特許第6043287号(P6043287)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6043287焼入れ可能な3層反射防止コーティング、焼入れ可能な3層反射防止コーティングを含む被覆物品及び/又はその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6043287
(24)【登録日】2016年11月18日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】焼入れ可能な3層反射防止コーティング、焼入れ可能な3層反射防止コーティングを含む被覆物品及び/又はその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/115 20150101AFI20161206BHJP
   B32B 7/02 20060101ALI20161206BHJP
   B32B 17/00 20060101ALI20161206BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20161206BHJP
【FI】
   G02B1/115
   B32B7/02 103
   B32B17/00
   C23C14/08 N
【請求項の数】21
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2013-527057(P2013-527057)
(86)(22)【出願日】2011年5月24日
(65)【公表番号】特表2013-542457(P2013-542457A)
(43)【公表日】2013年11月21日
(86)【国際出願番号】US2011000925
(87)【国際公開番号】WO2012030372
(87)【国際公開日】20120308
【審査請求日】2013年4月16日
(31)【優先権主張番号】12/923,146
(32)【優先日】2010年9月3日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】593005002
【氏名又は名称】ガーディアン・インダストリーズ・コーポレーション
(74)【復代理人】
【識別番号】100160989
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 正好
(74)【代理人】
【識別番号】100104215
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100117330
【弁理士】
【氏名又は名称】折居 章
(74)【代理人】
【識別番号】100123733
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 大樹
(74)【代理人】
【識別番号】100168181
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲平
(74)【代理人】
【識別番号】100168745
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 彩子
(74)【代理人】
【識別番号】100170346
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 望
(74)【代理人】
【識別番号】100176131
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】ブロードウェイ デイビット エム.
(72)【発明者】
【氏名】ルー イェイウェイ
(72)【発明者】
【氏名】デン ボア ウィレム
(72)【発明者】
【氏名】ゴールデン ダレル
(72)【発明者】
【氏名】パトリアッカ ポール
(72)【発明者】
【氏名】スコット グレゴリー
【審査官】 清水 裕勝
(56)【参考文献】
【文献】 特表2003−500249(JP,A)
【文献】 特開2005−221987(JP,A)
【文献】 特開2005−055899(JP,A)
【文献】 特開平11−271507(JP,A)
【文献】 特開2000−294173(JP,A)
【文献】 特開2002−083812(JP,A)
【文献】 特開2002−116303(JP,A)
【文献】 特開2004−131798(JP,A)
【文献】 特開2005−241740(JP,A)
【文献】 特開2007−083644(JP,A)
【文献】 特開2008−015234(JP,A)
【文献】 特表2000−509511(JP,A)
【文献】 特表2003−524197(JP,A)
【文献】 特表2005−502077(JP,A)
【文献】 特表2005−527461(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0030569(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0025776(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の主面によって支持された反射防止コーティングを含む、被覆物品であって、
記反射防止コーティングと共に熱処理された前記基板を含み
前記反射防止コーティングが、前記基板から順に、
オキシ窒化ケイ素を含みかつ380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が1.65から2.0である中程度の屈折性の層と、
380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が少なくとも2.0である高屈折性の層と、
380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が1.4から1.6である低屈折性の層と、
を含み、前記高屈折性の層が熱処理後に引張残留応力を有し、
前記中程度の屈折性の層が前記高屈折性の層よりも厚く、かつ熱処理後に圧縮残留応力を有し、
前記反射防止コーティングが熱処理後に正味の圧縮残留応力を有する、
被覆物品。
【請求項2】
前記基板がガラス基板であり、前記低屈折性の層が前記コーティングの最外層である、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項3】
前記高屈折性の層、中程度の屈折性の層及び低屈折性の層がそれぞれ誘電体層である、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項4】
前記高屈折性の層の550nmにおける屈折率が2.3から2.5である、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項5】
前記低屈折性の層の550nmにおける屈折率が1.45から1.55である、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項6】
前記高屈折性の層がチタン酸化物を含む、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項7】
前記低屈折性の層が酸化ケイ素を含む、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項8】
前記中程度の屈折性の層がオキシ窒化ケイ素を含みかつ550nmにおける屈折率が1.7から1.8である、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項9】
前記中程度の屈折性の層及び前記低屈折性の層がいずれも熱処理後に圧縮残留応力を有する、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項10】
前記高屈折性の層がチタン酸化物を含み、前記低屈折性の層が酸化ケイ素を含む、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項11】
前記高屈折性の層がチタン酸化物を含みかつ厚さが12から22nmである、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項12】
前記中程度の屈折性の層がオキシ窒化ケイ素を含みかつ厚さが94から115nmである、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項13】
前記低屈折性の層が酸化ケイ素を含みかつ厚さが89から109nmである、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項14】
前記被覆物品の明所視の反射が2%以下である、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項15】
前記被覆物品の明所視の反射が1%以下である、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項16】
前記基板の第2主面によって支持された第2反射防止コーティングを更に含み、前記第2反射防止コーティングと共に熱処理された前記基板を含む、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項17】
前記基板が低鉄ガラス基板である、請求項1に記載の被覆物品。
【請求項18】
前記被覆物品の可視透過率が少なくとも95%である、請求項17に記載の被覆物品。
【請求項19】
前記高屈折性の層が引張残留応力を有しかつ厚さが25nm未満である、請求項17に記載の被覆物品。
【請求項20】
基板の主面によって支持された反射防止コーティングを含む、熱処理可能な被覆物品であって、
前記反射防止コーティングが、前記基板から順に、
ケイ素含有層であり、550nm及び780nmの波長における屈折率が1.8以下であり、380nmの波長における屈折率が2.0以下であり、厚さが94から115nmである中程度の屈折性の層と、
380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が中程度の屈折性の層よりも高く、厚さが20nm以下である高屈折性の層と、
380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が中程度の屈折性の層よりも低く、厚さが89から109nmである低屈折性の層と、
を含み、前記中程度の屈折性の層及び前記低屈折性の層が圧縮残留応力を有し、
前記高屈折性の層が引張残留応力を有し、
前記反射防止コーティングが正味の圧縮残留応力を有する、被覆物品。
【請求項21】
前記中程度の屈折性の層及び前記低屈折性の層がいずれも、前記高屈折性の層よりも厚く、かつ熱処理後に圧縮残留応力を有する、請求項1に記載の被覆物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の特定の実施態様例は、焼入れ可能な(temperable)反射防止コーティングを含む被覆物品及び/又はその製造方法に関する。特定の実施形態例では、焼入れ可能な反射防止(AR)コーティングには、当該コーティングの中程度の屈折性の層としてSiOを使用している。特定の実施形態例では、コーティングは、ガラス基板から外側に向かって次の層を包含し得る。すなわち、中程度の屈折性の層としてのオキシ窒素ケイ素(例えば、SiO)/高屈折性の層としての酸化チタン(例えば、TiOx)/低屈折性の層としての酸化ケイ素(例えば、SiOx)である。特定の実施形態例では、各層の厚さ及び応力の種類を最適化することで、焼入れ可能な3層反射防止コーティングを製造し得る。
【背景技術】
【0002】
反射防止(AR)コーティングは当該分野では公知である。例えば、可視域のARコーティングは、電子機器、照明、電化製品、建築及びディスプレイの用途におけるガラスに幅広く使用されている。ただし、前記用途の多くでは、強化ガラス(tempered glass)又は倍強化ガラス(heat-strengthedned glass)が必要な場合がある。ガラスの焼入れ処理又は倍強化処理は、焼入れ処理及び他の形態の熱処理に必要とされる高温にコーティングを暴露したためにコーティングの光学的、機械的又は審美的な品質が不必要に変化するのを避けるためにARコーティングの堆積前に行うことがある。しかし、この「焼入れ処理後にコーティングする」方法は、ある環境では好ましくない場合がある。そのため、当該分野では、窓等のような被覆物品用の反射防止(AR)コーティング(例えば、焼入れ可能なARコーティング)を改良する必要があることが分かるであろう。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
特定の実施形態例では、基板の主面によって支持された反射防止コーティングを含む被覆物品であって、基板は反射防止コーティングと共に熱処理され、反射防止コーティングは、基板から順に、オキシ窒素ケイ素を含みかつ380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が約1.65から2.0である中程度の屈折性の層と、380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が少なくとも約2.0である高屈折性の層と、380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が約1.4から1.6である低屈折性の層とを含み、中程度の屈折性の層が熱処理後に圧縮残留応力を有する、被覆物品が提供される。
【0004】
特定の実施形態例では、熱処理可能な被覆物品であって、被覆物品は、基板の主面によって支持された反射防止コーティングを含み、反射防止コーティングは、基板から順に、オキシ窒素ケイ素を含みかつ380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が約1.65から2.0である中程度の屈折性の層と、380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が中程度の屈折性の層よりも高い高屈折性の層と、380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が中程度の屈折性の層よりも低い低屈折性の層とを含み、中程度の屈折性の層及び低屈折性の層がいかなる熱処理後にも圧縮残留応力を有し、高屈折性の層がいかなる熱処理後にも引張残留応力を有し、及び反射防止コーティングが正味の圧縮残留応力を有する被覆物品が提供される。
【0005】
特定の実施形態例では、熱処理可能な被覆物品であって、被覆物品は、基板の主面によって支持された反射防止コーティングを含み、反射防止コーティングは、基板から順に、550nm及び780nmの波長における屈折率が1.8以下でかつ380nmの波長における屈折率が2.0以下である中程度の屈折性のケイ素包含層と、380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が中程度の屈折性の層よりも高い高屈折性の層であって、高屈折性の層の厚さが約20nm以下であるものと、380nm、550nm及び780nmの波長における屈折率が中程度の屈折性の層よりも低い低屈折性の層とを含み、中程度の屈折性の層及び低屈折性の層は圧縮残留応力を有し、高屈折性の層は引張残留応力を有し、及び反射防止コーティングは正味の圧縮残留応力を有する被覆物品が提供される。
【0006】
特定の実施形態例では、3層構造の反射防止コーティングを有する被覆物品の製造方法であって、前記方法は、ガラス基板上に中程度の屈折性の層を直接的に又は間接的に配置する工程と、中程度の屈折性の層の上に中程度の屈折性の層と接触して高屈折性の層を配置する工程と、高屈折性の層の上に高屈折性の層と接触して低屈折性の層を配置する工程と、その上に反射防止コーティングを有するガラス基板を熱処理する工程とを含み、被覆物品が正味の圧縮残留応力を有する方法が提供される。
【0007】
本明細書に記載の特徴、態様、利点及び実施形態例を組み合わせることで更なる実施形態を実現することも可能である。
【0008】
以下の例示的な実施形態例についての詳細な説明を図面と合わせて参照することで、前記及び他の特徴及び利点をより明確により十分に理解することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】一般に本発明の特定の実施形態例に係る焼入れ可能な3層構造のARコーティングの一例である。
図2】本発明の特定の実施形態例に従って作製された最適な焼入れ可能な3層構造のARコーティングの一例である。
図3】本発明の特定の実施形態例に従って作製された焼入れ可能な両面ARコーティングの一例である。
図4】焼入れ処理環境への暴露前後のARコーティングにおける第1表面反射率の比較を表すグラフである。
図5】堆積直後の状態と焼入れ処理後の状態における反射率の変化を、色計算に用いられる三刺激値と対比させて表したグラフである。
図6】本発明の特定の実施形態例に従って作製したARコーティングのコーティング直後の可視透過率及びカラー特性を表す表である。
図7】本発明の特定の実施形態例に従って作製したARコーティングの、650℃に10分間暴露した後の光学品質結果を表す表である。
図8】堆積直後の層及び熱処理及び/又は焼入れ処理後の層の双方において、各層内で生じ得るよりも圧縮応力及び引張応力の例を表す表である。
図9】様々な厚さの酸化チタンを有するコーティングにおける残留応力を表すグラフである。
図10】本明細書に記載の実施例に従って作製した被覆物品の、焼入れ処理条件への暴露前後の光透過率を比較したグラフである。
図11】本発明の特定の実施形態例に従って作製したARコーティングにおける最適な厚さ及び屈折率の例を表す表である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、添付の図面について更に詳細に述べるが、いくつかの図面を通して同様の符号は同様の要素を表す。
【0011】
本発明の特定の実施形態例は、反射防止コーティングを含む被覆物品及び/又はその製造方法に関する。特定の実施形態例では、焼入れ可能な反射防止(AR)コーティングが提供される。
【0012】
上述のように、可視域のARコーティングは、電子機器、照明、電化製品、建築及びディスプレイの用途におけるガラス基板に幅広く使用されている。ガラスの焼入れ処理又は倍強化処理は、焼入れ処理又は他の熱処理に必要とされる高温へコーティングを暴露したためにコーティングの光学的、機械的又は審美的な品質が不必要に変化するのを避けるためにARコーティングの堆積前に行うことがあるが、特定の環境例の下では「焼入れ処理後にコーティングする」方法には問題がある。例えば、コーティングする前の焼入れ処理は、大面積塗工機にとって望ましくない可能性がある。コーティングしようとしている焼入れ処理/熱処理後の基板の最終寸法は、ガラスコーティング大量生産技術で実行可能な高い効率性を高めて達成しようとする場合に有用な大面積コーティング性能を効率良く使用しない大きさである可能性もある。そのため、焼入れ及び/又は熱処理が可能であると同時に、焼入れ及び/又は熱処理の環境下で通常遭遇する温度へ暴露された後もその審美的品質並びに優れた化学的及び力学的耐久性を保持し得る3層構造の反射防止コーティングが有益なことは分かるであろう。
【0013】
現存する3層ARコーティングは、特定の実施態様例では、例えば当該コーティングが焼きれ工程において使用に適した形状又は望ましい形状を保てないような場合には、十分に焼入れが行えない場合がある。一例として、ARコーティングに用いられる材料には、例えば300℃を超える温度に暴露した後に引張残留応力を有し得るものがあることが知られている。ある層の引張残留応力が非常に高いため、多層スタックに正味の引張応力が生じる場合、この応力はコーティングの審美性を低下させるのにも十分である可能性がある。この問題点及び/又は同様の問題点は、例えばコーティングに亀裂を生じさせる可能性もある。したがって、ARコーティングにおいてある層の引張り残留応力を軽減し、当該層の厚さを低下させることによって引張残留応力を弱めて、ある層の引張残留応力と別の層の圧縮残留応力とのバランスをとることが有益であり得る。
【0014】
圧縮応力は、加わると、材料の中心に作用する。そのため、材料は、圧縮応力を受けると圧縮される。他方、材料は、引張り応力を受けると、伸縮又は伸長する可能性がある。その結果、コーティングにおいてある層の引張残留応力が高すぎると、層及び/又はコーティングが場合によっては変形又は亀裂を起こす可能性がある。したがって、特定の実施態様例では、正味の引張り残留応力を有するコーティングよりも正味の圧縮残留応力を有するコーティングの方がより望ましい場合がある。
【0015】
図1は、本発明の実施態様例に係る被覆物品例の断面図である。図1の実施態様の被覆物品は、焼入れ可能な反射防止(AR)コーティング3を支持する基板1を包含している。基板1は典型的にはガラス基板(例えば、厚さ約1.0から10.0mmの透明、緑色、ブロンズ又は青緑色のガラス基板)であるが、特定の実施例では、ポリカーボネート又はアクリル樹脂等の他の材料であってもよい。ARコーティング3は、中程度の屈折性の層5、高屈折性の層7及び低屈折性の層9を包含する。本発明の特定の実施形態例では、中程度の屈折性の層5、高屈折性の層7及び低屈折性の層9は、基板からこの順に供給されてよい。さらに特定の実施形態例では、各層は互いに直接接していてもよい。本実施態様例では、低屈折性の層9はコーティング3の最外層であるのに対し、中程度の屈折性の層5はARコーティング3の最下層である。層5、層7及び層9がそれぞれ誘電体層である(すなわち、導電体ではない)ので、ARコーティング3は誘電体型コーティングである。したがって、図1の実施態様例のARコーティング3には、IR反射層がなく(すなわち、Ag又はAu等の金属層ではない)、また、熱分解析出された金属酸化物/窒化物のような透明導電性酸化物(TCO)層もない。低放射率(low-E)コーティングを本発明の様々な実施態様と併用してよい、例えば基板1の同一面上の又は反対側の面上のARコーティング3と組み合わせて使用してよいことも当然分かるであろう。
【0016】
本発明の実施態様例では、焼入れ可能なARコーティングは、少なくとも3つの誘電体層、すなわち高屈折性の層、中程度の屈折性の層及び低屈折性の層を包含する。「高」、「中程度」及び「低」は単に、中程度の屈折性の層の屈折率(n)が、高屈折性の層よりも小さく、かつ、低屈折性の層よりも大きいことを表す(例えば、「高」、「中程度」及び「低」を用いているにすぎず、具体的な値は不要である)。高屈折性の層、中程度の屈折性の層及び低屈折性の層は、それらが導電体ではないので、本発明の特定の実施態様例では典型的に誘電体層である。
【0017】
中程度の屈折性の層5の屈折率(n)は、高屈折性の層7よりも小さく、かつ、低屈折性の層9よりも大きい。特定の実施態様例では、低屈折性の層9は、ケイ素若しくはその酸化物(例えば、SiO若しくは他の好適な化学量論組成のもの)、MgF、又はこれらの合金の酸化物及びフッ化物で作製されていてもよく或いはそれらを包含していてもよい。特定の実施態様例では、高屈折性の層7は、金属酸化物、金属窒化物及び/若しくは金属オキシ窒化物、例えば酸化チタン(例えば、TiO若しくは他の好適な化学量論組成のもの)、酸化亜鉛、ケイ素若しくはその窒化物等で作製されていてもよく或いはそれらを包含していてもよい。
【0018】
図2のARコーティングは、図1のARコーティングと同様であるが、中程度の屈折性の層、高屈折性の層及び低屈折性の層の代わりに各層に使用される材料例を示している。
【0019】
本発明の特定の実施態様例では、中程度の屈折性の層5はARコーティングの最下層であり、(550nmにおける)屈折率(n)が約1.60から2.0、好ましくは約1.65から1.9、更に好ましくは約1.7から1.8、最も好ましくは約1.7から1.79である。特定の実施態様例において、中程度の屈折性の層5の380nmにおける理想的な屈折率は約1.8から2.0である。更なる実施態様例では、中程度の屈折性の層5の780nmにおける屈折率は約1.65から1.8である。
【0020】
ある例では、有利なことに、中程度の屈折性の層5を構成する材料が、堆積直後の状態だけでなく、焼入れ処理及び/又は熱処理環境において典型的な温度に暴露した後でも望ましい光学的性質及び機械的性質を示す。オキシ窒化アルミニウム等の材料は、堆積直後の状態では望ましい性質を示すが、焼入れ処理及び/又は熱処理環境において典型的な温度に暴露した後では光学的性質及び/又は機械的性質が低下する場合があることが分かるであろう。ただし、オキシ窒化アルミニウムは、十分耐え得るように製造できるのであれば本発明の別の実施態様で使用してもよい。
【0021】
さらに、中程度の屈折性の層5は、コーティング直後の状態と熱処理後の状態のいずれにおいても圧縮残留応力を有するのであれば有益である。特定の実施態様例では、この圧縮残留応力は、スタック内の他の層の引張残留応力を弱めるのに役立つ可能性がある。ある例では、このことが3層ARスタックにおける正味の圧縮応力を向上させて、焼入れ処理及び/又は熱処理工程時にコーティングに亀裂が生じるのを阻止する可能性がある。
【0022】
中程度の屈折性の層5の厚さは、好ましくは約75から135nm、より好ましくは約80から130nm、なお更に好ましくは約89から120nm、最も好ましくは約94から115nmである。
【0023】
驚くことに、オキシ窒化ケイ素(例えば、SiOxNy)は(550nmにおける)屈折率が約1.60から2.0、より好ましくは約1.65から1.9、なお更に好ましくは約1.7から1.85又は1.7から1.8、最も好ましくは約1.7から1.79となるように堆積することができ、また、焼入れ処理及び/又は熱処理を行ったときに機械的性質又は光学的性質をほとんど低下させないことが分かった。さらに、特定の実施態様例では、有利なことに、オキシ窒化ケイ素(例えば、SiOxNy)を含む層はコーティング直後の状態と熱処理後の状態のいずれにおいても圧縮残留応力を有する。その結果、有利なことに、オキシ窒化ケイ素(例えば、SiOxNy)で作製された層又はそれを包含する層は、焼入れ可能な3層ARコーティングにおける中程度の屈折性の層5として使用するのに好適であることが分かった。
【0024】
本発明の特定の実施態様例では、高屈折性の層7が、ARコーティング3の中程度の屈折性の層5の上に供給される。特定の実施態様では、層7の(550nmにおける)屈折率は少なくとも約2.0、好ましくは約2.1〜2.7、より好ましくは約2.25から2.55、最も好ましくは約2.3から2.5である。特定の実施態様例では、高屈折性の層7の380nmにおける理想的な屈折率は、約2.7から2.9(及びその間の全ての部分範囲)である。さらなる実施態様例では、高屈折性の層7の780nmにおける理想的な屈折率は、約2.2から2.4(及びその間の全ての部分範囲)である。
【0025】
高屈折性の層7の厚さは、好ましくは約5から50nm、より好ましくは約10から35nm、なお更に好ましくは約12から22nm、最も好ましくは約15から22nmである。特定の実施態様例では、高屈折性の層7の厚さは約25nm未満である。
【0026】
ある例では、有利なことに、高屈折性の層7を構成する材料は高屈折率のものである。高屈折性の層として使用される材料の一例は酸化チタン(例えば、TiOx)である。しかし、特定の実施態様例では、酸化チタンは、300℃超の温度へ暴露した後に引張残留応力を有する。この層の高い引張応力は、非結晶質から結晶質への相転移と関わりがあり、コーティング直後の状態から熱処理後の状態までの間に認められる。この相転移は、ある例では、典型的な焼入れ処理及び/又は熱処理工程時にコーティングが暴露される最高温度よりも低い温度で生じる。酸化チタンをベースとする層の厚さが増すほど、引張残留応力は大きくなる。酸化チタンをベースとする層(例えば、TiOx)の厚さ次第では、酸化チタンをベースとする層の高い引張応力を3層スタック全体の大きな正味の引張応力として見積もることもある。
【0027】
したがって、ある例では、酸化チタン(例えば、TiOx)で作製された又は酸化チタンを包含する高屈折性の層を包含する焼入れ可能なARコーティングは、焼入れ処理及び/又は熱処理後に正味の圧縮残留応力を有する及び/又は向上させる他の層(例えば、中程度の屈折性の層及び/又は低屈折性の層)を含むことで、高温への曝露後に酸化チタンをベースとする層の高い引張応力を弱められれば有益であると考えられる。別の例では、高屈折率の酸化チタンをベースとする層7(例えば、TiOx)の物理的な厚さを低下できると同時に、焼入れ可能なARコーティングの好適な光学的厚さ範囲を、好ましい光学的性質を達成するまで維持できれば更に有益である。特定の実施態様例では、これによって当該層の正味の引張応力が有利に低減されて、コーティング全体の正味の圧縮残留応力が向上され得る。言い換えれば、特定の実施態様例では、酸化チタンをベースとする層の物理的な厚さが制限されかつ他の層が焼入れ処理及び/又は熱処理後に圧縮残留応力を有する材料で作製されている場合、驚くことに、化学的耐久性及び力学的耐久性を有するとともに優れた反射防止特性を有する焼入れ処理された被覆物品が得られることが分かった。
【0028】
本発明の特定の実施態様例では、低屈折性の層9は、ARコーティング3の高屈折性の層7の上に供給される。特定の実施態様例において、層9の(550nmにおける)屈折率は、約1.4から1.6、より好ましくは約1.45から1.55、最も好ましくは約1.48から1.52である。特定の実施態様例では、低屈折性の層9の380nmにおける理想の屈折率は、約1.48から1.52(及びその間の全ての部分範囲)である。更なる実施態様例では、低屈折性の層9の780nmにおける理想の屈折率は、約1.46から1.5(及びその間の全ての部分範囲)である。
【0029】
特定の実施態様例では、低屈折性の層9の厚さは、約70から130nm、より好ましくは約80から120nm、なお更に好ましくは約89から109nm、最も好ましくは約100から110nmである。
【0030】
ある例では、低屈折性の層9を構成する材料は、中程度の屈折性の層及び高屈折性の層のどちらよりも屈折率が低いことが有益であり、また特定の実施態様例では、低屈折性の層9の屈折率は、コーティングを供給するガラス基板の屈折率よりも低くてよい。低屈折性の層に使用する材料の一例は酸化ケイ素(例えば、SiOx)である。
【0031】
酸化ケイ素(例えば、SiOx)を特定の実施態様例において焼入れ可能な3層ARコーティングの低屈折性の層として使用することは、酸化ケイ素の屈折率が低くしかも化学的耐久性及び力学的耐久性が高いことから有益である。また、特定の実施態様例では、酸化ケイ素をベースとする低屈折性の層は有利なことに、コーティング直後及び熱処理/焼入れ処理後のいずれの状態においても圧縮残留応力を有する。特定の実施態様例では、酸化ケイ素をベースとする低屈折性の層の圧縮残留応力は、酸化チタンをベースとする層の引張残留応力を弱めるのに役立つ可能性がある。特定の実施態様例では、圧縮残留応力を有する低屈折性の層を高い引張残留応力を有する高屈折性の層と併用すると、焼入れ可能な3層ARコーティングの正味の圧縮応力を向上させるのに役立つ。このことは、有利なことに、特定の実施態様例において被覆物品の焼入れ処理及び/又は熱処理時にARコーティング3の亀裂を阻止するのにも役立つ可能性もある。
【0032】
図1及び図2のARコーティング3は、図1及び図2に示すガラス基板1の1主面にのみ供給されてよい。一方、図3は、本発明の一実施態様であって、コーティング3がガラス基板1の両方の主面に供給されたものを表している。つまり、第1ARコーティングが基板1の第1主面に供給され、そして第2ARコーティングが基板1の第2主面に供給されている。
【0033】
特定の実施態様例では、焼入れ可能なARコーティングは、望ましくない反射を抑えるように設計され得る。大抵の場合、98%超の透過率が好ましい額縁のガラスでのARのように、反射を低減させると透過率が増加する。しかし、透過率の増加が必ずしも好ましいとは限らない場合がある。例えば、ディスプレイにおいてブラックマトリックスに重ねた領域のARコーティングの反射はできる限り低い方が有効であるが、透過率(T)はどちらかといえば重要ではない。言い換えると、当業者には透過率が基板及び/又は用途に少なくともある程度左右されることが分かるであろう。
【0034】
反射防止コーティング3を有する被覆物品は、本明細書に記載の特定の窓用途に有用である。この点で、本発明の特定の実施態様例に係る被覆物品は、可視透過率が少なくとも約50%、より好ましくは少なくとも約60%、最も好ましくは少なくとも約70%であってよい。このような窓は、単枚ガラス窓、絶縁ガラス(IG)ユニット及び/又は真空絶縁ガラス(VIG)ユニット等であってよい。IG及び/又はVIG応用例では、1枚以上の基板で、本明細書において示して説明したような反射防止コーティング3を支持してもよい。
【実施例】
【0035】
実施例1:ARコーティング3の例は次の通り作製した。すなわち、約95nm厚のSiO層5(中程度の屈折性の層)、約21nm厚のTiO層7(高屈折性の層の例)及び約105nm厚のSiO層9(低屈折性の層の例)とした。透明ガラス基板は、厚さが約5mmであり、ソーダ石灰シリカ系ガラスであった。層5、層7及び層9はそれぞれ、ガラス基板1にターゲットをスパッタすることで堆積させた。コーティング3は、図1に示すように、ある例ではガラス基板の一主面にのみ供給したが、図3に示すように、別の例ではガラス基板の両方の主面に供給されてもよい。コーティングには650℃で10分間焼入れ処理を行った。
【0036】
図4は、コーティング直後と焼入れ処理/熱処理後の3層可視ARコーティングの、入射角8°で白色光を用いたときの、第1表面反射率の比較を表すグラフである。図4は、中程度の屈折率性の層5に関して(550nmにおいて)約1.7から1.8の屈折率をガラス基板の一主面上で得られるように調節したSiOxNyを有する実施例の反射スペクトルを表している。約450から650nmまで、とりわけ約500から600nmの波長域において優れたAR特徴(例えば、低R%)が得られることが分かる。明所視の反射(CIE−C、2°)は設計によって最小限に抑えられ又は低減されて、実測値は0.4%未満であった。本発明の特定の実施態様例では、被覆物品の明所視の反射は約3.0%未満、より好ましくは約1.0%未満、さらに好ましくは約0.5%未満、最も好ましくは約0.25%未満であった。
【0037】
図5は、堆積直後のコーティングと焼入れ処理/熱処理後のコーティングとの間の反射スペクトル応答の変化(ΔR=焼入れ後のR−コーティング直後のR)を、色計算で用いられる三刺激値と比較して表したグラフである。最も大きな反射率の変化は、三刺激値がほぼゼロの領域で生じている。これにより、コーティング直後の状態と焼入れ処理/熱処理後の状態との間での反射色の変化量が低減される。この考察は光源とは無関係である。
【0038】
図6は、垂直入射(111.2°)(背面反射を含む)におけるコーティング直後の可視反射率、可視透過率及び色の数値を表す表である。
【0039】
図7は、図6の試料を650℃に10分間暴露した後で得られた光学品質を表す表である。
【0040】
図6及び図7は、コーティング直後の状態と焼入れ処理/熱処理後の状態との間で示された光学品質の変化を比較するのに使用できる。示した光学品質は、96インチの全幅にわたって実質的に等間隔の塗工機横断位置3か所(P、C、V)におけるものである。本発明の様々な実施態様では当然、塗工機位置の数、その配置及び/又は全幅を変更することが可能である。焼入れ処理を行うと、可視透過率は増加し、可視反射は低下し、そして反射によるカラーシフトは非常に小さかった(ΔE<2)。色は焼入れ環境に暴露した後も工業基準範囲内であると考えられる。
【0041】
図8は、特定の実施態様例の焼入れ可能な3層ARコーティングの応力に関する追加データを表す表である。図8は、実施例1並びに比較例と同様の方法で作製したコーティングに関する情報を収容するものであって、必ずしも実施例1自体からの反射情報というわけではない。図8中の第1コーティング(a)は、本発明の特定の実施形態例に係る3層ARコーティングであり、堆積直後のコーティング並びに650℃で10分間熱処理及び/又は焼入れ処理を行った後のコーティングにおける正味の残留応力の値と種類を示している。負のσ値及びσ値は応力が圧縮に関するものであることを示す。他方、正の値は引張応力を示している。コーティング(a)、(b)及び(c)において、堆積直後の正味残留応力値はいずれも負である。つまり、堆積直後には、これらコーティングはそれぞれ圧縮残留応力を有している。しかし、熱処理及び/又は焼入れ処理を行うと、前記コーティングの応力は、引張残留応力の方へ変わる。図8から分かるように、コーティング(a)の酸化チタンをベースとする層の厚さは19nmである。酸化ケイ素をベースとする層及びオキシ窒化ケイ素をベースとする層の圧縮残留応力は酸化チタンをベースとする層の引張残留応力よりも高いので、コーティング(a)の正味の残留応力は熱処理後でも引張よりもむしろ圧縮に関するものである。特定の実施態様例では、この正味の圧縮応力によって、(正味の引張応力を有するコーティングに比べて)より耐久性に優れたコーティングがもたらされる。比較コーティング(b)及び(c)からは、酸化チタンをベースとする層の方が厚い(コーティング(b)が100nm及びコーティング(c)が102nm)場合に、熱処理後、正味の残留応力が引張に関するものとなる(正のσ値及びσ値で示される)ことが分かる。単層(i)及び(ii)に関する応力値は、酸化ケイ素をベースとする層とオキシ窒化ケイ素をベースとする層の残留応力がいずれも、熱処理の前後共に圧縮に関するものであることを示すためだけに提示している。これらの圧縮残留応力値はそれぞれ、酸化チタンをベースとする層の引張残留応力を弱めるように働く。
【0042】
図8からは、加熱後でも圧縮残留応力を有するいくつかの層をコーティング中に包含すること及び/又は引張残留応力を有する層を薄層化することによって、有利なことに、熱処理後でも正味の圧縮残留応力を有するコーティングが得られることが分かるであろう。特定の実施態様例では、引張応力を生じやすい層を薄層化できる場合、及び/又はそうではなく、引張応力がスタック内の他の層の圧縮応力よりも小さくなるように改変できる場合、スタック/コーティング全体の正味の残留応力が圧縮に関するものとなる可能性がある。したがって、熱処理後でも耐久性を維持する焼入れ可能な3層構造のARコーティングは、特定の実施態様例では、(1)圧縮残留応力有する層、例えば酸化ケイ素等の低屈折性の層及びオキシ窒化ケイ素等の中程度の屈折性の層を包含することにより、並びに/又は(2)高屈折性の酸化チタンをベースとする層のように引張応力を示し易い層を、例えばその厚さを約25nm未満(より好ましくは約22nm未満、なお更に好ましくはおよそ20nm以下)まで低下させることによって改変することにより、製造され得る。上述の説明は例示を目的とするものである。他の実施態様例では、(加熱後でも)正味の圧縮応力を有する層を別の方法で製造してもよい。
【0043】
図9は、図8のコーティング(a)及び(b)の、堆積直後の応力と加熱後の応力を比較したグラフである。図9からは、コーティング(a)が加熱前後でいずれも圧縮残留応力を有することが分かる。図9からはまた、コーティング(b)(厚さ100nmの酸化チタンをベースとする層を包含する比較例)が加熱前には正味の圧縮応力を有していたが、熱処理後にはコーティング(b)が正味の引張応力を有していることも分かる。特定の実施態様例では、コーティング全体に(例えばコーティング(a)に)現れる引張残留応力の量を低減することで、コーティングの耐久性向上に役立つこともある。
【0044】
実施例2:焼入れ可能なARコーティングをガラス基板の両面に適用した(例えば、両面コーティングを作製した)。
【0045】
両面コーティング(図3に示すようなもの)もまた、フロートガラスのSn面にコーティングした場合、研磨などの追加の表面処理を必要とせず、焼入れ処理/熱処理処理工程後でもその光学品質及び審美的品質を維持している。実施例1に関連して前段落で述べたコーティング設計をガラスの第2表面(又はSn面)に適用することで、双方の干渉からの反射全体を抑えることも可能である。
【0046】
図10は、前記設計を低鉄ガラスの両面に適用した場合の、焼入れ処理/熱処理前後に得られた光透過率を表している。明所視の光透過率は、焼入れ環境へ暴露した後に増加して、3.2mmの低鉄ガラスに対して垂直入射において99%を超える。
【0047】
図11は、SiOxNy、TiOx及びSiOxをそれぞれ中程度の屈折性の層、高屈折性の層及び低屈折性の層に使用した場合の、焼入れ可能なARコーティング3における物理的な厚さ範囲例及び屈折率範囲例を表している。図9は、本発明の好ましい実施態様において各層で使用した厚さの例を示しているが、別の例では、各層にその他の物理的な厚さを使用してもよい。
【0048】
各層の厚さ範囲例は次の通りである。
【表1】
【0049】
特定の実施態様例では、本明細書に記載のARコーティングは薄い低鉄ガラスに使用され得る。低鉄ガラス基板の例は、例えば米国出願番号12/385,318、並びに米国出願公開番号2006/0169316、同2006/0249199、同2007/0215205、同2009/0223252、同2010/0122728及び同2009/0217978に開示されており、これらそれぞれの内容は全て参照として本明細書に組み込まれる。特定の実施態様例では、実施例2を3.2mmの低鉄ガラスに適用した場合、可視透過率は約99%であることを確かめた。しかし、本明細書に記載の被覆物品の可視透過率は、所望の最終用途に応じて、少なくとも約85%であり、少なくとも約90%のときもあり、少なくとも約95%のときもあり、また、それ以上に高いこともある(例えば、約99%)。
【0050】
以下の表は、低鉄ガラス上の片面ARコーティング及び両面ARコーティングについての、コーティング直後から熱処理後までのカラーシフトを表す。熱処理工程によって、コーティングの審美的(例えば、反射色)品質に対する影響がかなり軽減する(また、なくす場合もある)ことが分かるであろう。例えば、本明細書に記載のコーティング例は、堆積直後に紫色の色相を呈している。紫色の色相例は熱処理後も維持される。このことは、反射色に関して、審美的品質が、それに見合う、望まれる多くの用途において特に好ましい。
【0051】
【表2】

【0052】
【表3】
【0053】
【表4】
【0054】
【表5】
【0055】
本明細書に記載の層は、特定の実施態様例では化学量論的なもの及び/又は実質上完全に化学量論的ものであってよいが、別の実施態様例では、各層は準化学量論的なものであってよい。ただし、任意の好適な化学量論が本明細書に記載のどの層の例に関しても使用可能であることが分かるであろう。
【0056】
また、幾つかの例では、例示したコーティング3の下に、その内側に又はその上に他の層を供給してもよい。したがって、層システム又はコーティングは(直接的に又は間接的に)基板1「の上にある」か又は基板1「によって支持されている」が、他の層はそれらの間に供給されてもよい。そのため、例えば図1のコーティング3及びその各層は、他の層が層5と基板1の間に供給されていても、基板1「の上にあり」かつ基板1「によって支持されている」とみなすことができる。さらに、例示したコーティングの特定の層は、特定の実施態様例では取り除かれてもよく、また、本発明の他の実施態様では、本発明の特定の実施態様の趣旨全体を逸脱しない範囲で他の層が追加されてもよい。別の特定の実施態様例では、コーティング3は本質的に層5、7及び9からなるものであってよく、層9は大気に晒されていてよい(例えば、特定の実施態様例では、層9がコーティングの最外層であってよい)。
【0057】
本明細書に記載の実施態様例は、様々な用途について使用され得る。例えば、本明細書に記載の実施態様例にしたがって製造された片面ARコーティングは、例えば商業地域若しくは住宅地における照明、又はスポーツ時の照明、或いは他の大きな会場用若しくは競技場用の照明、一般的な照明用途、タッチスクリーン等の用途に使用してもよい。本明細書に記載の実施態様例に従って製造された両面ARコーティングは、例えば電子機器、ディスプレイ、電化製品、建物外面等の用途に使用してもよい。当然、他の用途も本明細書に開示した実施態様例に利用可能である。
【0058】
本明細書に記載の被覆物品(例えば、図1から3参照)は、特定の実施態様例では熱処理(例えば、焼入れ処理)を行ってもよく、又は熱処理をしなくてもよい。このような焼入れ処理及び/又は熱処理は、典型的には少なくとも約580℃、より好ましくは少なくとも約600℃、なお更に好ましくは少なくとも620℃の温度を用いる必要がある。本明細書で使用するとき「熱処理」及び「熱処理を行うこと」という用語は、物品を含めたガラスに焼入れ処理(thermal tempering)及び/又は倍強化処理を行うのに十分な温度まで物品を加熱することを表す。この定義には、例えば、被覆物品をオーブン又は炉内で少なくとも約550℃、より好ましくは少なくとも約580℃、より好ましくは少なくとも約600℃、より好ましくは少なくとも約620℃、最も好ましくは少なくとも約650℃の温度において、焼入れ処理及び/又は倍強化処理を行うのに十分な期間加熱することが包含される。これは、特定の実施態様例では、少なくとも約2分間であってよく、又は約10分以内であってよい。
【0059】
本明細書に記載の層のうち幾つか又は全ては、スパッタ法、又は例えば燃焼気相成長法や燃焼堆積法等のような他の好適な成膜技法によって基板1に直接的に又は間接的に堆積されてよい。
【0060】
現在最も実用的でかつ最も好ましい実施態様であると考えられるものについて本発明を説明してきたが、本発明は、開示した実施態様に限定されるものではなく、むしろ添付の特許請求の範囲の趣旨及び範囲に包含される様々な変更点及び同等の配置をも網羅するものと解されるべきである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
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図10
図11