【実施例】
【0035】
実施例1:ARコーティング3の例は次の通り作製した。すなわち、約95nm厚のSiO
xN
y層5(中程度の屈折性の層)、約21nm厚のTiO
2層7(高屈折性の層の例)及び約105nm厚のSiO
2層9(低屈折性の層の例)とした。透明ガラス基板は、厚さが約5mmであり、ソーダ石灰シリカ系ガラスであった。層5、層7及び層9はそれぞれ、ガラス基板1にターゲットをスパッタすることで堆積させた。コーティング3は、
図1に示すように、ある例ではガラス基板の一主面にのみ供給したが、
図3に示すように、別の例ではガラス基板の両方の主面に供給されてもよい。コーティングには650℃で10分間焼入れ処理を行った。
【0036】
図4は、コーティング直後と焼入れ処理/熱処理後の3層可視ARコーティングの、入射角8°で白色光を用いたときの、第1表面反射率の比較を表すグラフである。
図4は、中程度の屈折率性の層5に関して(550nmにおいて)約1.7から1.8の屈折率をガラス基板の一主面上で得られるように調節したSiOxNyを有する実施例の反射スペクトルを表している。約450から650nmまで、とりわけ約500から600nmの波長域において優れたAR特徴(例えば、低R%)が得られることが分かる。明所視の反射(CIE−C、2°)は設計によって最小限に抑えられ又は低減されて、実測値は0.4%未満であった。本発明の特定の実施態様例では、被覆物品の明所視の反射は約3.0%未満、より好ましくは約1.0%未満、さらに好ましくは約0.5%未満、最も好ましくは約0.25%未満であった。
【0037】
図5は、堆積直後のコーティングと焼入れ処理/熱処理後のコーティングとの間の反射スペクトル応答の変化(ΔR=焼入れ後のR−コーティング直後のR)を、色計算で用いられる三刺激値と比較して表したグラフである。最も大きな反射率の変化は、三刺激値がほぼゼロの領域で生じている。これにより、コーティング直後の状態と焼入れ処理/熱処理後の状態との間での反射色の変化量が低減される。この考察は光源とは無関係である。
【0038】
図6は、垂直入射(111.2°)(背面反射を含む)におけるコーティング直後の可視反射率、可視透過率及び色の数値を表す表である。
【0039】
図7は、
図6の試料を650℃に10分間暴露した後で得られた光学品質を表す表である。
【0040】
図6及び
図7は、コーティング直後の状態と焼入れ処理/熱処理後の状態との間で示された光学品質の変化を比較するのに使用できる。示した光学品質は、96インチの全幅にわたって実質的に等間隔の塗工機横断位置3か所(P、C、V)におけるものである。本発明の様々な実施態様では当然、塗工機位置の数、その配置及び/又は全幅を変更することが可能である。焼入れ処理を行うと、可視透過率は増加し、可視反射は低下し、そして反射によるカラーシフトは非常に小さかった(ΔE
*<2)。色は焼入れ環境に暴露した後も工業基準範囲内であると考えられる。
【0041】
図8は、特定の実施態様例の焼入れ可能な3層ARコーティングの応力に関する追加データを表す表である。
図8は、実施例1並びに比較例と同様の方法で作製したコーティングに関する情報を収容するものであって、必ずしも実施例1自体からの反射情報というわけではない。
図8中の第1コーティング(a)は、本発明の特定の実施形態例に係る3層ARコーティングであり、堆積直後のコーティング並びに650℃で10分間熱処理及び/又は焼入れ処理を行った後のコーティングにおける正味の残留応力の値と種類を示している。負のσ
x値及びσ
y値は応力が圧縮に関するものであることを示す。他方、正の値は引張応力を示している。コーティング(a)、(b)及び(c)において、堆積直後の正味残留応力値はいずれも負である。つまり、堆積直後には、これらコーティングはそれぞれ圧縮残留応力を有している。しかし、熱処理及び/又は焼入れ処理を行うと、前記コーティングの応力は、引張残留応力の方へ変わる。
図8から分かるように、コーティング(a)の酸化チタンをベースとする層の厚さは19nmである。酸化ケイ素をベースとする層及びオキシ窒化ケイ素をベースとする層の圧縮残留応力は酸化チタンをベースとする層の引張残留応力よりも高いので、コーティング(a)の正味の残留応力は熱処理後でも引張よりもむしろ圧縮に関するものである。特定の実施態様例では、この正味の圧縮応力によって、(正味の引張応力を有するコーティングに比べて)より耐久性に優れたコーティングがもたらされる。比較コーティング(b)及び(c)からは、酸化チタンをベースとする層の方が厚い(コーティング(b)が100nm及びコーティング(c)が102nm)場合に、熱処理後、正味の残留応力が引張に関するものとなる(正のσ
x値及びσ
y値で示される)ことが分かる。単層(i)及び(ii)に関する応力値は、酸化ケイ素をベースとする層とオキシ窒化ケイ素をベースとする層の残留応力がいずれも、熱処理の前後共に圧縮に関するものであることを示すためだけに提示している。これらの圧縮残留応力値はそれぞれ、酸化チタンをベースとする層の引張残留応力を弱めるように働く。
【0042】
図8からは、加熱後でも圧縮残留応力を有するいくつかの層をコーティング中に包含すること及び/又は引張残留応力を有する層を薄層化することによって、有利なことに、熱処理後でも正味の圧縮残留応力を有するコーティングが得られることが分かるであろう。特定の実施態様例では、引張応力を生じやすい層を薄層化できる場合、及び/又はそうではなく、引張応力がスタック内の他の層の圧縮応力よりも小さくなるように改変できる場合、スタック/コーティング全体の正味の残留応力が圧縮に関するものとなる可能性がある。したがって、熱処理後でも耐久性を維持する焼入れ可能な3層構造のARコーティングは、特定の実施態様例では、(1)圧縮残留応力有する層、例えば酸化ケイ素等の低屈折性の層及びオキシ窒化ケイ素等の中程度の屈折性の層を包含することにより、並びに/又は(2)高屈折性の酸化チタンをベースとする層のように引張応力を示し易い層を、例えばその厚さを約25nm未満(より好ましくは約22nm未満、なお更に好ましくはおよそ20nm以下)まで低下させることによって改変することにより、製造され得る。上述の説明は例示を目的とするものである。他の実施態様例では、(加熱後でも)正味の圧縮応力を有する層を別の方法で製造してもよい。
【0043】
図9は、
図8のコーティング(a)及び(b)の、堆積直後の応力と加熱後の応力を比較したグラフである。
図9からは、コーティング(a)が加熱前後でいずれも圧縮残留応力を有することが分かる。
図9からはまた、コーティング(b)(厚さ100nmの酸化チタンをベースとする層を包含する比較例)が加熱前には正味の圧縮応力を有していたが、熱処理後にはコーティング(b)が正味の引張応力を有していることも分かる。特定の実施態様例では、コーティング全体に(例えばコーティング(a)に)現れる引張残留応力の量を低減することで、コーティングの耐久性向上に役立つこともある。
【0044】
実施例2:焼入れ可能なARコーティングをガラス基板の両面に適用した(例えば、両面コーティングを作製した)。
【0045】
両面コーティング(
図3に示すようなもの)もまた、フロートガラスのSn面にコーティングした場合、研磨などの追加の表面処理を必要とせず、焼入れ処理/熱処理処理工程後でもその光学品質及び審美的品質を維持している。実施例1に関連して前段落で述べたコーティング設計をガラスの第2表面(又はSn面)に適用することで、双方の干渉からの反射全体を抑えることも可能である。
【0046】
図10は、前記設計を低鉄ガラスの両面に適用した場合の、焼入れ処理/熱処理前後に得られた光透過率を表している。明所視の光透過率は、焼入れ環境へ暴露した後に増加して、3.2mmの低鉄ガラスに対して垂直入射において99%を超える。
【0047】
図11は、SiOxNy、TiOx及びSiOxをそれぞれ中程度の屈折性の層、高屈折性の層及び低屈折性の層に使用した場合の、焼入れ可能なARコーティング3における物理的な厚さ範囲例及び屈折率範囲例を表している。
図9は、本発明の好ましい実施態様において各層で使用した厚さの例を示しているが、別の例では、各層にその他の物理的な厚さを使用してもよい。
【0048】
各層の厚さ範囲例は次の通りである。
【表1】
【0049】
特定の実施態様例では、本明細書に記載のARコーティングは薄い低鉄ガラスに使用され得る。低鉄ガラス基板の例は、例えば米国出願番号12/385,318、並びに米国出願公開番号2006/0169316、同2006/0249199、同2007/0215205、同2009/0223252、同2010/0122728及び同2009/0217978に開示されており、これらそれぞれの内容は全て参照として本明細書に組み込まれる。特定の実施態様例では、実施例2を3.2mmの低鉄ガラスに適用した場合、可視透過率は約99%であることを確かめた。しかし、本明細書に記載の被覆物品の可視透過率は、所望の最終用途に応じて、少なくとも約85%であり、少なくとも約90%のときもあり、少なくとも約95%のときもあり、また、それ以上に高いこともある(例えば、約99%)。
【0050】
以下の表は、低鉄ガラス上の片面ARコーティング及び両面ARコーティングについての、コーティング直後から熱処理後までのカラーシフトを表す。熱処理工程によって、コーティングの審美的(例えば、反射色)品質に対する影響がかなり軽減する(また、なくす場合もある)ことが分かるであろう。例えば、本明細書に記載のコーティング例は、堆積直後に紫色の色相を呈している。紫色の色相例は熱処理後も維持される。このことは、反射色に関して、審美的品質が、それに見合う、望まれる多くの用途において特に好ましい。
【0051】
【表2】
【0052】
【表3】
【0053】
【表4】
【0054】
【表5】
【0055】
本明細書に記載の層は、特定の実施態様例では化学量論的なもの及び/又は実質上完全に化学量論的ものであってよいが、別の実施態様例では、各層は準化学量論的なものであってよい。ただし、任意の好適な化学量論が本明細書に記載のどの層の例に関しても使用可能であることが分かるであろう。
【0056】
また、幾つかの例では、例示したコーティング3の下に、その内側に又はその上に他の層を供給してもよい。したがって、層システム又はコーティングは(直接的に又は間接的に)基板1「の上にある」か又は基板1「によって支持されている」が、他の層はそれらの間に供給されてもよい。そのため、例えば
図1のコーティング3及びその各層は、他の層が層5と基板1の間に供給されていても、基板1「の上にあり」かつ基板1「によって支持されている」とみなすことができる。さらに、例示したコーティングの特定の層は、特定の実施態様例では取り除かれてもよく、また、本発明の他の実施態様では、本発明の特定の実施態様の趣旨全体を逸脱しない範囲で他の層が追加されてもよい。別の特定の実施態様例では、コーティング3は本質的に層5、7及び9からなるものであってよく、層9は大気に晒されていてよい(例えば、特定の実施態様例では、層9がコーティングの最外層であってよい)。
【0057】
本明細書に記載の実施態様例は、様々な用途について使用され得る。例えば、本明細書に記載の実施態様例にしたがって製造された片面ARコーティングは、例えば商業地域若しくは住宅地における照明、又はスポーツ時の照明、或いは他の大きな会場用若しくは競技場用の照明、一般的な照明用途、タッチスクリーン等の用途に使用してもよい。本明細書に記載の実施態様例に従って製造された両面ARコーティングは、例えば電子機器、ディスプレイ、電化製品、建物外面等の用途に使用してもよい。当然、他の用途も本明細書に開示した実施態様例に利用可能である。
【0058】
本明細書に記載の被覆物品(例えば、
図1から3参照)は、特定の実施態様例では熱処理(例えば、焼入れ処理)を行ってもよく、又は熱処理をしなくてもよい。このような焼入れ処理及び/又は熱処理は、典型的には少なくとも約580℃、より好ましくは少なくとも約600℃、なお更に好ましくは少なくとも620℃の温度を用いる必要がある。本明細書で使用するとき「熱処理」及び「熱処理を行うこと」という用語は、物品を含めたガラスに焼入れ処理(thermal tempering)及び/又は倍強化処理を行うのに十分な温度まで物品を加熱することを表す。この定義には、例えば、被覆物品をオーブン又は炉内で少なくとも約550℃、より好ましくは少なくとも約580℃、より好ましくは少なくとも約600℃、より好ましくは少なくとも約620℃、最も好ましくは少なくとも約650℃の温度において、焼入れ処理及び/又は倍強化処理を行うのに十分な期間加熱することが包含される。これは、特定の実施態様例では、少なくとも約2分間であってよく、又は約10分以内であってよい。
【0059】
本明細書に記載の層のうち幾つか又は全ては、スパッタ法、又は例えば燃焼気相成長法や燃焼堆積法等のような他の好適な成膜技法によって基板1に直接的に又は間接的に堆積されてよい。
【0060】
現在最も実用的でかつ最も好ましい実施態様であると考えられるものについて本発明を説明してきたが、本発明は、開示した実施態様に限定されるものではなく、むしろ添付の特許請求の範囲の趣旨及び範囲に包含される様々な変更点及び同等の配置をも網羅するものと解されるべきである。