【文献】
CUBEDDU, R. et al.,Breast lesion characterization by a novel nonlinear perturbation approach,Proc. of SPIE,2003年,Vol. 5138,pp. 23-28
【文献】
SUN, M. and CHEN, N.,Non-invasive measurement of blood glucose level by time-resolved transmission spectroscopy: A feasibility study,Optics Communications,2012年,Vol. 285,pp. 1608-1612
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
散乱吸収体の内部情報を光を用いて非侵襲的に測定する際に、複数の波長における換算散乱係数を用いて該内部情報を算出する場合がある。例えば、内部情報として光吸収物質の濃度情報を算出する場合には、各波長における吸収係数及び換算散乱係数を算出し、これらの値に基づいて濃度情報を算出する。このような場合、従来の一般的な方法では、各波長毎の検出結果に基づいて、光拡散理論を用いて換算散乱係数及び吸収係数を各波長毎に算出した上で、内部情報を算出する。
【0007】
しかしながら、上記の方法では、例えば光の入射位置と検出位置との距離が長いときや、光吸収物質の濃度が大きく上昇したとき等に検出信号のS/N比が低下すると、換算散乱係数の精度に大きく影響し、ひいては内部情報の算出精度が低下してしまうという問題がある。なお、非特許文献1では換算散乱係数の波長依存性を考慮した手法が提案されているが、この換算散乱係数の波長依存性にはMie散乱近似が利用されている。Mie散乱は均一媒質内の任意材質の均一な球(波長と同程度の直径)を想定した理論であるため、例えば生体組織といった現実の散乱吸収体では誤差が大きくなってしまう。
【0008】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであり、換算散乱係数及び吸収係数を精度良く算出することができる装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するために、本発明による散乱吸収体測定装置は、
散乱吸収体に入力される、互いに波長が異なる複数の光パルスを
出力する光源と、散乱吸収体の内部を伝搬した各光パルスを検出
し、検出信号を出力する光検出部と、
検出信号に基づいて、時間分解分光計測法により換算散乱係数及び吸収係数を算出する演算部と、を備え、演算部は、複数の光パルスの波長間での換算散乱係数の比に関するデータを
決定し、
前記検出信号に基づく各波長の時間分解計測プロファイル及び前記データに基づいて換算散乱係数及び吸収係数を算出す
る。
【0010】
また、本発明による散乱吸収体測定方法は、互いに波長が異なる複数の光パルスを散乱吸収体に
入力するステップと、散乱吸収体の内部を伝搬した各光パルスを検出
し、検出信号を出力す
るステップと、
複数の光パルスの波長間での換算散乱係数の比に関するデータを決定するステップと、検出信号に基づいて、時間分解分光計測法により換算散乱係数及び吸収係数を算出す
るステップと、を備え
る。算出するステップでは、
検出信号に基づく
各波長の時間分解計測プロファイル
及び前記データに基づいて換算散乱係数及び吸収係数を算出す
る。
【0011】
上記の散乱吸収体測定装置及び散乱吸収体測定方法では、複数の光パルスの波長間での換算散乱係数の比に関するデータが
決定される。換算散乱係数は波長と一定の相関があるので、
各波長間での換算散乱係数の比は、複数回の測定を通じてほぼ一定とみなされるからである。そして、演算部(
算出ステップ)において、各波長毎の換算散乱係数が換算散乱係数の比に従うものとして、検出
信号に基づく
各波長の時間分解計測プロファイル
及び決定されたデータに基づいて、換算散乱係数及び吸収係数を算出する。このような方式によれば
、各波長に光拡散理論を適用して換算散乱係数及び吸収係数を算出する方法と比較して、換算散乱係数及び吸収係数の算出精度を高めることができる。
【0012】
また、上記の散乱吸収体測定装置では、演算部が、決定されたデータに基づいて各波長における換算散乱係数を関連付けながら、各波長の時間分解計測プロファイルに対して光拡散方程式に基づくフィッティングを行ってもよい。同様に、上記の散乱吸収体測定方法では、算出ステップにおいて、決定されたデータに基づいて各波長における換算散乱係数を関連付けながら、各波長の時間分解計測プロファイルに対して光拡散方程式に基づくフィッティングを行ってもよい。このような方式によれば、各波長の換算散乱係数を関連付けながら複数の時間分解計測プロファイルに対してフィッティングを行うため、換算散乱係数及び吸収係数の算出精度を高めることができる。
また、上記の散乱吸収体測定装置では、演算部が、各波長の
時間分解計測プロファイルに基づく重み付けを、フィッティングに用いられる各波長毎の換算散乱係数に対して行ってもよい。同様に、上記の散乱吸収体測定方法では、
算出ステップにおいて、各波長の
時間分解計測プロファイルに基づく重み付け
を、フィッティングに用いられる各波長毎の換算散乱係数に対して行
ってもよい。光検出部(光検出ステップ)において光パルスが検出される際には、検出されたフォトン数やS/N比などによって、各波長間で検出結果の信頼性にばらつきが生じることがある。そのような場合であっても、
時間分解計測プロファイルを考慮した重み付けがなされることにより、換算散乱係数及び吸収係数の算出精度を更に高めることができる。
また、上記の散乱吸収体測定装置及び散乱吸収体測定方法では、複数の光パルスの波長間での換算散乱係数の比に関するデータが記憶装置に記憶されていてもよい。この方式によれば、予め換算散乱係数の比に関するデータを好条件下で精度良く測定しておくことができるので、換算散乱係数及び吸収係数の算出精度を更に高めることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明による散乱吸収体測定装置及び散乱吸収体測定方法によれば、換算散乱係数及び吸収係数を精度良く算出することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照しながら本発明による散乱吸収体測定装置及び散乱吸収体測定方法の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0016】
(実施の形態)
図1は、本発明による測定装置の第1実施形態の構成を概略的に示すブロック図である。この測定装置1Aは、近赤外光を用いた時間分解分光計測法によって散乱吸収体Bの内部情報を測定する装置である。散乱吸収体Bは例えば生体の一部位であり、内部情報は例えば酸素化ヘモグロビン濃度、脱酸素化ヘモグロビン濃度、総ヘモグロビン濃度、及び酸素飽和度等である。この測定装置1Aによれば、非侵襲的かつ簡易的にヘモグロビン動態を定量的に計測することが可能なため、術中における脳酸素代謝モニターや運動時の筋肉評価などに応用可能である。
【0017】
図1に示されるように、測定装置1Aは、光源部31と、光照射用ファイバ32と、光検出部41と、光検出用ファイバ42と、演算部5と、表示部9と、これらの制御を行う制御部10とを備えている。
【0018】
光源部31及び光照射用ファイバ32は、本実施形態における光入射部であって、互いに波長が異なる複数の光を散乱吸収体Bに入射する。例えば、光源部31は、N個(Nは2以上の整数)の光パルスP(1)〜P(N)を発生する。N個の光パルスP(1)〜P(N)の中心波長は互いに異なっており、各光パルスP(n)(但し、n=1,・・・,N)の半値全幅は例えば10ps〜数nsである。光照射用ファイバ32の一端は光源部31に接続され、光照射用ファイバ32の他端(光入射端)は、散乱吸収体Bの表面における所定の光入射位置Sに配置される。光源部31から出力された各光パルスP(n)は、光照射用ファイバ32の一端に入力され、光照射用ファイバ32の他端から散乱吸収体Bの内部へ照射される。また、光源部31は、演算部5の信号処理部51(後述)に接続されており、光源部31における光パルスP(1)〜P(N)の発光タイミングを示すトリガ信号S1を、信号処理部51へ出力する。なお、光パルスP(1)〜P(N)の発光タイミングは、制御部10によって制御される。
【0019】
光源部31としては、発光ダイオード、レーザーダイオード、各種パルスレーザ装置など、様々なものが用いられる。光源部31において発生する光パルスP(n)としては、散乱吸収体Bの吸収係数の変化量を測定できる程度にパルスの時間幅が短く、且つ、被測定物質の光吸収特性において光吸収率が低い波長を中心波長とする近赤外光パルスが用いられる。一実施例では、n=3であり、光パルスP(1)〜P(3)の波長はそれぞれ760nm、800nm、830nmである。
【0020】
光検出部41及び光検出用ファイバ42は、散乱吸収体Bの内部を伝搬した各光を検出する。光検出用ファイバ42の一端(光検出端)は、散乱吸収体Bの表面における所定の光検出位置Dに配置され、光検出用ファイバ42の他端は光検出部41に接続されている。光検出部41は、光パルスP(n)が散乱吸収体Bの内部を伝搬して生じる検出光を、光検出用ファイバ42を介して検出する。光検出部41の信号出力端は演算部5の信号処理部51(後述)に接続されており、光検出部41は、検出された光(フォトン)の検出タイミングを示す光検出信号S2を信号処理部51へ出力する。
【0021】
光検出部41としては、光電子増倍管(Photomultiplier Tube;PMT)、アバランシェフォトダイオード、PINフォトダイオード、MPPC(Multi-Pixel Photon Counter)といった様々なものが用いられる。また、光検出部41としては、光パルスP(1)〜P(N)の各波長を十分に検出可能な分光感度特性を有するものが望ましい。また、検出光が微弱であるときは、高感度あるいは高利得の光検出器が用いられてもよい。
【0022】
一例では、光照射用ファイバ32の光入射端と、光検出用ファイバ42の光検出端とは、散乱吸収体Bの表面上に配置される光ファイバ保持具2に固定されている。光ファイバ保持具2は、例えば柔軟性があり散乱吸収体Bの表面に沿って変形が可能な部材により構成されるとよい。
【0023】
なお、光ファイバ保持具2は省かれることもできる。また、光源部31から出射される光パルスP(n)は、光照射用ファイバ32を介さずに、別の方式によって散乱吸収体Bに直接入力されてもよい。また、散乱吸収体Bから出射する検出光は、光検出用ファイバ42を介さずに、散乱吸収体Bの表面に配置された光検出部41に直接入力されてもよい。
【0024】
図2は、光源部31から出射される光パルスP(n)、及び光検出部41において検出される検出光の各光強度の時間変化の一例を示すグラフである。
図2において、縦軸は光量(対数目盛)を示し、横軸は時間を示している。グラフG11は、時刻t
0に光源部31から散乱吸収体Bへ入射される光パルス強度の時間波形(入射波形)である。グラフG12は、時刻t
0に入射された光パルスに対応する検出光強度の時間波形(検出波形)である。散乱吸収体Bの内部を伝搬した光が光検出位置Dに達する時間は、その伝搬状況によって一様ではなく、また、散乱吸収体Bでの散乱や吸収によって減衰を受ける。従って、
図2のグラフG12に示されるように、検出波形は或る一定の分布曲線となる。
【0025】
再び
図1を参照する。演算部5は、光検出部41での検出結果に基づいて、散乱吸収体Bの内部における換算散乱係数及び吸収係数を算出し、更に内部情報を算出する。演算部5は、信号処理部51、光学特性計測部52、換算散乱係数データベース53及び演算処理部54を有する。
【0026】
信号処理部51は、光源部31に接続されており、光源部31における光パルスP(1)〜P(N)の発光タイミングを示すトリガ信号S1を受ける。また、信号処理部51は、光検出部41に接続されており、検出された光(フォトン)の検出タイミングを示す光検出信号S2を受ける。信号処理部51は、これらのトリガ信号S1及び光検出信号S2に基づいて、時間相関単一光子計数法(Time-correlated single photon counting method)により複数(N個)の時間分解計測波形を取得する。信号処理部51は、こうして得られたN個の時間分解計測波形に関するデータD1を、光学特性計測部52へ出力する。
【0027】
光学特性計測部52は、信号処理部51から提供されたN個の時間分解計測波形に関するデータD1を用い、光拡散方程式(Photon Diffusion Theory)に基づいて、吸収係数及び換算散乱係数を算出する。本実施形態の光学特性計測部52は、不揮発性の記憶手段である換算散乱係数データベース53に予め記憶されているデータD2を読み出し、このデータD2を使用して換算散乱係数を算出する。データD2には、複数の光パルスP(1)〜P(N)の波長(λ
1,λ
2,・・・,λ
N)間での換算散乱係数の比率(R
1:R
2:・・・:R
N)に関する情報が含まれている。この情報は、測定装置1Aの使用前(例えば測定装置1Aの製造時)に、好適な条件下において、基準となる散乱吸収体の波長毎の換算散乱係数が予め測定されることによって得られた数値である。
【0028】
ここで、
図3は、本発明者が成人男女50名の左右前額部を対象に換算散乱係数を測定して得られた、換算散乱係数と波長との関係を表すグラフである。同図には、690nmから840nmまでの波長域内に含まれる6つの波長それぞれにおいて測定された換算散乱係数の標準偏差(図中のI印)及び平均値(図中の黒丸)が示されている。同図に示されるように、換算散乱係数と波長との間には有意の相関があり、概ね、波長が大きいほど換算散乱係数が小さくなる。また、換算散乱係数が各波長間で一定の比率に従っていることがわかる。
【0029】
光学特性計測部52は、換算散乱係数データベース53からデータD2を読み出し、各波長毎の換算散乱係数が比率(R
1:R
2:・・・:R
N)に従うものと仮定する。言い換えれば、光学特性計測部52は、各波長毎の換算散乱係数をR
1・μ’
s,R、R
2・μ’
s,R、・・・、R
N・μ’
s,R(但し、μ’
s,Rは基本となる換算散乱係数)と仮定する。そして、光学特性計測部52は、データD1に基づく複数波長λ
1,λ
2,・・・,λ
Nでの時間分解計測プロファイルを光拡散方程式の解にまとめてフィッティングすることにより、基本換算散乱係数μ’
s,R及び各波長毎の吸収係数μ
a,λ(λ=λ
1,・・・,λ
N)を算出する。なお、この基本換算散乱係数μ’
s,Rに各比率(R
1:R
2:・・・:R
N)を乗算すると、各波長毎の換算散乱係数を算出することができる。
【0030】
より好適な形態としては、光学特性計測部52は、各波長毎の検出結果の信頼性に基づく重み付けを、各波長毎の換算散乱係数に対して更に行うとよい。一例としては、光学特性計測部52は、データD1に含まれるN個の時間分解計測波形のS/N比、及び/又は各光パルスP(1)〜P(N)に対応する検出光の強度(検出フォトン数)から各波長の測定信頼度を判断し、各波長毎の換算散乱係数を光拡散方程式に適用する際に、測定信頼度から算出される重み配分を与えるとよい。
【0031】
フィッティングに用いられる光拡散方程式の解としては、例えば上述した非特許文献2に開示されているものが挙げられる。一例として、半無限スラブにおける反射型計測時(境界条件:Zero Boundary Condition)の解に換算散乱係数R
1・μ’
s,R、R
2・μ’
s,R、・・・、R
N・μ’
s,Rを適用すると、各波長に関して以下の式(1)が得られる。但し、F
1(ρ,t)、・・・、F
N(ρ,t)は、それぞれ波長λ
1,・・・,λ
Nにおける反射型の時間応答関数である。また、ρは光軸間距離であり、tは応答時間、cは散乱吸収体中の光速である。
【数1】
【0032】
なお、本実施形態では換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)が換算散乱係数データベース53に予め記憶されているが、図示しない入力装置を介して換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)が測定装置1Aの外部から入力されてもよい。また、換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)は、例えば、散乱吸収体B(例えば生体組織)内の構造や水分量を計測できるMRIや超音波データの利用、十分な測定精度を実現した状態での時間分解分光装置による様々な測定部位、ファイバ間距離、年代、及び性別ごとの換算散乱係数データの収集により、データベースとして好適に構築される。
【0033】
また、フィッティングの際には、N個の時間分解計測波形と上式(1)との差が最小に近づくように、Levenberg-Marquardt法による非線形最小二乗法などを併用して、各波長の吸収係数及び基本換算散乱係数μ’
s,Rを決定する。その後、光学特性計測部52は、決定した基本換算散乱係数μ’
s,R若しくは各波長の換算散乱係数R
1・μ’
s,R、R
2・μ’
s,R、・・・、R
N・μ’
s,Rと、各波長の吸収係数μ
a,λ(λ=λ
1,・・・,λ
N)とを演算処理部54へ出力する。
【0034】
演算処理部54は、散乱吸収体B内部の内部情報、例えば吸収物質濃度を算出する。一例として、本実施形態の演算処理部54は、光学特性計測部52から提供された各波長の吸収係数μ
a,λ(λ=λ
1,・・・,λ
N)を以下の式(2)に適用し、N個の連立方程式を解くことによって、酸素化ヘモグロビン濃度C
HbO2および脱酸素化ヘモグロビン濃度C
Hbを算出する。なお、ε
HbO2,λは波長λでの酸素化ヘモグロビンのモル吸光係数であり、ε
Hb,λは波長λでの脱酸素化ヘモグロビンのモル吸光係数である。
【数2】
更に、演算処理部54は、算出された酸素化ヘモグロビン濃度C
HbO2および脱酸素化ヘモグロビン濃度C
Hbに基づいて、以下の式(3)より組織酸素飽和度SO
2を算出してもよい。
【数3】
【0035】
表示部9は、光学特性計測部52及び演算処理部54において算出されたパラメータのうち任意のもの(例えば、酸素化ヘモグロビン濃度C
HbO2、脱酸素化ヘモグロビン濃度C
Hb)が表示される。測定をする者及び被験者は、この表示部9によってパラメータの値を認識する。
【0036】
以上の構成を備える測定装置1Aの動作を、本実施形態による散乱吸収体の測定方法とともに説明する。
図4は、測定装置1Aの動作及び散乱吸収体測定方法を示すフローチャートである。
【0037】
図4に示されるように、まず、高いS/N比が得られる安定した条件下にて複数の散乱吸収体B(例えば生体組織)を測定することにより、換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)を決定する(ステップS10)。このとき、例えばMRIや超音波データを用いて、換算散乱係数比を精度良く測定するとよい。また、換算散乱係数は散乱吸収体内の構造や水分量に大きく依存するので、時間分解分光計測法を用いて様々な被験者の年齢、性別、測定部位、並びに、光入射位置Sと光検出位置Dとの距離等に応じた換算散乱係数データを収集し、複数組の換算散乱係数比を決定しておくとよい。決定された換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)は、換算散乱係数データベース53に記憶されてもよく、或いは、後述する測定の際に手動で設定されてもよい。
【0038】
次に、測定装置1Aの暖機運転を行い(ステップS11)、測定対象となる散乱吸収体Bの表面に、光照射用ファイバ32及び光検出用ファイバ42が取り付けられた光ファイバ保持具2を配置する(ステップS12)。
【0039】
そして、複数組の換算散乱係数比の中から測定対象に適合する換算散乱係数比を選択する。このとき、換算散乱係数比の選択に換算散乱係数データベース53を利用するか否かを決定する(ステップS13)。換算散乱係数データベース53を利用する場合(ステップS13;YES)、測定対象に適合する換算散乱係数比を換算散乱係数データベース53から選択する(ステップS14)。また、換算散乱係数データベース53を利用しない場合(ステップS13;NO)、測定対象に適合する換算散乱係数比を手動にて設定する(ステップS15)。
【0040】
続いて、互いに波長が異なる複数の光パルスP(n)を、光源部31から光照射用ファイバ32を介して散乱吸収体Bの光入射位置Sに順次入射するとともに、散乱吸収体Bの内部を伝搬した各光パルスP(n)を、光検出用ファイバ42を介して光検出部41へ導き、検出する(光検出ステップS16)。次に、光検出ステップS13での検出結果に基づいて、信号処理部51が、N個の時間分解計測波形に関するデータD1を生成する。データD1は、光学特性計測部52に提供される。
【0041】
続いて、光学特性計測部52は、各波長(λ
1,・・・,λ
N)毎の換算散乱係数を、比(R
1:R
2:・・・:R
N)に従うものとしてR
1・μ’
s,R、R
2・μ’
s,R、・・・、R
N・μ’
s,R(但し、μ’
s,Rは基本換算散乱係数)とおく。このとき、光学特性計測部52は、各波長毎の検出結果(N個の時間分解計測波形)の信頼性に基づく重み付けを、各波長毎の換算散乱係数に対して行う(ステップS17)。一例としては、光学特性計測部52は、データD1に含まれるN個の時間分解計測波形のS/N比、及び/又は各光パルスP(1)〜P(N)に対応する検出光の強度(検出フォトン数)から各波長の測定信頼度を判断し、測定信頼度から算出される重み配分を与えるとよい。
【0042】
続いて、光学特性計測部52は、時間分解分光計測法により基本換算散乱係数μ’
s,R及び各波長毎の吸収係数μ
a,λ(λ=λ
1,・・・,λ
N)を算出する(演算ステップS18)。このとき、光学特性計測部52は、データD1に基づく複数波長の時間分解計測プロファイルを光拡散方程式の解にまとめてフィッティングすることにより、基本換算散乱係数μ’
s,R及び各波長毎の吸収係数μ
a,λ(λ=λ
1,・・・,λ
N)を算出する。
【0043】
続いて、演算処理部54は、散乱吸収体B内部の内部情報、例えば吸収物質濃度を算出する(ステップS19)。一例として、本実施形態の演算処理部54は、光学特性計測部52から提供された各波長の吸収係数μ
a,λ(λ=λ
1,・・・,λ
N)を上記の式(2)に適用し、N個の連立方程式を解くことによって、酸素化ヘモグロビン濃度C
HbO2および脱酸素化ヘモグロビン濃度C
Hbを算出する。また、これらの数値から、総ヘモグロビン濃度(C
tHb=C
HbO2+C
Hb)や組織酸素飽和度等を算出することもできる。
【0044】
以上に説明した本実施形態の測定装置1A及び測定方法によって得られる効果について説明する。前述したように、本実施形態では、複数の光パルスP(n)の波長間での換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)に関するデータD2が予め用意される。
図3に示されたように、換算散乱係数は波長と一定の相関があるので、複数波長間での換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)は、複数回の測定を通じてほぼ一定とみなされるからである。そして、光学特性計測部52及び演算ステップS18において、各波長毎の換算散乱係数が換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)に従うものとして、データD1に基づく複数波長の時間分解計測プロファイルを光拡散方程式の解にまとめてフィッティングすることにより、基本換算散乱係数μ’
s,R及び波長毎の吸収係数μ
a,λ(λ=λ
1,・・・,λ
N)を算出する。このような方式によれば、予め換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)に関するデータを好条件下で精度良く測定しておくことができ、また複数の値を同時にフィッティングするのでフィッティング精度も高まる。従って、各波長毎に光拡散理論を適用して換算散乱係数及び吸収係数を算出する方法と比較して、換算散乱係数及び吸収係数の算出精度を高めることができる。
【0045】
更に、本実施形態の測定装置1A及び測定方法によれば、光入射位置Sと光検出位置Dとの間の正確な距離が不明であるような場合においても、換算散乱係数比(R
1:R
2:・・・:R
N)を利用することで、従来よりも吸収係数μ
a,λ(λ=λ
1,・・・,λ
N)を正確に測定することができ、さらに酸素化ヘモグロビン濃度、脱酸素化ヘモグロビン濃度、総ヘモグロビン濃度、及び組織酸素飽和度を正確に測定することができる。
【0046】
また、本実施形態のように、N個の時間分解計測波形の信頼性に基づく重み付けが、フィッティングに用いられる各波長毎の換算散乱係数に対して行われてもよい。光検出部41(光検出ステップS16)において光が検出される際には、検出されたフォトン数やS/N比などによって、N個の時間分解計測波形の信頼性にばらつきが生じることがある。そのような場合であっても、信頼性を考慮した重み付けがなされることにより、S/N比が低い波長の影響を抑え、換算散乱係数及び吸収係数の算出精度を更に高めることができる。
【0047】
ここで、本実施形態の測定装置1A及び測定方法を用いて、複数の被験者の換算散乱係数、酸素化ヘモグロビン濃度、脱酸素化ヘモグロビン濃度、組織酸素飽和度等を測定した結果について説明する。
【0048】
図5は、
図3に示される換算散乱係数の波長依存性のうち、波長λ
1=759nm、波長λ
2=793nm、波長λ
3=834nmにおいて確認された換算散乱係数比R
1:R
2:R
3=1.0366:1.0000:0.9595)を用い、散乱吸収体であるヒト前額部を測定して得られた換算散乱係数を示す図表である。なお、
図5には、比較例として、従来の測定方法(各波長毎に換算散乱係数を決定)によって得られた数値も併せて示されている。
図5を参照すると、本実施形態によって得られる換算散乱係数の比は、上記した換算散乱係数比(R
1:R
2:R
3)に従っていることがわかる。
【0049】
また、
図6(a)及び
図6(b)は、本実施形態の測定装置1A及び測定方法によって測定された各波長毎の吸収係数及び換算散乱係数と、従来の方法によって測定された比較例としての各波長毎の吸収係数及び換算散乱係数とを示す図表である。更に、
図6(c)は、
図6(a)及び
図6(b)の結果から算出された、酸素化ヘモグロビン濃度C
HbO2、脱酸素化ヘモグロビン濃度C
Hb、総ヘモグロビン濃度C
tHb、及び組織酸素飽和度SO
2を示す図表である。なお、
図6に記載された各数値は(平均値)±(標準偏差)を表している。
【0050】
図6を参照すると、本実施形態の測定装置1A及び測定方法によって得られた数値の標準偏差は、比較例の数値の標準偏差よりも格段に小さいことがわかる。このことから、本実施形態の測定装置1A及び測定方法によれば、換算散乱係数及び吸収係数の算出精度が高められることがわかる。
【0051】
図7及び
図8は、前額部測定時の計測時間を100msから5000msまで変化させて得られた、吸収係数、換算散乱係数、及びヘモグロビン量(総ヘモグロビン濃度C
tHb及び組織酸素飽和度SO
2)の変動係数値を示す図表である。
図7は従来の方法により得られた変動係数値を示しており、
図8は本実施形態の測定装置1A及び測定方法によって得られた変動係数値を示している。なお、換算散乱係数比R
1:R
2:R
3は上記と同一である。通常、変動係数値は計測時間を長くするほど小さくなる(すなわち測定精度が高まる)が、
図7と
図8とを比較すると明らかなように、本実施形態の測定装置1A及び測定方法では、同じ計測時間で比較した場合、従来の方法よりも変動係数値が小さくなっている。言い換えれば、或る測定精度を得るための計測時間を、本実施形態の測定装置1A及び測定方法により短縮することができる。
【0052】
図9及び
図10は、血液ファントムを用いて各波長(689nm、732nm、759nm)毎の吸収係数及び換算散乱係数を測定した結果を示すグラフである。
図9及び
図10において、横軸は時間を表し、縦軸は吸収係数(単位:cm
-1)及び換算散乱係数(単位:cm
-1)を表している。また、
図9は従来の方法による結果を示しており、
図10は本実施形態の測定装置1A及び測定方法による結果を示している。図中の時刻t
1は血液ファントム中の酸素を消費させるためにドライイースト菌を投入したタイミングを示し、時刻t
2はアッテネータを変更したタイミングを示し、時刻t
3はアッテネータを更に変更したタイミングを示す。
【0053】
また、
図11及び
図12は、ヒト前腕部の各波長(689nm、732nm、759nm)毎の吸収係数及び換算散乱係数を測定した結果を示すグラフである。
図11及び
図12において、横軸は時間を表し、縦軸は吸収係数(単位:cm
-1)及び換算散乱係数(単位:cm
-1)を表している。また、
図11は従来の方法による結果を示しており、
図12は本実施形態の測定装置1A及び測定方法による結果を示している。図中の時刻t
4は前腕部にカフを装着したタイミングを示し、時刻t
5はカフを外したタイミングを示す。
【0054】
図9及び
図10に示される血液ファントムを用いた測定では、生体とは異なり、組織酸素飽和度SO
2が0%〜100%と広い範囲におよぶ。従って、生体と比べてS/N比が低くなる傾向がある。また、
図11及び
図12に示される前腕部の測定では、カフを装着してヘモグロビン量に急激な変化(脱酸素化)を与えることにより、689nmの吸収係数を急激に増加させ、S/N比を低下させている。
図9〜
図12を参照すると、これらのようにS/N比が低い状態においても、従来の方法(
図9、
図11)と比較して、本実施形態の測定装置1A及び測定方法(
図10、
図12)ではグラフの振幅が小さく、高い精度で安定的に測定できていることがわかる。また、これにより、測定時間の短縮も可能となる。