特許第6043997号(P6043997)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6043997炎症性サイトカインの機能を抑制する炎症性疾患治療剤
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6043997
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】炎症性サイトカインの機能を抑制する炎症性疾患治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7004 20060101AFI20161206BHJP
   A61K 31/708 20060101ALI20161206BHJP
   A61K 31/7024 20060101ALI20161206BHJP
   A61K 31/70 20060101ALI20161206BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20161206BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20161206BHJP
   A61P 1/04 20060101ALI20161206BHJP
   A61P 19/02 20060101ALN20161206BHJP
   C07H 3/08 20060101ALN20161206BHJP
   C07H 11/04 20060101ALN20161206BHJP
【FI】
   A61K31/7004ZMD
   A61K31/708
   A61K31/7024
   A61K31/70
   A61P29/00
   A61P29/00 101
   A61P31/04
   A61P1/04
   !A61P19/02
   !C07H3/08
   !C07H11/04
【請求項の数】3
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2012-547942(P2012-547942)
(86)(22)【出願日】2011年12月8日
(86)【国際出願番号】JP2011078982
(87)【国際公開番号】WO2012077828
(87)【国際公開日】20120614
【審査請求日】2014年12月5日
(31)【優先権主張番号】特願2010-273704(P2010-273704)
(32)【優先日】2010年12月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】516318651
【氏名又は名称】田中 信之
(73)【特許権者】
【識別番号】516319016
【氏名又は名称】上原 郁野
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100111741
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 夏夫
(72)【発明者】
【氏名】上原 郁野
(72)【発明者】
【氏名】田中 信之
(72)【発明者】
【氏名】谷村 篤子
(72)【発明者】
【氏名】内藤 善哉
(72)【発明者】
【氏名】小暮 佳代
【審査官】 深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2003/090758(WO,A1)
【文献】 国際公開第2004/111199(WO,A1)
【文献】 国際公開第2002/030380(WO,A1)
【文献】 特開昭61−097221(JP,A)
【文献】 Biochem.Pharmac.,1968年,suppl.,p.309-314
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/70
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2-デオキシ-D-グルコース、又はGDP-2-デオキシマンノース、2-デオキシマンノース-1-リン酸、2-デオキシマンノース-6-リン酸、2-フルオロ-2-デオキシグルコース、2-フルオロデオキシグルコース、2-フルオロ-デオキシグルコース-6-リン酸、2-フルオロ-デオキシグルコース-1-リン酸、2-フルオロ-デオキシマンノース、GDP-2-フルオロ-デオキシマンノース、2-フルオロ-デオキシマンノース-6-リン酸及び2-フルオロ-デオキシマンノース-1-リン酸からなる群から選択されるその誘導体を有効成分として含む、IL-6、IFN-γ及びTNF-αである炎症性サイトカインの受容体分子の糖鎖修飾を抑制し、前記炎症性サイトカインのシグナル伝達を抑制することにより炎症性サイトカインの機能を抑制する、経口投与用である、炎症性サイトカイン機能抑制剤。
【請求項2】
2-デオキシ-D-グルコース、又はGDP-2-デオキシマンノース、2-デオキシマンノース-1-リン酸、2-デオキシマンノース-6-リン酸、2-フルオロ-2-デオキシグルコース、2-フルオロデオキシグルコース、2-フルオロ-デオキシグルコース-6-リン酸、2-フルオロ-デオキシグルコース-1-リン酸、2-フルオロ-デオキシマンノース、GDP-2-フルオロ-デオキシマンノース、2-フルオロ-デオキシマンノース-6-リン酸及び2-フルオロ-デオキシマンノース-1-リン酸からなる群から選択されるその誘導体を有効成分として含む、IL-6、IFN-γ及びTNF-αである炎症性サイトカインの受容体分子の糖鎖修飾を抑制し、前記炎症性サイトカインのシグナル伝達を抑制することにより炎症性サイトカインの機能を抑制する、炎症性サイトカイン機能抑制剤を含む、敗血症又は炎症性腸疾患である炎症性疾患の予防又は治療剤。
【請求項3】
経口投与用である、請求項記載の炎症性疾患の予防又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2−デオキシ−D−グルコース等のマンノース代謝に関与する化合物を有効成分として含む炎症性疾患の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
炎症は、外因あるいは内因性の有害な刺激に応答してそれを除去する反応であるが、過度の反応は生体にとって害を及ぼし、様々な疾患の原因となっている。これらの病態は、炎症部位に集積するマクロファージなどの炎症細胞とこれらの細胞から産生される炎症性サイトカインやケミカルメディエーターによって引き起こされる。これまでに多くの炎症の治療法が開発されているが、その効果は限定的であり、副作用も多い。また、直接炎症性サイトカインの効果を抑制する治療法も開発されている。炎症の治療には免疫抑制作用をもつステロイド系抗炎症薬や主にシクロオキシゲナーゼ(COX−1、COX−2)の活性を抑制してケミカルメディエーターの産生を抑えることで働く非ステロイド系抗炎症薬があるが、副作用も多く効果も限定的である。直接炎症性サイトカインに働いてその効果を抑制する治療法としては、抗体を用いた抗IL−6、抗TNF−α療法やIL−1受容体アンタゴニストなどのタンパクを用いた治療があり、リウマチ性関節炎の治療などに用いられているが、高価であり単一のサイトカインを抑制するために、効果は限定的である。
これまで、アミノ糖の1種であるグルコサミンによる抗炎症効果について報告されている(特許文献1〜4等を参照)。グルコサミンの抗炎症作用についてプロスタグランジン合成経路の抑制等の現象が観察されているが、その分子機構は明らかではない(非特許文献1を参照)。また、グルコサミンの研究の過程で、構造的に類似している2−デオキシ−D−グルコース(2−deoxy−D−glucose)と比較した報告もあるが(非特許文献2〜3を参照)、これらは2−デオキシ−D−グルコースの抗腫瘍効果について報告しており、また、抗腫瘍効果はグルコサミンよりも効果が劣っているとも報告されていた(非特許文献2を参照)。さらに、2−デオキシ−D−グルコースが肥満予防や肥満改善に効果があるという報告もあった(特許文献5を参照)。なお、2−デオキシ−D−グルコースを抗炎症性物質としている報告もあるが(特許文献3)、実証データは示されておらず、単にグルコサミンとの構造的類似性から種々の化合物の1つと記載しているに過ぎない。実際、グルコースの誘導体は基本骨格は類似しているが、構造が類似していたとしても置換基が異なれば、その作用が異なることは周知の事実であり、単に構造が類似しているからといって、同様の作用効果を奏するとは言えない。
上記のように、2−デオキシ−D−グルコースの抗炎症効果については研究がされていなかった。
【特許文献1】特表2010−506908号公報
【特許文献2】特公平6−78235号公報
【特許文献3】特公平6−51626号公報
【特許文献4】特開2007−291011号公報
【特許文献5】特開2009−209141号公報
【非特許文献1】Block et al.,Osteoarthritis Cartilage,2010,18;5−11
【非特許文献2】Bekesi et al.,Cancer Res.,1969,29;353−359
【非特許文献3】Laszlo et al.,J.Natl.Cancer lnst.,1960,24;267−281
【非特許文献4】Bekesi et al.,J.Clinical Chem.,1969,211;3766−3772
【発明の開示】
【0003】
本発明は、炎症性サイトカインの機能を抑制することにより抗炎症効果を示す炎症性疾患の予防又は治療剤の提供を目的とする。
上記のように、これまで2−デオキシ−D−グルコースと構造が類似しているグルコサミンによる抗炎症効果について報告されていた。しかしながら、構造が類似しているからといって、置換基の異なる2−デオキシ−D−グルコースがグルコサミンと同様の作用効果を奏するとは予測できなかった。本発明者らは、これまで研究されていなかった、2−デオキシ−D−グルコースの抗炎症作用について検討を行った。その結果、2−デオキシ−D−グルコースがIL−6やIFN−γ受容体分子の糖鎖修飾の抑制やそのシグナルの抑制効果を有することを見出し、さらにそれにより炎症性サイトカインの機能を抑制し、炎症反応を抑えることができることを見出した。すなわち、2−デオキシ−D−グルコースはIL−6やIFN−γ等の種々の炎症性サイトカインの作用を抑制し、その作用は2−デオキシ−D−グルコースが糖代謝経路のうち、マンノース代謝からタンパクの糖鎖修飾(N−結合型糖鎖)を抑制することを介することにより発揮されていた。この作用により、特に受容体タンパク質の半減期の短いIL−6、IFN−γ、TNF−α受容体分子の糖鎖修飾が抑制された。本発明者等は、2−デオキシ−D−グルコースとグルコサミンの作用を比較し、グルコサミンには2−デオキシ−D−グルコースで観察されたIL−6受容体の糖鎖修飾の抑制やそのシグナルの抑制効果が認められないことを確認した。このことは、2−デオキシ−D−グルコースの作用効果が、従来から知られていたグルコサミンの抗炎症効果とは全く機序が異なることを示している。本発明者等はこの新たな知見を基に、2−デオキシ−D−グルコースの種々の炎症性サイトカインに対する効果を調べ、2−デオキシ−D−グルコースが多種類の炎症性サイトカインの効果を同時に抑制して炎症反応を抑える新しい予防又は治療法に用い得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。なお、2−デオキシ−D−グルコースは、既に癌の治療やてんかんの治療を目的とした研究が行われており、それらの結果から副作用が非常に少ない安全な医薬として利用し得ることは知られていた。
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 2−デオキシ−D−グルコース又はその誘導体を有効成分として含む、炎症性サイトカイン機能を抑制する炎症性疾患の予防又は治療剤。
[2] 2−デオキシ−D−グルコースの誘導体が、GDP−2−デオキシマンノース、2−デオキシマンノース−1−リン酸及び2−デオキシマンノース−6−リン酸からなる群から選択される化合物である、[1]の炎症性サイトカイン機能を抑制する炎症性疾患の予防又は治療剤。
[3] 2−デオキシ−D−グルコースの誘導体が、2−フルオロ−2−デオキシグルコース、2−フルオロデオキシグルコース、2−フルオロ−デオキシグルコース−6−リン酸、2−フルオロ−デオキシグルコース−1−リン酸、2−フルオロ−デオキシマンノース、GDP−2−フルオロデオキシマンノース、2−フルオロ−デオキシマンノース−6−リン酸及び2−フルオロ−デオキシマンノース−1−リン酸からなる群から選択される化合物である、[1]の炎症性サイトカイン機能を抑制する炎症性疾患の予防又は治療剤。
[4] 炎症性疾患が炎症性サイトカインにより引き起こされるものである、[1]〜[3]のいずれかの炎症性サイトカイン機能を抑制する炎症性疾患の予防又は治療剤。
[5] 炎症性サイトカインが、IL−1、IL−6、TNF−α及びIFN−γからなる群から選択される、[1]〜[4]のいずれかの炎症性サイトカイン機能を抑制する炎症性疾患の予防又は治療剤。
[6] 炎症性疾患が、慢性関節リウマチ、関節炎、敗血症及び炎症性腸疾患からなる群から選択される、[1]〜[5]のいずれかの炎症性サイトカイン機能を抑制する炎症性疾患の予防又は治療剤。
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2010−273704号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0004】
図1Aは、培養細胞における2−デオキシ−D−グルコースによるIL−6受容体であるgp130のN−グリコシド型糖鎖修飾の阻害を示す図である。
図1Bは、培養細胞における2−デオキシ−D−グルコースによるIFN−γ受容体の発現への影響を示す図である。
図1Cは、培養細胞における2−デオキシ−D−グルコースによるTNF−α受容体の発現への影響を示す図である。
図2は、サイトカイン刺激による転写活性化に対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を示す図である。図2AはIL−6刺激によるStat3の転写への効果を示し、図2BはTNF−α刺激によるNF−κBの転写への効果を示し、図2CはIL−1刺激によるNF−κBの転写への効果を示し、図2DはLPS刺激によるIFN−βの転写への効果を示す。
図3Aは、炎症性腸疾患モデルマウスに2−デオキシ−D−グルコースを摂取させた場合の効果を示す図である。
図3Bは、炎症性腸疾患モデルマウスに2−デオキシ−D−グルコースを摂取させた場合の大腸組織におけるIL−6(図3B(a))、IL−1(図3B(b))及びHP(図3B(c))の発現量を示す図である。
図4は、炎症性腸疾患モデルマウスに2−デオキシ−D−グルコースを摂取させた場合の組織病理学的解析の結果を示す写真である。図4Aはコントロールマウス、図4Bはデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)飲水マウス、図4CはDSS飲水マウスに2−デオキシ−D−グルコースを投与したマウスの結果を示す。
図5は、SKGマウスによる関節リウマチ発現に対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を示す写真である。図5Aは水を飲水したコントロールマウスの結果、図5Bは2−デオキシ−D−グルコース含有水を飲水したマウスの結果を示す。
図6Aは、SKGマウスの関節炎誘発実験における関節炎スコアに対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を示す図である。
図6Bは、SKGマウスの関節炎誘発実験における体重変化に対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を示す図である。
図7は、2−デオキシ−D−グルコース及びグルコサミンの構造を示す図である。
図8は、IL−6標的遺伝子群へのシグナル伝達経路を示す図である。
図9は、2−デオキシ−D−グルコースとグルコサミンの糖鎖修飾及び炎症性シグナル伝達に対する効果の違いを示す図である。
図10は、2−デオキシ−D−グルコースとグルコサミンの腸炎に対する効果の違いを示す図である。
図11は、SKGマウスによる関節リウマチ発現に対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を示す写真である。図11aが水を与えたコントロールSKGマウスの肢の状態を示し、図11bが0.5%の2−デオキシ−D−グルコース含有水を与えたSKGマウスの肢の状態を示し、図11cが無処置のSKGマウスの肢の状態を示す。
図12は、SKGマウスによる関節リウマチ発現に対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を示すHematoxilin−Eosin(HE)染色法で組織染色した結果を示す写真である。図12aが水を与えたコントロールSKGマウスの結果であり、図12bが0.5%の2−デオキシ−D−グルコース含有水を与えたSKGマウスの結果である。
図13Aは、SKGマウスの関節炎誘発実験における関節炎スコアに対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を示す図であり、ラミナリン投与後の関節スコアを示す図である。
図13Bは、SKGマウスの関節炎誘発実験における関節炎スコアに対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を示す図であり、ラミナリン投与後の体重変化を示す図である。
図14は、2−デオキシ−D−グルコースをマウスに経口投与した場合の、マウス腹腔滲出マクロファージ(チオグリコレート誘導)のIL−6受容体であるgp130のN−グリコシド型糖鎖修飾の阻害を示す図である。
図15は、2−デオキシ−D−グルコースの副作用低減効果を示す図である。図15Aは、マウス腹腔滲出マクロファージ(チオグリコレート誘導)を用いた結果を示し、図15Bはマウス腹腔常在性マクロファージを用いた結果を示す。
図16は、2−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコース(2−FDG)によるN−グリコシド型糖鎖修飾の阻害の検討の結果を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤の有効成分は、マンノース代謝に関与し、マンノシルトランスフェラーゼによる、N結合型糖鎖合成前駆体であるドリコール脂質への糖鎖(マンノース)付加反応を抑制し得る化合物である。このマンノース付加は、マンノース代謝産物であるGDP−マンノースを基質としたマンノシルトランスフェラーゼによる反応である。本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤の有効成分は、上記反応を阻害し、代謝半減期の早いサイトカインレセプターの新規合成時の糖鎖修飾を阻害し、これにより炎症性サイトカインのシグナル伝達を阻害することにより抗炎症効果を発揮する。本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤の有効成分の存在下で、培養細胞を培養した場合、培養細胞中のGDP−マンノースが蓄積する。
上記の作用を奏する本発明の炎症性疾患の有効成分として用い得る化合物として、2−デオキシ−D−グルコース(2−deoxy−D−glucose(2GD))、2−デオキシ−D−グルコースがマンノース代謝された際の生成物である2−デオキシマンノース−6−リン酸(2−deoxymannose−6−phosphate(=2−deoxyglucose−6−phosphate))、2−デオキシマンノース−1−リン酸(2−deoxymannose−1−phosphate(=2−deoxyglucose−1−phosphate))及びGDP−2−デオキシマンノース(GDP−2−deoxymannose(=GDP−2−deoxyglucose))等が挙げられる。さらに、2−デオキシ−D−グルコースと同様の作用を持つことが知られている(Metin K.et al Mol Cancer Ther 2007;6(11):3029−58)2−フルオロ−2−デオキシグルコース及び2−フルオロ−2−デオキシグルコースがマンノース代謝された際の生成物である2−フルオロデオキシグルコース(2−fluoro−deoxyglucose)、2−フルオロ−デオキシグルコース−6−リン酸(2−fluoro−deoxyglucose−6−phosphate)、2−フルオロ−デオキシグルコース−1−リン酸(2−fluoro−deoxyglucose−1−phosphate)、2−フルオロ−デオキシマンノース(2−fluoro−deoxymannose)、2−フルオロ−デオキシマンノース−6−リン酸(2−fluoro−deoxymannose−6−phosphate)、2−フルオロ−デオキシマンノース−1−リン酸(2−fluoro−deoxymannose−1−phosphate)等が挙げられる。上記化合物は、フリー体であってもよく、その生理学的に許容される塩又は溶媒和物であってもよい。さらに、水和物であっても非水和物であってもよい。塩は限定されないが、塩酸塩等の無機塩や酢酸塩、クエン酸塩、ギ酸塩等の有機酸塩を含む。本発明においては、上記化合物を2−デオキシ−D−グルコース又はその誘導体という。
本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤の対象となる炎症性疾患は、炎症性サイトカインにより引き起こされる炎症性疾患である。本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤は、炎症性サイトカインの産生を抑制し、あるいは炎症性サイトカインの機能を抑制し、炎症症状を抑えることができる。本発明において炎症性サイトカインの機能を抑制するとは、炎症性サイトカインの産生の抑制も炎症性サイトカインの作用の抑制も含む。炎症性サイトカインとしては、IL(インターロイキン)−1、IL−2、IL−6、IL−8、IL−12、IL−15、IL−18、IL−23、TNF−α、TNF−β、IFN(インターフェロン)−α、IFN−β、IFN−γ等が挙げられる。この中でも、本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤により、IL−1、IL−6、IL−8、TNF−α、IFN−γの機能を好適に抑えることができる。
炎症性サイトカインにより引き起こされる炎症性疾患は、炎症を伴う状態又は疾患をいい、上記のサイトカインの産生が亢進している状態又は疾患をいい、全身性の炎症性疾患も局所性の炎症性疾患も含まれる。このような炎症性疾患として、クローン病、潰瘍性腸疾患等の炎症性腸疾患;慢性関節リウマチ、骨関節炎、変形性関節炎、脊椎炎等の関節炎;慢性気管支炎;アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎等のアレルギー性の炎症性疾患;動脈硬化等のメタボリックシンドローム;自己免疫疾患;SIRS(全身性炎症反応症候群);敗血症;皮膚炎;外傷、熱傷、術後等の全身性炎症;糸球体腎炎、腎炎等の腎臓の炎症性疾患等が含まれる。この中でも慢性関節リウマチ、関節炎、敗血症及び炎症性腸疾患の予防又は治療に好適に用いることができる。
ヒトの炎症性疾患だけでなく、サル、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、マウス、ラット、フェレット、ニワトリ等の非ヒト脊椎動物の炎症性疾患も対象となる。
また、2−デオキシ−D−グルコース又はその誘導体は正常細胞よりも炎症細胞で強く作用する。従って、2−デオキシ−D−グルコース又はその誘導体を有効成分として含む本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤を用いる場合には、正常細胞への作用が抑えられその結果、正常細胞が受ける小胞体ストレスに起因する副作用は軽減することができる。すなわち、本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤は、正常細胞に作用しにくい、副作用の少ない予防又は治療剤である。
本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤は、製薬上許容される担体や希釈剤等を含んでいてもよい。担体としては、限定されないが生理的食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、グルコース液、緩衝生理食塩水等を挙げることができる。
投与経路は限定されないが、経口投与、あるいは皮下、筋肉内及び静脈内、直腸内等のなどの非経口投与により投与することができる。投与形態としては、種々の形態で投与することができ、例えば、錠剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、カプセル剤、シロップ剤、細粒剤、噴霧剤、乳剤、座剤、注射剤、軟膏、テープ剤等が挙げられる。例えば、錠剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、カプセル剤等は、乳糖、ブドウ糖、ショ糖、マンニトールなどの賦形剤;デンプン、アルギン酸ナトリウムなどの崩壊剤;ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤;ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチンなどの結合剤;脂肪酸エステルなどの界面活性剤;グリセリンなどの可塑剤などを含んでいてもよい。また、乳剤、シロップ剤等の液体調製物は、水、ショ糖、ソルビトール、果糖などの糖類;ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール類;オリーブ油、ごま油、大豆油等の油脂類;p−ヒドロキシ安息香酸エステル類などの防腐剤;ストロベリーフレーバー、ペパーミントなどのフレーバー類などを含んでいてもよい。さらに、注射剤は、水;ショ糖、ソルビトール、キシロース、トレハロース、果糖などの糖類;マンニトール、キシリトール、ソルビトールなどの糖アルコール;リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、グルタミン酸緩衝液などの緩衝液;脂肪酸エステルなどの界面活性剤などを含んでいてもよい。本発明の炎症性疾患の予防又は治療剤は、さらにpH調整剤、抗酸化剤、安定化剤、保存剤、増粘剤、キレート化剤、保湿剤、着色剤、等張剤等を含んでいてもよい。
投与量は、投与方法、適用する患者の年齢、体重、病状などによって適宜設定することができるが、1回投与当たり、フリー体換算で0.005〜1000mg/kg体重であり、10〜500mg/kg体重が好ましく、100〜400mg/kg体重がより好ましく、200〜350mg/kg体重がより好ましく、250〜300mg/kg体重がより好ましい。投与方法は限定されないが、静注する場合、1回投与当たり上記の量を生理食塩水等に溶解して投与することができる。
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0006】
N−グリコシド型糖鎖修飾及びサイトカイン刺激による転写活性化に対する2−デオキシ−D−グルコースの効果
2−デオキシ−D−グルコース(2−DG)によるN−グリコシド型糖鎖修飾の阻害を検討した。培養細胞として、マウス胎児繊維芽細胞(MEF)を用いた。2−デオキシ−D−グルコース含有培地の組成は、Dulbecco’s Modified Eagle Medium(DMEM)に2−デオキシ−D−グルコースを終濃度で25mM添加したものであった。
培養細胞を2−デオキシ−D−グルコース含有培地処理及び無グルコース培地で処理し、一定時間ごとに培養細胞(MEF)を採取し、IL−6受容体(gp130)の発現をImmunoblot法により調べた。N−グリコシド型糖鎖修飾のコントロールとして、培養細胞をGlycopeptidaseF(GP−F)で処理したものを用いた。GP−FはN−グリコシド糖鎖とタンパク質の結合部位を特異的に切断する酵素である。図1Aに示すように、2−デオキシ−D−グルコース処理した受容体タンパク質がGP−Fで処理したサンプルと同じ分子量を示している。このことから、N−グリコシド型糖鎖修飾が外れていることがわかる。
同様に培養細胞を2−デオキシ−D−グルコース含有培地で処理し、一定時間ごとに培養細胞(MEF)を採取し、IFN−γ受容体(IFNGRα)の発現をImmunoblot法により調べた。N−グリコシド型糖鎖修飾のコントロールとして、培養細胞をGP−Fで処理したものと、N−グリコシド型糖鎖修飾阻害剤であるTunicamycin(TM)で処理したものを用いた。図1Bに結果を示す。図1Bに示すように、IL−6受容体同様、IFN−γ受容体でもN−グリコシド型糖鎖修飾が外れていることがわかる。
同様に培養細胞を2−デオキシ−D−グルコース含有培地で処理し、一定時間ごとに培地を採取し、TNF−α受容体(TNFR1)の発現をImmunoblot法により調べた。N−グリコシド型糖鎖修飾のコントロールとして、培養細胞をGP−Fで処理したものを用いた。図1Cに結果を示す。図1Cに示すように、IL−6受容体同様、TNF−α受容体でもN−グリコシド型糖鎖修飾が外れていることがわかる。
さらに、サイトカイン刺激による転写活性化に対する2−デオキシ−D−グルコースの効果を検討した。培養細胞に2−デオキシ−D−グルコース処理を行った後、(A)IL−6、(B)TNFα、(C)IL−1、(D)LPSで刺激し、ルシフェラーゼアッセイにより、各刺激に対する転写活性化能が2−デオキシ−D−グルコース処理により変化するかを調べた。結果を図2に示す。図2に示すように、各サイトカイン刺激による下流遺伝子の転写活性が、2−デオキシ−D−グルコース処理によって全て抑制されていることがわかる。
2−デオキシ−D−グルコースは解糖系を阻害することが知られているが、無グルコース培地で解析してもIL−6、IFN−γ受容体分子の糖鎖修飾の抑制やこれらのサイトカインのシグナルの抑制が見られないことから、この現象は2−デオキシ−D−グルコースの解糖系の阻害効果によるものではないことも明らかになった(図1)。
上記の炎症性サイトカイン受容体は細胞膜表面への移動やそのリガンドとの結合に糖鎖修飾が必須であり、本実施例により、2−デオキシ−D−グルコース処理によってこれらのサイトカインシグナルが顕著に抑制されること、IL−1作用やTNF−α、TLR4の作用も抑制されることを、培養細胞を用いた実験で示された。
【実施例2】
【0007】
炎症性腸疾患に対する2−デオキシ−D−グルコースの効果
マウスを用いて潰瘍性大腸炎やクローン病等の炎症性腸疾患のモデルであるデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導性腸炎に対する効果を調べた。DSS腸炎発症にIL−6やIFN−γが部分的に関与することは、それぞれの遺伝子欠損マウスの解析から知られていた(Suzuki et al.,J.Exp.Med.,vol.193,pp.471−478,2001)。
マウスは、C57BL/6J(日本クレア)を用い、IL−6欠損マウスは、B6.129S2−I16<tm1Kopf>/J(The Jackson Lab.日本チャールズ・リバー)、IFN−γ受容体欠損マウスは、B6.129S7−Ifngr1<tm1Agt>/J(The Jackson Lab.日本チャールズ・リバー)を用いた。DSS飲水によるマウスの体重変化及び大腸組織におけるIL−6の発現量を調べた。
マウスに2%(w/v)DSSを飲み水として自由に摂取させ、2−デオキシ−D−グルコースを1日1回 腹腔内投与して、体重変化を観察した。実験終了時にマウスの大腸組織を摘出し、その大腸からRNAを抽出し、Real Time PCR法によりmRNAレベルでのIL−6の発現量を調べた。Internal Controlとしてβ−Actinの発現量を使用した。図3A及び図3Bに結果を示す。図3Aはマウスの体重変化を示し、図3BはIL−6(図3B(a))、IL−1(図3B(b))及びハプトグロビン(HP)(図3B(c))のmRNA発現量(fold)を示す。
2%DSSを飲み水としてマウスに自由摂取させると、激しい下痢と血便がみられるようになり、7〜10日程で死亡した。一方、2−デオキシ−D−グルコースを200mg/kg(報告では、ラットでのLD50は2000mg/kg)腹腔内に1日1回連日投与したところ、ほとんど下痢、血便の症状を示さず、体重減少(DSSのみを投与した場合、一週間で体重は約3/4に減少する)もほとんど見られなかった(図3A)。さらに、この大腸組織でのIL−6のmRNAレベルでの発現を見たところ、DSSのみを投与した時に発現誘導されるIL−6が2−デオキシ−D−グルコース投与時は顕著に発現が抑制されていた(図3B)。
また、IL−6欠損マウス及びIFN−γ受容体欠損マウスを用いて解析しても、これらのマウスで限定的にみられていた腸炎症状が2−デオキシ−D−グルコースで抑制された。このことは、2−デオキシ−D−グルコースが単独の抗サイトカイン療法よりも効果が高いことを示している。
さらに、本実施例の検討に供したマウスの大腸組織を摘出し、Hematoxilin−Eosin(HE)染色法で組織染色した。結果を図4に示す。図4に示すように、この大腸組織の組織病理学的解析でも、2−デオキシ−D−グルコース投与群では、大腸粘膜の破壊はほとんど観察されず、非常に有効性の高い治療法であること考えられた。
【実施例3】
【0008】
慢性関節リウマチモデルマウスに対する2−デオキシ−D−グルコースの効果
慢性関節リウマチを発症するモデルマウスであるSKGマウス(IL−6が発症に関与することがIL−6欠損マウスとの掛け合わせによって証明されている:Hata et al.,J.Clin.Invest.,vol.114,pp.582−588,2004、日本クレアより入手、6週齢)に1週間、水(Control)又は0.5%の2−デオキシ−D−グルコース含有水を自由摂取で与えた後、誘発性関節炎を発症させるためにβグルカンとしてラミナリン30mg/匹を腹腔内投与し、その後も水又は0.5%の2−デオキシ−D−グルコース含有水を自由摂取で与え続け、8週後、関節炎の程度を観察した。
図5に結果を示す。図5Aが水を与えたコントロールSKGマウスの肢の状態を示し、図5Bが0.5%の2−デオキシ−D−グルコース含有水を与えたSKGマウスの肢の状態を示す。図5に示すように、SKGマウスでのコラーゲン誘発性関節炎発症に対して、飲み水に0.5%(w/v)の2−デオキシ−D−グルコースを加えておくと、発症が顕著に抑えられた。
さらに、関節リウマチモデルマウスであるSKGマウスを用いて、上記と同様の実験を行い、発現した関節炎のスコア及び体重の変化を1週ごとに観察した。なお、餌は全ての期間において自由摂取させた。結果を図6A及び6Bに示す。図6Aはラミナリン投与後の関節スコアを示し、図6Bはラミナリン投与後の体重変化を示す。図に示すように、2−デオキシ−D−グルコースを投与したマウスでは、関節スコアが低く関節炎の発症が抑制され、体重増加も良好であった。
さらに、敗血症のモデルであるlipopolysaccharide(LPS)腹腔内投与においても2−デオキシ−D−グルコース腹腔内投与により症状の緩和が観察された。
【実施例4】
【0009】
慢性関節リウマチモデルマウスに対する2−デオキシ−D−グルコースの効果(その2)
実施例3の実験の再現性を確認した。結果を図11及び図12並びに図13A及び図13Bに示す。
図11aがラミナリンを投与し水を与えたコントロールSKGマウスの肢の状態を示し、図11bがラミナリンを投与し0.5%の2−デオキシ−D−グルコース含有水を与えたSKGマウスの肢の状態を示し、図11cがラミナリン無処置のSKGマウスの肢の状態を示す。図11a〜図11cに示すように、SKGマウスでのコラーゲン誘発性関節炎発症に対して、飲み水に0.5%(w/v)の2−デオキシ−D−グルコースを加えておくと、発症が顕著に抑えられた。また、図12に左後肢関節部をHematoxilin−Eosin(HE)染色法で組織染色した結果を示す。図12aが水を与えたコントロールSKGマウスの結果であり、図12bが0.5%の2−デオキシ−D−グルコース含有水を与えたSKGマウスの結果である。2−デオキシ−D−グルコース投与群では、好中球やリンパ球の浸潤に伴う滑膜の破壊及び炎症性肉芽反応はほとんど観察されず、非常に有効性の高い治療法であることがわかった。
図13Aはラミナリン投与後の関節スコアを示し、図13Bはラミナリン投与後の体重変化を示す。図に示すように、2−デオキシ−D−グルコースを投与したマウスでは、投与11週後においても関節スコアが低く関節炎の発症が抑制され、体重増加も良好であった。
【実施例5】
【0010】
2−デオキシ−D−グルコースの経口投与による効果
マウスC57BL/6J(日本クレア)の腹腔滲出性マクロファージを、3%チオグリコレート培地2mlづつ腹腔内投与して無菌性炎症を引き起こす事により誘導した後、ゾンデを用いて2−デオキシ−D−グルコースを10mgづつ経口投与した。その後一定時間ごとに、マウスから腹腔滲出性マクロファージの調製を行い、得られたマクロファージのIL−6受容体(gp130)の糖鎖修飾阻害を調べた。
すなわち、マクロファージ上のIL−6受容体(gp130)の発現をImmunoblot法により調べた。
結果を図14に示す。図14に示すように2−デオキシ−D−グルコースを経口投与したマウスにおいては、マクロファージのIL−6受容体(gp130)の糖鎖修飾阻害が確認された。
【実施例6】
【0011】
2−デオキシ−D−グルコースの副作用低減効果
実施例5と同様に、マウスC57BL/6J(日本クレア)の腹腔滲出性マクロファージをチオグリコレート培地で誘導した後、2−デオキシ−D−グルコース10mgずつを腹腔内注射により投与した。その後、一定時間ごとに滲出性マクロファージの調製を行い、得られたマクロファージのIL−6受容体(gp130)の糖鎖修飾阻害をImmunoblot法により調べた。
また、前処理なしのマウスC57BL/6J(日本クレア)に2−デオキシ−D−グルコース10mgずつを腹腔内注射により投与した。その後、滲出性マクロファージの調製時と同様の時間に、腹腔常在性マクロファージの調製を行い、得られたマクロファージのIL−6受容体(gp130)の糖鎖修飾阻害をImmunoblot法により調べた。
結果を図15Aに示す。図15Aに示すようにチオグリコレートによる炎症で誘導された滲出性マクロファージは、2−デオキシ−D−グルコースの腹腔内投与により、マクロファージのIL−6受容体(gp130)の糖鎖修飾阻害が確認された。
一方、チオグリコレートで誘導しない常在性マクロファージでは、同様に2−デオキシ−D−グルコースで処理しても、gp130の糖鎖修飾阻害は起こらなかった(図15B)。このことから、2−デオキシグルコースの作用は、正常細胞よりも炎症細胞で強く作用する事が示唆され、治療薬として正常細胞に小胞体ストレスダメージを与える事が少ないので、副作用の軽減が期待できる。
【実施例7】
【0012】
N−グリコシド型糖鎖修飾に対する2−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコースの効果
2−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコース(2−FDG)によるN−グリコシド型糖鎖修飾の阻害を検討した。培養細胞として、マウス胎児繊維芽細胞(MEF)を用いた。2−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコース含有培地の組成は、Dulbecco’s Modified Eagle Medium(DMEM)に2−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコースを終濃度で25mM添加したものであった。
培養細胞を2−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコース含有培地処理及びコントロールとして2−デオキシ−D−グルコース(2−DG)培地で処理し、一定時間ごとに培養細胞(MEF)を採取し、IL−6受容体(gp130)の発現をImmunoblot法により調べた。
結果を図16に示す。2−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコースを用いた場合も、2−デオキシ−D−グルコースを用いた場合と同様の糖鎖修飾阻害活性が認められた。
比較例1 2−デオキシ−D−グルコースとグルコサミンの糖鎖修飾及び炎症性シグナル伝達に対する効果
2−デオキシ−D−グルコースと類似した構造(図7)を有するグルコサミンの糖鎖修飾及び炎症性シグナル伝達への効果を調べた。
培養細胞にIL−6及び可溶性レセプターであるsIL−6Rを作用させると、細胞膜レセプターであるgp130に作用し、その下流に存在するJAKkinase(JAK1,JAK2,Tyk2)がリン酸化されて活性化型となり、Stat3をリン酸化する。リン酸化されて活性化型となったStat3は2量体となり、IL−6標的遺伝子群の転写誘導を行う(図8)。本比較例においては、2−デオキシ−D−グルコース及びグルコサミンであらかじめ処理した培養細胞をIL−6で刺激した際に、これら下流のシグナル伝達が生じているのかを確認した。
培養細胞を、通常の培地(DMEM)、2−デオキシ−D−グルコース含有培地、無グルコース培地及びグルコサミン含有培地で4時間処理し、その後IL−6及び可溶性IL−6受容体(sIL−6R)を培地中に添加して刺激し、一定時間ごとにIL−6受容体(gp130)の糖鎖修飾やIL−6による下流のシグナル伝達の有無をImuunoblot法により調べた。
結果を図9に示す。図9に示すように、2−デオキシ−D−グルコースで処理した細胞に見られるgp130の糖鎖修飾欠損がグルコサミン処理では確認できず、さらに下流のJAK kinase群のリン酸化が2−デオキシ−D−グルコース処理では減弱しているのに対し、グルコサミン処理群ではコントロール群と同様のJAK kinase群及びStat3の活性化が確認できた。この結果は、グルコサミンには2−デオキシ−D−グルコースと同様の効果はないことを示す。なおgp130の研究において、gp130のN結合型糖鎖が付かない変異を入れた変異体では、細胞膜での安定性が悪くなり、下流へのシグナルが減弱されることが既にわかっており(Georg H.W.et al(2010)J.Biol.Chem.285,1781−1789)、本比較例の2−デオキシ−D−グルコースによる処理でN結合型糖鎖修飾がなくなったことにより、変異体と同様の効果が起きているのではないかと推察される。
比較例2 2−デオキシ−D−グルコースとグルコサミンの腸炎に対する効果
C57BL/6Jマウス(8週令)に2%(W/V)DSSを飲み水として自由摂取させ、DSS誘導性腸炎を発症させた。このマウスに2−デオキシ−D−グルコース又はグルコサミン(GS)を10mg/日で腹腔内投与し、体重変化を確認した。結果を図10に示す。図10に示すように、2−デオキシ−D−グルコース投与群はDSS単独投与群よりも体重減少が抑えられたが、グルコサミン投与群には全く抑制効果は見られず、むしろDSS単独投与群よりも体重減少が確認された。
これまでに、炎症性サイトカインを抑制することで様々な疾患モデルの病態が緩和されることがこれらのサイトカイン遺伝子欠損マウスの解析から明らかとなっており、抗炎症性サイトカイン治療も開発されていた。しかし、これらの抗炎症性サイトカイン治療法は単独のサイトカインを標的としたものである。上記実施例は2−デオキシ−D−グルコースにより多種類の炎症性サイトカインを同時に抑制することができることを示し、さらにこの方法が従来の単独のサイトカインを標的とした場合よりも治療効果に優れていることを示している。また、従来の抗炎症性サイトカイン治療法はタンパク質を用いた治療法であり、その効果の持続性にも限界があった。また、抗炎症性サイトカインは非常に高価なものであり、治療コストも大きかった。これに比べると、2−デオキシ−D−グルコースは安価であり、2−デオキシ−D−グルコースを用いた治療はコストが小さく、さらに2−デオキシ−D−グルコースは副作用が少なく長期投与にも適した方法である。また、2−デオキシ−D−グルコースは経口投与でも効果がみられており、患者にとっても負担が少ない。
【産業上の利用可能性】
【0013】
2−デオキシ−D−グルコース又はその誘導体は、炎症性サイトカインの機能を抑制することにより炎症反応を抑えるので、炎症性疾患の予防及び治療に用いることができる。2−デオキシ−D−グルコース又はその誘導体は、多種類の炎症性サイトカインの機能を抑制するので、強い抗炎症効果を発揮し得る。このような強い効果は構造が類似しているグルコサミンの作用からは予測し得なかったことである。さらに、2−デオキシ−D−グルコース又はその誘導体は、低コストで大量に製造することができるので、治療コストも下げることができ、さらに動物への安全性も確認されているので、安全な予防又は治療薬として用いることができる。
2−デオキシ−D−グルコース又はその誘導体は、効果的で、さらに安全かつ安価な抗炎症剤として用いることができる。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
図2
図3A
図7
図8
図10
図13A
図1A
図1B
図1C
図3B
図4
図5
図6A
図6B
図9
図11
図12
図13B
図14
図15
図16