p468-471
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記(1)炭化水素ガスを原料として得られたカーボンを基材上に堆積させつつ、前記(3)ガスで供給した金属元素と酸素を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する請求項4に記載の製造方法。
前記(1)炭化水素ガスを原料として得られたカーボンを基材上に堆積させつつ、前記(4)金属酸化物ターゲットから蒸発させた金属酸化物を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する請求項4に記載の製造方法。
前記(2)カーボンターゲットから蒸発させたカーボンを基材上に堆積させつつ、前記(4)金属酸化物ターゲットから蒸発させた金属酸化物を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する請求項4に記載の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記非特許文献1や特許文献1の技術では、摺動面に吸着水膜が形成されて優れた耐摩耗性を示す良好な状態となるまでに一定の摺動が必要であり時間を要する。よって使用開始の時点から優れた特性を発揮することが求められている。また特許文献2では、シリコンと酸素を含むダイアモンド類似ナノ複合材ネットワークを形成する必要があり、複雑な結晶構造を形成させる必要がある。更に特許文献2に開示の皮膜は、炭素量が少なく水素量が比較的多いため、硬度が低く、耐摩耗性が十分とは言い難い。
【0007】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、複雑な結晶構造を形成せずに、また種々の環境において良好な状態となるまでに時間を要することなく使用開始の時点から、低い摩擦係数と高い耐摩耗性の両方を示す非晶質炭素系皮膜の実現と、該非晶質炭素系皮膜を効率よく製造するための方法を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決し得た本発明の非晶質炭素系皮膜は、酸素と結合した金属元素を有するところに特徴を有する。
【0009】
前記金属元素は、Si、Ti、AlおよびZrよりなる群から選択される1種以上の元素を含むことが好ましい。
【0010】
前記金属元素としてSiを含み、炭素、Siおよび酸素の合計量を100原子%としたときに、Si含有量は3.0原子%以上20原子%以下、かつSi含有量に対する酸素含有量の割合は0.2以上2.0以下、かつ炭素含有量は60原子%以上であることが好ましい。
【0011】
また、前記金属元素としてTiを含み、炭素、Tiおよび酸素の合計を100原子%としたときに、Ti含有量は3.0原子%以上20原子%以下、かつTi含有量に対する酸素含有量の割合は0.2以上2.0以下、かつ炭素含有量は60原子%以上であることが好ましい。
【0012】
本発明は、前記非晶質炭素系皮膜の製造方法も含むものである。該製造方法は、カーボンを基材上に堆積させつつ、酸素と結合した金属元素を基材上に堆積させるところに特徴を有する。
【0013】
前記カーボンの堆積は、以下の(1)および/または(2)によって行い、
(1)炭化水素ガスを原料として得られたカーボンを基材上に堆積させる。
(2)カーボンターゲットから蒸発させたカーボンを基材上に堆積させる。
かつ、前記酸素と結合した金属元素の堆積は、以下の(3)および/または(4)によって行うことが好ましい。
(3)ガスで供給した金属元素と酸素を基材上に堆積させる。
(4)金属酸化物ターゲットから蒸発させた金属酸化物を基材上に堆積させる。
【0014】
より好ましい製造方法として、下記(A)〜(C)の方法が挙げられる。
(A)前記(1)炭化水素ガスを原料として得られたカーボンを基材上に堆積させつつ、前記(3)ガスで供給した金属元素と酸素を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する方法。
(B)前記(1)炭化水素ガスを原料として得られたカーボンを基材上に堆積させつつ、前記(4)金属酸化物ターゲットから蒸発させた金属酸化物を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する方法。
(C)前記(2)カーボンターゲットから蒸発させたカーボンを基材上に堆積させつつ、前記(4)金属酸化物ターゲットから蒸発させた金属酸化物を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する方法。
【0015】
本発明には、前記非晶質炭素系皮膜が最表面に被覆された非晶質炭素系皮膜被覆部材も含まれる。
【発明の効果】
【0016】
従来の技術では耐摩耗性を得るためのなじみ運転時間が必要だが、本発明の非晶質炭素系皮膜では、より短時間で低摩擦係数かつ耐摩耗性を両立でき、ほぼ使用開始の時点から、低い摩擦係数と高い耐摩耗性の両方を発揮する。また本発明の製造方法によれば、該非晶質炭素系皮膜を効率良く製造することができる。よって、本発明の非晶質炭素系皮膜を自動車部材等の表面に形成すれば、ほぼ使用開始の時点から耐摩耗性に優れた自動車部材等を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、ほぼ使用開始の時点から、低い摩擦係数と高い耐摩耗性の両方を示す非晶質炭素系皮膜を実現すべく鋭意研究を重ねた。その結果、酸素と結合した金属元素を有する非晶質炭素系皮膜とすればよいことを見い出し本発明を完成した(尚、以下では、金属元素と酸素を含まない従来の非晶質炭素皮膜を「従来のDLC膜」または単に「DLC膜」という)。上記酸素と金属元素との結合は、後述する実施例に示す通り、例えばXPS(X線光電子分光法)により簡便に測定し、確認することができる。
【0019】
本発明において上記金属元素とは、金属元素(周期表の、水素を除く第1族元素、第2〜12族元素、第13族元素におけるAlからTl、第14族元素におけるGeからPb、第15族元素におけるSbとBi、および第16族元素におけるPo)に加えて、半金属元素といわれるSiを含む意味である。
【0020】
前記金属元素には、酸化物を形成し易い元素(元素X)として、Ti、Cr、Nb、Ta、Al、Si、およびZrよりなる群から選択される1種以上の元素が含まれることが好ましい。前記金属元素は、前記元素Xのみからなる場合の他、元素Xと元素X以外の元素との組み合わせでもよいが、より好ましくは前記元素Xのみからなる場合である。
【0021】
前記元素Xとして、酸化物をより形成し易いとの観点からは、Si、Ti、Al、およびZrよりなる群から選択される1種以上の元素がより好ましい。上記Si、Ti、Al、およびZrは、Cとも結合しやすいことから、非晶質カーボン中に均一に分散しやすく、上記元素が皮膜中に局所的に析出しない点からもより好ましい。前記金属元素として、特にはSiおよび/またはTiが含まれていることが好ましい。
【0022】
金属元素としてSiを含み、皮膜中に酸素と結合したSiが存在すれば、Si−OH基結合の生成を加速させることができ、結果として低摩擦係数を実現することができる。
【0023】
該効果を有効に発揮させるには、皮膜に含まれる炭素、Siおよび酸素の合計を100原子%としたときに、Si含有量が3.0原子%以上20原子%以下であり、かつSi含有量に対する酸素含有量の割合(O/Si)が0.2以上2.0以下を満たすようにするのがよい。
【0024】
上記Si含有量が3.0原子%未満であると、従来のDLC膜と特性が変わらない。よって、上記Si含有量は3.0原子%以上とすることが好ましく、より好ましくは5原子%以上である。一方、上記Si含有量が20原子%を超えると、金属元素の影響が大きくなる。具体的にはSi−O−C結合が増加して、非晶質カーボンが本来示す高硬度が十分に発揮されず、硬度が大きく低下して耐摩耗性の劣化が顕著になる。よって、耐摩耗性確保の観点から、上記Si含有量は20原子%以下であることが好ましく、より好ましくは17原子%以下である。
【0025】
更に、Si含有量に対する酸素含有量の割合(O/Si)が0.2よりも小さい場合、即ち、Si含有量に対して酸素含有量が少ない場合、形成されるSi−OH結合が少なくなり、摩擦係数低減効果が小さくなる。よって上記O/Siは、0.2以上であることが好ましい。より好ましくは0.5以上である。一方上記O/Siが2.0よりも多い場合、即ち、Si含有量に対して酸素含有量が過剰である場合、皮膜が酸化物的な挙動を示し、この場合も摩擦係数低減効果が十分得られにくくなる。よって、O/Siは2.0以下とすることが好ましい。より好ましくは1.7以下である。
【0026】
また金属元素としてTiを含み、皮膜中に酸素と結合したTiが存在すれば、Ti−OH基結合の生成を加速させることができ、結果として、低摩擦係数を実現することができる。
【0027】
該効果を有効に発揮させるには、皮膜に含まれる炭素、Tiおよび酸素の合計を100原子%としたときに、Ti含有量が3.0原子%以上20原子%以下であり、かつTi含有量に対する酸素含有量の割合(O/Ti)が0.2以上2.0以下を満たすようにするのがよい。
【0028】
上記Ti含有量が3.0原子%未満であると、従来のDLC膜と特性が変わらない。よって、上記Ti含有量は3.0原子%以上とすることが好ましく、より好ましくは5原子%以上である。一方、上記Ti含有量が20原子%を超えると、金属元素の影響が大きくなる。具体的にはTi−O−C結合が増加して、非晶質カーボンが本来示す高硬度が十分に発揮されず、硬度が大きく低下して耐摩耗性の劣化が顕著になる。よって、耐摩耗性確保の観点から、上記Ti含有量は20原子%以下であることが好ましく、より好ましくは17原子%以下である。
【0029】
更に、Ti含有量に対する酸素含有量の割合(O/Ti)が0.2よりも小さい場合、即ち、Ti含有量に対して酸素含有量が少ない場合、形成されるTi−OH結合が少なくなり、摩擦係数低減効果が小さくなる。よって上記O/Tiは、0.2以上であることが好ましい。より好ましくは0.5以上である。一方上記O/Tiが2.0よりも多い場合、即ち、Ti含有量に対して酸素含有量が過剰である場合、皮膜が酸化物的な挙動を示し、この場合も摩擦係数低減効果が十分得られにくくなる。よって、O/Tiは2.0以下とすることが好ましい。より好ましくは1.7以下である。
【0030】
尚、いずれの金属元素を用いる場合にも、炭素、金属元素(例えば上記SiやTi)および酸素の合計を100原子%としたときに、炭素含有量は60原子%以上であることが好ましい。炭素含有量が60原子%よりも少ない場合、皮膜に占める非晶質カーボン成分が少なくなり摩擦係数が高まりやすい。前記炭素含有量は、より好ましくは65原子%以上である。
【0031】
尚、上記金属元素の含有量は、炭素、金属元素および酸素の合計量を100原子%として算出しているが、本発明の非晶質炭素系皮膜には、上記炭素、金属元素および酸素以外に、不可避的に水素、アルゴンガス、ネオン等も含まれる。
【0032】
また、本発明の非晶質炭素系皮膜は、従来のDLC膜と同様に、アモルファス(非晶質)構造を示すものである。アモルファス構造とすることで、低い摩擦係数と優れた耐摩耗性を両立できる。アモルファス構造であることの確認は、後述する実施例に示す通り、X線回折(XRD)測定で行うことができる。このX線回折測定は、結晶構造を同定するために一般的に用いられる方法であり、θ−2θ法によって基材と水平方向に存在する結晶構造を解析することができる。アモルファス構造の場合、結晶性のピークは観察されないことから、本発明ではこの方法を、アモルファス構造の形成有無を簡便に確認する手法として用いた。尚、上記θ−2θ法で、基材−下地層−最表層(本発明の非晶質炭素系皮膜)の積層薄膜を測定する場合、解析結果には基材や下地層の影響が出るが、あらかじめ基材や下地層の情報が得られていれば、この基材や下地層と最表層(本発明の非晶質炭素系皮膜)との識別は可能である。
【0033】
非晶質炭素系皮膜の膜厚は特に限定されないが、薄すぎると、摺動初期のなじみ過程における初期摩耗で上記皮膜が消失し、基材が露出し焼き付きが生じ易くなる。よって、非晶質炭素系皮膜の膜厚は0.2μm以上とすることが好ましい。より好ましくは0.5μm以上である。一方、前記膜厚が厚すぎると皮膜が剥離しやすくなる。よって前記膜厚は10μm以下とすることが好ましく、より好ましくは5μm以下である。
【0034】
次に、本発明の非晶質炭素系皮膜の製造方法について述べる。
【0035】
本発明の非晶質炭素系皮膜は、カーボンを基材上に堆積させつつ、酸素と結合した金属元素を基材上に堆積させることによって得ることができる。
【0036】
具体的には、前記カーボンの堆積は、以下の(1)および/または(2)の方法で行うことができ、前記酸素と結合した金属元素の堆積は、以下の(3)および/または(4)の方法で行うことができる。
(1)炭化水素ガスを原料として得られたカーボンを基材上に堆積させる。
(2)カーボンターゲットから蒸発させたカーボンを基材上に堆積させる。
(3)ガスで供給した金属元素と酸素を基材上に堆積させる。
(4)金属酸化物ターゲットから蒸発させた金属酸化物を基材上に堆積させる。
【0037】
前記(1)の場合、前記炭化水素ガスとして、炭素成分を多く含む、例えばC
2H
2(アセチレン)、CH
4(メタン)、C
2H
4(エチレン)、C
6H
6(ベンゼン)、C
6H
7(トルエン)、イソブチレンなどを使用することができる。前記(1)の方法でカーボンの堆積を行うと共に、前記(3)の方法で酸素と結合した金属元素の堆積を行う場合、原料ガスとして、前記炭化水素ガスと、金属元素と酸素の供給ガスとの混合ガスを用いることができる。
【0038】
前記(2)の場合、ターゲットとして、カーボンターゲットを用いる。該ターゲットを取り付ける蒸発源として、蒸発の方式別にスパッタ蒸発源、アーク蒸発源、および加熱蒸発源のうちの1以上を用いることができる。
【0039】
前記(3)の場合、金属元素と酸素の供給ガスとして、金属元素と酸素の結合を有する化合物を気化させたものが挙げられる。該化合物として、金属アルコキシド、金属フェノレート、および金属のオキソ酸塩よりなる群から選択される1以上の化合物が挙げられる。前記金属アルコキシドとして、例えばHMDSO(Hexamethyl disiloxane)、TMOS(Tetramethyl orthosilicate)、TEOS(Tetraethyl orthosilicate)、TTIP(Titanium tetraisopropoxide)、Titanium(IV)ethoxide、Titanium(IV)n−propoxide、Aluminum triisopropoxide等が挙げられる。前記金属フェノレートとして、例えばAluminum tris(4−methylphenolate)が挙げられる。また金属のオキソ酸塩として、例えばAluminium perchlorate nonahydrate、Ammonium zirconyl carbonate、Zirconium acrylate等が挙げられる。
【0040】
前記(4)の場合、金属酸化物ターゲットとして、添加させる金属元素の酸化物を用いることが有効である。例えばSiO
2、SiO、SiO
x、TiO
2、TiO、TiO
x、Al
2O
3、AlO
x、ZnOなどが挙げられる。蒸発源は、蒸発の方式別にスパッタ蒸発源、アーク蒸発源、および加熱蒸発源のうちの1以上を用いることができる。
【0041】
尚、酸素と結合した金属元素の堆積方法として、前記(3)や(4)の方法以外に、金属元素と酸素の供給ガスとして、酸素を含まない金属含有ガスと、酸素ガスとを用い、酸素を含まない金属含有ガス中の金属と酸素とを反応させて、酸素と結合した金属元素を基材上に堆積させることが挙げられる。例えば、金属元素としてSiを含む非晶質炭素系皮膜を形成する場合、酸素を含まないTMS(Tetramethylsilane:Si(CH
3)
4)ガスと酸素ガスの混合ガス中でCVD処理を行うことが挙げられる。しかし、この方法ではSi−O結合が形成されにくい。
【0042】
また酸素と結合した金属元素の堆積方法として、ガスで供給した酸素と金属ターゲットから蒸発させた金属とを基材上に堆積させる方法も挙げられる。例えば、SiターゲットやTiターゲットを用い酸素ガス中で成膜する方法もあるが、該方法でもSi−OやTi−Oの結合が形成されにくい。加えて、単独で供給した酸素ガスは、炭化水素ガス中の炭素やカーボンターゲットから蒸発させた炭素と反応し、一酸化炭素や二酸化炭素として皮膜から脱離する可能性がある。また上記酸素ガスを用いると、C=O結合、C−O−C結合、C−O−H結合など非晶質炭素系皮膜として意図しない構造が形成され、皮膜の特性が劣化する可能性もある。
【0043】
よって、酸素と結合した金属元素の堆積方法として、金属−酸素間の結合があらかじめ形成された原料ガスや蒸発材料を用いる前記(3)や(4)の方法を採用することが好ましい。
【0044】
本発明の非晶質炭素系皮膜を得るためのより好ましい方法として、下記(A)〜(C)の方法が挙げられる。
【0045】
(A)前記(1)+前記(3)
CVD法で、炭化水素ガスを原料として得られたカーボンを基材上に堆積させつつ、ガスで供給した金属元素と酸素を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する方法。
【0046】
この(A)の方法の場合、原料ガスとして、前記炭化水素ガスと、前記金属元素と酸素の供給ガスとの混合ガスを用いる。前記炭化水素ガス、前記金属元素と酸素の供給ガスとして、それぞれ上述したものを用いることができる。
【0047】
前記混合ガスに占める前記金属元素と酸素の供給ガスの割合は、[炭化水素ガス(アセチレン、メタンなど)+金属元素と酸素の供給ガス+(必要に応じて更にアルゴンガス)]の混合ガスに対する流量比で2〜40%の範囲内とすることが好ましい。
【0048】
原料ガスにアルゴンガスを混入させてもよい。該アルゴンガスを含む混合ガスを用いて成膜することにより、皮膜の硬度をより高めて耐摩耗性を更に向上させることができる。この効果を得るには、[炭化水素ガス(アセチレン、メタンなど)+金属元素と酸素の供給ガス+アルゴンガス]の混合ガスに対するアルゴンガスの流量比を、2〜40%の範囲内とすることが好ましい。
【0049】
前記CVD法として、熱CVD法、DCプラズマCVD法、DCパルスプラズマCVD法、ACプラズマCVD法のいずれの方法でも作製できる。この中でも、生産性の観点から安定して成膜できるプラズマCVD方式(即ち、DCプラズマCVD法、DCパルスプラズマCVD法、ACプラズマCVD法)が好ましい。
【0050】
この(A)の方法では、成膜条件として、例えば基板温度:室温〜400℃、全ガス圧:1.0〜10Pa、前記混合ガスにおける金属元素と酸素の供給ガスの体積比率(流量比):上述の通り2〜40%、負バイアス電圧:500〜1600V(DC方式)、正負バイアス電圧:500〜1600V(AC方式)とすることが挙げられる。
【0051】
(B)前記(1)+前記(4)
CVD法で炭化水素ガスを原料として得られたカーボンを基材上に堆積させつつ、PVD法で金属酸化物ターゲットから蒸発させた金属酸化物を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する方法。
【0052】
前記炭化水素ガス、前記金属酸化物ターゲットとして、それぞれ上述したものを用いることができる。また、前記金属酸化物ターゲットを取り付ける蒸発源として上述したものを用いることができる。
【0053】
前記CVD法として、熱CVD法、DCプラズマCVD法、DCパルスプラズマCVD法、ACプラズマCVD法のいずれの方法でも作製できるが、生産性の観点から安定して成膜できるプラズマCVD方式(即ち、DCプラズマCVD法、DCパルスプラズマCVD法、ACプラズマCVD法)が好ましい。
【0054】
前記(B)の方法では、PVD法で金属酸化物ターゲットから金属酸化物を蒸発させることによって、酸素と結合した金属元素を基材上に堆積させる。前記PVD法として、アークイオンプレーティング(AIP)、スパッタ(アンバランストマグネトロンスパッタ(UBMS)を含む)等の方法を用いることができる。
【0055】
前記(B)の方法では、成膜条件として、例えば基板温度:室温〜400℃、全ガス圧:0.5〜5Pa、負バイアス電圧:100〜1600V(DC方式)、正負バイアス電圧:100〜1600V(AC方式)とし、UBMS成膜条件として、ターゲット電力:0.1〜2.0kW、AIP成膜条件としてアーク電流:50〜200Aとすることが挙げられる。
【0056】
(C)前記(2)+前記(4)
PVD法で、カーボンターゲットから蒸発させたカーボンを基材上に堆積させつつ、金属酸化物ターゲットから蒸発させた金属酸化物を基材上に堆積させて、非晶質炭素系皮膜を形成する方法。
【0057】
前記金属酸化物ターゲットとして、上述したものを用いることができる。また、前記カーボンターゲットや前記金属酸化物ターゲットを取り付ける蒸発源として上述したものを用いることができる。
【0058】
成膜時にはAr、Neなどの不活性ガスを用いてもよく、さらに炭素成分を多く含む炭化水素ガスを使用して炭素成分の成膜速度を上げることも可能である。前記炭化水素ガスとして、前記(1)で使用するガスを用いることができる。
【0059】
前記PVD法として、アークイオンプレーティング(AIP)、スパッタ(アンバランストマグネトロンスパッタ(UBMS)を含む)等の方法を用いることができる。
【0060】
この(C)の方法では、成膜条件として、例えば基板温度:室温〜400℃、全ガス圧:0.5〜5Pa、UBMS成膜条件として、カーボンターゲットへの供給電力:0.1〜2.5kW、金属酸化物ターゲットへの供給電力:0.1〜2.0kWとすることが挙げられる。AIP成膜条件としてアーク電流:50〜200A、また雰囲気ガスとして、不活性ガス+炭化水素ガスの混合ガスを用いる場合には、前記混合ガスにおける炭化水素ガスの体積比率:0〜20%とすることが挙げられる。
【0061】
本発明の非晶質炭素系皮膜は、自動車部品、機械部品、精密金型、切削工具類などの部材の最表面であって、少なくとも低摩擦係数や優れた耐摩耗性の要求される箇所に被覆されていれば、効果が存分に発揮されるので好ましい。
【0062】
本発明の非晶質炭素系皮膜が被覆された部材は、基材の直上に本発明の非晶質炭素系皮膜が形成されたものの他、基材と本発明の非晶質炭素系皮膜との間に、下地層として密着強化層を設け、基材と本発明の非晶質炭素系皮膜との密着性を確保してもよい。上記下地層は、例えばAl、Nb、Ti、Si、Cr、MoおよびWよりなる群から選択される1種以上の元素からなる金属層や、該元素とCとの炭化物層などの、単層構造または多層構造のものが挙げられる。また下地層は、基材から本発明の非晶質炭素系皮膜(表層側)に向かうにつれてカーボン組成が多くなる組成傾斜構造を有していてもよい。該下地層の膜厚は、例えば0.1〜2.0μmの範囲とすることができる。
【0063】
前記基材は、部材の種類に応じて適宜決定される。該基材として例えば、鉄系合金、超硬合金、チタン系合金、アルミ系合金、銅系合金、ガラス、アルミナなどのセラミックス、Si、樹脂材料等を用いることができる。前記鉄系合金としては、例えば機械構造用炭素鋼、構造用合金鋼、工具鋼、軸受鋼、ステンレス鋼などが挙げられる。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0065】
神戸製鋼社製アンバランストマグネトロンスパッタ(UBM202)装置を用いて成膜を行った。基板は、皮膜の構造解析用、摺動試験用および硬度測定用として、表面を鏡面研磨した超硬合金(UTi20t:三菱マテリアル)を用い、膜厚確認用としてSi(100)ウエハを用いた。摺動試験用試料の場合、前記基材と該非晶質炭素系皮膜との密着性を高めるために、非晶質炭素系皮膜の形成に先立ち、WC−C傾斜構造を有する下地層(WC/WC−C膜)を、下記の通り基材の直上に形成した。
【0066】
基材を装置内に導入後1×10
-3Pa以下に排気した後に、(摺動試験用試料の場合のみ)下地層、非晶質炭素系皮膜を下記の通り順次形成した。
【0067】
下地層の形成は次のようにして行った。原料ガスとしてアルゴンガスと炭化水素ガス(CH
4、C
2H
2)の混合ガスをチャンバー内に導入し、超硬合金ターゲット(株式会社アライドマテリアル製)を用い、PVD法(具体的にはUBMS法)で形成した。成膜時のガス圧は0.6Pa、成膜時の基板印加バイアスは−100Vで一定とした。下地層の形成は、まずWC(タングステンカーバイド)を形成し、次いで、成膜時の混合ガスにおけるアルゴンガスと炭化水素ガスの比を変化させることにより、非晶質炭素系皮膜に向かうにつれてC量が増加しW量が減少する組成傾斜構造を有する下地層(WC/WC−C膜)を形成した。
【0068】
次いで非晶質炭素系皮膜を形成した。原料ガスとして、炭化水素ガス(CH
4、C
2H
2);金属元素と酸素の供給ガスとして、HMDSO、TTIP、TMS;一部の試料では更にアルゴンガス(Ar);を用い、表1に示す通りこれらの混合ガスをチャンバー内に導入した。前記金属元素と酸素の供給ガスは、全ガスに対して流量比で0.5〜30%の割合とした。また、表1のNo.7では、(C
2H
2+HMDSO+Ar)の混合ガスに対する流量比で5%のアルゴンガスを含む混合ガス、表1のNo.16では、(C
2H
2+TTIP+Ar)の混合ガスに対する流量比で5%のアルゴンガスを含む混合ガスを用いた。基材温度:室温、混合ガスのガス圧:2Paとし、基板印加バイアスを−900VのパルスDCとして、CVD法により非晶質炭素系皮膜を形成した。また、前記混合ガス中の金属元素と酸素の供給ガスの比率を変化させることによって、皮膜中の金属元素や酸素の割合を制御した。尚、比較例として、PVD法(UBMS法)で、カーボンターゲットを用いてCH
4ガス中でDLC膜を形成した試料も用意した(表1のNo.1)。
【0069】
下地層と非晶質炭素系皮膜の膜厚の測定は、あらかじめSiウエハ上に修正液を塗布し、成膜後、修正液を除去後、基材と皮膜との段差を表面粗さ計によって測定した値を用いた。全ての試料は、下地膜(摺動試験用試料の場合):0.6μm、非晶質炭素系皮膜:1.0μm狙いで成膜しており、確認の結果、全ての膜はおおよそ狙い通りの膜厚であることを確認した。
【0070】
上記の方法で得られた試料を用い、下記の測定・評価も行った。
【0071】
[皮膜の組成分析]
得られた皮膜の組成分析は、X線光電子分光分析法(XPS)(Physical Electronics社製 Quantera SXM 全自動走査型X線光電子分光装置)を用いて実施した。測定条件として、X線源は単色化Al Kα、X線出力は25.1W、X線ビームサイズはφ100μmとした。測定は、Arイオンによるエッチングを行いながら、下地層(摺動試験用試料の場合)または基材が露出するまでの断面プロファイルを測定した。また最表面の汚れと思われる領域を除いた、組成の揺らぎの少ない安定領域の平均値を皮膜の組成とした。
【0072】
得られた組成から、炭素、Siおよび酸素の合計を100原子%としたときのSi含有量(原子%)(表中「Si(at%)と表記」)と、炭素、Tiおよび酸素の合計を100原子%としたときのTi含有量(原子%)(表中「Ti(at%)と表記」)を算出した。また、Si含有量に対する酸素含有量の割合(O/Si)、Ti含有量に対する酸素含有量の割合(O/Ti)を求めた。
【0073】
[酸素結合有無の確認]
金属元素と酸素の結合の有無も、上記皮膜の組成分析と同じ方法で測定し、狭域光電子スペクトルにおけるO1sスペクトルのピーク位置を検出して確認した。測定は、表面コンタミの影響をなくすため、数十nm以上Arイオンエッチングした箇所で行った。
【0074】
図1には、SiとOを含む試料(Si含有量は6.5原子%、酸素含有量は3原子%、表1のNo.5)の狭域光電子スペクトルのO1sスペクトルを一例として示す。Binding Energyが533eV付近に明確なピークを確認できる。これは酸素がSiと化合していることを表しており、表1のNo.5では、金属元素であるSiが酸化物として存在することを確認できる。
【0075】
図2には、TiとOを含む試料(Ti含有量は18.9原子%、酸素含有量は20原子%、表1のNo.17)の狭域光電子スペクトルのO1sスペクトルを一例として示す。Binding Energyが530から530eV付近に明確なピークが確認できる。これは酸素がTiと化合していることを表しており、表1のNo.17では、金属元素であるTiが酸化物として存在することを確認できる。
【0076】
前記
図1と前記
図2を比較すると、前記
図1よりも前記
図2の方がピークは明瞭に現れている。これは、
図2の金属元素(Ti)とOの含有量が
図1よりも多いため、結合数が多く強度が強くなったためと考えられる。また、金属元素の種類(Si、Ti)によってピーク位置が若干変化していることもわかる。この様に、金属元素の種類と量により若干の違いはあるものの、XPSのO1sピークの有無により、金属元素と酸素の結合の有無を確認することができる。
【0077】
表1のその他の例も、同様にしてXPSによるO1sピークの確認を行った。下記の表1に示す通り、酸素を含まない原料ガスで作製した皮膜(No.1、2および21)は、当然のことながらO1sピークが確認されなかった。また、酸素を含むガスを用いて形成したが、その量が極めて低い例(No.3、11、12および20)もO1sピークが観察されなかった。その他の例ではO1sピークが明確に観察された。
【0078】
[皮膜のX線回折(XRD)測定(皮膜の構造が非晶質であることの確認)]
皮膜のX線回折測定を行って、皮膜の構造を解析した。X線回折は、RIGAKU社製RINTを用い、θ−2θ法で測定を行った。線源としてCu−Kα線を用い、パラメータとして管電圧:20kV、管電流:20mA、角度範囲2θ=20°〜80°で0.02°刻みでの測定を実施した。
【0079】
図3に本測定で得られた結果の一例を示す。(a)は、基材−下地層−Si含有非晶質炭素系皮膜、(b)は、基材−Ti含有非晶質炭素系皮膜、(c)は、基材−下地層−Ti含有非晶質炭素系皮膜の結果を示している。(a)〜(c)のいずれも、前記基材は超硬合金基材である。
【0080】
下地層を有する上記(a)と(c)では、2θ=38°付近を中心としてブロードなピークが確認できる。これはアモルファスまたは微結晶の下地層が存在することを表している。また、
図3の(a)〜(c)のいずれにおいてもシャープなピークが見られるが、これは基材の超硬合金の結晶のピークである。
図3の(a)〜(c)ではいずれも、X線回折結果として基材と中間層のピークのみが検出されることから、いずれの皮膜も炭素は完全に非晶質(アモルファス)であることがわかる。
【0081】
尚、本実施例において作製したいずれの皮膜も、結晶性のピークは見られず完全に非晶質(アモルファス)であることを確認した。
【0082】
[硬度]
表1に示す非晶質炭素系皮膜の硬度は、超硬合金を基材とする試料を用い、ナノインデンテーション法により測定した。測定には、超微小押し込み硬さ試験機(「ENT−1100a」、ELIONIX社製)を用い、ダイヤモンド製のBerkovich圧子を用い、測定荷重10〜1mNのうちの任意の5荷重で測定して負荷−除荷曲線を形成し、硬度を算出した。
【0083】
[摺動試験]
超硬合金を基材とする試料を用い、下記の条件で摺動試験を行った。摺動試験は、CSM社製トライボメーターを用いて往復摺動試験を行った。摺動条件は、相手材:φ6.0mmのSUJ2ボール、荷重:1N、摺動幅:8mm、摺動速度:0.1m/s、摺動距離:200m、室温、ドライ環境とした。
【0084】
上記摺動試験後に、摩擦係数は、試験装置に付属のソフトウエアにて、正負の値を絶対値に変換した値の平均値を用いた。そして摩擦係数が0.20以下の場合を低摩擦係数と評価した。また、皮膜の摩耗量は、摺動痕の断面形状を表面粗さ計(DEKTAK6M)にて中央、両端部付近の合計3点計測し、摩耗断面積を算出して、3点の平均値を用いた。そして本実施例では、この摺動試験において平均摩耗断面積が10μm
2以下の場合を耐摩耗性に優れると評価した。
【0085】
これらの結果を表1に示す。
【0086】
【表1】
【0087】
表1より次のことがわかる。No.1は、DLC膜をPVD法(UBMS法)で形成した比較例である。このNo.1のDLC膜は、硬度が高く摩擦係数も低めだが、摩耗量が多い。
【0088】
No.2〜21はCVD法で成膜した例である。No.2は、アセチレンガスのみを用いて作製したDLC膜であり、金属元素と酸素を含んでいない。このNo.2のDLC膜は、耐摩耗性には優れているが摩擦係数が高い。
【0089】
No.3〜11は、金属元素としてSiを用いた例である。No.3は、Si含有量が十分でないため、上述の通りSiと酸素の結合も確認できなかった。よってNo.3の特性は上記No.2(DLC膜)とさほど変わらない。No.4〜8は、Siと酸素の結合を有する本発明の非晶質炭素系皮膜が形成されており、また、該皮膜は好ましい量のSiと酸素を含んでいるため、摩擦係数が低くかつ摩耗量も少ない。特にNo.5〜7は、Siと酸素の含有量がより好ましい範囲にあるため、摩擦係数が十分に低くかつ摩耗量も十分に小さいものとなった。またNo.6とNo.7を比較すると、No.7のように原料ガスにアルゴンガスを混入させることによって、硬度上昇により耐摩耗性が若干向上することが確認された。
【0090】
No.9は、Si含有量が多いため、Si−O−C結合が増加し硬度が低下して耐摩耗性に劣る結果となった。No.10は、Si含有量に対する酸素含有量の割合が高いため、皮膜が脆くなり摩耗量が大きくなった。No.11は、Si含有量に対する酸素含有量の割合が小さいため、摩擦係数が高くなった。
【0091】
No.12〜20は、金属元素としてTiを用いた例である。No.12は、Ti含有量が十分でないため、上述の通りTiと酸素の結合も確認できなかった。よってNo.12の特性は上記No.2(DLC膜)とさほど変わらない。No.13〜17は、Tiと酸素の結合を有する本発明の非晶質炭素系皮膜が形成されており、また、該皮膜は好ましい量のTiと酸素を含んでいるため、摩擦係数が低くかつ摩耗量も少ない。特にNo.14〜16は、Tiと酸素の含有量がより好ましい範囲にあるため、摩擦係数が十分に低くかつ摩耗量も十分に小さいものとなった。またNo.15とNo.16を比較すると、No.16のように原料ガスにアルゴンガスを混入させることによって、硬度上昇により耐摩耗性が若干向上することが確認された。
【0092】
No.18は、Ti含有量が多いため、Ti−O−C結合が増加し硬度が低下して耐摩耗性に劣る結果となった。No.19は、Ti含有量に対する酸素含有量の割合が高いため、皮膜が脆くなり摩耗量が大きくなった。No.20は、Ti含有量に対する酸素含有量の割合が小さいため、摩擦係数が高くなった。さらにNo.21は、酸素を含まないガス種を用いて成膜した例である。このNo.21では、摩擦係数は低めであるが摩耗量が大きくなった。