(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
二次粒子の平均粒径が0.5μm以上10μm以下であり、炭素濃度が0.04〜0.3質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極材。
前記炭化水素系燃料の燃焼によりカルボキシル基を生成させ、当該正極材の表面に吸着配向させることを特徴とする請求項3に記載のリチウム二次電池用正極材料の製造方法。
【背景技術】
【0002】
再充放電可能な二次電池の一種であるリチウムイオン電池は、主にリチウム合金酸化物の正極材、液体有機電解質、セパレータおよび炭素材料の負極から構成されている。このリチウムイオン電池は、携帯電話、スマートフォン、デジタルカメラ、ビデオカメラ等の電子機器のバッテリー用途を中心として用いられている。併せて、近年の地球温暖化の問題も伴い、ハイブリット自動車や電気自動車等の車両に搭載されるリチウムイオン二次電池の需要も急速に拡大している現状がある。
【0003】
ところで、リチウムイオン二次電池の正極材料としては、コバルト酸リチウムが主流であるが、原料となるコバルトが高価である。このため、コバルト酸リチウムを正極材料として用いるリチウム二次電池は、小型携帯機器向けとして実用化されてはいるが、ハイブリッド自動車や電気自動車等の大型電池に用いることは困難である。
【0004】
これに対して、例えば、スピネル型マンガン酸リチウムは、埋蔵量の多いマンガンを利用するため、製造コストの低減と安定供給を実現できる可能性がある。そして、リチウムイオン二次電池が車載用途で本格的に採用されつつある状況において、「高エネルギー密度化」、「高出入力化」、「長寿命」、「高い安全性」及び「低コスト」等の課題に対して、日々活発に研究開発が行われている。
【0005】
従来のリチウムイオン二次電池は、瞬時に大電流を取り出すことが難しいという課題があった。一方で、リチウムイオン二次電池を動力源として用いる際には、建機の発進時やアームの動かし始めなどの瞬時に大きな力(電流)が必要な場合や、ハイブリッド車や電気自動車の急発進時や急停止などにおける回生時に対応する必要がある。このため、大型のキャパシタ等を併設して使用しているのが現状である。
【0006】
特に、自動車にエネルギー源として積載する場合、瞬時に大電流を取り出す機能を電池だけで達成しようとすると、非常に大きな容量の電池を積載する必要があり、コストが問題となる。さらに、電池の重量だけで全重量の大半を占めることにもなり、電池を運搬するために更に電池を多く積載する必要が発生するため、移動体としての機能を発揮できない問題が発生する。
【0007】
このような背景から、自動車に積載する場合、リチウムイオン二次電池には、航続距離を高めるための電池の高電気容量化だけではなく、小さい電池においても急発進、急停車に耐えられる急速充放電特性を備えていることが求められている。
【0008】
その一方で、リチウムイオン二次電池には、高い安全性も求められている。高いエネルギー密度の電池が開発されるにつれて、小さい容積の中に大きなエネルギーが蓄えられていることから、一旦電池反応が暴走すると爆発的なエネルギー放出がおこり、発熱、発火、破裂等の現象を起こすおそれがあるという課題がある。
【0009】
このような課題に対して、高い安全性を備えたリチウム二次電池用正極材として、マンガン酸リチウム(LiMn
2O
4)等が開発されている。このマンガン酸リチウムは、従来の正極材料であるコバルト系酸化物に比べて、電池反応におけるリチウムの交換をより安全に行うことが可能となる。また、マンガン系酸化物の特徴としては、中心金属であるマンガンが低コストで埋蔵量が豊富であること、環境負荷が比較的低いこと、充電時の安定性が高いこと等が挙げられる。
【0010】
ところで、マンガン酸リチウム(LiMn
2O
4)は、スピネル型構造の結晶構造をとり、空間群はFd3mである。また、立方最密充填構造をとる酸素が8aサイトの四面体位置を占めている。そして、Liが結晶構造内を拡散する際には、LiとMnは、8aサイトと空の八面体位置である16cのサイトとを、「8a→16c→8a」のように、それぞれジグザグに進むことが明らかになっている。
【0011】
また、マンガン酸リチウム(LiMn
2O
4)とリチウムイオンとの反応式は、下記式(1)となる。
【0012】
【化1】
【0013】
上記式(1)に示すように、マンガン酸リチウム(LiMn
2O
4)とリチウムイオンとの反応は、インターカレーション反応およびデインターカレーション反応となり、Liイオンの脱挿入が行われる。ここで、インターカレーション反応は、一般にリチウムイオンが結晶構造の空間に安定的にはまり込む反応である。したがって、当該空間が小さいとリチウムイオンの脱挿入により正極材の体積膨張・収縮が発生するといった問題が生じるが、マンガン系正極材はリチウムイオンが挿入可能なサイトが相対的に多いことから、大容量の電池として利用できる可能性がある。
【0014】
しかしながら、一方で、マンガン酸リチウムで構成されるリチウム二次電池用正極材は、金属酸化物が主体であるため、一般的に材料自身の導電性が低いとされている。リチウムがインターカレーション反応後、電子の伝達により電池が起電力を得ることが可能となるが、材料の導電性低いことは、電池内部の抵抗が高く電池の外に有効な電子が取り出しにくいことにつながる。これらの問題を解決するために、特許文献1〜3には、マンガン酸リチウムから構成されるリチウム二次電池用正極材の性能を改善する方法が提案されている。
【0015】
ここで、特許文献1には、リチウムの移動を迅速に行うことを目的として、正極材粒子を小粒径化したリチウム電池活物質材料の噴霧熱分解法による製造方法が開示されている。
【0016】
具体的には、特許文献1には、従来の噴霧熱分解法によるマンガン酸リチウムを主体とした正極材製造方法においては、高い結晶化を目指して高温で焼成を実施する際、スポンジ状の中空粒子が結晶成長する現象を、結晶促進剤を添加することで高結晶化と小粒径化による比表面積の増大を達成できることが開示されている。また、正極材の大きな粒子は、充放電時に粒子内部までリチウムイオンが入りにくく、(固体内拡散律速)なることにより、活物質の反応性に影響を及ぼすため、小粒径化が反応性の高い正極材には必要であることが開示されている。
【0017】
併せて、正極材粒子の中に、突然大きな粒径の結晶粒子が存在すると塗布工程における塗布膜の均一性にかける問題が発生する。粒子径は、適度でかつ粒度分布はシャープな分布をもつことが重要である。
【0018】
また、特許文献2には、リチウム電池に用いる正極材の、導電性を確保するために多孔質正極材粒子表面に炭素の導電層(第2の導電層)が存在し、加えて多孔質正極材粒子表面の炭素の導電層(第2の導電層)同志を連結する繊維状の炭素材料を混合したリチウム電池に用いる正極材料が開示されている。また、正極材表層に、金属、導電性有機材料、導電性カーボンなどの3〜10nmの導電層を保持する正極材が開示されている。加えて、上記導電層を電気的に接続するため、繊維状の導電性繊維を加えることにより正極材同志を電気的に接続可能な正極材が開示されている。一方で、特許文献2に開示された技術は、リチウムイオンのインターカレーション反応を促進する目的で、多孔質リチウム酸化物の導電性を高めるため導電性物質を数wt%の多量の添加することにより、電池の正極中の正極材含有量が小さくなり、結果として電池の大きさに対する電池容量が低下するという問題を含んでいる。
【0019】
また、特許文献3には、導電性を確保するために、マンガン酸リチウムの粒子表面に有機物を被覆したリチウム二次電池用正極材料が開示されている。また、マンガン酸リチウム粒子表面に、有機化合物が特にアミノ基及びカルボキシル基の一方又は両方を含み、マンガン酸リチウムに対して0.01〜1.0wt%の含有していることものが、充電時のマンガン溶出量の抑制、高温保存性、高温サイクル特性に優れた正極材であるとされている。しかしながら、特許文献3に開示された正極材は、マンガン酸リチウムの高温下における特性向上を目指したものであり、正極材の電池容量の低下、内部抵抗の増大の問題を解決に資する目的ではない。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明を適用した一実施形態であるリチウムイオン二次電池用正極材について、その製造方法とあわせて、図面を用いて詳細に説明する。
なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
【0034】
<リチウムイオン二次電池用正極材>
先ず、本発明を適用した一実施形態であるリチウムイオン二次電池用正極材の構成について説明する。
本実施形態のリチウムイオン二次電池用正極材(以下、単に「正極材」という)は、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)で測定した際に得られるピークから、粒子表面にカルボキシル基が吸着配向し、かつ、電子スピン共鳴(ESR)を測定した際に得られるスピン濃度が、1.5×10
17(spins/g)以上であるマンガン酸リチウム(LiMn
2O
4)を含んで構成される。なお、試料中のマンガン酸リチウムの純度は、90〜99.99%で範囲であった。
【0035】
本実施形態の正極材の電子スピン共鳴(ESR)の測定は、市販の装置(例えば、日本電子株式会社製、「JES-RE3X」等)を用いて行うことができる。ここで、電子スピン共鳴(ESR)は、電気化学反応により生成する中間体や最終生成物を測定する方法である。反応機構を解明する上において、溶媒和電子、酸素、有機化合物、金属錯体の不対電子対を持った化学種のESR測定を行うことでスピン濃度(不対電子量)を得ることは有力な方法である。
【0036】
また、電子スピンの遷移に基づく電磁波の吸収によるESRシグナルを計測し、化学種の濃度や構造が判明すれば反応機構の解明に役立つ。ここで、ESR測定によって得られるシグナルは、横軸が磁場強度、縦軸が共鳴吸収の強度である。そして、スペクトルから得られるg値や、電子スピンと常磁性核種の相互作用でのESRシグナルに生じる超微細構造の情報から、ラジカル同定や構造解析を行うことができる。また、スペクトルの面積からスピン濃度を求めることができる。
【0037】
表1に、電子スピン共鳴(ESR)の測定条件を示す。なお、本測定では、テンポール水溶液を標準物質として、スピン濃度を求めた。
【0039】
本実施形態の正極材のフーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)の測定は、市販の装置(例えば、堀場製作所製、「FT−720」等)を用いて行うことができる。表2に、FT−IRの測定条件を示す。
【0041】
本実施形態の正極材におけるフーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)の測定結果では、1644cm
−1、1419cm
−1〜1364cm
−1に特徴的なピークが見られる。上述した波数に帰属するピークは、「C=O伸縮」、「C=C伸縮」、「N−H変角」であることから、カルボン酸、ケトン、アミン、アルケン等が挙げられる。一方、1800cm
−1付近にピークが見られないことから、カルボニル基、ケトン基ではなく、1400cm
−1付近の特徴的ピークから、正極材表面に配向吸着している炭素成分が「−COO−基(カルボニル基)」であることが判明した。
【0042】
本願の発明者らは、正極材のフーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)による測定と、電子スピン共鳴(ESR)のスペクトルの標準化積分強度を求めることにより、正極材の表面においてカルボキシル基が吸着配向し、かつ、電子スピン共鳴(ESR)を測定した際に得られるスピン濃度が、1.5×10
17(spins/g)以上の値を示す場合に、高速充放電が可能な正極材を達成できることを見出した。
【0043】
なお、本実施形態の正極材の充放電特性は、サイクリックボルタモグラフ(以下、単に「CV」という場合がある)の測定を行うことで評価することができる。ここで、サイクリックボルタモグラフは、電気化学において一般的な測定法の一つである。具体的には、電位掃引を繰り返し行い、その時の電流の応答を観察する方法である。また、一般的に、この測定法によって得られる電流―電位曲線から、反応の可逆性、電気量、反応速度を求めることができる。本実施形態においては、CV測定によって、正極材の電気化学反応特性を調べることができる。
【0044】
本実施形態の正極材の電気化学反応特性は、電気化学セルを作製してCV測定することにより、調べることができる。具体的には、スクリュー管に電池式「Au|LiMn
2O
4|LiPF
6 EC+DEC|Pt」で表されるセルを作製する。また、マンガン酸リチウムのサンプルは、金電極に直接打ち込むことにより、作製することができる。
【0045】
CV測定は、カレント電流を100μA、電圧−0.5V〜+1.0Vの条件で、掃引速度を変化させ、マンガン酸リチウム特有の電気化学反応におけるリチウム由来の二つの電流ピークが見えなくなる限界値を測定する。
【0046】
本実施形態の正極材は、本願発明者らが上述したCV測定を実施したところ、掃引速度50mV/s、より好ましくは掃引速度100mV/sでの充放電が可能な、優れた高速充放電特性を有することが判明した。
【0047】
本実施形態の正極材は、粒子の平均粒径が0.5μm以上10μm以下であることが好ましく、1μm以5μm以下であることがより好ましい。ここで、粒子の平均粒径が0.5μm未満のサイズであると、正極材表面の活性が高まり、50〜60℃の弱高温下において容量の劣化が激しくなるという問題があるために好ましくない。一方、10μmを超えると、粒子表面から正極材内部までの距離が大きくなることにより、充放電の際、正極材の内部まで電子、リチウムイオンの移動反応速度が低下するために好ましくない。これに対して、上記範囲内であると、弱高温下での容量低下を防ぎつつ、充放電の際にリチウムイオンの移動、電子の移動速度が低下しないため、高速充放電可能な電池正極材として機能するために好ましい。
【0048】
なお、本実施形態の正極材の粒子径の測定は、市販の装置(例えば、島津製作所製のレーザー回折式粒度分布測定装置等)を用い、レーザー散乱法によって測定することができる。
【0049】
本実施形態の正極材は、組成成分中の炭素濃度が0.04質量%以上0.3質量%以下であることが好ましく、0.10質量%以上0.2質量%以下であることがより好ましい。ここで、炭素濃度が0.04質量%未満であると、正極材粒子表面におけるカルボキシル基の量が非常に少なくなるため、正極材表面での電子伝達が律速となり、高速充放電に追随できない現象がみられるために好ましくない。
【0050】
一方、炭素濃度が0.3質量%を超えると、正極材中に含まれる炭素濃度が増加して正極材の容量低下につながるために好ましくない。これに対して、炭素濃度が上記範囲内であると、リチウムイオンと正極材間とのインターカレーション反応、デインターカレーション反応に追随可能となり、高速充放電可能な正極材となるために好ましい。
【0051】
なお、本実施形態の正極材の炭素濃度の測定は、市販の分析装置(例えば、堀場製作所製の炭素・硫黄分析装置等)を用い、酸素気流中燃焼−赤外線吸収法により計測することができる。
【0052】
また、本実施形態の正極材の粉体の、交流インピーダンスおよび比誘電率の測定は、専用の電極のついた測定治具に所定量の粉体試料を充填し、市販のLCRメータ(例えば、NFコーポレーション製、「ID135」等)により、粉体活物質の交流インピーダンスを計測することができる。併せて、粉体活物質の静電容量を計測し、求めた静電容量から比誘電率を計算することができる。
【0053】
ところで、電極と電解液との界面のような、異相間の界面を電荷が移動して起こる電極反応では、一般的に、粉体の界面の物理的な条件や界面の物性により支配されることが判明している。
【0054】
本実施形態の正極材は、当該正極材の表面に有機化合物が付着していることが好ましい。正極材の表面に有機化合物が偏析することなく付着することによって、上述した炭素濃度が示すように、少ない付着量によって高いコンダクタンスおよび低いインピーダンスを示す正極材が得られる。すなわち、インターカレーション反応およびデインターカレーション反応に追随可能な導電性の付与効果を得ることができる。
【0055】
<リチウムイオン二次電池用正極材の製造方法>
次に、本実施形態のリチウムイオン二次電池用正極材の製造方法について、それに適用可能な加熱炉の構成と併せて説明する。
【0056】
先ず、本実施形態の正極材の製造方法に適用可能な装置の構成について説明する。
本実施形態の正極材の製造方法に適用可能な装置としては、炭化水素系燃料をバーナで燃焼させる燃焼装置を挙げることができる。燃焼装置としては、具体的には、例えば、
図1に示す炉壁加熱型や、
図2に示す原料直接加熱型が挙げられる。
【0057】
図1は、本発明の一実施形態であるリチウムイオン二次電池用正極材の製造方法に適用可能な炉壁加熱型の加熱炉を有する燃焼装置の構成の一例を示す図であり、(a)は加熱炉の断面図、(b)は(a)中に示すA−A線に沿った断面図、(c)はバーナの断面図をそれぞれ示している。
図1(a)に示すように、燃焼装置11は、正極材を合成するための加熱炉12、加熱炉12の炉壁に設けられたバーナ13、液体原料を加熱炉12内に噴霧するための噴霧装置14、生成した粒子を捕集するためのバグフィルター15及び装置全体を吸引するためのブロワー16を備えて概略構成されている。
【0058】
加熱炉12は、鉛直方向に縦長となる形状となっており、炉体A〜Dが上方から下方に向かって積層されている。炉体A〜Dの炉壁には、複数本のバーナ13と、炉内の温度を測定するための温度センサー17とが、それぞれ配設されている。すなわち、加熱炉12は、炉壁加熱型となっている。
【0059】
バーナ13は、
図1(b)に示すように、炉内壁の接線方向に火炎を噴出させるようにそれぞれ配設されている。また、バーナ13は、
図1(c)に示すように、耐火物又は水冷ジャケットとして機能する筒状部材18と、この筒状部材18内に設けられたバーナノズル19とから概略構成されている。
【0060】
バーナノズル19は、
図1(c)に示すように、中央部にLPG等の液体燃料を供給するための供給路19aが設けられ、この供給路19aの外側に酸素等の支燃性ガスを供給するための供給路19bが設けられた噴霧ノズルである。なお、バーナノズル19の構成は一例であり、これに限定されるものではない。
【0061】
なお、
図1では、各炉体にバーナ13が4本、温度センサー17が2本設けられた例を示しているが、バーナ本数及び温度センサー数はこれに限定されるものではない。
【0062】
噴霧装置14は、
図1(a)に示すように、液体原料を加熱炉12内に微粒化噴霧させるために当該加熱炉12の上部に設けられている。なお、噴霧装置14の噴霧方式は、特に限定されるものではなく、圧力噴霧であってもよいし、二流体噴霧であってもよい。
【0063】
燃焼装置11の使用方法は、
図1(a)に示すように、先ず、噴霧装置14から液体原料を加熱炉12内に噴霧させる。加熱炉12内に噴霧された液体原料は、バーナ13を熱源として溶液が蒸発して、正極材の粒子が析出する。球状になった粒子は、加熱炉12の下部に設けられた排出口から、燃焼排ガスや排ガス温度を冷却するための吸引空気とともに排出され、バグフィルター15で分離回収される。
【0064】
図2は、本発明の一実施形態であるリチウムイオン二次電池用正極材の製造方法に適用可能な原料直接加熱型の加熱炉を有する燃焼装置の構成の一例を示す図であり、(a)は加熱炉の断面図、(b)はバーナノズルの平面図、(c)はバーナノズルの断面図をそれぞれ示している。
【0065】
図2(a)に示すように、燃焼装置21は、正極材を合成するための加熱炉22、加熱炉22の上部に設けられたバーナ23、生成した粒子を捕集するためのバグフィルター25及び装置全体を吸引するためのブロワー26を備えて概略構成されている。なお、
図1に示す燃焼装置11との相違点は、加熱炉22の上部にバーナ23が設けられており、このバーナ23に液体原料の噴霧機構を設けた点である。
【0066】
加熱炉22は、
図2(a)に示すように、鉛直方向に縦長となる形状となっており、炉体A〜Dが上方から下方に向かって積層されている。炉体A〜Dの炉壁には、炉内の温度を測定するための温度センサー27(27A〜27D)が、それぞれ配設されている。すなわち、加熱炉22は、原料直接加熱型となっている。
【0067】
バーナ23は、
図2(b)及び
図2(c)に示すように、中心部に液体原料の噴霧機構となる二流体ノズル24が設けられている。この二流体ノズル24には、
図2(c)に示すように、原料溶液の供給路24aと噴霧用の酸素の供給路24bとが接続されている。これにより、バーナ23は、加熱炉22内に原料溶液を二流体噴霧可能となっている。
【0068】
また、バーナ23には、
図2(b)及び
図2(c)に示すように、二流体ノズル24の外側に燃料ガスの供給路23aが、さらに供給路23aの外側に酸素等の支燃性ガスの供給路23bがそれぞれ設けられている。これにより、バーナ23は、加熱炉22内に火炎を形成可能となっている。
【0069】
なお、
図2(b)及び
図2(c)に示すバーナ23の構成はあくまでも一例であり、安定かつ制御可能な火炎が形成可能であれば、特に限定されるものではない。
【0070】
燃焼装置21の使用方法は、
図2に示すように、先ず、バーナ23の中心部に設けた噴霧機構(二流体ノズル24)から液体原料を加熱炉22内に噴霧させる。同時に、液体原料の噴霧機構を取り囲むように燃料ガスと支燃性ガスとを噴出して燃焼させて、火炎を形成させる。加熱炉22内に噴霧された液体原料は、バーナ23を熱源として溶液が蒸発して、正極材の粒子が析出する。球状になった粒子は、加熱炉22の下部に設けられた排出口から、燃焼排ガスや排ガス温度を冷却するための吸引空気とともに排出され、バグフィルター25で分離回収される。
【0071】
次に、本実施形態の正極材の製造方法について説明する。
本実施形態の正極材の製造方法は、炭化水素系燃料を燃焼させて高温雰囲気を形成し、この高温雰囲気中にマンガンとリチウムとを含む液体原料を噴霧し、加熱して、マンガン酸リチウムを合成するものである。具体的には、上述した
図1に示す燃焼装置11又は
図2に示す燃焼装置12を用いて行うことができる。
【0072】
炭化水素系燃料としては、ガス燃料であれば特に限定されるものではない。具体的には、例えば、メタンガス、プロパンガス(LPG)、ブタンガス等を用いることができる。
【0073】
支燃性ガスとしては、炭化水素系燃料を燃焼可能な酸素濃度を有していれば、特に限定されるものではない。支燃性ガスとしては、具体的には、例えば、空気、21体積%以上の酸素濃度を有する混合ガスを用いることができる。また、支燃性ガス中には、酸素以外に、窒素、アルゴン、二酸化炭素等の他の成分が含まれていてもよい。
【0074】
炉内雰囲気としては、炉内温度が700〜1300℃であればよく、700〜1000℃の範囲が好ましく、600〜900℃の範囲がより好ましい。
【0075】
液体原料としては、マンガンとリチウムとを含むものであれば特に限定されるものではないが、硝酸マンガン水溶液と硝酸リチウム水溶液との混合液を用いることが好ましい。
【0076】
以上のように、本実施形態の正極材の製造方法によれば、炭化水素系燃料を燃焼させて高温雰囲気を形成し、この高温雰囲気中にマンガンとリチウムとを含む液体原料を噴霧し、加熱することにより、液体原料から晶析によってマンガン酸リチウムを合成することができる。また、炭化水素系燃料の燃焼によって生成するカルボキシル基を正極材の表面に吸着配向させることができるため、正極材に優れた導電性を付与することができる。
【0077】
以上説明したように、本実施形態の正極材によれば、粒子表面にカルボキシル基が吸着配向し、かつ、電子スピン共鳴(ESR)を測定した際に得られるスピン濃度が、1.5×10
17(spins/g)以上であるマンガン酸リチウムを含んで構成されているため、すなわち、電子伝導に必要最小限のカルボキシル基がマンガン酸リチウム粒子表面に吸着配向しているため、高容量でかつ優れた充放電特性を有する。
【0078】
また、本実施形態の正極材の製造方法によれば、炭化水素系燃料を燃焼させて高温雰囲気を形成し、この高温雰囲気中にマンガンとリチウムとを含む液体原料を噴霧し、加熱して、マンガン酸リチウムを合成するため、高容量でかつ優れた充放電特性を有するリチウムイオン二次電池用正極材が得られる。
【0079】
なお、本発明の技術範囲は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0080】
以下、具体例を示す。
<検証試験1>
(炉内温度の検証)
試験装置として、
図1及び
図2に示した燃焼装置を用いて、マンガン酸リチウムの合成を行った。試験条件を以下の表3に示す。
なお、原料は、マンガンとリチウムの硝酸塩を所定量混合した水溶液を用いた。また、炉内温度は、
図1(a)及び
図2(a)に示す炉体A〜Dの各内壁表面温度を測定し、C炉を代表値として炉内温度を調整するように試験条件を変更した。
【0082】
図3は、本発明の実施例において生成したマンガン酸リチウム粒子のX線回折パターンの一例を示す図であり、(a)は炉内温度が850℃、(b)は炉内温度が1050℃の場合を示している。
図3(a)及び
図3(b)に示すように、X線回析パターンにおいて検出されたピークは、マンガン酸リチウムの回折ピークであるが、加熱方式に関わらず炉内温度の上昇に伴って、18°付近のピークと36°付近のピーク比率に変化が見られることがわかった。36°付近のピークは、酸化マンガンの第一ピークであることから、炉内温度の上昇によりマンガン酸リチウムから酸化マンガンへの分解が進行することがわかった。
【0083】
図4は、本発明の実施例において、炉内温度とX回折パターンにおける18°/36°ピーク強度比の関係を示す図である。
図4中の横軸は、正極材を合成する際の炉内温度を示しており、縦軸は18°付近のピークと36°付近のピーク強度比を示している。
図4に示すように、正極材を合成する際の炉内温度が上昇することによって、酸化マンガンの分解が進行することが分かった。一方で、本発明のリチウムイオン二次電池用正極材の製造方法は、液体原料から加熱によりマンガン酸リチウムの結晶を析出させるため、あまり温度が低い場で合成すると、粒子の結晶性が低くなる問題もある。以上の結果から、適正なマンガン酸リチウムを合成できる温度範囲は、600℃〜900℃の範囲であることが分かった。
【0084】
<検証試験2>
(特性値および掃引速度の検証)
表4に、適正な温度範囲で合成されたマンガン酸リチウム(実施例)の粒子特性データを比較例とともに示す。なお、表4中に示す比較例1は、上述した特許文献1(特開2010−108928号公報)において開示された方法で製造したマンガン酸リチウム正極材である。また、比較例2は、固相法で合成されたマンガン酸リチウム正極材である。
【0086】
表4に示すように、正極材の平均粒径は、実施例が最も小さいことがわかった。このため、本発明のリチウムイオン二次電池用正極材の製造方法は、小粒子のマンガン酸リチウム正極材の合成に適しており、粒径が小さいことによりリチウムの移動時間が短縮できることが確認できた。一方、炭素濃度は、比較例と比べると実施例が高いが、上述した特許文献2(特開2009−158489号公報)と比較すると桁違いに低い濃度であった。それにも関わらず、本発明の実施例は、比較例と比べ、比誘電率とコンダクタンスが高く、粒子内部でのリチウムイオンの移動がはやく、かつ電気が流れやすい特性を持っていることが分かった。
【0087】
また、
図5は、本発明の実施例の高速充放電特性を評価するためにサイクリックボルタモグラフを測定した結果を示す図である。
図5に示すように、実施例は、掃引速度100mV/sにおいて、リチウム由来の充放電ピークが明確に観察された。これに対して、比較例1では、20mV/sまで、比較例2では5mV/sまでの掃引速度でしかリチウム由来の充放電ピークが観察されなかった。この結果、実施例は、比較例にくらべて極めて高速な充放電が可能であることがわかった。
【0088】
<検証試験3>
(粒子表面のラジカル種およびラジカル量検証と掃引速度の関係)
図6は、本発明の実施例におけるFT−IRでの分析結果を示す図である。
図6中の横軸は波数を、縦軸は吸光度をそれぞれ示している。
図6に示すように、正極材の粒子表面の官能基についてFT−IRで分析を行った結果、比較例1では見られないカルボキシル基のピークが実施例で観察された。さらに、実施例は、表4で示した通り、比誘電率が極めて高い。このことはカルボキシル基のπ結合の双極子モーメントがそろっていることを意味し、このことからカルボキシル基が吸着配向していることが確認できた。この結果、実施例は、比較的C濃度が低いにも関わらず、極めて良好な導電特性を持っていることがわかった。
【0089】
次に、正極材の粒子表面のラジカル量を調査するために、ESR分析を行い、スピン濃度と掃引速度との相関関係を把握した。
図7は、本発明の実施例において、スピン濃度と掃引速度との関係を示す図である。本検証試験では、比較例と実施例において、それぞれ複数種のサンプルを分析して、相関関係を把握した。なお、ESR分析では、様々なラジカル種のスピン濃度を総量として把握することできる。
【0090】
図7に示すように、カルボキシル基が吸着配向している実施例では、スピン濃度が1.5×10
17(spins/g)以上になると急激に掃引速度の上昇が見られた。これに対して、カルボキシル基の存在が認められない比較例では、スピン濃度が1.5×10
17(spins/g)以上においても掃引速度の上昇は見られなかった。