特許第6043969号(P6043969)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6043969
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/23 20060101AFI20161206BHJP
   B23K 9/16 20060101ALI20161206BHJP
   B23K 9/02 20060101ALI20161206BHJP
   B23K 9/073 20060101ALI20161206BHJP
   B23K 9/12 20060101ALI20161206BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20161206BHJP
   B23K 9/08 20060101ALI20161206BHJP
【FI】
   B23K9/23 K
   B23K9/16 J
   B23K9/16 M
   B23K9/02 S
   B23K9/073 545
   B23K9/12 305
   B23K9/173 A
   B23K9/08 B
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-503292(P2014-503292)
(86)(22)【出願日】2012年10月2日
(86)【国際出願番号】JP2012006292
(87)【国際公開番号】WO2013132550
(87)【国際公開日】20130912
【審査請求日】2015年9月18日
(31)【優先権主張番号】特願2012-50058(P2012-50058)
(32)【優先日】2012年3月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106116
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100170494
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 浩夫
(72)【発明者】
【氏名】川本 篤寛
(72)【発明者】
【氏名】向井 康士
(72)【発明者】
【氏名】藤原 潤司
【審査官】 竹下 和志
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−90629(JP,A)
【文献】 特開平6−285643(JP,A)
【文献】 特開平8−309533(JP,A)
【文献】 特開2007−216268(JP,A)
【文献】 特開2011−98375(JP,A)
【文献】 特開2010−82641(JP,A)
【文献】 特開昭64−48678(JP,A)
【文献】 特開昭53−140249(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 − 10/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面処理が行われた部材を溶接用のワイヤを用いて、短絡とアークとを繰り返しアーク溶接を行う溶接方法であって、
前記ワイヤから形成された溶滴を前記部材側に移行するステップと、
溶融プールを溶接進行方向とは反対方向に押して前記部材から発生した気体が発生箇所から抜けるように前記部材を溶接するステップと、を備え
前記ワイヤの後退送給により、前記ワイヤと前記溶融プールとの間の距離を1mm以上10mm以下とし、前記溶融プールを押すためのアーク力を生じさせる300A以上600A以下の第1の溶接電流を供給し、前記第1の溶接電流を第1の所定期間の間、一定とする、あるいは、徐々に増加あるいは減少させる溶接方法。
【請求項2】
前記部材を溶接する前記ステップにおいて、
前記部材を重ねて溶接を行い、前記部材の重ね合わせ部分が露出するように前記溶融プールを押す請求項1記載の溶接方法。
【請求項3】
前記部材を溶接する前記ステップにおいて、
前記部材を重ねて溶接を行い、前記部材の重ね合わせ部分の上部に位置する前記溶融プールの厚さが、前記部材から発生した気体が体積膨張して前記溶融プールを突き破って発生箇所から抜けることが可能な厚さとなるように前記溶融プールを押す請求項1記載の溶接方法。
【請求項4】
前記溶滴の移行から前記溶滴の次の移行までの間の第1の所定期間の間は、前記溶融プールを押して前記溶融プールを溶接進行方向とは反対方向に移動させ、
前記第1の所定期間の後は、前記溶融プールを押す力を低減する、あるいは、前記溶融プールを押す力をゼロにする請求項1から3のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項5】
前記第1の溶接電流は、300A以上、600A以下の範囲の溶接電流をアーク期間中に出力し、前記第1の溶接電流を出力する第1の所定期間は、2msec以上、10msec以下である請求項記載の溶接方法。
【請求項6】
前記溶滴の移行形態は、離脱移行と短絡移行とを繰り返す移行形態、あるいは、短絡移行主体の移行形態である請求項1からのいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項7】
前記溶滴の移行形態は短絡移行主体の移行形態であり、短絡発生直後に短絡検出時の溶接電流よりも低い溶接電流に溶接電流の電流値を低減する請求項1からのいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項8】
溶接用トーチのトーチ角度を後退角とした請求項1からのいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項9】
シールドガスとして、アルゴンガスに混合比率が20%以上、90%以下の範囲の炭酸ガスを混合したシールドガスあるいは炭酸ガスを用いる請求項1からのいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項10】
正送と逆送とを繰り返すワイヤ送給速度で前記ワイヤの送給を行う請求項1からのいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項11】
前記ワイヤ送給速度の正送と逆送との繰り返しを、所定の周期と所定の振幅とで周期的に行う請求項10記載の溶接方法。
【請求項12】
前記ワイヤ送給速度の正送と逆送との繰り返しは、周期的ではなく、溶接状態が短絡状態であることを検出すると逆送を行い、前記溶接状態がアーク状態であることを検出すると正送を行う請求項10記載の溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極である溶接ワイヤを用いてアーク溶接を行うアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛メッキ鋼板の溶接を行う場合、一般的に、短絡移行溶接(CO2溶接、MAG溶接)やパルスMAG溶接が広く用いられている。図6図7A図7Bは、亜鉛メッキ鋼板等の溶接を行う従来のアーク溶接方法を説明するための図である。図6は、溶接法として一般的な消耗電極式アーク溶接方法により亜鉛メッキ鋼板を溶接したときのビードの断面図を示している。図7A図7Bは、従来のアーク溶接方法を示す図で、図7Aは、溶接電流の時間に対する変化を示す図、図7Bは、ワイヤ送給速度の時間に対する変化を示す図である。
【0003】
亜鉛メッキ鋼板103および亜鉛メッキ鋼板104の表面にメッキされている亜鉛メッキ110の亜鉛の沸点は907度であり、鉄の融点1536度より低い。したがって、亜鉛メッキ鋼板103および亜鉛メッキ鋼板104に対してアーク溶接を行うと、亜鉛が気化し、この亜鉛の蒸気(以下、「蒸気亜鉛」とする。)が溶融プールを通過して外部に拡散しようとする。しかし、溶融金属の凝固速度が速い場合、蒸気亜鉛が外部に十分に拡散しきれず、溶接ビード107内および溶接ビード107表面に気孔120として残存する。気孔120が溶接ビード107内に留まる場合はブローホールとなり、溶接ビード107表面に開口する場合はピットとなる。ブローホールやピットはいずれも溶接後の溶接物の強度を損なうため、例えば、亜鉛メッキ鋼板が多く使用されている自動車業界では、発生の抑制がとりわけ必要であり、特にピットの発生量を規定して管理する場合が多い。
【0004】
また、図7Aおよび図7Bに示すように、Ar(アルゴン)あるいはArに炭酸ガスを25%以下の割合で混合したガスを用いてパルス溶接を行う場合を考える。この場合に、図7Aに示すように第1の期間TLと第2の期間THとの和を1周期とするうねり周期TWにより溶接電流Awを印加し、図7Bに示すワイヤ送給速度Wfでワイヤを送給して溶接を行うアーク溶接方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。図7Aに示すようにうねり周期TWの第1の期間TLは、第1の平均アーク力FLが溶融プールに作用する電流波形を有する。第1の期間TLは、パルス周期Tで、時間幅tLのピーク電流ILが流されている。また、第2の期間THは、第1の平均アーク力FLより大きなアーク力とされた第2の平均アーク力FHが作用する電流波形を有する。第2の期間THは、パルス周期Tで、時間幅tHのピーク電流IHが流されている。なお、この時のうねり周波数TWは、10Hz以上、50Hz以下の範囲で変動させている。
【0005】
アーク力は、溶融プールを押し下げる力として作用する。そのため、アーク力が、第1の平均アーク力FLと第2の平均アーク力FHとで変動することにより、溶融プールは波打つ状態となる。この波打つ状態により、溶融プール内に亜鉛メッキ層から気孔120が発生しても、この気孔120は溶融プールの流れおよび気孔120の浮力により溶融プールの表面に達し、溶融プールの外部に放出される。
【0006】
図7A図7Bを用いて説明した従来のアーク溶接方法では、実施例として、板厚1.6mm、亜鉛目付け量45g/m2でのブローホールの低減検討が記載されており、その効果が報告されている。しかし、この方法では、溶融プールを振動させることが主目的であり、重ね合わせたルート部121(図6参照)が露出する程度にまで溶融プールを移動させることはできない。このため、板厚が2.0mmあるいはそれ以上に厚くなると、必要となる溶け込み量も増加するので溶融プールの厚みも増加し、蒸気亜鉛が放出され難くなる。また、亜鉛目付け量が45g/m2より増加した亜鉛メッキ鋼板を溶接すると、蒸気亜鉛の発生量自体が増加する。これらの蒸気亜鉛は、放出されずに溶接ビード107に残存するため、気孔120の発生量が多くなるという課題がある。
【0007】
また、蒸気亜鉛は、溶融プール内を浮上して溶融プール表面から放出されるため、放出の際に噴出した溶融金属がそのままスパッタとして外部に飛散するあるいは、蒸気亜鉛放出の際に噴出した溶融金属がワイヤと短絡して電気エネルギーによりスパッタとして飛散する。そのため、スパッタが異常に多量発生するという課題も有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−285643号公報
【発明の概要】
【0009】
本発明は、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制する溶接方法を提供する。
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の溶接方法は、表面処理が行われた部材を溶接用のワイヤを用いて、短絡とアークとを繰り返しアーク溶接を行う溶接方法であって、上記ワイヤから形成された溶滴を上記部材側に移行するステップと、溶融プールを溶接進行方向とは反対方向に押して上記部材から発生した気体が発生箇所から抜けるように上記部材を溶接するステップと、を備え、ワイヤの後退送給により、ワイヤと溶融プールとの間の距離を1mm以上10mm以下とし、溶融プールを押すためのアーク力を生じさせる300A以上600A以下の第1の溶接電流を供給し、第1の溶接電流を第1の所定期間の間、一定とする、あるいは、徐々に増加あるいは減少させる方法からなる。
【0011】
この方法により、部材の重ね合わせ部分が露出するように溶融プールを押すことになり、部材から発生した気体がこの部材の重ね合わせ部分からなる露出部から抜ける。これにより、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明の実施の形態1における溶接方法で溶接を行っている状態を示す斜視図である。
図2A図2Aは、本発明の実施の形態1における短絡期間中の溶接部を水平方向から見た断面図である。
図2B図2Bは、本発明の実施の形態1におけるアーク期間中の溶接部を水平方向から見た断面図である。
図2C図2Cは、本発明の実施の形態1における溶接電流の時間波形を示す図である。
図3図3は、本発明の実施の形態1における図1のA−A断面を示す図である。
図4図4は、本発明の実施の形態1における図1のB−B断面を示す図である。
図5図5は、本発明の実施の形態1におけるワイヤ送給速度、溶接電圧および溶接電流の時間変化を示す図である。
図6図6は、従来のアーク溶接方法により亜鉛メッキ鋼板を溶接した場合の溶接ビード断面を示す断面図である。
図7A図7Aは、従来のアーク溶接方法における溶接電流の時間に対する変化を示す図である。
図7B図7Bは、従来のアーク溶接方法におけるワイヤ送給速度の時間に対する変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施の形態について、図面を参照しながら説明する。以下の図面においては、同じ構成要素については同じ符号を付しているので説明を省略する場合がある。
【0014】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1の溶接方法、ここでは、例えばアーク溶接方法により溶接を行っている状態を示す斜視図である。図2Aは、本発明の実施の形態1における短絡期間中の溶接部30を水平方向から見た断面図(図1のC−C断面図)である。図2Bは、本発明の実施の形態1におけるアーク期間中の溶接部30を水平方向から見た断面図(図1のC−C断面図)である。図2Cは、本発明の実施の形態1のアーク溶接方法で溶接を行った場合の溶接電流の時間波形を示す図である。そして、図2Aの短絡期間および図2Bアーク期間は、図2Cの溶接電流の時間波形のタイミングに関連付けている。なお、本実施の形態1では、表面処理が行われた部材として、亜鉛メッキ鋼板を用いた溶接を行う場合について説明する。
【0015】
図3は、本発明の実施の形態1における図1のA−A断面を示す図である。図4は、本発明の実施の形態1における図1のB−B断面を示す図である。図5は、本発明の実施の形態1におけるワイヤ送給速度、溶接電圧および溶接電流の時間変化を示す図である。
【0016】
図1において、図示していない溶接装置およびワイヤ送給装置により、例えば産業用ロボットのマニピュレータに取り付けられた溶接用のトーチ1を介して、溶接用のワイヤ2をワイヤ送給装置により自動的に送給する。ワイヤ2の送給とともに、溶接装置によりワイヤ2に通電してワイヤ2と亜鉛メッキ鋼板である上板3と下板4との間にアーク5を発生させ、ワイヤ2と上板3および下板4とを溶融して溶接を行う。
【0017】
図2Aに示すように、送給されるワイヤ2は、溶融プール6に短絡する。この場合、アーク5は消滅しており、溶融プール6を押す力の大部分であるアーク力は発生していない。この短絡状態は、図2Cの溶接電流Awの時間波形では、短絡期間のタイミングでの状態である。
【0018】
この短絡期間中の溶接電流は、ワイヤ2の先端の短絡部分を溶融プール6に移行させて早期にアークを発生させるために、溶接電流を上昇させて電気エネルギーを与えてワイヤ2の先端部分を溶融させる。その後、短絡が開放してアーク5が発生すると、さらに溶接電流を上昇させて、図2Cに示すように、第1の溶接電流14を第1の所定期間13の間出力する。この場合、高い溶接電流によって生じるアーク5のアーク力は、図2Bに示すように、溶融プール6を溶接進行方向とは反対方向に押す力として作用し、溶融プール6は、溶接進行方向とは反対方向に押されて移動する。これにより、図3に示すように、上板3と下板4とを重ね合わせたルート部21が露出した状態になる。ルート部21の露出した状態として、図2Bに、露出部9として示している。
【0019】
なお、溶接部30では、アーク熱および溶融プール6からの熱伝導によって高温となり、上板3および下板4は、図3に示すように溶融状態となって溶融部8を生じ、亜鉛の沸点を越えて上板3および下板4の表面の亜鉛が気化する。そして、図1図2Bに示すように、溶融プール6が溶接進行方向と反対方向に押され、図3に示すように上板3と下板4とのルート部21を露出させる。これにより、気化した亜鉛(以下、「蒸気亜鉛」11とする)が容易に外部に放出され、図3に示す表面の亜鉛メッキ10の亜鉛が気化して抜けたメッキ部である亜鉛メッキ気化部12は、亜鉛が存在しない状態となる。これにより、亜鉛が気体として溶融部8に残らないので、溶接結果は、図4の溶接ビード7のように気孔が残存しない状態となる。
【0020】
なお、アーク5のアーク力により、図2B図3に示す露出部9が完全に露出している場合には、蒸気亜鉛11の放出に際してはスパッタの発生等がなく、蒸気亜鉛11は容易に放出される。また、図2Bにおいて、溶融部8および溶融プール6の一部分が露出部9を覆っていても、その厚さが約0.5mm程度以下の薄い状態で覆っているのであれば、蒸気亜鉛11の放出を阻害することはない。したがって、ルート部21が亜鉛の体積膨張による放出により容易に露出し、容易に蒸気亜鉛11は外部に放出される。すなわち、上板3や下板4から発生した蒸気亜鉛11が、体積膨張により露出部9を覆っている溶融部8や溶融プール6を突き破って抜けることが可能な厚さとなるように、アーク5によるアーク力により溶融プール6を押すようにしても良い。そうすると、図2Bに示すように溶融部8の一部だけが、露出部9を覆う、または、露出部9の上部が露出する状態となり、蒸気亜鉛11が、そのまま、または、溶融部8の一部を突き破って抜けることができる。一方、アーク5によるアーク力がないと、図2Aに示すように溶融プール6が露出部9となる領域を覆い、または溶融プール6が露出部9となる領域に迫り、その一部を覆う。これにより、蒸気亜鉛11は、全部が外部に放出されず、少なくともその一部が溶融プール6の中に残存することになる。
【0021】
アーク期間が終わった後に、ワイヤ2は、溶融プール6に向けて送給されるので、上述した短絡状態となり、図2Bに示す状態から図2Aに示す状態に戻る。この場合、溶融プール6を押すアーク力が無いので、溶融プール6は、アーク期間中である図2Bの状態から、溶接進行方向に向かって移動する。つまり、アーク期間中は、アーク力によって溶融プール6が溶接進行方向とは反対方向に押されてアーク熱および溶融プール6からの熱伝導によって高温状態になったルート部21が露出する。その結果、露出部9から蒸気亜鉛11が容易に外部に拡散する。これにより、蒸気亜鉛11を含む気化した亜鉛の外部への放出が促進され、気化した亜鉛が溶融プール6を通過して放出する場合が低減されるので、溶接ビード7内に残存する気孔を著しく抑制することが可能となる。
【0022】
すなわち、本実施の形態1の溶接方法は、表面処理が行われた部材を溶接用のワイヤ2を用いて溶接する溶接方法である。そして、本実施の形態1の溶接方法は、ワイヤ2から形成された溶滴15を部材側に移行するステップと、溶融プール6を溶接進行方向とは反対方向に押して部材から発生した気体が発生箇所から抜けるように部材を溶接するステップと、を備えた方法である。この方法により、部材の重ね合わせ部分が露出するように溶融プール6を押すことになり、部材から発生した気体がこの部材の重ね合わせ部分からなる露出部9から抜ける。これにより、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制できる。
【0023】
また、部材を溶接するステップにおいて、部材を重ねて溶接を行い、部材の重ね合わせ部分が露出するように溶融プールを押す方法としてもよい。この方法により、部材から発生した気体がこの部材の重ね合わせ部分からなる露出部9から抜ける。これにより、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制できる。
【0024】
また、アーク5によりアーク力を与えていても、溶融部8および溶融プール6の一部分が露出部9を覆っており、ルート部21が露出しない場合であっても、溶融プール6の厚さが約0.5mm程度より薄くなるようにアーク力を与えている。すなわち、部材を溶接するステップにおいて、部材を重ねて溶接を行い、部材の重ね合わせ部分の上部に位置する溶融プール6の厚さが、部材から発生した気体が体積膨張して溶融プール6を突き破って発生箇所から抜けることが可能な厚さとなるように溶融プール6を押す方法としてもよい。この方法により、蒸気亜鉛11が体積膨張して溶融プール6を押し上げて放出される際に発生する、溶融金属によるスパッタや、溶融金属がワイヤ2と短絡することにより発生するスパッタを著しく抑制することができる。
【0025】
また、溶融プール6を押すためのアーク力を生じさせるために図2Cに示す第1の溶接電流14を供給する方法としてもよい。溶融プール6を押す主な力は、アーク期間中の溶接電流によるアーク力である。図2Cに示すように、アーク期間中において、第1の溶接電流14で第1の所定期間13の間は溶融プール6を押し、その後、アーク期間中において溶接電流を低下させ、溶融プール6を押す力を低減するあるいはゼロにして、溶融プール6の溶接進行方向への移動を早期に開始させる。
【0026】
また、第1の溶接電流14は、第1の所定期間13の間所定の大きさで維持されるものである方法としてもよい。この方法により、アーク期間中の所定の期間の間、一定のアーク力を発生させて溶融プール6を押すので、この間に蒸気亜鉛11を容易に放出できる。これにより、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制できる。
【0027】
すなわち、溶滴15の移行から溶滴15の次の移行までの間の第1の所定期間13の間は、溶融プール6を押して溶融プール6を溶接進行方向とは反対方向に移動させる。そして、第1の所定期間13の後は、溶融プール6を押す力を低減する、あるいは、溶融プール6を押す力をゼロにする方法としてもよい。これにより、溶接進行方向に移動した、すなわち、溶接進行方向に戻った溶融プール6と、ワイヤ2とが接触するのが早まるので、次の短絡が早く発生する。このように、アーク期間中にアーク力を弱めることで短絡移行が円滑に行われ、溶接の安定性が向上する。さらに、溶接電流が低いので短絡発生が確実化され、スパッタ発生が抑制される。
【0028】
また、溶滴15の移行形態は、ドロップして移行する離脱移行と短絡移行とを繰り返す移行形態、あるいは、短絡移行主体の移行形態である方法としてもよい。この方法により、いずれの移行形態においても、移行後はアーク力で溶融プール6を押すことができるので、蒸気亜鉛11の放出を容易にする。
【0029】
また、図2Cに示す、溶融プール6を押すための第1の所定期間13の間に出力される第1の溶接電流14は、予め設定された所定の電流値であり、その値は、例えば、300A以上、600A以下の範囲である。また、第1の所定期間13の値は、例えば、2msec以上、10msec以下の範囲である。第1の溶接電流14に関するこれらの値は、実験的に検討した値であり、アーク力として溶融プール6を押す役割と、亜鉛を溶融する役割がある。
【0030】
また、第1の溶接電流14は、300A以上、600A以下の範囲の溶接電流をアーク期間中に出力し、第1の溶接電流14を出力する第1の所定期間13は、2msec以上、10msec以下である方法としてもよい。この方法により、適切に亜鉛を溶融し、アーク力を発生させて適切に溶融プール6を押すので、蒸気亜鉛11を容易に放出できる。これにより、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制できる。
【0031】
なお、第1の溶接電流14の値が低く、第1の所定期間13が短い場合には、溶融プール6を押す作用が低く、露出部9が形成されないので、亜鉛の気化が促進されず、気孔が溶接ビード7に残存し易くなる。逆に、第1の溶接電流14の値が高く、第1の所定期間13の時間が長い場合には、亜鉛の気化は促進するが、溶融プール6を押しすぎて溶融プール6が溢れ、溶融金属が外部に吹き飛び、正常な溶接ビード7が形成されない。
【0032】
なお、図2Cでは、第1の溶接電流14を一定値とした例を示しているが、300A以上、600A以下の範囲であれば、一定である必要はなく、例えば、徐々に増加するあるいは減少するようにしても良く、例として、のこぎり歯状に出力するようにしても良い。
【0033】
また、短絡が開放してから第1の溶接電流14にまで電流値を高める溶接電流の単位時間当たりの増加量である増加傾きは、図2Cでは急峻に増加する例を示しているが、緩やかに増加させてもよい。なお、例えばシールドガスが炭酸ガス(以下、「CO2ガス」とする。)の場合、MAGガスの場合と比べ、増加傾きを緩やかにすることが望ましい。その理由は、CO2ガスの方がアーク5の集中性が高く、アーク力が強いためである。この増加傾きを緩やかにすることにより、アーク力を適正に調整し、適切に溶融プール6を押すので、蒸気亜鉛11を容易に放出できる。これにより、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制できる。また、シールドガスとしてCO2ガスの混合ガスを使用する場合には、CO2の混合比率が高い程、溶接電流の増加傾きを緩やかにすることが望ましい。
【0034】
なお、上述の説明では、溶融プール6を溶接進行方向とは逆方向に押すために、アーク5によるアーク力を用いる例を示した。しかし、溶融プール6を押すために、溶接用のシールドガスとは別のガス流を溶融プール6に供給するようにしても良い。例えば、トーチ1のノズルの後方に設けたガス供給管からシールドガスと同質のガスを別のガス流として供給する。第1の溶接電流14は、溶融プール6を押す力以外に、ワイヤ2の先端部の溶融エネルギーを供給するものとして重要な役割がある。したがって、アーク期間中の溶接電流、特に第1の溶接電流14は、溶融プール6を押す力としての役割とワイヤ2を溶融する役割といった双方の役割を共に満足する必要がある。しかし、別のガス流で溶融プール6を押すことで、第1の溶接電流14は、主にワイヤ2の先端部の溶融エネルギーとして設定でき、溶融エネルギーの定量的な設定の自由度が拡大する。そのため、溶接材料や溶融部8の形状などの溶接条件に対応して溶融エネルギーの量を変えることができるため、溶接性能向上が可能となる。なお、アーク力とガス流の両方を同時に用いて溶融プール6を押すようにしても良い。
【0035】
また、例えば、トーチ1のノズルの後方に設けた電磁コイルにより磁界を発生させてアーク5を溶接進行方向の反対方向に偏向させることで、溶融プール6を押すようにしてもよい。
【0036】
この方法により、部材の重ね合わせ部分が露出するように溶融プール6を押すことになり、部材から発生した気体がこの部材の重ね合わせ部分からなる露出部9から抜ける。これにより、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制できる。また、溶融エネルギーの定量的な設定の自由度が拡大し、溶接性能向上が可能となる。
【0037】
また、溶融プール6を溶接進行方向に対して反対方向に押すための力を与える前に、ワイヤ2の後退送給により、ワイヤ2と溶融プール6との間の距離を所定の距離(例えば、1mm以上、10mm程度以下の距離)となるように制御することで、溶接の安定性が向上する。上述の説明のように、アーク期間中の溶接電流、特に第1の溶接電流14は、溶融プール6を押す力を生じることとワイヤ2を溶融することの2つの大きな役割があり、双方を両立しなければならない。特に、ワイヤ2の先端部と溶融プール6との距離が短い場合、アーク5は集中しているので電流密度が高くなる。そうすると、溶融プール6を局部的に大きな力で押すことになり、押された溶融プール6の一部が外部に噴出し、良好な溶接ビード7が形成されなくなる。もちろん、アーク期間中の溶接電流、特に第1の溶接電流14によりワイヤ2が溶融し、ワイヤ2の先端部と溶融プール6との間の距離は長くなる。しかしながら、本実施の形態1のようにワイヤ2を後退送給するようにすることで、その距離を大きくすることが可能となる。この距離が大きくなると、傘状に広がるアーク形状のアーク5により溶融プール6全体を押すことができる。これにより、溶融プール6の外部への噴出が防止でき、また、図2Bに示すように溶融部8の前方等に広範囲にアークを投下できるので、溶融部8の形成が促進され、亜鉛の気化を促進することが可能となる。
【0038】
また、ワイヤ2の後退送給によりワイヤ2と溶融プール6との間の距離を所定の距離となるように制御した後で溶融プール6を押す例を示しているが、ワイヤ2を後退送給しながら徐々に溶接電流を増加させて溶融プール6を押すようにしても良い。
【0039】
また、図5の溶接電流の時間変化に示すように、溶滴15の移行形態は短絡移行主体の移行形態であり、短絡発生直後に短絡検出時の溶接電流よりも低い溶接電流に溶接電流の電流値を低減する方法としてもよい。この方法により、短絡発生の確実化が可能となり、スパッタを低減できる。さらに、アーク発生直前にワイヤ2のくびれ状態を検出してアーク発生直前の溶接電流よりも低い値に急峻に低減する、すなわち、くびれ状態を検出した時点の溶接電流よりも低い値に急峻に低減することで、アーク発生時のスパッタを低減できる。
【0040】
また、図1に示すように、トーチ1の角度を後退角にすることで、アーク5によるアーク力が溶融プール6を溶接進行方向と反対方向に押す作用を実現することが可能となり、図2Bに示す露出部9の形成を促進できる。特に、亜鉛目付け量が100g/m2を越える亜鉛目付け量が多量な亜鉛メッキ鋼板においては、気化する亜鉛量が目付け量に比例して多量となる。そうすると、溶融プール6を押して溶接進行方向とは反対方向に移動させる必要がある。従って、トーチ1の角度を後退角として溶融プール6を移動させることで、気化した亜鉛の外部への放出を容易にすることが可能となる。
【0041】
また、溶接進行方向に対して反対方向および進行方向といった溶融プール6の交互の移動には、溶融プール6の表面張力および粘度が大きく影響する。表面張力および粘度が大きすぎると、溶融プール6の移動は困難となり、露出部9が形成されない。逆に、表面張力および粘度が小さすぎると、溶融プール6を押す力により溶融プール6が外部に噴出してしまう。このため、適正な表面張力および粘度が存在しており、影響を与える因子の一つとしてシールドガスがある。
【0042】
ここで、CO2ガスは、酸素(O2)含有量が多いので、溶融プール6の表面張力および粘度が適正な状態となり、Ar比率が高まるに伴って表面張力および粘度が大きくなっていく。このため、シールドガスとしては、CO2ガスあるいはArガスにCO2ガスを混合しCO2ガスの混合比率が20%以上、90%以下のガスが適正である。これにより、溶融プール6の溶融金属は、適正な表面張力および粘度を有するので、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を抑制できる。なお、このような混合比のガスに、微量の添加ガスが加えられていても良好である。
【0043】
また、溶融プール6の表面張力および粘度に影響を与える別の因子として、ワイヤ2の種類(組成)がある。シールドガスがCO2ガス100%であれば、例えば、YGW12もしくはYGW11を使用すると良好な表面張力および粘度となることが、発明者らにより実験的に確認されている。
【0044】
上述の範囲内のシールドガスおよびワイヤ2の組み合わせで形成される溶融プール6の移動周波数は、例えば30Hz以上、70Hz以下となり、短絡周波数と同調でき、溶接が安定化する。
【0045】
また、ワイヤ2の送給制御として、溶接対象物の方向へ送給する正送(前進送給)と、その逆方向への送給である逆送(後退送給)とを繰り返すようにすることで、溶接性能を向上することができる。本実施の形態1の溶接方法において、ワイヤ2を後退送給する場合の長所は上述のように説明した。さらに、正送の場合の送給速度は、一般的に行われている一定送給溶接の場合と比べて高速度で短絡を発生することができる。これにより、短絡発生が確実化され、スパッタ低減効果を有する。また、逆送時では、機械的に短絡を開放できるので、短絡の開放を確実化でき、短絡解放直後に発生する短絡(微小短絡)を低減することができるので、スパッタの低減が可能となる。
【0046】
この正送制御および逆送制御は、図5に示すように、ワイヤ送給速度の正送と逆送の繰り返しを所定の周期WFと所定の振幅Wvで周期的に行うようにしてもよい。図5は、周期的な送給の例として正弦波状の場合を示しているが、これに限らず、台形波状やのこぎり波状としても良く、周期的な波形であれば問題ない。
【0047】
この方法により、周期的なワイヤ送給を制御するので、短絡およびアークの発生周期がワイヤ送給の制御と同期してアークの周期性が高まり、アークの安定性がさらに向上する。
【0048】
また、図示していないが、図5のような周期的な送給制御ではなく、溶接状態が短絡状態であることを検出すると逆送を行い、溶接状態がアーク状態であることを検出すると正送を行うように制御してもよい。
【0049】
この方法により、短絡およびアークの状態に応じてワイヤ送給の制御を変化させるので、突き出し長さ等が大きく変化する場合等、どんな短絡状態でも確実に開放するため、アークの安定性がさらに向上する。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、亜鉛メッキ鋼板等の表面処理が行われた部材を溶接用のワイヤを用いて溶接する場合に、部材の重ね合わせ部分が露出するように溶融プールを押す。これにより、部材から発生した気体が露出部から抜けるため、ブローホール等の気孔発生およびスパッタの発生を著しく抑制することができ、亜鉛メッキ鋼板等の表面処理が行われた部材のような溶接時に気体が発生する母材に対して行う溶接方法として産業上有用である。
【符号の説明】
【0051】
1 トーチ
2 ワイヤ
3 上板(亜鉛メッキ鋼板)
4 下板(亜鉛メッキ鋼板)
5 アーク
6 溶融プール
7 溶接ビード
8 溶融部
9 露出部
10 亜鉛メッキ
11 蒸気亜鉛
12 亜鉛メッキ気化部
13 第1の所定期間
14 第1の溶接電流
15 溶滴
21 ルート部
30 溶接部
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B